第53話 ロー・ランタンの闇語り【後編】★カニバリズム表現注意

 クグツは命令通りに荒縄を伝って上がってこようとしたが、『命令』にも関わらず、もたもたとしていっこうに上がってくる気配がない。どうやら腕力が圧倒的に足りないらしい。仕方ないので身体に巻き付けさせ、こちらから荒縄を引っ張り、クグツを引き上げた。二人して太陽の下に立つ。

 さあ行こうか。君を刺したあのヒトの所へ案内して。

 クグツは頷くと、二人して連れ立って歩き始めた。周りの風景は集落とはまた違った雰囲気があり、かなり大きな建物が右手側にあった。こんな大きな建物に住んでいるなんて、買い主はきっとヒトの世界の長老なんだろうなって思った。

 草むらを出て赤茶けた石造りの道を歩く。きれいに整えられた道だ。そのそばにたくさんの花が植えられていた。集落では見たことのない品種の花だった。母が見たらきっと喜ぶだろうと思った。

 誰かの気配がして木の上に飛んだ。そしてそのまま建物の屋根に移る。クグツは歩みをやめ、こちらを見上げてきた。『案内して』という命令が中断された形になったからだろう。

 改めて、『付いていくから、とりあえず君を刺したヒトの所まで行って』と指示を飛ばす。クグツはこちらに向かって了承するように頷いた。

 悲鳴が上がり、クグツと同じ格好をしたヒトがわらわらと集まってくる。うむむ。3人いるけど顔だけじゃまるで見分けが付かない。どうしてみんなあんな白い帽子を被っているのだろう。

 建物の屋根の上から観察していても、その理由がさっぱりわからなかった。直接尋ねるにしても言葉が通じないのであれば意味がない。


「アイーナ! あなたまた怪我をしたの?! ひどい血! 一体全体どうしたって言うのさ??!」

「アンタいつもお昼休みを1人で過ごすようになったけど、もうやめなさい! とにかく、お屋敷常駐の【治癒士】さん呼んできて! ひどい血! アイーナ、いいから横になりなさい」

「……アイーナ。あなたの目って、そんなに赤かった? ううん、怪我をしているんだもん、我慢してたらそんな感じになるよね」


 1人増え、2人増え、今や5人くらいがクグツの周りに集まってきていた。クグツはそれらを無視して【喧嘩相手】を探そうと歩き出すが、それを阻むようにヒト達はクグツの体を押さえつけ、その場に押し倒そうとしている。

 だけど、そこは【死霊の槍】で突かれたクグツ。たぶん、生きている時よりもずっと強くなるのだ。さあ、頑張って【喧嘩相手】を探しに行こう!

 だが、6人7人と増え、予想に反してクグツが地面にはり付けにされる。四肢をそれぞれのヒトに掴まれているので動かせないでいるようだ。集落ではよく見た生き餌の儀式の光景だった。


 がーん。あのクグツ、弱すぎる。


 生前より遙かに強くなるはずのクグツが、ああまでただのヒトに屈服されるとは。数の利があるとは言え、これでは【死霊の槍】に申し訳がたたない。ここはひとつ、【強制命令】を出してこの場を脱出させた方がいいかもしれない。

 そう思って槍を掲げようとすると、白い白衣を着たヒトが数人の白帽子のヒトに手を引かれながらやってきた。

 何が起きるのか、ちょっと興味が湧いたのでそのまま見ていることにした。


「アイーナ、駄目よ、動かないで!」

「もう大丈夫だから。治癒士様が来てくださったから! もう大丈夫よ!」

「治癒士様、この子です。早く看てあげてください!」

「ひぃひぃ。ちょっと待ってくれ。ひぃひぃ。私の方が死にそうだよ。…………ふぅふぅ」

「治癒士様、頑張って」

「そうよ。治癒士様、いけるいける」

「治癒士様、ふぁいとー!」

「全く君たちは人ごとだと思って……。アイーナ、聞こえるかい? 私が見えているかい? ?? おかしいな。脈がとれないぞ……? と、とにかく出血を止めなければ」


 治癒士がクグツの服をまくって傷口を見た。


「こりゃひどい刺し傷だ……のわりには血が止まっているな。もう血が固まっているぞ? これはいったい?」

「治療師様。アイーナの血がもう全部出ちゃったんじゃないですか?」

「馬鹿を言うな。人族、生きている限り血が尽きることはない。しかもこんな大きな傷だ。とにかく……『******』」


 あれが治癒魔法なのか。初めて見た。右手がほわぁ~っと光って、


「あ、あれ? おかしいな? これはどうしたことだ?? この傷は“治癒しない”ぞ? よ、よしもう一度だ。『******』……駄目だ。これはいったいどういうことだ?」

「ええ?! それじゃアイーナ、死んじゃうじゃない!? 治療師様の役立たず!」

「そーよそーよ。アイーナを助けて!」「治癒士様の役立たず!」「そーよそーよ」

「い、いや……、この傷は【呪い】でも掛かっているのかも知れない。そうなると、私では手に負えない。とにかく中に運ぼう。縫合だけでもして傷を塞ぐしかない」

「アイーナ。しっかりして!」


 むむむ。このままじゃ喧嘩どころではなくなってしまう。まったく、これだからファーストジョブのないクグツは弱っちくて困る。

 さて、ここはテコ入れが必要かな? と【死霊の槍】を掲げて【強制命令】を発動させようとしたところで、視界の端にまたぱたぱたとやってくる白い帽子が2組見えた。


「きっと見間違いだって。だってアイーナはさっき『実家のお父さんが倒れたから帰る』って言ってたもの!」

「いいから、こっちだって! マルエル。アンタだって心配でしょ?」

「そ、そりゃ……そうだけど……でも!」


 おや。なんか聞き覚えのある声質だぞ。アイツかな? ん~。無理。全員同じ顔に見える。クグツもじたばたしているが連れて行かれそうだ。

 しょうがないので【死霊の槍】を掲げて、【強制命令】を発動させた。

 クグツが数人のヒトをはね飛ばして立ち上がった。だが、そこにいるヒト全員がクグツではなく、こちらを見上げていた。大声を出したせいで、建物の屋根にいるところを見つかってしまったのだ。

 

「あ、あいつ……槍を持ってるわよ! あの槍できっとアイーナを!!」

「きゃあああああああああ!! 侵入者よぉぉぉぉぉ!!!!」

「アイーナ、君はとにかく医務室へ来るんだ! アイーナ? どこへ行くんだ、アイーナ!?」


 クグツが【喧嘩相手】を見つけたようで、標的に向かってまっすぐに歩き出した。頑張って来いよーと送り出す。標的となったヒトは「ヒッ?! なんで、どうして……」と青ざめた顔で慌てふためいている。

 クグツと標的以外、みんなこちらを向いているのでクグツも行動しやすいんじゃないかと思う。でも、ワイワイと騒ぎが大きくなって、だんだんとヒトが増え始めた。

 最初は白い帽子を被っていたヒトばかりだったのが、白い帽子のヒトが建物の中に引っ込み、黒い服を着たヒトが大勢集まってきていた。

 びりびりと殺気のようなものを肌に感じるけれど、所詮相手はヒトなので無視しながら、屋根の上を歩き、クグツの姿を追う。

 “標的マルエル”は何かを叫びながら逃げ惑うが、クグツは優雅に一定の速度で後を追っている。こういうのを親心って言うんだろうか。わくわくする気持ちを抑えながら、出来るだけよく見えるように場所を移動し続ける。


 ――ヒュンと、風切り音が聞こえ、矢が飛んできたので受け止める。ワァァ! と下から声が上がった。どうやらこの矢は自分を狙ったものらしい。下の黒服が再び矢を番えるのが見えた。それも1人ではない。弓を持っているヤツなら2人ほどいて、同じ格好をしているだけならまだ他にもたくさんいた。


 おちおちクグツの勇姿を見ることも出来やしない。

 とりあえずあいつらから姿をくらまそうと建物の反対側に降りることにする。手頃な木の枝に飛び降り、その枝をへし折りながら着地する。

 どうやらここは建物の中庭のようだった。透き通るほどきれいな池があり、たくさんの花が咲いていた。その庭を小走りで突っ切る。


『へぇ……ネクロマンサーとは珍しいな』


 突然、“ネクロマンド語”が聞こえ、急ブレーキをかける。声のする方へ視線を向けると、そこには黒髪のヒトがテーブルに頬杖を突きながらこちらを見ていた。その隣には黒い服を着た男がいかめしい顔でこちらを睨み付けている。


「お嬢様。外の騒ぎは、どうやらそこの賊のようです」

『だろうな。だが、その賊の正体が魔族で、しかもネクロマンサーとは驚きだ。……そういえば、お爺さまが魔族を一匹地下で飼っていると聞いたことがある。どうやらそれが逃げ出したみたいだな』


 少しだけその黒髪のヒトに興味がわいたので近づいてみることにした。


『ネクロマンド語が話せるの?』

『ああ。私に話せない言語はない。同時通訳も可能だ。それで、おまえはなんだ? どうして外に出ている?』

『…………そんなこと、僕がわざわざヒトに話すわけないじゃん。ほっといてよ』

『そうはいかない。ここはわたしの屋敷で、おまえの買い主はわたしの祖父だ。いずれすべての遺産はわたしがもらい受ける。当然おまえもな。どうだ。これでもまだ言えないと言うつもりか?』


 どうやらこのヒトは人族の長老かいぬしの孫娘らしい。そのうち自分の所有権が移るというのであれば、今のうちに恩を売っておいても損はないだろう。ただ、自分に【命令】出来るのはあくまで買い主だけだ、とそう前置きをして話すことにした。


『――というわけで、クグツにして二人して外に出たんだ。それで、標的は見つけたんだけど、逃げ出しちゃったので今クグツが追ってる所なんだ。クグツの喧嘩を見届けたらすぐまた元の穴蔵に戻るつもりなんだ』


 一応、かいつまんで外に出てきた理由を話してみる。長老の孫娘はふんふんと相づちを打っていたが、隣の男がそっと耳打ちをしていた。


「お嬢様、あの魔族はなんと言っているのですか?」

『自分に給仕をしてくれていたメイドが殺されたので、その死体を使って敵討ちがしたいそうだ』

『死体じゃないよ。“クグツ”だってば!』


 死体だとただのご飯になる。


『ああそう。アーガス、死体ではなく“クグツ”と言うらしい』

「それで、どうしますか? 大旦那様は会合で王都に向かっている最中でしょう。早馬を走らせれば今夜中に、飛翔文なら夕刻には戻ることが可能となります。……それとも、私がこの場で始末しますか?」


 長老の娘にヒソヒソと耳打ちをする男の目がギラギラと殺気を放っている。りたいのなら“是非に及ばず”だけど、『人族を殺したり、傷つけたりするな』という、買い主からの【命令】がある。出来れば破りたくない。それとも、全員殺して穴蔵に放り込んで『知りません、わかりません、僕が気がついたら全員穴の中に貯蔵されていました。腐るといけないので食べました』と言えば丸く収まるのではないか。

 うんうんと正当な理由を考えついていると、


『アーガス、何もおまえが出る必要はない。魔族の実力を測るならあれらに任せておけばいいだろう』


 なにやらワラワラと中庭に武器を持った黒服が集まってきた。どいつもこいつも殺気を放ちながらギラギラとした目でこちらを睨んでくる。相手を傷つけちゃいけないんなら逃げた方が良さそうだ。そう思い、手頃な木に飛び乗った。


『おいおまえ。おまえの“買い主”の孫であるわたしと取引をしよう。ここにいる黒服達を殺さずに制圧できたら、クグツの件は目をつぶってやろう。取引に応じなければ、ここにいる全員で先にクグツを破壊させる』

『…………。戦ってもいいの? 殺さなければ傷つけてもいいんだね?』

『ああ、かまわない。彼らはもとより、この屋敷の護衛を任されている者達だ。みな腕に覚えのある【ジョブ持ち】だ。彼らとしても屋敷の中や外を逃げ回られるよりも、中庭で始末をつけた方が手っ取り早いだろう。どうだ?』

『別にいいよ。戦う相手には飢えていたんだ。殺さないように手加減するから掛かってきてもいいよ』


 たくさんのヒトと戦えるまたとないチャンスだ。殺さないことを条件に出されているので手加減が必要だろうけど、それでもなんだか楽しめる気がする。


『こちらは殺す気で向かわせるつもりだ。なんせおまえは“侵入者”なのだからな。しかもクグツを使ってウチのメイドを襲わせている。本来ならば無条件で殺されても文句は言えないはずだ』

『だからいいってば。さっさとかかってきてよ。僕はもう準備が出来ているからさ』


 いつものように軽い準備運動をして首を回した。そうこうしているうちに周囲を武器を構えた黒服にぐるりと囲まれる。その数8名ほど。それぞれ剣槍弓が2名ずつ、なぜか素手の者が各1名ずつ自分の周囲を囲っていた。

 じりじりと包囲網が狭まられる。


『全員よく聞け! この場での責任はすべてわたしが取る! その魔族を見事討ち果たした者には金貨100枚の報奨金を出そう! 決して抜かるな! 全員でかかれ!!』

「「応っ!!」」


 黒服が気勢を発した。小気味よい気迫がびりびりと伝わってくる。クグツのためと思い穴蔵から出たが、なんだか知らないうちにヒト達と戦うことになってしまった。でも、これは自分の実力を測る最高のステージではないか。自分がどれだけ【死霊の槍】を扱えるようになったか、その実力を“生きているヒト”で確かめられるのがうれしかった。


 いやァ……生きてる……っていうのは。…………。


 こんなにもドキドキして、わくわくして、刺激的だったとは思わなかった。これほど気持ちが高揚するのなら、もっと早く外に出てみるべきだったと思った。あの穴蔵で槍を振りながら一生を終えるのもありかなと思ったが、こういう刺激的な人生も悪くないかも知れない。


 短い呼吸を繰り返していると、背後の【槍術士】が槍で突いてきた。それを振り向きざまそっといなし、一歩大きく踏み出すと、【槍術士】の左膝を槍で払った。軽くやったつもりなのに、膝関節が破壊され、あり得ない方向にへし折れる。【槍術士】は泡を吹いて崩れ落ちた。

 ――と、弦鳴りの音が耳に届く。反射的に身を躍らせ右肩から地面に転がると、左右から射かけられた4本の矢が、一瞬前まで自分がいた場所を交差する。あの【弓術士】の矢はやっかいだなと、思った矢先、今度は【剣士】が斬り込んできた。背後には【槍術士】が腰を落とし、まさに今、槍で貫こうとしていた。前後で挟み撃ちにされるが、これもまた地面を転がって回避する。

 転がりながら地面と水平に槍を振るった。【剣士】1人の足を払うことができ、立ち上がりざまその【剣士】の頭を槍でゴツンと叩いた。白目を剥いて倒れた。たぶん死んでないと思う、たぶん。

 誰かが「離れろ」と言った。何のことだかわからなかったけれど、周りにいた黒服がバックステップで距離を取った。自分は逃がすか、と思い追撃を試みるが、そんな自分の体を炎が包み込んだ。何が何だかわからず、肌が焼ける痛みに、地面を転がるが、蛇のように絡みついてくる炎は、体に巻き付いたまま離れようとしない。息も出来ず、視界もままならない。

 堪らず、とにかくその炎から逃れようと走った。正面にいた【槍術士】の突きだす槍を踏み台にして跳躍すると、木の上に飛び乗った。炎は【槍術士】を巻き込むまいとしたのか、一瞬途切れた。

 木の上から急いで炎の出所を探る。高所からそれぞれ黒服の配置を把握できたのがよかった。素手だった黒服のひとりが【魔法使い】だったようだ。自分のいた集落にも、炎や風を自在に操ることの出来るネクロマンサーがいたのを記憶から甦らせる。

 【魔法使い】が詠唱を終え、再びこちらに掌を向けた。その手から炎が放射される。だが、こちらの方が一瞬早く動いていた。足場にしていた木から素早く飛び降りると、地を蹴って反時計回りに駆けた。そして、地面に倒れている黒服の前まで来ると、わざと一瞬立ち止まった。手のひらから伸びる炎がこちらに向く。「や、やめ――」おそらくそれは制止の声なのだろう――だが、炎は渦を巻いたまま黒服を飲み込んだ。

 魔法とは言え、万能ではない。事前に来ることがわかれば躱すことは造作もなかったし、炎に巻かれて悲鳴を上げ転げ回る黒服に数人が駆け寄るのを横目に、【魔法使い】に一気に間を詰めた。だが、行く手を遮るように、もう1人の素手のヒトが間に入り込んできた。

 難なくねじ伏せられるだろうと慢心し、甘く見たのがいけなかった。

 そのヒトは、素手で【死霊の槍】の軌道を反らすと、拳での一撃を打ち込んできた。脇腹がめきめきと音を立てたのがわかった。衝撃が背中を突き抜けて、呼吸が止まる。一瞬だが気が遠くなるのを感じた。次の瞬間、顔面を思い切りよく蹴られた。視界が奪われ、何も見えないまま宙を舞った。そして地面に叩き付けられる。

 誰かが駆け寄ってくる足音を感じて、全身をバネにして跳ね飛んで逃げた。ズシンという音がして、まさに自分が倒れていたその場所を素手のヒトが踏み砕いていた。そこで理解する。素手のヒトは――【魔闘士】だ。

 そうして距離を取った。ふと気がつけば、地面に転がっていた2人の負傷者はすでに片付けられ、じりじりと距離を詰めてくる【剣士】【槍術士】【魔闘士】。詠唱を繰り返し、タイミングを計っている【魔法使い】、そして【弓術士】の2人が矢を番えてこちらを狙っていた。


 炎に巻かれたせいか、身につけていた衣類はほとんどが燃えてしまった。火傷がひどくて肌がヒリヒリと痛んだ。それ以上に脇腹がじくじくと痛む。ひょっとすると肋骨が折れてしまったのかも知れない。

 今後はあまり無茶な動きは出来ないな、そう冷静に分析しつつも、込み上げてくる喜悦は隠せそうにもなかった。

 楽しいのだ。めちゃくちゃ楽しいのだ。生きている大勢のヒトと戦うのがこれほど楽しいとは思わなかった。相手も痛がり、怒り、考え、工夫する。最高の遊び相手だ。

 突き刺さるような殺気が心地よい。睨め付けてくるヒトの眼にゾクゾクする。そのヒト達を好きに傷つけていい状況が堪らなく嬉しかった。場が許せば飛び跳ねて喜びを表現したいくらいだった。


 さて、どいつから痛めつけてやろうかな。胸中舌なめずりをしながら槍先を迷わせる。

 よし、アイツからにしよう。まずは【弓術士】だ。標的を絞ってからの行動は早かった。

 【弓術士】を選んだ理由は簡単だ。あいつらだけまだ2人だ。1人多いと言うことは邪魔だと言うことだ。

 と言っても、【弓術士】はそれぞれ剣槍拳の後ろに控えていた。とりあえず、槍の届く位置まで迎えに行ってあげないといけない。

 まずは【魔闘士】が躍り掛かってくるが、次は【弓術士】と決めていたので、槍を“棒高跳び”の要領で【魔闘士】の頭上をクリアした。まさか自分をスルーされるなどと思ってもいなかった【魔闘士】が踏鞴を踏み、猛然とこちらに向かって駆け戻ってくる。だが、目の前にはすでに【弓術士】がいるのだ。【弓術士】は距離を取ろうとバックステップの後、矢を放ってくるが、タイミングも早さもバレバレなので難なく避けることが出来た。

 慌てふためき、次の矢を番えようとする【弓術士】を槍で横薙ぎに吹き飛ばしてやる。【弓術士】は体をくの字に曲げたままぶっ飛び、地面に倒れたあとは動かなくなった。死んでないことを期待したい。

 【魔法使い】の詠唱が耳に届くと同時に、全身を激しい炎に巻かれるが、実は炎自体はさほど怖くなかった。それに、自分が炎に巻かれているときは、他の連中が近づき、攻撃を仕掛けてこないと言うことがわかっていた。詰めが甘いなと思う。

 自分は炎から逃れようとせず、むしろそれを好んで浴びるように炎の中を最短距離で突っ切り【魔法使い】に接近した。【魔法使い】もまさか炎の中を突っ込んでくるとは思わなかったのだろう、互いの息がふれあうほどに肉薄すると、炎の中からも相手の慌てた様子がうかがえた。

 頭に一撃を加えると、あっさりと【魔法使い】は昏倒した。一瞬で炎が消える。ピクピクしているので死んでないだろう。


 さて、残りは4人だ。だんだんと数が少なくなってきたけれど、全力で楽しむつもりだ。

 ヒリヒリする肌にぱたぱたと手を仰いで風を送る。全く意味がない。本来なら死体に【死霊の槍】をぶっ刺して回復したいところなのだが、一応ひとりも殺していないはずなのでそれが出来ない。

 まったく面倒くさいな、と頭に手をやると、髪の毛がすっかり焦げてチリチリになっていた。それどころか眉毛もマツゲもなくなっていた。今度の帰郷の時までにちゃんと生えそろうのだろうか。もじゃもじゃになって生えてきたらどうしよう。きっとまた姉に馬鹿にされるに違いない。

 愕然としていると、槍剣拳がそろって詰め寄ってきた。

 でも、まずは――と、バックステップで3人の足下を縫うようにして飛んできた【弓術士】の矢を躱す。甘い甘い。次に飛び込み前転で【槍術士】の真ん前までくると、【死霊の槍】で相手の槍をはたき落とした。そのまま【槍術士】を引っ掴み【剣士】に投げつけてやる。

 その動作の間に、【魔闘士】が前に出てきた。

 一気に間を詰めて、【死霊の槍】の間合いを制したつもりだったのだろうけど、足下がお留守なので槍を刺してみた。足の甲を貫かれた痛みに動きを止めた【魔闘士】にヘッドバットをカマしてみる。ゴズンと言う音がして【魔闘士】が白目を剥いて倒れた。

 【剣士】が斬りかかってくる。剣の間合いが充分遠かったので真上から思いっきり【死霊の槍】を打ち落とすと、剣をへし折り鎖骨を叩き割ることができた。

 ……あとは槍を取り落とした【槍術士】と、離れたところから矢を番えている顔色の悪い【弓術士】のみだ。どうも戦意喪失しているみたいだったが、とりあえず、足下に落ちている槍を踏み折って武器破壊する。槍使いとしては自分の方が数段上だった。


 さて、残りは【弓術士】のみだ。サクサク行こうサクサク。そう思って近づこうとすると、『そこまでだ』とネクロマンド語で声が掛かった。

 声のした方へと振り向く。買い主の孫がお供を連れてこちらに歩み寄ってきた。


『もう終わりだ。槍を収めろ。――おいそこの。倒れている連中を早く【治癒士】に見せてやれ。たぶんまだ生きているはずだ』

「は、はい」


 手ぶらの【槍術士】が慌てたように倒れ伏している同僚の生死を確かめようとしていた。


『おまえはなかなか強いな』買い主の孫娘が髪を掻き上げる。『わたしの仕事を手伝わないか?』


 何の話だと首をかしげたその瞬間、背中から心臓に矢が刺さるのを感じた。

 激しい怒りを覚え、したり顔の【弓術士】に一気に詰め寄るとそのまま心臓を穿った。【弓術士】は「あれ?」と言った顔で死んだ。

 自分の口からごぽりと血が吹き上げてきた。よろめくが、そのまま【死霊の槍】で回復を図る。【死霊の槍】がそれに応え、嚥下するように相手の心臓から命を啜った。

 …………。

 とりあえず、心臓の傷だけは塞がったようだが、まだ少し痛かった。


『……じゃあ、僕はクグツのことが心配だから行くね。1人だけ殺しちゃったけど、別にいいよね? こっちは戦うのをやめたのに、向こうはやめなかったんだから』


 買い主の孫娘はまだ何か言いたそうだったけど、それを無視すると木の上に飛び乗り、建物の屋根に移ると、クグツが発する信号を頼りにそっちの方向へと向かった。

全員を殺さずに鎮圧するという、当初の目的が達成されなかったコトへの後ろめたさもあったが、戦うことに夢中になっていてクグツのことをすっかり忘れていた自分への反省もあったのだ。

 さーて、クグツはどこかな? 目を皿のようにしてクグツを探す。なかなか見つからない。ひょっとすると、建物の中に入ってしまったのかも知れない。そうなると自分も建物の中に入って探さないといけない。

 やれやれ、世話の焼けるクグツだ。一体誰に似たのやら。なんてことを冗談交じりに思いながら地面に降りると、犬がワンワンと飛びかかってきた。すぐさま三匹とも心臓と貫き、回復に当てた。心臓の痛みと肌のヒリヒリしたのが少しだけマシになった気がした。


「っ――、だから、謝ったじゃない! ごめんなさいって! いい加減、やめてよ、こういうの! しつこいわよ!」


 声のする方へと視線を向ける。

 息も絶え絶えになりながらクグツから逃げている標的と、ゆっくりとした歩調でそのあとを追うクグツの姿があった。

 お。やってるやってる。ウチのクグツは張り切ってるなー、とまるで親の心境でしみじみと成り行きを木の陰から見守ることにする。

 標的のヒトはどうも往生際の悪いヤツらしく、クグツに向け鉢植えは投げるわ、壺はぶつけるわ、ウチのクグツが血だらけ泥だらけになっていた。


「はぁはぁはぁ、ホントにしつこいんだから……」


 とうとう観念したのか、疲れて動けなくなったのか、標的は壁際まで追い詰められると、急に泣き出してしまった。


「うぇぇぇ~~~ん。うぇぇぇぇ~~ん。出来心だったんですぅ~~。ごめんなさい~~。反省してますぅ~~。許してください~~。うぇぇぇ~~ん」


 クグツは標的の前まで来ると、歩みを止めた。

 ……そういえば、クグツには『追いかけろ』としか命令していなかったことを思い出す。今ここで改めて『命令』を出すのもどうかなと思った。

 【喧嘩相手】が泣いて負けを認めているようなので、もうこれでいいかなという気もしてきた。どうせ自分には関係のない“ヒト社会”の出来事なのだし、そもそも自分がこれ以上手を貸してやる理由もない。

 クグツが『追いかけろ』という命令を完了したためか、目がトロンとなってこちらに向かってとぼとぼと歩き出していた。

 まあ、こんなところかな? クグツも弱っちいながらも頑張ってたみたいだし、そんなことよりも早く穴蔵に帰ってクグツをむしゃむしゃ食べたい。今夜はごちそうだ。


  ――ふと、歩いてくるクグツの顔が、いつも見ていたヒトの顔とは違うことに気づいた。


 全体的に顔がぼやけているというか、よく見ると、なんだかあまり美味しくなさそうに思えた。穴蔵の中ではあれほど美味しそうに見えていたのに。不思議だ。

 たぶん、『命令』を終えて、気がだらけてしまっただけだろうと思い直す。新しい命令でも与えればまた元の凜々しいクグツに戻るはずだ。

 なにか胸の中にわだかまりができ、それが何であるか自分では理解できなかった。

 ただ、ふらふらと頼りなく歩くクグツの姿をもうこれ以上見たくなかった。

 先に穴蔵に戻っていようと思い、クグツに対して背を向けようとした時、それは起こった。


「死ねよ。ブス」


 そんな短い言葉綴りだったと思う。

 クグツの背後から、さっきまでわんわん泣いていたヒトが隠し持っていた包丁を腰だめに構え、体当たりするように突き刺したのだ。

 あ。と思った。

 もちろんクグツはもう死んでいるので刺されるまま、前のめりに倒れた。

 そしてクグツに馬乗りになると、突き刺した刃物を引き抜き、大きく振りかぶる。


「死ねよ。死ねよ。死ね! しねっしねっしねっ!」


 短い言葉を繰り返しながら、何度も何度も突き刺した。

 クグツは痛みを感じない。

 集落のみんなからそう聞いている。実際、クグツは元々死んでしまっているのだからそうなのだろうと思う。

 ただ、顔を上げたクグツの横顔が、自分にはなんだか痛がっているように見えた。


 だから、『強制命令』を発動させた。これで二度目なので次はないだろう。

 突然前触れもなく立ち上がったクグツに、刃物を持ったヒトがひっくり返った。すぐさま立ち上がるが、どこにそんな力が残っていたのかと僅かに怯んだ様子だった。だが、また元の醜悪な顔に戻ると、もう一度刃物を振りかざした。

 これ以上は駄目だよ。お肉が傷んじゃうから。


教育的指導ひっぱたけ!』


 と標的を指さして『命令』を飛ばした。クグツの目に赤い光が宿る。

 次の瞬間、ばびしっ! とクグツが標的をビンタした。標的の首が勢いよくねじ曲がり、そのまま膝を付いて倒れた。カチャンと刃物が手から零れた。


 『おつかれさま』とクグツの後から近づいて声をかけたやった。振り返ったクグツは、目がトロンとなっていて、やっぱり食べたいとは思わなかった。

 自分は首の折れたヒトを肩に担ぐと、穴蔵に戻ろうとした。これは自分へのご褒美しよう。ほくほくしながら帰り道を急ぐ。

 ……だけど、『命令』を受けていないクグツの足取りは遅く、もたもたしていたので、しょうがないなぁと思いつつ、クグツの手を取ると穴蔵の前まで一緒に歩いた。


 風が吹いた。クグツの髪が舞い、ばたばたと風になびいた。そういえばあの白い帽子がない。標的を追いかけている時に落としたのかも知れない。

 世話の焼けるクグツだな。とりあえず、担いでいた標的の頭から帽子を外すと、クグツに被せた。あまり美味しそうにならない。顔の汚れや砂を払い落とす。綺麗にはなる。

 まあ、いいかと思い、穴蔵の入り口からまずは標的を放り込んだ。どすん、とうまく落下する。続いてクグツに中に入るように命令しようと思ったが、なんとなくクグツをだっこすると一緒に穴蔵の中に飛び降りた。

 カエルを踏みつぶしたような音がして、無事着地できた。


 クグツを水飲み場のそばまで運び、座らせた。そこがあのヒトの定位置だったからだ。水を飲みに行くたび微笑みかけてくれていた。クグツとなった今は笑わない。

 戻って、倒れている標的おみやげの心臓に【死霊の槍】を突き刺し、回復する。ようやく肌のひりひりから解放された気分だった。




「それでそのあと2人とも食べてしまったんですか?」


 死体安置所モルグと化した民家のなかで、せっせと【魄】を回収しながら、あいだあいだの小休憩にロー公の思い出話を聞いた。


「1人はネー、すぐ食べちゃったんだけド、クグツはネ-、やっぱり美味しくなさそうだったから食べなかったヨー。ふぁああ……、むにむに。今でもネー……。おうちの水飲み場のそばに座っているヨ……」


 そろそろ眠たくなってきたのか、ロー公はしきりに目を擦っている。

 ククク、ようやく眠り薬が効いてきたか……。そんなモノないけどね。まあ、夜もだいぶ更けたし、ロー公も昼間普通に活動していたしで、眠くなってきたのだろう。このまま寝かせていてもいいかもしれない。

 ちなみに俺は、疲れてはいるもののまだ眠いところまではいっていない。やらなくちゃいけないことだらけで、失敗すれば永眠することになる。困ったモノだ。


「ロー公先輩はその人のことが好きだったんですか?」

「……ん~。わかんないヨ……。わかんない。でも、お兄ちゃんがネ……、今度人族の女と結婚するんダ……。ボクね……ちょっとだけ楽しみ……。トーダ、眠い……」

「寝てていいですよ。まだしばらく掛かりそうですから。終わったら起こしますし、鉄手錠も作業上、『片手だけ』はめているわけだし、お頭も文句は言わないでしょう。まあ、まずこんな所まで来ないと思いますけどね」


 ロー公はすでにうつらうつらし始めている。


「じゃあ、お休みなさい。しばらく寝ててくださいね。起こすまで勝手に起きちゃ駄目ですよ」

「くぴー……くぴー……」


 俺は村人数人の“抜け殻”のような服を寝息を立てて眠ってしまったロー公に次々と被せていく。

 さて、都合よくロー公は眠ったぞ。なかなかいいタイミングだ。この隙にアンジェリカの所にでも夜這いに行くか。

 外に出て、ダダジムさんを小声で呼ぶ。アンジェリカの所に様子を見に行っていたヤツが現れた。


「よし。じゃあ、3Pしに行こうか、3P。えどっこいしょ。アンジェリカの所まで乗せていってくれ」


 個人営業のダダジムタクシーに腰を下ろす。どうやら後ろ向きの方が運搬しやすそうだったので、後ろ向きにあぐらをかいて座った。

 接地面積が少ないので、俺を落とさないようにとの配慮か、シートベルト代わりにダダジムがしっぽを絡めてくる。ダダジムがゆっくりと走り出した。

 死体安置所モルグが遠ざかっていく。あとでまた残りの【魄】の回収をしに戻らないといけない。


 3P――pathetic pacifist perish


 哀れな平和主義者は死ぬ。

 知ってる頭文字イニシャルPの英単語をくっつけただけだけど、だいたい前半戦の『瀕死体験』の内容はそんな感じだった。まあ、結局ガンジーも暗殺されたわけだしね。


 夜風が頬をかすめて吹き抜けていく。せっかく女性アンジェリカに会うのだ。血なまぐさい死体の臭いは少しでも消しておいた方がいいだろう。

 それとも鼻骨を折られて、臭いなんて嗅げないだろうか。

 ダダジムタクシーは進む。進む。


 月が綺麗だった。

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