第50話 最後の晩餐
鶏肉に下味をつけてタレに漬け込んでおく。コロッケにもチーズを差し込んでパン粉をつけておく。サイコロステーキはまだ山のようにある。ハンバーグもあと20個くらいはある。
見ているだけで胸焼けがする量だが、おおよそ今ある食材の3倍がすでに外で騒いでる連中の腹に収まっているのだ。全くもって恐ろしい。
俺は椅子に腰掛けて思考を巡らせる。
お頭の目的は、“初心者狩り”をした後に手に入るお宝――アイテムボックスの中身だ。
コレクションとか言ってバックから出てきたものは、ほんの一部だろう。役立つ物は“トランシーバー”のように適所で使用しているはずだ。
さて、【錬金術師】にああいう通信システムというか、トランシーバーをバラした時の精密機器とか、【プログラム】とかは再現できるものだろうか。特にスマホなんかは、この世界で再現できたところで全く意味が無いだろうが、しかし、あれを【解析】することで、一体どれだけの知識を得ることになるのか興味はある。
次にお頭から得た情報をかみ砕いていく。
1年に10人の【選出者】と会うことの出来る“必然性”。これは“縁”などと言った気休めのものではなく、システム化された“必然性”だとお頭は言った。
そうなると、アンジェリカやお頭に出会えたことも、一応納得がいく。決して偶然では処理できない確率も、システムに組み込まれた“必然性”ならば「ああ、なるほど」と理解できなくもない。
……“必然性”か。盗賊側についている以上、俺がこれから出会うのは【盗賊に堕ちた選出者】か【盗賊を退治しに来た選出者】の二択になる。
もしくは、俺のような何も知らない【初心者の選出者】になる。……実のところ、俺の勘では、この“初心者狩り”が一番臭いような気がする。
いや、お頭がそう公言していたからではなく、低Lv初心者ばかりを狙って襲っている――つまり、お頭が“必然性”を提唱するに至った
もう少しわかりやすく言うと、イザベラの転移召喚システムの
だけどまあ、それを直接お頭に聞くわけにもいかないしなぁ……と思っていると、元気よくロー公が帰ってきた。
「トーダ! ただいま帰ったヨー! みんな美味しいって褒めてたヨー!」
手をぶんぶん振り回して喜びを表現するロー公。でも、危ないから【死霊の槍】は離そうね。
「よかった。一応貯蔵庫にあった果物は、全部味見はしてみたんですけど、組み合わせが間違っていなかったみたいですね」
「ウン! みんな喜んでタ! テシシシシシシシシッ!」
ロー公がうれしそうに笑う。その笑顔に少しだけ癒やされてる自分が、困る。
「じゃあ、俺たちも夕ご飯にしようか。でも、外にいるみんなが『おかわり』を欲しがるかも知れないから、俺たちが食べる分は自分たちで今から作ろうと思う。ロー公先輩はここで、サイコロステーキと唐揚げ、それにチーズ入りコロッケを作ってくれるかな? 一応、下味は付けておいたから、あとは揚げたり焼いたりするぐらいだし、さっき焼き加減と揚げるタイミングを教えたよね? 忘れてない?」
「ウン! トーダが美味しいって言ってくれたシ、大丈夫だヨ! ボク、頑張るネ!」
「あっと、料理を始める前に、言っておくことがあるんだった。さっきお頭にデザートを持っていったんだけど、ロー公先輩に会いたがってたみたいなんだ。油に火をつける前にちょっと顔を出してきた方がいいかも知れないよ」
「そーなノ? ウン! わかっタ! お頭に会ってくるネ!」
「俺は向こうの調理場で休憩しながらクリームシチューを温めておくよ。料理が出来たらきれいに盛り付けて、あっちに持ってきてくれるかな?」
「イイヨ! じゃあ、お頭のトコ、行ってくル!」
ロー公は花柄エプロンを外すと、トテテテテとドアを開けて行ってしまった。
さて、続いてはダダジムの所に急ぐか。忙しい忙しい。俺は勝手口から出ると、向かいの家の調理場に向かった。
ドアを開けて中に入るが、そこにアドニスの姿はなかった。どうやらまだ“尾行中”のようだ。一応、見つからないようにとは念を押しておいたが、たぶん、ハルドライドのしている行為を壁の隙間からでもジッと見ているのだろう。
…………。アドニスの株が大暴落しそうなので、想像はやめておく。
それよりも、こっちを急ぐか。俺は周囲に人の目がないことを確かめると、テーブルを二度ノックした。
「クルルルルル……」
戸棚を開けてダダジムが顔を見せた。ダダジムは俺を待ち焦がれていた様子で、すぐに俺の前まで来ると両手と頭を床に着けた。
「じゃあ、他の連中の所に案内してくれ。でも、慎重に移動しろよ。出来るだけ俺の姿が盗賊に見つからないルートを選んで進むんだ」
「クルルルルル……」
ダダジムは立ち上がって器用にドアを開くと、サッと外に飛び出した。俺もそれに続いて外に出る。周囲を伺うと、5メートルほど離れたところにダダジムがいて、こっちこっちと案内をしてくれるようだった。
ふと、宿屋の二階に目をやる。カーテンのない二階の窓からは、明かりだけが灯っているのが見えた。
ロー公がお頭の所から戻ってきて、一通りの料理ができあがるまでに掛かる時間は――20分くらいだろうか。皿に盛り付けて、俺の所まで来るのにさらに数分か。
俺はダダジムの姿を見失わないように、そして、鉄手錠を着けた俺が疲れて倒れてしまわないように慎重に進んだ。
ダダジムが案内してくれたのは宿屋から100メートルほど離れた納屋だった。
俺がヒイヒイ言いながら追いついてくるのを確認すると、ダダジムは納屋の戸口に向かって「クルルルルル……」と鳴いた。しばらくして、中から同じく「クルルルルル……」と鳴き声が聞こえた。
元気な方と比べると、かなり声が小さかったので、俺は急いで納屋の戸を開けると中に入った。
【暗視スキル】のおかげで灯りをつけないで済むのはありがたい。隠密行動の時は特にそうだと思う。
納屋の中はクワやらスキ、カマや籠などいろいろな農具が置いてあり、ダダジム達は納屋の隅の方で寄り添うように固まっていた。
俺は無造作に近寄ると、元気なダダジムに通訳を頼んだ。
「こいつらの中で、一番最初に治してやりたいやつを俺の前に出させろ。そして、俺の治療には“激痛”が伴うと言ってやれ」
「クルルルルル……」
元気なダダジムがグロッキーなダダジム達に呼びかける。
ダダジム達はそれぞれが大けがをしているようだったが、皆がヨロヨロと立ち上がり、一匹を指さした。……そいつは、腹部を仲間のしっぽでぐるぐるに巻かれていた。腹が裂かれ、腸が飛び出しているのをしっぽで押さえ込んでいるのだ。
俺は片足を無くしているダダジムを認めたが、そいつも意思を持ってぐるぐる巻きのダダジムを指さしていた。
「待ってろ。今治してやる。かなり痛いが、仲間のために大声を上げず我慢しろ。おまえが治れば次は別のやつを治す。いいな」
「クルルルルル……」
消え入りそうな声で鳴くダダジムの腹部に左手を当てる。
『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』
俺は右手でダダジムの頭を撫でながら『はい』を選んだ。
『負傷以前の状態まで戻すのに 16% の【魄】が必要です。実行しますか? 206/16 はい/いいえ』
とうとう200%を切る感じだが、なにまた貯めればいい。アドニスが運び込んだ村人の死体をかき集めれば、こいつらの治療分ぐらいはあるだろう。
「いくぞ。我慢しろよ」
俺はダダジム達が見守りなか、『はい』を選択する。俺の心臓から魔力の固まりが注入される。
「グッギ、ギ、ッ!!?」
左手の下にあったダダジムがビクンビクンと激しく反応したが、元気なダダジムがそれを押さえ込んでくれた。ダダジムナースの光臨である。
やがて痙攣が治まると、腹を裂かれていたダダジムがむくりと起き上がった。ダダジム達が歓声を上げた。
「まあ、こんな感じだ。礼は後だ。時間が惜しい、怪我のひどいやつから順番に俺の前に来い」
「クルルルルル……」
次に俺の前に立ったのは自分の体にしっぽを巻き付けたダダジムだった。さっきのやつほどでも無いが、こいつも腹を裂かれているみたいだった。
その次が、あの左足の無いダダジムだった。俺は左手をそこに乗せると、ダダジムの体ががビクッと反応した。
『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』
『再生不可能な負傷箇所が見つかりました。再生を行うなら【転用Lv4】以上が必要です』
やはり“欠損部分”については再生は出来ないらしい。……だが、もしかすると……。
ダダジムが不安そうな目で俺を見つめてくる。俺は右手でダダジムの頭にふれると『はい』を選んだ。
『負傷以前の状態まで戻すのに 13% の【魄】が必要です。実行しますか? 176/13 はい/いいえ』
とりあえず、止血してこれ以上血を流させないことが先決だ。後のことは後で考えることにしよう。
「左足は再生は出来ない。傷を塞いで動けるようにしておく。足を無くすよりも、おまえを亡くすことの方が被害が大きい。いいな?」
「クルルルルル……」
「そのうちなんとかしてやるよ。じゃ、頑張ってな」
俺は『はい』を選んだ。
押し殺した悲鳴と痙攣の後、むくりと起き上がったダダジムの左足はやはり無く、だが四……三つん這いで歩くには別に支障はなさそうだった。
「さあ、ラストだ、来い!」
俺はその足から目を背けると、左手をかざした。
死者から搾り取った【魄】を“転用”し、生者の糧とするのだ。
「神様になってやる」無論、嘘ですが。
そしてようやく全員の治療を終えた。欠損部があったのは左足のやつだけで、最後は目や鼻を切られたり、その傷が骨まで達していたりと重傷だったが、“欠損”でない限り、ほぼすべて完治できたようだ。5匹とも体をすりあわせて喜んでいる。
「整列しろ」ダダジム戦隊、ヒトクッタンジャー。
ダダジム達がズザザっときれいに整列する。“フルメタルジャケット”を思い出して嗜虐心が滾るが、平常心スキルが依然邪魔をする。
「とりあえず、村まで来たわけだが、アンジェリカが指輪外されて暴行を受けてグロッキー状態のようだ。一応、おまえらを貸してくれた恩もあるのでどうにかしてやろうとは思うんだが……俺は今盗賊どもの“捕虜”っぽい感じになっている」
俺は鉄手錠をダダジムの前に晒す。着けながら動き回ったので、手首当たりが擦れてヒリヒリ痛む。
「おまえら、アンジェリカを救い出したいか?」
「クルルルルル……」
「見つかれば殺されるし、そうでなくとも危険な
「クルルルルル……」
ハーイと全員が手を上げる。よろしい、ならば【
「1号2号3号は俺と来い。4号……は俺の所に来たやつだな? アンジェリカの様子を探って来い。アンジェリカにはまだ姿は見られない方がいい。5号は……おまえを【
「クルルルルル……」
「スキンヘッドに見つかって、捕まったら抵抗はするな。味方ではないが、敵でもない。ただ恐ろしく嗅覚の鋭いやつだ。以上解散。4号、レッグ、さあ行け。1号2号3号は、作戦と状況を説明しながら戻るぞ」
俺は大急ぎで元来た道を戻り始めた。すでに20分は過ぎているかも知れない。ロー公に探しに来られたりでもしたら面倒だ。
だが、それは杞憂だったようで、俺が長老の調理場の前にたどり着くのと同時に、ロー公が【死霊の槍】に大皿を3つのせて歩いてくるのが見えた。曲芸師か。
「……いいか、今スキンヘッドの男が出てきたところが“宿屋”だ。行け! くれぐれもスキンヘッドには近づくなよ」
「クルルルルル……」
ダダジム1~3号を送り出し、俺は調理場の勝手口から入ると【魔晶石】に触れ、鍋を温め始めた。程なくしてロー公がやってくる。
「トーダ、料理できたヨ! 上手に出来たと思うヨ!」
「お疲れ様。じゃあ、テーブルの上に置いて、手を洗ってきて」
「ウン! ボク、温かい料理を食べるのって久しぶりなんダ!」
ニコニコ顔で外に飛び出していくロー公。アイツも苦労しているんだなぁと思っていると、アドニスが帰ってきた。一応、アドニスにも手を洗いに行かせる。死体なのに食えるのかな? いや、町のグールさんはむしゃこら食ってたな。アドニスが「俺は弁当持参で」とか言って村人の死体をテーブルにのせたら頭を抱える自信はある。
さて今のうちと、俺はひょいひょいと料理を小皿に取り分け、戸棚の中に隠した。これだけあればあの小僧も満足するだろう。今どこにいるか知らないけど。
そして、素知らぬ顔で二人の戻ってるのを待っていると、その
さすがの俺も目を丸くしてしまった。捕まっとるやんけ。
「トーダー! さっき言ってた黒いペット捕まえてきたヨー! はいドウゾ!」
「え……? ええ、あーはいはい、黒いペットね、はいはい……ありがとう」
おっかなびっくりといった感じの小僧を受け取ろうとしたけれど、鉄手錠が邪魔でどうにもならない。ロー公がそれを見て、小僧を床に立たせた。
俺は目で合図して小僧を調理場の隅まで呼ぶと、自分を指さし、「合わせろ」とだけ呟いた。小僧も狼狽えながらも頷いた。
「トーダの知り合いも【人族のペット】飼うんだネー! お頭の知り合いもペットいっぱい飼ってるヨ。女の子ばっかリ!」
「ほほう。なかなか気が合いそうだな。ぜひもそっと詳しく……じゃなくて、えーと。“ミサルダの町の知り合いのペット”を見つけてくれてありがとう」
「ウン! なんか近くでウロウロしてたからコイツダーって思って捕まえてみましター! でも、トーダはさっき黒いのって言ったのニ、その子全然黒くないネ!」
小僧は不安げな瞳で俺を見上げてくる。俺はそれを無視しつつ、鉄手錠付きの手で小僧の髪に触れた。ふわふわと柔らかい。
「あー、まあ髪の毛が黒いって言うのもあるけど、残り5匹はもっと黒いよ」
「そうなんダ! 後で探してみよーっト!」
「いや、いいよ。さっき会って怪我の治療をすませておいたから、見つけても連れてこなくてもいいよ。あと、出会っても食べたりちょっかい出したりしないでね」
「わっかりましター!」
ロー公はまっすぐ手を上げて返事をする。
「ちなみに断っておくけど、この子は“ミサルダの町の知り合いのペット”だから、この村の住民じゃない。お頭は“村民全員の殺害”を命じたかも知れないけど、勝手に殺さないでね」
小僧が体が強張るのを感じた。
「ウン! いくら美味しそうでも、トーダの知り合いのペットを殺して食べたりしないヨ! だって今から夕ご飯食べるんだモン!」
小僧が俺の後ろに回ってガタガタ震えながら裾を掴んできた。うむ。気持ちはわかる。俺でもそうする。
「よろしい。では夕食を食べよう。…………あれ? アドニスさんは?」
ロー公と一緒に手を洗いに行ったはずのアドニスが帰ってきていない。トイレか?
「なんかネー、催し物が必要ダーってみんなに連れて行かれちゃっタ。これからボクたちご飯だからって言っても『いいじゃんいいじゃんプップクプー』って連れて行かれちゃったヨ。まあ、クグツはご飯食べられないケド……」
心なしかしょんぼり気味のロー公。まさかアンジェリカの代わりに、アドニスの逞しい肉体を思う存分陵辱するつもりではないだろうな。『コンドーム』もある世界だ。油断ならない。……俺が相手だと“田亀”だが、アドニスならギリBLでイケるだろう。さらばアドニス。……我が身かわいさに助けに行く勇気のない俺を許してくれ。
「じゃあ、仕方ないな。ならアドニスの代わりにこのペットも一緒に食べさせてあげてもいい? 一緒が嫌なら外で食べてもらうことにするけど」
「別にイイヨー! ボクだってみんなと一緒に夕ご飯を食べたコトってあんまり無いから、特別に許してあげるのダー!」
許可が下りたようだ。別段嫌っている様子もないので、このどさくさで小僧にも食事を与えて引っ込んでてもらおうか。いろいろ忙しいし。
「それで坊主、名前を教えてくれ。木石でないのならペットにも名前くらいあるだろう」
俺は小僧の前に膝をつくと、ロー公を背に小僧にアイコンタクトを送る。小僧も事情を飲み込んでくれたのか、胸の前で指をもじもじさせながらも、
「ロッド・サガンス・ドルドレードです……」おずおずといった感じで答える小僧。
さらに【鑑識】追加すれば、こいつもケイトと同じ9歳で、種族は母親と同じ「ドワーフ族」だ。まだ髭は生えていないようだが、それにしてもなかなかのショタ属性で可愛いオトコノコだ。伏し目がちなところなんか、オネーサマ心をくすぐるのではないだろうか。ちなみに俺は
ハルドライドあたりに差し出せば、ルパンジャンプで飛びつくに違いない。
……まあでも、見た目ドワーフとかいう種族には見えない。かといって、ミサルダの町にいたミケルとも雰囲気が違う。……何かドワーフの他にも混ざってる気がするな。
「じゃあ、3人で食べよう。ロッド、いいか。食事中ペットのおしゃべりは厳禁だからな。『この村に関するコトをうっかり口にしないように』口はご飯を食べることに集中すること。……でも、俺たちは会話を楽しみましょう、ロー公先輩」
「ウン! トーダ。ボクたちはたくさんおしゃべりしよウ!」
そうして気の置いた夕食会が始まった。もちろん鉄手錠は足枷にしてもらって、今はハンドフリーだ。俺はさっき棚に隠した料理一式を取り出すわけにもいかず、新しい皿を用意して料理を配った。
「さあ、いただきます! みんな、明日にはこの村からおさらばするんだから、食材全部食い尽くす感じで食べてくれ」
「…………」
俺は不安そうにこちらを見上げてくる小僧に、食べていいよと言ってやる。小僧はスプーンを手に取ると皿に盛られたシチューを食べ始めた。
「ウン! もぐもぐ。オイシーヨー! こんな美味しい料理初めて食べたヨー!」
「それはロー公先輩が作ったんでしょ。美味しいに決まってますよ。もぐもぐ。……から揚げもハンバーグも焼き加減バッチリですね。おいしいですよ、ロー公先輩」
「エヘヘ~。ヤッパリ~? エヘヘ~。美味しいネ。テシシシシシシッ」
俺は隣で一心不乱にシチューを口に掻き込んでいる小僧を見て、大皿から小僧専用に小皿にいろいろと取り分けてやる。もちろんロー公にも取り分けてやる。ちなみに俺は大皿から直食いだ。うましうまし。がつがつぐるるる。
小僧がシチューからハンバーグに取りかかる。ハイリハイリフリハイリホー、大きくなれよ。
「……そういえば、お頭と何を話していたんですか? もぐもぐ」
しれっと探りを入れてみる。この唐揚げマジうまい。やっぱり決め手はショウガのタレの味だな。それとも赤色野鶏の育ちがいいのか?
「ウン! トーダがちょっと怪しいから、いろいろ探って来いって言われたヨ! なんかネー、素直すぎるからゼッタイなんか企んでるって言ってタ! ちょっとでもおかしな行動してたら教えろって言われたヨ!」
「ふーん。別におかしなコトはしてないのにねー。お頭は心配性だな。あ、ロー公先輩マヨネーズ取ってください」
ダダ漏れですぜ、お頭。
「ハイドーゾ! だから今日はトーダと一緒に行動しまース!」
「……。別にいいですよ。ご飯食べ終わったら、アドニスさんが運び込んだ村人の『お葬式』と【魄】の回収をするんで、一緒に行きましょう」
「ウン! 探検だー!」
両手をぶんぶん振り回して喜ぶロー公。ちなみにコイツにはスプーンやホークといった文化はないらしく、手づかみだ。両手でガンガン口へ運んでいる。シチューなんか両手ですくって飲んだぞ。まあ、犬食いしないだけマシだが。
――と、袖をクイクイと引かれた。小僧が何か言いたげな顔で俺を見上げている。
「どうした、おまえも『お葬式』しに行くか?」
こくん、と頷く小僧。…………まあ、本当なら見せたくないんだけどね。グロいから。
「ロー公先輩、このペットもお葬式の所に連れて行ってもいいかな? なんか興味あるみたいなんだ」
「ウン、イイヨー! トーダと一緒なら誰が一緒でもイイヨー!」
「ははは……。なら、小僧も一緒に行くか。でも…………まあ、いいか。今は食事中だからな。さあ、みんなガンガン食べよー! ガンガン飲もう!」
「ワーイワーイ! 楽しいヨー!」
俺たちはよく食べよく飲んだ。ロー公は果蜜酒を飲んだことがないというので飲ませてやると、感激してまた訳のわからない言葉を発して飛び跳ねた。小僧がドン引きしていた。
小僧も体の割によく食べてよく飲んだ。果蜜酒もイケるらしく、グビグビと飲み、また唐揚げを口に入れていた。たぶん、この中で俺が一番小食だったかも知れない。
とにかくまあ、料理がうまくて『料理スキル』『調合スキル』サイコーって感じだった。
結局、ショタ小僧はお腹がいっぱいになったら、うつらうつらし始めたので一階の寝室から毛布を持ってきて調理場の隅で寝かせておくことにした。お葬式って言っても、頭を潰された死体や脳みそハミ出た死体がわんさか積み重なっているところに入っていくわけだ。
餅は餅屋、死体はネクロマンサーにお任せください。きっちりお掃除……お葬式させて頂きます! 【魄】を大量ゲッツだぜ!
調理場から外に出ると、広場の方からやんややんやと楽しそうに騒いでいる盗賊どもの喝采や罵声が聞こえてくる。何をしているのだろうか。でもまあ、絡まれたくないので、俺たちは広場には出ないルートで村の奥に向かって歩き出した。
「アドニスさんが死体を運んだ場所って、ロー公先輩知っているんですか?」
「ウン! ボクがクグツにこのおうちに死体集めてーって命令したから、場所ならわかるヨ! こっちだヨ!」
ロー公は俺の手を引いて歩き出した。手を引くというか、俺の両手の鉄手錠を持ち上げてもらっている。こりゃ楽だ。……本当はおんぶがよかったんだけどね! ローゼンでも可。……アドニス大丈夫かな?
俺は一抹の不安を覚えつつ、小さくなっていく広場の灯りとらんちき騒ぎを、肩越しに振り返った。
「トーダ。どうかしたノ?」
ロー公が尋ねてくる。俺は何でもないよと言い、前に向き直った。
こうやって改めて二人きりになるのはしばらくぶりだろうか。まだ何時間も経っていないけれど、緊張の連続だったので、夜の静かな散歩になると、急に話がしたくなった。
アーガスにはお頭とロー公のことは聞くなときつく言われていた。アレには何か理由がある気がするのだが、まあ無難に従っておいたほうがいいだろう。
と言うわけで、ロー公の生い立ちを聞くのはなし。長くなるだろうし、ザイルさんの時みたいに十分な時間もないしね。うんうん。
「ロー公先輩が初めて『クグツ』を作ったのって何歳くらいだったんですか?」
しかし、ネクロマンサーに関係する情報は重要なので、聞けるうちに聞いておくことにする。魔族に関することさえ避ければ、こんなの世間話みたいなものだろう。
一応【魄】はまだ100%以上あるが、今後100%を下回ることも考えておかないといけない。ファーストジョブならいざ知らず、セカンドジョブの一般人は【魄】が少ないのだ。
「ウン? ボクが初めてクグツを作ったノ? エートネ、……いつだったか忘れちゃっタ、テシシシシシシッ。だってボク今が何歳か知らないモン」
そう言ってまたテシシシシシシッと笑うロー公。魔族には歳を数えたりする文化がないのだろうか、するとお誕生日会とかも当然開かれないのだろう。
もし行われていたら、きっと魔族の誕生会なのだから……
うーん、シュール。種族の壁は厚いなぁ。水族館の水槽くらい厚い。
「……じゃあ、俺がロー公先輩の歳を決めてあげますよ。22歳くらいです」
「ウン! ボクは今日から22歳だネ!」
【鑑識】でそう出たのだから、まあそれでいいのだろう。
「じゃあ、逆算して何年くらい前ですか?」
それがわかれば、ジョブLv14のロー公の実績を逆算できる。ネクロマンサーは『クグツ』で敵を倒してなんぼだからな。Lv14まで、どれくらい掛かるかを知っておかないといけない。
「ウーン。ボク、お頭に外に出してもらう時以外はずっと地下で独りで過ごしているから、やっぱりよくわかんないヨ。ゴメンネ、テシシシシシシッ」
なぜ笑えるのか。幽閉されてて、アンタ何笑ってんの?
「……地下で何やってるの?」
「ウーン……。【死霊の槍】を振ったり、砂粒の数を数えたり、骸骨に話しかけたり、あと槍で壁に絵を描いたりしてるヨ! お父ちゃんとお母ちゃんとお姉ちゃんとお兄ちゃんと骸骨の絵!」
「ああ、そう。うん。……退屈じゃない?」
「ウン! 退屈! でもネ、魔物とかヒトとか他の種族とか、たまに“ご飯の穴”から落ちてきて、ちょっとだけ話したりすることがあるヨ。アー、思い出しましタ。その時初めてクグツを作ったんだっタ! 忘れてましター、テシシシシシシッ」
なぜ笑えるのか。何がおかしいのか。なぜ愉しそうなのか。ヒトの俺には理解できない。これが種族の壁なのか。それすらわからない。
「ボクのクグツは1日しか保たないでショ? だからたまにヒトが落ちてくるとクグツにして一緒に遊んでたんダー。戦いごっことか殺し合いごっことか一日中一緒に遊んでたヨー! ロー公ぴーんち、スババババー、なにおー負けないゾー、ドーン、グシャー!! はい、ボクの勝チー!」
ロー公は跳んだり跳ねたりして、そのときの“遊び”の様子を教えてくれた。地面を転がりながら槍を振るうロー公は生き生きとしてて愉しそうだ。
俺は、なんだかとても悲しい気分になった。胸の辺りがもやもやとする。
……あ、やっぱり『平常心スキル』切れてた。ぽちっとな。ふいー……。
で、なんだったっけ?
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