第48話 死者と男の手料理で

 俺は調理場のテーブルに鉄手錠ごと両手をつくと、こう宣言した。


「さて。今日こんにち同志諸君にお集まりいただいたのは他でもない、第一回チキチキ晩餐会の料理人兼、スタッフとして働いてもらうためである。先人である諸先輩方はすでにこの世を去られ、さらに昨日徴用したご婦人達は今朝には物言わぬ故人となった。

 つまり、今宵の夕食は俺たちが頑張って作らなくてはいけなくなったのである! 皆様方の胃袋を溢れんばかりの幸福で満たすために、今俺たちはここに集結した!」

「ウン! ボク料理のお手伝いするのは久しぶりだけド、頑張るヨ!」

「…………」


 花柄のふりふりエプロンで着飾ったやる気のあるロー公と、虚ろな目をしたアドニスがフラフラ立っている。


「とりあえず、諸君が来る前に調理器具をざっと確認したところで、俺の疲労はピークに達してしまい、お疲れモードに突入したので、この先は分担流れ作業でいきたいと思います」


 俺は顎と口と指で指図さしずする人。あなたたち働く人。


「ウン! 頑張りマース! ……何をすればいいノ?」

「じゃあ、まず鍋に水を入れて沸騰させたいから、一番大きな鍋に水を入れるところから始めるか。ロー公先輩、上の棚から一番でかい鍋を下ろして、それに水を汲んでくれますか?」

「ハーイ!」


 ロー公は意外にもてきぱきと動き、棚から鍋を下ろすとポンプから水を汲んで鍋に入れ始めた。ちなみに鍋は洗いません。なんせ男の料理だからね。


「じゃあ、アドニスさんは野菜を貯蔵庫からもってきてくれますか?」

「…………」

「アドニスさん、貯蔵庫から野菜をもってきてもらっていいですか? ……おーい、聞こえてますかー? ヘイ! リピートアフターミー、Mr.アドニス!」

「…………」

“Yes. My pleasure”はい、よろこんで。さんはい!」

「…………」


 アドニスは虚空に目を向けたまま、フラフラしている。廊下に立ってなさい。


「アー、忘れてタ。ボクのクグツはボクの言うことしか聞かないんだっタ! どうしよう、トーダ……」

「じゃあ、いいです。俺の言うことをそのままクグツに伝えてください。【貯蔵庫から野菜をすべて……洗い場の方へ運び込んでください】」


 ここへ運び込んで、と言おうと思ったが、いざ野菜を並べると少々場所を取る。それに一度水洗いをしておいた方が良さそうだ。男の料理だけど、俺も食べるしね。


「わかっタ? 聞こえたことをちゃんとヤッテ」


 虚ろだったアドニスの目に、みるみるうちに赤い光が灯った。アドニスは踵を返すと、調理場を出て行った。ウンウン、と満足げに腕を組むロー公にちょっと聞いてみる。


「ロー公先輩、今のが『クグツ』への命令なんですか?」

「ウン! そうだヨ! トーダが言ったことをちゃんとヤッテって言ったんだヨ!」

「いえ、そうじゃなくて。アーガスさんの時みたいに『死霊の槍よ――』みたいなのはやらないんですか?」


 なんか呪文の詠唱みたいなやつ。


「出来るけド、全部で3回しか使えないヨ! ボクの『クグツ』は【死霊の槍】で無理矢理すごい命令できるけド、すぐに魔力が枯渇してへろへろになっちゃうヨ。『クグツ』の魔力は回復しないカラ、3回使ったらその場でバタンキューってなっちゃうヨ!」

「そうなんですか。……じゃあ普通の命令ならあんまり魔力使わないから長持ちするんですか?」

「ウン! 丸々1日くらい保つヨ!」


 やはり、あの呪文詠唱系は“ブースト”だったみたいだな。……でも、何もしないでも1日しか保たないのか。

 うーん。それだと【魄100%分】を死体に使って『クグツ』にしたところで、1日しか戦闘用に使えないのか。丸々1日魔物と戦わせてジョブLvを上げる。また100%まで【魄】を貯めて『クグツ』を作って1日中戦わせる……。先が長そうだ。

 まあ、その場合、作る『クグツ』はファーストジョブ持ちの“戦闘系”がベストだろうな。それなりに強ければ1日に1~2Lvくらいは期待できるかも知れない。

 そして『クグツ』が必死で戦っている間、俺は料理でも作って帰りを待つのだ。

 …………。

 そういえば、お頭に「Lv1なら悪さもしない」とかなんとか言われた気がする。ぬぅ、飼い殺しにするつもりだな。見てろ、いつか下克上してやる。


「トーダ。水を汲み終わったヨ! 次は何をすればいいノ?」

「じゃあ、火をかけて沸騰させようかな? って、IHだったっけ? この【魔晶石】を触って……おおお、やはりなんか吸い取られてる気がする……」

「アハハッ、なんか面白いネ」


 俺はMPの残量が気になりながらも、割かしいい感じに湯を沸かすことが出来そうだ。コツを掴めばこのIHは使いこなせるかも知れない。

 じゃあ、次はっと。俺はロー公に指示して、調味料を全部棚から出してもらう。……ちょっとずつ味見しながら、何の調味料かを確かめる。ふむ。それぞれ味も香りも悪くない……。塩や砂糖は当然として、得体の知れない黒いスパイスなんかも悪くない。ソースや醤油みたいな味の液体もあるが、微妙に俺の知っている味とは違う。酢とミリンっぽいナニかもあるが色が俺の知っているやつとは微妙に味が違う……。だが、さほど問題は無い。


 そこにアドニスが戻ってきた。野菜を貯蔵庫から持ってきてくれたらしい。

 俺は調理場の勝手口から外に出ると、水場の方へ行ってみた。ほんの20メートルほど先に、……あの貯蔵庫にあったすべての野菜が運び込まれていた。


「うおおう……。この短時間にどうやって運んだんだコレ」


 種類別に木の箱に詰められた野菜はそれぞれがいっぱいで、それが……18箱ほどある。頑張って2箱ほど両腕に抱えて持っても、今の4倍ほど時間が掛かるはずだが。


「野菜はそれで足りそウ? トーダ」

「菜食主義の人が半年かけて食べる量ぐらいはありますよ。ロー公先輩、鍋でもバケツでも桶でもいいですから持ってきてくれますか? さっと洗ってしまいましょう」


 っと、仕事を終えて、またぼぉ~っとなっているアドニスを動かさないのはもったいない。でも、ロー公を介しての命令は面倒くさいな……。


「ロー公先輩。アドニスに【トーダの命令を何でも素直に聞くように】って命令できますか?」

「ウン! たぶん出来るよ! 聞いた? 【トーダの命令を何でも素直に聞くように】!」


 アドニスの目にまた赤い光が宿る。うむ。くるしゅうない。


「えーと。まずはうまく動くか練習ね、【右手を挙げて】」

「…………」


 アドニスは右手を挙げる。よし。うまくいきそうだ。


「じゃあ、ちょっと沸騰してないか鍋を見てくるから、アドニスさんもどこかの民家から鍋か桶か……大きいの5つほど用意して来てもらっていいですか?」


 アドニスは頷きもしなかったが、行動に移しだした。

 俺はさっき「鍋とか桶とかたくさん用意して」と言いかけたが、村中の鍋と桶を用意してきそうだったので訂正したのだ。

 ああ、そういえばとネクロマンサーの【基本スキル】が“教育”となっているのを思い出す。……相手は生まれたばかりの『クグツ』なのだ。根気よく教育していくしかない。

 ロー公が両手で抱えられるだけの大小様々な鍋やら桶やらを運んできた。


「ウン! ちゃんというコト聞くみたいだネ! たぶん、お頭でもボクのクグツに言うことを聞かすのは難しいと思うけド、やっぱりトーダはネクロマンサーだから“声”が届きやすいんだと思うヨ!」

「ふ~ん。でもまあ、おかげで『料理が遅い』って怒られずに済みそうだよ、ありがとうロー公先輩」

「エヘヘ、だって先輩だモン!」


 エッヘンと胸を張るロー公。……これで魔族なんだからこの世界は面白い。


「はいはい。ロー公先輩は立派な先輩ですよー。じゃ、野菜を洗いますか。野菜についている泥とか細かい砂を洗い落としてください。野菜は、葉モノと根菜類など、種類別に分けて鍋などに入れてください」

「ウン! ヘッヘヘー」


 無邪気に喜んでいるロー公を見ながら、俺も作業に取りかかるが、やはり鉄手錠付きでははかどらない。しかし、ロー公の指錠付きだと何しているかわからない。

 そうこうしていると、ガシャガシャとでかい鍋を5つ重ねて持ってくるアドニスの姿が見えた。割とかけ足だが、全力疾走という感じでもない。CMで運送会社の社員が頑張って運んでいるくらいだ。


「じゃあ、アドニスさんも野菜をさっと洗ってください。泥や砂を洗い流す感じでお願いします。洗い終わった野菜は水を切って種類別に持ってきた鍋の中に入れてください」


 アドニスはうんともすんとも言わないが、ポンプを動かし水を汲み上げると、一心不乱に作業に移った。……手際がなかなか良いので安心して任せられるだろう。1から10まで教えなくてもなんとかなりそうだ。


「ロー公先輩、今洗っていたジャガイモの鍋を持って調理場の方に来てください」


 我ながらテキパキと指示できるなぁと思いつつ、ロー公の前に立って調理場へと入る。

 ジャガイモは皮がまだ剥かれてはいないが、まだかなり新しい。収穫したてのようだった。……すると初夏辺りだろうか、この世界の今の季節は。

 とにかく、皮が青くもなく、芽もまったく出ていないようなので、そのままひとつずつ鍋の中に入れるように指示をする。


「これはなにを作ってるノー?」

「“粉ふきいも”でしょうか。バターも貯蔵庫にあったようだし、“じゃがバター”でもいいかもしれない。マッシュポテトもいけるかな? 塩こしょうもいいけど、今からマヨネーズ作るから、ロー公先輩も手伝ってください」

「ハーイ!」


 卵もあるし食用油もある、塩と酢もあるのでマヨネーズはすぐ出来るだろう。卵はこの調理場で見つかったので、俺はボウルを用意し、ロー公に卵を割るように指示した。もちろん、卵黄と白身を分けるように言う。その間に、調味料を使ってその他のタレを作ることにする。

 ――と、バシュ、と卵が握りつぶされるような音がした。振り返ってみると、ロー公が貴重な卵をニコニコしながら握りつぶしていた。


「あの……」

「料理って楽しいネ!」


 ロー公は卵の殻ごとボウルをかき回す。卵黄と白身の知識が無いようだ。料理が苦手というのは本当らしい。へたをすれば俺たち全員“説教部屋”の恐れがある。どうしようか?

 そこに、ぬそっとアドニスが戻ってくる。どうやら野菜の洗いは終わったようだ。

 …………。

 俺は、手元の鉄手錠に視線を下ろした。

 ふむ。ピコピコポーン! いい方法を思いつきましたぞ!


「とりあえず、得手不得手の問題を解消しましょうか。ロー公先輩、この鉄手錠を外してもらっていいですか?」

「ウン!」


 ロー公は素直に鉄手錠を蓮してくれた。俺は自由になった両手をぐるぐる回して気合いを入れ直すと、ロー公に指示した。


「ロー公先輩は他の家々を回って食用油を集めてきてください。この壺に入っているのと同じやつ。あと、貯蔵庫にあった赤色野鶏の肉を持ってきてください」

「トーダ、ボク外に出るけド……お頭には見つからないでネ?」


 鉄手錠を外したことと、俺のそばから離れることにロー公はちょっと不安を感じたようだった。


「大丈夫です。俺には考えがありますから」

「ウン! ボク、トーダを信じているかラ!」


 ロー公はトテテテテーっと勝手口から出て行った。俺は赤い目のアドニスを見上げながら、「さて……」と呟いた。



 時は少し進み、場所も少し変わった。

 俺は宿屋の方の調理場も使うことにした。こちらの方がIH調理台が3つあり、予冷庫も完備されていて、しかも調理器具も大小全部そろっていた。

 ここの様子を見に初めて3人でやってきた時は、撲殺死体と絞殺死体と首吊り死体があって、ネクロマンサーを糞尿の香りで迎えてくれたが、死体を『浄化』したのち、ロー公に汚物の掃除を命じて一時退却した。

 おばあちゃん三人の瀕死体験を要約すると、こうだった。


 最初は3人とも自分たちだけが殺されなかったことに泣きながらも感謝した。

 だけど、時間が経つにつれ、だんだんと鬱々とした気分になってきた。3人は励まし合って、ただただ言われたとおり、人殺し達の料理を作り続けていた。

 ……初めは貯蔵庫に肉なんて、ほんのわずかしかおいていなかったのだろう。もともとここは年寄りの村だ。盗賊に出していたのは、この村の野菜たっぷり名物料理のようだった。

 「不味い」と怒鳴られ、「味付けが薄い」と怒鳴られ、「ピッツィー嫌い」「ピーマン入れるな」「ニンジン仕込むな」とさんざん文句を言われ、罵られ、ただただ平謝りする3人。それでも励まし合っていた3人だったが、翌朝、3人が野菜や卵を取りに外に出ると剣の練習をしているルーザーを見かけた。挨拶をするも、唾を飛ばして応えるルーザー。

 うち一人が、その光景に気づき、手に持っていた物をすべて落としてしまった。

 ルーザーは一人の死体を木にくくりつけ、試し切りをしていたのだ。半狂乱で駆け寄るひとりの女。その人は私の夫だからやめて欲しいと涙ながらに訴える女を、ルーザーはウザったそうに聞いていたが、女がルーザーをひっぱたくと事態は一変した。

 ルーザーは逆上し、女を殴り返した。馬乗りになり、何度も殴りつける。ハラハラとことの成り行きを見守っていた二人の女も、慌ててそれを止めに入るが、ルーザーはふたりにすら拳を見舞った。やがて動かなくなると、悪態をついてルーザーはどこかに行ってしまった。二人はぐったりとして動かなくなった女を調理場に運んだ。医療行為など知らない二人だったが、殴られた頬を冷やすなど懸命の手当が効いたのか、その女は意識を取り戻した。しかし、立ち上がることが出来ないので、調理場の隅に寝かせておくことにした。

 ちなみにアンジェリカの食事だが、「一人分盆に載せてもってこい」と言われたので用意して持って行くと、ハルドライドがそれを受け取り、腰をふりふりどこかに行った。

 いつもは主人が締めてくれる赤色野鶏をおっかなびっくり自分たちで締め、肉多めの朝食を作り、その際、お頭に今朝のことをこっそり報告した。一応お頭は話を聞いてくれ、理解を示してくれた。

 だが、調理場で野菜の皮を剥いていると、ルーザーが怒鳴り込んできた。どうやらお頭からお叱りを受けたのが気に入らなかったようだ。明らかに理不尽な理由で女達は全員殴られ、寝かされていた女はさらに蹴られたりもした。

 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、女のひとりが「いい加減にしなさい!」とルーザーを叱った。だが、ルーザーには逆効果だった。逆上したルーザーはその女をその場で絞め殺した。「ざまあみやがれ」と唾を吐きながら出て行くルーザー。

 父にも夫にも殴られたことのなかった頬を手で撫でながら、残された女はひとりひとりに声をかけていくが、二人ともすでに事切れている。

 女は野菜を縛ってあった荒縄を使うと、盗賊どもに呪いをかけ首を吊った。


 糞尿はその首吊り女のものだった。

 俺は二人に命じて丁寧に下ろさせ、手を合わせると『浄化』した。残り二人にも同じように手を合わせた。

 そして今に至る。


 宿屋の方の調理場では、揚げ物をしたり、肉をさばいて肉料理を作ることにした。

 ロー公が頑張って掃除したので糞尿の臭いは取れたが、o-157はわりかし怪しかった。まあ俺は平気なので無問題。ささやかな反抗とする。

 そうして、ロー公には現在野菜の鍋の煮込み具合を見てもらうことにし、俺とアドニスはミンチにした牛ブタの肉を使って今は“ハンバーグ”のタネを作っていた。両手で手際よく空気を抜く作業をしているところに、お頭がやってきた。


「……いい匂いがするな。料理が得意だと言っていたのはどうやら本当のようだな」


 匂いに誘われてやってきたのは、何もお頭だけではない。

 かれこれ数名がフラフラとやってきては皿に盛る前の料理をひょいぱくひょいぱくしていった。アーガスに連れられてトルキーノとボルンゴがやってきていた。自己紹介したあと、二人に好きな物はと聞くと、二人とも「肉」と答えた。二人には出来立ての“ポップコーン”を山盛り渡し、帰ってもらった。

 枝豆を茹でていたら茹でた先からロードハイムに持って行かれた。ゆで卵の皮を剥いていたら「出し過ぎてタンパク質足りない」とよくわからない理由でハルドライドに全部持って行かれた。

 でもまあ、材料も時間もたくさんあるので、気にせず好きにさせていた。どうせ彼らのお腹に入るのだ、盛り付けの時間が得しただけだと思うよりほかない。


「お頭もつまみ食いですか? あいにく今はハンバーグのタネ作りの途中でして、焼き上がり次第皿に盛って運ぼうと思います。今日は皆さん、外で食べるそうですよ。テーブルを運んでました」

「つまみ食いなどするか。わたしはおまえがまじめに働いているか見に来ただけだ」

「“ポテトチップス”をさっき揚げました。少し摘まんでいきませんか?」


 俺はリズミカルにタネを右手左手とパスしまくる。アドニスは俺の速度の2倍以上の速さで次々とタネを作り上げていく。


「……“ポテトチップス”か。おまえが作ったのか?」

「はい。と言っても、俺が切ったのは最初の一個だけで、残りはアドニスがもの凄い速さで切りました。機械いらずな感じで助かってます」

「……こいつがアドニスか」


 じろりとアドニスを睨むお頭。アドニスは料理に夢中だ。代わりに俺が応対する。


「はい。『クグツ』と呼ぶのは、まだ馴染まないので、以前と同じように名前で呼んでます」

「死体にハンバーグを作らせているのか?」

「ご安心を。アドニスには【コンドーム】を両手に着けさせています。コンドームって便利ですよね、どんどん伸びて手をすっぽり覆えました。破れにくくて安全安心。コンドームがあれば手袋いらずですね」


 お頭はしばしの沈黙の後、「それは無菌袋だ」と訂正をしてきた。げへへ。失敗失敗。


「おい。毒味をしろ」

「わかりました」と俺はハンバーグのタネを容器に置くと、かごいっぱいに作ったポテトチップスを一枚口に入れた。うむ、ほどよい塩味、うまし!


 お頭は疑わしそうな目で俺を見ていたが、かごからポテチを一枚取り出すとクンクンと匂いをかいだ。恐る恐るかじる。目元がぴくりと動き、そのままぱりぱりと食べてしまった。クククッ、馬鹿め騙されおって。……言ってみただけ。


「まだまだ作りますから、どうぞいっぱい食べていってください」


 俺はそう言うとでかいフライパンをIH台に置き、【魔晶石】に触れた。魔力が流れ込む量を調節して、火力を加減する。

 村中からかき集めてきた食用油を集めた壺から、木のオタマでフライパンに油をなじませる。バターでも良かったが、まあ、油の方が扱いが楽だ。バターはまた他で使うし。

 そうしてハンバーグを次々放り込んでいく。ジュジューーー!! と熱せられたフライパンが呼応し、油が飛ぶ。しばらく待ってからひっくり返すと、木のふたを被せた。


「お頭も一緒に料理作りませんか?」


 ジッとこちらに監視の目を向けるお頭に誘いの言葉をかけてみる。とりあえず全裸エプロンで油の跳ねる仕事でもさせるか。もちろん一眼レフカメラで、一部始終いちぶしじゅうを局部アップで激写しますけど大丈夫大丈夫個人的に使うだけだから! そういえばスマホ4Sなら動画が……。


「……するわけないだろう」

「なかなか楽しいですよ。まあ、俺はほとんど今まで料理なんて作ったことなかったですけど、『料理スキル』のおかげですかね? あ、アドニスこれサイコロ状に切って。こっちの肉は一口大に切ってボールのタレの中に入れて」


 アドニスに命令を出す。ここに来てようやく俺たちタメ口だ。アドニスが無言で従う。機械のような正確さと裁断機のような手早さで、みるみるうちにお肉の塊がサイコロステーキと唐揚げのタネに変わる。


「便利ですよ、『料理スキル』は。おおよその料理レシピも食材を調味料に【鑑識】かけるだけでどんどん作り方が頭の中に浮かんでくるんです。インスピレーションというやつです。……もういいかな? ほいほいほいほい」


 ハンバーグを手際よくひっくり返していく。――と、そこにロー公がやってきた。


「トーダ! 『鳥ハクサイ鍋』ができたヨー。あ、お頭ダ! お頭もつまみ食いに来たノ? どう? ボクのエプロン姿!」


 ロー公が【死霊の槍】をお立ち台のポールにみたてて、くるりと回ってみせる。

 安心してください! ちゃんと(エプロンの下は)着せてますよ!


「どうでもいい。……それよりトーダ。わたしの言いつけを破ったな。ロー公のいないところで鉄手錠を外すなと言ったはずだが」


 低く唸るような声で威嚇してくる。きれいなお顔が台無しだ。

 俺はそれをあえて無視すると、肉を切り終わったアドニスに呼びかける。


「アドニスさん。向かいの家の調理場までまた運んでもらえる?」


 アドニスは無言で俺の後ろに回ると、俺の膝裏にスッと腕を伸ばした。俺はその腕に腰掛ける。気分はまさに“ローゼンメイデン”。決めゼリフは『跪いてお嘗めよ 苦い愛の雫を』……だわ!

 アドニスが軽々と俺を持ち上げる。座っているのでもちろん天井に頭をぶつけたりはしない。

 足をぶらぶらさせる。

 俺の足にはちゃんと“鉄手錠”がはめられている。


「『独りの時は鉄手錠をはめろ』ってやつは守ってますよ。着ける場所が足だけど、着けてることには変わらないですよね? 料理中ですし」

「…………」


 お頭は俺を睨み、グッと唇に力を入れたが、何も言わなかった。

 それを了承と捉え、俺は一度アドニスから降りると、ポテトチップスを適当なざるに小分けした。お頭の前にそっと出す。お頭はそれを一瞥するが、何も言わなかった。


「この鉄手錠ですけど、全然“遊び”の部分がないから移動は他人の手を借りないといけないんです。じゃあ、俺、『鳥ハクサイ鍋』の様子を見てくるんでいきます。ロー公先輩、『ポテトチップス』を外のみんなに持って行ってください、『ポップコーン』がそろそろ空になると思いますから、空鍋を回収してきてください。戻ってきたら、その鍋とこっちの肉の入った鍋に、しるしの所まで水を入れて持ってきてください」


 俺はロー公に給仕の指示を出すと、お頭に頭を下げた。


「お頭もみんなと外で一緒に食べられますか? それとも二階に運ばせますか?」

「……二階に持ってこい」

「好き嫌いってあります? シチューとグラタン、どっち食べます?」

「グラ――シチュー……」


 ふむ。そっちの方が大人数分鍋で一気に出来そうだな。

 ロー公が山盛りのポテトチップスのかごを抱えて、小走りで出て行った。


「わかりました。できあがったり料理を一通り運びますから、テーブルの上を片付けて手を洗って待っていてください。あと、これはそれまでの腹の足しにしててください。じゃあ、アドニス運んで運んで。……そうそう、さっきみたいに鴨居にぶつけないように……繊細で気むずかしい傲慢な女性を扱うように優しく丁寧に……。あ、お頭のことじゃないですよ? じゃあ、失礼します。すぐにロー公先輩に運ばせますんで」

「…………」


 俺はお頭をひとり調理場に残すと、向かいの調理場までアドニスタクシーを利用した。どっちかというとスキーのリフトのようだったが、使えればどっちでもいい。

 うーむ快適快適。鉄手錠を足枷にするところまでは考えついたんだけど、移動のすべてが『来来キョンシーズ』になってしまい、擦れて足首の皮が少し剥けてしまった。それで某大人向け人形アニメを思い出し、ヒロイン役の座を確立させたわけだ。

 初めは鴨居に激突させて鼻血ぶーさせたアドニスだったが、きちんと教え込むとスムーズに移動してくれるようになった。教育って素晴らしい。


「アドニス、ここでいいよ。そっと下ろしてそっと。はいはいそれでよし」


 アドニスタクシーから降りると、俺は『鳥ハクサイ鍋』の味見に木のスプーンをとる。ぐつぐつと全体がいい感じで煮立っていて、うまそうな匂いがしている。ひとくち啜ると「白菜と鳥のカーニバルや!」などと意味のわからないことを口走ってしまうほどうまい。

 鍋はやっぱり鳥ハクサイ鍋に限る。ウチの鍋料理の8割がコレだし、無難な味だ。ちなみにどの家庭にも味噌があった。……町から配給でも受けているんだろうか。この村の特産は“カイコ”から採れる『絹糸』だとかクレイが言っていたが、何気に儲かってるんだろうか。

 後で時間が出来たら、ロー公とアドニス連れて村の観光でもしに行こうか。


「トーダ! 『ポテチ』運び終わったヨー! もっともってこいって言ってるヨー!」

「そういうすぐ出来るジャンクフードはもう終わりだって言ってやりなさい。じゃあ、次は『鳥ハクサイ鍋』を鍋ごと運んでくれますか? 重くて熱いけど、気をつけて運んでください」


 俺は鍋に木のふたをすると、ロー公に鍋掴みを渡そうとしたが、ロー公は鍋のつまみの両端に【死霊の槍】を差し入れると持ち上げようとした。


「ちょっ、ちょっと。それじゃ旋回したりする時に色んな所にぶつかったりするでしょう? 危ないから、ちゃんと両手で持って行ってくださいよ」

「ハーイ!」


 ロー公は【死霊の槍】を小脇に抱えると素手で鍋のつまみを掴んだ。ギョッとする俺をよそにロー公は平気な顔だ。どうも熱くないらしい。


「【死霊の槍】をどこかに引っかけて鍋をこぼさないように気をつけて運んでください」

「ハーイ!」


 ロー公が元気よく返事し、20Lくらい入る業務用の鍋を運搬する。ちなみに、小鍋にも俺たちの分を予備として作ってあるので、ここからお頭の料理を分配するとしよう。


「アドニスさんは、ここにある人数分の食器を運んでください。オタマを二つ入れておきますから、丁寧に置いてくるだけで、よそってあげなくてもいいです。食器を鍋の近くに置いたら、水場から“4番”の野菜の入った木箱をここに運んできてください」


 アドニスは無言で食器入れを持ち上げると、俺に一瞥もなく行ってしまった。無骨なこところは生前と変わらないなー、なんて思いながら茹で上がったジャガイモを笊で掬いボウルに移していると、後ろから視線を感じた。

 またお頭でもやってきたのかなと、一流シェフのような慇懃な態度で振り返ると、そこには誰もいなかった――が、汚れたガラス窓からササッと身を隠す何者かの存在をみつけた。


「…………」


 実は、先ほどのおばあさん3人の浄化葬する際の『瀕死体験』で、ひとりの少年の存在があった。村でたった一人の子供で、名前は『ロッド』。そして今も広場で見世物になっている“マチルダ・サガンス・ドルドレード”のひとり息子だ。

 瀕死体験で出てきたのは二度、場所はどちらも宿屋の方の調理場だったが、泣きじゃくるロッドにおばあさん達が食べ物を与え、テーブルの下に隠した。翌朝、ルーザーに殴られて帰ってきたおばあさん達が、ロッドに向かって、村の後方の鉱山口から逃げるかそこに隠れるように言って、そして袋に食料を詰めて渡し別れた。

 ロッドは現在この村で唯一の生き残りの少年だ。出来れば明日の朝、盗賊どもが村を出るまで見つからないで欲しいものだ。

 アーガスとの墓参りの帰りに感じた視線もたぶんロッドのものだろうと思う。

 俺はロッドと関わりを持つ気はないし、自分のことで精一杯だ。食べるものがなくなってお腹がすいてきたのか、それともおばあさんの様子を見に来たのか、はたまたおばあさんの敵討ちに、まずは弱そうな俺を選んだのか。

 後者だったら困るので、俺は保険をかけることにした。


「ロッド、聞こえるか? 聞こえるなら窓に小石でもぶつけて合図を送れ。信用できないならなにもせず、おばあさん達が言ってたとおり、明日の朝まで鉱山口で隠れていればいい」


 俺は茹でた熱々のジャガイモをすりこぎの棒で潰しながら独り言のように言う。

 …………。

 …………。

 コツン。窓に小石が当たる小さな音がして、相手がまだそこに潜んでいるのだと知った。


「これは独り言だけど、明日の早朝には盗賊一味は“捕虜の俺”を連れてどこかに行ってしまうそうだ。たぶんもうここには戻らないと思う。明日の朝には一安心だ」


 コツン。


「ミサルダからの援軍は来ないかも知れない。俺の飛ばした雷鳴鳥が村の全滅を伝えてしまった。ミサルダの町に続く道は今頃爆破封鎖されてしまって、通れなくなっていると思う」


 ……コツン。少しだけ間を置いて小石が窓に届く。


「お腹減ったか?」


 コツン。


「もっともっと夜が更けたら夜食を作ってここのテーブルの下に置く。スキンヘッドと兵士の格好をした“グール”も基本的に盗賊の仲間だ。近づくな。俺たち3人が宿屋の調理場にいることを確かめて忍び込むといい。ただ、見つかっても俺は関知しない。明日には連れて行かれる身だ。擁護は出来ない。絶対に見つかるな」


 コツン。そして窓に少年の顔が映る。小声で「おばあちゃん達は?」と尋ねてきた。

 俺は一瞥すると、視線を戻し、焼いて味付けした挽肉を“コロッケ”のタネの中に投下した。


「全員、盗賊に殺された。でも殺した盗賊は死んだ。おばあちゃん3人の葬儀は俺がした。自分のことを考えろ。大人しくしているんだ」


 今度は窓に小石は当たらなかった。

 程なくしてアドニスが小脇に4番と書かれた木箱を抱えて戻ってきた。

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