第47話 死ぬにはいい夜

「あとは、小柄なトルキーノと髭のボルンゴと言う男だ。トランシーバーで話していた二人だ。まだ戻ってはいないようだが、先に食料庫と調理場の場所、それに洗い場の場所を教えておく」

「わかりました」


 すっかり夜になった村の中を歩く。広場の方に石で囲って火が焚かれていた。そばには木箱がいくつも置かれていて、たぶん椅子にでもしていたのだろう。


「この村に来てから仲間の半分が死んだ」


 前を歩くアーガスがぽつりとこぼす。盗賊の仲間のことだろうが、俺はその“減らした敵側”であり、何を言っていいかわからず、黙っていることにした。


「トーダ。おまえに話すのもなんだが、20年の付き合いのある仲間もいた。……それ以上の付き合いになる仲間もいた。それが今日、おまえ達に殺されて死んだ。俺は、悔しくて許せない思いだ。トーダ、今このときもおまえを殺してやりたいと思っている」

「…………」


 俺は無言で応える。思いはアーガスと同じだ。短い間だったが、よくしてくれたアドニスやじいさん達をことごとく殺された。村の人間も全員殺された。

 命の価値とは何だろう。手のひらほどもあるダイヤモンドが原因で殺し合うこともあるが、あの井戸の暗い抜け道で、足下に転がっているのがそれであったとしても、『暗視スキル』がなければきっと誰も気がつかないだろう。グールに追われている時それが足下にあったら、きっと邪魔に思うだろう。

 結局、その命の価値は、時と場所と意味と価値と思い入れによって変わるのだ。そうやって色付けされた命が、それぞれの人に好かれたり嫌われたりするのだろう。

 うまく言えない。

 俺とアーガスとでは立場が違う。きっといつまでもわかり合えない。


「ついてこい」

「はい」


 再び歩き始めたアーガスの後を、俺は影を踏みながら歩く。昨日と同じように月が昇り、明るい夜だった。家々の陰影が『暗視スキル』によって、淡く浮かび上がっている。

 村人の日々の生活の姿が残るこの道を歩く。誰もいなくなった畑に置かれたクワが、寂しく主を待っている。植えられている作物が、主の手入れを望んでいる。

 二度と灯のともることのない家々が主の帰りを待っている。

 それらを見ながら、俺は頭の中に村の地図を完成させていく。どこかに死体が転がっていないか、何か役に立ちそうな物はないか、『探知スキル』を働かせながら注意深く見渡していく。

 ふと、向こうからやってくる人影があった。足取りは鈍く。少し頼りないほど左右に揺れながら、そいつはゆっくりゆっくり近づいてくる。

 アドニスだった。


「ァ――……」


 知らず、声をかけようとしているのに気づき、俺は慌てて口を閉じた――が、アーガスがツカツカとアドニスに近づくと、いきなりぶん殴った。

 バキィ! とアドニスは殴られるままに吹き飛び、地面に転がった。

 唖然とする俺をよそに、アーガスが剣を鞘から抜いた。ブン、と一振りするとオレンジ色の識別色が灯った。そしてアーガスの顔が仄かに浮かび上がる。アーガスは憤怒の形相をしていた。ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえるほどに歯を剥き出し、アドニスに向かって“灼熱の魔剣”を振り下ろそうとしていた。


『【死霊の槍】に貫かれし我が傀儡よ。【死霊の槍】に命を授けられし我が傀儡よ。我が呼び声に応え――自身の身を守れ』


 背後から聞こえてきたロー公の声に、俺はハッとして振り返る。そこには【死霊の槍】を手に微笑みを返すロー公の姿があった。

 ガキン、と今度はアーガス達の方で剣戟の音が鳴った。虚ろだったアドニスの目が爛々と輝き、命令やくめを与えられたクグツは、剣を抜くとアーガスと対峙していた。


「こらー、アーガス! ボクのクグツを虐めちゃ駄目でショ! お頭に言いつけるヨー!」

「黙れ。コイツを、俺の視界に入れるなと言ったはずだ。コイツが俺の弟のジェイルを殺したんだ!!」

「だって仕方ないでショ! ボクのクグツが一人で死体の始末をしているんだモン。それニ、あっちに片付けておけって言ったのはお頭だモン! 文句ならお頭に言ってヨ!」


 ぷんすか怒るロー公に、憤怒の形相のアーガス。爛々と目を輝かせ、次なる指令を待つアドニス。そして立ち尽くす俺。

 月は煌々と俺たちを照らし、夜風はさわやかに流れてくる。

 ああ、死ぬにはいい夜だろう。


「ロー公先輩。そのクグツが戻ってきたって言うことは、与えられていた仕事が終わったってことですか?」

「ウン! そうみたイ! ボクのクグツはみんな頑張り屋さんになるんダ!」

「じゃあ、もう――いらないのなら、アーガスさんの好きにさせてあげたらどうですか?」

「…………」

「エー! 駄目だヨ、トーダ! ボク料理とか作ったことないシ、トーダのお手伝いニ、クグツに野菜とか切らせようと思ってたんだかラ!」

「じゃあ、少しだけ……アーガスさんの相手をしてもらうって言うのはどうですか?」

「…………」

「エー?! ……デモ、トーダがそう言うんならいいヨ。ボクのクグツがアーガスの相手をちょっとだけしてあげるヨ」

「ありがとうございます、ロー公先輩。……アーガスさん、『彼』は俺の大事な仲間でした。俺も『彼』を殺されてすごく悲しいです。すごくすごく悲しいです。……でも、こんな姿にされて、何が何だかよくわかりません。俺は一体誰の側に立って誰の勝利を望めばいいのでしょうか」


 俺はすとんと腰を下ろした。


「モチロン、ボクだヨ! トーダはボクのクグツの応援をしててネ! ヨーシ……」

「トーダ。おまえはお頭の手下になったんだ。俺の勝利を願え。俺を応援しろ」

「よくわかりません。この世界、強い者がすべてを平らげる権利を持つのなら、俺は常に勝った方の味方になります。構いませんよね?」

「…………」

「ウン! それってジョーシキだヨ、トーダ!」


 ロー公はアドニスの隣に立ち、右手の【死霊の槍】掲げ、命令を下そうと息を吸い込んだ。

 アーガスは鞘の留め金を外して地面に置くと、両足を大きく開き、“灼熱の魔剣”を腰だめに構えた。


「トーダ。合図をかけろ。おまえが見届け人だ」

「わかりました。ただしこの勝負、俺の【治癒能力】の及ぶ範囲でお願いします。四肢の欠損が出ないように。間違っても“死人”は出さないよう、お願いします。お頭に怒られますから。ロー公先輩、いいですね!」

「ウン! ヨーシ負けないゾ。……ウン? トーダ……? それってボクの――」

「始め!!」


 俺は剣道の審判のように、ただ、今回は重りのついた両手を頭上に挙げ、掛け声の合図とともに振り下ろした。バランスを崩してひっくり返ってしまう。

 寝転がると何かが体に染みこんでくる気持ちよさがあった。見上げれば雲ひとつ無い夜空。ああ、月が――って、今は感傷に浸っている場合ではない。


「ヨーシ! 懲らしめちゃえ! ゴーゴー!」ノリノリなロー公、アドニス組と。

「ハァァァァァ……」黄金に見間違うほどにまで【識別色】を濃くしたアーガス。


 剣戟が月夜の下、響き渡った。

 アーガスの剣は幾重にも弧を描き、防戦一方のアドニスに迫るが、いざ追い詰めたかというところで剣でうまくいなされ躱される。剣戟が響く。火花が散る。“灼熱の魔剣”が風を切るたび熱が伝わり温かいとさえ感じる。

 アーガス渾身の一撃がアドニスの足捌きで体を入れ替えられてしまい、踏鞴たたらを踏む。そんなことが二度ほど続き、俺は戦況を分析し終わった。

 【魔剣士】であるアーガスの“灼熱の魔剣”は、生きた人間にこそ有効だ。なんせ一撃でも、かすり傷でも与えればそこから“灼熱”のダメージを延々と与え続けることが出来るのだから。

 つまりあれだ。【魔剣士】は対特大モンスター用にかなり有効、みたいなジョブだろうか。魔剣でのダメージを“与えてこそ”映える剣士であることは間違いない。

 ……俺なら、【魔剣士】の有効性を最大限に活用するため、“避けきれない攻撃”を考えるのだが、アーガスの“灼熱の魔剣”はすでに完成されている。今更その剣技を路線変更できるとは思えない。

 それに、常に“灼熱付加”をかけているせいか、時間をかければかけるほどMPの消費が多くなるはずだ。アーガスの【魔剣士】のLvがどの程度かわからないが、完全に防戦一方のアドニスに対して、このままでは魔力切れは必至だろう。

 少なくとも、俺の目にはアドニスの実力が一枚も二枚も上に見える。……もともと盗賊が数人がかりで倒せなかったぐらい強い上に、【死霊の槍】でブーストかけられていたら、そらアーガスは逆立ちしても勝てないだろう。

 それにしても、夜の“灼熱の魔剣”の演舞は美しい。オレンジ色の光がまるでファイヤーダンスのようにクルクル、クルクル舞い、ちょっと狂った蛍のような軌跡を生んでいる。


 結局、アドニスは何もせずに勝敗は決したようだ。

 MPが尽きたのか、体力が先に尽きたのか、それとも実力差を思い知ったのか、アーガスは紙一重で躱された剣にバランスを崩し、膝をついた。そこにアドニスが詰め寄り、アーガスの首に剣の腹を押し当てた。「ジュジュジューー」と肉の焼ける音と臭いがした。


「ぐぎゃぁぁあ!」


 アーガスの“灼熱の魔剣”を幾度も防ぎ、鍔迫り合いまでした刀身だ。それはすでに充分な熱が伝わり、アーガスの皮膚を焦がすほどの高温となっていた。よく見ればアドニスの剣を握る手も赤く焼け爛れていた。

 ……なるほど。並の剣士では魔剣士の相手は出来ないと言うことか。今回は物言わない【クグツ】だったから勝ち得たのかも知れない。つまり、魔剣士にとって【クグツ】は相性最悪の相手なのだろう。


「ハイ、ボクのクグツの勝ちー! ヤーイヤーイ! アーガス、参ったカー!」


 無邪気に諸手を挙げて勝利宣言するロー公。熱の伝わりきった剣を未だ握りしめているアドニス。


「……殺せ。こんな無様な姿を――」


 火傷に身悶えしていたアーガスに近づくと、俺はその頭にチョップをかました。


「何をする」


 額に脂汗を滲ませながら、アーガスは訝しげに俺を見上げた。手の隙間から見える火傷の痕が痛々しい。


「……どうせ死ぬのなら。生きているアドニスと戦って欲しかったです」

「…………」


 アーガスは何も言わず俺を見つめ返す。俺は、そばに立ってアーガスに剣を向けたままのアドニスに視線を移した。アドニスは俺には目もくれずアーガスを見つめる。そんなおかしな三角関係。


「アドニスは強かったんですよ。今はロー公先輩の【死霊の槍】のおかげで、もっと強くなってますけど、そうなる前も強かったんです。きっと、アーガスさんを今みたいに斬り伏せることが出来たでしょう」

「…………その【剣士】は誰に殺されたのだ?」

「知らなかったんですか? ……ロー公先輩です」


 意外だ。てっきりそのときもお頭と一緒にいたのだと思ったのに。


「ウン! お頭がネー、このヒトのこと後ろから『バーン!』って撃ってくれたんだヨ! ボクも危なかったけど、やったーチャンスだーっテ、グサーって刺したんダ! 大逆転だヨ!」

「…………」

「俺はアドニスともう一人と一緒に、この世界を旅する予定だったんです。この先遣隊の仕事が無事終わったら……三人で計画立てて……。もう帰れなくなってしまいましたけど」

「…………」

「エー! 三人だケー? ボクもトーダと一緒に旅をしたいヨ!」

「……ロー公先輩。お頭が許してくれたら一緒にどこか旅に行きましょうか」

「ウン! 一緒に旅しよウ!」

「そんなこと、あのお頭が許すわけないだろう。ロー。立場をわきまえろ」

「エー! いいモン! お頭に頼んでくルー!」


 ロー公は自分のクグツを置いて、村の中央――お頭の宿の方へすっ飛んでいった。

 アドニスを見ると、目がドロンとしていて、体をゆらゆら揺らしていた。先ほど見た、気の抜けた歩く死体に戻ってしまったようだった。


「アーガスさん、火傷を治します」

「構うな。いずれ癒える。……どうせ自分でまいた種だ」

「駄目です。その火傷をお頭に見られてあなたはどう釈明するんですか? それに、『なぜアーガスの火傷を癒やさなかった』と俺が難癖着けられるかも知れません」


 俺は後ろに回ると、アーガスの首の火傷になんとか左手を添えた。【転用】が発動し、治療可能とでた。怪我は軽いので4%程で済みそうだった。残り209%だ。

 左手に魔力が流れ、アーガスは顔を歪めると、身震いともとれる痙攣をした。


「――っっ!! …………確かに同じ痛みだ。ああ、見事だ。完全に癒えている」

「立てるのなら、行きましょう」

「どこへだ?」


 むくりと起き上がったアーガスが俺に問いかける。


「どこへって……。アーガスさんが俺をどこかに案内しようとしてたんじゃないですか」

「ああ……そうか。そうだったな。こっちだ、ついてこい」

「はい」


 俺はアーガスの後について村の奥へと入っていった。民家の少ない、畑作物が目立つ場所に着く。


「ここは畑……ですよね? 野菜の収穫か何かですか?」


 よく手入れされた畑の一角に連れてこられる。だが、その先には短い“うね”がずらりと並んでいて、ああこれはアレだなと思った。近くにクワとスコップが転がっている。


「今日死んだ仲間の墓だ。俺の弟も死んだ仲間と一緒にここに埋められている。まさか、村の墓場に埋めるわけにもいかない。それに畑の方が地面を掘るには手頃だったからな」

「まあ、肥やしにはなるかも知れませんね。収穫時期に掘ってみたら“衣服が採れた”とか?」


 ブラックジョークを言ってみる。


「ふん。……今のは聞かなかったことにしておいてやろう。トーダ。おまえさっき“葬式”が出来ると言っていたな。ここに埋まっている仲間達の葬儀をしてやってくれ」

「構いませんけど、他に誰も呼ばなくてもいいんですか?」

「ああ。一応、全員黙祷は捧げていた。いや……ローだけはフラフラ歩き回っていたか」


 あの子はまったく……。


「俺のは『浄化葬』っていう、死体を……いえ、なんでもありません。すでに埋葬は済ませているんですから、祈りの言葉だけでかまわないですよね?」

「ああ。それだけで十分だ」

「わかりました。では始めます――」


 そうして、俺はパーソン神父が使っていた言葉をそのまま引用し、葬儀の進行に色付けすると、調子に乗ってアーガスに説法までして、厳かな雰囲気のまま締めた。もちろんパーソン神父が使っていた説法を一字一句違わずに口にしたわけですが、なにか問題でも?


「終わりました」

「ご苦労だったな……、いや、ありがとうトーダ」


 意外にも礼を言われる。


「いえ。もともと俺はそれが専門なので…………ん?」

「どうかしたか?」


 アーガスが聞いてくる。俺は気配がした方に視線を配らせると、


「ああはい。今何か、そこの茂みから背の低い誰かが見ていた気がするんですけど……? 気のせいだったかな?」

「トルキーノか? おい! 誰かいるのか?!」


 あの小男か。……いや、もっと小さかったような? でもダダジムのような気はしない。あいつらはまず「クルルルル……」とか鳴いて自己主張するからな。


「わかりません。気のせいだと思いますけど。それより、だいぶ肩が凝りますね、これ」

「だろうな。戻るぞ。次は村の食料貯蔵庫と調理場を教える。料理は作れるんだったな」

「ええ。作れますけど……鉄手錠……」

「ローが見張りに立つまでは駄目だ。料理に毒でも入れられたらコトだからな」

「入れませんよ。どうせ毒味させるくせに」

「ははは」

「いえ、『ははは』じゃなくて。これ本気で重いんですけどっ!」

「ははは」


 元来た道を歩く。俺はアーガスの影を踏めないことに苛立ちながらも、その後ろをのたのたと歩いた。

 そういえば、帰り道にアドニスの姿がなかった。ロー公に呼ばれたのだろうか。


「そういえば、村人の死体はどこに集めたんですか?」

「気になるか?」

「ええ。貴重な【魄】資源になるので。それにまあ葬儀もしてあげたいですかね。一応葬儀屋の『浄冼師』名乗っていますので」

「……わかった。あとでお頭に許可を得ておこう。だが、死体の廃棄場所までは知らないな。あの『クグツ』がどこかの民家に運び込んだのだろう。死体のことはローに聞けばいい」

「わかりました。お願いします。そのときはロー公先輩も同行してもらいますから」

「ああ。それでいい」


 案内された食料庫は階段のある白塗りの倉のような作りになっていた。おそらく以前は錠前がついていただろう場所は、ハンマーか何かで叩き壊されていた。

 中からヒンヤリとした冷気が漏れている。

 アーガスに続いて中に入る。観音開きの扉のすぐ近くに照明の【魔晶石】があった。わずかに明るくなる。


「ここが食料庫だ。使う食材はここから持ち出して使え」

「寒っ…………ふむ。見たことがある野菜と、見たことのない野菜がありますね。皆さん、好き嫌いは多いんですか?」

「酒呑みで偏食家ばかりだ。だから何を作っても誰かに文句を言われるだろうが、最悪殴られるのだけは止めてやろう。せめてお頭の舌だけは満足で満たしてやれ。口に合わなければ殺されるぞ」

「料理人冥利が枯渇しそうですね……。まあ、やれるだけやります。お肉とかありますか?」


 木箱に種類別に野菜が詰められている。俺は使えそうな野菜の木箱を3箱ほど入り口近くに両手で引きずって移動させる。あとでロー公にでも運ばせよう。


「ああ。こっちだ。しかしこの村にも“冷蔵室”があるとは思わなかったが、先日サブンズとパイクが狩ってきた野生の牙ブタと、村の家畜の赤色野鶏せきしょくやけい。バローン種の乳牛も一頭、血抜きしてつるしてある。そこに牛乳もチーズもあったな。多くはないが卵もある。俺たちはおまえの作った料理を一晩かけて、見張りと交代で食うことになる。何度も温め直せるようなものを作れ。でないと、おまえ自身、寝る暇もなく料理を作り続ける羽目になるぞ」

「……わかりました。うわ、奥に行けば行くほどヒンヤリしてますね……、これは本当に冷蔵庫だ」

「2、3カ所、壁に『氷結属性』の【魔晶石】がはめ込まれているからだろう。【魔晶石】は高価な物だ。明日には取り外してもらっていくがな。……コイツが牙ブタの肉だ。そして、赤色野鶏、乳牛、そこの棚にあるのがチーズとその下の壺が牛乳とヨーグルト。漬け物の樽もあるな。後は自分で探せ」

「わかりました」


 俺は限られた時間に【鑑識】を行うと、一通りの食材を記憶に収めた。ふむ。


「次は調理場だ。昨日までは向こうの、お頭達がいる建物の調理場を使っていたようだが、わざわざそこで女どもが自害したので場所は移した方がいいだろう。この家だ。ここの台所も水場から近い」


 アーガスは何でもないことのように言い、一軒の家の中に入った。俺は『暗視スキル』を使えるからよかったが、アーガスは知らない家で苦労しながらも灯りをつけた。

 そこそこの広さの調理場だった。6畳間ぐらいだろうか。流し台がある。


「…………。調理器具はそろっているんでしょうか?」

「足りなければ向かいの家からでも、どこからでもかき集めてくるといい。どうせ明日にはここを立つ。使い捨てのつもりで使え。食器を洗う暇があるのなら新しい食器を使っていった方がいいだろうな」

「それもそうですね。そうします」

「ここを見ろ。使い方を教える」


 アーガスの指さすそれは、調理場の灯りを点す時に触ったものと形状がよく似ていた。 


「これが『火炎属性』の【魔晶石】だ。向かいの家とここにしか、これがついている調理場がなかった。向こうは宿屋だろうが、おおかたここは長老の家か村長の家だろう。触れてみろ、ここだ」


 石造りの調理台の上には丸みのある窪んだところがあり、小さな【魔晶石】が円を描くようにいくつも埋め込まれている。それが右と左に二つある。


「はい。…………なにか、変な感じがしますね」

「魔晶石に魔力を奪われて、それを『火炎属性』に変換している。見ていろ」


 アーガスはそう言うと、中華鍋のような鉄鍋をその窪みの上に置き、近くにあった野菜っぽいのをその中に投じた。

 ジュジュジュ~~~という、野菜の焼ける音がして蒸気がたった。「うわっ!」と思わず素っ頓狂な声な声を上げてしまったが、なるほど……つまりこれは、『IHクッキングヒーター』そのものだ。ただ、熱が伝わるまでが異常に早いが、それだけの違いか。


「火力の調節はどうするんですか?」

「魔力の調整は使って覚えろ。【魔晶石】に触れている間は魔力が流れ続ける。俺もほとんど料理はしないので説明は出来ない」


 憮然として答えるアーガス。「わかりました」と俺。魔力での調整が難しそうだが、そこはおいおい理解していくことにしよう。


「あとは水場だが、外のものよりも小さいが、一応この家の中にもポンプ式の水源があるようだな。これだ」


 そう言ってアーガスが指さしたのは、昔懐かしい汲み上げポンプだ。あのカッチョンカッチョンやって水を汲み上げるやつだ。知っているやつより若干小さい。アーガスが手早くそれを動かすとドババッと水が出てきた。水は受け皿になっている桶の中に一旦入り、そこから溢れ零れた分が調理場の外へと流れていった。


「これで以上だ。他に何か聞きたいことがあるか?」

「だいたいのコトは理解できました。ただ、やはりこの状態では、いかんともしがたいです。料理中は外して頂くことは出来ませんか?」

「ローがいれば外してもかまわない。ただ、ローを使いに出している時に、鉄手錠を着けていないおまえをお頭が発見したらどうなるか、よく考えておくんだな」

「…………わかりました。なんとかします。あと、ロー公先輩にも料理手伝って欲しいのですけど、ロー公先輩って料理できます?」

「全く出来ない。手伝わせようとするな。覚悟しておけ」


 きっぱりとそう断言された。


「ローは魔族だ。牛も豚も鳥も野菜も雑草も花も虫も何でも食べる。そして人族もな。アレには料理という概念がない。腹を壊したことがないと言っていた」

「――食べるんですか? 人を……」


 目を丸くする俺に、眉をしかめながら頷くアーガス。本当らしい。

 『瀕死体験』のなかで“儀式”だとかどうとかでひとり運んでいったような話はあったが…………いや、それより、


「ロー公先輩が、魔族……?」

「何だ、知らなかったのか? ローが自分でネクロマンド族だと自己紹介していなかったか?」

「あ、いえ……ネクロマンド族だとは聞きましたけど……魔族とは……」

「ネクロマンド族は、魔族だ。容姿はあの通り人族に近いがな。……頭の中はやはり俺たちとは別物だ。みんな心の中ではアイツを怖れている。無論、俺もだ」

「俺は……ちょっとショックが大きすぎてうまく飲み込めません」


 平常心スキルが効いているので、動揺はないがショックと言えばショックだ。まあ、顔色悪いなとは思っていたし、耳も尖っているし、禿げだし。入れ墨してるし。

 魔族か。……納得だ。でも、上流階級って感じでもないよな。集落に住んでたらしいし。……魔王城とかだったら格好よかったのに。悪魔君とか、プリンスとか。

 うーん。あれだな、世界で例えると“日本に住んでいた田舎者”ってやつだな。

 あはは。……って、俺もじゃん!?? マジか落ち着け!


「ローは別に自分が魔族であることを誇張したり他者を見下したりはしないが、逆に人族に対しても仲間意識は薄いようだ」

「ああ、そのことなんですけど、アーガスさんには伝えておいた方がいいと思うので言います。ルーザーさんとパイクさんがロー公先輩に殺されたのは知っていますよね?」

「ああ。そう聞いた」


 俺は一呼吸置くと、言った。


「あのとき、ロー公先輩は俺をネクロマンサーだと気づくと、“仲間だ”と叫んで、俺に暴行を加えようとするルーザーさんから俺を守ろうとしました。ルーザーさんは『裏切るつもりか!』と激高して口論になりまして、そのときロー公先輩が言ったんです。『ボクの仲間は家族と集落のみんなと、“ネクロマンサー”だけだ』って。このセリフは確かお頭の前でも言いましたよね? そしてルーザーさんとパイクさんについて『同僚』と言う言葉を使いました。ルーザーさんは激怒してロー公さんに斬りかかり、重傷を負ったロー公先輩が反撃してルーザーさんが死に、裏切ったと思ったパイクさんがロー公先輩を攻撃して返り討ちに遭って死にました。これがあの森であった出来事です」


 毒状態のことは秘密です。“仲間”云々は記憶が曖昧です。わたしは被害者で関係ありません。ノーノードンタッチミー。


「……それでお頭のことはなんと言っていた?」

「お頭はお頭だと言っていました。たぶん、ロー公先輩の中では『庇護対象』に指定されているはずです。……先ほど俺に対してお頭は弾の入っていない銃の引き金を引きました。アーガスさんも見ていましたよね?」

「ああ」


 アーガスが神妙な顔で頷く。俺はそれを確かめて続きを紡ぐ。


「もしもあれが、弾が入っていたとしてもロー公先輩は決してお頭に対して反撃はしなかったと思います。ただ、お頭以外の人が遊びでやったとしたら、ロー公先輩は即座にその人を殺していたでしょう。俺は――」

「そこまでにしておけ、トーダ」


 アーガスが右手を挙げて制する。


「それ以上の詮索はするな。お頭のこともローのことも、これ以上は知らない方がいいだろう。これ以上無駄話に時間を取られているわけにはいかない。トーダ。夕飯はおまえが全員分作るんだ。時間を惜しめ、寝る時間が無くなるぞ」

「あ。はい。すみません。わかりました」

「もう一度言うぞ。お頭のことを知ろうとするな……、死ぬことになる」


 アーガスは俺の胸にゴツい拳を置くと、「ここに留めておけ」と言い残して調理場を出て行った。

 呆然と立ち尽くす俺。外から「ロー! どこにいる! トーダの手伝いをしろ!」という大声が聞こえた。


 お頭の素性はこの際どうでもいい。……だいたい予想はつくからだ。

 問題は、ロー公だ。


「魔族。人食い……ネクロマンサー」


 いよいよファンタジーっぽくなってきた。

 俺は頭を抱えようとして、鉄手錠を額にぶつけてしまった。あーもーコレ重い。チョベリバ!

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