第46話 自己紹介【下ネタ?注意★】

 ギッ、ギッ、と軋む階段を降りる。


「足下に気をつけろ。転げ落ちないように壁に肩を擦り当てて降りてこい」

「大丈夫です。『暗視』が効きますから、っとと、平気です。ただ、鉄手錠が重くて。運動音痴なのでもしも踏み外したら支えてください。その場合事故ですから絶対に斬らないでください」


 暗視が効くというだけで、階段の勾配が急なのは変わりない。コンクリートブロックを両手で運んでいるようなもんだぞ、コレ。注意してないと『池田屋事件階段落ち』になってしまう。


「……。お頭もそうだが、【選出者】とは……」

「え? 何か言いましたか?」


 階段の軋みも重なってアーガスの声を聞き逃してしまった。一階に近づくにつれ、ワイワイと騒がしくなってきた。誰かがカウンター席で話をしているようだ。

 そのうちのひとりがアーガスに気がついたのか、席を立って頭を下げた。


「アーガスのアニキ。お疲れっす。ゼゼロ先輩との見回り終わりまして、帰ってきました」

「アーガスさん、夕飯はどうしますか? ババアども全員死んでまともに作れるやつがいません。セドリックは死んじまったし、ドルクも死んじまいました。あるモン煮込んで鍋にでもしますか?」

「パビックとロドルクか。ゼゼロはどうした」


 階段を降りきったアーガスが二人に聞いた。

 話しぶりからして、どうやらアーガスの後輩らしい。主従関係はないだろうが、盗賊内のランクとしては低めのようだった。


「サブンズのところです。ようやく鎮痛薬が効いて効いてきたのか眠っています――アーガスさん、そいつは?」


 盗賊の1人が俺に気づいて目線を向けてきた。口ひげの男だ。ひょろっとしていて……指輪が左手にしかなかった。もう1人にも目を向けるが、こっちも右手に指輪がない。


「今日からウチの預かりになったトーダだ。ジョブは【ネクロマンサー】。ローと同じだ」


 ネクロマンサーと聞いて、2人は「へぇ……」とじろじろ俺を見たが、やはり俺の両手にはめられている鉄手錠が気になるようだった。


「トーダは『侵入者』からの引き抜きだ。……まあ、鉄手錠は用心のためだな。トーダはローと組ませることになるが、ローのいないときはコイツをはめてもらう約束になっている。トーダ、パビックとロドルクだ。挨拶しろ」


 アーガスに促され、俺は一歩前に出た。


「【ネクロマンサー】のトーダです。今日付でお頭の手下になることを許されました。どうか仲間にしてやってください」


 ぺこりと頭を下げる。


「ロドルクだ」口ひげの男がロドルク。

「パビックだけど……トーダって何歳?」なれなれしい若造がパビック。

「××歳です」

「っかー! やっぱ年上かよ。なかなか俺より下が入ってこねーっす」

「俺より上か……みえないな」これはロドルク。


 俺はもう一度ぺこりと頭を下げた。


「俺が一番下です。何でも言ってください。ロドルクさん、パビックさん、よろしくお願いします! いろいろ教えてください!」

「ま、しっかりやんな、トーダ」 握手代わりに、俺の腕を軽くぱんと叩くロドルク。

「っし! 後輩ゲット! トーダ! 今日の夕飯当番おまえな! 料理まずかったらぶっ飛ばすからな!」


 ガッツポーズを決めるパビック。……右手の指輪がないのでこの2人はノーマークでいいかな?

 一応、俺は剣道部で万年補欠をやっていたので、体育系というモノがよくわかる。とにかく背筋を伸ばす。びしっとした“礼”。挨拶はしっかり、自分から。「っす」は厳禁。ちゃんと謝る。フォローは忘れない。雑用は喜んで。万事仲良く。


「料理は任せてください。ただ、明日からでいいですか? お頭の命令で、今夜一晩は鉄手錠をはめていないといけないので」


 たしか『料理スキル』があったので、なんとかなると思う。まさに明日から頑張る、だな。


「んだよ、使えねーな。飯うまかったのにババアは首吊っちまったしよ」

「なんだ、そうだったのか。知らなかった」


 悪態をついて床に唾を吐くパビックに、ロドルクが初めて聞いたといった顔をした。


「まあ、ロドルクのアニキは見張り明けで寝てたから知らなかったかもしんないっすけど、今朝3人とも死んでたらしいっす。あれじゃないっすか? 昨日ルーザーのアニキが……」

「そこまでにしておけ」


 ピシャリとアーガスが言った。パビックは肩をすくませる。


「トーダ。料理が出来るのなら今日から作れ。ローを見張りにつかせる」

「わかりました。料理は何人分ですか?」

「食材があるだけ全部だ。明日の明け方にはこの村を出る。食材を余らせてはもったいないだろう?」


 もったいないの基準がよくわからなかったが、盗賊脳ではこれをもったいないと言うらしい。


「わかりました。今から取りかかります。ロー公先輩を……」

「今はこっちが先だ。ついてこい」

「はい」


 俺はロドルクとパビックに頭を下げると、アーガスの後に続いた。奥の部屋から灯りが漏れていた。アーガスがノックをすると「俺だ。入るぞ」と言った。

 アーガスに続いて俺も部屋の中に入る。部屋の中には3人がいた。ドレッドヘアーの【魔闘士】。巨漢のぼさぼさ頭の【戦士】。そしてもう1人、なかなか顔の整ったイケメンがいた。この男はまだちゃんと“見た”ことがなかった。


「今しがたようやく眠ったところだ。治癒薬3つ。鎮痛剤2つでやっとな」

「物見台の柱から槍を抜くのに手間取った。結局抜けずに叩き斬ってサブンズを下ろした。とりあえず治癒薬で出血こそ止まったが、出血が多すぎた。しかも肩の骨が粉砕骨折している。このままでは死ぬぞ」


 ドレッドヘアーが俺に気づく。俺はぺこりと頭を下げた。


「アーガス。そいつは誰だ? なぜこの部屋に入れる」

「こいつの紹介は後だ。トーダ。おまえの初仕事だ。やれ」


 アーガスに促され、俺は前に出た。鉄手錠は隠しようがなく、奇異の視線がその手に集中する。


「わかりました。……サブンズさんはたぶん痛みで飛び起きると思いますが、それが治まれば治ります。痛がっているからといって触ったりしないでください」


 俺は包帯でぐるぐる巻きのサブンズの肩に触れようと鉄手錠ごと手を伸ばすが、イケメンにその手を掴まれた。


「何のつもりだテメー。とどめさそうってのかよ」


 まあ、両手に鈍器のような鉄手錠をはめたまま近づけばそれもそうか。俺はアーガスの顔を伺うように見た。


「いいから黙ってみていろハルドライド。おまえらもだ。トーダはお頭の命令で、その鉄手錠を明日まで着けてなくてはいけないことになっている」


 ハルドライドがいぶかしげに俺を見やりながらも渋々手を離す。ちなみにこのハルドライドの声が井戸のところで真っ黄色のションベンしてた糖尿だ。許すまじ。

 俺はハルドライドに頭を下げると、


「サブンズさん、失礼します。肩に槍で貫かれたときと同じ痛みが走りますが、数秒で元に戻ります。頑張って耐えてください」


 そう言い置いてサブンズの肩に左手を置いた。もちろんそっと乗せただけだ。だからまー鉄手錠重い重い。


『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』


 俺は『はい』を選んだ。


『負傷以前の状態まで戻すのに 12% の【魄】が必要です。実行しますか? 225/12 はい/いいえ』


 俺は『はい』を選ぶ。さてこれでいいはずだ。眠っている人に仕掛けたらどうなるだろうか。答えは――


「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!??」


 サブンズは肩を押さえて跳ね起きると、ありったけの力で悲鳴を上げた。ベットのなかでゴロゴロと転げ回り、最終的に肩を押さえながらの土下座スタイルに収まった。

 それでもハルドライド達がサブンズに駆け寄らなかったのは、アーガスが右手で彼らを制していたおかげだろう。


「たぶん、これで痛みが治まれば完治になると思います」


 後ろで状況を見守っているアーガス達にそう言って、俺はサブンズに視線を戻した。そこで土下座スタイルのサブンズと目があった。


「もう大丈夫そうですね。肩の治療をしましたから、もう包帯を取って――」

「てめえの仕業かこのクソ野郎っ!!!」


 サブンズはシーツを跳ね上げ、治ったばかりの腕を振り上げると、俺をぶん殴った。

 かなりの衝撃が左頬を襲い、俺は壁に叩き付けられた。鉄手錠をはめているせいで受け身さえとれない。俺の頭の中身が拳と壁にシェイクされ、昏倒しかける。口の中でカリカリとした違和感が起こり、血の味が広がった。


「ゼゼロ! 俺の弓と矢はどこだ! この野郎、ぶっ殺してやる!!」


 ベットの上で立ち上がり、がなり立てるサブンズ。……忘れてた。サブンズってこういうやつだった。むぅ。恩知らずめ。シーツで顔を覆って素早く離れるべきだったな。

 頭の芯がじーんとして、まるで動けない。脳しんとうってやつだろうか。


「……サブンズ、やめろ。肩の調子はどうだ?」

「ああ? ……痛くねぇけど。寝たら治った。それよりそいつ――」

「寝て治る傷じゃなかっただろうが。あのまま寝てたら朝には寝床を地面の中に移されていたんだぞ」

「驚きだ。一流の治癒士でもこうはいかないぞ……」

「おい! いいから弓と矢はどこだよ!」

「いい加減にしろ! おまえを治療したのは――」


 アーガスが言い終わらないうちに、その顔が凍り付いていた。その視線は部屋の出入り口に注がれていた。いつの間にか、もうひとり増えていた。


「サブンズ……。トーダのこと殴ったんだネ……。命の恩人なのニ、悪い子ダ!」


 そこにはいつから居たのか、ロー公が立っていた。右手に【死霊の槍】を携えて。

 そのままツカツカツカツカとサブンズに近寄ろうとする。その目には赤黒い何かが蠢き、サブンズを見据えていた。


「ロー! やめろ!」

「なんだてめえロー公! さっきはよくもやってくれたな! 弓……弓は……っ」

「今度は左肩だネ」


 【死霊の槍】の切っ先がわずか上を向く。ハルドライド達が制止しようと動く。


「やめろ!!!」


 俺が叫んでいた。勢いで口の中にあった折れた奥歯が飛んで転がった。かつんかつんと、停止したロー公を追い越して転がっていく。

 ロー公の【死霊の槍】はサブンズの左肩を貫く――そのわずか手前で止まっていた。「ウン!」と笑顔で振り向いたロー公の顔を、横からゼゼロがぶん殴る。巨漢の男とハルドライドがタックルを決め、ロー公を床に押し倒した。


「てめぇ、ロー公。キレてんじゃねーよ!」

「危なかった……」

「ヒュー、間一髪ってやつね」


 いや、完全に俺が止めなきゃ流血沙汰でした。

 アーガスは抜きかけた剣をゆっくりと鞘に戻しながらサブンズに話しかけた。


「サブンズ。おまえの肩の傷は深くて、とても治療薬では治せる傷じゃなかった」

「いや、何言ってんだよ。ぐるんぐるん回るぜ?」


 サブンズが包帯でぐるぐる巻きの腕をまさにぐるぐる回しながら、健康アピールする。


「そこに居る――おまえが勘違いして殴ったトーダが、治してくれたんだ。トーダ、今更だが、挨拶できるか?」

「ちょっと待ってもらっていいですか? 脳しんとう起こしているみたいで……すぐに元に戻しますから」


 …………。鉄手錠が重くて左手を頭に当てられない。というか、うまく動かない。

 無様な感じで四苦八苦していると、アーガスが来て鉄手錠を外してくれた。俺は礼を言うと、改めて左手を頭に当てた。


『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』

『再生不可能な負傷箇所が見つかりました。再生を行うなら【転用Lv4】以上が必要です』


 …………。再生箇所? ああ、折れた奥歯のことか。ふむ。再生には【転用Lv4】が必要っと。400%ね。

 俺は『はい』を選んだ。


『負傷以前の状態まで戻すのに 4% の【魄】が必要です。実行しますか? 213/4 はい/いいえ』


 『はい』を選ぶと、もう一度……というか、パンチと壁のダブルショックを再び頭に受けた。むふー、痛たかですたい。

 一応、痛みが治まるのを待って俺は立ち上がった。


「今日からお頭の手下としてお世話になります、【ネクロマンサー】のトーダと言います。料理できます。雑用やります。怪我の治療もこなせます。死体の始末も葬儀も出来ます。いろいろ教えてください。よろしくお願いします!」


 俺はぺこりと頭を下げた。


「サブンズ、そういうわけだ。トーダは物見台にはり付けにされたおまえの怪我を、瞬く間に治せてしまう力を持っている。お頭が手下として引き入れた。今日一日は鉄手錠をはめている約束だが、まあ、部屋を出る時にまたつければいいだろう」

「こいつの治療、むちゃくちゃ痛かったんだがよ!」


 サブンズはベットの上から俺を指さして非難する。


「その痛みは、たぶん【死霊の槍】を肩に受けた時と同じ痛みだと思います。治癒士の治療とは違って、俺のは同じ治療でも“痛みの【再現】が必須”になります。……すみません。眠っていたのでうまく伝えることが出来ませんでした」

「サブンズ。とにかく治ったんだろう。もうこれ以上トーダを殴るんじゃないぞ」

「チッ。わかったよ。……いや、コイツは殴っとかねぇとな。ロー公! この馬鹿野郎が!!!」


 サブンズは怒りの矛先を床に貼り付けにされているロー公に向けた。ロー公は巨漢とハルドライドに押さえ込まれていて、その隙間からぴょっこりスキンヘッドだけ見えていた。……やだ、なんだか卑猥だわ。


 サブンズはロー公に近づくと、その頭を蹴った。そしてドカンドカンと2度踏みつける。


「その辺にしておけ、サブンズ。ハルドライド、ドルドラもう放してやれ」


 あの巨漢はドルドラと言うらしい。憎しや、ハンマーで“俺”をぶっ潰した【戦士】だ。うきー。


「エヘヘ。サブンズ、ゴメンネ。さっきお頭に槍を投げたこと謝ってこいって言われたばっかりだったヨ!」


 ロー公はへらへら笑いながら立ち上がる。蹴られたことと踏みつけられたことはどうでもいいらしい。


「……チッ。もう行け! てめぇの顔なんざ見たくねぇや! ゼゼロ、この包帯外すの手伝ってくれ。誰だ、へたくそに巻きやがって」

「カリカリすんなよ」

「まあ、よかったな、治ってよ。今日一日だけで仲間が半分になっちまった。おまえが死んでたら半分を切るところだったんだぜ」

「だな……。よかった。俺、ドルドラ。トーダ。よろしくな」


 ハンマーなドルドラが俺の肩に手を置いた。たぶん一番でかい。2mくらいあるんじゃないか?


「あ、はい。トーダです。よろしくお願いします。頑張ります」

「オレはゼゼロだ。【魔闘士】な。ま、がんばれや」

「俺っちはハルドライド様だ。ハルドライド様と呼べ、トーダっち」

「よろしくお願いします。その――」


 俺はアーガスの方をチラリと見る。「ハルドライド」と嘆息しながらアーガス。


「じゃまぁ、“先輩”くれろ。ハルドライド先輩な」

「わかりました。ハルドライド先輩。いろいろ教えてください」


 ぺこりと頭を下げる。


「おーよ。うし! あとでアンジェリカこましにいこうぜ! 3Pすっぞ、サンピー!」

「ハイドライト!」

「いいじゃねぇかよぉ。ま、ヨロピクな」


 まったく、とアーガス。……いやしっかりアンジェリカの名前が出てたんだけど、そこはいいの? スルーなの? 3Pなの?


「…………」


 あとはまあ、ベットの上から睨んでいるサブンズだけか。俺はサブンズに向き直ると、ぺこりと頭を下げた。


「サブンズさん、雑用でも何でもします。よろしくお願いします!」

「……おう」


 ぶっきらぼうに言うサブンズだったが、まあこれでいいだろう。


「そろそろ次行くぞ。トーダ、手を出せ鉄手錠をはめる」

「わかりました」


 そうしてガッチャンと鉄手錠をはめられる。うう。おもたい。漬け物石並。

 アーガスの後について出て行こうとする俺の後ろから、


「ロー公! どこに行こうってんだ、おまえ! 今からここはおまえの“説教部屋”だ! 覚悟しやがれ!!」

「エエ~! さっき顔も見たくないって言ってたクセニ、ボク、トーダと一緒に歩きたいのニ~!」

「うっせぇボケ! だいたい――」


 そっとドアを閉じる。俺はアーガスの後に続いた。

 カウンターの前まで来ると、ロドルクとパビックの他にもうひとり増えていた。ロードハイム――俺のシャツとジーンズに触れて“毒状態”になっていた厳つい顔をした【剣士】だ。

 アーガスがロードハイムに声をかける。


「ロードハイム。体調に変化はないか?」

「ああ。すこぶる順調だ。…………あ? そいつは?」

「トーダだ。おまえの“毒”を治してくれたやつだ」


 俺はまた一歩前に出ると、ぺこりと頭を下げた。


「今日からお頭の手下になりました【ネクロマンサー】のトーダです。雑用も料理もこなします。怪我も毒も治させて頂きます。頑張りますのでいろいろ教えてください!」

「……おう。しっかりやんな。ロードハイムだ」

「トーダです。よろしくお願いします」


 ロードハイムが手を差し出してきたので、俺はごしごしと服で手を擦るとがっちりと握手を交わした。ものすごい皮膚の堅い手だった。


「サブンズはもう大丈夫だ。トーダの【治癒能力】でサブンズの肩を治した。サブンズは今ローに説教たれているところだ」

「マジかあの野郎、心配させやがって!」


 ロードハイムがどしどしと廊下を小走りに駆けていく。


「へぇ~。トーダちゃんは【治癒魔法】が使えるのかよ。じゃ、じゃあさ、俺の『包茎』も治してくれねぇか? ほれほれ」

「ばっか野郎。汚ねぇの見せんじゃねぇよ」


 パビックはいきなりズボンを下ろして汚いお粗末なものを見せびらかした。アーガスが嘆息し、ロドルクが顔をしかめる。ふむ。なるほど、見事な包茎だ。


「……すみません。怪我ではない以上、元からそうなっているのをどうすることも出来ません」

「んだよ、使えねーな……。恥を忍んでせっかくチンポ見せたってのによう……」

「当たり前だ、馬鹿!」


 ロドルクが罵声を浴びせるが、パビックは恨めしそうに俺を見るばかりだ。

 ……まあ、ここはムケチンである俺が一言言っておかなくてはいけないようだ。


「残念ですが、パビックさん。それは“チンポ”ではなく、ただの“チンチン”です」

「ぇ――、あ?」

「剥けていない以上、チンチンはチンチンです」

「テメ! 何言って!!」


 気に触ったのか、パビックは俺につかみかかろうとする。それを俺は一喝した。


「男ならっ! チンポぐらい自分で剥け!! 『一皮剥ける』と言う言葉くらい知っているでしょう! 女は男の力を借りてオンナになりますが、男は自分の手で“漢”にならなければいけないんです! あなたにはその覚悟すらないんですか!!」


 うんうんと頷くロドルク。狼狽えるパビック。腕を組んで胸を張るアーガス。


「“漢”は抜き身の一本勃ち! それでこそ女性をよろこばせられるというものです。なのにあなたのチンチンは何ですか! それはまだ鞘から抜かれてすらいない一振りの細身の剣です。今こそ刃を抜き、研ぎ上げ、叩き上げ、膣にくべて焼きあげる……。そうして黒光りする立派なチンポができあがるのです。

 今は小さなチンチンですが、俺にはわかります。いつの日にか、あなたになら黒玉のような輝きを放つ巨マラに鍛え上げられるはずです。頑張ってください……」

「お、俺……俺……」


 ガクガクと膝を揺らすパビックに、俺はグッと両拳を突き出した。


「チンポは、苦難に勃ち上がってこそチンポではありませんか? 狭き門こそこじ開け、高みに上り詰めてこそ、漢の誉れ。刃を抜かずして技のキレが出るとでも思いましたか!」

「トーダ……先輩……。トーダ先輩! トーダ先輩っっ! 俺が間違ってましたぁぁぁ!!!!」


 とうとう膝を屈し泣き出したパビックに、俺はゆっくりと歩み寄る。


「いいんです。誰にでも間違いはあります。初めはそよ風すら辛く感じるかも知れません。カリが苦しくて鬱血するかも知れません。布擦れで膝をつくかも知れません。ですが、それはいわば“漢の修行”ではないでしょうか。今までぬくぬくと包まれていた環境から、触れるモノ皆、おのれを傷つける敵に感じるかも知れません。ですが、“漢の修行”とは、【漢はしきいを跨げば七人の敵あり】と呼ばれるほど厳しいモノです。

 幾多の刺激に耐え、灼熱の熱さに耐え、極寒の寒さに耐え、時として予期せぬ膨張に苦しむ時がくるかも知れません。そのときは無理はしなくてもいいのです。そっと傘を差し出すようにもう一度その温かな皮で包み直してあげればいいのです。“漢の修行”は一朝一夕で出来るものではありませんから。ゆっくりでいいのです。ただ、ゆっくりと“己”という刃を黒く輝かすことに力を注げばいいのです……」

「っす! っす!! 俺っ! やるっす。あざ――っす!!」


 パビックは両膝をつくと、差し出した俺の両手を包むように堅く握り、こうべをそれより低い位置で垂れた。

 よきかなよきかな。迷える包茎そちんよ、心の刃を抜くがよい。

 パチパチパチパチとロドルクから温かい拍手がもらえる。ふっ、奴め涙ぐんでやがる。おいおい、男がそう簡単に涙を流すモノじゃないぜ? アーガスはあまり変わらないな。まあいいけど。


 ――と、そこでガチャッとドアが開く音がして、さっきまで俺たちがいたサブンズの部屋からロー公が転がり出てきた。


「もうやダ! サブンズ嫌イ! ベーっダ!」


 ロー公はべーっと舌を出してからドアを閉めると、俺たちに気づき、グリコポーズでわーっと駆け寄ってきた。

 だが、それをパビックが抱きとどめる。


「? なにパビック?! ボク、トーダとお話ししたいんだけド」

「へっへっへっ、ロー公よぉ。今度はおまえのチンチン見せやがれ! 俺と一緒に“漢の修行”しようぜ!」

「やだよォ。パビックやめてよォ! ボクのチンチン見ても面白くないよォ、トーダァ! トーダァァ!」

「いひひひひっ、やっぱりおまえもチンチンなんだな! うらぁ! 見せやがれ!」

「やぁぁぁんっ! トーダァァ!」


 パビックに半ケツ丸出しにされ喘いでいるロー公を尻目に、俺たちは外に出ることにした。

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