第45話 衝動にかられて

「あなたのジョブは【錬金術師】です」


 お頭は無言でシリンダーをセットすると、撃鉄を起こした。

 そして俺の額に照準する。――だが、引き金に指は掛かっていない。


「理由は?」

「クシャミした時、“偶然”弾丸が倒れ、薬莢の底の部分が見えました。そこには印字がされていました。ただそれは『この世界の文字』でした。俺は町で活躍した【砲撃士】が使っていたマスケット銃を見せてもらいました。弾丸こそ確認できませんでしたが、それでもとてもじゃありませんが、あの銃とお頭の拳銃では銃の歴史が違いすぎます」

「それではわたしが錬金術師であると言う理由にはならないな」


 俺は突きつけられた銃口ではなく、お頭を見つめながら答える。


「あなたは【錬金術師】のスキルを使って、【銃弾】を量産しましたね? 錬金術師のアビリティは“錬成”。基本スキルは“設計図制作”でした。【アイテムボックス】には元の世界から何でもひとつ持ってくることが出来る。あなたはフル装填した拳銃を持ち込んだ。そして、スキルを使い【銃弾】を量産したんだ。銃弾の薬莢の底にある印字がこの世界で大量生産された証拠だ」

「……錬金術師のスキルを知らないのか? 魔力があれば物質を無限に作り出せるとでも思っているのか?」

「あなたは【転生者】だ。イザベラに言って裕福な家庭に転生させたはずだ。必要なのは研究に欠かせない“潤沢な資金”。“技術を秘匿できる権力”。あなたが手にしたスキルは【その作り方】。この世界には【火薬】が存在するかも知れないけれど、さらに使い勝手が良くなった【雷管】の登場はまだないはずだ。どうせイザベラにそのことを確認した上で【拳銃一式】を持ち込むことにしたんだろう。初めて拳銃リボルバーを見た時思ったんですよ、なんで“回転式”の銃なのかって。映画じゃほとんどの俳優が“自動式”ですよね。なら理由は簡単だ。長く使うため、故障のリスクが少ない方を選んだんだ。扱うことは出来るけど、修理やメンテナンスは苦手な人とみた。どうせそれも隣のアーガスさんにでもやらせているんでしょう」


 そう言いきって、しばらく俺たちは睨み合った。隣でアーガスが唇を引き絞るのが見えた。視線をお頭に向けている。どうやら……当たりらしい。


「指輪を見せてくれる約束だったですよね。指輪は、その銃を構えている右手にはめられているようですが、一端銃を下ろしてもらっても構いませんか?」


 俺は投降を呼びかける交渉人のような感じで呼びかける。

 どれくらい経ったのだろうか。相変わらず引き金に指はかけられてはいないものの、銃口は眉間に照準されたままだ。

 さてもう一度呼びかけようかとした時、お頭は俺から目をそらした。


「……アーガス。腕が疲れた。銃を受け取ってくれ」

「わかりました」


 ようやく観念したのか、お頭は銃を構えたままの形で、アーガスに銃のシリンダー部分を掴まれ、そこでようやく手を離した。

 だが、お頭は指輪のはめた人差し指を俺に向けたまま、引き金を引く真似をした。そして「だぁん」と嘯く。反動で右手をわずかに跳ね上がらせながら。

 俺とお頭の間に銃器はなくなったが、まだそこに狂気が残っているような気がした。


「よくわかったな。正解だ。わたしのジョブは【錬金術師】だ」


 お頭はそう言うと、右手の指輪に巻かれている肌色のテープを剥がした。そこには識別色が“銀色”の指輪、【錬金術師の指輪】がはめられていた。

 俺はそこでようやく安堵の息を漏らした。へなへなと膝が崩れ、床についた。

 お頭はそんな俺を見ながら言った。


「上出来だ。同じ状況で同じ質問で、正解できたやつはそう多くない」

「……今まで何人、こんなことをしてきたんですか?」

「何人だった? アーガス」

「ジョブに関しての質問は、16人ほどです。うち、トーダを含めて3人が正解しています」

「確率は5分の1か。……まあ、そんなものだろうな」


 16人。正答できなかった13人がどうなったかは聞かない。聞けない。


「だが、ジョブLv1でこの質問に答えたのはおまえが初めてだ。他の連中は指輪を外させた上での質問だったが、なかなか独自の理論を展開していたな」

「はい。あれはあれで勉強になりました」

「銃弾の“印字”に気づいたのはおまえだけだ。……なあ、日本人。おまえのところは銃規制国だろう。なぜそれがわかった?」

「以前に“グアム”に海外旅行に行き、そこで銃を撃たせてもらいました。レクチャーは銃弾をシリンダーの薬室に入れるところから始めたので、そのことを知っていました」


 グアムでは外国人旅行者も、たとえ銃規制国の日本人でも料金次第で銃を撃たせてもらうことが出来る観光人向けの実弾射撃施設がある。俺は何年か前にグアムに行き銃を撃った。

 拳銃リボルバー自動小銃グロック。機関銃。ショットガン。ライフル。一通り撃たせてもらった。

 銃にあこがれを持つ日本人は多いと思う。俺もそのうちのひとりだった。

 なら、あえて言おう。若いうちに一度撃っておいた方がいい。たぶん8割くらいの人が満足して『銃の幻想から離れるはずだ』。

 俺は拳銃を一発撃っただけで満足した。“あこがれ”が一発の射撃で十分だと理解したのだ。

 リフレクター越しに響く銃声。そしてその反動は“あこがれを吹き飛ばすには十分すぎた”。機関銃なんか、道路工事のおじさんが地面に穴開けているような感じだった。

 結論として、俺は二度と遊びで銃は握らないだろう。考えてもみてくれ。銃は火薬を爆発させる装置だ。手元で【爆発】が起こるのだ。弾が飛ぶのはその結果でしかない。しかも、ああいった実弾が撃てる施設での弾丸は、安全面を考慮され、火薬の量が減らされているらしい。本来はあれより反動が大きいらしいのだ。

 あこがれはあこがれのままでいい。現実を手の奥で感じてしまった以上、銃を人に向けて平気で引き金が引ける人間は……俺は、平和な世の中にはいてはいけないと思う。

 余談だけど、自動小銃ってハンドガンて言うじゃない? 俺はハンドガンより『反動ガン』の方がしっくりくると思う。


「喜べロー、トーダは殺さないでおいてやる。ジョブLv1のままなら悪さも出来ないだろう。こいつは連れて行く。ロー、おまえが世話をしろ」

「ワーイ、ヤッターヤッター! トーダが本当に“仲間”になっター。うれしいヨ~!」


 ロー公は急に俺の指錠を外すと、幼児のようにぴょんぴょん飛び回って喜んだ。

 だが俺は、予想外の行動に「あっ」と思い、素早く右手の親指を内側に握り込んだ。まるで、霊柩車を見た時にする行動のように。

 だが、お頭にその一連の行動を見られてしまった。気が緩んでいたらしい。ひょっとするとこの緩みは『平常心スキル』が切れてしまった感じなのかも知れない。


「……トーダ。“握手”だ。友好の証として、握手しよう。右手を出せ。左手もだ」

「――っ」


 俺は奥歯を噛むと観念し、両手を逮捕直前の犯人のように差し出した。


「ほぉ。右手の親指に“髪の毛”が巻かれているな。……いつ、抜き取った?」


 お頭は俺の両手を握ると、グッと自分の方へと引き寄せた。親指に巻かれた髪の毛を見るためだろう。お頭の手は柔らかい。この柔らかな手で人を殺すのだ。


「【アイテムボックス】に手を入れた時です。口の縛っていないビニールの中に手を入れ、数本、親指に巻き付けました。アイテムボックスの中では“分離”できないので、その状態のまま取り出し、後はアーガスさんがビニールごと受け取れば、スルスルとほぐれていき、ロー公先輩が指錠をすれば隠れると思ったんです」

「まったく、抜け目のない……あざとい男だ。保険のつもりか、これは」


 あきれたと言わんばかりの口調で、お頭は言う。


「はい。それがなければ俺がネクロマンサーになった意味がありません」

「ははは。気持ちはわからなくもない。だが――躾は必要だ。二度とこんな小賢しい真似は出来ないようにしたほうがいいな」


 お頭は俺の両手をグッと捻った。「痛たたたた」と悲鳴を上げる俺に合わせて、お頭がアーガスに合図を送った。


「髪なら、それだけ残っていれば十分だろう。アーガス、やれ」


 俺の見ている前でアーガスが剣の刀身をオレンジ色に変えた。


 ――その瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 恐怖も、怒りも、悲しみも、俺の邪魔をするすべての感情を蹴散らして、アーガスの魔剣の上に載せられたビニール袋に食らい付いた。

 両手はお頭に関節を決められていたので動かせなかった。時間がなかった。そうするしかなかった。

 両刃の剣に顔面から飛び込んだ勢いで、頬の右側が魔剣に触れ完全に裂けた。“灼熱”の付与はすでに始まっていて、ビニールの溶け出す嫌なニオイが直接鼻の奥に届けられる。

 俺はそのすべての痛覚を無視し、灼熱の刀身ごと噛み締めたビニール袋を、首の回転力を使い左に投げた。そしてそこには、俺の【アイテムボックス】が口を開いて待っていた。

 ビニール袋が異空間の中に入り、閉じられた。安心したのも束の間、もの凄い痛みが俺の右顔面を襲った。

 それもそのはずだ。自分から口を開け“灼熱の魔剣”に食らいつき、その状態で自ら顔を回転させたのだ。“灼熱の魔剣”に寄りかかり気味だった右頬は焼け爛れ、押しつけるようにぐるっと回転した右顔面は、灼熱の刃で右耳までざっくり裂けた。

 しかも、“灼熱の魔剣”はしっかりと俺の舌を焼いていた。おかしい、猫舌ではなかったはずなのに。

 あまりの事態に、お頭も俺の手を離したようだった。俺はバランスを失い、床に転がった。


「あ゛ぁぁぁぁ……」


 リアル牛タン状態になった舌では悲鳴すらまともに上げられない。

 痛い熱い痛い熱い痛い痛い。ギギギギギギ。こんなに辛い思いをしてなぜ生きるのか。いっそ殺してくれ。俺はこんな痛い思いをするために生きようとしてたわけじゃない。灼ける。燃える。痛い。痛みが――灼熱が脳髄まで上り詰めてくる。

一瞬、意識を失いかけたが、俺は左手を引き寄せると、活を入れるため右頬に叩き付けた。派手な音が聞こえ、左手が裂けた頬から直接歯に当たった。


『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』


 右頬に触れた左手があまりの高熱で火傷しそうになる。特に歯の部分が灼けた石のようだ。左手を押しつけると「ジュウジュウ」言った。

 俺は喉の奥まで出掛かっていた絶叫を飲み込み、『はい』を選んだ。

 目頭が熱くなる。涙だ。流さないと決めていた涙が自分かわいさに溢れてきていた。


『負傷以前の状態まで戻すのに 13% の【魄】が必要です。実行しますか? 238/13 はい/いいえ』


 俺はさらに右腕を使って最大限に身を縮こませながらも、『はい』を選んだ。

途端、再び同じ箇所を同じ魔剣で、同じように引き裂き焼かれる痛みが襲った。脳が生きるのを嫌がり、生きるのを投げだそうとして暴れ、俺は痛みを紛らわそうとドガンドガンドガンと、3度全力で床に額をぶつけた。

 本当は4発目をぶつけて終わりにするつもりだったが、最後の一発は誰かの手で受け止められた。


「大丈夫? トーダ……」


 声と手の主はロー公のようだった。ひんやりとした手が、ただ一カ所痛みを訴える額に心地よかった。

 嵐が去った後の静けさ……。いや、今しがた叩き付けた額が痛いけど、『のど元過ぎれば熱さを忘れる』状態だ。なんか俺自身さっき悶絶していたのが恥ずかしく思うぐらいだ。

 俺は右頬に手を当てた。そこに傷跡はない。“熱さ”も“痛み”も残ってなければ、“後悔”も“反省”もあったことすらきれいさっぱり残っていない。

 終わりよければすべてよし、みたいな?


 あるのは、ネクロマンサーが痛くて悲しくて泣いちゃった後の“涙の軌跡”だけだった。結局、俺の覚悟など“痛み”の前では塵と同じだと思った。


 俺は呆然と顔を上げるが、テーブルの陰で二人の表情は見えなかった。ただ、お頭は椅子ではなく、立ち上がっているのが足の位置でわかった。咄嗟に「ねーちゃん、いい足してまんなぁ」と思うほどには復活している。椅子に座ったままだったらパンツ丸見えだったのに、ぐびびっ。

 その間に俺は右手の指に巻き付けておいた髪を指をすりあわせてほぐし、テーブルの脚のそば置いた。一応保険だが、もうここには戻ってくることはないだろうなと思う。


「平気です。ありがとうございます……」


 俺はそう言うと、目元を拭いロー公の手を借り立ち上がった。

 二人とも『驚いた』と言うより、『感心した』と言った顔で俺を見つめてきた。


「……驚いた。おまえの馬鹿な行動も驚いたが、本当に跡形もなく怪我を治せるのだな……」

「“灼熱の魔剣”で灼かれた傷口すら、瞬く間に完治させてしまうとは、正直驚きだ」


 二人はそれぞれ感想を述べると、もとの能面面に戻った。アーガスがお頭の耳に口を寄せ何か呟く。お頭は目線だけをこちらに向け、小さく頷いていた。アーガスがまた部屋を出て行く。せわしないやつだ。


「トーダ。おまえは役に立ちそうだ。わたしの【手下】になれ」


 どうやらようやく本題に入れたようだ。俺がこの先生きのこるには、この盗賊団の仲間に入ることしかないと考えていた。【手下】とお頭は言ったが、さっきまで奴隷として扱う、などと抜かしていたことからすれば2階級特進だ。まるで公務中の警察官の殉職だ。いやまて、給料でないだろうし丁稚奉公か?

 まあいい。ふふん。どうやら俺の価値に気づいたようだな。良きに計らえ。この俺様が手を貸して進ぜようぞ。右手でチューチュー、左手でペッペッ。


「……それしか、俺の生き残る道はないようですね」


 俺は肩を落とした仕草を見せるが、ロー公にお頭の元に連れて行かれた時にはもう決めていたことだ。あとは皆が泥酔したところで、酔い覚ましに『魅毒花青汁』を飲ませて大勝利。もしくは魅毒花を絞ったエキスがついた布か何かでペタペタ触っていくか。

 ふふふ。火サス劇場の始まりです。チャチャチャーーン。監督監修犯人、俺。最後の決めゼリフはこうだ。『馬鹿め、騙されおって』

 それともこっそり通報するか。クレイに連絡を取れれば、幻術かけてコロコロしてくれるだろう。その場合、ジルキースだけは呼ばないようにしないと。またややこしくなる。


「裏切れば殺す。それで構わないな?」

「それ以外の理由で殺される方が確率高そうですが、わかりました」

「わたしの命令は絶対だ。わたしに嘘をつくな。わたしを助け、わたしを敬え。いいな?」


 お嬢様かよ。はは~ん。ツンデレ属性持ちだな。ツンツンデンジャラスレディ。


「わかりました。嘘はつきません。お頭を助け、お頭を敬います。……ただ、俺にも勘違いがあります。嘘は言いませんが、勘違いをしていた時は許してください」


 お頭がジッと俺を見る。俺の中身を覗くような目だ。錬金術師のスキルに何かそういうのがあるのだろうか。


「その場合は、被害状況に併せ、“罰”を与える。まあ、おまえの場合は回復するだろうから、精神的な嫌がらせにしておこう。例えば【髪】を一房ずつライターで灼いてみせるとかな」

「…………」


 ギリッと奥歯を噛む。


「ははは。すごい顔だな。ここに来てようやく怒ったか」


 俺は【鑑識】で平常心スキルをオンにする。忘れていた。これがないと感情が露骨に顔に出てしまう。俺はテーブルの下、握り尽きた拳を弛緩する。


「いえ。極力そうはならないようにします」


 言うと同時に、アーガスが何かを持ってやってきた。ドスンとテーブルに置く。


「おまえの手錠だ。少し重いだろうがローが指錠をしていない時はこれをはめてもらうことにする。逃走防止にな。わたしがトーダを本当に手下と認めた時にはローの指錠を外させ、手錠もつけさせないと約束しよう」

「まずは着けてみるか。サイズが合わないと困るだろう。手を出せ、トーダ」


 困る困らないの問題ではない気がしたが、俺は言われるままに手を出す。

 その手錠はポリスメンや大人のビシバシプレイの一環で使用するような“輪っかチェーン輪っか”のあの形状ではない。もの凄くシンプルな作りで、5cm程のぶっとい鉄板に手首が入る穴が空いていて、くぱぁっと開くと手首がはめ込めるような作りになっている。そして“鍵”はなく、フックのようなものでロックすることの出来る仕組みだ。もちろん着けられた本人には容易に外せない構造になっている。

 アーガスは俺の両手首をそれぞれの穴の位置に置くと、開いていた上にあたる部分を、お肉を挟まないようにして閉じた。そしてロックをかける。


「どうだ、着け心地は。持ち上げてみろ」


 俺は両手首を持ち上げてみる。普通に重い。10kgとまでは言わないが、7~8kgほどは確実にある。手首は動かせるようだが、指と指とを触れあわせることが出来ない距離だ。


「最悪ですね。今までにない屈辱です」


 正直に答える。お頭はうれしそうに笑った。


「ははは。気に入ってもらえてなによりだ。わたしへの忠誠の証として、明日の朝までそれを着けて過ごせ。ロー、練習だ。おまえもトーダの手錠の付け方を学んでおけ。指錠を外した時は、おまえがトーダにこれを着けるんだ」

「ウーン。でも、ボクが指錠していればいいことでショ? かわいそうだヨ」


 えらい! よく言ったロー公。後でなでなでしてやろう。……この手錠着けたままでな!

 かわいそうと言いつつも、手錠の着け外しに勤しむロー公。従順だなぁ。……お肉挟まないでね。そうそうゆっくり丁寧に。はいそこ気をつけてね。

 合計三回ほど着け外ししてすっかり着脱マスターになりご満悦のロー公さん。……じゃあ、今度はロー公が着けてみない? その間にお頭毒状態にして逃げるけど。


 コンコン、とドアがノックされアーガスが外に出る。盗賊のくせにこういうところはしっかりしているのだなと、横目に見ながら思う。やっぱりお頭が女だとそうなるのだろうか。


「……ところでコレ着けている時、トイレ行きたくなったらどうすればいいんですか?」

「我慢しろ」

「無体な! 小ならともかく、大のときはバイオハザードになりますよ!」


 T-ウイルスならぬノロウイルスばらまいてやる。耐性あるけどな。


「くだらないことを言うな。ローがいるだろう。尻ならローに拭いてもらえ。おまえらそういう臭い仲だろう」

「ウン! トーダのお世話、なんでもやるヨ!」


 それこそ大きなお世話だ。


「……いえ。ロー公先輩がいるならコレいらないでしょ。指錠片方外してもらって自分で拭きますよ。個室じゃなくても野糞でもなんでもいいから自分の尻ぐらい自分で拭かせてください」

「汚い男だ。なら便所の時はローを必ず連れて行け。ロー、トーダがちゃんと糞していたか後で確かめておけよ」

「ウン! わかったヨ!」


 女が糞とか言うなよ。お下品な。……ああ、“語学スキル”かなにかで表現が統合されているのかな? そんなわけないか。もうなんだか疲れてきた。腹ぺこだし、さっきまで命をかけた心理戦を繰り広げていたのだ。少しどこか暗いところで横になりたい。

 そう思っていると、ドアが少しだけ開き、アーガスが顔を覗かせた。 


「お頭。トーダを使います」

「わかった。連れて行け。使い終わったら、みんなに紹介して、何か食べさせてやれ」

「わかりました。トーダ、聞いたな? 付いてこい」


 俺はチラリとお頭を見たが、お頭は「行け」と手を振っただけだった。俺はそれを確認すると廊下に出た。もちろん鉄手錠を着けたままだ。重い。


「じゃあ、ボクもトーダと一緒に行くヨ!」

「おまえは駄目だ。今からわたしが説教をしてやる。覚悟しろ」

「エ~。トーダと一緒がイイ~!」

「駄目だ。だいたい今日のおまえはなん――」


 そんなやりとりを尻目に、真っ暗な廊下をアーガスの背を追って歩く。途中、『暗視スキル』を思い出し、ついでに全部のスキルをオンにした。


「……たいした度胸だった」


 アーガスが話しかけてくる。お頭とロー公の会話が遠い。今ここでアーガスと話しても聞こえないだろうか。


「ヒントを使い切ったことですか? あれは賭けでした。あの銃がお頭の物ではなかったら、積み上げてきた理論が崩壊するところでした」


 もしもあれがお頭のものではなく、誰か【選出者】から奪った物であれば、話は全く変わってくる。だが、逆にあれがお頭の物であると確認が取れたことでようやく確信が持てたのだ。

 錬金術師のアビリティや基本スキルはわかりやすかったし、小玉でちょっとだけイザベラから情報を聞き出していた。一応、セカンドジョブは【錬金術師】で行こうと考えていたからだ。

 さすがに詳しくは聞かなかったが、“錬成”と“設計図作成”の意味は教えてもらった。詰まるところ、【錬金術師】とはコピー商品を作ることの出来るジョブなのだ。

 まあ、ジョブLvを上げていけばオリジナルを作り出すことが出来るだろうが、初めのうちはそう呼ばれても仕方がない。錬金術師は、自分の魔力を“作品”に通し、【解析】し、その設計図を頭の中に描けるのだ。“作られた物”であるなら作り方を理解できてしまう。

 さらには、その物質に魔力を通し、【解析】すると、ゴミの山、海の水、畑の土でも何でもから、『銅』でも『真鍮』でも『水銀』でも『硫黄』でも作り出せる。……いや、魔力をもって引きずり出すという意味ではない。研究によって合理的に抽出できるのだ。それは俺たちの世界と同じ方法と考えればいい。少量でも、そこにあれば合理的方法に則って取り出すことが出来るらしい。その“具体的な知識”を錬金術師のジョブがスキルとして定着させている。完全なセカンドジョブ専用だ。

 それでもって“錬成”はよりよい物を作り上げることだ。詳しくは知らないが、改造に次ぐ魔改造が出来るというんじゃないかと思う。

 それで俺は、銃のサイズに合った【銃弾】の大量購入をするよりも、自分で造り上げたんじゃないかと睨んだわけだ。それに実際銃弾が売られているのかもわからない。お頭はつまり盗賊だし。そういう武器商人とのまともな付き合いも出来ないだろうなと思ったわけだ。

 だが、これではっきりしたことがある。お頭はかなり合理的な人間だ。錬金術師のスキルを最大限活用するため、転生を選んだこと。銃を持ち込んだこと。銃弾を量産したこと。そして、【拳銃】そのものを量産していないこと。

 お頭が持っている銃は、おそらくオリジナルだ。メーカーなどはわからないが、英語のスペルが筆記体で刻まれてあった。……まったく読めなかったが。

 だが、もう一丁銃のコピーを造っておいて、オリジナルは保存用か観賞用に残しておけば良かったのではないかと思う。量産せず、オリジナルを使い続けるのは、銃の技術流出や手下に悪用されるのを怖れたのだろうか。


「やはり6分の5で弾が出る確率はリスクが高すぎます。弾丸も操作できるかも知れませんでしたし……」

「いや。俺が言いたかったのはその後のことだ。知らなかっただろうが、俺の“灼熱の魔剣”で斬られた箇所は、俺が魔力を解除しない限り、付与された“灼熱”の効果は持続する。つまり“灼熱”状態で斬られた傷口を永遠に灼き続けるんだ。無論、死ぬまでな。

 おまえの目的を見極めてから魔力を解除をしたが、正直、自分から俺の魔剣に斬られに来るやつは初めて見た」

「……そうですね、自分でも驚いています。2度とやりたくないですね。次からは自重します」

「そういって、また今度も同じ目に遭うんだろうな、おまえは。……俺はあのときのおまえの目と同じような目をした人族をたくさん見てきた。衝動に駆られ狂人化した目だ。自らを省みない行動をするやつの目はまさにそれだ。皆、その目をして殺されて死んでいく」

「…………」


 親が子を庇ったり、夫が妻を庇ったり、兄妹がお互いを庇ったり。

 我が身を省みずその人を救おうとする行動を、お前は“狂人”と呼ぶのか。


「おまえにとってその髪が自らを犠牲にするほどの価値があるのか、俺にはわからない。……だが、お頭の……いや、俺たちと行動を共にすると決まった以上、そういう行動は控えろ。二度目はない。自分の命こそ惜しめ。でないと、髪とおまえの目を灼く。何度でもだ」

「わかりました。気をつけます」


 前を行くアーガスの手は魔剣に掛かっていない。だが、ここで返事を怠ったなら、俺は次の瞬間、“灼熱の魔剣”で両目を灼かれていただろう。無明逆流れにされてしまう。なぜだ。NTRしてないのに。

 …………。ロー公。まさかな。

 そうだな。この際【遺髪】はあちこちに分散して隠してしまうか。どうせ3年も前にもらった物だ。今更少々時間が経ったところで代わり映えしないだろう。


 この【髪】は、妻が二度目の入院の時に手入れしやすくなるようにと切ったものを、俺が無理を言ってもらったものだ。まだ、抗がん剤治療で抜け落ちる前の髪だった。

 そして、俺以外には全く価値のないものだ。


 …………。ああそうだ。コンドームがあった。いや、無菌袋だったか。

 まだいくつかあったな。センセイまだ使ってないよ。あれに入れて口を縛っておけばいいだろう。行く先々の色んなところで、ちょっとずつ小分けして隠してしまおう。

 俺が生きてさえいれば、いつか回収できて、頑張って努力し続ければ目的は達成されることだろう。

 現実とは、努力している者をあざ笑う非情なものだが、もし駄目なら――まあ、“お使い”終わらせて帰ってフテ寝しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る