第44話 あなたのジョブは何ですか?

 お頭はトランシーバーを受け取ると、手慣れた風にスイッチを入れた。

 一般的に無線機はプレストーク片通話方式と言って、どちらか片方が送信だけをして、その間相手は受信だけをするという使い方をする。

 お頭が手にしているトランシーバーに【鑑識】をかけてみるが、驚いたことに情報が出ない。【鑑識Lv】が足りないのか、それとも俺たちの世界から持ち込んだ物には効かないのか。

 仕方ないのでジッと観察してみる。俺もかなり昔トランシーバーを持っていたが、それはせいぜい100mほどしか通話できず、しかも雑音が酷かった気がする。


「わたしだ。獣人の親子の死体を発見したそうだな。場所と状況を説明しろ」

『お頭ですかい? あっしでやす。トルキーノでやす。今ボルンゴと一緒に、昨日作戦会議した川辺の近くにきていやす』


 トランシーバーから聞こえてくる声は大きく、わざとそうしているのだろうが、会話の相手は小男で俺に毒針攻撃を仕掛けたトルキーノという奴らしかった。

 雑音は少なく、かなりの高感度だ。まあ、こちらの世界にあえて選んで持ってくるのだ、結構いいやつなのかも知れない。今でも使えているということは、何かしらの充電機器も持っているはずだ。

 お頭はチラチラとこちらを見て動揺を誘っているようだったが、獣人親子の死亡と聞いて俺の頭の中では拍手喝采が行われている。

 獣人親子が死んでるってことはザイルさんが勝ったってことだし、獣人親子のことを誰も知らないってことは、つまりザイルさんの存在が知られていないってことになる。

 トランシーバーを持ってきたのは驚きだったが、だからといって現状が今以上に不利になることはないようだ。


『川辺も結構派手に争った跡がありやす。“片眼”もその息子も精霊使いでやしたよね。たぶん、それでやす。木々が何本もなぎ倒されてやす』

「そうか。死体を見つけたと言っていたな? その死体に剣で切られたような痕があるか?」

『あー、あっしの見つけた死体は獣人の息子の奴でやしてね。なんて名前でやしたか……』

「オイルだ。名前ぐらいちゃんと覚えてやれ」

『それでその獣人の息子でやすが、こりゃアレでやすね。魔物に襲われたようでやす。全身に噛み傷がありやす』

「斬られたような痕は無いのか?」


 眉間にしわを寄せ、視線を俺からそらす。意識をトルキーノとの会話に集中させたいようだった。


『ありやせん。むしろ、これが魔物の仕業じゃなかったらとんでもないことになりやすぜ。全身を数十カ所食い千切られてやす。うわ、ひでえや。噛み傷のサイズも人族の子供くらいでやす』

「……人族の子供だと?」

『へい。あっしの見たところではそれが一番近いと思いやす。魔物って奴はどうしても犬歯がでっかくて、食いつかれた痕ははっきりとそれがわかりやすが、こいつはどうも歯並びがいい。……いや、良すぎやす。まあ、雑食性の魔物なんでしょうが、人族ならいざ知らず、獣人の毛皮ごとガブリと持って行かれてやす。しかも一匹じゃなさそうでやす。どうも群れで襲われたようでやす』

「なぜそれがわかる」

『わかりやすって! お頭、数十カ所ですぜ、数十カ所。鼻っ柱から両腕両足、腹や背中や……ああ、しっぽは無事のようでやす。とにかくむちゃくちゃでやす。おええ。気持ち悪くなってきやした』

「わかった。それで片眼の方はどうだ。それも同じ魔物にやられていたのか」

『いえ、それがでやす。どうも死体の損傷が激しくて……いえ、あっしもちょっと見ただけで近くに死体は無いんでやすけどね。このトランシーバー、ちょうど電波の届く距離がここでギリギリのようでやして。片眼の死体は森の中でやして。今ボルンゴが……ああ、今来やした。ボルンゴと替わりやす』


 しばらくして、ボルンゴの声が聞こえてきた。


『お頭ですか? ボルンゴです。今片眼の死体の検死をしてきたところです』

「ああ、ご苦労だったな。それで片眼を襲った相手は【剣士】か?」

『おそらく違います。……考えますに……いえ、俺にはわかりませんでした』

「なぜ剣士でないと言い切れる」


 いらいらとした感情がこもった声で、お頭はボルンゴを問い詰める。

 だが、ボルンゴには伝わらなかったのだろう、先ほどと変わらない口調が返ってきた。


『そりゃ片眼の体は至る所、それこそ無事な箇所がないほど切り刻まれてますがね、これは剣で切られた傷じゃないと思いました。傷の一つ一つは浅い。あれじゃないですかい、“疾風属性の魔法”。オッゾのトコのセイタローが前の仕事のときに見せてくれたアレですよ。ブュバババーってやつ。ありゃすごかったですね、お頭。人がバラバラになるって、【魔法使い】ってやつは……』


 …………。


「それで、死因は何だ?」

『おっといけね。……後ろから、心臓をひと突き、ですかね』

「【槍使い】か?」

『いえ。槍を使う者として見て、こいつは違いますかね……。ただ、槍に似た何かで背後――やや下方から斜め上に向かって、かなり強い力でグサリって感じです』

「それなら【剣】でもできることじゃないのか?」

『いえ、お頭。刺し傷が全然違います。もっと、こう“円錐型”の槍ですね。しかも結構太い……、心臓を正確に捉えています。ですが、少なくとも【槍術士】の仕業ではありませんね。それだけは確かです』

「……他に気づいたことはないか?」

『かなり派手に争った跡がありました。片眼の野郎、【土崩属性】の精霊魔法が使えたでしょう。“三爪”ってやつ。そのせいで木は切断されるてわ、地面がぐちゃぐちゃになっていました。ただ、相手もかなりの深手を負ったようで――なんだよトルキ――』


 ガチャ、と音がして通話が切り替わる。


『お頭。川辺のところで、魔物の足と思われるモノを見つけやした。真っ黒い短い毛の生えた後ろ足で、転々と血の後が続いているようですが、跡を追いやすか? ただ、暗くなっているのでどこまで追えるかわかりやせん』

「いや、二人ともご苦労だったな。獣人親子の死体はそのままでいい。気をつけて帰ってきてくれ」

『あい。詳しい話は村に戻ってからしやす』


 そして通信が切れた。

 お頭は通信のスイッチを切ると、トランシーバーをテーブルに置いた。


「【剣士】ではないようだったな。ホッとしたか、トーダ」

「いえ。むしろ事件が解決していないので不安です。魔法を使う魔物なんているんでしょうか」


 俺は挑発には乗らず、さらりとかわす。

 話の内容からして、ダダジムは足を切断する大けがを負ったようだ。ただ、大けがをしたのが一匹だけとは限らない。無事に戻ってきてくれるといいのだが。

 ……俺のところに? それともアンジェリカのところに? まあ、怪我してるんだし、俺のところか。……いや、まずはご主人様のところだろ。

 それにザイルさんだ。勝ったは勝ったが、ザイルさんも大けがをしたみたいだ。自分では治癒できないって言っていたからここに乗り込んでくることはないだろう。救助は見込めない。いよいよ自分でなんとかしなくちゃいけないようだな。


「何を考えている?」

「それが次の質問ですか?」

「いや。……【質問ゲーム】の途中だったな。続けよう。だが、まずはこの指輪の持ち主について知っていることを話せ。質問はそのあとだ」


 コトリ、とテーブルにひとつの指輪が置かれた。

 【識別色】は“肌色”。……召喚士の指輪だ。アンジェリカの指輪だろう。ああ、なるほど。やけにあっさり捕まっていると思ったら、指輪を外されていたのか。


「アンジェリカ・プリコット、19歳、女。召喚士Lv8。転移者。孤児でアプリコット修道院で育ったと言っていました。マルセーラという村が最初に居た村だそうで、2ヶ月まえにこの世界に送り込まれたようです」


 ダダジムのことを話そうか迷ったが、アンジェリカが果たして俺のことをどこまでこの女に話したのかわからない。少し様子を見ることにしよう。質問内容も、“アンジェリカ”限定のようだし。


「その女とはどこで出会った?」

「崖に落ちた馬車を発見する前です。絨毯を道にひいた修道女がいたので驚いたのを覚えています」

「その女と何を話した?」

「いきなり鑑識を使ってきて、『ネクロマンサーさん』と声をかけられました。俺もこの世界に来て“初めての会話が彼女だった”ので、【選出者】としていろいろ聞きました」

「“いろいろ”とは何を話した?」

「イザベラの悪口と、この世界に来てから大変だったこととか、なぜネクロマンサーを選んだとか……。そんなところです」

「その女とはどうして別れた?」

「アンジェリカから『荷馬車が崖に落ちていること』を聞いたんです。事故ってすぐだと。自分も泥棒をしてきたと言ってました。それで……俺も何かないかなと崖を降りていったところで別れました」

「…………。その女の指輪がそれだ。では、質問するぞ。【その女が死んだと思うか?】」


 お頭は俺の目の奥を覗くようにジッとこちらを見つめてくる。


「思いません」

「理由は何だ?」


 なんだろう。ダダジムのことは言えないしな。う~ん。


「テーブルの【選出者】から奪った品に、アンジェリカの品が入っていないから、と思うからです」

「なぜそう思う?」


 テーブルの上の品は、

 ・一眼レフカメラ。

 ・ジッポライター。

 ・ウイスキー。

 ・虫眼鏡

 ・スマホ4S 

 ・それに、トランシーバーだ。


「ここにある品が【選出者】から奪ったものであるなら、おそらくですが、彼女の持ち物はないからです。あなたなら、脅迫暴行なんでも行って【アイテムボックス】を開かせ、中身を奪うでしょう。それをしないで殺すというのは考えにくいからです」

「ふん。嫌われたものだな」


 好かれているとでも思っているのか。


「一眼レフカメラはかなり高級な感じの物ですが、“日本製”です。たぶん彼女のものではないでしょう。彼女はパジャマに裸足でこの世界に来たと言っていました。それに見合った物であるはずです。ジッポライター、それにウイスキーは偏見ですが、彼女は修道院出の二十歳前です。虫眼鏡は……わざわざ夜に手に取る物としては考えにくいと思います。スマホ4Sは迷いましたが、少し型が古いので違うと思いました。トランシーバーは、これも偏見ですが、彼女があえて持ち出すような物ではないと思いました」


 まあ、アンジェリカも死んでいるなら死んでいるでいい。俺の悩みの種がひとつ減るが、そうではないのは“あんたらのお仲間”が話していたのを聞いている。

 アンジェリカは陵辱されながらも生きて――


「【ダウト】だ。残念だが、その女は死んだ」

「嘘……」


 何か大きな物で頭をガンと殴られたような気がした。俺は目を見開いてお頭を見た。


「今朝早く、手下のひとりが女を閉じ込めていた部屋を開くと首を吊っていたらしい。なあ、アーガス」


 お頭はアーガスに振り向くと同意を求め、アーガスも頷きで返した。

 …………今朝?

 俺は、お頭が再び俺を見る前にすぐに俯いた。目を固く閉じ、呼吸を整える。

 まずい。この感情の起伏は非常にまずい。平常心だ平常心。

 ……ここに連れてこられる前、井戸のところで聞いた会話では「アンジェリカのところに行く」と言っていた男ふたりがいた。

 つまり、「今朝死んだ」というのは嘘だ。お頭は嘘を言って俺を動揺させたかったのだろうが、今こうしてその“嘘”に気づき、先ほどの動揺を消してしまった。顔に出るだろうか。

 もしお頭に、その機微を感づかれてしまったなら、少しまずいことになる。

 俺はゴクリと喉を鳴らしながら、顔を上げた。

 だが、そんな心配をよそに、お頭は「では、最後の質問にいくか」と足を組み直した。

 訂正はない。どうやらアンジェリカは死んだことのままにするらしい。

 いろいろとやっかいだが、今はそれどころではない。


「どうだ。【質問ゲーム】は楽しんでもらえたか?」

「どうですかね……。寿命が縮む思いをするのを『楽しい』と感じる人がいるなら、そうかも知れません。少なくとも俺は楽しめませんでした」

「ははは。わたしとしては、トーダのことがよくわかる質問ばかりだったよ」

「俺も、お頭のことがよくわかりました」

「ほう? 言ってみろ」

「それが暴言であっても、罪に問わないというのなら」

「構わないさ。言ってみろ」


 俺は吐き捨てるように言ってやった。


「あんたは、“悪い人”だ」


 お頭は一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間、笑い始めた。


「あ――ははははははははは。くっくっくっくっ、あーはっはっはっはっ」


 お頭はアーガスの腕をぺしんぺしんと叩きながら「聞いたかアーガス」と笑っている。アーガスも失笑を堪えきれないようで頬をつり上げて肩をひくつかせていた。

 一方、ロー公も釣られて笑うかとも思ったが、特にそうでもなく、俺が顔を向けると微笑みを返す程度だった。


「あー、面白かった。何を言い出すかと思えば、くくくっ。なかなかジョークのセンスがあるようだな、トーダ。気に入った」


 お頭はよほど笑ったと見えて、目から涙を拭きながら……おもむろに銃を握った。俺は身構えるが、お頭はそのままシリンダーを開くと、またひとつ銃弾を抜き出した。

 それをさっき抜き出した銃弾と並べて立てる。2発。金色の薬莢に包まれた銃弾が鈍く光っている。


「これはわたしを笑わせてくれた礼だ。これで残りは3発。確率は五分だ」


 お頭はシリンダーを回転させると、カシャッとセットし、再びテーブルの上に置いた。


「さて、次で最後の質問だが、これに【正解】すれば殺さないでおいてやろう。【不正解】であれば、この髪の毛は燃やす。そしてその後に引き金を引く。だが、それも確率は50%だ。運が良ければ命だけは助けてやる」

「待ってください。それでは【ルール】が違います。俺はさっきの質問で“アンジェリカは生きている”と答えました。その理由も答えたし、別に嘘をついたつもりもありません」

「ああ。だが“間違い”だ。それともなにか? それ以前の3つに“嘘”があったとでも言うつもりか?」

「それは――その……」


 俺は押し黙ってしまう。

 たしかに、アンジェリカについて【ダウト】を使っておかないと、それ以外の質問には“嘘”が入っていることになってしまう。それはいろいろまずい。

 だが、アンジェリカは生きている。そのことをお頭達はなぜ隠そうとする? 最後の質問に【正解】することが、俺の勝利条件になるのか?

 …………。いや、ともかく目の前の試練が先だ。正解不正解などと言っていることから、最後の質問はやはり“イカサマ”でくるはずだ。絶対に答えられない質問をぶつけてくるだろう。なんせ、アンジェリカの件で“正解”すら“嘘”に変えてしまうのだ。

 最初から俺を生かすつもりなどないのだろう。結局はロー公頼みになるのか。


「わかりました。どうぞ」

「では最後の質問だ。【わたしのジョブを当ててみろ】」


 そう来たか。


「それは“推理”が必要になります。例えすぐに答えを出しても、それは当てずっぽうになって、正当な理由を答えるには難しいです」


 お頭はニヤリと嫌な笑みを作った。


「なるほど。それもそうだな。アーガス、秒読みを止めろ。トーダから【ルール変更の申し出】だ。……5分間延長してやろう」

「…………」


 お頭は銃に手を伸ばすと、シリンダーを開き、テーブルの上にあった銃弾をひとつ手に取ると、ゆっくりとした動作で銃にその弾を込めた。


「【5分延長】。それがおまえの選んだ選択だ。残りはどうする? “あと2発分”ルール変更できるぞ。じっくり考えるために再延長するも良し、ヒントを二つ手に入れるも良しだ」


 ……ああ、なるほど。結局これが目的だったのか。むしろ、“これこそ”が【質問ゲーム】だ。

 俺が二分の一の確率で撃たれるのを選ぶか、それ以下の確率で撃たれるかの違いだ。

 ロシアンルーレット好きだっけ、この女。

 ロー公さえ納得させれば、このふざけたルールで俺を撃ち殺すことが出来る訳か。

 再延長か、ヒント一つ。もしくはヒント二つで命をかけて【質問ゲーム】に興じなければいけない。

 先ほどまでの質問は、ただの尋問の続きでしかない。困惑する俺を見て楽しんでいただけだ。

 お頭の目は嗤っている。アーガスの目も嗤っている。


「わかりました。一つ目のヒントを使います」

「くくくっ。いいのか? 答えが間違っていれば6分の5の確率で死ぬことになる」

「俺にはその銃の仕組みがわかりません。ひょっとするとシリンダーを回転させる時の癖を知っていて、例え入っているのが1発だけだったとしても、必ず弾が出る状態に仕込める可能性もあります。それよりも、俺がもし“正しい答え”を出した時には、左手の指輪を外して、正統な【ジョブ】を確認させてください」

「ああ、もちろんだ。ただ、そのジョブを選んだ理由は聞くがな。それに、わたしは『盗賊の指輪』以外にも【暗幕スキルLv2】を使っている。【鑑識Lv1】のおまえには見破ることが出来ないだろう。代わりに指に巻いてあるテープを外して見せてやるよ」


 そう言って、お頭はテープで見えなくしてある右手の指輪部分を見せた。

 そうか。【暗幕Lv2】か。通りで何度お頭に向けて鑑識を行ってもスキルが発動しないわけだ。


「わかりました。……少し考えさせてください」


 そして俺は黙想する。


 お頭のジョブは何かを考える。

 頭の中にずらっと24のジョブを並べて、それぞれ検討に入る。

 消去法で考えていこう。……まず、武器を携帯していなければならないジョブは除外だ。


 剣士。戦士。弓術士。治癒士。槍術士。暗黒剣士。ネクロマンサ-。魔剣士。竜騎士。アサシン。侍。海賊。

 たぶん、これらではないと思う。確信はないが、俺の存在を知らない状況であっても……たとえば、村人の『瀕死体験』のときも、お頭は拳銃を使い続けていた。


 精霊使い。魔物使い。も外せるはずだ。ザイルさんの奥さんの【魔闘士】は野暮ったい服装を好まなかったと言うから、魔闘士も除外しよう。


 残りは――

 魔法使い。薬術士。シーフ。幻術士。砲撃士。バーサーカー。召喚士。錬金術師。呪術師。の9ジョブだ。

 …………。あ、なんか引っかかってると思ったら、『無属性』のことを忘れていた。


「ヒント一つ目お願いします。【ジョブ選択画面に“呪術師”は表示されましたか?】」

「いや? なんだそれは? それが答えか?」

「まだ答えていません。ヒントだと断ったはずです」


 どうやら【無属性】は持っていないらしい。

 すると困ったな、選択肢がひとつ増えてしまうことになる。

 お頭はテーブルに立てた銃弾をそのままに、懐から新しい銃弾を取り出すとシリンダーの薬室に詰めた。俺は再び目を閉じて黙考する。


 魔法使い。薬術士。シーフ。幻術士。砲撃士。バーサーカー。召喚士。錬金術師。それにアイテム士と時魔道士の全部で10だ。このなかにお頭のジョブがあるはずだ。

 魔法使いはどうだろうか。銃を使うことで素性をごまかしている感があるが、それを言うなら他すべてに当てはまるだろう。

 薬術士。これはあるかも知れない。お頭はサブンズの怪我に対して「治療薬を惜しむな」と言った。その治療薬はお頭自身が作った物であるとしたらどうか。結論、ある。

 シーフ。そのまんまだ。除外するには可能性が高すぎる。

 幻術士。これはまず幻術を使っていたクレイを狙撃したと言うから外さずにいた。


 ――と、ロー公に指をぎゅっぎゅっと二回握られる。……ひょっとして2分経ったって教えてくれているコトなんだろうか。ありがたい。俺は親指をぐっぐっと押し上げて反応する。


 砲撃士。これが一番可能性が高く、おそらく引っかけだ。銃を使ってはいるものの、あの銃はおそらくは【選出者】から奪った物だ。理由は、ジルキースの持っていたのは“マスケット銃”だった。古い銃で、現代のライフル銃と似ているが、弾を込める場所は銃口からだ。利点としては【火薬さえ有ればどんな弾でも撃てる】といったもの。【散弾】すら撃てる。短所は命中力が悪く、次弾装填に手間取ったりすることだろうか。詳しくはわからない。砲撃士ならスキルLv次第でどうにでも出来そうだ。ジルキースの持っていたマスケット銃は三つ折りにされコンパクトな状態で出てきた。つまり、改良が進んでいる。

 ――だが、おそらく砲撃士はない。

 理由は、お頭の素性だ。ロー公との会話でひとつ気になったところがあった。

 お頭は、おそらく【転生者】だ。お頭の父親が金貨200枚を出してロー公を娘のお供につけた。自分の身を守るすべがない場合、そうなるだろう。別の意味の“娘”で有る可能性もあるが、イチイチ考えていられない。

 砲撃士ではない。そう俺は結論づける。そもそも瀕死体験でも“一撃で殺せた”相手が少なすぎる。


 そしてぎゅっぎゅっぎゅっ、と3回指を握られる。3分経った。まずい。まずい。


 バーサーカー。こいつだったら笑うよな。でも、可能性がないとは言い切れない。ほとんど興味がなかったからイザベラのところでも、さらりとしか見ていない。アビリティが【狂化】だったか。イカレてる。……ないない。……ないよな?

 召喚士。アンジェリカの指輪をすぐに奪ったところから考えたのだが…………ああ、ないな。思い出した。アンジェリカは“ヒレイ”とかいう偵察用の鳥を召喚していたと言っていた。それで崖から落ちた馬車を発見したのだ。しかも、それなりの遠距離でパスよりも高度な通信をしていた。だとするなら、手下どもをこうも頻繁に使ったりはしないだろう。ダダジムみたいなのをもっとたくさん飼えばいいだけの話だ。


 続いて錬金術師。これは割と臭い。……が、決め手がない。弱いので銃を使うのは理にかなっているが、そもそも何のために錬金術師を選ぶのかわからない。保留。


 アイテム士。時魔道士。可能性はあるが決め手に欠ける。これらについては情報がない。時魔道士は役に立ちそうな感じはするが……。

 魔法使い。薬術士。シーフ。幻術士。錬金術師。アイテム士。時魔道士。の7ジョブだ。この中から選ぶしかない。

 どれだ。

 ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっ、と4回握られる。俺は目を開いた。


 もう一度考える。残り30秒になったら再延長か、ヒントを考える。どちらにしても後がない。

 魔法使いはどうだ。魔力というかMPは宿屋で休めば回復が出来る――と思う。だからわざわざ弾を使わなくてもいいんじゃないか? もったいない。たぶんあれタダじゃないぞ。

 次に薬術士――………………あれ? 俺今なんて言った?


「残り30秒だ。【再延長】か? 6分の5か考えておけ」


 お頭が銃を手に取ろうとする。


「へっきし!」


 俺は派手なクシャミをひとつした。お頭が嫌な顔をして手を引っ込める。

 ――俺のクシャミは、立てられていた弾丸を転がすことに成功した。俺は「すみません」と謝罪すると、そのまま服の袖で鼻水をこする仕草で、ごろりと横になった銃弾の……薬莢のおしりの外枠リムを確認した。その部分の印字を確かめる。


「あと10秒だ。何もないならこのまま撃つからな」

「ヒントの二つ目いいですか?」


 俺がそう言うと、お頭は驚いたように両眉を上げた。


「……ほぉ。構わないぞ。ロー。トーダはこう言ってるぞ」

「ボク、トーダを信じているかラ」


 ぎゅっぎゅっ、とロー公からの信号。ぐっぐっぐっ、と俺からの返事。


「ヒントの二つ目お願いします。【その銃はあなたが元の世界から持ち込んだ物ですか?】」


 すべてはそれに掛かっている。


「……そうだ。これはわたしの私物だ。さて。今から弾丸をフル装填して、撃鉄を起こして眉間に照準、引き金を引く。その間に答えろ」


 お頭は銃のシリンダーを開くと、転がっていた弾丸を薬室に詰めた。これでフル装填だ。引き金が引かれれば、間違いなく弾が出る。

 俺は覚悟を決め、深く息を吸うと答えた。


「あなたのジョブは【錬金術師】です」


 お頭は無言でシリンダーをセットすると、撃鉄を起こした。

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