第39話 ネクロマンサー、ロー・ランタン
ふと、何かひんやりとしたものが右手に触れた。目を開くと、ロー公は屈み込み、まじまじと俺の右手の――【ネクロマンサーの指輪】を見つめていた。
その顔は真剣そのもので、鑑定士が骨董品を見るような眼差しだった。咄嗟に心臓を守ろうと胸に手を置いただけなのだが……。
「あークソ、だんだん腫れてきた。痛てぇ。これ、両方マジ折れてるわ」
「無茶をするからだ。村に戻れば“治癒薬”がある。まったく、剣士が素手で殴るな」
「それもこれもみんなこの野郎のせいだろうが!! ロー公どけ! ぶっ殺してやる!」
「おい、これ以上は死んじまうぞ」
「死んだらロー公が【クグツ】にすればいいだけだろうが! おらぁ!」
顔を真っ赤にさせたルーザーが俺を踏みつけようと、勢いよく足を上げた。俺はその一撃に耐えるべく歯を食いしばった。
だが、ルーザーの踏みつぶしの一撃は、俺には届かなかった。
ロー公が左手一本でそっと受け止めていたからだ。
「ロー公、てめぇ!」
ルーザーはバランスを崩し、2、3歩
ロー公はそれを無視し、俺の右手の指輪に……自分の右手の指輪をくっつけた。
――紫色の火花が散った。俺の心臓が静電気でも受けたようにビクッと撥ねる。
「わ~ぉ~! わ~ぉ~!わ~ぉ~!」
突然、ロー公は身を仰け反らせると歓喜の声を上げた。
「ふいえwhう゛ぇwvべfvんsdfjkぁんvふぃwbぬいおえfhふぇrlfんvrんふえ3ん3ぐいねり3んfげfbvjgfじぇrんう゛ぃふぇん89pん43ふじっこ!!!」
……唖然とする。
やっぱり偏見などではなく、顔にまで入れ墨している人は頭おかしいと思う。盗賊二人も同様だったようで、顔を引きつらせていた。
「お、おい、ロー公よう……」
「bgcyでbひえfgvhふぉいwgjふぇろいwgjろ!」
声に反応して首をぎゅろんとルーザーに向ける。
「いや、悪りぃ、何でもねぇわ……」
ルーザーがサッと目をそらした。
続いて、ぎゅろんと俺に向き直った。……うわぁ、目ぇ剥いてるよこの人。
「hcふいえwbfげmwgふぇろpjg89れg!!」
大量の唾が俺の顔に降りかかった。……泣いていいですか?
「ロー、お国言葉に戻ってるぞ」
「……あ。ごめんごめん。ちょっとだけ興奮しちゃったヨ」
あきれ顔のパイクの指摘を受けて、愛嬌全快で“てへぺろ”するロー公。あまりの変わり身に、どんな合コンパーティでもどんびき間違いナシだ。2分間トークで目をそらされ続けるタイプだ。
「キミ! キミ! キミも! 【ネクロマンサー】だよネ!」
唾が目に入る位置まで顔を寄せられる。ロー公は黒目の縁に赤の光彩がある不気味な瞳をしていた。
顔はまあ整っているものの、スキンヘッドと入れ墨がすべて台無しにしている。
俺は勢いに押され、うわずった声で返答した。
「まあ、一応……」
「だよネ!」
右手をひんやりとした両手で握……包まれる。あまりに積極的すぎて貞操の心配すら考えてしまう。
「ボクも、【ネクロマンサー】なんダ! 一緒だネ! 奇遇だネ! 嬉しいネ!」
「はぁ……そうですか……」
ぐいぐい来るロー公に、どう接していいのかわからず盗賊の二人に助けを求めるが、返ってきたのは靴の裏だった。
顔をしかめていたルーザーがいきなり俺の背中を蹴ったのだ。
「っ~~~~」
一瞬息が出来なくなり、背を仰け反らせて耐える。
忘れてた。こいつらみんな現役の極悪人だった。
「ルーザー、蹴っちゃ駄目だヨ。……大丈夫?」
蹴られた背中をさすってくれるロー公。この中であんたが一番キモいけど、なぜか一番優しい……。その理由が『食べ物蹴っちゃ駄目』とかだったらリセットボタン押すわ。
「立てる? 平気? 肩を貸すヨ。おんぶしようカ?」
「……平気です。歩けます」
痛みを堪えて立ち上がる。【転用】で回復……とも考えたが、やめた。間近にいるネクロマンサーに知られたくないというのもあったが、この先、【魄】を使い切るほどの拷問が待っている可能性があるので少しでも節約したいと思ったからだ。
ああ、やはり横穴のなかで大人しくしていれば良かった。空腹ぐらい我慢でき――
「ぐ、ぶ、ぶばぁぁ!!」
突然、ルーザーが口から大量に血を吹き出した。ぼとぼとと口から血をこぼし、両手を地面につけた。顔面蒼白になっている。
「ルーザー、おい、ルーザー! どうした!?」
「ごばぁ! ゴボッ……ゴホッ! ……はぁはぁ、手、だ。手が痛ぇ……っ」
「――おい! 手のひらが赤紫色に変わってきているぞ?! しかも両方の手だ。おまえ、ひょっとしてどこかで『毒草』にでも触れたのか?」
『毒草』と言う言葉に、俺は真っ先に『魅毒花』を思い出す。
症状は――たしか、『初期症状は、皮膚が赤く腫れ、痛みを伴う』だったはず。そういえば、ルーザーは俺を殴りすぎて両拳を骨折したとか言っていたっけか。腫れて痛いとか。
見ればルーザーの両手は、もはや『赤く腫れ』どころではなく、『毒々しいほどの赤紫色に変色』していた。
「あぁー。ルーザー、それたぶん『魅毒花』の毒を受けた症状だヨ。ほら、ここに来るとき赤い花が咲いてたでショ。ボクの手もちょっとだけ赤くなってるモン」
「あ? あ゛ぁ゛?」
荒い呼吸のままルーザーが血走った目をロー公に向ける。
「ほら。真っ赤っかだヨ。……毒性はLv6クラスかなァ……。たぶんボクならギリギリ平気かナ? ピリピリするけど、ボク、【毒属性】あるシ」
「ゲボォ、ゲハァ……っ。じゃ、じゃあよ。俺は……」
「死ぬんじゃなイ?」
明るい調子でロー公が答えた。「当然でしょ?」みたいな感じだ。
「だが、ルーザーはオレと一緒に行動していたし、その花には触れていなかったはずだ。おまえはどうだ、どこかでその花に触ったのか?」
「ン~。ボクも触ったりしてないヨ。でも、『魅毒花』の毒は即効性だって効いたことあるヨ。触れた途端、すぐに赤くなっちゃうんだっテ。恐いよネ~」
「じゃ、じゃあ。おまえらいつ『毒』に触れたんだよ」
「ン~。知らなイ」
ロー公が、あははと笑う。……嗤いたいのはこっちだった。
ああ、なるほどと納得がいった。
どうしてヘルゲルさんが落下した時の傷の治療の時に、『状態異常:毒』と出なかったのか。
どうして【薬草学スキル】で強い毒性があることがわかった『魅毒花』に触れていて無事だったのか。
どうしてネグレクトヒヒが俺の臭いをかいだだけで攻撃してこなかったのか。
どうして俺の胸ぐらを掴み、全身を両拳で殴ったルーザーと、俺を介抱したロー公が『毒』を受けたのか、これですべて合致した。
「…………」
俺の三つ目の“属性”は【毒属性】だ。……しかも、【毒耐性】もかなり高レベルであると考えられる。ロー公が言った『毒性Lv6クラス』をものともしない程のレベルと言ってもいいだろう。
やはり、あのときの【薬草学スキル】は間違いではなかったようだ。
俺はうっし、と小さくガッツポーズをした。【無属性】【風属性】【毒属性】の3つがわかったのだ。残りあとひとつもそのうちわかるだろう。
だが、その仕草をルーザーに気づかれてしまった。慌てて目をそらしても、もう遅かった。
「――この野郎のせいだ……。ゴホッ、こいつの服に『毒』が仕組まれていたんだ……。俺もロー公もこいつにしか触れてねぇ……ガハッ、ガハッ!」
血を吐きながら俺を指さすルーザー。
パイク、そしてロー公の視線が俺に注がれる。
「な~んだ~。そうだったんだ~っテ、プププッ、実はボク初めから気づいていたヨ~」
このロー公は、俗に言う“空気が読めない奴”じゃないかと思う。
ぺしぺしと軽く俺の肩を叩きながら、口元に手をやって笑っている。緊迫した空気のなか、なんだこの茶番はと胸中ツッコミを入れるが、もうどうにもなりそうもなかった。
ルーザーが赤紫色に腫れ上がった手で剣を抜いた。剣気が宿り、刀身に仄かな緑色が灯る。
「おい。今は殺すな。お頭に会わせてからだ。その後なら好きにすればいい。今は村に戻って……」
「うるせぇ! 構うものかよ! こいつが死んだら、ロー公が【クグツ】にすればいいだけじゃねぇか! なあ、ロー公!」
「……この人は殺させないヨ? だってこの人も【ネクロマンサー】。ボクとおんなじ。ボクの“仲間”だかラ。ネクロマンド族は“仲間”がすっごく大事なノ」
なんだかすごく嬉しいことを言っている気がする。ネクロマンサー冥利に尽きる。
もう、ロー公に髪の毛があったらなでなでしちゃう。……髪の毛があったらな!
俺は固唾をのんでことの成り行きを見守ることにする。
「どけよ、ロー公。ゴホッ……ぺっ。馬鹿言ってると、おまえも一緒にぶっ殺しちまうぞ」
「よせっ! ルーザー。そんな状態で動けばますます毒が回るぞ!」
「うるせぇ! こうなったのも、全部こいつのせいだ! 俺はこいつを殺さなきゃ気がすまねぇんだよ」
仲間の凶行を止めようとするパイクの手を、ルーザーはよろめきながらも振り払う。ルーザーの血走った目が俺を睨み付ける。
「もー。ルーザー。そんなことボクがさせないって言ってるでショ。死んじゃっても“お葬式”してあげないヨ?」
「ガキが! 引っ込んでろ!」
無造作に振るった剣が、ロー公の胸を切り裂いた。ブバッと血を吹き出してロー公は大きく仰け反るが、倒れない。
ロー公は、傷口から溢れ出す大量の血に小首をかしげると、
「痛いヨ? ――えい、お返シ」
右手に持っていた黒い槍をルーザーの心臓に突き刺した。
あっという間だった。ルーザーは即死だったのだろう。言葉を発することなく、力なくうなだれた。
「ロー! 貴様裏切る気か!!」
「だってルーザーが痛いことしてくるんだモン。ほら見てヨ。いっぱい血が出てるヨ」
ロー公がルーザーに斬られた胸元の傷をパイクに見せて釈明するが、パイクは取り合わない。素早いバックステップとともに弓を構えると、矢を番えた。
「ロー! 【死霊の槍】を離せ。手を上げろ」
「はーい」
ロー公は槍を手に持ったまま、無邪気に手を上げる。もちろん【死霊の槍】に心臓を貫かれたルーザーごとだ。どんな腕力しているんだ。
ルーザーは槍の先端にぶら下がっていたが、槍が垂直に立てられると、ズズズズっとずり下がってきた。
「もう、ルーザー! 邪魔しないでよ。“お葬式”してあげないヨ」
ロー公はルーザーの死体を槍から抜こうとするが、だが、奇しくもそのルーザーの死体がロー公を守ることに繋がった。
――ヒュン、ドス。と。パイクから放たれた矢が、ルーザーの死体を貫通してロー公に突き刺さった。
パイクの舌打ちが聞こえた。これは予想だが、ロー公がたとえ槍を捨てて手を上げたとしても、やはり射っていただろうと思う。
死体が被さってロー公の表情は見えなかったが、ロー公は死体ごと【死霊の槍】を構え、パイクに突進した。
パイクは一度に3本の矢を番えると、一気に放った。よくわからないが、あれも『弓術士』の【弓術スキル】なのだろう。
三本の矢はそれぞれ、脇腹、右足の太もも、左足のくるぶし辺りに刺さるが、ロー公は突進をやめなかった。
「や、やめ――」
迫り来る敗北と死にパイクが命乞いを口にしようとしたが、その口を【死霊の槍】が塞いだ。
【死霊の槍】はパイクの喉の奥を貫くと止まった。
ややあって槍は抜かれた。まずパイクが仰向けに倒れ、その上にズルズルとルーザーの死体が覆い被さった。
ごふっ、とロー公が血を吐いた。矢の刺さった脇腹を押さえ、苦しそうに咳き込む。
「だ、大丈夫ですか?」
うっかり話しかけてしまう。
できればこのまま共倒れになってくれると、漁夫の利で俺が喜ぶのだが。
ロー公は振り返ると、屈託のない笑顔を見せた。
やめて。ケチャップオムライスを食べてる幼児みたいな口周りを見せないで。
「えへへ。やられちゃっタ。でも大丈夫だヨ」
そう言うと、ロー公はルーザーとパイクの死体に【死霊の槍】を突き立てた。
ギョッとする俺をよそに、ロー公は【死霊の槍】を両手に持ち、静かに目を閉じた。
『【死霊の槍】よ。我が呼びかけに応えよ。我が名はロー・ランタン。死者の魂を喰らうものなり。澱み往く肉体から【魄】を啜るものなり――』
……なぜか、その一節だけははっきりと聞こえた。
いつもの外国人のカタコト発音ではなく、アドニスと戦っていたときにも口にした、はっきりとした発音だった。
ブブッ……ブブッ……とバイブモードのように、死体に突き刺さった【死霊の槍】が脈動を繰り返す。まるで槍自体が意思を持って死体から【魄】を吸い上げているようだった。
やがて、ロー公の体から矢がぽとり、ぽとり、ぽとりと抜け落ちた。
ロー公は「んしょ」と槍を引き抜くと、そのまましゃがみ込んだ。何をしているのかとのぞき込むと、パイクとルーザーの指輪を外していた。
そんな俺の視線に気がついたのか、ロー公はにっこり笑って指輪を見せてくれるが、パイクはともかくルーザーの指は『毒』で倍以上にふくれあがっていたのを容赦なく引き抜いたため、スプラッタになっていた。
「お頭にネ、どうしてものときは殺してもいいけど、指輪だけは回収してこいよって言われてるんダ。もうちょっと待っててネ」
今度はルーザーの左手の指輪を引き抜く。指がズル剥けになるがまるでお構いなしだ。
ロー公は回収した二人の指輪を道具袋にしまうと、立ち上がった。
俺はと言えば、逃げてもどうせ追いつかれるだけだしと、“逃走”は諦めていたが、鼻歌交じりで作業する隙だらけの後ろ姿に『風のナイフ』叩きこもうかどうか迷っていた。結局、やらなかったわけだが。
「初めましテ。ボクは東ミュランド王国方面から来ましたネクロマンド族のルルドミ・ランタンの子、ロー・ランタンでス。最初はキミのこと【ネクロマンサー】だってこと気がつかなくて、ぶっ殺そうとしてごめんなさイ」
ぺこりと頭を下げられる。
「あ、はい、俺はトーダです。なんだか助けて頂いたみたいですみません……」
何でも謝ればすむという日本文化に浸っていたせいか、つい俺も頭を下げて謝罪してしまう。というか、この状況で何で自己紹介とかしているんだろう……。
「ボク、この国の【ネクロマンサー】に会うのは初めてなんダ。お父ちゃんとお母ちゃんが『よその国でも“仲間”に出会ったら優しくしてあげなさい』って言ってタ!」
「……うん。優しくしてね」
殺しちゃいやよ?
「ウン! “仲間”は大切にするよ、ボク!」
ニッコニコな顔で頷くロー公。返事が『可愛がってあげる』じゃなくて心底安心だけど。
「じゃあ、トーダ! 行こウ! ボクが案内してあげるヨ!」
「え、どこにですか?」
突拍子もないお誘い文句に俺は戸惑った。
「お頭のところだヨ。お頭がネ、『侵入者は全部で6人。あと2人捜して連れてこい』って言ってみんなに捜させてるんだヨ」
……侵入者は全部で“6人”か。ザイルさんと三兄がらみの報告はまだあがっていなくて、『町を出発した時点の人数』で捜索が行われていると言うことは、ミサルダの町にはまだ『盗賊の仲間』みたいのが潜伏、もしくは住人として暮らしているんだろうなって思う。
「お頭って、あの黒髪の女性のことですよね」
「あれ? トーダ、どうしてお頭のこと知ってるノ? どこかで見たノ?」
――しまった、と思ったが、俺は頭をフル回転させ回答を探し出す。
「ミサルダの町で見かけました」
「あー、そうなんダ。ボクね、あの町でグールいっぱい作ったんだヨ。あんなにいっぱい作ったの、生まれて初めてだったヨ」
「……【死霊の粉】ですか?」
「ウン! ボクが作ったんダ! でもネ、【死霊の粉】を武器に塗って使うアイデアってお頭が考えたんだヨ。頭いいよネ~。お頭もすごいけど、ボクもすごいでショ!」
褒めて褒めてとロー・ランタン。頭をなでて欲しそうに差し出してきたので、『風のナイフ』を突き刺してやりました……が出来たら人生もっと楽に生きられるのかも知れない。
なでなで。……冷やっこい。あんた低血圧ですか?
「やったァ! やっぱり“仲間”は優しいよォ! お父ちゃんとお母ちゃんの言ってた通りダ。……あのネ、あのネ、ボクの同僚は、みんなボクのこと褒めてくれないんだヨ。キモイとか近寄るナーとか言うんだヨ。トーダは優しイ。もっと褒めて褒めテ!」
「よーしよしよし。よーしよしよし」
コシコシコシコシコシコシコシ――!!
俺はスキンヘッドを磨き込むように右手を高速で動かした。このまま擦り続けたらランプの精でも出てきても良さそうな感じだ。
ロー公は危なくて強くて変な奴だが、精神的に幼い感じがする。しかも俺をこの国で活動する【ネクロマンサー】と誤認してしまっているようだ。
そして両親、部族から“仲間”を大切にしましょうというありがたい教えを受けてきたようだ。仲間とはつまり、【ネクロマンサー】であること。
ククク。好都合だ。……せいぜい利用させてもらおう。
まずは、恩を売るくらい仲良くなることから始めるか。
「テシシシシシシシシッ……」
笑ってるし。
右手が疲れた……というか、摩擦熱で火傷しそうになったので左手に代えると、再び高速コシコシを始めようとして――“左手”が発動した。
『状態異常:“毒”を確認しました。ただし、症状は回復に向かっています。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』
『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』
しかも、二つ同時だ。
だが待ってほしい、さっきロー公は【死霊の槍】を使って回復してなかったか?
「あの、ランタンさん。一つ聞いていいですか?」
「テシシシシッ。ボクのことはローでもロー公でも好きな方で呼んでいいヨ。みんなからそう呼ばれているかラ」
「あ、じゃあロー公さん、聞いてもいいですか?」
本人の許しが出たのに、わざわざ『さん付け』したのは、これから村に連行されるだろうし、そのとき「ロー公」などと口にでもしたら周囲の目が恐いので遠慮します。
現役殺人鬼集団のなかに爆弾担いで入っていけませんし。
「ンン? ん~? ん~? ……ウン。何? トーダ」
「さっき【死霊の槍】を使って傷の治療をしていたみたいだったけど、まだどこか怪我したところがあるの?」
「ウン! だっテ、いつも【死霊の槍】と死体の【魄】は半分こずつなんだもン。こんなちょっとじャ、全快なんてしないヨ」
「ああ、そうなんだ」
そう言ってお腹をまくって傷を見せてくれる。見事な腹筋だが、傷口はまだ塞がりかけていない包帯の必要な状態だった。
どうやら【死霊の槍】を通して【魄】を吸い上げてHPを回復する場合、『
「もうひとつ聞いてもいいですか?」
「きゃー、何でも聞いていいヨ、トーダ」
「【魄】汲み上げ中に死体の『記憶』を追体験するようなことはないですか?」
「無いヨ! フツーだヨ!」
なるほど。あれは俺のオリジナルらしい。直接右手で触れるからかな?
「ありがとうございます。……お礼と言っては何ですが、俺が代わりに治療してあげます。ちょっとだけ痛いですけど、我慢してもらっていいですか?」
「……? ウン! ボクの鞄の中にね、新しい包帯が入ってるヨ」
「必要ないです。俺もネクロマンサーなので、【魄】を“転用”して傷の治療に当てます。じゃあ、行きますよ」
「? ウン!」
俺は“転用”を開始する。掛かる【魄】は8%。残りの【魄】は256%だ。
体内を熱い痺れのようなものが通過し、ロー公に注がれていく。途中、ロー公の体がビクリと震えたが、暴れるようなことはなかった。“転用”はうまくいったようだ。
「どうですか? 回復しましたか?」
お医者さんっぽく聞いてみる。ロー公は目をぱちくりさせると、
「べfwげfw;:gmfどshbvfsgbvfmてるりきもふじっこ!!」
「……ロー公さん、お国言葉が出てますよ」
先人に習って
「回復しましター! すごいヨ! ねえねえ、どうやったノ?」
「ええと。【魄】を“転用”したエネルギーっぽいのを左手から相手に注入? それで回復? みたいな?」
「すごいヨー、トーダ、すごいヨー。ボク、ソンケーしちゃウ!」
「あはは。……じゃあ、俺のことこのまま見逃してくれたりしません?」
期待を込めておねだりポーズ。うふ~ん。
「お頭のところ、早く行こウ! お頭に、トーダのこと早く紹介したいヨ!」
「ですよねー」
はしゃぐロー公に、俺は密かにため息を吐いた。世の中そんなに甘くはないか。
お頭ってあの、ロシアンルーレットとかほざいた冷酷な『選出者』のことでしょ?
いくら美人でも、会いたくないなぁ。
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