第38話 そしてひとりぼっち

 ――うっすらと目を開くと、アドニスがわしの傷口の治療をしていた。

 ――脇腹を針と糸とでチクチクと雑巾を縫うように傷を塞いでいる。

 ――「気がつきましたか?」「……ああ。なんとか生きてる。……ホークはどうした?」「残念ながら、殺されました」

 ――ああ。そうか。二人とも死んだのか。わしは手で顔を覆った。鋭い痛みが走り、見ると、小指が千切れかけ、血止めに針金が巻かれていた。

 ――「盗賊どもはどうなった?」「ホーク氏のおかげで、全員仕留めました」「そうか。偉かったな……」「…………」

 ――アドニスは何も言わず、次にわしの小指の治療に取りかかった。千切れかけの指を消毒したナイフで切り落とし、切断面に『血止め薬』そして『薬草』を塗り包帯でぐるぐるまきして、上から『無菌袋』を被せた。

 ――「手際がいいな、アドニス」「冒険者時代、自分のパーティは【治癒士】には恵まれませんでしたので、自然に覚えました。荒治療ですみません」アドニスはわしに肩を貸すと歩き始めた。

 ――「これからどうするつもりだ? ……あの、トーダとか言う――」シッと、アドニスは人差し指を立てた。「もう一人、すぐ近くにいます。これからのことは、それが終わってからでも構いませんか?」

 ――アドニスはわしを大樹の陰に座らせると、腰の道具箱のベルトを外した。

 ――「もしもの時は、ここを開けて『雷鳴鳥』を放ってください」

 ――「今、放ったらどうだ……?」

 ――「……残念ですが、『雷鳴鳥』が町に届くと同時に、崖と面する【地点48】を爆破して、30メートルに渡って崖崩れを起こし道を分断する計画が実行されます。そうなれば帰還するのは困難になるでしょう。放つ、放たないの判断のタイミングはお任せします」

 ――「アドニス……」

 ――「必ず勝ちます。まずは、馬……、そしてトーダに声をかけて、一緒に帰りましょう」そう言って、アドニスは微笑むと、わしに背を向けた。

 ――そして、空井戸の前まで歩くと、すらり、と剣を抜いた。鞘を捨て、アドニスは両手で剣を構えた。刀身が淡く光を放ち出す。

 ――アドニスの正面の草むらから、槍を持った男がひとり現れた。その男は髪の毛が一本も生えておらず、代わりに頭部どころか顔面にすら歪な入れ墨が入っていた。

 ――入れ墨男もつ槍は、柄から穂先まですべてが黒く、長さは二間3.6mほど……凹凸などは一切ないところから、わしには『黒い棘』のように見えた。

 ――「どうしてこの場所がわかった?」剣を構えたままアドニスが口を開いた。入れ墨男は答えず、槍を右手に持ったままゆっくりとアドニスの周りを回る。

 ――と、ドス、と入れ墨男の黒槍が屍となった大男の心臓を貫いた。あっけにとられるアドニスをよそに、ドスドス、と次々に死体の心臓を黒い槍で貫いていく。

 ――4体目の死体から槍を引き抜く、その一瞬の力の流れを読み、アドニスが一足飛びで斬りかかる。入れ墨男はそれに反応し、黒い槍でその剣戟を受け流す。だが、アドニスは攻撃の手を緩めず二撃、三撃と踏み込み、徐々に加速し始める。アドニスの剣が風を切り始め、入れ墨男の体に傷を作り始めていた。

 ――アドニスの【両手斬り】を黒い槍で受けるが、その威力を流しきれず、入れ墨男は木に叩き付けられた。頭部をしたたかにぶつけ、白目を剥く。アドニスは追撃しようと滑るように駆け寄って行く。

 ――押し込める。そう思った矢先、入れ墨男は突如頬と喉をカエルのように膨らませ、真っ黒な霧を吐いた。アドニスは咄嗟に前転で躱すが、そこに黒い槍の追撃がアドニスの心臓めがけて突き出された。

 ――その、避けようのない一撃を、アドニスは左腕の『盾』で防いだ。

 ――いつの間に装備したのだろうと、わしは目を疑ったが、よく見るとアドニスの左手にある、それは『盾』ではなかった。“『盾』にした盗賊の死体”だった。

 ――両足と左腕のない小男の死体に、黒い槍は突き刺さっていた。入れ墨男の舌打ちが聞こえた。飛びすさると同時に黒い槍が死体から引き抜かれる。アドニスは掴んでいた死体を左手一本で持ち上げると後ろに放り投げた。

 ――剣士は『盾』のスキルを持つと言うが、よもや死体すら『盾』として扱えるとは思わなかった。わしは小指の痛みすら忘れ、両の拳を握りしめていた。

 ――アドニスは剣を構え直すと、ゆっくりと入れ墨男に近づいていく。淡い光を放つ刀身が呼吸に合わせて揺れ、まるで剣自身が入れ墨男の命を欲しているかのように見えた。

 ――ゆっくりと、だが確実に詰め寄っていたアドニスの歩みが止まる。入れ墨男が右手を掲げ、指にはめていた指輪が紫色の光を灯したからだ。

 ――表情に警戒感をあらわにしたアドニスが低い声で呟く。「ネクロマンサーか」

 ――入れ墨男がにぃぃと唇を横に引き、笑みを作った。


 ――「【死霊の槍】に貫かれし心臓よ。死霊の宿りし心臓よ。我が呼び声に応え、立ち上がれ!」


 ――「ごぉぉぉぉぉ!!!」黒い槍で刺し貫かれていた盗賊の死体が、咆吼とも産声とも呼べない音を口から放った。

 ――わしは我が目を疑った。いや、実際、町での惨劇は目にしていたのだ。グールが町を闊歩し、人に襲いかかる姿を目にしてきた。弓をとり矢をとり、盗賊やグールをこの手で射ってきた。

 ――それでも信じられなかった。

 ――腹部から内臓をはみ出させながら立ち上がろうとする大男。わしの矢を右胸に受けくたばったはずの男。ホークに斬られ左足がほとんど千切れかかっている男、首元を縦に切られ歩くたびぐらぐらしている男。それぞれがそれぞれ、自分の武器を手に取り、立ち上がろうとする。

 ――そして、先ほどアドニスが放り投げた小男がぎょろりと目を開けた。

 ――わしは戦慄し、腰元にある短刀に手をやるが、木の根に引っかかり、身を捩ろうとしてもどうしても力が入らず、抜けないでいた。


――「ネクロマンサぁぁー!」アドニスが再度叫ぶ。入れ墨男はうれしそうに頷くと、「【死霊の槍】に貫かれし心臓よ。死霊の宿りし心臓よ。我が呼び声に応え、生者を喰らえ!」入れ墨の男が高らかに開戦を告げた。

 ――目の前のグールが左手一本で身を起こすと、爪を立て地面を抉るようにこちらに向かってきた。わしは身を捩り、その回転を使って腰のナイフを抜いた。その際、腹部と小指が激痛を訴えたが、奥歯をかみしめて耐えた。

 ――振り返りざま、最後の力を振り絞り、目の前に迫ったグールの側頭部にナイフを叩き込んだ。グールは最期のあがきとばかりに左手の爪でわしを引っかき回すが、そのままナイフを抉ると、グールは動かなくなった。

 ――わしは出血のせいか、意識を朦朧としてきて、そのまま意識を失いかけそうになるが、なにかアドニスの手助けが出来ればと、思いを巡らせる。しかし、だんだんと視界が暗く、重くなってきた。わしは、少しだけほんの少しだけと思い、横になった。

 ――アドニスは戦っていた。相手は3人のグールだった。奮闘している。確か4人だと思っていたが、すでにもう一人は倒したようだった。

 ――がんばれ。小さくそう呟いてみる。


 ――頑張れ。もう少しだ。しっかりしろよ、ゼペット! ホーク、手を伸ばせ!

 ――空井戸から一番に抜け出たわしが、二人に声援を送った。

 ――まず、ホークが手を伸ばし、わしの手を握った。わしは渾身の力を振り絞り、引き上げた。勢い余って地面に転がるが、見上げた空の青さが笑いを誘った。

 ――すぐにゼペットに呼びかける。「頑張れ。後はおまえだけだぞ! 早く登ってこいよ!」「そうだぞ。所々にクサビがあるだろ? それを使うんだ」

 ――「もうやだ。僕には無理だよ。もうお家帰る」そう言ってゼペットが横穴に引っ込んだ。昔のゼペットは気弱で意気地がなかったんだっけか。

 ――わしらは空井戸の上から声をかけ続けた。頑張れ頑張れ、ゼペット頑張れ!

 ――30分ほど続けたかなぁ。横穴からゼペットがのそりと這い出してきた。「うるさくて耳が痛くなる」とかなんとかぶつぶつ言って、クサビを使って登り始めた。

 ――わしらは「次は左手のクサビを離して次のクサビを掴むんだ」とか「違う違う、次は右足。体を持ち上げてからだっての」など上からワイワイ勝手なことを言うものだから、最後に「うるさいぞ、おまえら!」とゼペットに一括されてしまうんだ。

 ――そうして、どうにか手が届きそうになり、わしがゼペットに手を伸ばした。ゼペットも手を伸ばす――が、ずるり、とゼペットの足が滑った。

 ――ゼペットの表情が絶望に変わるのを見た。わしは血の気が引くのを感じた。

 ――だが、落ちたりはしなかった。ホークが空井戸の縁を掴むと、身を乗り出してゼペットの手を掴んだのだ。わしは身を起こすと、すぐにホークを後ろから支えた。そうして、どうにかゼペットも空井戸の外に引っ張り上げることが出来た。

 ――うれしかったなぁ。

 ――あのあと、空井戸に三人して頭をつけて、青い空を見上げながら色んな話をしたんだっけ。

 ――王都に行ったら学校に通えるんだぜ。色んな町から子供が集まってくるんだ。そこでは親も家柄も何もない。俺みたいな孤児だって条件はみんなと一緒だ。

 ――ホークは、【魔物使い】のジョブに就きたいって言った。わしはホークが牛や馬の世話がうまいのを知っていて「それいいな」と言った。

 ――僕は【シーフ】がいいな。僕は体が小さいからさ、それを活かせるようなジョブっていったら、【シーフ】しかないと思うんだ。僕、兄貴に壊されたおもちゃ、何度も直したことがあるし、これでも指先は器用な方なんだ。

 ――「きっとなれるさ」今度はホークが言った。ゼペットは器用だし、頭もいい。三つ上の兄貴にいつも頭を押さえられているから小っちゃいんだって言っているけど、ホントは勇気もある。今回だって逃げ出さずに登ってこれたんだし。きっとなれるとわしも言った。ゼペットは「そうかな」と照れたようだった。

 ――最後にわしだった。わしは【弓術士】でいいと言った。ふたりは「それがいい」と同意してくれた。わしの祖父が【弓術士】でわしも小さい頃からそうなるように修行を受けていたからだ。ふたりが引けない弓弦を引けたのは、きっとそうなるべくして生まれたのだろうとわしはそう思っていた。きっと他の何にもなれない。【弓術士】にしかなれないと、わしは子供心にあきらめていた。

 ――そして、王都での検査の結果、わしだけに【弓術士】適性があり、ふたりとは違う学校に通うことになった。

 ――あとは耄碌もうろくするまで冒険者をやり、腰が曲がるまで3人で兵士をやった。

 ――そして、今ふたりは殉死した。

 ――あの思い出の『抜け道』の前で。……ふと、ゼペットの言葉が甦る。


 ――永遠みたいに長かったな。あの長さに比べたら人生は短いもんだとは思わないか? そうだろ。だが、わしらは行きと帰り、二度もあの抜け道を渡ったんだ。えらいものだ。


 ――ああ。そうだな。本当にそうだ。

 ――わしもそろそろそっちに行くよ。ホーク、ゼペット。今度はおまえ達がわしを引っ張り上げてくれよな。

 ――ああ。眠い。眠い。悪いがアドニス、あとは頼む――



 俺はヘルゲルさんの頭から手を離した。

 しばらくして、その頭部が崩れ始めた。ぐずぐずに溶けて、地面に染みこんで行ってしまう。

 俺は手を合わせて見送ると、ゆっくりと立ち上がった。

 情報のいくつかが繋がり、またいくつかの疑問が残った。


「入れ墨男はネクロマンサー」


 ネクロマンサー、と口にして、そっちが本家なのだと理解する。

 俺のように死体から【魄】を吸い取ったり、それを【転用】したりするのは本家【ネクロマンサー】からしてみればどうなのだろうか。邪道と言われるかも知れない。

 でもたぶん、これが『無属性』絡みの“変化”なのだと思う。

 本来なら、その入れ墨男のような“死体を操る能力”がネクロマンサーの基本なのだと思う。


「結局アドニスの所在は不明、か」


 ……ヘルゲルさんが『こだわり派』のグールに変わったこともあるし、なによりアドニスが敵に背を向けて逃げ出すというのも考えにくい。

 …………。ひょっとすると、ヘルゲルさんみたいな『こだわり派』のグールになってそこら辺うろうろしているのかも知れない。

 逃げねば。

 俺はヘルゲルさんの道具袋と上下の服一式を持つと――おっと、指輪を忘れずにだな。

 【兵士の指輪】と【弓術士の指輪】を腰の道具袋にしまう。これで道具袋には4つの指輪が入ってるわけだ。


「今思い出したけど、空井戸から出たとき周りに盗賊の死体とか一切無かったよな?」


 大量の血痕こそ残っていたものの、死体は1体も落ちていなかった。切断された手首や足すらもだ。運び出されたのか、それとも……?

 ああ、ホークさんの死体だけが空井戸に放り込まれていたのだ。もしも、【魔物使い】がいて死体を食わせたのだとしたら、ホークさんの死体が井戸に落とされるわけがない。

 だとすると、仲間を弔う『葬儀』みたいな慣習が盗賊のなかにもあるのだろうか……?

 ともあれ、早く道に出ないと……。

 俺は立ち上がると、『魅毒花』を踏みしめながら『雷鳴鳥』の飛んでいった方角を目指した。


 『雷鳴鳥』を飛ばしたことで“道”までの戻り道がわかったものの、これで『全滅しちゃいました。てへぺろ。道を爆破封鎖してください』ってのが伝わったわけだ。

 てっきり、南門封鎖だけだと思ったら、道の爆破封鎖かよ。


「どうしようか。帰りたいけど帰れない。戻りたいのに戻れない」


 呟いてみるが、『平常心スキル』が働いているおかげで、別段落ち込みはない。

結局、“一番最初の状態”に戻っただけだ。

 いや、むしろ『風のナイフ』や『道具一式』を所持しているし、【魄】も……おお、ヘルゲルさん凄い! “281%”まで貯まっている。さすが【弓術士】! ファーストジョブ持ち!

 で、まあ、昨日よりもマシな状態だ。とりあえず、道まで戻って……そこからまた考えよう。

 盗賊どもが帰りしなに“村に火を放つ”みたいな暴挙がなければ、そのまま村に住んでもいいかもしれない。……うん。いいかもしれない。じゃあ目的地は最後に休憩したあの沢辺りがいいだろう。水もあるし、『野営スキル』を使えば、2~3日くらいなんとかなるかも知れない。

 俺は計画を決めると、俯いていた顔を上げ、元気に歩き出した。


 ――と、目の前の茂みが動き、ネグレクトヒヒが2匹現れた。

 あっ、と思ったが、右手を伸ばせば届くような距離なのでさすがに観念した。

 不細工なギョロ目顔が近づき、「すんすん、ふがふが、すんすん――」と俺の臭いをかぎ始めた。俺は一歩後ろに下がったが、今度はもう1匹が顔を近づけ、すんすんと臭いをかぎ回る。俺の股間にも鼻を近づけてくるのでちょっと身を捩ると、それに合わせてネグレクトヒヒも引いた。そして今度は肛門の方に鼻を寄せてくる。

 改めて間近でネグレクトヒヒを見るが、やはりでかい。2匹とも体は俺よりもずっと大きく、太く、手のひらなんか、俺の頭を握り潰せるほどでかい。

 そんなに2匹に囲まれて、すんすん臭いをかがれるのだ。まるで生きた心地がしない。

 だが、ネグレクトヒヒは俺に襲いかかろうとはせず、2匹とも俺に背を向けると、四つ足でのっしのっしとどこかに行ってしまった。


「……なんだってんだよ、もう」


 へなへなとその場にへたり込んでしまう。

 本当になんだったのか。


 とりあえず、他にすることもないのでいい加減歩き始めることにした。

 日は確実に傾き、森の中もだいぶ薄暗くなってきていた。ここからでは日の入りは見えないだろうが、昨日と同じ時間に暗くなるのだとすると、日没まであと1時間も無いだろう。

 悶々とした気分で歩き続けるのもあれなので、立ち止まり、意を決して自分の臭いをかいでみる。


「汗臭い。加齢臭。あと、青臭い」


 ちょっとだけ花の香りとかがした気がするが、基本的に草むらを転げただけなので青臭さが際立って臭った。

 やはりというか、死臭ってのは特に感じなかった。アンモニア臭さは汗臭さで相殺……というか、考えたくない。早くお風呂入りたい……。

 明日になったらフルチンになって沢で体洗おう。そう決意して歩き出そうとした、その瞬間――俺の左足に激痛が走った。


「あぐぅっっ!!! がぁぁぁ!!!」


 刺し貫かれるようなもの凄い痛みに俺は地面に手をつき倒れかかるが、その足を何かに縫い止められたかのように引っ張られたまま、動かせなかった。

 歯を食いしばりながら、痛みの元を見ると、案の定、一本の矢が太ももに刺さっていた。俺はすぐに抜こうとその矢に触れるが、矢はすでに貫通していてくさびの部分が木の幹に深々と突き刺さっていた。

 俺は矢を抜くのは不可能だと悟り、風のナイフを抜くと、矢羽根の部分を切断した。そして体重を後ろにかけ矢を引き抜いた。骨が擦れる音が脳髄を刺激した。

 あまりの激痛に声も出ず、意識が吹き飛びそうになるが、俺は冷静に左手を傷口に当てた。


『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』


 俺は剥がれ行く意識を繋ぎ止めながら『はい』を選んだ。


『負傷以前の状態まで戻すのに 8% の【魄】が必要です。実行しますか? 281/8 はい/いいえ』


 『はい』を選んですぐ後悔した。もう一度、同じ足の同じ部分に激痛が起こった。

思わず、手にしている風のナイフで自害を考えかけたほどだった。

 痛みは瞬時に引いたが、涙はすぐには止まりそうにもなかった。

 ガサガサと茂みが動き、盗賊が顔を出した。歯の抜けた意地悪そうな顔がニヤリと笑った。


「パーイク! ロー! 見つけたぞ! 奴らの仲間だ」


 そう大声で後ろの仲間に呼びかける。

 一難去ってまた一難というのはまさにこのことだろう。ああ、あの横穴でジッとしていれば良かった。今更後悔しても始まらない。

 俺は盗賊に胸ぐらを掴まれて立たされると、ぶん殴られた。衝撃に頭蓋骨が揺れ、今度は左の頬を殴られた。

 ――右の頬を殴られたら、左の頬を差し出しなさい、だっけか。これってなんだっけ。無抵抗主義のガンジーさんだっけ? でもガンジーさんて確か……。

 木に叩き付けられ、そのまま膝蹴りを食らう。盗賊は笑いながら回し蹴りを放ってきた。だが、俺の膝が意思とは関係なく折れ曲がったので、その一撃は食らわずに済んだ。

 ぐばっと、血の付いた胃液を吐きだした。さすがに液体だけだった。

 髪を掴まれ上を向かされた。


「避けんなって。おまえ1人のせいで、俺たちどれだけ探し回ったと思ってるんだ、ああ?」


 知らんがな。目で送ったテレパシーが通じたのか、顔面に肘を喰らった。鼻血が吹き出す。

 だが、盗賊はそんなことお構いなく俺を立たせると、肩、腹、頬、脇腹を両手で殴り続けた。俺は肉のカーテンでガードするが、耳の後ろを打たれ、キーンとして力が抜けた。

 サンドバックの気持ちがわかった。これからはサンドバッグに優しくしよう。再度前のめりに倒れた。


「ルーザー、殺すなよ。たぶんそいつが最後のひとりだ。お頭が情報を引き出したがっている」

「ああ? ……ああ、わかったよ。それにしても痛ってーな。久しぶりに拳を使っちまったせいか、真っ赤に腫れちまったぜ。ゼゼロみたいにはいかねぇな。ああ痛てぇ、どうしてくれるんだよっっと!」


 ドカッ! 右の脇腹を蹴り上げられた。肺が収縮し、痛みに耐える。……痛い。痛い。あばらの骨が折れたようだ。


「ルーザー! 蹴るな! 俺たちにこいつを担がせる気か!」

「なんだよ、オメーこそこいつの脚を射ったくせによ。出血多量で連れてくまでに死ぬんじゃねーの?」


 俺は痛みに耐えかね、再び【転用】を使った。そして痛みの“再現”。

 痛みに頭がおかしくなりそうだ。


「おら、動くなっての」


 咳き込む俺の顔をルーザーがぐりぐりと踏みつけてくる。

 怪我をするたび治せるのはいいが、これでは埒があかない。いや、こいつらに見つかった時点で俺の命運は尽きたということか。

 為すがままぐりぐりされていると、聞いたことのある“声”がやってきた。


「みんな~、喧嘩は駄目だヨ。お頭のところにならボクが背負って連れて行くヨ。だから仲良くネ」


 意気揚々とやってきたのは、なんとあのスキンヘッドの入れ墨男だった。

 入れ墨男はヘルゲルさんの【瀕死体験】とは違ってニコニコして、口調がまるで明るい在日外国人だった。

 黒い槍を手に大げさにぶんぶんと手を振ってみせる。


「んじゃよ、ロー公。ちゃっちゃとこいつ連れてけよ。しっかし、痛ってーな。こりゃ両方の拳、イっちまったか?」

「ロー、そいつ右手に指輪してるぞ。死にかけだろうが、一応用心しとけよ」

「大丈夫だヨ。ボク強いから」

「あーあー、確かにおまえは強いよ。じゃ、ひとりで運べるな」

「ウン!」


 そんな会話がなされている隙に、俺は【鑑識】を使って3人のジョブを調べていた。


 ・ルーザー・ゼゼムス <男・35歳>

 ・【ジョブ】 盗賊 Lv13

 ・人族


 ・パイク・セシルヴァ <男・37歳>

 ・【ジョブ】 盗賊 Lv15

 ・人族


 ・ロー・ランタン <男・22歳>

 ・【ジョブ】 ネクロマンサー Lv14

 ・ネクロマンド族


 …………。

 ネクロマンド族……? 人族ではないのか?

 まあ、よく見えれば入れ墨以外の肌はなんか青白いし……。毛髪どころか眉毛ないし。耳が尖ってるしピアスしてるし……。目は……意外とまともな、黒だ。名前はロー……ロー公。

 まじまじと見る俺の視線に気づいたのか、ロー公は俺に顔を向けると人なつっこそうな笑顔を向けた。いかにも見た目……というか全体的にヤンキー、ヤクザ通り越して、外国の“イっちまった若者”なんだが、笑うとなんだか愛嬌もある。

 俺も釣られてぎこちない笑みを返した。


「こいつムカつくから、【クグツ】にして運んじゃオ。」


 ロー公の眼が笑顔のまま、薄く開かれる。赤黒いナニカが瞳の奥にうごめいていた。

 俺は戦慄するが、ロー公は笑顔を絶やさず、無造作に槍を持ち上げた。

 ――殺される……っ。

 覚悟を決め、目を閉じたが…………一向に槍は俺の心臓を貫いてこなかった。

 ふと、何かひんやりとしたものが右手に触れた。目を開くと、ロー公は屈み込み、まじまじと俺の右手の――【ネクロマンサーの指輪】を見つめていた。

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