第40話 先輩


「あ、ちょっと待ってください。パイクさんとルーザーさんの“お葬式”しなくてもいいんですか?」


 意気揚々と出発しようとするロー公に『待った』をかけて、俺は死体を指さした。


「だっテ、ルーザーもパイクもボクのこと殺そうとするんだもン。もうボク、プンプンだヨ」


 腰に手を当てたまま頬を膨らますロー公。ご立腹の様子だった。


「じゃあ、代わりに俺が“お葬式”しておきますね」


そう言い置いてルーザーの死体に近づくと、膝をつき、手を合わせた。

 胸中、「地獄に落とされますように」と祈っておく。ロー公の視線を感じながら、俺はルーザーの頭に手を置いた。

 ――が、『瀕死体験』は起こらなかった。確かにわずかだが【魄】の汲み上げが始まったような気配があったのだが。

 首をひねっていると、ルーザーの死体が崩れ始めた。ぐずぐずになって下にいたパイクがドロドロまみれになるが、やがてそれも見えなくなった。


「んcfshんhfう゛ぃえwvjhdfskjbvdfj!!!」


 ギャラリーに構うと面倒くさそうなので無視して、「【鑑識オン――俺】」調べてみることにする。

 【魄】は257%だった。たった1%の上昇だった。おそらくはロー公がすでに【死霊の槍】でルーザーの【魄】をほとんど吸い取ってしまったからだろう。そのため『瀕死体験』も始まらなかったのだろうか。

 そして1%でも【魄】が残っていると死体が崩れたりはしない訳か……。なんか奥が深いな。

 続いてパイクに取りかかるが、やはり結果は同じだった。1%しか【魄】が得られず、死体が崩れてしまい地面に吸い込まれていった。


「お待たせしました。行きましょうか」

「わ~ぉ! トーダ、今のナニ? 死体が溶けたヨ!」


 振り返るといきなり目をキラキラさせたロー公に抱きつかれた。

 くそぉ。なぜロー公は女ではないのだ。こんな細マッチョな身体に抱きつかれても嬉しくもなんともない。


「ぐぇっ、ぐ、苦しい……」

「あ、ごめんごめン」


 ロー公は俺から身を離すが、触れた皮膚の部分はしっかり『毒』状態になっていた。こいつは学習能力は無いのか。まあいいか。耐性あるみたいだし、放っとこう。


「俺は死体から【魄】を吸い上げて、怪我の回復に“転用”することが出来るんですよ。それで【魄】を吸い上げた死体は溶けて無くなるんです。一応、『浄化葬』って呼んでますけど」


 俺は自分の【ネクロマンサー】のスキルについて説明した。

 なぜ話したかというと、『こいつ、利用価値がある』と思わせることが目的だった。今から極悪人の巣窟に連れて行かれるのだ。アドニスに言われたように、俺には到底拷問には耐えられないし、全部白状してしまうだろう。そして利用価値がなくなれば殺される。敵対する間柄ではよくあることだ。とくに映画ではそうだ。

 今までのリサーチで、盗賊どもには【治癒士】がいないと言える。パイクは、始めルーザーに「村に行けば治癒薬がある」と話していた。【治癒士】がいればその人の名前を挙げるはずだ。……おそらくだが、ロー公は【死霊の槍】をもってしても自分の怪我しか回復できないだろう。なら、『回復役』は重宝されるはずだ。あっさり殺されたりはしないだろうと思う。アドニスは“命を守る行動をとれ”と言った。俺は泥を啜っても生きるつもりだ。

 まあ、『瀕死体験』のことは黙っておくか。バルバ隊長みたいに政治利用とかに使われるのもいやだし、奥の手は隠しておきたい。


「ボクはネ! ボクはネ! じゃじゃ~ん! これな~んダ、実は【死霊の槍】でしター!」

「へ~そう、ふんふん。すごいね、ふんふん」


 【死霊の槍】を掲げ、セルフノリツッコミするロー公に、半眼と乾いた拍手を送った。あと、適当な相づちをうっておく。精神的な消耗戦になりそうだと覚悟を決める。

 てくてくと歩き出した。


「ボクは【ネクロマンサー】だけど、お父ちゃんが言うには『ロー、おまえには【槍術士】の才能もある。【ネクロマンサー】はお姉ちゃんとお兄ちゃんに任せて、おまえは【槍術士】になってもいいぞ』だっテ。でもボクだけ家族と違うのはいやだったかラ、だからボク両方修行したノ。それでネ、おじいちゃんのおじいちゃんが昔使っていた【死霊の槍】をボクにくれたんダ! お姉ちゃんもお兄ちゃんも、すっごくうらやましがっていタ、テシシシシシシッ」

「へ~そう、ふんふん。すごいね、ふんふん」


 ロー公は右手に【ネクロマンサーの指輪】だけをはめている。

 素質があるのならセカンドジョブとして【槍術士の指輪】をはめることは出来ないんだろうか。出来ないんだろうな。出来てたらみんなやってるか。

 あとロー公は末っ子キャラっぽい。家族と仲が良さげに思えるけど、子供の顔面に入れ墨彫るような家庭がまともとか思えない。


「この【死霊の槍】はネ、死体から【魄】を吸い取ってそれで怪我を治したリ、ボクの【魔力】を汲み上げて、死体の心臓に送り込むと【クグツ】が作れたりするんだヨー!」

「……【死霊の粉】はどうやって作るの?」

「【死霊の粉】はネ、ネクロマンド族以外には本当は誰にも教えちゃいけないんだけド、トーダにだけ特別に教えてあげるネ。うれしイ?」

「チョーウレシイ」


 無料で教えてくれそうだし、知らないよりも知っていた方がいいか。ネクロマンド族の秘術とやらを識るのも一興。

 ロー公はきょろきょろと辺りを見回して誰もいないことを確かめると、小声になって、


「あのネ。【死霊の槍】で【クグツ】にした死体にネ、もう一度【死霊の槍】で心臓を刺すでショ。そして【魄】を全部吸い取っちゃうと、心臓がカラカラに乾いちゃって、それが【死霊の粉】になるんだヨ」


 わー、作り方が普通にキモイ。

 以上、死体ひとつで出来る【死霊の粉】の創作レシピでした。って、それは【死霊の槍】がなきゃ作れないんじゃん。意味ねー。


「……わー。作り方を教えてくれてありがとー」

「テシシシシシシッ」


 ロー公は上機嫌だ。……まあ、なんだかんだでロー公のおかげでルーザーに殺されなかったわけだし、一応感謝しておかないとな。

 ――たとえ、


「もうひとつ聞きたいんだけど、ロー公さん、答えてもらってもいいですか?」

「ウン! なんでも聞いていいヨ!」

「俺たち侵入者のなかで、若い【剣士】がいたんだけど、どうなったか知ってるかな?」

「殺しちゃっタ」


 アドニスを殺したかたきであっても。


「――ロー公さん、は本当に強いなぁ……。あの人もね、とても強い人だったんだよ」

「ウン! 強かったヨ。ボクだけじゃとても敵わなかったけど、お頭がやってきてネ、『バン!』って後ろから撃ってくれたんダ。それで膝をついたところにボクがグサ――」

「やめろ!!」


 感情が爆発して、思わず大きな声を出してしまった。

 握りしめていた拳がとても白くなっていて、力を抜くと、怒りの感情に堰き止められていた血液がドッと流れ込むのを感じた。


「ど、どうしたの急ニ、ボク、なにか変なこと言ったかナァ……」


 突然の大声に戸惑い、おろおろと、こちらの気を伺うような仕草を見せるロー公に、俺は苛立ちすら覚えた。


「【鑑識オン――俺】」


 あらゆる感情をこの場でぶちまけたい欲求を抑えるため、俺は切れていた『平常心スキル』をオンにした。その他を全部オンにする。

 奥歯を噛んで目を閉じて、アドニスの冥福を祈る。

 涙はこぼれなかった。いや、零せなかった。

 わずかに『平常心スキル』の方が早かったらしい。せり上がってきた嗚咽も、激情も、なにもかも一瞬で消え失せていた。

 心配そうに見つめてくるロー公の顔を見ても、なんとも思わなかった。

 俺はロー公の足下を指さした。


「……ほら、『魅毒花』が咲いている。足下に気をつけないと……危ないよ」


 偶然咲いていた『魅毒花』にすべての罪をなすりつける。


「あ、本当ダ! でも、ボクは平気だヨ! ほら、さっきトーダに抱きついた時に受けた『毒』も消えちゃっタ!」


 ニコニコな笑顔で両手のひらを見せてくるロー公。

 俺に強さがあれば、『風のナイフ』でその両手を切り落とせるだろうに。


「……『魅毒花』の恐いところは、“二次被害”にあるんだよ。よく見て、葉っぱの先に『水泡』がたくさんくっつているでしょ? これが服とか裾とか靴とかに付着して、それをロー公さんの仲間が触ったら、その人が『毒』を受けることになる。みんなの迷惑になるかも知れないから、触れないでおくのがいいと思うよ」

「ウン! トーダが言うならそうすル! ……でもトーダ、ひとつだけ勘違いしてるヨ」

「え? 勘違い?」


 何だろうと、俺は小首をかしげた。


「ボクの“仲間”は、部族のみんなと【ネクロマンサー】だけだヨ。あとはただの『同僚』だから“仲間”とは違うヨ。全然だヨ」

「……じゃあ、お頭は?」

「お頭はお頭だヨ! ボクはお頭のお父ちゃんのお父ちゃんに買われたんダ。だから、ボクの役目はちゃんと言うことを聞いテ、お頭を守ることなんだっテ」


 ふと、会話のなかに不思議な言葉が入り込んでいたのが気に掛かった。


「買われたって……? 家族は?」

「お兄ちゃんがネクロマンド族の“長”になるのにお金が足りないからっテ、お父ちゃんに売られちゃっタ。テシシシシシシッ。金貨200枚だっテ!」


 コイツ、なにがそんなにおかしいのだろう?


「ロー公は、故郷に帰りたくないの?」

「たまに帰れるヨ! お姉ちゃん、この間子供が生まれてたヨ! 二人目だけド、最初の子は【ネクロマンサー】の適性がなかったかラ、売ったんだっテ! テシシシシシシッ。ネクロマンド族は絶対何かの【ジョブ適正】があるんだっテ。だから高く売れるんだっテ。

 でも、今度の子は【ネクロマンサー】の適性があったって大喜びしてたヨ! お姉ちゃん、嬉しそうだっタ!」


 狂ってる。


「……そう。良かったね」

「ウン! 今度帰れるのはお兄ちゃんの結婚式の時だヨ! テシシシシシシッ。でも、お兄ちゃん、奥手だからナ~。ボク、ちょっとだけ心配だヨ!」

「きっと大丈夫だと思うよ。そのお嫁さんはお兄ちゃんと同じ――集落、でいいのかな? に住んでいる人なの?」

「ううン。半年に一度、奴隷商人が男の子か女の子を売りに来るノ。お父ちゃんは『血が濃くなり過ぎない方がいいから』って言ってタ。実はボクもその奴隷商人に売ってもらったんだヨ! 奴隷の子供は金貨35枚だけド、エッヘン、ボクは金貨200枚だゾ!」


 狂ってる。


「そっか。ロー公さんはそうやって生きてきたんだ。……えらいね」

「エヘヘ。トーダ、褒めて褒めて」

「……よしよし」


 俺はロー公の頭を右手でなでてやった。ロー公は気持ちよさそうに目を細めていた。

 善悪って何だろう。

 少なくとも、この世界じゃ俺の納得する答えが見つかるとは思えなかった。


 その後しばらく歩くと、ようやく道に戻ることが出来た。


「ロー公さん、俺の今着ている服、『魅毒花』の毒とか水泡とかいっぱい付いているから、ここで着替えてもいいかな? 村に入った時、またルーザーみたいなことにならないためにもね」


 俺はヘルゲルさんの服を掲げて言った。たぶんサイズは同じくらいだろう。


「ウン! いいヨ!」


 OKが出たので着替えることにした。ヘルゲルさんのは服の胸の部分に穴が空いていたりするのだが、まあ気にしないでおこう。

 ちなみに、俺の脱いだ服は『水泡』が付いているので“裏返し”にして畳み、針金でぐるぐる巻きにした。ちょっとかさばるがこいつも腰に着けておこうと思う。

 着替え終わって立ち上がる。ちょっとごわつく生地だが、丈夫そうだし、思ってたよりも動きやすそうだった。


「ン~。トーダ。ボクからもひとつ聞いていイ?」


 珍しいこともあるものだと思い、俺は頷いた。


「その服の人族の死体、ボクが【クグツ】にしたんだけど、急にいなくなっちゃったんダ。トーダ、何か知ってル?」

「俺が殺した」


 仕返しとばかりに言ってやった。

 怒ると思いきや、ロー公は感心したような顔をした。


「やっぱりトーダはすごいネ! この【死霊の槍】で作った【クグツ】はちょっとやそっとじゃ壊れないんだヨ。【死霊の粉】みたいにただのグールじゃないんだかラ。ムムム。参りましター」


 降参のポーズをとるロー公。

 俺はロー公みたいな裏表のない奴は好きだが、盗賊は嫌いだ。盗賊にくみする奴も大嫌いだ。

 それにしても、ヘルゲルさんのあれが【クグツ】なのか。うーむ。


「いやいや、あの【クグツ】は強かったよ。何度も殺されそうになったけど、なんとか倒したって感じだったし。でも、あの【クグツ】って、木に登ってからじゃないと攻撃してこなかったんだけど、あれは何でなの?」


 あの“こだわり攻撃”のおかげで命拾いしたようなものだけど、【クグツ】ってのは全員あんな“強化グール”みたいな偏屈者になるんだろうか。


「【死霊の粉】で作った“グール”は簡単な命令しかこなせないけド、【死霊の槍】で作った【クグツ】はちょっとだけ言うことを聞いてくれるんだヨ」

「じゃあ、【クグツ】にはなんて命令を出していたの?」

「えーとネ。確か『上から見て、お頭と同僚たち以外の“侵入者”を見つけたら、飛び降りてって攻撃しろ』だったかナ? あんまり覚えてないヨー」

「いや、それであってると思うよ。ちゃんと木に登ってから飛び降りて攻撃してきてたから」

「そーなノ? あー良かっタ」


 適当だなぁ。

 しかし、【クグツ】も融通聞かないというか。応用できないというか。なんというか。

 ……ああ、だから“教育”か。たしか【ネクロマンサー】の基本スキルに“教育”って言うのがあったな。たぶん、【クグツ】を徹底的に“教育”することでまともな行動をとることが出来るようになるのだろう。

 辛抱強く、粘り強く、とにかく愛情を持って“教育”を――って、なんかやだな。


「トーダは? トーダは【クグツ】を作ったりしないの? 今度、戦わせて遊ぼうヨ」

「え、えーと。実は俺、まだ1体も【クグツ】を作ったことがないんだ」


 正直に言ってみる。本当のことなんだから仕方が無い。


「エー。トーダってそうなノー?! ちょっとゲンメツー!」


 ガーン。なぜかショックを受ける俺。幻滅ってなんか酷くない? あれあれ? ちょっとだけ2人の距離が開いたよ? 合コンで下ネタぶつけた時の女子の反応みたい。


「うっ。……そ、そう? なんかごめんね?」

「今時【クグツ】も作ったことのない【ネクロマンサー】なんてトーダくらいだヨー」

「す、すみません……」

「モー、しょうがないナー。じゃあ、ボクが今度【クグツ】の作り方を教えてあげるヨ!」

「おお、ロー公さん。ありがとう」

「ロー公先輩って呼んデ! 【クグツ】が作れないトーダは後輩なんだかラ!」

「ろ、ロー公先輩……」

「テシシシシシシッ!」


 わー。なんか再就職して年下の先輩が出来ちゃったみたいな?

 いや、俺は【クグツ】を作れないんじゃなくて作らないだけなんだって! だって、お目当ての“ジルキース”がサクッと死んでくれなかったのが悪い。

 高レベルだったし、実は狙っていたのだ。ベン戦の時なんて胸アツだったのに、やはりベンはベンだったか。


「あ、そーだ思い出しタ! トーダは侵入者の1人なんだよネ? お頭がネ、『侵入者は全部で6人。あと2人捜して連れてこい』って言てたんダ。アレ? さっきも言ったかナ? トーダはあと1人どこにいるか知ってる? ちゃんと答えてネ」


 ロー公は俺に訊ねてくる。果たしてこれは尋問なんだろうか。答えなければキレやすい若者に豹変してしまうのだろうか。この場合、残り1人はザイルさんなんだろうけど、そのことについてはあまり教えたくないんだよな。

 とすると、ネクロマンサーらしく、“死人”に役に立ってもらいますか。


「……途中で別れたよ。というか、町を出てすぐに逃げ出したみたいなんだ。彼は傭兵で兵士でもなかったし。……名前は『ベン』て言う【剣士】だ。あ、ロー公先輩と戦って倒したって言う人とはまた別の人だから」

「そーなノ? じゃあ、トーダが最後の侵入者なんダ!」

「そうなると思う」


 口にしてみて、本当に自分が独りになってしまったのだと気づかされた。

 ミサルダの町への道も閉ざされ、もう帰れなくなった。ダダジムも戻ってこない。アンジェリカは村の中で監禁状態。

 唯一、味方かも知れないのがこの男ロー・ランタンだけだ。

 そのロー公に、盗賊の親方の待つ村に連れて行かれようとしている。

 村を占拠した盗賊どもも、今や半数近くにまで数が減った。それは俺たち“侵入者”が殺したからだ。盗賊どもの絆がどれほどのものか知らないが、相当恨まれているかも知れない。

 村まで行って、俺は町の状況を自白させられるだろう。ある程度拷問を受けるかも知れない。そして役に立つかの品定めをされ、……たぶん、俺は【回復役】として生き残れるはずだ。例え立場が奴隷以下だったとしても。


 ――だからこそ今、ここで決めなくてはいけない覚悟がある。


 盗賊どもに【回復役】として生かされるのはいい。媚びへつらい、それでも生きながらえるのであれば、構わない。

 だけど、いいのか? この先は、無慈悲に殺されていく罪のない人々を“助けない”側の人間になるんだぞ? その覚悟はあるのか?

 命令に従って、命乞いをする人を殺してまで【魄】を奪う人生に変わるかも知れないんだぞ? その覚悟はあるのか?

 犯した罪に目を背けることも、自責の念に駆られ、涙を流すことすら赦されない人生を送ることになるんだぞ、わかっているのか? ええ? 【ネクロマンサー】さんよ。


 様々な葛藤が胸の中で蠢く。

 村の入り口はもう近い。


「ロー公先輩、お願いがあるんですけど、いいですか?」

「ウン! いいヨ! 可愛い後輩のためなラ、ドーンとお願いを聞いてあげるよ!」


 ロー公は胸を張ると景気よくドンと叩いた。俺は少し笑うと、


「俺の命を守ってくれませんか? 俺は侵入者側の人間だし、盗賊側からは恨みを買っていると思うんです」

「ウン! いいヨ! そんなの当たり前だヨ! ボクは“仲間”を大切にしなさいって、いつもお父ちゃんに教えられてきたモン。ボクがみんなから守ってあげるヨ!」

「お頭からも? お頭が俺に銃を撃ってきても助けてくれる?」

「もちろんだヨ!」


 俺はホッとして安堵の息を漏らした。


「ありがとう。頼りにしてるよ、ロー公先輩」

「ウン! 任せておいテ! テシシシシシシッ」


 まずは“保険”をかけることが出来た。一安心と言ったところか。

 死ぬのはいつでも出来る。それどころか、【魄】を吸い取るたび、他人と死を共有してきた。

 俺は生きるのを諦めない。

 たとえ、他人がどんな不幸な死に方をしたとしても、俺は【魄】を受け入れると誓おう。

 だから覚悟を決めるんだ。

 今日ここ、今この先から俺は人としてではなく、【ネクロマンサー】として生きる。人の死に向き合って、その【魂】の抜けた亡骸から、さらに【魄】を吸い取る存在になろう。

 死体に涙は流せない。涙を流せるのは生きているうちだけだ。

 ……俺は、出来ればその涙を止めてあげられる存在になりたかったけど、この先、それは叶わないかも知れない。

 ならばせめてもの抵抗つぐないに、自分のために涙を流すことは控えようと思う。

 涙を流してもいいのは、その“死”を悲しめる人だけだ。ネクロマンサーとして生きるなら、その“死”を今日を生きる【糧】としなくてはいけない。


 ネクロマンサーは泣かない。


 アドニスの死すらも俺の生きる糧とするぐらい、俺は強くならなければいけない。……ん。そういえばアドニスの死体ってどうなってるんだ?


「そういえば、ロー公先輩と戦ったウチの【剣士】……アドニスって言うんだけど、その人の死体ってどこにあるの?」

「村の中だヨ! あのあと、みんな呼んできて、同僚の死体と一緒に村に運んだんだヨ!」


 そうなのか。好都合だ。


「それでロー公先輩。俺の初【クグツ】はその人で決めたいんだけど、いいかな?」


 俺は人としての最後の禁忌に触れた。不思議と感情の抑揚が起こらなかったが、それもきっと【平常心スキル】のおかげだろう。

 ネクロマンサーとして生きると決めたのだから、せめて初めての【クグツ】くらい相手を選びたい。アドニスは不本意かも知れないが、もう亡くなっている。死人に拒否権なしだ。

 俺の提案に、ロー公は困った顔をした。


「ごめんネ~。トーダ。あの死体はボクが【クグツ】にして村に運んじゃったヨ」

「あ。……そうなんですか。それは残念……」


 なんかホッとしたような、残念なような……。


「じゃあ、代わりにその【クグツ】の【魄】を頂いていいですか?」

「いいヨ! 村人の死体も片付け終わったと思うシ、明日の朝には出発するシ。【死霊の槍】で作った【クグツ】は生前よりもパワーアップするけド、一日しか保たないんだヨ~」

「ああ、たしかに。俺が倒したヘルゲルっておじいさん【クグツ】も、木から地面までジャンプしても、全然平気だったしね。生前じゃたぶん木登りも出来ないと思う」


 もし出来たとしても、水泳じゃあるまいし、あの高さで手から地面に飛び込んで無事でいられるわけがない。まあ、こちらもそれを利用してやっつけたわけだけど。

 ウンウンと、嬉しそうに頷くロー公。自分の【クグツ】が褒められたと勘違いしているようだ。


「あ。もうすぐ村に着くネ。門が閉まってるヨ。オーイオーイ! みんなー! ロー公のお帰りだゾー!」


 テシシシシシシッと笑いながら【死霊の槍】をぶんぶん振り回す。

 いつもこんなテンションなのかなと俺はロー公を見ていると、誰かが村の物見台の上で寝ていたのか、むくりと起き上がるのが見えた。まだ門まで100mほど距離があるので顔まではわからないが、【弓術士】のようで、矢を番え――って、ええ?!


 ――矢は、瞬きを待たず刹那の早さで俺に迫った。そして、俺の目の前でピタリと止まった。

 一瞬遅れて、ロー公がその矢の中央辺りを掴んでいることに気がついた。ロー公が飛んできた矢に反応して、掴んだのだ。


「コラー! 勝手に射っちゃ駄目だヨー! 早く門を開けてヨー」

「馬鹿かてめえロー公! “侵入者”をなに普通に歩かせてんだ。手足縛って引きずって来いよ!」

「この人は大丈夫だヨー! とっても大人しいヨー! 門を開けてヨー!」


 ロー公は槍を肩にかけて、両手を口元に添えて大声を出してる。仕草が非常に子供っぽいが、命の恩人であることは間違いない。地面に捨てた矢を見てそう思う。


「おい、ルーザーとパイクはどうした! パイクに見張り代わってもらいてぇんだがよ!」

「ルーザーとパイクはねぇ、死んじゃっタ!」

「ああ?! ……殺したのはソイツか?! ソイツが殺したのか!」


 物見台の男が再び矢を番えるのが見えた。


「ウウン。ボクが殺したんだヨ! だってあいつらボクのこと殺そうとしたんだモン! 自業自得だヨ!」

「裏切り者が! ぶっ殺してやる!!」

「裏切ってないヨー。いい子にしてるヨー」


 矢が放たれるのがわかった。俺にではない。ロー公にだ。だがそれがわかったのは、胸の前で飛んできた矢をロー公が掴んでいたからだ。

 とてもではないが、俺の目で追える速度ではない。音速と言うほどではないだろうが、矢が放たれたとわかってからでは身を躱すのは難しい速さだった。


「トーダ。危ないからボクの後ろにいてネ。サブンズー! コラー! 危ないじゃないカー!」

「うるせぇ!」


 【弓術士】――サブンズは怒声を張り上げると、矢筒に手を伸ばすのが見えた。

 俺は慌ててロー公の後ろに隠れた。

 風切り音が鳴り、それと同時に三本の矢が地面に転がった。ロー公が【死霊の槍】を振い、三本すべてを叩き落としたらしい。

 ロー公は【ネクロマンサー】ではあるが、【槍術士】ではない。それどころか【ネクロマンサー】の短所には『Lvがあがっても、HPとMP以外の身体的能力向上はない』とあるにもかかわらず、ロー公は【剣士】であるアドニスと互角に戦い、そして【弓術士】の放った矢を素手で掴んで止め、そしてまさに今、三本同時に叩き落としたのだ。

 ……さっき、ロー公が金貨200枚で売られたと言った時、家族ですら自分の子を金に換える、“人は金で売られるのだ”と眉をしかめたものだが、今はその考えが間違っていたのだと気づいた。

 ロー公の家が貧乏だから金で売られたのではない。

 ネクロマンド族が有能であるため、その力が欲しくて金で買ったのだ。ロー公の姉の子も、おそらくは同じ理由で取引されたのだろう。

 異種族間の力の差がこれほどまでに開いてしまっている理由は何だろうか。

今はわからないけれど、そのうちわかる時が来るんだろうか。

 アドニスの仇であるロー公の背に守られながら、そんな思いにふけった。


「あーくそっ、矢が……!? おい誰か、矢をもっと持ってこいよ!」


 時間としてはわずかだろうが、ロー公の足下には二桁以上の矢が散乱していた。


「やーいやーい! サブンズー! そんな距離じゃ当たらないゾー! 早く門を開けて入れてヨー!」

「うるせぇ! ロー公、てめえこの野郎!! 矢を全部拾って持って来やがれ!!」


 ザブンズは中指を立てると物見台から降りてしまった。


「アー、楽しかっタ。トーダは矢に当たらなかっタ? 大丈夫?」


 ロー公はそう言いながらニコニコ顔で振り返る。矢が一本、深々と脇腹に刺さっていた。

 ……避けようと思えば、避けられたのに。それどころか、森の中に隠れることさえ出来たろうに。

 ああ、俺はもうひとつ勘違いしていた。

 ロー公は頭のおかしい奴ではない。【ネクロマンサー】限定の仲間想いな変な奴なのだ。


「ちょっと、痛いですよ。すぐに済みますからジッとしていてください」


 俺は左手を傷口近くに当てた。

 【転用】を使うかとの問いに“はい”と答えた。程なくして【転用】が始まり、ロー公は一瞬ビクリと体を震わせたものの、痛がるそぶりは見せなかった。


「かばってくれてありがとう。ロー公先輩、おかげで助かりました」

「エヘヘ、どういたしましテ。トーダもすごいネ。『詠唱』もしてないのに【魄】を扱えるなんテ。ボクもこのまま村に入れなかったらどうしようかなって思ってたんダ!」


 元気いっぱいなロー公。「おまえを殺して回復だー」とか言い出さないところに好感度アップ。

 いい奴なんだけどね。……ファーストコンタクトでは真っ先に殺されそうになったけど。


「じゃ、ちょっと待ってネ。今から矢を全部拾わなくっチャ」

「あ、俺も手伝うよ。2人でやればすぐに終わると思うから」

「いいノ? ありがとうトーダ」


 2人で落ちている矢を拾い始める。やじりの形がパイクのものとは微妙に違うのに気がついた。矢羽根の方も少しだけ配色が違っている。誰が射たかでもめないためだろうか。

 ……そういえば、昨日ファイヤーウルフに食われていたあの【聖騎士】。トドメはファイヤーウルフだろうけど、きっかけは同行者に射られたことが直接の原因だったな。

 そんときの鏃も拾っていたはずだけど、どこかに行ってしまってた。特徴ある鏃だったから形自体は覚えている。パイクとサブンズのはよく似ているが、それとはまたデザインが違っていた。……ああいうのって、自分で作るものなんだろうか。業者さんに頼むのだろうか。

 そうこうしているうちに矢が集まった。数えてみると26本もあった。だが、【死霊の槍】で叩き折ったのもあるので、実際使えそうなのは20本くらいだった。

 それらを針金で絡めて俺が持つことにした。またいつ物見台にサブンズが登って矢を射かけてくるとも限らないからだ。

 ――と、門まで残り50メートルほどと言ったところで、門が開いた。中から8人ほどが出てきた。全員武装していて、そしてフードこそ被っているものの、あのアイーナとか名乗っていた若い女もいた。

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