第36話 生還
脳天から鼻の奥までをカチ割る鈍い衝撃を覚え、俺は頭を振った。
俺は『幻痛』を振り払うと、今回の瀕死体験の内容で気になる部分を抜き出してみた。
「……あのアイーナとか言う女、町で見た奴だったな。盗賊どもの反応からして女頭領って感じか。手にしていたのは
それらの情報を元に一つ一つ組み立てていく。
『記憶スキル』フル活用で盗賊の顔を全員リストアップする。誰がどの武器を所持していたかを線で繋いでいく。
「ゼペットさん達の情報からは【弓術士】は見当たらなかった。なら生き残りの中に2人いることになるな。ファーストジョブ持ちは……わからない。だいたいはアドニスと同じ指なしグローブをはめている。けど、たぶんかなりいる。アドニスと戦っていた大男と双剣の男は指輪持ちだったし……。そういやアンジェリカの姿がなかったな。殺されて捨てられたか? 村の外に置いてけぼりか?」
独り言が多くなると狂ってきた証拠だと言うが、全くその通りだと思う。
今この場にいるのが俺独りで良かったと思う。いや、変な意味じゃなくて。誰か生きていてくれた方がいいに決まってるけど。
ひとりの方がゆっくりと考えることが出来る。どうせ俺にしか理解できない情報なのだから。色んなこと考える。たまにぽけ~っとしてみる。どうせ時間はかかるし、時間はある。
ああ、孤独だなぁって不幸だなぁって自身を哀れみながら、俺頑張ってるじゃん、だからもうゴールしてもいいよね? ってチラチラ誰かに向けて“慰めて癒やして褒めてコール”を発信しながら俺は今生きている。
不幸を裏返ししても、幸福にはならない。幸福の裏側にあるのは必ずしも不幸ではないのだから。
「とりあえず、合掌だな。……あの様子とこの現状じゃ生存者は絶望的だな」
目の前には死体の山――というより情報の山が出来ているのだ。
さあ、情報と情報を推測と予測とで組み立ててみよう。俺が……俺だけは生き延びるために。
それにしても、これら全部の【魄】を回収したらいったいどれだけの『%』が貯まることだろうか。
それを唯一の“楽しみ”と考え、俺はため息を吐くと再び死体の中に手を突っ込んだ。
それからの7人はまあだいたい似たり寄ったりだった。
黒煙弾でおびき寄せられ、マチルダって言うおばちゃんが殺された直後に盗賊に殺された感じだ。躊躇なく、冷酷な手際の良さでサクサクと殺された。
とりあえず、見える範囲で“指輪持ち”は18人。グローブをはめているヤツの数だ。実際もっと多いかも知れない。あの場にいる盗賊の数が全部で23人らしいから、ほぼ全員が何らかのジョブに就いていると言うこともある。あと、それを確認することは出来ない。ファーストジョブを見極められないようにセカンドジョブの指輪を全員がしていた。たぶん、『盗賊の指輪』。だって、あいつら盗賊だし。
たぶん、効果は『兵士の指輪』と同じように遠距離でもパスを繋げていられるような効果があるのだろう。
あと、村人の数は57人。これは盗賊に問い詰められた村人のひとりが告白した内容だ。井戸の中にいる死体の数もちゃんと数えていくことにする。
逃げ惑う村人目線で、俺が冷静に分析をした結果、アイーナを含めた盗賊4人ほどはその場を動かなかったな。残りの16人だかは『ヒャッハー! 全くこの世は地獄だぜ』してたのに、4人は動かず周囲を注意深く見渡していた。どうも幹部っぽい。チェックチェック。
あー、そうそう、その16人の盗賊の中には『魔法使い系』はいないっぽい。『精霊使い』は三兄だけだろう。『魔物使い系』もいない。動物他にいないから。……いや、『馬』がそうだったり? わからん、保留。
ただ、確実に『槍術士』『戦士』『弓術士』『剣士』っぽいのがいて、たぶん『魔闘士』らしいのもいた。6人目の浄化の時に、素手で頭部ぶん殴られて死んだ。イメージとしては“北斗の拳”。まさに『あべし!』だった。年寄り殴るなよぅ……。
あと、投げナイフの奴もいた。指輪持ちで小っさいの。脚とか狙って投げてて、転んだ年寄り見て嗤ってた……。
『戦士』はでかいハンマー持ってたから多分そうだろうと分析してみた。……ああ、確かあれで殺されてた人いたなぁ。この中にソイツでぶっ潰された死体があるんだろ? やだなぁ。テンション下がるなぁ……。
7人減り、ようやく横穴から顔が出せるようになってきた。ただ、井戸には石蓋がされているようで、微かな隙間から光が漏れているばかりだった。
8人目に取りかかる。
逃げ惑う視界で周囲を注意深く観察する。村の地図を頭の中で作成する試みだ。ミサルダの町でクレイ達と行った地図作りのノウハウが活かされた形だ。
だがまあ、村人もそれほど遠くまで逃げられるはずもなく、だいたいが村の出入り門近くの広場周辺でやられた。ちなみにこの井戸は、広場から町の中に少し行ったところにあった。確かに石蓋がしてあって、使われていない風だったが、水を汲む桶や滑車付きロープはまだ備え付けられていた。
最初集まらなかった村人も銃声を聞いて事の異常さに顔を出した年寄りもいた。その場で腰を抜かす人や家の中に駆け込む人、「盗賊じゃぁ~!」と叫ぶ人。いろいろいた。そんな村人たちに、盗賊達は容赦なく「ヒャッハー!」していった。
……昨日、クレイに叱られたことが脳裏によみがえる。盗賊に『浄化葬』の話を持ち出したとき、クレイには珍しく苛ついた顔をしていた。
今ならその理由がわかる。こいつらは退治されるべき存在だ。共存は出来ない。だから戦争ってなくならないんだろうなって思う。
9人目に取りかかる。
もう死体の隙間に手を突っ込まなくてもよくなっていた。相変わらず暗くはあったが、横穴はぽっかりと開通していて、あとは井戸の水面から横穴までの分を回収すれば終わりになる。
ちなみに9人目がハンマーで脊椎叩き潰された死体だったので、誰か俺を慰めてください。両方の肺が同時に破裂したよ。目ン玉飛び出たよ。やだやだ。
生きてることを実感しようと、死体の腐臭でいっぱいの空気を吸い込み深呼吸する。9人目は肺病の人だったから死ぬ前からしんどかった。呼吸が楽だとそれだけで十分だと思ってしまう。
さて、気を取り直して現実と向き合う。
水面までどれくらいあるのだろうと考えてみたが、何のことはない、横穴の位置がすでに井戸の水面だった。
本来の水位はもっと低いだろうが、死体が投げ込まれ、水かさが増えて横穴の位置まで水位が上昇していたのだ。通りで膝元が濡れてると思った。
俺は手を伸ばし、死体の背中を上から押してみると、その分少しだけ沈んだ。
ふむ。増えた水かさから計算してもあと4~5人程度だろうか。いつの間にか半分を切っていたようだ。それにしてもこの井戸の水、血で真っ赤だろうな~と思う。今は『暗視スキル』で周囲を視認することが出来るが、テレビでよくある暗視カメラと似たような感じだ。色は付いていない。
そんなことを思っていると、上から石蓋の開く音がして俺は慌てて横穴に飛び込んだ。
「――お、おい、マジかよ!? 見ろよ、あれだけあった死体の数が減ってるぜ!?」
「どういうことだ?! 井戸の底に沈んでいっちまったって事かよ?! まさか?!」
「きっと侵入者だぜ! サブンズたちがさっきそんなことを言っていた! ルーザーに報告しよう! 行こうぜ!」
その声を残して二人組はどこかに走って行った。
ほっとして、俺は浮かし気味にしていた腰を下ろした。
……とりあえず、小休止だな。額を膝に埋め呟いてみる。逃げるのはいつでも出来る。どうなるか見極めてからでも遅くはない。……どちらにしろ、空井戸の方に見張りがいれば向こうでも同じ事を呟くことになる。
横穴の入り口に体育座りをしながら、まだたくさんある死体を見つめ、考えを巡らせることにした。
井戸口から光が届き、『暗視スキル』では知ることの出来なかった惨い光景をありありと映し出していた。
おそらくは今の二人から上に報告が行き、幹部クラスの盗賊がやってきて、再び【死霊の粉】が投下されるだろう。
動くのはそれが確定してからでいい。今はリアルタイムの情報が欲しい。
……さっきのグール戦は1体目から2体目までの転化に、10秒あまりの差があったおかげで『ばっちこい戦法』で撃退できたが、今ここにある死体の数は先ほどの倍……あるいはそれ以上だ。
希釈倍率何倍までOKなのかわからないが、ションベンで溶かした先ほどの2体とは違い、井戸水にまんべんなく浸かった死体になら【死霊の粉】はほぼ同時に作用するだろう。
『ばっちこい戦法』を超える戦闘スタイルを考えてみるが、思いあたら…………あたる。
ピコピコポーン!! ひらめいた!
そうだ。今のうちに手頃な死体を横穴の中に引っ張り込んで、重ねておく。ここよりもう少し奥に入ったところは完全に四つん這いじゃないと通れなかったところがあった。
つまり、死体で通路をさらに狭め、迎撃しやすくしてしまえばいいのだ。ひとりずつしかグールさんが顔を出すことが出来なければ、相手もしやすいだろう。
俺はひらめきを信じて、手近な死体を横穴に引っ張り込もうとした――そのとき、上から声が聞こえてきた。
「なるほど。確かに死体が減ってきているな……。なんとも面白い光景だ。今も1体横穴に引き釣り込まれたぞ」
俺は戦慄した。
そして、自分の迂闊さを呪った。
まずい。まずいマズイまずいマズイまずい。マズイ!!
死体を動かしていたところを見られ、完全に俺の存在がばれてしまった。
こうなったら、一か八か、空井戸の方まで戻って、誰もいなければ脱出する方向に計画を変更しよう。
俺は狭い通路を回れ右すると――
「アニキ、するってーと、中にいるのって侵入者じゃないんですかい?!」
その言葉に、俺は動き出すのを止めた。
「ああ。おまえが言った『侵入者が、井戸に詰まった死体を取り除くため横穴の中に死体を敷き詰めて通り道を作った』っていうのはイイ線している。だが、よく見てみろよ。横穴に死体を敷き詰めるだけなら、どうして服を全部脱がす必要があるんだ?」
「あ、本当だ。よく見れば服がそのまんま残してありますね。靴も。……ん? ありゃ下着じゃねーですか? あれ?! ちょ、あれ女物の下着ですよね?!」
「ははは、だろう? しかもきちんとスカートの中にあるって言うのがまたおかしい」
あはははは、と笑い声。どうやら3人くらいいる。
よく考えれば、死体の【魄】を回収することに一生懸命で、死体の着ていた服とかあまり気にしていなかった。横穴に入れるのも邪魔くさかったのでそのままだっただけなのだが……。
「よっぽど暇で頭のおかしいサイコ野郎じゃなきゃ、こんな真似しないだろうぜ。ジジイババアの服を脱がした上で横穴に並べていくなんてよ」
「ははあ、ですよねぇ……」
ですよねー。
「でも、アニキ、じゃあこれはどういうことなんですかい?! サイコ野郎の侵入者の仕業じゃなきゃ、たった今、横穴に死体を引きずっていった奴はいったい誰なんですか?!」
「グールだろうよ」
な、何だってー!
あれ? 同時ツッコミがないな。もう一方の方は驚きだけかよ。ちゃんと仕事しろ。
「グールって……。でも俺たち昨日川辺で武器に塗りつけた【死霊の粉】を全部落としましたよね? 殺してもグールにならないはずじゃ……? あ、ロー・ランタンの奴がいましたか。あいつの【死霊の槍】ならすぐにグールを作り出せますもんね」
「いや、ローの野郎じゃない。ふふふ、実を言うとな、さっきルーザーから報告があって、横穴の反対側からグールを2体送り込んだから、進入されないように石蓋を中から動かせないようにしとけってな。――つまり、さっきの人影は井戸の反対側から放り込まれたグールって訳だ」
「ははぁ。なら、井戸いっぱいになっていた死体の山が減っちまったのも……?」
「当然、2体のグールが喰っちまったってことだろうぜ。ったく、浅ましいもんだぜ。死んでもグールにはなりたくないねぇ」
「でも、不思議じゃねーですか? グールが服を脱がして死体を喰うなんて」
「たまには変わったグルメもいるんだろうよ。じゃあ、おまえは羽が付いたまま鶏肉を食うのか?」
「いや、俺が言いてぇのはですね……」
「まあ、見てなって。そのうち食い終わったら服を井戸の中に放り出すからよ」
「本当ですかい? まあ、アニキは俺たちとは違って頭いいですから、疑いませんけどね」
「それを見終われば石蓋閉めて、女のところにでも行くかなっと」
「アンジェリカのところですか? へへっ、いいっすね。あ、アニキ、ションベンですか? じゃ俺もっと」
「うらぁ、俺様が味付けてやるぜ~」
じょっ、じょぼぼぼぼ~~~! と二筋のションベンが降ってくる。
ぐはっ、アンモニアが目に来る。空気が苦い!
「うへっ、アニキ真っ黄色じゃないっすか?!」
「うっせっ!」
俺は横穴に引っ張り込んだ10人目の死体に手を合わせると、頭に手を置いた。
…………。
【魄】を取り終えた死体が崩れ、服だけが残った。井戸からの光が差し込んでいる以上、二人が見ているに違いない。
俺はとりあえず靴をぽいぽいと井戸の中に放り投げた。
「あ、アニキ、始まったみたいですぜ」
「な。言ったとおりだろ?」
さあて。お次は何を投げるべきか。やっぱ順番的にズボンかね? そぉれっと。
「んん?! ズボンが飛んできましたぜ。あいつら下半身から攻めるつもりですぜ」
「うへぇ……。相手はジジイだぜ。おい、閉めろ閉めろ。想像したくねぇし、なによりくせえ!!」
ゴゴゴ……ゴゴゴ……と蓋が閉められた。そして聞き耳を立てていると、ゴトンゴトンとなにか重しを載せられたような音がして、俺はようやく安堵の息を吐いた。
辺りが真っ暗闇になったので、もう一度【鑑識】で必要なスキルをオンにした。
【暗視スキル】が発動し、活動が可能となる。
「さて、始めようかな――くさっ、ションベン臭っ。ニオイが苦い! あのアニキ何食ってんだ?! まったく! これだから糖尿は!!」
俺はぶつくさ言いながら手近な死体を引き寄せると、手を合わせ――やめた。またひょっとして井戸の蓋が開かないとも限らない。しかもそれが浄化中だったら逃げられもしない。
そういった危険を回避するため、俺は死体をちゃんと横穴の中に引きずり込んでから浄化することにした。
それでは後半戦と行きましょうか。
14体目の死体になると井戸の水位もずいぶんと下がり、力任せに引っ張り上げられなくなったので仕方なく井戸の中に入り、体を固定してから浄化を始めた。
だが、浄化は中断されることになった。盗賊が蓋を開けたためではない。単に、俺が井戸の中で溺れたからだ。
気がつけば固定していたはずの脚の力が抜け、「ゴボボボボビオオオオ!!??」となったわけだ。
危うく盗賊関係なく不注意で溺死するところだった。
井戸はまだ結構深いらしく、足が着かない。死体さんはあと1体なので、ここはひとつなんとか【魄】を頂いて戻りたいところだ。ふふふぅ、貧乏性とは難儀な性格だぜ。
立ち泳ぎしながら考える。水温は普通に冷たいし、服着たままと言うか、靴履いたまま浮き続けるというのは難しい。
結局、浄化中、俺の意識がなくなってもこれ以上沈まないように、井戸の内壁のところにちょうどいい出っ張りがあったので、村人のベルトをつなぎ合わせて輪っかを作り、俺の体を固定させた。これなら浄化中、だら~んとなってもぷかぷか浮いていられるはずだ。
そして、俺は最後の水死体っぽいのに手を伸ばすが……そのひとは、あの勇敢なマチルダって言うおばちゃんじゃなかった。人相は変わっているが、ゴスケとか言う痩せたじいさんだった。
「……マチルダっておばちゃんは放り込まれてないのか。あのひと、指輪はしてなかったけど結構強そうだったな」
この村の住民の中で、唯一盗賊どもに一矢を報いた人だ。
年齢は50くらいで、大味の美人。異世界風味な『The・ガッツ!のタカさん』と言えばわかる人にはわかるか。わからない人は性癖のぶれてない人だ。そのまま素直に生きたらいい。ドラクエの宿屋の女将さんみたいなドッシリした体格だった。
マチルダさんが何者か、ちょっと興味があったがまあ仕方がない。死体も井戸に近い方から放り込まれたんだろう。マチルダさんが倒れたところからは……まあ、距離があったなと思う。
村に潜入する気はさらさらないので、これで【魄】の回収は最後だろうか。
とりあえず、早く済ませてしまう。冷えてきた。
俺は手を合わせると、最後の一人の頭に右手を乗っけた。
――「こいつ、さんざん逃げ回りやがって。手間とらせんなって」
――髪を掴まれ、蹴飛ばされる。悲鳴を上げると盗賊どもは指さして嗤った。山刀を振りかざして男がやってくる。
――「待て! そいつは生かして連れてこい。村人を何人か連れてくるようにとの、お頭の命令だ」山刀がわしの頭上すれすれで止まった。そしてゆっくりと動き、「よかったな。ちょっとだけ寿命が延びたぜ、じいさん」刃をわしの頬にぴたぴたと当てた。
――何度も蹴飛ばされながら広場まで歩かされる。立ち止まるのは涙で前が見えなかったからだ。進めないのは悲しくて情けないからだ。
――村中、死体だらけだった。みんな殺されていた。平和だった村はもうどこにもなかった。
――ところが、町の広場に来ると数名の見知った顔があった。
――「気になるか? 俺たちも腹が減る。ここには飯がある。飯炊きババアが必要だってことさ」
――盗賊どもがガハハと笑った。わしは笑う気にはなれず、俯き、ただ足下を見つめ歩いた。
――広場には集められた死体の山に座って、マチルダさんの死体をぼんやり見つめている女がいた。
――「お頭、連れてきましたぜ」「……連れてこい」確か、アイーナとか言う名前だったか。
――アイーナが気怠そうな顔を向けた。「いくつか質問をする。正直に答えろ。でないと殺す」
――バン、と右手のナニカは音を出し、腰掛けている死体の手のひらが吹き飛んだ。
――わしは恐怖に震え、コクコクと頷くしかなかった。
――「この村とミサルダの町との連絡手段は何だ?」
――「ひ、飛翔文です」
――「飛翔文はいつもどこに届けられる? 誰が受け取っている?」
――「村長の家で、村長が受け取って、村長がみんなに配ります」
――「村長は死んだ。村長の家はどこだ?」
――「あ、あの、木の生えている緑色の屋根の、左側の家です」
――「おい。行って、飛翔文が届いていないか見てこい」「へい」盗賊の1人が足早に駆けていく。
――「村の住人は全部で何人だ?」
――「57人……かと思います」「おい、死体の確認しとけ」「へい」また1人駆けていく。
――その後もいくつか質問され、わしは淡々と答えていった。
――「あのマチルダっていう『ドワーフ』は何者だ? どうしてドワーフがこの村に居た?」
――「わかりません。10年ほど前からこの村に越してきて、村にはご、ごらんのようにじじいとばばあしかいませんので、マチルダさんは力持ちで……頼りにしていました」
――アイーナはふぅんと呟いた。視線をマチルダさんに向ける。
――「お頭、そのドワーフ女がどうかしたんですかい?」「……別に。ガキの頃、見たような気がしただけさ」「ドワーフの女なんざ、別に珍しくもありませんぜ」アイーナは視線をこちらに向けると、髪を掻き上げた。
――「まあ、いいさ。最近この村にカルシェル・シルバートっていう黒髪の男が来ていないか? ひとりじゃない、おそらく二人組でだ」
――「い、いいえ。でも昨日、ジルキースさんとカステーロさんが品物を取りに来て、今朝早くミサルダの町に戻られました……。その、ジルキースさんはまだ若くて……く、黒髪ですが……」
――「お頭!」「……チッ、そいつらだ。『偽名』を使ってやがったか。思ったより頭が回る」「ミサルダの町に戻るなら、俺たちと鉢合わせになるはずだが」「感づかれたか、それとも――」
――「おい、ここからミサルダ以外の町へ行く道はあるのか?」
――「昔はありましたが、今は崖崩れで道がなくなり、通れません。ミサルダに向かう道が唯一です」
――「なら感づかれて身を隠したんだろうな……。どうします、お頭」
――アイーナはしばらく考え込んでいたが、「……もうじき日が落ちる。ザザの連中からの報告があるはずだ。動くのはそれからでも遅くない」「町の兵士連中が来ませんかね?」「来ない。勘だけどな」「……ローの奴は? 騒ぎを始める前から姿が見えませんが」「“食事”と“儀式”だそうだ。なんだっけな、門のところにいたヒルダとか言ってたババア。あれを連れて行った」「ああ……。ところで、この男はどうします?」
――2人の視線がわしに注がれる。わしは全身が震え上がった。
――アイーナが立ち上がった。「そうだね。素直に話してくれたから、生きるチャンスをあげてもいい」そう言って、微笑む。「付いて来て。さっきいいものを見つけたんだ」アイーナは指で合図すると歩き出した。
――もう1人の男がわしにニヤリと笑いかけ、アイーナの歩く方向へあごをしゃくった。仕方なくわしは歩き出した。
――着いた場所は古井戸だった。わしらの子供の頃まで使っていた井戸だ。手動式ポンプに変わってからは使われておらず、危ないからと言う理由で石蓋がされていた。
――「開けろ」の一言でわしは石蓋を動かして開けた。井戸の水は昔と変わらないように見えた。そういえば、昔ゼペット達が井戸の中を探検して怒られたとかで封鎖されたんだったか。恐怖でマヒした頭でそんなことを思い出した。
――アイーナがわしを井戸の前に立たせると、ナニカを取り出して俺に見せた。
――「これは“拳銃”というものだ。実弾が6発入って……いたんだが、さっき一発撃ったから、残りは5発だ。……わかるな? じじい」
――わけもわからず頷いてみせる。あれが破裂すると人が死ぬことだけは、マチルダさんと村長のを見たから知っていた。ただただ、殺される恐怖で死にそうだった。
――「確率は6分の5だ。算数は得意か?」頷く。「ロシアンルーレットって知ってるか?」首を振った。「だろうなぁ」誰かの声にアイーナはクククッと笑った。
――アイーナが“拳銃”の丸い部分を外し、シャーっと回転させ、かちゃりと再び拳銃にはめ込んだ。混乱するわしを横目に、アイーナはこう告げた。
――「右肩、左足、心臓の順で撃つ。3発目で死ななかったら、命は助けてやる」
――「……お頭、戯れが過ぎますぜ。弾がもったいない」
――「誰にだってチャンスはある。わたしは地獄の淵から這い上がる人間ってのを見てみたい」
――「お頭……?」
――アイーナが気怠そうな笑顔と“拳銃”を向けた。
――バン、と“拳銃”が破裂して、わしは右肩に激痛を感じて倒れた。「立たせろ」とアイーナが部下に命じた。ひぃひぃ言うわしを部下が無理矢理立たせる。
――「も、もうやめ……」バン!「ぎゃああああああああああ!!!」今度は左足が弾けた。痛みで気を失いそうになるが、再び井戸の前に立たされた。
――「これで確率はグッと下がったぞ、がんばれ」部下の男が笑う。がんばりますゆるひてたすけてとわしは泣き叫んだ。
――アイーナは真剣な顔でわしを見た。
――「神様に助けてもらうんだな。そんなもんいるのならな」
――バン!!
「――――あ、寒……」
結構長い時間ぼぉっとしていたような気がする。
ベルトで体を固定していなければ溺死するレベルだ。とりあえず、水の中から上がって服と体を温めよう……。
俺は井戸の内壁に手をかけて登ろうとするが、体が思うように動いてくれない。踏ん張りが利かず、つるっと指が滑り、そのまま水中に逆戻りした。がぼぼぼぼ。
ひょっとして……いや、ひょっとしなくてもこれって非常にマズイ状況なんじゃないでしょうか。
恐怖なのかなんなのか、俺の体が急にガタガタがたがたと震え始めてきた。さらには全身が気持ち悪いほどの鳥肌に覆われてしまっていた。
低体温症――。
そんな単語が脳裏によぎった。
軽率な行動だった、と今更反省しても遅い。だんだんと呼吸が浅くなっているのが自分でもわかった。ぷかぷかと浮いている主のいなくなった服をかき集めたとしても、体が温まるわけでもなかった。
力が抜けていくのを感じる……。
ああ、情けないことに俺はここまでか……。数分後には、「おお、死んでしまうとは情けない」とか言って王様に怒られたりするのだ。
……寒い。
……左手で心臓に手を当ててみる。ほら、心臓の音が小さくなっていくのを感じる。
……寒『状態異常:“低体温症”を確認しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』
――え。
俺は震える指先で『はい』を選んだ。
『通常の状態まで戻すのに 4% の【魄】が必要です。実行しますか? 279/4 はい/いいえ』
俺はもう一度『はい』を選んだ。
その瞬間、俺の心臓から手足まで熱さとも痛みともとれる痺れがガガガガガッといった感じで襲いかかってきた。熱い風呂に片足を突っ込んだのの逆バージョンだ。俺は奥歯を噛んで耐えた。
痺れは指の先足の先、脳髄の奥にまで到達するとふっと消えた。
「お? おおおお???」
とりあえず、動けるようになったみたいなので、井戸の内壁に指をかけ足をかけ、ロッククライミングして登ると、なんとか横穴にたどり着いた。
横穴に入って大の字に寝てみた。
「我、生還せり」
かっこよくキメてみても誰からもツッコミがない。
まだ、頑張れた自分が信じられないので、頬をつねってみた。痛い。あと皮膚がさっきほど冷たくなくなってた。
全身びっしょり濡れていて寒いは寒いが、体の芯まで冷え切ってた先ほどまでと比べても、「うっかり水の中に落ちちゃった。濡れちゃってやーだー乳首透けて丸見えー、やん。目がエッチだゾ」って冗談言えるぐらいにまで回復していた。誰かが聞いていたらもう一度井戸の中に突き落とされかねない。
左手をじっと見る。
「【転用】か……。【魄】の素晴らしき使い道ってやつだな……。いや、これは使える」
俺はグッと左手を握りしめた。
右手で死体から【魄】を吸収。左手で吸収した【魄】を治癒に“転用”出来るわけか。
……だんだんとわかってきたぞ。俺流ネクロマンサーってやつが。
ふつふつと何か体の奥から湧いてくるようなものを感じ、俺は全身の力を込めた。そして――
「へっきしっ!!」
カトちゃんバリに盛大なクシャミが出た。
やはり服が濡れたままでは寒い……。風邪は……引かないけど、着替えなければ……。
とりあえず、手近にあった濡れていない服……。10人目の上着があったので俺は服を脱ぐとそれに着替えることにした。贅沢は言ってられない。
うむむ。ちょっと血が付いていたりもするがサイズはそれほど悪くない。
ああ、死体から頂いた年寄りの肌着、温かいなり……。加齢臭は、うん、まあ……。
ズボンその他は全部井戸の中にあって水中に浮かんでいるので着替えられない。まあ、年寄り連中なのでズボンのサイズまではさすがに合わないだろう。
俺は靴を脱いで溜まった水を出し、靴下を絞った。続いてズボンとパンツを脱いで、マニアックな姿になると、念入りに絞った。
時間的に見て、すでに夕刻近いだろう。太陽の光で乾かすのには少しパワー不足の時間帯に入る。
横穴の奥を見やる。
むう、替えのズボンはあるにはあるが、サイズ的に合うのは俺と身長が同じくらいなヘルゲルさんくらいだしな……。ゼペットさん達はどちらも160cm前後と低いし、体つきも細い。
…………。
さあ、ともかく戻ろう。そろそろ空井戸の方も見張りがいなくなってるだろうし。それに、外に出ないとダダジムが俺を見つけてくれない。
ああ、あとあの【魅毒花】の花の色が日が暮れたら見つけられなくなる。【暗視スキル】だけじゃ色までは見分けつかないだろうし。うっかり踏んだら大間抜けだ。
とにかく、行動しないと……。それとも、ここで盗賊がどこか行くまで隠れていようか? 明日の朝までここで頑張れば、明るいうちに町に帰れる。
…………。
おなか減ったな。
…………。
左手をそっとお腹に当ててみる。変化なし。【転用】は空腹には効かないようだ。
「いいや。とにかく動こう。……アンジェリカが盗賊の“慰み者”になっているっぽいし、生存の裏はとれた。まさか『慰安婦』として今後も一緒に行動するとも考えにくい。無事に解放はないだろうから殺してポイだろう――」
自分で言ってみて、『?』となった。
なんでアンジェリカの奴、“そう”なってるんだ? いや、知ったのはさっきの二人組の会話からだし、実際陵辱されてるところを見たわけじゃないんだけど。なんで“被害者”側?
……アンジェリカが盗賊にどうこうされるようなタイプには見えなかったんだけどな。どちらかというと、襲ってきた盗賊を返り討ちに出来るタイプに見えた。
うーん、まあ【召喚士】っても、『召喚陣』とか『生け贄』とか『儀式』とかが必要なタイプだったのかもしれない。ダダジムタクシー使ってる時点で、ひ弱と言うか軟弱だろうし。いや、怠慢という言葉が似合う。
それでも、アンジェリカを初めて見たときに感じた『
もちろん、彼女が連れ去られた理由が俺にダダジムを貸したせいだって後ろめたさもある。
ホント何でだろう? ……相性かな? ネクロマンサーと召喚士との?
いや。どっちかというと、アンジェリカ本人な気がする。……あれだな、きっと顔だな。美人の外人さん――たとえば、俺が海外に旅行中、同じく旅行中のレディ・ガガとかと偶然相席になって「仲良くやろうぜ、ジャップ!」とか「いいぜ、あたしのボディガード貸してやるよ」とかフレンドリーにされて――。
まあいいか。深く考えるのはやめよう。別にガガに似てないし。……もう眠くはないけど『モルダー、あなた疲れているのよ』って心配されるくらい疲れている。なのに休む気にはなれない。
焦燥感が俺を駆り立てている。前へ進めと追い立てる。……。ふふっ、よしてくれスカリー、頭の中で同じ台詞を繰り返すのは。俺は正気だよ。オールグリーンだ。超人ハルクみたいにね!
とにかく、外に出てダダジムと連絡を取る。それからまた考えよう。
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