第33話 アドニスとの会話②

「反省会のこと、クレイから聞いたんですか?」

「ああ。朝方、バルバ隊長から任務を受けたと言っていた。二人で反省会をしたともな。ベンに化けていたのもその任務がらみのことだったのか?」

「え、ええ。一応話せないことになっているので、詳しくは聞かないでください」

「わかっ――!?」


 アドニスは唐突に手を伸ばし、俺を制止させた。見れば、前の年寄り連中も歩みを止め、一人が肘を直角に曲げ手を上げている。弓術士のじいさまは、すでに矢をつがえ弓を引いていた。

 年寄りの一人が手信号で何かをアドニスに伝えてくる。指示を仰いでいるようだ。

 矢をつがえているその先を見ると、30mほど向こうにネグレクトヒヒの姿が見えた。

 アドニスは左手を水平に伸ばし、水平に円を描くように動かした。それで伝わったのか、弓術士はその指示を聞き、張っていた弦を緩めた。

 どうやら戦闘は避けるらしい。【魄】を取りっぱぐれて少し惜しい気もするが、村に近づいている以上、無駄な行動は控える方が賢明だろう。


「もういいだろう。先に進むぞ」


 魔物の姿が見えなくなって、数分後、アドニスは行進を再開させた。

 そしてすぐまたアドニスに制止させられた。見ると年寄り連中からまた手信号が送られている。また魔物でも発見したのかと思ってみていると、何かを指さして3人で話し合っているようだ。

 やがて、話がまとまったのか年寄りの一人が振り返り、手信号と同時通訳で小声で話しかけてきた。魔物出没ではないようだ。


「『魅毒花』じゃ。ここいら一帯に咲いておる。切り払って進んでもいいが、今は馬連れじゃ。迂闊なことはせんほうがええ。迂回して進んだ方がいいかもしれんぞ」

「了解した。慎重に進んでくれ」


 アドニスも小声でささやきながら、親指と人差し指を立てた手を軽く振った。おそらくはそれが『了解。任す。頼む』あたりの手信号なのだろう。

 見ていないようでいて、年寄り連中もアドニスも凄く周りを警戒しているんだろうなと思う。

 俺たちはやや右にルートを変更しながらも歩き出す。


「アドニスさんは彼らとパスを繋いでいるんですよね? 一瞬、向こうの制止よりアドニスさんの制止の方が早かったので少し驚きました」

「ああ。『パス』は複雑な命令は送れないが、危険信号を発するだけなら、むしろ言葉より早くて正確だ。とっさで動けない場合も、【危険意識】だけは共有できる」

「はい。それで今回は何だったんですか? 『魅毒花』って聞こえましたけど」

「毒のある花だ。『魅毒花』は危険植物種に指定されていて、見つけ次第伐採か除草剤をまくことになっている。繁殖力のある多年草だ。ギザギザ状の葉の先から浸透性のある毒液が分泌されている。決して触れるな。一応人数分解毒薬はあるが、馬の分はない。皮膚からも吸収されて、体質によっては少量でも死ぬことがある」


 アドニスが指さした先には、ケバケバしい桃色と藍色の、タンポポをでかくしたような花が咲いていた。そして葉の先にはギザギザの数だけ小さな水疱がくっついていた。


「兵士の町外作業の一環で春先と今頃の二回に分けて道沿いの森に除草作業に入るんだがな。『魅毒花』は花が咲いていなければ毒液も分泌されることはない。今度来たときは除草剤を持ってこないとな……」

「毒草ですからね。しっかり駆除しておかないと。根絶ってやっぱり難しいんですか?」

「根絶は難しいだろうが、『魅毒花』を好んで食べてくれる動物もいる。それに、この森は『毒草』であふれていると言っていいくらい『毒』の付く植物に囲まれているからな。その動物も『魅毒花』ばかり食べているわけではないが、他の毒草にも耐性があってそれらも同時に食べてる。聞けば優良動物に聞こえるかもしれないが、そいつの糞が毒草の種をあちこちに運ぶ。その動物を食べる魔物がいるからこの森は成り立っているわけだ」

「食物連鎖ってやつですね」


 ああ、そうだなとアドニスが頷く。


「唯一の利点が、この森が毒草が多く繁殖しているせいで、【毒属性】に耐性のないゴブリンやオークが生息できないってことだろうな。最近の研究で分かったことだが、ゴブリンやオークは動物の体臭は感知するが植物の臭いには無頓着らしい。それで夜行性の奴らはこの森に迷い込んでも毒草に阻まれ生活圏を確立できないわけだ。おかげで村の周辺には魔物よけの『忌避剤』をまくだけで魔物の襲撃がないそうだ。この森の魔物は鼻がいいのが多いからな」

「ゴブリンやオークは村を襲うんですか?」


 さすがにメジャーなモンスター名が出てきたので思わず聞いてみた。


「ゴブリンだけでの村の襲撃はあまり聞かないが、やはり人を狙って襲ってくる習性があるらしいな。あれらは人族の持ち物に興味があるらしい。そして、やっかいなのがオークだ。この国だけでも年間数回はオークやトロールによる村への襲撃が起こっていて、俺も現地に何度か派遣されたことがある」

「そうなんですか。……っと、ちょっと戻って【毒属性】で気になったことがあったんですけど、聞いてもいいですか?」


 アドニスが頷く。

 たしかイザベラが見せてくれた【剣士】の短所に【毒属性に少し弱い】ってのがあったな。


「アドニスさんは【剣士】ですよね。【剣士】のジョブに就いた人は【毒属性に弱くなる】って聞いたことがあるんですけど、本当ですか?」

「ああ。よく知ってるな。だから俺は半年に一度は病院で【毒耐性】の耐性注射を打ってもらっている。高価な薬だが、【兵士割引】で3割負担で済むのでありがたいと思っている。冒険者の駆け出しの頃は年に一度打てるか打てないかで、むしろ装備の方に金をかけていたな。クレイがいたときに一度魔物から毒を受けたことがあって、さすがに死にかけた……」


 アドニスは、ふっと目を細めて遠くを見るようにした。

 ううむ。やはり剣士は毒に弱いのか。……というか、耐性注射ってインフルエンザかよ。【毒】の概念って俺たちの世界とは違うのか?


「今では定期的に受けているから【毒耐性】は他の人間とさほど変わらないはずだ」

「そんなに危ないんなら、毒草の除草作業とか休んだらどうですか?」

「いや、班の割り振りで俺は伐採作業中、同僚の警護を担当している。一応、全身に防護服を身につけてな。クレイもいつも警護班らしいが暑いからと言って着ていないらしいな」

「不用心ですね」

「そう思うが、王都での耐性検査で調べてもらったら【毒耐性】があるらしい。軽度の【毒】になら触れても問題ないらしいが、【魅毒花】は毒性の強い植物だ。俺たちは触れない方がいいだろう」


 そう言って進路を右へ右へと変える。よほど辛い思いをしたと見えるな。

 そうしてしばらく行くと、今度は左に進路を変えた。ルートを修正するらしい。


「そうだ。トーダに渡すものがあった。必要ないと思っていたが、俺の判断ミスで魔物と遭遇しないとも限らない。森から急に飛び出してきたネグレクトヒヒのようにな」


 アドニスは馬の背に乗せていた鞄をまさぐると、見覚えのあるものを取り出した。


「『風のナイフ』だ。バルバ隊長から預かってきた。……どうした? 受け取ってくれ」

「あ、はい。……いえちょっと前にも同じようなものを触ったことがあったんで驚いただけです」


 恭しく両手で受け取る。間違いない、これってバルバ隊長がジルキースから強奪した『風のナイフ』じゃん。

 ……俺に預けてどうするのか。町に帰って『おまえが犯人だ』ごっこでもするのか? まさかな……。


「なら扱えるのか。俺には合わないらしい。トーダは『疾風属性』の性質を持っているらしいな」

「え? そうなんですか?」


 風のナイフはぴたりと手に吸い付くように収まっている。まるで触るとこすべてに『吸気孔』があるように手のひらに吸い付いてくる感じだ。


「知らなかったのか? 柄の部分に『魔鉱石』が使われているだろう。ここにある【〃】が風を表す記号で、この魔鉱石は魔力を吸い上げて『属性変換』させる働きのある魔石だ。風のナイフは刀身が『ミスリル鉱』で出来ていて、吸い上げた魔力を刀身に宿らせることの出来る『魔剣』の一種だな」

「こんな高価なものいただいてもいいんですか?」


 強奪品とはいえ、『魔剣』と聞いては中二病がうずいた。


「いや、町に戻ったら装備はすべて回収することになる。町の中で暮らす分には必要ないだろう」

「あ、回収ですかそうですか」

「欲しかったのか?」

「えーまー、いろいろ複雑な感じですが、ちょっと欲しかったりします。ほら、刀身が仄かに光ってかっこいいじゃないですか」


 風のナイフを鞘から抜いてみる。刀身が青白い仄かな光を放っていて、風のナイフと言うだけあって、そのナイフを引き抜いた当たりから周りの空気が動き出した気がした。


「……驚いた。本当に使えるみたいだな」

「? いえ、まだ使ったことなんてないですよ。でも切れ味は良さそうですね」


 試しに軽く振ってみるが、すいすいと小気味よく動いた。

 不思議なことに、持っているときは出刃包丁ぐらいの重さだったのが、動かして風を切り始めると、むしろ右手ごと『重さ』や『抵抗』が消えたかのように粗忽に動きまわり、危うくバランスを崩しそうになった。


「そこまでにしておけ、トーダ。『魔剣』の類いは刀身を鞘から抜いている限り、手から『魔力』を消費しているはずだ。そのうちバテて倒れることになるぞ」

「あ、はい。そうですね」


 俺は慎重に風のナイフを鞘にしまった。


「貸してみてくれ」

「貸すって言うか、はいどうぞ」


 アドニスは風のナイフを受け取ると、鞘から抜こうとして……やめた。

 そしてまた俺に渡してくる。


「前にも試したが、どうも俺には抜けないようだ。やはり『魔剣』と言うだけあって『風』の属性因子を持たない者には扱えないようだな。クレイも隊長も抜けなかったと言っていた」

「それってつまり、俺に『風』の属性因子があるってことですか?」

「風のナイフが鞘から抜けるんだ。まず間違いないだろう。トーダには『疾風属性』の適性があるんだろうな」

「あ、ありがとうございます……」


 おおお。疾風属性ですってよ、奥さん。全部で20ある属性のうち、個人に割り当てられる属性は4種類。俺はそのうちすでに【無属性】が確定されているから、残り3種類が気になっていたのだが、【疾風属性】かぁ……。いいじゃないか。

 風属性って言ったら、5大属性にも4大属性にも精霊の種類にまで必ず顔を出すというメジャー中のメジャー属性。

 言ってみれば四天王の一角。漫画で言っても『風使い』とかいう漫画が存在するくらいのもの。料理の『さ・し・す・せ・そ』で言えば、『しょうゆ』ぐらい重要な位置にあるに違いない。戦隊モノで言えばブルーかグリーン、レッドはちょっと無理。

 よし。よしよしよーしよし。掴みは悪くない。『疾風属性』は人に話しても恥ずかしくない属性だ。仮に『精神属性』とかだったら目も当てられなかったところだ。

 絶対に、「あー、あの鬱病の」とか、黄色い救急車に「いいから 早く 乗れ」とか、入ったら決して出られない病棟まで強制ドライブもしくは拘束デートさせられそうだしな。

 『神経属性』だったら「なんかイチイチ細かそうですね」とか「潔癖症っぽい。myアルコール消毒薬とか持っていそう」とか意味わかんない因縁つけられそうだ。


「どうした? 大丈夫か?」


 アドニスに声をかけられ俺は正気に戻った。

 うむ。まだ分からないのがあと二つあって、その二つが『精神』と『神経』では無いという保証なんてないからな。平常心平常心。


「はい。ちょっと感動の余韻に浸ってまして」

「そうか。まあ、短い間だったから大丈夫だろうとは思ったが、トーダが『魔力酔い』にでもなったかと思った」


 む。『魔力酔い』とな? また知らない単語が出てきたな。


「『魔力酔い』ってなんですか?」

「ああ。『魔力酔い』はつまり俺たちの体内にある『魔力』のバランスが崩れることを言う。今回を例にたとえると、風のナイフという『魔剣』を扱うことで、本来失うことのない体内の『魔力』が強制的に奪われているわけだ。【魔法使い】のように体内で練り上げた魔力の『余剰分』を自らの意思で放出するわけではないため、体内の魔力バランスが崩れるわけだ。『魔力酔い』も、時間がたてば自然に回復してくるだろうが、体力以上に精神力の消耗が激しいと聞くな」

「……つまり、『魔剣』を使うって言うことは、刀身の方を握って扱うということみたいですね」

「どういう意味だ?」

「えっと、逆に難しくなりましたね。刃の部分を握れば手が傷つき、血を流します。だから体内の『魔力』を『血』に例えているわけで、『魔剣』を使えば使うほど『血』が無くなって、最後には出血多量で死んでしまう、とか」

「まあ、そうだな……。いや違うような気もするが、おおむねそんな感じだろう」


 アドニスは首をかしげ曖昧に言葉を濁したが、理解の程は及第点ってところにしておこう。

 剣士に剣が扱えるように、ネクロマンサーにも何か凄い武器が手に入ればいいなとは思っていたが、風のナイフが手に入るとは思わなかった。レンタルだけど。

 そういえば、選べる【ジョブ】の中に【魔剣士】があったなぁと思い出す。確かすべての属性の魔剣を使いこなせるとかだったか。一応【戦士】もすべての属性魔剣というか、武器全般を扱えるのだが、魔力が絡んでくるとMPの問題が出てくるから餅は餅屋なんだろう。

 しかし、仮に俺が【魔剣士】を選んだ場合、レベルアップするには魔剣で魔物等から魔力を奪わなきゃいけないのだが、裸一貫でこの異世界に来て、金もないのにどうやって魔剣を調達すればよかったのだろうか。


「ちなみにこの風のナイフ、買ったらいくらぐらいします?」


 うまい具合にお金があったりするので、金貨12枚ぐらいまでなら即金で出せないこともない。


「魔剣の類いは高いな。ミサルダの町ではそもそも魔剣は販売していない。王都なら……金貨60枚ぐらいだろうか。わからん。買い物はすべてクレイに任せてあったからな」

「……そうですか。金貨60枚か……」


 5倍オーバーか。金貨48枚の差は大きい。ならレンタルでも十分だろうか。

 そもそも町に戻ったら、今後は『任務』以外で町から出る機会はないだろうしな。それならレンタルの方がお金もかからないし、メンテナンスとかもしなくていいだろう。

 なによりもジルキースの私物を町中で持ち歩く度胸があるかと言われれば、ない。

 だいたい、Lv1の俺に、MPのかかる高価な武器は必要ないだろう。自分のMPすら調べられないのに。……という結論に至る。

 まあ、たまに鞘から抜いてニヤニヤするだけで我慢するか。いつかお金を貯めて、風のナイフが自分のものになった暁には、自分の部屋で振り回してカッコイイ台詞とか決めポーズとか……やりたいな。まだまだ少年心真っ盛りだ。


「とりあえず、町に帰るまではお借りします」


 俺は鞘に付いていた小さなフックを腹部のベルトに引っかけて装着した。剣のように左腰に着けるのではなく、むしろかっこ悪くとも右手ですっと抜けるような場所がいいだろう。

 そのときふと堅い物が指に触れたので調べてみると、昨日拾った折れた剣の柄だった。わざわざクレイの奥さんがベルトの間に入れて直しておいてくれたらしい。

 しかしまあ、こいつのせいでジルキースにおかしな目で見られるようになったのだ。放り捨ててしまおうかとも思ったが、ファイヤーウルフ(小)はこいつで戦ったようなものなので、やはり記念にとっておくことにする。柄だけとはいえ結構カッコイイデザインだし。

 俺は柄を改めてベルトの間に挟んだ。


「そういえば、『反省会』の話を聞いたのなら、他に俺とクレイとアドニスさんとでパーティ組んで、あちこち外遊しないかって言う話が出てたんですが、聞いてないですか?」

「そんなことを言っていた気もするな……。俺は構わないが、それなりの期間、俺とクレイが町を離れるのなら前もって兵士本部とギルドへの申請が必要になる。今すぐというつもりがないのなら、計画と準備期間を持った方がいいだろうな。

 特にクレイは妻子持ちだ。長い期間家を空けるのには反対するだろうし、奥さんに行き先や目的を伝えて了承を得るんだな。……大丈夫だ。彼女も元は冒険者で、理解はある方だろう」

「そうですね。そうします。『アステアのオーブ』って言うのを探すつもりでいます。アドニスさんは聞いたことないですか?」

「ないな。クレイより冒険者としては長いが、それでも南と西方面にしか行ったことがない。ほとんどダンジョンや特定危険魔獣の討伐や駆除などが主だったからな」


 やはり知らないか。とりあえず、どこにありそうなのか見当をつけてからアドニスたちに声をかけるようにしようか。……いや、まずどこにありそうなのかを調べるために3人で行動するべきなのかな?

 どちらにしろまずは足場を固めてからにしたい。町に戻ったらまずはカステーロさんに人脈と情報と報酬をもらいに行かないとな。


「とりあえず、最初は王都で情報集めっていうことになると思います。任務が終わって町に帰ったら、一応町の人たちと話して情報収集から始めたいと思います」

「それならまず前の連中に聞いてみたらどうだ? 弓を持っているヘルゲル氏は昔冒険者だったそうだ」

「そうですね。聞いてみます」

「まて、聞くなら帰りの休憩中にするんだな。今は周囲に気を配っていろ」

「あ、はい」


 千里の道も一歩からか。

 俺のジョブが武力系だったなら何も気にせず町を飛び出してたろうに。……いや、それじゃむしろ昨日のうちにファイヤーウルフに食われてたか。


「どうかしましたか? アドニスさん」


 人が悶々と考え事している隣で、アドニスが何かおかしそうに笑っているのに気づいて訊ねてみる。普段笑わないような人が笑っていると、何かおかしなことでもしでかしたのかと不安になる。


「いや、またクレイと冒険者をやる日が来るかと思うと、ついな」


 アドニスは込み上げてくる笑いを押し殺すのに必死のようで、目尻のしわがとんでもないことになっていた。


「大丈夫ですか?」

「ああ。……ふぅ。もう平気だ。冒険者をやめて兵士になって結構経つが、冒険者での思い出はクレイ達と組んでいたことばかりを思い出す」


 アドニスはふっと一度視線を下げると、それからゆっくりと俺を見た。


「クレイがミイサと夫婦になって冒険者をやめた話は昨日聞いただろう?」

「クレイがその人を妊娠させたってやつですね」


 冒険者だからって、いつも『外』だとは限らなかったわけですね。

 下ネタか!


「その後も、アドニスさんは冒険者を続けていたんですよね?」

「ああ。……クレイ達がパーティから抜けても、俺はそのパーティに残った。すぐに新しい冒険者を仲間に入れたが、それも長続きはしなかった。新しいメンバーが俺たちのパーティになじまなかったこともあって、パーティは二つに分かれ、それぞれまた新しい仲間を加えて別れた。そんなことが続いてな、1年もしないうちに初期のメンバーはパーティの中に誰もいなくなっていた。そこからは俺がギルドを通じて、新しいパーティに一人で加入するようになっていった。

 それから何度も何度も他のパーティを渡り歩いた。毎回魔物との戦闘で死者が出て、その責任のなすりつけ合いが起こって、それが原因でパーティは分裂する。俺はいつも少ない人数の方に入っていて、新しいメンバーが増えるたび元あったパーティ色が薄まっていくのを感じていたな」

「……魔物との戦闘で、責任を負うような行動をとっていたのですか?」


 アドニスさんは直情型だが、戦闘に関しては揺るぎない強さを持っている。

 おそらくは、今回のネグレクトヒヒのように、良かれと思ってとった行動が裏目に出るタイプなのだろう。


「……そうだな。反省することばかりだ。クレイといた頃は今よりもずっと弱くて矮小で向こう見ずだったはずなのに、なぜかうまくいっていたな……」

「クレイが状況判断が出来る人で、パーティを上から俯瞰できるような観察眼があったんですよ。あと幻術士だったってところが大きかったんだと思います」

「ああ、俺もそう思う。…………俺は目の前のことしか見えない人間だ。ただ何かに縋りたくて任務を淡々とこなしていただけなのかもしれない。今回それが身にしみて分かった。森の中にいたネグレクトヒヒが、俺ではなくおまえ達を襲おうと動いたとき、俺は既視感を覚えた。以前にも同じようなことがあって、そのときはダンジョンの中だった。疲れ切った仲間の負担を減らそうとして、距離をとったことで結局全員殺されて死んだ。もしもザイル氏がいなかったら、俺はあのときと同じ絶望の中にいただろう」

「だったら、なぜザイルさんを一人で行かせたんですか?」


 さっきと同じ質問を繰り返す。

 ただ、今なら違う答えが聞けるような気がして、俺はアドニスの言葉を待った。


「以前、クレイにも言われたことがある。『おまえは相手のことを理解出来ていない。周囲の状況を読めていない。自分の物差しで人や場を測るのはやめろ』と。……俺は、ザイル氏がとろうとしていた行動を止めることが出来ない。それは、もし仮に俺がザイル氏の立場だったら、やはり一人でけりをつけたいからだ」


 よく相手の気持ちになって考えろとか言うが、それはあくまで比喩だと思う。

 そして、今ので確信した。

 アドニスは決定的なところで勘違いしていると言うことだ。


「アドニスさんは、両親のどちらか……または目上の人に、『相手の気持ちになって考えろ』とか教えられたことはありませんか?」

「ある。そして、俺は物事を計るときその言葉を履行してきたつもりだ。剣の場でも、相手の気を察することが出来なければ、不用意に飛び込むことになりかねないからな」

「それは結構なことですけど、アドニスさんの場合、言葉の意味をはき違えている節があります」

「どういうことだ?」


 アドニスは眉をしかめた。


「『相手の気持ちになって考える』と『自分がもし相手だったらと考える』は、表面上はよく似ているように思えますが、実際は全く別のことです」

「…………」

「自分だったらこうするのに、を相手に押しつけて考えるやり方は『相手の気持ちを考える』ではありません。自分が出来ることが必ずしも相手にも出来るわけではありませんし、自分がしてもらってうれしいことが、必ずしも相手を幸せに出来ることとは限らないからです」

「…………」

「今度からこう考え直してください。『相手は、自分じゃない』って。こう考えることで相手の気持ちを一度リセットするんです」

「……だが、それではわかり合えたりはしないだろう?」

「そうですね。次にこう気持ちを切り替えてみてください。まず、『相手の立場に立って』次に『相手の気持ちを“想像する”』……できますか? ただし『理解』しようとしないでください。そんなこと誰もできませんから」

「……同じ意味、ではないんだな?」

「似て非なるものってやつです。剣士と戦士くらい違います」


 などとテキトーなことを言ってみる。アドニスが考え込み始めたので先を続けた。


「自分が相手側に立つんじゃなくて、相手の“立場”に立って“想像してみる”んですよ。ザイルさんを例にあげればどうです? 『自分でやりたい』の他に『決して人族に迷惑をかけてはいけない』『巻き込んではいけない』『兵士の任務の妨げをしてはいけない』って“想像”できませんか?」

「……そうだな」

「別にアドニスさんを責めているわけじゃありません。状況判断としてはむしろアドニスさんの方が正しかったりもしますから。結果がどうあれ、俺たちは選択をしたんですし、後戻りは出来ません。よりよい方向へと舵を切りつつ先に進まないといけません」


 そう言って、俺は新鮮な空気で肺をいっぱいに満たした。

 もしも“町に帰還する”を考えない場合は、アドニスは正しい。俺たちは使い捨てにされた駒であるならだ。情報を『送れる』と分かった以上、俺たちが帰り道で死んでも、町も町の住人も王都の兵も無傷だからだ。


「ともあれ、『戦闘』に関しては今まで通りでいいと思います。というか、戦いの感覚のまま相手との距離を縮めようとするからおかしくなるんですよ。アドニスさんの場合、『相手に気を遣う』ぐらいじゃ変化はないでしょうから、この際『お節介を焼く』ぐらいのことをしてみてください」

「おせっかい……」


 困惑した表情を浮かべるアドニスに、俺は指を突き立てていった。


「“お節介を焼く”です。戦闘時以外の行動で相手との距離を縮め、且つ、相手のことを思いやるには一番の方法だと思います。何しろ人に好かれやすくなります」

「いや、……まて。話の途中から内容がすり替わった気がするぞ」

「そうですか? “彼を知り己を知れば百戦殆うからず”って言うじゃないですか。相手と距離を縮めるには『お節介』ですよ。『思いやり』でもかまいません。それに、人の好意に対して相手がどう動くか、それもまた“想像力の答え合わせ”にも繋がります。要するに精神の修行と考えてしまえばいいんじゃないですか?」

「……精神の修行、か」


 アドニスは苦虫をかみつぶしたような渋い顔になると、ため息を吐いた。


「善処しよう……」

「人間そんなに早く変われませんけど、心の片隅に『お節介』の張り紙を貼っつけておくことで、たまに思い出して実践するようにしてるとそのうち自然と出来るようになりますよ」


 まあ、心に余裕のある人限定なんですけどねー。無い人はまず自分の頭のハエを追い払ってください。


「それはトーダも実践していることなのか?」

「え? してませんよ。たぶんクレイもそんなことしてないと思います」


 クレイは天然だろうけど、俺は人にお節介焼けるほど余裕ないし。

 ザイルさんのことだって、安全第一を計算した結果な訳だし。俺個人がザイルさんの助けになるとは思えないから、アドニスを加勢に送り込みたかったわけだ。


「おい……」

「待ってください。からかっているわけじゃないですよ。逆に言えば、アドニスさんが戦闘に特化しすぎているんです。戦闘時の張り詰めた空間の中での思考回路が、そのまんま日常生活にも現れているんじゃないですか?」

「そこまでじゃない。宿舎でも気を張ってはいるが、だからといって疲れているわけじゃない。普通だ」

「いや、疲れる疲れないの問題じゃないんですよ……まあ、いいや。一度クレイと相談した方が良さそうですね……。話は変わりますけど、アドニスさんは宿舎暮らしなんですか?」


 どうにも手に負えなそうなので話を変える。

 距離的には半分以上来たと思うけど、何事もなければいいんだけどな。俺たちも、ザイルさんにも。


「ああ。兵士の寄宿舎だ。部屋は個室だが家賃が安くて、近くに兵士専用の食堂もある。俺は冒険者時代は狩りと採集、保存食での自炊ばかりだったからな。ここにきて毎日3食まともな食事が出来たのには感動したものだ」


 アドニスは頬をほころばせているが、俺は自炊と聞いて逆にげんなりとしてしまう。

 料理は苦手だ。何というか……料理のひと手間ふた手間ってのが面倒くさく感じてしまって、シンプルな玉子かけご飯でも満足してしまうぐらいだ。

 町で暮らす住まいをバルバ隊長は用意してくれるらしいが、もうひとつふたつ闇仕事をこなして兵士食堂にタダ飯食いに行けるようにしてもらうかな。

 異世界での一人暮らしで、偏食が原因で体調崩すとか目も当てられないし。


 そのあとは寄宿舎での暮らしとか、食堂の献立とか非番の過ごし方とか色んな話をしながら歩き、やがて目的地に到着した。

 村の周りはまだ森に囲まれてはいるが、茂みの向こうが村を囲む塀になるらしい。

 ただ、こちらからだと毒草の群生地に入ってしまうため直進は出来ない。聞けば、村の周囲は正面以外は小道を挟んですべて毒草で覆われているというのだ。その小道にすら魔物よけの忌避剤をまくのだからかなりの徹底ぶりだ。

 そして俺たちの目の前には、そんな村との地下通路で繋がっているという秘密の抜け穴があった。

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