第27話 精霊使いザイル

「トーダ様。顔色が優れないご様子ですじゃ。なにか悩み事でも抱えておられるのではありませか?」


 心を見透かされたような一言に、俺はどきりとしてザイル氏を見た。

 ザイル氏は俺を心配そうな顔で見つめていた。いつから見られていたのだろうか、ぜんぜん気付かなかった。


「え、そうですか? 顔色悪いですか? 俺」


 頬に手を当ててみる。おおぅ、髭でざらざらだ。丸2日ほど剃ってなかったからなぁ。

 まさか髭が濃いせいで顔色悪いなんて言わないよね。


「はい。とてもお疲れのご様子ですじゃ。もうじき沢に到着するでしょう。それまで気を抜かず、手綱を放さずにいてほしいですじゃ」

「あ、はい。すみません。……たぶん、少ししか寝てないからだと思います。俺はちゃんと寝ないと体が保たないタイプみたいで。今日の朝も早かったですし……。本当は、この先遣隊にも参加する予定じゃなかったんですけど」


 今更愚痴を言っても仕方ないのだが、とにかくもう疲労が溜まっている。


「それはそれはお疲れ様でした。私は負傷された兵士様達の看護の方に出ておりましたので、葬儀の方は孫に任せましたじゃ。孫は上手にやれたでしょうか?」

「はい。お孫さんの精霊魔法はもはや芸術の域ですね。遺族の方も喜んでいるようでした」


 まあ、お墓をあそこまで綺麗にデコレートされると、一瞬心を奪われそうになる。ケイトのは一種の治癒魔法だな。心の方の。

 ちなみに、一晩経って見てみたら、全体的に欧米風のシンプルなお墓に戻ってたけど。


「そうでしたか。私も昨晩は遅く帰りまして、あまり孫とは話が出来なかったので、少し心配をしておりましたですじゃ」

「立派なお孫さんをお持ちで」

「あの子は自慢の孫ですじゃ」


 ザイル氏は謙遜することなく誇らしげに胸を張ると、すぐに照れたように「ほほほっ」と笑い鼻の頭をかいた。

 微笑ましく思うが、ううむ、何だかどんどんと頭が重くなってくる。俺は、ふぁ~っとあくびをした。眠い気がする……。

 さすがに居眠りするような状況じゃないけど、乗馬ってのは結構体力を消耗するのかもしれない。それとも馬を走らせるのに慣れていないだけなんだろうか。

 ザイル氏は俺の馬に向かって何事か呟く、するとほんのわずかだが馬から伝わる振動が抑えられ、体感する揺れが小さくなった気がした。

 おおっ、と俺が驚くのを見て、ザイル氏はまた「ほほほっ」と笑った。


「馬に『もうすぐで休憩だからしっかり走りなさい』と活を入れましたじゃ」

「ザイルさんは馬と話せるのですか?」


 獣医ドリトルか、と突っ込みを入れそうになるが、ケモ顔に免じてやめておく。


「ほほほっ。明確な意思疎通は出来かねますが、私たちクリスラガー族には『言霊』という【スキル】がありましてな、おおよそ気の知れた動物にならば思いを伝えられますのじゃ。そういうトーダ様も、あちらのダダジム様と話しておられたではありませんか」

「ははは、あいつらは普通に言葉を理解してくれますから。ただ、向こうからは話せないので、ジェスチャーとか簡単なやりとりしかできませんけど」


 そういえば、あのダダジムって知能指数高いよな。指輪探してるって伝えたらポケットの辺りを指さしてたし。少なくともファイヤーウルフとかネグレクトヒヒみたいな魔物より、ずっと人間に近い。

 召喚獣ってアンジェリカは言っていたが、ただの話せない亜人に近い気がする。

 ……いやまて、こいつらジャンバリンさんの死体食ってたし。やっぱ魔物系だ。

 落ち着いたら問い詰めてやろう。


 ふと、ケイトのことで思い出したことがあったので、この際に言っておこうと思った。


「ああ、そうだ。話は戻りますけど、ザイルさんは今朝はケイトさんと話をしましたか?」

「ええまぁ。この先遣隊の話を聞いたときに、今夜は少し遅くなるとだけ伝えましたじゃ。今朝は、孫はなにやら朝早くから出かけていきましての、私も小さい孫達の面倒を見ていて、ばたばたしておりましたから、それほど話せんかったですじゃ。……孫がなにか?」


 先ほどと一転変わって不安そうな顔を見せるザイル氏。


「あ、いえ、別にケイトさんを責める話じゃないんです。むしろ逆で、さっきも話しましたけど、今朝からケイトさんには助けられまして。あー……じゃなくて、はい。朝から葬儀が一件入りまして、ジャンバリンさんという方の『浄化葬』を行ったのですが、その時にケイトさんの力を貸してもらったんです」

「そうですか。孫がお役に立って良かったですじゃ」


 ザイルさんはホッとしたように相好を崩す。


「それでいくらかケイトさんにお小遣いを渡したんですけど、構わなかったですか?」


 9歳児にお金を渡してイケナイ行為を手伝ってもらったわけだし……。

 …………。

 違った違った。いろいろと手助けしてくれたお礼に、心ばかりのお礼を渡した、だった。

 うむむ。いよいよ頭が働かなくなってきたぞ。


「そんな……、お金など……。トーダ様。孫はお金儲けのために働いておるわけではございません。私たちのような移民の亜人など、ミサルダの町とそこに住まう人々のために働いて当然ですじゃ。それに孫達は、ありがたいことに教会にも通わせて頂いております、葬儀のお世話くらいはさせて頂いて当然なのですじゃ。お金などもってのほかですじゃ」


 ザイルさんは慌てたようにまくしたて、もらったお金はお返しいたしますと言ってきた。

 ……なるほど。話を聞く限り、ザイル一家は貧乏しているようだ。ケイトがお金に目を輝かせたのも頷ける。

 ケイトの墓守はボランティアで、ザイル氏の馬場でのわずかな給金が生活を支えているのだろう。

 だとすると、少し困ったことになる。もしもこのまま話が進んだとして、ケイトがザイルさんにこう告げるとしよう。


「お母さんのところに行ってくる。旅費は持ってるの」

「このお金はどうしたんだ」

「もらった。稼いだの」

「返してきなさい!」

「えーー!!」


 そして俺が、なぜか金貨と銀貨をケイトからぶつけられ、涙目でなじられる。下手すりゃ埋められる結果となっていた可能性があったわけだ。

 今後の友好なズブズブ関係のためにも、ケイトに貢いだお金は、そのまま受け取ってもらわなくてはいけない。


「それは困ります。ケイトさんには俺が無理を言って手伝ってもらったのですから、その対価は受け取って頂かないといけません。ケイトさんにはそれだけの価値がある、素晴らしい――精霊使いです」


 素晴らしい人です、とか口にしそうになってしまった。……人扱いしたらやっぱり迷惑だよな? 俺も素晴らしい犬です、とか言われたら笑顔が強ばりそう。


「ですがじゃ……、金銭のやりとりが孫の手の中で行われてしまうと……。あの子はまだ9つで、その、早いと思うのじゃが……」

「大丈夫ですよ。俺にとっては『わずか』な金額ですし、それに今度また仕事を手伝ってもらうこともあるかもしれません。いずれケイトさんも素敵な大人の女性になるでしょうし、この経験は金銭感覚を養うには絶好の機会かもしれません。それにこれは、お互いが今後上手く付き合っていくための『投資』と考えてみてはいかがでしょうか。ケイトさんも俺も、町で一緒に暮らす仲間として、友好を深めていきたいのですが」


 なんか悪徳商法の詐欺師みたいな言い方になってしまったが、ごり押ししてでも納得して頂かないと、埋められる。


「ほ、ほほほっ。それではその、今回は当人の意志に任せるとしますですじゃ。じゃが、いずれあの子の母親にも話して、その、了解を得ないと、私の一存ではまだ早いと申しますか、じゃ……」

「いいえ。いいえ。いいえ。とりあえず、『今回は』ケイトさんがお小遣いを受け取ることに同意して頂ければ、こちらとすればそれで結構ですから。次回は事前に、確かに、確実にザイルさんにも通達することに致しますから、安心して下さい」

「そ、そうですか。その、はいですじゃ……。トーダ様は、ですが……孫は、いえ、なんでもないですじゃ……」


 俺の鬼気迫る説得が通じたのか、ザイル氏は眼をキョドらせながらも了承してくれた。

 これでよし。ああ、気が抜けたら頭がぼぉっとしてきた。眠い。

 ザイルさんが、「孫にあまり無理な行為は」とか「身体はもう大きいですが、まだ9つになったばかりで」とか「母親が」とか「孫はまだ初潮がきてませんですじゃ」などなど、ぼそぼそと遠慮がちに孫自慢してくるのを「なにも問題ありません」とか「大丈夫です」とか「心配いりません」とか「想定の範囲です」とか、疲労で思考力がマヒしてる脳みそ動かしてニコニコ応対していたら、アドニスから声が掛かった。


「着いたぞ、トーダ。ここで休憩しよう」


 ああよかった。お腹すいたし、少し横になりたい。楽になりたい。

 俺は意識を手放した。



 少しだけ昔話をさせてくれ。

 俺が妻――恵子と出会ったのは、スカイウエイブという結婚相談所だった。

 恵子は俺よりもひとつ下で、看護師の仕事に就いていた。

 実際会ってみると、相談所の人に紹介された写真よりもずっと綺麗で、俺は舞い上がってしまい、うわずった声で挨拶をしたのを覚えている。

 40分間の個室での会話は楽しかった。

 相談所の人に『明るくて、優しい人』とお願いしていたのだが、まさにその通りの女性だった。

 会話が楽しかったってことだけ覚えている。内容はきっとつまらないことに違いなかったけど、コロコロと笑う彼女の笑顔が綺麗で、このときがずっと続けばと思った。

 初めて会ったときの彼女の髪型は、お嬢様ヘアーだった。縦ロールというやつだろうか。

 気恥ずかしかったが、相談員に言われたとおり、たくさん彼女をほめて、たくさん笑った。

 最後に、「楽しかったです。また会って下さい」と、そう言って退室した。

 彼女が「はい」と笑顔で言ってくれたのが、とてもうれしかった。

 期待なんてしていなかったけど、その日いちにち、いい気分だった。

 そんな思い出のひとかけら。



 うっすら目を開けると、木々の間から空が見えた。

 どうやら少し眠っていたらしい。


「目を覚まされましたか。まだ起き上がらない方がいいと思いますじゃ」


 ザイルさんの声がすぐ隣から聞こえた。すぐに分厚いガサガサした手が額に乗せられる。

 なぜか目元を拭われた気がした。

 手が額から離れる。


「アドニス様。トーダ様が目を覚まされましたじゃ」


 俺は、むくりと上体を起こした。まだ頭がぼぉっとする。

 付いた手が、赤い絨毯の手触りとその下から伝わる確かなを生命の躍動を感じた。そこはダダジムタクシーの上だった。

 景色は流れるように目の前を過ぎていく。かなりのスピードだった。昨日、町に向かっていたときよりもずっと早く感じる。

 ダダジムタクシーの上には、俺の他にはザイルさんが座っていた。ザイルさんの左手首には先ほどまでなかった包帯が巻かれていた。

 不思議に思って問いかけようとすると、後ろの方からアドニスの声がした。


「トーダ、気がついたか」


 少し後ろを走っていたアドニスが、ダダジムタクシーに追いついてきて併走し始める。隊列は年寄り連中が3人とも前で、真ん中にダダジムタクシー、一番後ろにアドニスと俺とザイルさんの馬が走っている。

 たぶんザイルさんが馬に話を付けたのだろう、後ろの馬二頭は手綱を操作しなくてもアドニスを追走してきていた。


「大丈夫か?」


 アドニスにしては珍しく心配そうな顔だった。俺は「平気です」と返した。

 ドカカ、ドカカ、という地を蹴る馬の蹄の音が本当に近い。手を伸ばせば触れられるほどの間近で馬を見るのは初めてだ。走っている馬の躍動する筋肉が素晴らしい。


「……すみません。途中から気を失っていました。俺は落馬したのでしょうか」


 それにしてはどこも痛くはない気がする。手のひらや顔などにも擦り傷ひとつ無かった。


「お前は馬上で気を失ったんだ。俺が後ろを振り返ったとき、お前は馬の首にもたれ掛かるようにして崩れる直前だった。そこをザイル氏が助けようとして怪我をしたんだ」

「え、じゃあ、その怪我はやっぱり……?」


 俺はザイル氏の左手首に巻かれた包帯を思い出して目を向けるが、ザイル氏はさっと包帯の巻かれた手を後ろに隠してしまう。


「トーダ様は落馬いたしませんでしたじゃ。私が『手綱をしっかり持って』と言ったのをちゃんと守っていただけたのが功を奏しまして、代わりに、そうとは知らず勘違いした私が気を取り乱して落馬してしまっただけですじゃ。ほほほっ、お恥ずかしい限りですじゃ」


 恥じ入ったように笑うザイル氏に、そうですか、と口を開こうとしたとき、アドニスが厳しい口調で割って入った。


「トーダ。ザイル氏に礼を言っておけ。俺の目には落馬しかけた体勢のお前を、ザイル氏は精霊魔法を駆使して元の体勢にまで戻したようにみえた。ザイル氏の『土崩属性』の精霊魔法がお前を下から持ち上げたんだ」

「え、それってまさか……」


 それで合点がいった。ケイトやザイル氏の使う土崩属性の精霊魔法は、言霊と共に自らの魔力を大地に注ぎ、その対価として大地の精霊を扱うことが出来るのだろう。

 だからその過程において、術者は両手を大地に付ける必要がある。馬上からでは大地に手が届かないとすれば、それはもう――手の届くところまで身体を移動させる必要があるわけじゃないか。

 俺はザイル氏を見た。

 ザイル氏はいたずらがばれた子供のように縮こまり、目を伏せていた。

 どうしてこの方は、これほどまでに卑屈を貫くのだろうか。

 俺はきちんと正座してザイル氏に向き直ると、ぺこりと頭を下げた。絨毯に頭をつけると逆に嫌がられそうなので、深めに下げる程度にとどめた。


「ありがとうございます、ザイルさん。俺が怪我しなかったのはザイルさんのおかげです。助かりました」


 きちんとお礼を言っておく。

 思った通り、慌ててザイル氏も頭を下げてくるが、俺はザイル氏の肩に触れてをそれをとめた。お礼を言うのはこっちだからと。そう言うと、ザイル氏は肩の力を抜き微笑んだ。

 服の上からでも分かるほど、ザイル氏の身体は痩せていて、俺はどきりとした。


「トーダ。俺たちはさっきの沢で休息と昼食をとった。お前の分はそこの鞄に入っている。お前達はそのままそいつに乗って移動すればいいだろう。帰りは、疲れた馬と交代することが出来るからな」

「わかりました。ありがとうございます、アドニスさん」


 アドニスは俺の礼に目で応えると、馬の速度を落とし後ろに下がっていった。俺たちが話す内容が聞こえないような距離だ。それはアドニスなりの気の利かせ方なんだろうか。


「俺はどのくらい気を失っていたかわかりますか?」


 そう訪ねると、ザイル氏はぶかぶかのローブの中から懐中時計をとりだした。ぱかっと蓋を開けると、そこには文字盤と時計の針が動いていた。円を描くように振り分けられた12の文字と長短2本の針がやや真上を指していた。


「ほんの2時間程度ですじゃ。アドニス様は眠っているだけだと言って、沢では起こさず、トーダ様を木陰で休ませていたのですじゃ」

「わかりました。おかげで少しスッキリしました」


 礼もそこそこに、俺は食い入るようにザイル氏の手にある懐中時計を見つめた。

 【解読】のスキルで書かれた文字自体は読めるが、それは漢字でも数字でもないこの世界の文字で書かれていた。

 おそらくだが、ここに来た【選出者】が造り出したのが広まったのだろうと推測する。

 俺があまりに真剣に懐中時計を見つめているのが気に掛かったのだろう、ザイル氏は俺の手に懐中時計を持たせてくれた。


「この懐中時計は、息子が買ってくれたのものですじゃ。『お父さんも、もっと文化的な生活を送ろう』などと生意気なこと言いましてな。少ない給金の中から買ってくれましたのじゃ」

「……親孝行な息子さんですね」


 懐中時計は100円で買えるような簡易なタイプではなく、少なくとも15000円クラスの、昔のアンティークを思わせるネジ巻き式のものだった。六角形のねじ穴が背面に付いていることから、まさか防水ではないだろうが、円盤の秒面にはしっかりとしたガラス板が取り付けられていた。これを加工できるってだけでもすごいと思うのだが。 

 あと、1日1度巻くタイプのネジ巻き式って、造られた時代云々はともかくとして、基準としている時刻がなければだんだん狂っているはずなのだが、そこのところはどうなっているのだろうか。


「この時計の基準となっている時刻はなんですか?」


 俺たちの世界では昔はラジオで合わせ、今では電波時計が勝手にやってくれるが、この世界の時間や時刻の概念が明確であるなら、もっと文化が進んでいてもおかしくない。

 だが、ザイル氏は俺の問いに対して、小首をかしげた。


「ほほほっ? おっしゃっている意味が私には理解できませんでしたじゃ」

「えっと。この時計も何日か経てば基準の時間から遅れたり、早まったりしますよね? それをなにを基準に直しているかなって」

「ほほほっ。この時計にはそういったことは起こりませんですじゃ。魔晶石が入っておりますから、動力はそれでまかなっておりますようですじゃ。もう、12年も経っておりますが、まだ魔晶石の交換はしておりません。時間のずれも、町の柱時計を見る限りでは同じなはずですじゃ」

「え、じゃあこれってネジ巻き式じゃないんですか? 後ろにある六角形の穴ってなんですか?」

「それは王都にある時計屋が魔晶石の交換をするために開く鍵穴だと思いますじゃ。私も中までは見たことはありませんので、あまり詳しいことは言えませんですじゃ」


 ……驚いた。

 どういう原理かは知らないが、時刻がずれないって事は電波時計と同じって事だぞ。

 魔晶石っていうのは、つまり電池みたいなものだと思うけど、こいつがどうも大元みたいだな。同じビートを刻むそういう性質でもあるんだろうか。

 詳しくは分からないけど、科学関係ない世界だな、ここ。文化発展しているのか、発展途上なのか線引きが分からない。

 とにかく時の概念がしっかりしている以上、舐めてかかれないなこの世界。

 俺は懐中時計をザイル氏に返した。


「ありがとうございます。いい時計ですね。息子さんもミサルダの町で働いているんですか?」


 ザイル氏は何も言わず寂しそうに微笑むと、懐中時計を服の中にしまった。

 まずいことを言ってしまったな、と同時に、まずいことを聞いてしまったなとも思った。

 しかし、ケイトの件も気になるので、ちょっと聞いておこう。


「ケイトさんには母親のことは聞いていたんですけど、父親のことは話さなかったですから。ただ、おじいちゃんがいることはよく話していました」

「ほほほっ。ケイトが家族のことを話すのはパーソン神父だけだと思っておりましたが、やはり、あなたにも話しておりましたか……。ケイトはその、少し人見知りでして、ほほっ、この町では友達が少ないようなのですじゃ。……トーダ様、もしよろしければ、孫と末永く仲良くしてはもらえませんでしょうか?」


 そう言って、ザイル氏はふかぶかと頭を下げた。

 ケイトは人見知りは人見知りっぽいが、仲良くできないのは自分の性格と……町の人の亜人に対する考え方じゃないかと思うけど。


「あ、はい。仕事の手伝いをしてもらったこともあって、今朝すっかり打ち解けまして、話もその時に……」

「け、今朝ですと!? 昨夜会ったばかりで、今朝ですと??!」


 ザイル氏がビックリしたような声を出すした。俺も少し驚くが、


「はい。その時に少しだけケイトさんの母親のこととかを聞いたんです。今後、またケイトさんには頼み事をしてしまうかもしれませんが、そのときはよろしくお願いしますとお伝え下さい」

「…………わ、わかりましたですじゃ。相手がトーダ様なら……。いやいや、あの子の母親にはきちんと飛翔文を送っておかねば……」


 なにやらぼそぼそと呟いているザイル氏だったが、了承してくれたととっていいだろう。

 ザイル氏にまず話を通せば、たとえどんな汚れ仕事でもケイトの奴も嫌とは言わないだろう。くくくっ。しかも、お礼金はザイル氏に渡すようにすれば、次からはその額も減らせると言うわけだ。

 「ああ、しかしあの子の母親になんと言えばいいのやら……」と、なにか嘆いた感じのザイル氏だったが、それはともかく、腹ごしらえといこう。

 俺は、寝ていたとき枕にしていたらしい荷物入れの中をまさぐると、薄い布でくるまれたサンドイッチが出てきた。今朝食べた奴より豪華で、葉っぱと肉がはみ出していた。

 俺は手を合わせて、今日の恵みに感謝した。


「いただきます」

「いやだめじゃだめじゃ、そんなことはとうてい書けん、もし他の誰かに見られでもしたら……そう、再婚相手とか……」

「もぐもぐもぐ……、美味しいですね、これ。なんの肉ですかね?」

「そうじゃ、あの方はもうすでにお腹に御子を宿しておるしの……、性には寛大な方じゃ、問題はそのお相手となる方じゃ……」

「もぐもぐもぐ……、豚かな? 牛かな? なんか違うような気もするけど、チーズとか入ってて美味しい。なんかコリコリって軟骨みたいな食感もありますし」

「もしそのお相手の方が孫のことを良く思わなかったら……。いやそれよりもじゃ、このことが長老様の耳に入りでもすれば……私は……、家族は破滅じゃ……」


 佳境に入っているザイル氏の嘆きを聞きつつも、俺は荷物入れの中に手を伸ばしてピッツィーをゴロゴロと取り出した。

 ……帽子に一杯分ほどある。大量だ。とうていひとり分とは思えない。おそらくほぼ全員が残しただろう量だ。年寄りのくせに好き嫌いをするなんて。


「ザイルさん。ピッツィーを一緒に食べませんか?」


 俺は一応ザイル氏に勧めるが、


「よして下され。私は今食べ物が喉を通る心境ではありませんじゃ」


 すげなく断られる。

 仕方ないなと思いつつも、俺はふと【鑑識】を使ってみることにした。


 『ピッツィー』

 ・疲労回復効果 食べられる


 ふむ。疲労回復効果か。今の俺にちょうどいいか。まあ、余ったら余ったでまた後で食べればいいか。もぐもぐ。うまいうまい。

 結局、6個ほど食べきれなかったので布に包んで荷物入れの中に戻した。

 途端にまた眠気が襲ってきた。ザイル氏を見ると、虚ろな目で何事か呪文のように呟き続けている。怖い。

 俺は行儀悪いと思いつつも、眠気には勝てず、横になることにした。おそらくは戻りは馬で帰ることになるだろう。今のうちに体力を回復させておかないといけない。

 俺はザイル氏に背を向けて目を閉じた。

 ザイル氏の呟きが、子守歌のように聞こえ、俺はすとんと眠りに落ちた。

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