第18話 計画殺人

「トーダ。トーダ。起きろ。トーダ」


 我が眠りを妨げるのは何者じゃ……。やめて。まだ眠い。営業時間は8時からです……。

 体を強引に揺すられ、俺は嫌々目を覚ました。はっきり言って寝た気がしない。辺りもかなり暗い。というか、暗い。つまり夜か。ぐぅ。


「起きろって。頭から毛布かぶるのは良くないぞ。没収だ」

「……うぅ。起きました。でも寝かせて下さい。毛布返して。眠い。寝たい。寝る……」


 容赦なく毛布をはぎ取られる。非道い。だがまだ睡魔の方が強い。やつは四天王の中でも最凶の戦士。

 もう一度眠りにつく直前、俺の体がアースクエイクされる。

 やめて、まじやめて。


「ベンの野郎に恩赦がでた。釈放されて……おそらくおまえを捜している」

「…………おんしゃ……? ベン? 捕まったんじゃないんですか? 何で俺を?」

「まだ寝ぼけているな。いいさ、これを飲め。スッキリするぞ」


 瞼の降りた暗闇の中、クレイとおぼしき人物から液体の入った革袋を渡される。急かされるので仕方なく中の液体を喉に入れた。

 甘く新鮮な味わいが口いっぱいに広がり、胃の中に駆け込んでいく。果蜜酒だと気がついた俺はそれを一気に飲み干した。キューッとする。喉の奥がキューッとする。


「どうだ。少しは目が覚めたか?」

「……おしっこしたいです」

「おまえな……まあ、とにかく外に出るか。毛布にくるまったままじゃ話にならないからな。おい寝るな。世話焼かすな、子供か」

「うう。俺、どのくらい寝てたんですか? 全然寝た気がしないんですけど」


 果蜜酒を飲み干したおかげか、胃の方からぽかぽかと温かくなってくる感覚はあるのだが、いかんせん眠いのだ。俺は目をこすりながらクレイのあとについて歩いた。

 ぼんやりする頭のまま「【鑑識オン】俺」と呟き、時間切れでオフになっているスキルを全てオンに切り替える。【平常心スキル】も睡魔には効かないのか、頭がぼぉーっとしたままだ。

 【魄】は昨夜最終チェックしたときと同じ172%をキープしている。寝たからといって天使の取り分がなくなったりしないようだ。


「2時間ほどか。まだ夜は明けていない。おい、聞いてるか? ……さっき俺のところに連絡があった。……ベンがカーゼス町長から恩赦を受けて無罪放免となったらしい」

「いや、意味わかんないですけど。何でベンが無罪になるんですか? 殺人事件ですよね?」

「知らねぇよ。おおかたフラフラやってきたカーゼス町長にベンが泣き落としでもしたんだろうよ。ベンは殺した罪を認めないし、アンナの肉親はそれを赦しちまうしで、それで野に放たれたベンが、血眼になっておまえを捜してるって訳だ」

「いやいやいや。それって完全に逆恨みじゃないですか! あれだけ俺のこと殴っておいて復讐とか、どんだけ執念深いんだよ……」

「なに言ってんだ。おまえだって奴にゲロ吐きかけたくせに。あいつあのまま、着替えも出来ないまま牢屋にぶち込まれてたみたいだからな。臭かったんだろうぜ」

「中身は直前に飲んだ果蜜酒ですよ」


 俺たちは連れションしながらそんなことを話し、「手を洗いたい」と言う俺の常識を無視し、紙に包んだチーズの塊と昨日の黒パン、それに異様に長細いトマトをひとつ渡された。そういえば腹が減ってる。食えと言うから仕方なく食べながらクレイの話を聞いた。


「カーゼス町長はもう駄目だろう。部下からの話だが、少しおかしくなっちまったらしい。ベンに恩赦を与えて釈放しちまうわ、会議で訳のわからないことを話し出すわ。……今もフラフラとどこか彷徨ってるらしくてな、探しているところなんだ」

「もぐもぐ。このチーズ変な味しますけど、不味くはないですね」


 固形物では雪印のチーズぐらいしか食べたことないので、異世界でのチーズ風味というのは新鮮かもしれない。酸味が少なくて口溶けがいい。粘土みたいに柔らかくてちょっとべたべたする。


「……まあいい。ゆっくり食え。黒パンには切れ目が入っているから挟んで食べると食べやすいぞ。そのチーズもバローン種の乳牛から作ったやつで、この町の特産なんだ。トーダのところじゃ、どんなチーズがあるんだ?」


 クレイに言われたとおり、チーズを平べったく押しつぶして黒パンに挟んで食べると、なかなか食べやすくてうまかった。


「どうでしょう、作り方は知りませんけど、ホルスタイン種だったと思います。ユキジルシのチーズ。でも、このチーズみたいに柔らかくなくて、匂いが強い感じですかね」

「ふーん。どちらも聞いたことのない牛種だな。何頭ぐらいいるんだ、トーダのところは?」


 むぅ。そういうことを聞かれても酪農家に聞けとしか言えない。

 ボロが出る前に話を戻すことにする。


「もぐもぐ。そんなことより、ベンですが。まさか、町で俺を見つけたらいきなり斬り付けてきたりしませんよね」


 辻斬りか、もしくは赤穂事件みたいに。殿中ではないので、誰も助けてはくれないだろう。


「あの馬鹿、キレると止まらないんだよな。いつもはアンナがひっぱたいて、それで終わりだったんだが。……それと、おまえが言ってた東門の内通者。生き残ってる方を問い詰めたら自白してな。まだ数人共謀者がいて、それがよくベンと連んでいたヤツらだったわけだ」


 すでにその数人は捕らえられたという。


「……驚いた。ベンも内通者の1人だったんですか?」

「いや、ある程度作戦には関わっていただろうが、どうだろうな。当日、直前になってアンナ殺しを犯したため、それどころじゃなかったんだろう。逆にベンもそれを逆手にとってアンナの死体を隠そうとしたわけだが」

「そんなベンを釈放してしまっていいんですか?」

「それがわかったのも釈放されてからだったからな。留置所の番をしてたのも新人ひとりだったってこともあってな、今動ける兵士が総出でベンの行方を追っている。ベンはそのことを知っているのか知らないのか、おまえを捜しているわけだ」

「じゃあ、クレイは俺の身の安全を守りに来てくれたと……?」


 うわっ、クレイ超いい奴じゃないか。感動してしまいそうだ。

 俺は思わずクレイに握手を求めてしまうが、クレイは困ったように笑うと、どういうつもりか俺の頬をつねった。


「クヘイ……?」


 痛いでござる。


「今から2人でベンを殺す。俺は町の治安のため。おまえは身を守るため。協力してくれ」

「はひ……?」


 ご乱心召されたか。殿中でござる。

 言ってる意味がわからなくて目を丸くする俺に、クレイは指を離すと俺の手元を見やった。


「ピッツィも食べろよ。飲み物はもうないんだからな」


 どうやらこの長細いトマトのことらしい。俺は口に入れようかどうか迷ったが、まずは疑問を口にすることにした。


「殺人を手伝えってことですか? いやですよ。なに言ってるんですか」

「ベンを殺さないと、今日にでもおまえがベンに殺されるぞ。あいつはアドニスと同じ【剣士】だ。墓場とは違って本気で殺るつもりなら、今度は指輪をはめてくるだろうな」

「でもだからって殺すのはまずいでしょ?! 何とかして捕まえて、また牢屋に放り込むんじゃ駄目なんですか?」

「カーゼス町長がまた釈放させちまう。おまえは知らないだろうが、この町じゃ町長の権力ってのは罪人を無罪に出来るくらい強いんだよ。特に今のカーゼス町長は王都でも一目置かれている存在なんだ。だがな、今の町長は……あれじゃベンの言いなりだ」

「だからって、人を、殺すとか……。困る……」


 どうしてだろう。【平常心スキル】を付けているせいかもしれないが、感情の起伏が鈍い気がする。もっと嫌悪感を出してもいいはずだ。

 殺しだぞ? 人殺しを誘われているんだぞ? 仮に断ったら、ベンに逆恨みで殺されるんだぞ? 正当防衛じゃん。やられる前にやれ。右の頬を殴られたら左の頬を殴り返せ。……いや違った。なんだっけ?

 だいたいおまえ――日本人だろ? そうそう、さっき偉そうなこと言ってたよな。ギルドにいた魔法使いの選出者をみておまえなんて言った?


 俺はそいつらとは違う。

 目的と手段を間違わない。


 きゃー、就寝前の俺超かっこいいこと言った。……でも殺さないと殺されるとか。そんないいわけが必要なのか?

 俺にとって、ベンの存在が邪魔だから殺すのか? その考え方って――


「だいたい、ベンを殺したら、今度は俺たちが捕まっちゃうでしょうが……」


 ミイラ取りがミイラに。


「いや、それはない。これは上からの極秘任務……うぉっ! しまった、協力取り付ける前に話しちまった! ……ま、いいか。トーダ。とにかく協力してもらうからな」  


 じろり、とこちらを見るクレイ。


「だいたいおまえ、俺が葬儀の時フォローしてなきゃ、今頃アンナ殺しの盗賊一味としてでっち上げられたあげく、燃やされてたぞ」

「ぐっ……その節は大変お世話になりましたが……、そういう恩につけ込んで俺をヒットマンに仕立てあげようって考え方はよくないと思いまする。いや実は俺は先端恐怖症で血とか内臓とか刃物は駄目なんで――」

「なに言ってんだ。トーダにやらせるわけないだろ。相手は腐っても【剣士】だ。冒険者としての経歴のある奴にトーダみたいな素人が太刀打ちなんかできないぜ。それこそ手足を折るくらいのハンデがないと勝てねえよ。おまえはベンを釣るおとり役にするんだよ」


 クレイがあきれたように言う。

 ほっとしたような。……全然安心できないような。いや、今怒るところじゃなかったか?!


「おとりって……、じゃあ、クレイが殺すんですか? その、ベンを、ぐさっと。ぐちゃっと」

「おまえね……。自分の手を汚さないからってなにやる気になってんだよ。まあいいさ。その前に一応確認しておきたい。――2人で協力してベンを殺す。いいな?」


 クレイはジッと俺の目を見て念を押してくる。

 俺が答えられないでいると、今度は飴を見せてきた。


「ちなみに報酬は、この町の住民権だ。しかも1年間の税金免除付き。たぶんおまえには何よりも欲しくて仕方のないものだと思うぜ。これがあれば、ギルドに登録できるし、宿屋にも泊まれる。それに、通行証の発行手続きも可能だ」


 クレイは大盤振る舞いだぞとも言いたげに指を立てている。


「えっと、たぶんカステーロさんにお願いしたら何とかなりそうですから」


 一応牽制のジャブを入れる。カステーロさんにはいろいろ恩を売っておいたのでたぶん何とかしてくれそう。


「そりゃ通行証のことだろうさ。たしかにあの人ならそれくらいは出来るだろうけど。それでおまえどうするんだ? これから。金は持ってるみたいだったけど、食べる物はどうするんだ? 朝になって町をうろついていたらベンに殺されるぞ」

「う゛……。通行証を使って次の町か村に移動します」


 ダダジムタクシーは今度乗ったら一方通行ですが。


「距離的に一番近いのが、おまえが入ってきた南門からずっと行ったところの村だ。もっとも盗賊が占拠してるかもしれないがな」

「じゃ、じゃあ……東門か西門から出ます」


 そんなことしたらダダジムさんにアンジェリカ救出の意志無しと見なされ、拉致被害者にされてしまいそうなので出来ないのだが。


「どちらも1日半から2日ぐらいかかるな。おまえ食料はどうする気だ? 水は? 外に待機しているかもしれない盗賊対策は出来ているのか?」


 クレイが痛いところを突いてくる。

 わかっている。どちらにしろ、この町以外で食料を手に入れる方法がないんだ。このままベンにおびえながら生きていくつもりもない。


「もしも――ベンを殺す動機が俺を生かしておくだけだったら、やっぱり協力は出来ません」


 それが虚勢だって自覚していても、俺はまだ人殺しにはなれない。

 クレイは俺の顔を見つめたまま「フゥーーーー」と長いため息を吐いた。


「……確かに今回の件で、おまえの【ネクロマンサー】の能力は、隊長も含め上の連中は気に入ったようだった」

「話したんですか?! 他の人にも?!」

「なに言ってんだ、当然だろ? じゃないと報告書の説明が出来ないだろうが。でもまあ、伝わったのは隊長からだけどな」


 それもそうかと思いつつも、『瀕死体験うんぬん』はあまり人に知られたくないような気もする。だとすると、当然俺がネクロマンサーだってことも知られているわけだ。


「あー……。今回の指令だが、別に俺ひとりでもなんとでもなることなんだがな。それをあえておまえを誘いに来たんだ。何でだかわかるか?」


 わからない、と答えれば、クレイは続きを言ってくれたかもしれないが、俺はあえて口にした。


「俺に恩を売りに来た、とかですか? 上の連中に指示されて」


 協力することで、その見返りを【与える】ために来たのだとしたら、つじつまが合う。

 俺の【死体の記憶を読む能力】はいろいろ便利だからだろう。とどのつまり、『手綱』を付けたいのだ。俺の首に。いつでも利用できるようにと。

 だが、クレイが口にした答えは、少しだけ違った。


「半分は正解だな。でもな、おまえに協力を取り付けろとは言われてないぜ。今回は俺の独断でおまえを誘いに来たんだ」

「じゃあ、別に恩を売りに来たんじゃないんですね?」


 いろいろと報酬というか、あの大盤振る舞いは何だったのだろう。


「恩を買い取らせに来た、かな? さっき言ったとおり、ベンがおまえを殺そうと探し回っているのは事実だ。対抗策は限られてくるだろ。俺に協力してベンを殺せば、俺は協力者としておまえの手柄を上に報告して、おまえは住民権を得られるって訳だ」

「? でもそれって、クレイにとって別にいいことなんてなにもないと思うんだけど」


 ただ面倒くさいことをしようとしているだけだ。

 よく言えばお節介で、悪くいえばありがた迷惑だ。上にクレイが『暗殺』の指令を受けたことを、俺に知られるという『情報漏洩』になる。下手をすればクレイは厳罰処分とかになるんじゃないだろうか。

 クレイは言いにくいことでもあるかのように、頭を掻きながらあさっての方を向く。

 だけど、出てきた言葉は直接的だった。


「トーダはさ、このまま行けばきっと近いうちに死ぬ。ベンに殺されるっていう意味じゃない。おまえは自分の命を守る術を知らなさすぎる。受け身体質っていうのか、身の危険を肌で感じてからでないと動けないタイプなんだろうな」

「…………」

「おまえは町の外に出るべきじゃない。昨日言ってた捜し物がどうこうなんて不可能だ。諦めろ。……おまえがこの町で暮らすと決めたなら、いいセカンドジョブを紹介してやるよ。【農夫】とかどうだ。浄洗師をギルドに登録しておけば、グールが出たときなんか、他の町に【浄化葬】のバイトに行けるかもしれない。そんときになったら、アドニスと俺で外の世界を冒険するのもいいかもしれないな」

「…………クレイ」


 夢中で夢を語る少女のように口を動かすクレイに、俺は問いかけようとするが、クレイはそれにかぶせるように言った。


「そういえばおまえ、墓場で母親を殺された坊主にこんな小話しをしていたな。覚えてるか? 神様を信じている男が森で木の下敷きになる話だ」


 俺は口を閉じ、ただクレイに頷き返す。


「最後がよかったな。『だから助けを寄越したろう? それも二度も』って。――トーダはこの町に来て、何度【神に助けられた?】」


 俺がなにも言えないでいると、クレイは俺に背を向けて「ふぁ~~っ……」と大きなあくびと伸びをした。そのまま、こきこきと首を鳴らす。

 それで、クレイの様子がおかしい事情がだいたい解ってしまった。


「……寝てないみたいですね、クレイは」

「ん? わかるか?」


 迷っているようにも。焦っているようにも。苛ついているようにも見える。


「ウチに帰って寝たのなら、防具を外してくるでしょう。ケガをしているのに同じ防具を装着し直すのはいろいろ無駄のような気がしますから」

「ああ。あのあと、おまえと俺たちで作った報告書を提出に行ったら、いろいろあってベンを殺すことになった」


 クレイの口調は俺を起こしに来たときと変わらない。「殺す」と口にしたときですら何の変化も感じさせなかった。

 眠気はすでに飛んでいて、まだ日の昇らない早朝の空気は冷えている。

 俺は手に持っていたピッツィを口に入れた。やはりトマトのような味がした。シャクシャクと咀嚼して、俺の考えも言いたいことも全部丸めて飲み込んだ。


 断れば、たぶんクレイは笑って許してくれて、お休みって別れるだろう。

 クレイはベンを殺しに行って、俺はダダジムと一緒に村までアンジェリカを探しに行く。

 盗賊に捕らえられたアンジェリカの生死はわからないけれど、それを確かめに行く。

 どちらにしろ、そこでダダジムとはお別れとなるだろう。

 ああ、なんだ。そこで『詰み』じゃないか。

 この世界に来た当時よりも、より悪い条件で独りぼっちになってしまう。


 俺に背を向けたまま腕を組んでいるクレイに向けて、


「報酬の件ですけど、ずっと教会の物置に住まわせてもらうわけにもいかないでしょうし、かといって連日宿屋に泊まっていられるほど裕福ではないので、どこか安く借りられる部屋か借家を用意してもらえるとありがたいんですけど」

「それはベン殺しに付き合うって言うことでいいのか?」


 クレイが振り向く。意外そうな、でもどこか少しだけほっとした顔だった。


「おとりやくを引き受けるってだけなら。安全第一で」

「あん……? つまりベン殺しの共犯者になるってのを了承したわけだよな」


 クレイが訝しげに俺を見た。あくまでそこにこだわるのか。


「まあ、そういうことになります」

「ならいいや。そうか。……じゃあ、早速作戦会議でもするか」


 ようやく安心したのか、クレイは屈託なくニカッと笑ってみせると、左手の指輪を口元に運び『*****』と、なにやら怪しい呪文を唱えた。

 左手の指輪――兵士の指輪はその呼び声に応え、まだ薄暗い闇の中、仄かな灰色に辺りを照らした。


「ほら、トーダ。指輪に指輪をくっつけるんだ。そうすればパーティ編成が出来て、チームが組める」

「あ、はい。わかりました」


 俺は言われるまま、ネクロマンサーの指輪を兵士の指輪にくっつけた。

 そしてその瞬間、なにか不思議なものが右手を伝い、心臓まで駆けた――といっても、精電気のように不快な痛みではなく、なにかが『繋がった』ことをイメージさせた。

 クレイがもう一度『*****』と指輪に向けなにか呟くと、灰色の光は静かに消えた。


「これでよし。パーティ編成はうまくいったようだ」

「これがパーティ編成の儀式なんですか? 確かになにかが繋がった気がしましたけど」


 俺は右手をコキコキと動かしてみるが、特に変化はない。まあ、繋がっているという感覚を常に感じ続けるのは気分のいいものではないだろうし。

 そういえば、RPGとかでは敵と戦ったあとの経験値は全員で山分けという設定だったが、今回もそうなんだろうか。……いや、イザベラの奴がネクロマンサーは『クグツ』が稼いできた経験値でしかLvアップ出来ないとか言ってた気がする。

 ぬぅ。つまり、ベンを殺したところで経験値はクレイにしか入らないのか。

 そう思っていると、クレイがなにか怪訝そうな声で聞いてきた。心なしか具合も悪そうだ。


「……トーダ。今までに誰かとパスを繋いだことはあるか?」

「パスって何です?」


 まさかバスケやサッカーのことじゃないだろう。


「今までに誰かとパーティを組んだことがあるのか? パスを繋ぐって言うのは、そういうことだ」


 ラグビーでもホッケーのことでもなかったらしい。


「いえ、まだ誰ともパスを繋いだことはないです。なんせついこの間指輪をもらったばかりですから」

「……そうか。実はな、どうもネクロマンサーとパスを繋ぐと……良くないみたいなんだな、これが。なんつーか、繋がっているだけで力が抜けるっつーか、しんどい。悪い、一旦外していいか?」

「え? ええ、まあ。俺は別に何ともないんですけど」


 俺はもう一度クレイに指輪を差し出し、パーティ編成でパスを解除した。


「いや、悪かった。今までいろんなジョブの奴とパスを繋いできたが、こんなの初めてだ。学生時代に戻った気分だったぜ。ノゾキがばれて土嚢袋担いで校庭20周走らされたあとの気分だ」


 クレイが左手をぷらぷらさせながら恨めしげな目で俺を見るが、そんなこと言われても困る。というか、甘んじて罰を受けろ。

 ……そういえば、イザベラのところでネクロマンサーの特性を見たことがあったが、そこの特性に『ステータス微減』とあった気がする。俺は最初から指輪をはめているから全然普段と変わりない感じだが、パーティを組むと相手側にもネクロマンサーの特性が行くらしいから、その影響だろう。ただ、確かプラス要素もあったよな。えーと。


 特性:腐臭耐性・疫病・死病・感染症耐性・精神汚染耐性・全ステータス微減


 ……ほらー、耐性がすごいー。おならしても気にならなくなるー。たぶん風邪ひかなくなるよ。お腹出して寝てても怒られないよー。あとね、あとね、たぶんエ○ズとか平気っぽい……。あと、統合失調症とか鬱とか……。いえ、もういいです。ごめんなさい。


「あーでも、パスが繋げなくなると、少しやっかいだな。合図が送れなくなる」

「パスを繋いでいると、合図がわかるんですか?」

「そうだ。ある程度遠くにいても簡単な信号を送ることが出来る。霧が濃い道とか暗い洞窟とか、安否確認や仲間のいる方向とかがある程度わかるんだ」


 うーん。指輪を伝って伝わるモールツ信号みたいなものだろうか。


「そういえば、幻術士の指輪じゃなくて兵士の指輪でパス繋げようとしましたけど、違いがあるんですか?」


 クレイにはファーストとセカンドジョブの指輪がある。そのうち兵士の指輪でパーティ編成を行ったのが少し気になったわけだ。クレイの幻術士の指輪はケガをした右手にはめられていて、しかも肩から布で釣られているため、自由のきく左手で行おうとしただけかもしれないが。


「兵士の指輪でパスを繋ぐ方が、信号を送りやすいし、パスの繋がる距離もずっと長い。パーティも『連信』というやり方でずっと多くの兵士と連絡を取り合えるんだ。兵士の指輪はもともとそっちの方に融通が利く特性があるんだ」


 へー。つまり、数の効果を生むのが【兵士のジョブ】ってわけか。


「『連信』って言うのは?」

「パーティってのは6名で組むのが通常だろ。リーダーを決めて、さっき見せたやり方で指輪を接触させる。それぞれの指輪をリーダーが中継役になってパスを繋ぐんだ。通常のジョブだと6名が限界なんだが、【兵士のジョブ】だと、30名くらいまでなら余裕で繋がることが出来る」

「30名ってすごいですね。リーダーからの合図が一括で全員に伝わったりするんですか?」


 メールの一斉送信みたいなものか。


「まあ、6人編成の部隊のリーダーが集まって、またパスを繋げただけなんだがな。でも個別に連絡を取りたい場合は、そいつと直接指輪を接触させてパスを繋がないといけないけどな。っと、そろそろ作戦を話すけど、いいか?」

「あともう一つ聞きますけど、【盗賊】というジョブはありますか?」


 聞いてみる。シーフというジョブがある以上、盗賊もあっても不思議ではない。


「あるわけないだろ。犯罪者の集団の呼称だぞ、盗賊って」


 ばっさりと否定される。【海賊】のジョブは公認されているのに何故?


「あの盗賊達の中には指輪をはめている人が結構いましたから。石の部分は手袋で隠してあったり、そうでもなかったりとか様々でしたし、今思えば両手に指輪をしていた人もいたと思います」

「やっぱり【ジョブ】持ちか……。そうなると、…………まあいいか。とにかく今は目の前の指令をどうにかしないとな。もういいな、作戦会議始めるぞ」

「わかりました」


 腰を据えて作戦会議を始めた。といっても、クレイと2人だけの暗殺会議なので、ひそひそ声のこそこそごにょごにょした感じだった。ランプの明かりで地面に町の地図を描いて、小石や小枝で建物を模しながら、クレイは語る。

 一通りの作戦を聞いてみて、やはり俺の選択は正しかったように思えた。つまり、クレイ側について正解だったかもしれないと、今の段階では言えるかもしれない。もっとも、この暗殺がうまくいけばの話だが。

 ただ、人殺しの片棒を担ぐのだ。知りません、わかりません、その人は最初から死んでいました、などと言い逃れは出来ない。

 結局、綺麗な身体のままこの世界からの帰還は不可能のようだ。おそらく戻れる頃には中原中也の『汚れちまった悲しみに』状態になっているだろう。

 ……まあ、俺には目的があってネクロマンサーやっているので、それが叶うか諦めるかしない限り戻るつもりはないんだけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る