第17話 反省会

 まだ続けるかね? と隊長が尋ねるが、マーサからは返答はなかった。

 その後、しばらくは見苦しい逮捕劇となったわけだが、犯人が連れて行かれると、葬儀途中だったと言うこともあり、すぐさま厳かな雰囲気に包まれた。

 俺はというと、戻って来たクレイとアドニスに両手を引っ張ってもらいテーブルがあるご報告コーナーまで移動した。


 クレイがくれた軟膏は打ち身に良く効くらしいというので、ベンに殴られたお腹の部分に塗りたくってみる。すぐにぽかぽかとしてきて、すぅっと痛みが抜けてくるような感じがした。


「悪かったなトーダ。まさかあいつらトーダを狙うと見せかけて、先に俺たちの動きを封じに来るとは思わなかったからよ」


 悪い悪いとクレイが謝り、アドニスはさっさと事後報告しろとテーブルの上の地図を叩いた。

 まあとりあえず、ベンの一件は解決したと言うことで、俺は胸をなで下ろすことにした。

 聞けば隊長は俺たちと別れたあと、いろいろ聞き込みや現場検証などをしながらあちこち歩き回ってくれたらしい。

 俺たちの世界で言うところのコロンボ刑事的な役柄なんだろう。もしくは古畑任三郎。

 俺は今回の瀕死体験を語り、教室にグールが入ってきた一件の、最初の被害者だと告げた。ちなみに、その加害者であるグールはどうやら一番最初に俺が【魄】を抜いた男らしかった。

 クレイとアドニスは俺の話から地図に置いたポーンを動かしたり、報告書に記載したりした。


「そういえば、さっき隊長と少し話してたんですど、これで町の住人の分の葬儀は終了したみたいですね」

「ああ。残りは俺たち兵士の葬儀だけになるな。一旦全員を家に帰してから、兵士の遺族はまた改めて墓場に集合することになる。南門のところで集まっていた連中も半分くらいは葬儀に参加する予定だ。……まあ、それまでしばらくは休憩ってところだな」


 クレイは、ふあぁ、とあくびをした。

 今何時くらいなんだろうか、外なので時計がない。だが、それよりもクレイに聞いておかないといけないことがあったのを思い出す。


「ところで、ベンが騒ぎを起こす前に、俺になにか【魔法】をかけてたじゃないですか? あれってなんだったんですか?」

「ん。……ん~、まいいか【幻術魔法】だ。俺、一応【幻術士】のジョブをもっているんだよな」

「いいのか、クレイ。こんなやつに話して」

「アドニス。トーダは『こんなやつ』じゃない。第一、さっきのでトーダの墓場での汚名は晴れただろ」

「…………」

「いいんだよ。トーダは【ネクロマンサー】、俺は【幻術士】、そしておまえは――」


 クレイはにやにやとアドニスを指さす。アドニスはため息を吐くと観念したように、


「俺は【剣士】のジョブに就いている」

「ああ、はい。……じゃなくて、二人とも【兵士】のジョブに就いてるはずでしょう? どうして幻術士と剣士なんですか?!」

「おい、でかい声出すなよ。アドニスはともかく、俺が幻術士なのはあまり周囲には漏らして欲しくはないんだぜ」

「俺はいいのか」

「おまえは別にいいだろ。隠すようなことないし。俺のは周囲に知られるといろいろ勘ぐられるからいやなんだよ」

「賭け事に誘ってもらえなくなると困るからか」

「ああ、そうだよ! 俺が幻術でイカサマしてることがばれたら貴重な収入源を断たれちまう。トーダ、いいか。他言無用だぜ」

「やれやれだな」


 二人のやりとりを聞いている間に、俺はもう一度二人に【鑑識】をかけたが、結果は前と同じ“兵士”だった。


「じゃあ、兵士っていうジョブに就いているのは……」

「そいつは【セカンドジョブ】ってやつだな。【ファーストジョブ】は右手に、【セカンドジョブ】は指輪を左手にはめるんだ」


 そう言って、クレイは左手の指輪を見せ、続いて吊ってある右手から少し包帯をずらすと中から茶色の指輪が現れた。【幻術士の指輪】は茶色らしい。


「ちなみにいつもは見えなくしてるけどな。幻術士はレアなジョブだからな」

「でも、アドニスさんの右手には……」

「いや、俺も指輪をしてる。普段はグローブを着けていて見えなくなっているだけだ」


 そう言って、アドニスが指無しグローブの隙間から緑色の指輪を見せた。


「誰もがファーストジョブに就ける訳じゃない。素質や才能がなくて就けないやつもいる。そういうやつは最初から兵士のジョブに就く。兵士のジョブはそれほど難しいものじゃないからな」

「じゃあ、クレイ達は?」

「12の時に王都に行って“資質”を調べてもらって、俺は幻術士、アドニスは剣士の資質があるってわかったんだ。結局そのまま、俺たちは王都の学校に通うことになって、それから何年も王都暮らしさ」

「資質って言うのを調べられるんですか?」

「ああ。この町の住民なら一度は王都に行って、資質を調べてもらっているはずだ。だいたい11か12歳の時にな。あ、ちなみにアドニスと俺は同期な。俺はこの町の住人だったけど、アドニスは王都の東の『カーラント』って町の出身だったよな」

「そうだ」


 二人は同窓生だったらしい。


「もしそこで資質がないってことがわかったら、どうなるんですか? 町に帰されるんですか?」

「王都はそりゃいろんな専門学校があるんだぜ。ファーストジョブってのはつまり、“外の世界でもやっていける”って言う意味もあるんだ。つまり、魔物や盗賊共に対抗するだけの力があるジョブを指すわけだ」

「資質が十分でも、わざと試験に落ちるやつもいるからな」

「そうそう。素質はあるけど『外の世界に出る気がない』ってやつな。あと、資質だけ調べて帰って行くやつ。自分家で家庭教師雇うんだって言ってたな」

「亜人も大勢いたな……。なつかしい」


 アドニスがふっと遠い目をする。

 それを横目に、俺は情報収集にいそしむことにする。


「つまり、セカンドジョブは、“教育士”とか“兵士”とか、そういうのを指すんですか?」

「ファーストジョブとかセカンドジョブってのは、まあ俗称だな。ファーストがなんだとか、セカンドがどうだとか、普通はそういう言い方はしない。

 つまり――まあ、右手に指輪してるやつは『外で活動してるやつ』。左手に指輪してるやつは『一般ジョブ』に就いてるやつ。両手にしてるやつは『外で活動してたけど、今は一般ジョブに就いてるやつ』の認識でいいんじゃないかと思うぜ」


「“教育士”は複合ジョブだ。目指すとなると6年くらい学校に通うことになる。毎年試験があるから大変だと聞いたことがあるな」


「王都には学生地区ってのがあってな。基本的に寮での集団生活になるんだ」


「春と夏と冬、帰省期間があって家に帰れる」


「学校に通っている間は成人してても税金はかからないが、ジョブに就いた翌年から人頭税の対象になる。たしか最初の3年は半額で良かったんだよな?」

「2年だ」


「税金を滞納するとな、とっつかまって農場送りになる。農場はいつでも人手不足だからな。そこで働かせて滞納分の労働賃金を稼がせるわけだ。この町も北側に農場がある」


 などなど、話が尽きないのだが、方向性が税金から政治に傾きかけてきたので少し方向修正をしてもらおう。


「さっきの質問で悪いんだけど、クレイとアドニスさんは、ファーストジョブじゃなくて兵士のジョブに就いているのはどうしてなのか知りたいんだけど」


 俺がそう質問すると、二人は顔を見合わせた。


「……まあ、金だな」

「そう、だな……」


 身も蓋もない。世の中金ですか。


「俺たちは学校無事卒業して、1年間ギルドの雑務こなしてようやく【冒険者】として外で活動できるようになったんだが」

「冒険者って言うと……」

「町の外で活動する連中の総称だな。ギルドから要請があって魔物討伐やら薬草採取やら、危険植物の伐採やら警護、調査、護衛やら、まあギルドの御用聞きだな。ちなみにダンジョンに潜るヤツらは【探索者】だ。で、俺とアドニスは当時パーティを組んでたわけだ」

「おお、パーティ」


 驚いてみたものの、ゲーム感覚が強すぎてしっくりこない。バンド組んでた感覚か?


「それで、まあ3年くらいやったか」

「2年10ヶ月だ。……クレイは、そのときパーティ組んでた女を妊娠させてこの町に戻ったんだ」


 ぉ、ぉぅ。

 いきなり現実感いっぱいだな。前に聞いたとき、さらっとながされた理由がこれかい。


「まあな。俺の場合、嫁がぎゃーぎゃーうるさいから兵士ていしょくに就いたわけだ。兵士になれば、安定収入で住まいも装備も用意してくれるし、ファーストジョブのおかげでボーナスも出る。何より“冒・探険者”より命の心配がいらないからな。その点アドニスは続いたんだよな」

「7年だ。さすがに幻術士が抜けるとキツくてな。パーティを組み直すたび死者が出た」

「で、俺が見かねてこいつも兵士に誘ったわけだ。今じゃ担当地区は違うが俺の部下って事になるな」

「やれやれ」


 アドニスは肩をすくめて見せたが、口元は少し笑っていた。

 なんとなく二人の関係を垣間見た気がする。


 その後しばらくは、情報収集がてら雑談に興じていたが、兵士のひとりが近づいてきてクレイになにかを告げると、また行ってしまった。


「準備が整ったようだ。後半戦になるが、殉職した仲間のためにしっかり『浄化葬』を頼むぜ」

「わかりました。葬儀自体は、町の人のときと変わらないんですよね?」

「いや、もう少し進行が早くなるな。まず隊長と町長が殉職者全員に向けて弔いの言葉をかけるから、パーソン神父がひとりひとりに言葉をかける時間が短縮される。つまり、俺たちがここに戻ってくる時間がなくなるわけだ」

「それってつまり――」


 嫌な予感がする。


「連続って事になるな。あいだあいだに休憩を挟むようにすることは出来なくもないが、ぐったりしたおまえをここまで引きずってくることはできなくなる。そもそも俺たちも式に参列する側に回ることになるからな」

「休憩はほぼ無しだ。殉職者は10名。いけるか?」

「……正直わかりません。できるだけおかしくならないように努めますが、“浄化”直後は、少々しんどくて、穴から這い出るのが難しいかもしれません」


 精神的にキツいのを見たあとだと全身の倦怠感がハンパないうえ、腰まである深さの墓穴から這い出るには、クレイの手を借りないと動けなかったこともある。


「そうだな……、そうだケイトに頼んで『段差』を作ってもらうか。それならひとりでもあがってこれるだろ」

「そうですね……。たぶんそれでも四つん這いで、もそもそって感じですが、そんなのでも進行上気にならないのなら動けると思います」

「なら決まりだな。後で俺が言っておいてやるよ」

「お願いします。あと、パーソン神父にも俺の様子がおかしくなっても気にしないようにうまく伝えておいてもらえますか?」

「わかった。そろそろ行くぞ。……ああ、終わったらまたここに集合な。10名分の報告書を寝る前に作成して提出するよう言われてるんだ」

「……わかりました。こうなったら最後まで付き合いますよ」

「ありがとうよ。全部終わったら飲みに行こうぜ。おごってやるよ」

「寝かせて下さい」


 きっぱりとそこは断っておく。


「マーサのところはもうしばらくいけないな」


 アドニスがぽつりと言う。


「あー……。トーダが行ったら間違いなく毒殺されるな。もしくは酒瓶で撲殺か。くわばらくわばら」

「行きませんよ。でも、さっき飲んだ果蜜酒はうまかったです。ベンに殴られてほとんど吐いてしまいましたけど」

「ははは。じゃあ、全部終わったらウチで飲もうぜ。トーダにウチの家族を紹介してやるよ」


 クレイがうれしそうにバンバンと俺の背中を叩く。


「そんなことミイサが赦すと思ってるのか? ただでさえ腕をケガして泣かれたばかりだろう」

「大丈夫だって。ミイサが酒弱いの知ってるだろ? まずあいつから潰す」

「まったく……。いいから行くぞ。副隊長が遅刻するな」

「じゃあな、トーダ。墓穴の中で倒れたら埋められるからな」

「気をつけます。じゃ、あとで」

「おう」


 じゃれ合うように歩く二人の後ろ姿を見送り、俺はひとり深呼吸を繰り返す。


「【鑑識オン】俺」


 鑑識で俺のステータス情報を見る。ステータスと言ってもほとんどは前と変わりようがない。何せLvが1のままなのだから。

 俺は唯一変化のある【魄】の数値に視点を合わせた。


「ほっほぉ~。151%か」


 なかなかなかなか。【魄】を集めたほとんど全員が一般ジョブで低レベルだったけど、チリも積もればってところかね。

 うむ。残り10人で、200%も不可能じゃないかもしれない。とすると、またあの【転用】とかいうボーナススキルが手に入ることになるんだろうか。あとで落ち着いたら転用スキルの使用方法とかを調べなくちゃいけない。

 なんにしろ俺が出来ることは魄の回収と転用のたった2つだけなんだし、せいぜい役に立つスキルであることを願うばかりだ。

 とにかく今は、無事葬儀を終えて、寝たい。


「クルルルル...」


 あー、そういやそんな約束もしてたか。綺麗に忘れてた。ははは、……寝てる間にダダジム達に拉致られてたりして。

 俺は鳴き声のする方にひらひらと手を振ると、葬儀場へと向かった。


 葬儀の場は厳粛そのものだった。

 先ほどの騒々しく、啜り泣く悲哀に満ちたムードはなく、無機質と呼べるほどの統率力がそこにはあった。参列の兵士は50名ほど。直立不動のまま身動きひとつせず、ただ静かに前を向いていた。

 気をのまれてしまっていたため、隊長の言葉は耳に入ってこなかったが、隊長が兵士に向かって敬礼すると、兵士もまた一糸乱れぬ形で敬礼を返した。

 次に前に出たのはカーゼス町長ではなかった。副町長のミゼラドと名乗り、町長は体調不良のため自分が代わりに務めるということらしい。

 ミゼラド副町長が慰霊の言葉を終えると、今度はパーソン神父が前に出て話をし、それが終わると、横一列、それぞれの墓の前に10体の遺体が運び込まれた。

 10体の遺体には全て白い布がかぶせられていた。おそらくだが全員グール化して頭を潰されたのだろう。

 パーソン神父が初めの一人に触れ、魂を労う言葉を贈った。その隣にケイトが膝をつき、両手を地に着けると精霊魔法を唱える。すると、遺体の周囲の地面がゆっくりと沈んだ。墓穴に降りやすいように二段ほどの階段も付いている。

 パーソン神父が立ち上がり、俺に頷きかける。さあ、仕事だ。

 俺はフードを深くかぶり直すと、階段付きの墓穴へと降りた。そして遺体の頭部の前にひざまづくと、パーソン神父の合図を待って、俺は右手を遺体の頭部に乗せた。



「――結論から言いますと、10名の兵士のうち東門に駐在していた2名が盗賊と内通していたと思われます」


 どうにかこうにか葬儀を終えて、へろへろになりながらもテーブルまで戻って来た俺は、ことの全容を話すことにした。

 死んだ10名のうち、東門で殺されたのは4名。うち2名は盗賊共の内通者で、瀕死体験の内容から、まだ生きている内通者の割り出しも出来た。その兵士の名前を告げると、アドニスがどこかに走り去った。

 クレイに先を促され、俺は自分の推測を元に話し出す。

 盗賊は以前から計画的にその3名の兵士に取り入り、東門の扉を開けさせるよう密約を交わした。もちろん3名とも相手が盗賊で、虐殺目的であることとはつゆ知らず、金欲しさからの犯行だった。

 盗賊共は最初、行商馬車を模した商人に変装して門をくぐると、すぐさま馬車に潜んでいた者が飛び出し、門の開閉の装置を壊した。合図の花火が打ち上げられ、一気に盗賊がなだれ込んできたという流れだった。 

 金に目が眩んだ3名のうち、2名はその場で殺されたが、ひとりは大けがを負ったものの助かったらしい。


 総勢100名の盗賊が東門から町の中央に向かって駆け抜ける。まずはなにも知らない町の住人が次々と殺され、大混乱となった。盗賊の一団が南門に向かうため分離する。

 その頃になってようやく町の兵士達が応援に集まり出す。町の中央で盗賊共との戦闘が始まり、奮闘するも盗賊に6名が殺される。内1名はグール化した住民を助けようとして、襲われた。そして次々グール化する住民に兵士達も大混乱となった。しかもそこに剣士、弓術士、魔法使いの各一名ずつが盗賊側に付き戦闘に加わった。


 剣士(悪)は、ギルドから駆けつけた剣士(中庸)が兵士数名がかりで倒したが、弓術士は弓を用いて兵士や住人を2人ずつを殺害、その他大勢の人間に負傷させる。魔法使いは住宅に次々に放火し、兵士や住民に大ヤケドを負わせるが、幸い殺害までは至らなかった。

 そうこうしているうちに、ジルキースが到着し、まずは弓術士を殺害。すぐさま魔法使いを殺害し、その後次々と一撃の下、屍の山を築いていった。



「……これは俺の推測でしかないんですけど、例の【死霊の粉】ですが、盗賊共の武器や矢尻に事前に塗られていた可能性があると思います」

「その根拠は何だね」


 俺の話の後半に顔を出した隊長がそう訪ねてくる。


「兵士の遺体は全員が顔に白い布をかけられていましたけど、うち2名だけはグール化していない人がいました。ええと、4番目と10番目の人です」

「ナイミスとガイルです」

「ふむ」


 クレイがフォローを入れ、隊長が髭に手をやる。


「それで『浄化』してみると、彼らは戦闘の際にそれぞれ盗賊の武器によって直接殺傷されていませんでした。ナイミスさんが盗賊がもっていた鈍器によって鉄の兜ごと頭を潰されています。あっと、これは相手の武器によるものですが……」

「かまわない。続けて」

「死因は頭蓋骨陥没でした。うつぶせで倒れたようで、すでに周囲に【死霊の粉】がまかれていたにもかかわらず、ナイミスさんは直接傷口からは感染しなかったためグール化は起こらなかったと思われます。続いて、ガイルさんですが、盗賊の1人と素手での取っ組み合いになり、首の骨を折られました。その場もやはり【死霊の粉】がまかれた場所でしたが、ガイルさんにグール化は起こりませんでした」

「つまり、【死霊の粉】によるグール化は傷口感染によるものに限られるという結論に達したわけか」

「なら、敵のネクロマンサーが【死霊の粉】を町中にばらまいたのは……」

「死者がグール化するのは町中にまかれた【死霊の粉】によるものであると誤認させ、空気感染を疑わせるためだろう。実際それは功を奏したわけだ。住民はおびえきり、死ねばグール化してしまうと思い込んでいる。……実のところ、グール化の原因を外に漏らさぬよう町の閉鎖も考えられていた」


 隊長は心なしかほっとした様子だった。


「仮に空気感染を疑った場合、なにも死ぬのは人ばかりではない。農場の家畜もまた食われるために死ぬ。家畜のグール化ではどちらが食料かわからなくなるところだった」

「……それもそうですね。もしそうだったら、町の住人すべてが感染者予備軍として隔離の対象されていたかもしれないですから。【死霊の粉】を吸い込んでいるか吸い込んでいないか解らない以上、死んだらグールになるというのでは、老衰すら警戒の対象になりますからね」


 まさにウォーキングデッドの世界だ。死が不死の始まりになる。


「ヤツらも考えたものだ。恐怖と混乱、それに撹乱を狙ったか。実際あれの感染力は凄まじいものがある。死して、ものの数分でグールとして蘇る。グールは見境なく生者を襲い、襲われた者もまたグールとなる。町の治療所や詰め所などは、盗賊との戦闘で負傷した者、噛まれた者が治療中だが、果たして【死霊の粉】の潜伏期間はいつまでなのか……」

「負傷兵の容態は回復に向かっているのですか?」


 俺は瀕死体験の中で、盗賊の凶刃に倒れていく兵士達を見てきた。ボーガンや弓矢で腕や腹部、脚などを負傷する兵士がいた。斬り合いに敗れ、深手を負った姿も見た。

 容赦のない斬撃で刃は骨まで達していたり、内臓を損傷していたりするのだろう。

 南門の詰め所で死んだ兵士がグール化したのは、果たして傷が原因だったのか、それとも傷口から【死霊の粉】が回ったせいなのかわからない。

 ウォーキングデッドの世界観だと、噛まれた人間は傷が癒えることなく高熱を出して死に至り、グールとして蘇る。一度感染してしまうと救う手立てはないのだ。


「ああ……。治癒士か薬術士がこの町にいてくれたら良かったのだが、それでも医者や看護師が看てくれている。王都からの応援も頼んである。明後日まで体が保てば大丈夫だろう……」


 隊長は目を伏せると、ため息を吐きながら髭をなでた。


「そうだ。ジルキース氏がいました。あの人確か治癒魔法が使えるはずです」


 クレイはふと思い出したかのように言った。


「無論頼みはしたが、彼は討伐隊の指揮を執るため夜明けと共に南門から出発する予定だという。『余計な力は使いたくない』だそうだ。彼は砲撃士でありながら、先天的才能で治癒魔法が使える。だが、多用すれば疲労もするだろう。大事の前に疲弊させるわけにはいかない」

「そうですか……」


 墓場に来る前の一件を思い出して、俺は唇を噛んだ。カステーロさんが頼んでも断ったジルキースが今更他者の言うことを聞くはずもないか。


「――ただ、ひとつ変更になるかもしれないことがある」


 落胆しかけた俺とクレイに、隊長がぽつりと零した。


「それはなんですか?」


 クレイが訪ねるが、隊長は視線を反らしたまま独り言のように呟く。


「王都からの援軍を待ち、援軍到着後、討伐隊を再編成する」

「……たしかアーマルド副経理長の提言でしたよね、それ。町の安全が第一、だとか」

「もしもその作戦に変更となった場合、村へは先遣隊を数名派遣するにとどめ、その目的は偵察活動に限定するとしている」

「それって、つまり……村の住民はすでに殺されてしまっているだろうから、慌てず安全第一で行動するってことですか?」

「……盗賊の真の目的は村ではないと、私は思う。道中森の方へと進路を変える可能性もある。……だが、道の行き先には村があり、そこに暮らす人々がいる。ほとんどが戦うことの出来ないお年寄りばかりだ。盗賊が南門を破ったのが昼過ぎ、馬の脚で休まずに走れば、すでに到着している頃だろう。そして、我々は出発どころか、未だ机上で意見を対立させている」


 隊長はそう言うと、両手で顔を覆い、ごしごしとこすった。


「……すまない。トーダ氏は疲れているだろう。今夜はご苦労だった。パーソン神父が教会の一室に君の寝床を用意したと言っていた。行って休むといい。クレイ、トーダ氏を案内して、おまえも早く休め」

「ありがとうございます」


 俺は改めて礼を言い、クレイについて教会へと向かった。

 途中クレイはなにも話さなかったし、俺も疲れていてそういう気が起こらなかった。あてがわれた部屋は個室ではあったが、窓もなくかび臭い資料室のようだった。当然ベットのようなものはなく、クレイから毛布を渡され、お休みとドアを閉められた。

 俺は毛布にくるまると、胎児のように体を丸め、目を閉じた。

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