第12話 浄化葬

 しばらく悶々としながら歩くと、建物のない広い場所が見え、ランプや松明、それにLEDライトのような明るい白い光が輝いているのが見えた。


「あのやけに明るいのは何ですか?」

「ああ、魔法使いの『輝光』の魔法だ。いいよな、あいつら夜でも昼間みたいに過ごせるんだぜ」


 クレイがうらやましそうに言った。

 どうやらあの光は魔法使いの作りだした魔法の光らしい。近づいていくと、何か魔法使いのそれっぽい格好した中年が持っている杖から煌々と光を放っているのがわかった。

 何か電気スタンドを持って立っている感じだ。

 やたらまぶしいし、影が出来るしでどう考えても『暗視』のスキルの勝利です。


 墓場はとにかく人だかりだった。

 不謹慎だが、軽く町内の運動会が出来るくらいの数百人レベルの人が集まっていた。

 篝火もあちこちで焚かれ、盆踊りができる程度の明るさ。

 クレイが部下から聞いた話では、最終的に死者の数は、28名。子供も数名いるらしい。あちこちで泣き声が聞こえる。

 俺はクレイの後に続き、見ないようにして人だかりの中を歩く。


「――皆さん、ここに故人との告別を行うにあたり、命の源である神に信頼をもって祈りましょう。今はただ私達の手で葬られてゆくこの兄弟姉妹たちが、神に罪を赦され、聖人の集いに加えられますように」


 ちょうど神父様のお言葉が終わったあたりなのか、墓場中央では指を組んで膝をつく人で溢れていた。

 クレイが神父様に近づき、兵士達に囲まれながらなにやら打ち合わせを始める。本来俺も参加しなければいけないのだが、「待っててくれ」と言われているので待つことにする。

 俺はフードを深くかぶりながら、あたりを見渡してみる。

 日本と違い、立派な墓石文化というのはないようだ。土葬が基本と言うだけあってひとつひとつの墓の敷地面積は大きい。ひと坪くらいあって、綺麗に仕切られている。そして『○○家』みたいな感じで家名が書かれたプレートが置かれていた。


「……? あれ? なんだこれ」


 墓碑の表記がおかしい。

 てっきり家族単位で名前が刻まれていると思っていたが、『エルトラ=パーソン 996~1024』の下に『サミス=パーメル 1109~1155』になってる……?

 不思議に思って隣のお墓の墓碑を覗いてみる。『シルドラ=ミミ 980~1024』と刻まれていた。次の墓標もそんな感じだ。隣の墓標と“亡くなった年が近い”。

 ……アメリカとかだと、お墓は個人名でひとりひとつだったはず。カタチも雰囲気も似ているから、てっきり同じ文化だと思っていたが、これは大違いだ。

 この人たち、『死んだ人を右から左に順番に埋めていってる!!!!』

 ざっと墓地を見渡してみると、40m×60mほどの広さの墓地だ。結構綺麗に縦横均等に間合いが計られていて、墓の数を数えると、数百の死者が埋葬されているだろう。

 ただ、ものすごく文化の違いを感じるのだが、『死んだ人が順番に埋められていく』のはいかがなものかと思う。

 え~と、つまり解説すると、A~Zの区分けされたお墓があるとします。ある人が死んでAのお墓に埋葬します。続いて次の人が死ぬとBのお墓に埋めます。次にAのお墓に入った人の娘さんが死ぬと、Aのお墓ではなくCのお墓に埋葬します。そんな感じで、Zまでのお墓を使い切ると、またAのお墓を掘り起こして、次の人の死体を埋めるってことになる。だから墓標にはおおよそ別人の名前が羅列して書かれているわけだ。

 それでいいのか、この世界の埋葬事情! いいのか宗教観!!

 ……まあ、壁に囲まれた町の中で暮らす以上、墓地の面積は大きくは出来ないわけだし、土葬だからすっかり土に還るまで数年以上かかるわけだし、わかるっちゃわかるンだけどね。

 お墓の数も結構あるし、ぐるっと一周してくるのに、31年もあれば、埋めるにしても新品同然か。先人の骨とか発掘したりしないのかねぇ。

 ……なんてことを悶々と考えていると、クレイに呼ばれた。

 それにしても、ここの墓地って何だか妙に整った地形だよな。ブルドーザーで整地したあとって感じがする。しかも隣との境目に綺麗な凹凸で仕切ってある。

 よく見れば、あたりに草一本生えていない気がする。墓地の管理人がすごいのかどうなのかよくわからない。


「こちらパーソン神父だ」


 クレイに紹介されたのは真っ白い髪をオールバックにした皺だらけのおじいさんだった。白い法衣をまとっていて、水色の指輪をしている。

 柔和そうな顔で、パーソン神父はにこりとほほえんでくる。


「こんばんは。私はミルサダの町の教会で神官を務めています、パーソンと申します」

「こんばんは。俺はタカヒロ・トーダと言います。旅の『浄洗師』です」


 もう後には引けない状態なので、半ば開き直っている俺は、差し出されたパーソン神父の手とがっちりと握手する。


「話はクレイから聞いています。あなたは、グール化された人の魂を浄化できるそうですね。あなたのその『浄洗師』としてのお力を我々のために貸して下さいますか?」

「はい。俺でよければ、是非お手伝いしたいと思います」

「ありがとうございます。感謝いたします。……では、クレイはトーダ氏に説明を。皆さんはご遺体を一体ずつ運んでもらえますか。私は町の人たちに今日の出来事を語り、祈りを捧げ、そしてケイトにお願いして『いつものように』ご遺体を埋葬していくつもりです」


 パーソン神父は俺に向け、わずかにと頭を下げると、両手を広げた。


「さあ急いで下さい。慎重に丁寧に。けっして手荒く扱ってはいけません」


 兵士達は指示に従い、それぞれの役目を果たそうと散っていく。


「トーダ、こっちに来てくれ。埋葬に関しての手順を説明しておく」

「あ、はい。お願いします」


 俺はすぐにクレイに付いてその場を離れる。

 やがて、静かな声でパーソン神父の祈りの言葉が聞こえ始めた。


「いつくしみ深い神である父よ、あなたが遣わされたひとり子が、永遠に続く命の希望のうちに、天に備えられた住かに導き、聖人の集いに加えてください。人生の旅路を終えたあなたのこども達が、私達から離れてゆく、この兄弟姉妹の重荷をすべて取り去り――」


 俺とクレイは町の人たちのいない一角まで来ると、クレイの説明を聞いた。

 最初は、俺自身が神父役となりあれこれと語り、運ばれてくるグール化した遺体を一人ずつ『浄化葬』かましていく予定だったが、部外者である俺が出しゃばっては絵的にまずく、“おまえ誰やねん”と言うことになりかねないため、俺はパーソン神父の“助手”として『浄化葬』を行う、という感じになったらしい。

 とにかくも、今回は特例であり、『グール化した状態のまま埋葬する』というのは大変で、洗礼を受けた『助手のチカラ』が必要ということをパーソン神父がみんなの前で今説明しているらしい。

 一芝居を打つ、というわけではないが、みんなが納得できる方法は限られてる。


「一応近くにいてフォローは入れるつもりだ。町の住民は混乱で気が高ぶっている。大きな混乱にはならないとは思うが、トーダも軽率な行動だけはしないでくれよ」


 さきほど、俺に剣を突きつけていた人が念を押すように言う。

 俺は打ち合わせを了解し頷くと、葬儀を始めてもらうことにした。

 ふと、視線を感じ壁の方を見上げる。ダダジムレンジャーが5体、月をバックにこちらを見下ろしていた。

 俺は『もう少し待ってろ』と手を振ると、通じたのか、壁の向こう側に降りていった。

 見つかったら大惨事だろうなと思いつつ、俺は苦笑し、空を仰いで深呼吸をした。

 そこには見覚えのある白く輝く月があった。


「……猿の惑星オチは勘弁願うぜ」



「天に備えられた住かに導き、聖人の集いに加えてください。別離の悲しみのうちにあるわたしたちもあなたが約束された命の光に支えられ、あなたのもとに召された兄弟姉妹とともに、永遠の喜びを分かち合うことができますように――」


 俺とぐるぐる巻きのグールさんが、腰までの深さの墓穴に入り、俺たちは逆向きに向かい合っている。つまり、グールの頭側に俺が両膝を付いて待機している状態だ。

 グールさんは女性ですが、お顔が強面すぎて直視できないため、猿ぐつわと布がかぶせられている。

 後ろに立つパーソン神父がそっと俺の後頭部に触れると、ほわぁと水色の光が灯り、それを合図に俺は『浄化葬』を開始する。

 じたばた動く頭に、注意深く右手を置くと『魄』の吸い上げが始まった。


 ――町の中に騎馬の大群が駆け込んでくる。

 ――騎馬は人を次々とは跳ね飛ばし、無差別に矢が射られていく。

 ――そんな惨劇の中、女がひとり不用心に彼らに近づいていく。抗議ではなく、何かを伝えようと両手を広げている。

 ――俺は彼女を知っているのだろう、俺は絶叫し、それを制止しようとした。

 ――ダァン、ダアン、と破裂音。女は腹に二発の銃弾を受け、即死する。

 ――俺は転がるように彼女に駆け寄ると抱き起こした。

 ――その瞬間、俺の首の後ろを何か尖ったものが貫いた。


「――ぐっ……!!」


 視界が戻り、悲鳴を上げそうになるのをかろうじてとどめる。

 目の前のグールはもう動きを止めていたが、そうでなくてもそのグールに向かって突っ伏してしまいたくなるほどの疲労感だ。それを察してか、そばに待機してくれていたクレイが俺の肩を支える。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。それよりもそろそろ遺体が崩れます」


 俺は一応まだ死体の頭に手を置いたままにしてあるが、『魄』の流れ込みはもうやんでいる。そろそろ崩れ始めるだろう。

 だが、周りには死体の家族とかギャラリーが、いつもとは違う物々しい葬儀に息をのんで見つめている。


「わかっている。今からそれが見えないように遺体を光らせるから、トーダは眩まないように目を閉じているといい」

「光らせる……?」


 言うが早いか、ご遺体は淡い光を発して俺は思わず目を閉じた。次の瞬間、触れていた頭部がドロドロと溶け出すのを感じた。

 やがて光が収まると、そこには衣類だけが人の形をして残っていた。


「死は終わりではなく、新たなはじまりです。肉体は滅んでしまっても、その魂は永遠に生き続け、我々兄弟姉妹の子として再び生を受けることでしょう」


 パーソン神父はそう締めくくり、俺の後頭部からそっと手のひらを離した。

 クレイが小声で呼びかけてくる。


「トーダ、墓穴から出てくれ。パーソン神父とご遺族がスコップで土をかけるのに邪魔になる」

「あ、はい。すみません」


 俺はクレイの手を借りて墓穴から出ると、遺族がスコップを持って現れた。

 だが、肝心のかける土がない。墓穴の側面を崩して埋めるのかなと思っていたら、ヨモギ色のフードをかぶった、動物と人を足したような顔をした生き物が現れた。

 一瞬目が合い、思わずギョッとして俺は目を見開いてしまったが、相手の方はそっと目を伏せるようにフードを深くかぶり直した。その手も指先以外は黒い毛で覆われていた。

 猫のような金色の瞳。顔中に生えている黒と白の混じり合った肌毛。身長は170cmほど。俺より背が低いため、うつむかれると顔が見えなくなる。

 俺は見たことのない生物に、髪の後ろがチリチリとなるのを感じた。

 周囲の人たちは別段驚いたりしていないので、混乱しつつも平常心を保つことにする。

 クレイに肩を小突かれ、何かと思って耳を寄せると、


「……クリスラガー族の亜人だ。この町の墓守をしてもらっている。言葉は通じるし、葬儀には彼女の『精霊魔法』はかかせない。ただ……あまり奇異の目で見てくれるなよ、彼女は繊細なんだ」

「『精霊魔法』ですか?! すると彼女は精霊使い?」

「なんだ、よく知ってるな」


 クレイが意外そうな顔をしたので、俺は慌てて訂正をする。


「すみません、知ったかぶりです。話には聞いたことがあったものですから、驚いてしまって。……クリスラガー族ですか。初めて見ました。というか、人間以外を初めて見ました」

「トーダは亜人を見たことがなかったのか?」

「見たことないです。……というか、魔物もほとんど出てこない土地で、『浄化葬』の修行ばっかりやっていましたから、恥ずかしながら世間知らずなんです」


 一応、嘘は言ってないよな?

 でも俺、リアルでも引きこもりじゃないよ? ほんとだよ?


「亜人というのは、つまり俺たち『人族』から見た他種族のことを総して言うんだ。ただし、『会話ないしコミュニケーションがとれ、友好的』っていう条件が付くけどな」


 日本で言うところの、『外国人』に近い感じなのかな?


「……友好的ではない場合は?」

「獣族、半獣人族、翼人鳥族、水棲族、妖精族、巨人族、鬼族、虫族、鱗族、小人族――、まあ、いろいろだ」

「亜人か、そうでないかで分けられるんですね」

「そういうわけだ。ちなみに、各種族には固有名があって、彼女は『獣族の亜人』だが、『クリスラガー族』と呼ばれている。獣族もいろいろだ。獣族同士でも敵対関係のものもいる。ひとくくりにされたくないんだろう」

「……わかりました」


 そう言って俺はクリスラガー族の方を見る。


「彼女の名前は何ですか?」

「あー、と。『ケイト』だったと思う。確かそう呼ばれていた気がするんだ。あまり話したことないもんでな。ケイト・なんとかかんとか・なんとかかんとかなんとかかんとか」

「…………」

「つまり、『ケイト』だ」


 ポリポリと頬を掻くクレイ。


「クリスラガー族は土崩属性の精霊魔法が得意だからな。この町が出来た時代から代々クリスラガー族には墓守を頼んでいるって聞いている。固い地面も……見てな、あの通りさ」


 見ると、クリスラガー族のケイトさんが精霊魔法を使うところだった。

 彼女は両手をヨモギ色に光らせると、『******』何かを呟き、その両手を地面につけた。光が地面に吸い込まれる。

 すると、マグマが沸き立つかのように地面がボコボコと盛り上がった。驚いたことに、盛り上がった小山に対して周囲の地面に変化はない。土を周りから集めたといった感じではなく、まさに地面から湧き上がらせたといった感じだ。

 パーソン神父が祈りを捧げ、遺族がその小山から土をとり、墓穴を埋め始めた。だが、腰の深さまである墓穴を埋め尽くすほどの土はなく、せいぜいが衣類を見えなくする程度だ。

 やがて小山の土が無くなると、再び彼女が前に出て、ヨモギ色に両手を光らせると再び地面につけた。今度は墓穴の側面から土が湧き出し始めて、あっという間に墓穴をふさいだ。

 それどころか、周りよりも20cmほど盛り上げられ、砂絵で描かれたかのようにたくさんのバラが模様のように描かれていた。

 うわぁ、すげー上手だ。ハイセンスすぎる。葬儀の最中じゃなかったら、拍手がわき起こっているぞこれ。

 彼女は『私は主役じゃない裏方なので……』といった感じですぐに後ろに下がり、代わりにパーソン神父が前に出て、また何か説法を語る。


「な、すごいだろコレ。不謹慎だが、コレを見るためだけに隣町から葬儀の度に参列者に混じって見学に来るやつがいるほどなんだぜ」

「でもこれ、ほんとすごいですよ。それに精霊魔法っていうのも実際見ることが出来てよかったです」


 不謹慎きわまりなく、二人で盛り上がっていると、再び彼女が前に出て精霊魔法を使い、今度はすぐ右隣の墓標の前に墓穴をあけた。続いて兵士が3人がかりでグールを運んでくる。


「今度はトーダの出番だな。またフォローはするから、しっかりな」

「わかりました。またふらつくとは思いますが、お願いします」


 俺はそう言うと、墓穴を崩さないように入り、簀巻き状態で転がされているグールさんに向き直って膝をついた。グールさんは前の一体と同じように袋をかぶせられているものの、ガルル、グルルと激しく興奮気味だ。

 周囲の遺族がどん引きしているのがわかる。正面から見下ろしてくる少年なんか、さっきまでさめざめ泣いていたのに、今では青ざめておろおろといった感じだ。

 動きがあまりにアレなので、膝と膝の間にグールさんの頭を挟み込んで固定させて戴く。

 それで場が少し落ち着いたのか、パーソン神父の手がそっと俺の後頭部に触れた。

 それを合図に、俺は『魄』の回収を始める。



 ――教会からの帰り道。隣の家の奥さんと神様について語り合っていたが、どうも互いの宗教観に違いがあることに気がついた。

 ――したり顔で神様を語る彼女に苛ついていると、ドカカドカカと石畳を駆けてくる、たくさんの馬の蹄の音に振り返る。

 ――騒々しいねぇ、一体何の音かしらねぇと彼女が小首をかしげる。

 ――やがて、ひゅんと、と空を裂いて一本の矢が彼女の頭に突き刺さった。

 ――悲鳴も上げずに崩れ落ちる彼女。瞳孔が開き、死んでいるのを確かめて、私は笑みを浮かべた。

 ――ああ、神様はこの人よりも私を選んだのだ。神様は私を生かし、神様を侮辱したこの女を殺したのだ。

 ――私は正しい。私が正しい。私は神様に選ばれた人間。ああ、神よ感謝します。

 ――矢は次々と放たれ、町の人間は悲鳴を上げて逃げ惑うが、私には当たらない。

 ――ふと気がつくと、目の前には馬に乗った若い女がいた。女が唇を歪めなにか言う。フードと逆光で顔は見えないが、どうせ汚らわしい山賊の頭領だろう。

 ――私は神様に選ばれた人間。おそれなどない。

 ――私は目の前の女に争いをやめ、今すぐ神の前にひざまずくように言った。だが、目の前の女は唇を歪めて言った。「知ったことか」なんて醜い顔。きっと神様はこの女をお許しには……

 ――胸に二発の銃弾を受けて俺は死んだ。



「――う、ぐっ……っ!!」


 ありもしない痛み。ありもしない衝撃。起きなかった出来事。

 悪夢から覚めて現実との再接続を試みたものの、あまりにリアルすぎた衝撃の幻痛に思わず仰け反ってしまい、後頭部を墓穴の側壁にしこたまぶつけると、俺はうめき声を上げた。

 だいじょうぶですか? とぶつけたところを撫でながら、パーソン神父が小声で気遣ってくれる。


「大丈夫です。そろそろ崩れます」


 俺は痛みに耐えながらもそう言うと、先ほどと同じく、グールだった遺体が淡い光でくるまれる。俺の手のひらに死体の泡立ち崩れる感覚があった。

 やがてその淡い光が消えると、やはり遺体が身につけていた服だけがそこに残っていた。

 俺は息を吐く。

 その後、同じようなサイクルで四体ほどのグールから【魄】の回収を行うことが出来た。

 だんだんとその作業にも慣れはじめてはきたが、『瀕死体験』の方も結構リアルな感じで行われるようになった。

 体験中に起こる痛みや苦しみなどは、【魄】の回収終了とともに綺麗さっぱりと消えるため後に引かないのだが、むしろ体験中に感じた『恐怖』『絶望感』『悔しさ』などの『怨恨の念』みたいなものが、心のどこかに傷を残して逝くみたいできつかった。

 平常心スキルを常に発動状態にしているため軽い『嫌悪感』みたいな感じですんでいるが、これが続き続けるとどうなるかはわからない。

 一応【魄回収率】という大義名分があるため、俺は黙々と作業を続けた。


「トーダ、掴まれ」


 遺体が崩れ、衣服だけが残る。その状態を確認し、差し出されたクレイの手を取ろうとしたその時、頭の中で何か音楽が鳴った。

 かなりアップテンポだが、何かどこかで聞いたことがありそうなそんな感じだった。


 ――魄回収率:100%達成しました。

 ボーナススキル【 転用 】を取得しました。


 頭の中が「???」でいっぱいになった。

 ぼぅっとしていたのだろう、俺はクレイに両手を掴まれ引っ張り上げられた。そのままずるずる引きずられるように後ろに下がる。

 すぐにパーソン神父が前に出ると何事もなかったかのように葬儀を進行させていく。


「ちょっ、痛っ、ありがとうございます、もう大丈夫です。立てます立てます」


 3メートルほど後方に引きずられ、ようやく手を離される。

 その隣を一瞥をくれる亜人のケイトが通り過ぎていく。……毛の生えた裸足だ。かかとの付かない獣足だ。

 身を起こしたあとだったので、パンチラは無理でした。そもそも掃いてるのか。


「本当かよ。何か途中で固まったから驚いたぜ。やっぱり【浄化】っていうのと関係あるのか? まだまだ先は長いんだからな。倒れないでくれよ」


 引きずられて汚れた服を、俺はぱたぱたと叩きながら立ち上がる。


「すみません。体力を消費することはないので疲れたりはしないんですが、やはり直後には少し混乱したり、思考停止とか、ふらつきとかは起こるみたいです」

「おいおい、心配だな」

「だんだんと慣れてはきているんですが、どうもグール化している人間だと【浄化】も気をつかうみたいです。でも、大丈夫ですよ。こんな風に少しでも休憩の時間があるおかげですぐに元に戻りますから」


 俺は肩を回してみせる。クレイもそれで安心したのか、肩をすくめた。

 そうとも。今はリスク無しでの魄回収ができる絶好のチャンスなのだ。この期を逃すことはないだろう。

 それよりも、「【鑑識オン】俺」と呟く。

 先ほどのファンファーレと共に取得した『ボーナススキル』が気になった。


 ステータス画面を見ると、【魄回収率:103%】と回収率が100%を超えていた。

 てっきり100%を超えたとき、何か特別なことが起こると思っていたのだが、何か肩すかしを食らった感じだ。

 だが、同時にこれは0~100%の100分率ではないということになる。100を超えた以上、上限が一体いくつになるのかわからないが、【ボーナススキル】というのを手に入れたというのは一定の区切りになっていたと言うことなんだろうか。

 【ボーナススキル】の表示は【必須スキル】と【一般スキル】の下、【感情スキル】の上に書き込まれてあった。


 【ボーナススキル】

 ・転用


 ……書き込まれているはいるが、『転用』ってどんなスキルなんだ?

 転用――本来の目的とは違った用途にあてること……だよな。本来の目的って、あー、『クグツ』を造ることなんだよな。

 つまり、ネクロマンサーとしての本懐は死体から回収した『魄』を集めて……ああ、そうか、100%ってつまり、クグツを一体『蘇生』?『転生』?することが出来る必要量なわけだ。

 転用ってことは、余剰分である3%を好きに使えるってことなのか?

 わからん。


「そろそろ出番だぞ。準備はいいか?」

「はい。いけます」


 何か体育会系のノリというか、個人戦前の雰囲気というか、そういう感じだ。

 出待ちの俺にお呼びが掛かり、思考を切り替える。

 俺は墓穴に入ると、グールから【魄】の回収作業を始める体制に入る。

 先ほどから一応、グールとなった元人間にも【鑑識】を使い、情報収集をすることにしていた。理由は、【魄】の回収率(%)とジョブLvとの関係を調べるためだ。

 グールに変わってしまったとしても、【鑑識】で得られるデータでは【種族】の項目に人族の代わりに【グール】と記載されているだけだった。

 たとえば、今【魄】の回収を始めようとしているグールだが、


 ・ミルバ・ヴァグレーン <女・49歳>

 ・【ジョブ】 教育士 Lv3

 ・グール


 と、こんな感じだ。

 本来『××族』と記載される場所に、グールと書かれてしまっている。

 目の前でもぞもぞ動くグールの頭に、俺はそっと手を伸ばした。



 ――授業中にドアを壊して進入してきたキチガイは一番近くにいた生徒に襲いかかった。

 ――止める間もなく生徒は喉笛を食いちぎられ、キチガイはそのままがつがつと食し始めてしまった。

 ――私は大混乱となった教室の指揮を執り、残りの生徒を自分の後ろにかばった。

 ――私は生徒の座っていた椅子を振り上げ、キチガイに殴りかかった。泣きながら何度も何度もキチガイの頭、体、背中に振り下ろす。

 ――キチガイがようやくギロリとこちらを向いた。生徒は事切れていた。私は怯まずに椅子を振り上げる。

 ――キチガイが腕をふるう。ものすごい衝撃が脇腹をえぐった。胃の中に血が逆流するのを感じた。

 ――押し倒され腹を裂かれた。キチガイの濁った目が、開いた真っ赤な口が私を見下ろす。

 ――私は最後の力を振り絞り、教室の後ろで震えている子供達に向けて退避を命じた。



「…………っ。う」


 現実に戻り、俺はものすごい嫌悪感に奥歯を噛んで耐えた。

 今回は盗賊どもに殺される瀕死体験ではなく、グールに生きたまま食われて、自らもグールに感染してしまったという、いかんともしがたい体験だった。

 子供達を救おうとした英雄が、淡い光に包まれる。


「トーダ」

「はい」


 名を呼ばれ、俺はクレイの手を取ると墓穴を出た。

 後頭部がチリチリとして、俺は手のひらで何度もこすった。

 ケイトがフードを深くかぶり、目を伏せながら現れる。俺はすれ違いざま彼女に【鑑識】を使う。なんでもいい、気を紛らわしたかった。


 ・ケイト・フェルゲバスロトーハン・ハルバロンズ・バルト <女・9歳>

 ・【ジョブ】 精霊使い Lv7

 ・クリスラガー族


「き、9歳」


 思わず声が出てしまう。

 ロリじゃねーか。小学3年生だぞ。……いやまて落ち着け。獣族ってことだから割とその年で成人なのかも。猫だって八ヶ月くらいで成猫になるっていうからな。

 ケイトが両手でヨモギ色の光を灯すと膝をつき大地に精霊魔法をかける。俺は後ろからそのケイトの腰つきを見る。結構大きめな服装で、ごわついているため、全く体のラインが読めない。

 しっぽ付いているのかなー、と思ってみなくはない。


「何だ、彼女が気になるのか? トーダ」

「え、ええ、まあ。彼女はいつから墓守の仕事をし始めたんですか?」


 後ろから声をかけられ、躊躇しつつも俺は疑問を口にする。

 クレイは少し考える仕草を見せ、


「たしか2年ほど前からだな。それまでは彼女の親父さんが仕事をこなしていたんだが、世代交代ってヤツだろう」


 2年前……。7歳の時からか。これはいよいよ成長の速度が人間とは違うみたいだな。


「家族で暮らしているって言ったましたけど、何人ぐらいいるんですか?」

「さあな。……彼女には『墓守』の仕事をしてもらっていて、この町の住民権があるが、町の中に家を建てて暮らしている訳じゃない。日中は教会の雑務をこなしてもらっているようだが、家は町の外にあるみたいだな。普段は農場の中に暮らしているんだ」

「そうなんですか」

「毎日墓場と教会を行ったり来たりのはずさ。俺たちとは町の市場で挨拶するぐらいの間柄だ。ただ、パーソン神父とはさすがに仲がいいみたいだな」


 クレイにとって彼女は亜人で、この町の住人のひとりといった認識なのだろう。


「そういえば、この町に住む亜人って何人ぐらいいるんですか?」

「あー、何人だろうな。兵士の中にも何人かいるな。町の市場でも一日中見ていればわかるんじゃないか? 種族は『獣族』『鱗族』『虫族』『鬼族』『小人族』……ぐらいか?」

「けっこういますね。やはりみんな友好的な部族ばかりなんですか?」

「そうだな。商売に絡んでる亜人が多いせいか、問題を起こすような連中は少ないな。ただ、亜人でも傭兵や冒険者、探索者のたぐいになると酒場の方でよくもめてるって聞くな」

「亜人達もお酒って飲まれるんですか?」


 動物にアルコールとかって大丈夫なんだっけか? って偏見か。


「そりゃ飲むさ。好きなやつは結構いるな。飲んで暴れてしょっ引かれるってのは大概人族だけどな。亜人族のほとんどは『部族のプライド』ってのがあってな。そいつを侮辱されたりなんかするとすぐに乱闘になるな。トーダもみだりに亜人の家族や先祖のことは悪く言わない方がいいぞ」

「言いませんよ」

「おっと、そろそろ次だ。……予定通りなら夜明け前には討伐隊が出るだろう。それまでに終わらせないとな。ただ、家族をやられた兵士も少なくないし、そもそもかなりの数の兵士が死んだ。俺のように負傷兵も多い。今のメンタルと人数で本当に行くのかわからないけどな。それに……いや、ほら行くぞ」


 クレイはそこで会話を中断させると、俺を促した。ケイトが空けた墓穴に入る。

 ステータス画面で平常心スキルその他が働いていることを確認しつつ、パーソン神父の合図を待つ。

 ふと新しくできた【ボーナススキル】のところの【転用】に目が行った。よく見てみると、【転用】スキルについても、一般スキルと同じようにグレードアップが出来るらしいことがわかる。

 早めに効果効能使用方法を知らないといけないなと思っていると、パーソン神父からの合図があった。

 俺は右手をグールの頭部に当てた。

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