第11話 クレイ

「やってくれるな?」


 有無を言わせぬ態度で迫るクレイに、俺は頷くしかなかった。


 『浄化葬』を全員が見守るなか行い、グールに噛まれて死ぬという最低な瀕死体験を経験してしまったあと、アドニスが呼んできた隊長と会い話を聞くことになった。

 隊長は痩せた白髪交じりの壮年の男でバルバと名乗った。クレイの上司らしい。

 街が盗賊に襲撃され、多くの罪のない住民が虐殺されたことを聞かされる。死霊の粉をまかれたことで、その殺された住民が甦り、グール化したという話はおおよそクレイから聞いた内容と同じだった。

 グール化した人間には頭部を破壊する以外、活動を停止させることが難しいのだという。たとえば、首を切り落とした場合だと、頭部の方だけがわずかにピクピクと動き、目や瞼など生命反応らしき動きをするのだそうだ。

 盗賊どもが去っていった後、グール化した住民や兵士のほとんどを無力化することに成功したのだが、その次の段階がやっかいなのだという。

 弔いの儀式。――つまり、『お葬式』だ。

 殺された住民や兵士達にも当然家族がいる。襲撃直後の混乱でパニックにはなっただろうが、落ち着きを取り戻しつつある今では、死者の弔い方が焦点になっていた。

 もちろん冷暗所なんてものはない。昼間の気温を考えれば、明日にも腐敗が始まるだろう。斬殺されたのであればなおのこと処理は速いほうがいい。疫病の問題もあるとのこと。

 この土地では『土葬』が一般的なのだという。街の北部にはこの町の墓がたくさんあるのだそうだ。先祖を大切にする土地柄であることに加え、つい先ほどまで普通に暮らしていた住民だ。その死を悼まないわけがない。

 つまり、どういうことかというと、【死霊の粉】でグール化したモノを完全に『消毒』するためには後腐れのないよう『火葬が適当とされている』のだという。

 だが、火葬の文化のないこの町において、それは死人に鞭を打つ行為に他ならず、ましてやグールともなれば、元は人間。傍目からは『生きたまま火をつける』ようにさえ見えるだろう。なんせ、捕縛され、動きを封じられただけのグールもいるというのだから。


 話を聞いていくとこの町の――いや、この世界の『死』という概念はとても身近なものにあるのだと言うことがわかった。

 病死は当たり前として、殺人も冒険者同士では珍しくなく、町を一歩出れば盗賊や山賊など敵は魔物以外にもいるのだという。だからこそ、『生』を実感するために『死者』への弔いの儀式が必要なのだという。

 グール化というのは、いわば『魔物化』そのものだ。ただでさえ身内の死は悲惨なことであるのに、さきほどのバルカスとかいう兵士のグールになったときの形相を見る限り、家族にしてみれば正視に耐えられないだろう。

 それを十把一絡げに、たとえば火炎魔法で一掃では、残された者の怒りや悲しみが収まるはずがない。だが、一体一体焼く手間も惜しい。

 そこで俺の登場というわけだ。

 俺の『魄』を吸い取る方法なら、手間が掛からない。見た目ドロドロと非常に不快だが、『浄化葬』という儀式名にしてしまえば、そんなものかということになる。


 ――穢れた肉体を分解し、大気の力を借りて“浄化”し、大地に還す――


 見た目そんな感じであり、遺体が炎に焼かれるという思いをしなくてすむし、なにより地面に染みこんでいくため、ひとりひとりの葬儀が出来ることになる。

 さらには、『よそ者である俺がその罪を全部かぶってくれる』ことも期待されてるとみた。

 話を聞き終わった俺は、遺体、もしくはグール化したモノを縛ったまま、手分けして墓場まで運ぶよう指示を出した。

 準備ができ次第、北の墓所まで案内すると言われ、俺とカステーロさんはそのまま詰め所に残ることになった。

 少しだが食べてくれと、戻って来たクレイに黒いパンをもらった。クレイはすぐまたどこかに行ってしまったが、腹が減っていたので有り難かった。

 でも……非常に、美味しくない、苦くて堅くて黒いパンをじゃりじゃりとかじりながらカステーロさんと話す。


「……そういえば、気になってはいたんですけど、この町には教会とか神父様とかはいないんですか?」


 葬儀に関して、この町の方法を聞いておこうと思い、カステーロさんに尋ねた。

 俺にご高説は無理っすからね。


「おるとも。……じゃが、神父様とて【死霊の粉】でグール化した人間を救うことは不可能じゃろうて。……もとより教会は神の教えを重視し、その言葉と教えで人々を導いていく存在じゃからの。わしの知る限り、町の住民の葬儀には神父様がいらして言葉と祈りを捧げてきたのじゃが、今回はどうなのじゃろうな……」


 カステーロさんは肩を落としたまま、寂しそうに呟く。

 一応、この世界にも教会とか神様とかの信仰はあるようだ。まあ、お葬式があるくらいだし、そうか。……昔々から世界各国で神様は存在しているんだしな。名前や姿は違えども、『大変なことが起こってしまったときに、すがりつける存在』、依り頼みってのは必要なものだ。

 神様が見てる――と教えれば、素直な子なら悪いようには育たない。

 まあ、もっとも、不幸な目にあって『助けを求めたのに、神様は助けてくれなかった』って恨みがましい感情を持たれたら、いろいろとねじ曲がっていくんだろうけど。


「キリスト様って知っています?」


 不躾に聞いてみる。


「ふむぅ? いや、聞いたことないのぉ」

「えーと、信仰している神様に名前はありますか?」

「おかしなことを聞くの? 神様は神様じゃろう」

「ははは、ですよねー。……すみません、変なことを聞いて。」

「ふむ……」


 キリストもイスラムもアッラーもブッダもいない、世界。

 いないからこそ、神様は神様。


 神様は助けない。

 ただ導くだけ。

 神様に届くのは祈りだけだ。

 願いは届かない。慟哭し、喉が裂けんばかりに助けを乞いでも、現状が変わるわけでもない。

 “人間同士助け合いなさい”

 これが神様のスタンスだろう。俺も同意する。だからこそ『人間同士の諍い中に助けを求める』なんてもってのほかだ。人間は人間同士仲良くやれよ、カス。みたいな。

 でもまあ、神様は救って下さろうとする。人がそれに応えられるかどうかだ。

 結局こんな禅問答みたいな感じで、お茶を濁すってのが宗教だ。

 目に見えない力なら、この世界の魔法ってヤツの方が、よっぽど『神様』してると思うけどな。

 そう思いつつ、ジルキースに治してもらった腕の噛み傷を見る。痕は綺麗に消えていて、あの出来事ですら嘘だったかのようだ。

 魔法って言う、超常現象。 

 本当に、これに比べて神様の、なんて非――


「御館様、無事でしたか!」


 息を切らせ、ジルキースがやってきた。

 詰め所の戸を開けると同時に俺と目があったが、ガン無視された。俺は一応頭を下げとく。


「ジルキース」

「申し訳ありません。今し方兵士から知らせがあり、馬車が崖から落ちたと聞きましたが、体に怪我はありませんか?」


 ジルキースはカステーロさんの前に傅く。

 ……中学の時、剣道部の他校との練習試合で、選手が試合の後いちいち先生のところに行って、正座と一礼をしてから、先生から指導受けていたことを思い出す。

 見た目そのくらいの主従関係で、部下と上司以上の関係があるようにみえる。


「うむ。わしは大丈夫じゃ。……じゃが、事故でジャンバリンのやつが死んだ。町の外まで運んできてあるからの、あとで弔ってやらねばならんな……」

「わかりました。とにかくも無事で何よりです。……足の怪我を治しましょう。『彼の者の傷を癒したまえ、“ヒール”』」


 暖かな光が、詰め所の天井にまで淡く広がる。

 やがて光が消えると、またランプの明かりだけの薄暗い感じへと戻った。


「いかがですか? まだ他に痛むところはありませんか?」

「ふむ、大丈夫だ。ありがとうジルキース。……わしはもうよいから、ここに寝かされている兵士達にも治療をしてやれぬか?」


 ジルキースは寝かされている兵士達に視線をやると、鼻を鳴らした。


「彼らは兵士です。町の治安を維持し、人々を守るために傷つくのも仕事のうちでしょう。それに彼らはすでに医者による治療を終えています。彼らに必要なのは休息、ただそれだけです」


 ジルキースは冷たく言った。寝かされている兵士達にも聞こえただろうが、誰ひとりとして不満を口にするものはいなかった。

 というか、ジルキースはカステーロさん以外に優しくないんだな、基本的に。


「それよりも、なぜおまえがここにいる」


 ジルキースの鋭い目が、じろりと俺に向けられる。


「トーダ氏は馬車から転落したわしの救出に来てくれたのじゃ」

「なんですって?! この男が……?」

「本当じゃ。わしが馬車の車輪に足が挟まって動けないでいるときにな、魔も――」

「ちょっ、カステーロさん」


 俺はあわててカステーロさんに目配せをする。カステーロさんも気がついてくれたのか、口を閉じる。

 ダダジムの話をされると、話が非常にややこしくなる。


「……なんだ。言いたいことがあるのか?」

「カステーロさん。風のナイフを出して戴けませんか? 町に着いたらジルキースさんに返すつもりでいましたから」

「お、おお。そうじゃな。ジルキースの風のナイフは、途中からはわしが預かっておったのじゃ。……ほれ、返したぞ」


 ジルキースはカステーロさんから風のナイフを受け取る。


「ジルキース。トーダ氏は風のナイフではなく、『勇気』で崖を降り、わしを助けに来てくれ、そして『優しさ』でわしをここまで送り届けてくれたのじゃ」

「……ふん。一度抜いた跡があるな……」


 おお、やはりマジックアイテム、鞘から抜いた跡もわかるのか。

 ……よかった。ファイヤーウルフの毛皮を剥ごうなんて考えなくて本当に良かった。へたすりゃこの場でぶちのめされていたぞ。くわばらくわばら。


「すみません」

「トーダ氏はそれを手に5体もの魔物を退けたのじゃ。使うぐらい当然じゃろう」


 カステーロさんはむっとした感じでフォローに入ってくれるが、あんたちょっと、ダダジムの話はしないでって言ったでしょー。……目で言ったっしょー。


「いえ、一度鞘を抜かれただけです。使われてはいないようです。……それでよく魔物を追い払うことが出来たな。5体だと? なぜだ? 何を隠している」

「自分のナイフを使いました。今その説明が必要ですか?」


 ちょっとむかっとしたので言い返す。

 ……冗談です。青筋立てて睨まれるとすごく怖いです。


「やめんかジルキース!! トーダ氏は怪我をしたわしを危険を押してまでここまで運んできてくれた恩人じゃぞ。あのまま魔物に食われていたかもしれぬわしを命を張ってまで助けてくれたのじゃ! これ以上、トーダ氏に無礼を働くなら、わしが許さんぞ!」


 わー。カステーロさんやったー。かっこいー! ぷぷーっ、くすくす。やーいジルキー怒られてやンの、ばーかばーか!


「…………ちっ。まあ、いい。夜が明けたら町から出て行け。いいな」

「ジルキース!」

「いえ。いいんです。俺も用事がありますから、あまり長居も出来ないんです。……それよりもジルキースさん」

「なんだ?」


 ジルキースは腕組みしながら応える。そっぽ向いたままだ。いいよ、あんた顔怖いし。


「改めて礼を言わせて下さい。あのときファイヤーウルフから助けて下さってありがとうございます。風のナイフを貸して下さってありがとうございます」


 俺はぺこりと頭を下げた。

 ジルキースがフンと鼻を鳴らすのが聞こえ、続いてカステーロさんのため息が聞こえた。


「ジルキース」

「御館様。私は御館様のためなら命を投げ出しても構わないと思っています。同時に、御館様に害なすものを命がけで排除すべきと考えます。この者が御館様の命を救ったというのなら、それは私がこの者の命を救った結果に他なりません。ただそれだけのことです」

「……おまえというやつは、本当に、ジルキース……」


 カステーロさんは疲れきったように言って、深いため息を吐いた。

 そこにクレイが入ってきた。


「トーダ。準備が出来た。同行してもらえるか。……っと、ジルキース氏、さん? ……?」


 薄暗いランプの中、どよんとした空気を感じ取り、クレイがたじろく。俺を見ると、


「なにかあったのか?」

「なんでもないですよ。行きましょう」


 俺はクレイの肩に手を置くと、詰め所を出た。

 新鮮な空気を胸一杯吸い込み、むせるまで吸い込み、ゴホゴホやりながら吐きだした。

 平常心スキルがなかったら、泣いてたな俺。

 そんなことを思いながら、怪訝そうな顔で俺を見るクレイに苦笑して見せた。


「それよりも案内をお願いします。確か北にある墓地でよかったんですよね」

「ああ。遺体とグールはみんなそこに運んだ。あとはトーダに来てもらうだけなのだが、悪いがこれに着替えてもらえるか? さすがにその格好じゃ、威厳がなさ過ぎる」


 ほら、と濡れたタオルと竹籠に入れられた白い立派そうな服を渡される。

 改めて自分の格好を見ると、ものすごく汚れてぼろぼろだ。しかも汗と泥と獣臭い。

 こんな格好の人間が、「いざ、浄化葬」とか言い出しても、「まずおまえが清まれ」とかツッコまれそうだった。

 俺はちょっと失敬して木の陰で着替えることにした。


 泥だらけのジーンズとジャケットとシャツ、パンツを脱いでいく。

 濡れたタオルで顔を拭いて着替えを始める。この世界には『ゴム』がまだ出てきていないのか、パンツのゴムがなく、紐で縛るタイプだった。パンツもトランクスを大きくした感じで、スースーする。

 残りの服もどうにか着たものの、紐が多くてややこしかった。あまりにもたもたしていたせいで、クレイがしびれをきらしてやってきて、「おまえは馬鹿か」と一括され、着付けしてもらった。

 一応日本版神父服っぽいような、何か違う服装で、俺は町中をクレイのあとについて歩く。

 『暗視』のスキルがあるせいか、足下に困ることはなかったが、物珍しさにきょろきょろしながら歩くが気になったのだろう、クレイが持っていたランプを渡してくれた。

 外道ジルキースの相手していたこともあって、わずかな優しさでもじーんとくる。

雑談代わりにこの町のこととかを聞きながら北の墓地を目指した。


「……そういえば、南門の前にだいぶ兵士の方が集まっていたようですが、あれはやはり盗賊討伐のためですか?」

「ああ。夜明け前には出発するらしいな。ジルキース氏が指揮を執るとはいえ、40名弱では数が少ない。王都からの増援を待ってからの意見もあるが、“魔物使い”の飛翔文を使っても増援が来るのは早くて明後日の夕方だ」


 ……この町には“魔物使い”もいるのか。飛翔文っていうのは伝書鳩みたいなもんだろうか。

 

「盗賊どもが森を抜ける道でも知っていれば話は変わるが、知らずに通っていったのだとしたら、真っ先に被害を受けるのはアルドの村だ」

「アルドの村というと、南門から一番近い集落のことですね」


 知ったかぶりもいいところだが、話の流れでは多分それで合ってる。

 どうやら当たっていたようで、クレイは頷いた。


「あそこは昔、鉱山で栄えた土地なんだが、今は閉山していて、そのずっと先にあるオルド鉱山が今では人が集まっている」

「じゃあ、盗賊たちは次にそこに向かうんでしょうね」

「いや、そこへ続く道は10数年前に崖崩れによって途切れてしまってな、何度か橋を作ったりと大がかりな工事が行われてたんだが、それも数年単位で橋が山道ごと崩れてしまった。さすがにこれ以上は無駄だろうと工事は中断されて、道はそのままさ」

「鉱山で働く人たちはいなくなったんですか?」

「まさか。でもまあ、鉱山の反対側に回って掘り始めたんだからいなくなったも同然なんだけどな。ユダの町の方が近いし、あそこは川も流れているしで、船で運んだ方が近くて、比較的安全だってんで、結局、南門からの道は使われなくなったも同然なんだ」


 アルドの村の住人は今はカイコを育てているよ、とクレイは笑った。

 若い人はほとんどいない。

 村を離れようとしなかった人たちが、そのまま残っているのだという。村には魔物避けの結界が施されているため、ここ何年も魔物による被害は出ていないのだそうだ。

 すると、カステーロさんはアルドの村に品物を受け取りに行っていたわけか。


「こちらからも聞いておきたいことがあるんだが、いいか?」

「え? ……ええ、構いませんよ。俺に応えられることなら、まあ……」


 何を聞かれるのかと、内心どきどきしながら待っていると、


「トーダは何の【ジョブ】に就いているんだ? 紫色の指輪なんて今日初めて見たから気になってな。王都出身のやつにも聞いたんだが知らないって言うからよ」


 あらら、どうしよう。ネクロマンサーって言えばミイラ取りがミイラになりそう。向かっている先も墓場だし。


「……【浄洗師】と名乗るつもりです」

「おいおい、名乗るつもりってなんだ。っと、悪いが、そっちの端持ってくれ」


 そう言ってクレイは腰につけた剣を片手で器用に外し、鞘の部分を俺に向けた。

 月が雲に隠れ、あたりは完全に闇に隠れたようだ。

 ランプの明かりだけでは足下が暗すぎるのだろう。手を繋ぐように俺はクレイの剣の鞘の端を握る。

 町の中とは言え、閑散としすぎる路地を歩く。あたりには物音ひとつせず、静まりかえっている。みんな墓場に集まっているのだろうか。


「曖昧ですみません。今の俺には本当のジョブを名乗る資格がないってことです」

「教えられないってことなのか」

「知られない方がいいだろうと、住んでた土地の人から教えられましたので」


 嘘ですが。

 ふーん、とあさっての方を見ながら、何気ない調子でクレイは、言う。


「正直に言わないと、この場で斬り殺す、と脅したら?」


 握っていた鞘にわずかな抵抗が生じる。剣が抜かれたのだと感じ、俺は立ち止まった。

 クレイの方に目をやると、ただまっすぐに剣の切っ先を俺に向け、静かな目で俺を見つめていた。

 俺は、剣が抜かれ軽くなった鞘を力なく地面に向けた。

 屋根の上から「クルルルル...」と小さくダダジム達が鳴くのが聞こえた気がした。


「自分で調べろ、と相手を諭します」

「あくまで言う気はないんだな。この間合いだ。俺なら一瞬で首を飛ばせる」

「……相手が盗賊達なら、全部話して、命乞いをするでしょうね」


 向けられた切っ先がぴくりと揺れる。


「状況は同じことだろ。おまえの命は今俺が握っている。もしかして、殺れないとでも思っているのか? 俺は今日すでに3人、この剣で人を殺しているんだぜ」

「あなたが今日何人殺していようと、俺の答えは変わりません。話すつもりはないし、剣を向けられて脅される言われもありません」

「わからないな。どうして盗賊ども相手だと命乞いで、俺だとそんな強気なんだ?」

「盗賊達だと、相手の態度と自分の都合で人を殺すでしょうが、あなたの場合は、人を殺すことに明確な理由が必要なんじゃないかと思ったからです」


 殺気は感じるが、殺意は感じない。

 あなたには俺を殺す理由がない、と言ってやる。

 平常心スキルが働いているのか、なんだかこの状況にもなぜか他人事のように思えてしまう。


「……悪事を働いたことはあるか?」

「魔物に襲われて死んでた冒険者から、『浄化葬』代とお墓代として、遺品を少々戴いたことがあります」

「…………。う~ん。まあ、嘘は言っていないようだし。それくらいなら目をつぶるか」


 クレイはやれやれと肩をすくめると、「鞘をこっちに向けてくれ」と促した。俺が鞘を向けると、すぐに剣がその鞘にするすると収まっていった。

 最後にパチンと鍔が鳴り、クレイは「どーも」と礼を言った。握っていた鞘を離すと、クレイは片手で器用に剣を腰に納めた。その際ちらりと俺の握っていた鞘の部分を見ていたようだったが、手に汗握っていた訳じゃないので汚れてはいないはずだ。

 クレイに促され、俺たちは再び歩き出した。しばらくしてクレイが口を開く。


「……殺されないってタカでもくくっていたのか?」

「クレイさんには殺される理由が思い当たらないですから。俺は盗賊達とは面識ないですし、仲間でもないです」

「俺がジルキース氏みたいな勘違い野郎だったら、トーダの首は今頃転がっていたんだぜ?」


 クレイはなかなかに怖いことを言った。

 俺は首をすくめた。


「正直、ジルキースさんとは一緒にいたくないですね。もう全てを否定されている感じですよ」

「あの人は昔からああだって聞いているぜ。誰に対しても。アレでも王都で働いていたときは、親衛隊長とか努めていたんだぜ」

「そうなんですか」


 まあ、たしかにLvからみて尋常じゃない気はしたけど。


「何があったのか知らないけど、やめて今ではカステーロ氏の小間使いさ。妙に小器用なんだが、人付き合いは最悪だって噂になってる」


 クレイはくくくっと喉の奥で笑う。

 たしかに、ジルキースの寄せるカステーロ氏への親しみは、もはや主従関係を超えている気がする。


「それよりも、もし俺が抵抗したり逃げ出したりしてたら、クレイさんはどうするつもりだったんですか?」

「抵抗って、トーダは丸腰だろう。あ。荷物は全部詰め所に置いてきたからな、あとで回収してきたらいい」

「……その剣の鞘で殴りかかるとか。その、怪我した腕とか」


 俺はクレイの三角巾で吊られている腕を指さす。


「ははは。人を殺したことがないってのは本当みたいだな。いいか、トーダ。首元に切っ先を向けている人間に対しては敬意を示せ。あの場合では特にだ。向かってきたら斬り殺していたと思う。これは確実だ。耳を飛ばして警告はしない。殺していた」

「おっかないですね」

「その割には全然びびってなかったじゃないか。大概のやつなら、あの状況じゃ冷や汗のひとつもかくもんだ」


 クレイにため息をつかれる。つきたいのはこっちの方だ。


「なにもしないって、信じてましたから」


 俺の言葉に、クレイは片方の眉をぴくりとさせただけで何も言わなかった。

 平常心スキルのこともあるけど、どこかクレイの殺意には『嘘臭さ』があったからかもしれない。

 ――なーんて、格好いいところを演じているが、実は俺の虚勢には根拠があったりする。

 今現在も、わたくしの部下こと、ダダジム1~5号さんが屋根の上からこちらを見学していなさる。合図ひとつでクレイを背後から襲わせることも出来たわけだ。

 手を振ってやってももいいが、クレイにばれたら今度こそ斬られるだろうしやらない。

 だいたい今日はいろいろありすぎて頭がついていかない。切っ先を向けられても動じなかったのって、疲れていたせいもあると思う。

 日本での日々がいかに平穏無事だったかがわかる。こういうのを非日常って言うんだろうか。


「実は昼間に、ファイヤーウルフに襲われまして」

「本当か?! よく無事だったな」


 クレイが大げさに驚く。珍しいことなのか、よくあることなのか判別がつかない。


「いえ。さんざん噛み付かれて、危うく食べられかけました。……そこにカステーロさんとジルキースさんが現れて、助けてもらったんです」


 ジルキースさんに治してもらったんですよ、と俺は噛まれた腕を見せる。傷跡は消えてしまっているのだが、クレイは「へぇ~」と感心したような声を出す。


「で、まあ。あのときのファイヤーウルフに比べたら、あまり動じなかったって言うのは正直なところです」

「なるほどな。魔物の威圧感に比べたら、俺なんかまだまだってことか」

「今まで生きてて、絶望を感じたのはあれが初めてでしたから。きっと、まだ頭のどこかが麻痺しているんだと思って下さい。ファイヤーウルフの件がなければ、逃げ出すことぐらいはしてたかもしれません」


 逃げたと思わせておいて、後ろからダダジムどーんが基本ですが何か。


「逃げ出していたら俺は追ったりはしなかったぜ」

「……見逃していたってことですか?」


 あら意外。


「全ての門は閉じているわけだし、グール対策に警戒もさせている。そのうち見つかって、明日になればヤツらの仲間扱いで公開処刑されて終わりだろうからな」


 クレイは飄々と言う。


「でもそれって、見逃す必要もないんじゃないですか?」


 追いかけていってサクッと殺してしまえば済むことだ。


「今日、これ以上俺に人を殺させるなよ。……殺したヤツらの中にはグールになった部下だっていたんだぜ」

「……すみません」


 一応謝っておく。

 クレイの殺した人の内訳は知らないが、少なくとも同僚だったバルカスってのを蹴飛ばしたり首ちょんぱしたりしたんだ。動揺していないわけがない。

 盗賊は敵だが、グールは“元”仲間だ。


「話は戻るけどな。トーダが何のジョブだってこの際興味はない。……だが、俺以外にも『浄化葬』の時にみせた紫色の光に気づいた兵士がいる」


 クレイは歩みを止め俺に向き直る。


「わかるか? 【死霊の粉】を振りまいていたヤツと同じ紫色の光が、トーダ氏の右手から漏れたんだ。そしてその指輪も、同じ紫色をしている。南門から意気揚々と出て行った盗賊どものなかにいたやつだ。いざ討伐に出向こうって時に、カステーロ氏を背負った知らない旅人が南門からのこのこやってきた。しかも、紫色の光でグールを溶かせば、……そりゃ疑うだろ」


 クレイが何を言いたいのかがようやくわかった。


「……まあ、そうでしょうね。でも、俺は盗賊の仲間じゃない、って信じてもらえますか?」

「信じる信じないの問題じゃなくなっているんだ。町の人間は怒りと悲しみの感情のやり場を求めている。おまえは【死霊の粉】を振りまいたヤツと同じ、紫色の光を灯した。それをみんなが見ちまった」

「つまりリンチですか」


 墓場で俺が紫色の光を漏らすことで、盗賊の仲間だと判断つける。集団リンチで私刑にすることで、一時的に町人の溜飲を下げさせ、王都からの討伐隊の到着を待つ時間稼ぎとする。こんなところだろうか。


「トーダが逃げ出せば、それもありかと思ったけどな、気が変わった」

「やっぱりこの場で殺すって言うのはナシですよ。死にたくはないです」

「ははは。ようやく命乞いか。いいさ、トーダには飛び入りで働いてもらうんだ。俺がうまくごまかしてやるよ」

「…………『浄化葬』が終わって、残った遺体が俺のだけだったなんてことは嫌ですよ」


 働き損過ぎる。まさに墓穴を掘るってヤツだ。


「まあ、任せておきな。うまくごまかしてやるよ。確か使ったのは右手だったな。出してくれ」

「切り落としたりしないで下さいよ」


 恐る恐ると手を出す。


「疑り深いな。さっきの勇気はどうした」


 クレイは俺の差し出した手を取ると、手のひらを上に向けてまじまじと見た。


「手首を切り落としてしまうことで、盗賊の仲間でないことをアピールする作戦とか」

「手首を切るくらいなら、首を落とす方が後腐れないさ。もうこれ以上トーダを困らせるつもりはない。だいたい、トーダには今から『浄化葬』で活躍してもらわないといけないんだからな」

「『浄化葬』、本当にやるんですか?」

「なに言っているんだ、当たり前だろう」


 当たり前らしい。


「いや、俺が逃げたり殺されたりした場合は、俺いませんよね」

「その場合は、盗賊の残党狩りに変わるだけだって言っただろ。光っていたのは右手でよかったんだよな」

「ええまあ、そうですけど……」


 ダダジムさんけしかけるぞ、こら。


「じゃ、動かすなよ」


 クレイはそう言うと、自分の右手を俺の手にかぶせ、『***********』と、何か呪文のようなものを唱える。

 すると、茶色のような淡い光に包まれたかと思うと、あっという間に光が消えた。

 クレイの手が離れる。

 熱いとか温かいとか、そのたぐいのものではない。ただ光を当てられたという感じしかしない。


「――今、なにしたんです?」


 右手を見ながら言う。ぐーぱーぐーぱー。何の違和感もない。


「もしも『紫色の光』が漏れて、遺族達に見られたときの保険だ。トーダは吊し上げを食らいそうになったときも、さっきみたいにただ平然としていればいい」

「はぁ……。でもまあ、極力見えないようにはしますけど」

「そうだな。今が夜だってのを気にかけろよ。葬儀の場で、誰もが集中しているんだ。少しの光でも気づかれるからな」

「はぁ、何でこんなことに……。わかりました。どうせ拒否権はないんでしょう」


 クレイに何をされたのか気にはなったが、問いただす勇気もないので不問にする。

 流れに沿って流れているときは、下手に逆らわない方がいい。

 特に逆らったところで当てもないし。どんぶらこどんぶらこ。ジルキースも砲術士のくせに治癒魔法使えてたし、何かいろいろあるんだろう。

 お目当てのカステーロさんにも頼ることが出来ない以上、この世界で俺は独りだ。


「そういうことだな。だが、終わったあとは、俺がトーダの身柄を保護してやるよ。俺はこれでも南地区の副隊長でもあるからな。それなりのことはしてやれるさ」

「わかりました……。とりあえず、『浄化葬』なら行いますよ。ですが、『葬儀』という儀式の中で行うのは初めてなんです。大勢に見られるのも。今までほとんどが道端で倒れていた人とかそういうのばかりでしたから」

「あー……。なるほどな。わかったよ。一応神父様にそう伝えておく。でも、言葉には気をつけろよ。不用意な発言は遺族の感情爆発の火種にもなりかねない。

 それに……なにも言わないで黙々とこなしていっても、誰も文句は言わないさ。俺たちは誰も“グール”を直視し続けられないからな。身内なら誰もだ」

「わかりました。――あ、そうだ。クレイさんには『浄化葬』の際の介添えをお願いできませんか?」


 すっかり忘れていた。

 『魄』を回収するときの『瀕死体験』。何体分回収しなきゃいけないのかわからないけど、その数の分だけ『瀕死体験』させられるに違いない。気をしっかり持ってやれば、パニックや悲鳴を上げるのを我慢することは出来るだろうが、ふらついたりよろけたりはあると思う。

 浄化葬の最中にぶっ倒れでもしたら、いろいろとおかしなことになるだろう。いちいち休憩を挟むわけにもいかないだろうし。


「介添え? トーダは持病でも持っているのか?」

「いえ、『浄化葬』を行うことで死者の魂は浄化されるのですが、その際に発生する『濁り』みたいなものを俺自身が受けちゃうもので、浄化の際の一瞬、俺の気が遠のくことがあるんです」

「ああ、そういえば、詰め所でのときもそうだったな。いきなり白目向いて何かぶつぶつ言ってたが、あれがそうか。てっきりびびって気絶したのかと思ってたんだが」

「そうすか、白目向いてましたか」


 うわぁ、恥ずかしいというか、かっこ悪い。この貸衣装フード付きだからずっとかぶっていよう。


「そういうわけで、何とか踏ん張ってみますけど、多分ふらつくと思うんで支えとかお願いできないかなと思いまして」

「わかった。そうしよう。どちらにしろグールを押さえるのに近くにいないといけないとは思っていたからな」


 クレイが快諾してくれたおかげで、『浄化葬』の度に、ひとり苦しむおかしな人にならなくて良さそうだ。

 あとは、なんかうまいこと言って煙に巻いてやり過ごすことにしよう。

 もうすぐ『魄』も100%までいくし、ネクロマンサーとしてようやく始動できる訳か。

 ……そういえば、どうやって死体を『クグツ』にするんだ?

 魂魄のオーブを使ったら『魄』を吸い取っちゃうと思うんだけど。

 100%になった途端、次の死体から『魄』を吸い取ろうとして蘇らせちまうのか? 

 大パニックになるぞ。いや、グール化してる状態なんだからあんまり変わらないような。

 いやいや、そもそも切られたり突かれたりしてグロロロい状態の死体を動かせたとして、はたしてあのファイヤーウルフとかと戦えるのか? あっさり火葬される気がするぞ。

 うーむ。


 しばらく悶々としながら歩くと、建物のない広い場所が見え、ランプや松明、それにLEDライトのような明るい白い光が輝いているのが見えた。

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