第9話 ダダジムと俺

 俺はアンジェリカの了承を得て、一匹残して、全部で5匹のダダジムを貸してもらえることになった。所有権を俺にうつしたということなので遠慮なく使わせて戴く。

 4匹のダダジムを連れ、カステーロさんのところへ戻る。茂みから様子を窺うと、カステーロさんは息も絶え絶えながらも「こいつめ! よさんか!」と元気に叫んでいた。だが、右足が車輪の下敷きになっていて、その場から動けないようだった。

 怪我していたのか。何だか申し訳ないような気分にもなったが、俺はダダジムに合図を出し、作戦を開始させた。

 まず、カステーロさんにちょっかいを出しているダダジムに加え、新たに2匹のダダジムを投下した。


「ひぃぃ! また増えおった! よ、寄るな!! あっち行け!」


 カステーロさんの悲鳴が森にこだまする。

 ……。よし、この状況でもジルキースは出てこない。しめしめ。

 その後、たっぷり10秒ほどカステーロさんを怖がらせたあと、俺はもう2匹のダダジムに合図を送った。2匹のダダジムは頷くと、


「うりゃーー!!」


 まずは俺のかけ声に合わせて、ダダジムは草むらを飛び出していく。そして、そのまま受け身も着地もせず、地面にズザーと倒れ伏す。うむ。俺がぶちのめしたかのようにダダジム1号と2号には泡を吹いてピクピクするよう指示を出している。

 そこに俺様、颯爽と登場。アイアムア・ヒーロー。しつこく行こうぜ。


「無事ですか、カステーロさん! トーダが助けに来ましたよ!」


 ――そう、つまり人助け詐欺をして、お礼をたんまりもらっちゃおう計画なのだ。


 アンジェリカには半眼であきれられたが、結構いい作戦だと思う。なんたって人助けだ。命の恩人に勝る親交はない。


「き、君はトーダ氏! なんと君が来てくれたのか?! いや、信じられん!!」

「はははっ。このトーダ、受けた恩は直ちに返すのが信条! 特に命の恩人には恩を返さないと気が済まないもので!! ですよね、カステーロさん! ……トゥッ!!」


 俺はカステーロさんの脇にいたダダジムに格好いいパンチを炸裂させた!

 ぴぎぃ! と鳥でも轢いたかのような悲鳴のあと、ものすごい勢いでダダジム3号が吹き飛び、木にぶつかってぐったりした。演技派だな3号! でも少しやりすぎだ。


「さあ、カステーロさん! ここは俺が引き受けます、逃げて下さい!!」


 カステーロさんを背中にかばい、正面にいる4号と5号と対峙する。ここでカステーロさんを逃がし、ダダジムにお礼を言って別れたあとでカステーロさんと合流する作戦だ。

 アンジェリカ? 知らん。


「すまない、トーダ氏! わしは足を車輪に挟まれて動けんのじゃ」


 そういえば、足が車輪に挟まれて動けなかったっけ。まずはそれをどうにかしないと。


「わかりました。俺が今……ぬぅぅぅぅん!!! あれ? ぐぬぬぬぬ……! ちょ、うぐぐっ」


 俺はカステーロ氏の足下に駆け寄ると、車輪に飛びつき持ち上げようとするが、重すぎて持ち上がらない。


「トーダ氏。わしのことは後回しでええ。とにかく今はそいつらをやっつけてくれ!」

「そ、そうですね……やっつけますね。お、おう、おまえ達、今からやっつけてやるからな! 覚悟しろ」


 俺の完璧な計画に歪みが生じる。

 カステーロさんの足を押し潰している車輪は、おそらく俺ひとりじゃ動かせないだろう。

 でも、だからといってダダジムを全部倒してしまったらそれこそ手詰まりだ。

 ど、どうする……!!


「クルルルル...」


 ダダジム4号がそんな俺の心情に気づてくれたのか、ガサッと茂みに潜り込んだ。

 その手があったか。茂みはカステーロ氏の真後ろにあり、密談するにはちょうどいい場所だ。


「逃っがすかぁ」


 俺も急いで茂みに潜り込む。

 茂みと言ってもそう大きくはなく、ダダジム4号と俺が入り込むとどちらかがはみ出してしまいそうだった。


(よし、作戦会議だ。とりあえずカステーロさんの足の上に乗っている車輪をどけたい)

(クルルルル...)

(俺とおまえ達全員で持ち上げればひょっとすると持ち上がるかもしれない。いいか、俺とおまえとが交戦中に、おまえは倒れているやつらに呼びかけて復活させろ。それで、おまえ達のうちの一匹がカステーロさんの顔に飛びついて目隠しをするんだ。その間に残り全員で車輪をどかす。いいな)

(クルルルル...)

(車輪から足が抜けたら俺がカステーロさんを連れて逃げる。おまえ達はついてくるな。アンジェリカのところに戻るんだ)

(クルルルル...)

(OK、いくぞ)


「うぉぉぉぉ!!」


 俺はダダジム4号と組み合ったまま、茂みから転がり出た。そのまま2回転ほど転がり、とりゃあ!とダダジムを巴投げした。ダダジムは空中でくるりと体を入れ替えると、すちゃっと華麗に着地する。

 俺は素早くカステーロさんをかばうように立つ。


「なかなかやるな!! カステーロさん。この魔物はおそろしく強い!!」

「クルルルル...」


 ダダジム4号の鳴き声で、倒れて死んだふりしていた1~3号が復活する。


「あわわわわ。復活しおった。あれは不死身か。ト、トーダ氏。わしはこの足じゃもう歩けん。わしのことは置いて逃げるのじゃ……」

「――だけど、俺は逃げない! なぜならカステーロさんは俺の命の恩人だからだ! きっと助けて見せます」


 ビシィと決める。カステーロさんの視線が頬に熱い。


「トーダ氏……すまぬ。恩に着る」


 ばっちし! 恩に着る戴きました!

 ダダジム1~5号は一定の距離を取りながら俺たちの周りを回る。俺はカステーロさんを背後で守ってる構図だから、俺とダダジム達とのアイコンタクトや顎の動きはカステーロさんにはわからないはずだ。

 俺はダダジム1~5号全員に指示を与え終わると、俺は雄叫びを上げ4号に向かって拳を振り上げた。

 それを合図に後ろからカステーロさんの悲鳴が上がった。ダダジム1号がカステーロ氏の顔に飛びつき、視界を奪ったのだ。


「カステーロさん!! くそっ! これじゃキリがない。ここは撤退しましょう。もうしばらく待って下さい! 今度こそ本気で車輪をどかします!! ぐおおおおおお!!」


 カステーロさんがダダジムに抱きつかれ悶絶しているうちに、俺は手招きでダダジムを集めると、力を合わせて車輪を一気に引き上げた。グボッっという音と共に車輪が持ち上がり、下敷きになっていたカステーロさんの足を引っ張り出す。幸い折れてはいないようだったが、肉が削げ、血が噴き出していた。

 すぐにダダジムに離れるよう指示し、2匹ほどが地面に倒れ伏すのを見て、俺はカステーロさんの顔に張り付いているダダジム1号に合図を送った。

 ダダジム一号は甲高い悲鳴を上げながらジャンプし、わざわざ木に激突してくれた。


「カステーロさん。俺の背中に乗って下さい。小道まで運びます」

「じゃ、じゃが……」

「早く! 倒したヤツらも直に復活します!」

「わ、わかった。頼むぞ……!」

「はい!」


 俺はカステーロさんを背負うと、すぐに斜面を登り始めた。

 だが、さすがに人ひとり背負っての登りは辛い。俺は最後には這いつくばるようにして小道まで戻ってきた。

 一応、アンジェリカのいる場所が隠れるように計算して斜面を登ってきたので、予想以上にきつかった。


「だ、大丈夫かの? もうあやつらも追って来とらんようだし、下ろしてくれ。トーダ氏は少し休んだらええ」

「そ、そうですね。ハァハァ。さすがにちょっと疲れました……はひぃ」


 全身汗だくで、疲労感が半端なかった。カステーロさんを道に下ろすと、俺は大の字になって寝転んだ。

 雲ひとつない空は、やや傾いてきた日の光に照らされ赤みがかってきていた。

 しばらくそうやって呼吸を整えていると、俺はようやく起き上がることが出来た。


 カステーロさんの足は折れてはいなかったものの、やはり歩ける状態ではなかった。

 俺は全身泥だらけで、清潔なものなど持っていなかったため、カステーロさんが持っていた少量の酒とハンカチで傷口を消毒し、俺の持っていたソトカゲソウは、一旦俺が口の中でもぐもぐしたものを足の傷に張り、カステーロさんの上着を切ると包帯のように巻いた。

 普段こんなにも血を見る機会がないので、平常心スキルは本当に有り難い。感情スキルがなければ卒倒している。


「すみません、こういうのに慣れてなくて」

「何を言うか。トーダ氏のおかげで魔物どもに食われずにすんだのだ。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」


 カステーロさんは深々と頭を下げた。

 にやり。


「……でも、驚きましたよ、まさかカステーロさん達の馬車があんなことになるなんて。ジルキースさんはいなかったようでしたけど、どうかしたんですか?」

「ふむ。……わしらはトーダ氏と別れたあと、町から来たわしの……部下のジャンバリン・バンサーという男と会ってな。町が盗賊団に襲われたらしいと言うのじゃ。そこでジルキースはジャンバリンの早馬に乗って一足先に町に戻ってもらったのじゃ」

「盗賊団に町が……? それはよくあることなんですか?」


 穏やかではない話に俺は眉をひそめた。

 盗賊団が頻発する世界であるなら、この国は治安が低く、貧困と暴力の割合が多いことになる。


「いや、こんなこと初めてじゃが、先月も国境付近の村が襲われて被害を受けたという話を聞いてはいたのじゃ。まだ捕まったという話も聞かんし、どうも同じ連中らしい」

「それでジルキースさんが呼ばれたのですか」

「あれは腕がたつからの。何せ王都で師団長を務めておった男じゃ。それに町には自警団もおるし、冒険者ギルドもある。おそらくはもう捕縛されたじゃろうと思うが……」


 カステーロさんは不安げに道の向こうを見た。


「……カステーロさんのところに降りていく途中に、ひとりの男の死体を見つけました。カステーロさんが言った、ジャンバリン・バンサーという人だと思います」

「ああ、やはり……。ジャンバリン……」


 カステーロさんはうつむき悔しそうに唇を噛んだ。

 かける言葉が見つからない。


「ジルキースが行ったあと、しばらくして馬が急に暴れ出してな……。あっという間のことじゃった。わしは荷台の中で休んでおったから無事じゃったのじゃが……そうか……ジャンバリンは死んでおったのか……。通りで呼んでも返事をせんと思った……」


 ジャンバリン・バンサーという男がカステーロさんにとってどのような存在であったかわからない。だけど、大事な人を亡くした悲しみは理解できる。


「とにかく今はカステーロさんの体の方が大事です。乗って下さい。町までおぶっていきます」

「いや、もうええ。町まではまだ遠い。人ひとりおぶって歩くのは難しいじゃろう。それでは日が暮れてしまう。ここは森が深く、魔獣や魔物も多いと聞く。……わしのことはええ、置いていって欲しい」


 うむ。それではいろいろと困る。カステーロさん次第で俺のアフターライフが決まるのだ。


「大丈夫です。俺はこう見えて体力には自信がありますから。ここにカステーロさんだけ置き去るようなことは出来ません」

「ジャンバリンは、わしの姉のひとり息子だったんじゃ。日が暮れれば、魔物が死体を食いあさるじゃろう。葬式もあげてやれんのは不憫じゃ……」


 カステーロさんはそう言ってぽろぽろと涙をこぼした。

 どうしようかな、と思う。

 カステーロさんだけなら何とか休み休み背負って歩けるだろう。だけど、死体も一緒に運ぶとなると話がまるで変わってくる。

 無理矢理カステーロさんだけでも背負ってしまおうか、そう思っていると、小道のカーブした木々の端にダダジムさんご一行がごそっと勢揃いしているのが見えた。

 ぶーっ、と俺は思わず吹き出してしまった。


「何じゃ……? なにかみつけ――!!?」


 しまった! カステーロさんがダダジム達に気がついてしまった。

 俺は右手を振り、追い払う仕草をするが、ダダジムは心なしかしょんぼりとしたような顔のままこちらを見つめ続けていた。

 アンジェリカの差し金か。うむ。黙っていくつもりだったが、そうはいかないらしい。ひょっとして私も一枚噛ませろとでも言い出す気じゃあるまいな。がめつい女め。


「トーダ氏! あやつらが!」

「ええ、夜を待たずして俺たちを食べようって感じですね。襲ってはこないようですが、血の臭いをたどってきたみたいですね――ちょっと行って、今度こそやっつけてきます」


 仕方ないので、アンジェリカのところに行ってさよならの挨拶だけしてくるか。このまま行こうとして、ダダジムがすり寄ってきでもしたら全ての計画がパアになる。

 俺は背中にしょっていた袋を下ろし、カステーロさんに風のナイフを渡すと、俺はダダジムの元へと走った。カーブまで残り10mのところで息が上がって、みるみる速度が落ちたのは仕方なかった。

 なんとかカーブを曲がりきり、カステーロさんから見えない位置まで来ると、俺はどかっと腰を下ろした。さすがにもう走れない。

 ダダジムが近寄ってくる。


「お、おまえら、アンジェリカの命令だろうけど、あんまりおかしな行動取るなよ。おまえらとグルでカステーロさんを脅したことがばれたら――」


 そこで、ダダジム達の異変に気がついた。

 ダダジム達に支えられ、ぐったりとしている一匹が、俺の目の前に運ばれてくる。見ると、頭を割られて死んでいた。


「……アンジェリカは?」


 クルルルル...と、ダダジム達の大合唱。ラチがあかないので、俺は腰を上げ、アンジェリカが絨毯を広げて座っていた位置まで小走りで向かった。

 そこには広げたままの絨毯と、ダダジムの血が飛び散った跡があり、さっきまで広げていた袋がない。見ると、少し離れたところにアンジェリカの靴らしきものが片方落ちていた。


「おまえらを置いてどこか行った……ってことはないよな。それに死んでるのはアンジェリカのところに残っていたヤツだろ。名前は確か、メリセーヌって言ってたか」


 ダダジム達の背に乗せられているメリセーヌの死体をもう一度よく見る。頭を正面から袈裟懸けに斬られていた。

 ダダジムの身体能力はそれなりに高いと思う。少なくとも俺よりもよく動くし、何よりも動体視力も高い。それが正面からの一撃を食らっている。他にも傷がないことから、魔物と争ったというわけではないだろう。おそらく人間だ。


「クルルルル...」


 ダダジムのうちの一匹が地面を指さし鳴いた。そこには馬の蹄のようなものがいくつもあった。ひょっとするとアンジェリカはこの蹄を作った連中に連れ去られたのかもしれない。


「おい、おまえら。メリセーヌの葬式が出来なくなっても構わないか?」


 一応聞いてみる。

 意志が通じているのかわからないが、ダダジム全員が俺に向けて頭を下げた。

 メリセーヌは人間じゃない。【魄】を吸収したところで、死の直前の記憶なんてわからないかもしれない。無駄かもしれないが、せっかくの死体だ。有り難く戴こう。


「ネクロマンサーがメリセーヌの死体を戴く。おまえら恨むなよ」


 言い置いて、メリセーヌの頭に手を置いた。

 【魄】を吸い上げる熱い感覚を右手に感じた。どうやら死体であれば、召喚獣でも何でもいけるみたいだ。

 突然、視界の映像が切り替わる。


 ――アンジェリカと何か話している。アンジェリカは崖下を指さして笑っている。

 ――蹄の音がする。馬に乗ってたくさんの人間が現れた。全員血にまみれている。アンジェリカを取り囲み何か話している。

 ――数人の男達が馬を下り、アンジェリカの腕を掴んだ。アンジェリカを無理矢理立たせようとする。

 ――男達は嗤う。アンジェリカは、血まみれの手が汚いとその手を振り払う。俺が前に出てその男に噛み付いた。

 ――男達は一斉に剣を抜いた。俺は男達に飛びかかった。後ろで怒気を孕んだ声が上がり俺は振り返る。

 ――アンジェリカの首には刃が突きつけられていた。血と脂まみれの汚れた刀身だ。気丈にもアンジェリカは俺に向かって「やっちゃいなさい」と命令を下す。

 ――先ほど俺が噛み付いた男が顔を押さえ、憤怒の表情で剣を振りかざした。


「――っぅ!! うわっ!!」


 俺は飛び退りながら地面を転がった。頭蓋骨が割られる生々しい感覚が蘇り、俺は身震いした。

 ダダジムが心配そうな目で俺を見つめてくる。俺はそれを手で制しながら言った。


「どうやらアンジェリカとメリセーヌは馬に乗った男達の集団に襲われたらしいな。メリセーヌも戦ったが、アンジェリカが人質に取られ、動けないところを殺された」


 ダダジム達は頭を垂れて、その鼻先でメリセーヌに触れた。その瞬間、メリセーヌの体はぼこぼこと泡立ち一気に溶けて地面に吸い込まれていった。

 俺は予想済みだったので、冷静に溶け残った遺留品を拾った。歪曲した尖った針のようなものだ。鑑識をかけると、『ダダジムの棘針』とでた。

 だがダダジム達は、この現象に仰天し髪を逆立てさせると、俺に対して臨戦態勢を取った。


「言ったろ、葬式は出せなくなるって。俺はネクロマンサーだ。メリセーヌの最期の記憶と引き替えに、メリセーヌはこの世界のなかに溶けて消えた」

「クルルルル...」


 やや高めの鳴き声で、ダダジム達は俺を威嚇する。納得いかないようだ。

 だけど、どうしようもない。これ以上は俺にはわからない。


「アンジェリカは生きているみたいだな。たぶん、その男達に連れて行かれたんだろ。それ以上のことはわからない、ごめんな」


 言い置き俺は立ち上がる。


「じゃあな。臭いをたどっていけばその男らのところに行けるだろ。悪いけど、俺も忙しいんだ。手は貸してやれないぜ」


 俺はダダジムに手を振ると、カステーロさんの待っている方へと歩き出す。

 と、ダダジムのうちの一匹が俺の前に回り込んだ。避けて通ろうとすると、もう一匹がまた俺の進路を妨害する。足を止めると、俺のジーンズをダダジムの手が掴んだ。


「離れろっての!」


 俺は拳を握り、当てるつもりでダダジムに迫った。だが、ひょいっと避けられ、さらに転がされた。俺はしたたかに打ち付けた腰を押さえながら立ち上がる。

 ダダジムは俺の前に集まると、5匹とも手と頭を地面につけた。


「だから、俺じゃ無理だって」


 俺はダダジムを避けて通ろうとすると、またジーンズの裾を引っ張られ転がされた。起き上がると、目の前に頭を下げているダダジム5匹。

 むかついたのでサッカーボールのように蹴り飛ばそうとしたが、ひょいと避けられた。そしてまた、たたたっと俺の前まで来ると5匹とも手をついて頭を下げた。

 くそう。完全に能力的に負けている。攻撃はあたらず、土下座はされる。これではいつまで経っても終わらない。

 いや、もうそろそろ俺の体力がやばい。


「――わかった、降参だ。アンジェリカのことは探すのを手伝ってやる。だからもうやめろ」


 6度目の土下座を前に、俺はもう立ち上がる力が残っていなかった。

 俺の言葉にダダジム達はうれしそうに鳴いた。



「ト、トーダ氏。これはいったいどういうことじゃ!!?」

「はははははは。いえね、こいつらをちょっと懲らしめてやったら『家来にして下さい』って泣きついてきましたね。仕方ないので家来にしてやりました」


 俺は空飛ぶ絨毯ならぬ、ダダジム達の上に絨毯を敷いた乗り物に乗ってカステーロさんの前までやってきた。アンジェリカがどうして道端に絨毯なんか引いていたのか、これでようやく謎が解けた。あのものぐさ者めが。自分で歩けっていうんだ。

 ダダジム達はそっと絨毯の下からはい出てくると、俺とカステーロさんの前に集まり、手をついて頭を下げた。


「とまあ、こんな感じで改心したようですから、ここはひとつカステーロさんも寛大な心で許してあげてはもらえませんか?」

「う、む、む、むぅ。確かに魔物と心を交わし仲間とする【魔物使い】なるジョブを持つ者がおるが、よもやトーダ氏がその才を持つ者であったとは……」

「あ、いえ、その……、違いますけど、まあ、いいじゃないですか。家来にしてほしいって言ってきたんですから、家来にしてあげましょうよ」

「う、うむ。トーダ氏がそう言うのなら、きっとそれがよいのじゃろう。わしはトーダ氏を信じておるからの」

「うははははは」


 すみません。いろいろ嘘なんですぅ、とは言わず、俺は笑ってごまかした。


 ダダジムに命令を出し、ジャンバリン・バンサー氏を丁寧に運んでこさせた。カステーロさんはその遺体にすがりつき、しばらく泣き続けた。

 その後、ダダジムタクシーと命名した乗り物に、俺とカステーロさんと死体とで乗り込み、町を目指した。3人分の重さがあるものの、ダダジムタクシーは馬車よりもずっと速く進むことが出来ていた。 

 乗り心地はというと、実に爽快だった。何せほとんど揺れないのだ。カーブも登りも何のその、遠心力で飛ばされるようなことはなく、綺麗に曲がることが出来ていた。

 ダダジム達がぴったりと息を合わせているからなのか、アンジェリカの教育か、俺たちに気を遣っているのか、何とも言えない乗り心地でダダジムタクシーは進んだ。

 夕暮れ空に変わりつつある空に目を細めているカステーロさんに、俺は尋ねてみることにした。


「カステーロさん、先ほど言っていた盗賊団について聞いてもいいですか?」

「うむ? 何か気に掛かることでもあったかの」

「はい。俺たちがダダジム達と争っていたとき、道を数十の騎馬隊が通ったようです」


 俺の見た記憶では少なくとも20騎以上はいたはずだ。


「騎馬が? なぜそう思うんじゃ?」

「地面にいくつもの馬の足跡がありました。新しいもので、俺が斜面を降りる前にはありませんでした」

「じゃが、まさか盗賊団であるとも限らんじゃろう」

「はい。ですが、盗賊団襲撃のあとのことでもありますので、もしも町での襲撃が阻止できなかったとしたらと思いまして」

「ふぅむ。町へ入るための門は3つあって、東西にそれぞれ大門があり、南に小門が1つじゃ。この道はその南の小門に繋がっておる。……だが、トーダ氏、町を襲撃した盗賊団がこの道を通るじゃろうか」

「……? 通らないんですか? 何か理由でも?」

「この道の先は小さな村があるんじゃが、その先は迷宮と繋がった鉱山跡があるばかりじゃ。つまり、袋小路なんじゃよ」

「森を抜けることは出来ないんですか?」

「馬に乗って通れる道ではないじゃろう。急になっておるところもあるからの。しかもところどころにハリアナグマが巣を作り、落とし穴のようになっておる。魔物も多いからよほど腕の立つ者以外は森には入らんじゃろう。地理を知るものなら、別の大門から出ると思うがの。大門からなら道も複雑に分かれ、町や村にも分散しやすい。さらには魔物も、この森の魔物よりもずっと性質がおとなしいからの」


 そんな危険なところだったのかと、今更ながら身震いする。


「もしもその盗賊団がこの道を進んでいたとしたら、まず被害に遭うのは、その村ですね」

「ああ……そうじゃな。考えたくないことじゃが。……わしらはそこから荷を受け取りに行ってきたばかりじゃからな」


 カステーロさんは目を伏せて呟いた。何だか初めてあったときよりもずっと老けてしまった印象がある。怪我をしたせいなのか、大事な人を亡くしたせいなのか、その両方か。

 とりあえず町まで行き、情報を仕入れて作戦を練るのが先決だろう。

 …………。

 盗賊団で死者が出たなら埋められる前に【魄】を戴きたいものだ。


 夜の帳がおり、あたりが薄暗くなってきても、俺の目は正確に視界を捉えていた。

 一般スキルである【暗視スキル】をオンにしたおかげだった。もっとも、ダダジムは夜目も利くのか、変わらぬ速度で走り続けてくれていた。

 途中、ダダジムが何かを見つけたのか、小さく鳴いた。見ると、道の先に立て札が立っていた。よくわからない文字で『ミサルダの町』と書かれてあった。それでも理解できたのは【解読】のスキルのおかげだろう。

 それにしてもさすがに夜になると冷えてくる。床はダダジム暖房で温かいが走っているので風が冷たく感じる。それにしても腹が減った。


「カステーロさん、そろそろミサルダの町に着きます」

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