第8話 召喚士アンジェリカ
「げふふふ、結構持ってやがったな、あの男。どうやらボンボンだったらしいな」
道中、財布の中の金貨や銀貨を下卑た笑いをこぼしながら数える俺。
金貨だけで15枚もある。銀貨はその倍だ。少なく見積もっても町を拠点にしばらく活動が出来るくらいにはあると思う。
いやいや、金貨ってくらいだから価値が結構高いだろう。もっと贅沢できるかもしれない。よくない風俗店とか、けしからん風俗店とか、社会見学出来るくらいにはあると思う。
「ぐへへへ。はじめはどうなることかと思ったけど、これで何とかなるかもしれないな」
財布を袋の中にしまう。
それに何よりも、鑑識で見た【魄回収率:77%】が大きい。いきなり45%も加算されていたのだ。聖騎士レベル22が大きいのだろう。
通常のジョブなら魔物や人間と戦うと経験値(=
ただし、お目当ての死体をクグツにするための【
なるだけ早く100%にして、代わりに戦ってくれるパトロンを探したいものだ。
どこかに死体でも落ちていないかな。
我ながら頭がおかしいと思いながらも小道を歩く。馬車が先行しているというのなら、出会った魔物はジルキースが仕留めるだろうし、そのおこぼれでも戴けたならというのが狙いだ。
……他のジョブにしてたなら違っていたかな、とふと思う。
だけどあの状況では、たとえどのジョブだったとしてもLv1に出来ることはなかっただろうと思う。仮にファイヤーウルフと戦う手段があったとしても、あのでかいのが相手では、立ち向かった時点で殺されていただろう。
あのときは、俺が組み伏せられて、ジルキースが狙撃できたから助かっただけだ。
結果論で言えば、【魄】の収穫があったネクロマンサーが一番無難だったと言うことにはなるだろう。ただ、あくまで現時点での話に限るんだけどな。
てくてく歩いてきたが、さすがに疲れてきた。
ファイヤーウルフのところからどれくらい歩いたのか、時計がないからわからないが、結構日が傾いてきているところからして2時間てところだろうか。
もう足がぱんぱんだ。俺は何度目かの休憩を取ることにした。
袋から皮の水筒を取り出し、口に含む。沢で水を入れ替えておいたから一応まだ飲めると思うが、もうあまり残っていない。沢からは離れてしまっているので、水をくみに行くことはもう出来ない。
「はぁ。もう少し計画的に水を飲むべきだったかな」
いや、この疲労は水だけじゃない。血を失ったことや腹が減ってきているのだ。よく考えたらここに来てからなにも食べていない。……いや、食べたか。葉っぱを。
俺はポケットから『ソトカゲソウ』を取り出した。
効果効能に『疲労回復』とでもあればよかったのだけど、どちらかと言えば傷薬だ。
……まてよ、そういえばあれから2時間も歩いているのに、なにも発見できなかったな。【探知】のスキルは働いていないのかな?
俺は鑑識をかけ、一般スキル画面を確認することにした。
「……あれ? また全部のスキルがオフになってる」
10ある一般スキルが全てオフになっていた。よく見れば平常心スキルもオフになっている。
そういえば前の時も全部オフになっていたよな?
「ひょっとして、一般スキルに『時間制限』ってあるのか? 一時間ぽっきりみたいな」
いや、ありうるかもしれない。オンオフは自分で切り替えることが出来たとして、寝ているときにまでオンにしておく必要のあるスキルは少ないはずだ。
使用したいときに使用したいスキルをオンにする。オンとかオフとかって言うと、何か家電のようだが、イメージとしては間違っていないだろう。
つまり、MPが仮に電気だとすると、必須スキルが常に使用している家電、冷蔵庫にあたる訳か。常に使用できる状態にしておかないと意味がないみたいな。あとは使用時だけ使えればいい一般スキルとして、電子レンジやテレビなどにあたると思う。
とすると、一般スキル使用時には俺のMPが消費されているということになる。俺はこれまでに2回、フルで一般スキル使用してきたが、体調に特に変化はなかった。もともとMPの容量が大きいのか、それとも時間経過で回復しているかのどちらかだろう。
多分後者にあたると思う。Lv1の初心者の最大MPは、基本的にさほど多く設定されたりしないだろう。
そういえば今更だがイザベラの言葉を思い出した。たしか、「自分への鑑識はMPを消費しない」と言っていた気がする。鑑識も人に使うごとにMPを消費するみたいだな。
俺はとりあえず全部の一般スキルをオンにした。今の状態でMP消費による疲労感や倦怠感がない以上、常に使える状態にしておかないのはもったいない。
ひょっとすると、あのファイヤーウルフを木に刺さった剣に叩き付けることが出来たのも、【罠設置スキル】が働いたからなのかもしれないし、小刀を使ってうまく毛皮を剥がせていたのも【料理】スキルが働いたのかもしれない。
たまに鑑識を使って、オフになっているようだったら積極的にオンにするようにしよう。特に【探知】は役に立つはずだ。
なんて思っていたが、めぼしいものも見つけられないまま、歩き始めて10分ほど経った。時折、道際まで寄って薬草がないか調べてみたが、食用ですらない雑草ばかりだった。
もう少し森の奥に入れば何か見つかるのかもしれないが、食べ物を探しに行って食べられましたでは笑えない。
それでもお腹がすいてきたのでうろうろ探し回っていると、小道の先に人が座っているのが見えた。
遠目からでも金色の髪が目立ち、やがて白い服装をした、どうやら女性だということがわかった。
それにしても、小道の真ん中で座り込んで何をしているのだろう。
近づくにつれ、女性の姿がわかるようになる。あまり馴染みはないけれど、服装からして教会のシスターのようだった。白い修道着を着て、斜面から見える風景を楽しんでいるようにも見えた。
疲れたから座っているのか、怪我でもしているんだろうか。
そういえば、ソトカゲソウが手元にあることを思い出し、声をかけてみることにする。オトモダチになれるかもしれないし、大人のお礼をしてくれるかもしれない。
だが、声の届くところまで近づくと、俺の考えはがらりと変わった。
金髪の修道女は、小道の真ん中に絨毯を引いて座っているのだ。
なんだかひどいカルチャーショックを受けた気分だ。
平常心スキルがなかったら膝をつくところだ。
いやだって、道の真ん中で絨毯引いて座らないでしょう、普通。
百歩譲ってサクラでも咲いているんなら生暖かい目で見ることが出来るが、森の小道で森林浴と言われた日には、この世界の常識を今一度検証する必要があると思う。
俺は一瞬迂回しようかとも思ったが、片方の斜面はほぼ崖だし、片方は密林のように鬱蒼としている。道を外れ森の中を歩くのは危険だと判断した。
なるべく自然に、平常心スキルを最大限に使い、近づいていく。
修道女は俺に気づくと振り向いた。
「こんにちは、ネクロマンサーさん。今日はいい天気ね」
「えっ……ぁ!?」
俺は驚きのあまり女の顔を凝視してしまった。
そして、その顔に息をのんだ。やはり迂回すべきだったと後悔した。
金髪の修道女の半身は、顔から肩にかけて赤く染まっていた。ちょうど反対側から近づいたので、彼女のこの血まみれの状況に気がつかなかったのだ。
見たまま言えば、返り血を浴びた人殺しという火サス劇場ってのが頭に浮かんだ。
修道女は若く、まだ幼さを残す顔立ちだったが、こちらにほほえみを向けるその綺麗な顔を見てもなお、俺はその女に心を許す気にはなれなかった。
むしろ、ファイヤーウルフのでかいのと対峙したときと感覚が似ている。こちらには彼女を殺す理由がないのに対し、彼女には俺を殺す可能性があるのだ。
彼女は顔に掛かった誰かの返り血を、ただ一度も拭おうとしなかったに違いない。血の飛沫が、顔の半分を汚し、それがすべて乾いた血の色に変わっていた。
指先が冷え、背中にじわりと冷たい汗が噴き出るのを感じた。
「……ど、うして、それを……?」
「鑑識よ。あなたにも出来るでしょう? 違う?」
女がさも当然のことのように聞いてくる。
「出来るけど……。ああ、ええと、つまりあなたもイザベラに、この世界に連れてこられた人ですか?」
「ふふっ。そうなるわね。あなたはここに来たばかり? Lv1のネクロマンサーさん」
こちらも鑑識を使って、せめて相手のジョブだけでも調べておくべきだろうか。
いや、今の状況がわからない以上、下手なことをすべきではない。
「あ、はい。さっきここに来たばかりです。あの……」
「なぁに?」
女が目を細めて聞いてくる。
何を聞くべきだろうと、躊躇する。質問次第では彼女の機嫌を損なう危険性があった。
血まみれで小道に座り込んでいるのだ。ここでなにもなかったわけがない。
赤ずきんちゃんの童話で、おばあさんの口が大きいことを指摘したら食べられましたという話がある。『押すなよ、絶対に押すなよ』というあれと同類だ。
逡巡するが、驚いたことに俺の口から出てきた言葉は、相手を気遣う言葉ではなかった。
「ここを馬車が通りませんでしたか?」
口にしてみて、死んだかなと思った。
平常心スキルのおかげで体の震えも心の震えもなかった。あるのは彼女への猜疑心、そして不信感だ。
彼女は少し考えるような仕草をすると、「***、*****」何かを呟いた。
俺の背中がぞわっと震えた。それはおおよそ人の声が出せる音ではなかったからだ。
彼女は改めて俺に視線を向けると、
「馬車はここを通ることが出来なかったみたい」
よくわからないことを言った。
『通らなかった』であれば嘘になる。ここまでは一本道だったから。嘘をついた理由を聞く。『通った』なら、あのカステーロ氏のことだから何かしら彼女に話しかけていたはずだ。そのことを聞こうと思っていた。
おそらくその答えが、彼女の返り血の意味になるのだろうと思ったからだ。
だけど、通ることが出来なかったというのなら、誰が通さなかったというのだろうか。そもそも馬車はどこに行ったのか。
「あの、それって……」
「ネクロマンサーさん。あなたはどうしてネクロマンサーのジョブなんて選んだの? 他にもたくさんあったでしょう?」
俺の言葉を遮り、彼女は俺に不躾な質問をしてきた。
「神様の気持ちを知りたかったからかな?」
「ふぅん」
なにも考えず、ただ口からぽんと出た言葉に、内心俺が一番驚いた。
「うん。でも、何となくわかるかなぁ、そういうの」
わかってもらえたようだ。
「私もね。神様の気持ちが知りたい」
「……神様はきっと自分の気持ちなんて持ってないと思うよ」
「あら、どうして?」
「きっと何かに一生懸命で、俺たちに気がついていないんだ。だから呼びかけても気づいてもらえない。神様はきっと大忙しなんだ。みんなのために」
そう。無視ではなくて、気がついてもらえないんだ。そう思いたい。
「ふぅん。そうなんだ。不思議な考え方だね、そういうの」
「だからかな、ネクロマンサーって言う、神様のまねごとをしてみたくなったのは」
まあ、嘘なんだけどね。
「どう? 神様の気分は。どんな気持ち?」
「Lv1のネクロマンサーに聞かないでくれよ。神様修行中さ」
「ふふふ。頑張ってね」
彼女は少女のように笑う。
俺はその顔を見ても、笑みを返す気にはなれず、作り笑いを浮かべただけだった。
ガサガサと、傾斜の下の茂みが動く。
「ところで、ネクロマンサーさん。あなた、今、死体が欲しいと思う?」
「……。一応、探してはいるよ。――でも、今は俺たちが死体にならないことが重要じゃないか?」
ガササ、と茂みから黒いものが踊り出してきた。
一瞬見えた、猿のような顔をした――しかも一体じゃない、1、2、3、…………6匹も!
猿は起伏の激しい斜面を一気に駆け上がってくる。
俺は彼女を見た。だが、彼女は猿を見ても顔色ひとつ変えず、平然とした面持ちのままで、絨毯に座ったまま髪をかき上げている。どうも手を貸す気はないようだ。
「くそっ!」
俺は腰からジルキースから借りた“風のナイフ”を引き抜いた。刀身が青白く仄かな光を放っている。使えそうだ。
そしてそのまま、彼女の前に躍り出て、斜面を駆け上がってくるサルと対峙する。
サルどもは俺に気がついたのか、斜面の途中で二手に別れ、俺と彼女の周りを取り囲むように散らばった。見れば、正面の一匹はなにやら袋を咥えていた。
俺は、この状況にも動じず、ましてや動こうともしない彼女に向かって叫ぶ。
「あんたこそジョブは何だ?! 今協力してこいつら何とかしないと、俺たちが死体になっちまうぞ!」
「召喚士よ。そしてこの仔達は私の使い魔」
「へ……?」
思わず彼女の方を見る。
彼女はうれしそうな顔で黒い猿に向かって両手を伸ばしていた。
「おかえり」
「クルルルル...」
その鳴き声はまるで鳥のようだった。
サルは長い尻尾を揺らしながら、ととと、と彼女の方へと近づいていく。途中、俺の顔を伺い見るようにしたが、すぐに彼女の方へ向かった。
まばたきひとつしない、汚れのない乳飲み子のような目だった。
顔には鼻の突起が無く、目の下にあるのは黒い種子に似た鼻の穴が二つと、整ったひげが口元を覆うようにはえている。頭部から背身を覆う毛は長く艶やかで、鬣のようだ。
体高約五十センチくらい、体長は一メートルほどだが、尻尾を入れるとその倍になる。前足や後ろ足の指は長く、どちらかといえば、両方とも『手』のようだった。
彼女は座ったまま、近づいてきた6匹のサルの頭を順になでている。
俺は安堵の息を漏らしたあと、ゆっくりと“風のナイフ”を鞘にしまった。あとは、柄から離れようとしない、硬直したままの指を一本一本引きはがす。
「……召喚士だったんだ」
「おかしな人ね。てっきりあなたも鑑識を使ったと思ったのに」
「あー……。年齢を知られたくないかと思ったんだ」
「知られたら殺していたかもしれないわね」
「…………」
「冗談よ。うふふふ。冗談。使っていいわよ、鑑識」
お許しが出たもので鑑識を使うことにした。
・アンジェリカ・アプリコット <女・19歳>
・【ジョブ】 召喚士 Lv8
・人族
彼女――アンジェリカ・アプリコットのステータスが出る。
ジョブは召喚士で、Lvは8だった。Lvは低いようなので彼女も最近ここに来たのだろう。
「召喚士Lv8ってでたけど、ひょっとしてアプリコットさんも最近この世界に来たんだ」
「アンジェリカでいいわ。年下だもの。それに私は孤児だったから、名字がないの。アプリコット修道院で育ったのよ」
「ああ、そうだったんだ」
「あなたはタカヒロね。おじさんなんて呼ばないわ。よろしくタカヒロ」
「よろしくアンジェリカ」
俺たちは握手などせず、社交辞令のように名前を呼び合った。
アンジェリカの名前を出した途端、サル達が一斉にこっちを見たからだ。真っ黒い瞳が吸い込まれそうで怖い。
「私はふた月ほど前にこの世界に来たの。はじめは大変だったわ」
アンジェリカはずっと座ったままなので、俺もどかっと腰を下ろした。もちろん地べたにだ。絨毯の上には黒いサルが幅をきかせているし。
「アンジェリカはすぐに町にたどり着けたのか?」
「私は、このずぅっと先の村の近くで迷っていたのを助けられたの。マルセーラって言うところ」
「アンジェリカもやっぱり着の身着のままで?」
「そうよ。アッタマきちゃう。だって、私はパジャマで裸足だったのよ?! それで森の中さまよってたんだから。しかも夜よ。灯りが見えてなかったら、きっと魔物に食べられていたわ」
アンジェリカは怒ったように手をブンブンと振った。あんたは怒っていい。俺は一応部屋着で靴を履けたからまだマシな方だ。
「じゃあ、【平常心スキル】とかがなかったら、精神的にかなり危なかったろうな」
俺なんて、つい数時間前、うずくまって泣き出しそうになってたくらいだ。
「え? なにそれ? そんなスキルあるの?」
きょとんとした顔のアンジェリカ。
いや、だから、それがないと正気を保っていられなくない?
「【感情スキル】の一種みたいだけど、アンジェリカのにはなかったのか? ほら、一般スキルの欄にさ」
「んん? ……ないわね。逆に聞くけど、平常心スキルがあると、いつでも平常心でいられるの?」
「平常心を保ってられるかな。イザベラが【自殺防止】を目的としたカンフル剤的なスキルだって言ってた」
「ふぅん。あの人、私にはそんなこと言っていなかったわ。でも、平常心って不便じゃないの? 泣いたり笑ったり出来なくなると思うわ。私だって最初は泣いたりしたけど、なんとかなったもの」
アンジェリカはえっへんと胸を張る。
それはきっと、君は強い人だからなんだよ、とは言ってあげない。アンジェリカは泣きながらも動き、生きようとしたから今があるんだと思う。
俺は「偉いね」と言ってごまかしたけど、アンジェリカは不満そうだった。
「ところで、その子達が【召喚術】で呼び出した君の使い魔になるのか?」
「そうよ。“ダダジム”と言うの。かわいいでしょう。この仔には特別に“メリセーヌ”って言う名前をつけたの」
アンジェリカはダダジムの一匹をぎゅっと抱きしめる。ダダジムは抵抗せず、ただなすがままだ。残りのダダジムはアンジェリカの周りで狛犬のように座っている。ただ、全ての黒い目は俺を向いている。
「お供のいないネクロマンサーとしてはうらやましい限りだ」
だからって、死体にほおずりはしないけど。
「あなたもそのうち神様のまねごとが出来るようになるわ、きっとよ」
「ありがとう、といっていいのかな。でも、まだ先は長そうだよ」
実はもう77%で、じき神様になれるとは言わない。誰をクグツにするかも決めていない。
俺はふと、アンジェリカの後ろに転がっている袋が目に入った。
「そういえば、さっきそのダダジムが袋を咥えて戻って来たのを見たんだけど、何かお使いでもさせていたのか?」
「ヒレイが――偵察用の鳥だけど、斜面から落ちた行商馬車を見つけたの。それでダダジムになにか食べ物とか使えるものとかがないか探しに行ってもらっていたの。その途中であなたが現れたのよ。でも、Lv1のネクロマンサーだとわかって安心したわ」
彼女は屈託なく笑う。
俺も人のことは言えないが、彼女も泥棒行動に対しての罪悪感は持ち合わせていないようだ。ゆがんだ強さはゆがんだ精神を育み、ゆがんだ状況を経験することで形成されるからね。
事故を見つけて、一番最初に泥棒を考えるって、どんな経験をしてきたのやら。
それよりも馬車が通れなかったって言う意味は、そういう意味だったんだ。
「馬車が落ちたのってどのあたりになるんだ? よかったら教えて欲しいんだ」
「いいわよ。拾いに行くんでしょ? 多分まだたくさんあると思うから」
彼女は馬車が落ちたらしいという方向を指さす。
30メートルほど向こう側。カーブの先で見えにくいが、なるほど、確かに地面が少し陥没しているようだった。
「あ。そうか、わかった。タカヒロは死体を探しに行くんでしょ。新米ネクロマンサーだもんね。二人のうち一人は死んでいて、でも、もう一人はまだ生きてるかもしれないわ」
「……そう。ありがとう。今から行ってみるよ」
俺はそう彼女に別れを告げると、絨毯を踏まないように彼女から離れた。
「待って。この仔達が道案内するわ。荷物を運ぶならお手伝いがいるでしょ?」
「いや、そんなのいいよ。自分で出来るから」
「いいからいいから。気にしないで。ダダジム、『*****。**、***』これでいいわ。少しの間だけ貸してあげる。タカヒロの言うことをちゃんと聞くように言ったから」
彼女はどうぞどうぞと言いたげにダダジムを二匹、俺の方に歩み寄らせた。
「……わかったよ。案内、よろしく頼むな」
「クルルル...」
俺は先導する二匹のダダジムを追って斜面を降りることにした。
斜面の途中でアンジェリカを振り返る。彼女は残り4匹のダダジムに囲まれながら、いつまでも手を振り続けてた。
……悪い子じゃないような気もするけど。
壊れてる気がするんだよねぇ。
斜面を30メートルほど下っただろうか。一人の死体を見つけた。だが、カステーロ氏でもなければ、ジルキースでもない、もじゃもじゃ頭の中年だった。こんな人はあの馬車には乗っていなかったと思うけど、中にいて、俺が気づかなかっただけかもしれない。
もじゃもじゃ頭の首はおかしな方向に曲がっていた。
死因は馬車から投げ出されたことによる頸椎の損傷といったところか。
少なくともアンジェリカの情報は正しいみたいだ。
「鑑識オン」
俺は死体に手を合わせると、そう呟いた。
・ジャンバリン・バンサー <52歳>
・【ジョブ】 商人 Lv6
・人族
やはり知らない人だ。
俺はとりあえず【魄】を集めるのは後回しにして、ダダジムのあとを追う。もうひとりの“生きている方”を探すことにした。
馬車の荷台はそのあとすぐに見つかったが、ばらばらに壊れ、そこら中に荷物が散乱していた。車輪が見つからなかったので、馬とペアでいるのかもしれない。
茂みの中に突っ込んでいたファイヤーウルフの毛皮を見つけ、歩み寄る。ジルキースが馬車の荷台に乗せていたものに間違いない。馬車が違うと言うことでもない。……だが、さっきの男には見覚えがなかった。
首をひねっていると、どこかで咳き込む音がした。
「ダダジム。戻ってこい」
小声で呼ぶと、草むらの中に顔をつっこみかけていたダダジムが振り返り、とことこと歩み寄ってきた。
あれ? もう一匹は?
俺はもう一匹はどこにいるのかと聞こうとして、
「ひぃぃ! また来おったな、この魔物め! やめんか、近づくんじゃない! ジャンバリン! 聞こえておらんのか!? ジャンバリン!!」
この声には聞き覚えがある。カステーロさんだ。慌て具合と声の大きさからして、カステーロさんは無事だろう。ジルキースを呼ばないところを見ると、どうやらそこにいないらしい。
俺は声をかけようと、息を吸い込みかけたが、俺を見上げるダダジムの顔を見てやめた。
「一度アンジェリカのところに戻る。おまえはもう一匹に“その男は決して傷つけず、だけど俺が戻るまで魔物っぽくしていろ”と伝えてくれ。できるか?」
ダダジムは俺の目を見て、こくりと頷く。そのまま「クルルルル...」と高く鳴いた。
「あわわわっ、まだおるのか。こ、こら、鞄を引っ張るな! 返すんじゃ! ジャンバリン! 早う来てくれ!!」
俺はその元気そうな声を聞きながら、元来た道を一気に駆け上がった。
途中足が滑り、斜面を転げ落ちそうになるのを、追いついて来たダダジムに支えられ、事なきを得る。
礼を言いつつ、ああ、俺も召喚士にしとけばよかったなとか思ったり思わなかったり。
小道まで這々の体で戻ってくると、アンジェリカに声をかけた。
アンジェリカは、残り4匹のダダジムと一緒に袋の中身を物色している最中だったようで、絨毯の上にはいろいろなものが並べられていた。
「あら。早かったわね。何か収穫はあった?」
「持ち主が生きているからね、泥棒はする気はないよ」
「まあ、それじゃ私が泥棒って言うことになるじゃない。ひどい人ね」
アンジェリカの目がつり上がる。いやあんた泥棒だし。
「いや、別に嫌みを言った訳じゃない。俺はアンジェリカに嫌われるつもりはないよ。ただ、ちょっと手を貸して欲しいんだ」
「なによ。ダダジムだけじゃ足りないってこと? 私は嫌よ。雑用ならこの仔達に言って」
アンジェリカは指を鎮座するダダジム達にビッと向けた。
「もちろんそのつもりだけど、ちょっと演技が絡むからアンジェリカにも了承を取ろうと思って戻って来たんだ」
「了承? 演技? 何をするつもり?」
アンジェリカは小首をかしげた。ダダジム達もそれに習って首をかしげる。
その仕草がおかしくて俺は笑いながら、「泣いた赤鬼」って知ってる? と聞いた。
知らないと答えるアンジェリカに簡単に物語を話すと、救出作戦を説明する。
アンジェリカには「悪そうな顔をしてる」と言われた。失礼な。
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