第7話 魂魄のオーブ

 さて状況を整理しよう。

 俺がここにいるのは、異世界の管理人イザベラにこの世界に放り込まれたからだ。

 泣いてもわめいても無駄だとか言うので、仕方なく【ネクロマンサー】というジョブを選び、身につけている。

 そして先ほど、ファイヤーウルフとかいう魔物と戦って、苦戦はしたがなんとか殺すことに成功した。そいつが今、目の前にぶら下がっている。

 イザベラはたしか、ネクロマンサーは【魂魄のオーブ】とかいうので屍骸から【魄】を抜き取ることが出来るそうなのだが、ポケットの何処を探してもそれらしき物は見つからない。

 鑑識で【アイテムボックス】の中も見たが、魂魄のオーブは入っていない。

 ついでなので、一般スキルを全部オンにしておく。そういえば一度全部オンにしたのに何でオフになっていたんだろう。


「これが普通のゲームの世界なら、倒した時点でレベルアップするよな」


 ネクロマンサーのLvは1のままだ。経験値が入ったのかもわからない。

 イザベラの話じゃ、俺のジョブであるネクロマンサーは、ただ単純に魔物を狩ればいいというわけでもないらしい。まずは、斃した魔物から魂魄のオーブとかで【魄】を吸い上げて、それが溜まると【魂】ができて、それを魔物の屍骸にでも与えると、アンデットとして蘇るらしい。

 さらには、そのアンデットに教育を施して魔物と戦わせて、そこでようやくネクロマンサーの経験値が得られるという流れなのだ。

 レベルをあげるにも、なんというか下積みがかなり大変だ。


「というか、本当に【魂魄のオーブ】って何処にあるんだ?」


 レベルアップの下積みの第一歩目が見つからない。

 なぜイザベラはこんな基本的なことすら教えてくれなかったのか。……というか、まさか武具、お金、食料、地図すら持たせずこんなところに放り込まれるなんて思いもよらなかった。某ゲームのキャラ達は一貫して初期装備ぐらいは持っているぞ。

 感情スキル云々よりも、そっちを重要視して欲しいとこだ。

 それとも、開始早々こんなところで簡単に死ぬようじゃ、この先生きていけないってことなんだろうか。死んだら次が送り込まれて来るだけだとすると、あながち間違っていないのかもしれない。


「……そういえば、ファイヤーウルフの毛皮を剥いでたな、あの人」


 振り返ると、邪魔にならないようにか、草むらの中にでかい方のファイヤーウルフが真っ裸で放置されている。そのうち臭いを嗅ぎづけて他の魔物が現れそうだ。

 とりあえず、町に着いたらお金が必要なわけだけど、でもだからといって町でいきなり就活とか出来るはずもない。履歴書買うお金もないんだから。ジャケット血で汚れているし。

 ネクロマンサー募集中って何かアルバイトとか……あるはずないか。なら、こいつを売って路銀を得るしかないわけだ。


 俺は折れた剣にぶら下がったファイヤーウルフを見てため息を吐いた。

 やるしかない、か。

 俺は木とファイヤーウルフとの間に入り、ファイヤーウルフを担ぎ上げる格好で、突き刺さっている刃から抜いた。

 死後硬直がまだ始まっていないのか、ファイヤーウルフの体は柔らかかったが、突き刺さっていた傷口からの血で俺のジャケットはさらに真っ赤に染まってしまった。

 とにかく水のある場所でやろうと、俺は屍骸を担いだまま沢の方へと降りることにした。

 毛皮を剥ぐといったワイルドな行いは未経験なので、とにかくも毛皮を傷つけないようにして剥がしていくのがいいだろう。

 水のあるところまで来ると、俺は屍骸を大きな石の上に寝かせた。自分の体を見ると、肩から腰にかけて血でぐっしょりと濡れていた。

 平常心スキルが効いているのか、俺はもはやどうとも思わず、沢で手を洗った。

 ふと視線を感じて顔を上げると、男の死体がお腹がオープンセサミした状態でこちらを見ていた。

 さすがに二度目なので驚いたりはしなかったが、


「あとで埋めてやるから、こっち見んな」


 男の死体に近づいて目を閉じてやった。完全には閉じきらなかったが、まあ気になるほどでもない。


「あれ?」


 ふと何かを感じて、男の体を傾けてみると、男は背中に何か袋のような物を下げていた。

 俺はあたりを見渡して誰もいないことを確認すると、男から肩掛けの袋を失敬した。死後硬直が進んでいたので外すのには苦労した、とは思わない。

 あー、これって完全に泥棒だよな、と思いつつも袋の中身を物色する。


 ・マッチ

 ・皮の水筒

 ・地図らしきもの

 ・パンのかけら

 ・財布(おお、結構入ってる!!)

 ・薄い毛布って、これはマントか。


 あと、なんだこれ。何か布でくるくる巻いてある堅い棒のような物がでてきた。

 かなりきつく巻いてあるところを見ると、お宝っぽい。

 金の延べ棒とかを期待して布をほどいていくと、中からはなにか黒い石でできた杭のような物が出てきた。光沢のある黒い石はよく磨かれてツルツルしていて、不思議と肌に吸い付いてくるような感じがする。

 サイズは太さで指二本分、手のひらより少し長いくらいで、上半分はやたらと細かい細工が施されていた。

 布で何重にも巻いてあったところを見ると、男にとって大事な物だったんだろう。

 俺は黒い石杭に布をまき直すと、男の胸元に戻しておくことにした。

 あと出てきたのが小ぶりのナイフだった。刃渡りは10センチほどでやや肉厚。どちらかといえば小刀に似ていた。


「さすがに借りた物で毛皮を剥ぐとか出来ないし、やったらぶちのめされそうだよな」


 腰に下げた“風のナイフ”を見ながら独りごちる。

 あのジルキースのことだから、血でも着いていたら青筋立てて怒り狂うだろう。

 そういうわけで、この小刀は有り難く戴いておくことにしよう。あとは衣類だけだったので袋に戻しておいた。


 俺はファイヤーウルフに向き直ると、改めて毛皮を剥ぐ作業に移ることにした。

 何か映画でシカとかの皮を剥ぐシーンを見たことがあるが、割とサクサク剥いでいてあまりグロいとか思わなかった記憶がある。

 ともかくお肉と毛皮とを分離させればいいんだよな。

 とりあえずグサー。お腹周りをグサグサグササー。このやろよくも噛み付きやがって。くぬやろ、こいつめ、グサグサグサー。てめえこのやろ、イザベラてめぇこんなところに送り込みやがって、おまえ俺が何したってんだよ、このこのこのグサササー。


 平常心スキルがなかったら、とてもじゃないけれど出来ない行為を俺は一生懸命こなす。脂のぬめりなのか血のせいなのか、毛皮を押さえる手が滑る滑る。

 作業も中盤にさしかかり、何とかコツがつかめてきた。

 俺は一度ファイヤーウルフを沢に放り込み、血のりを水で流すと引き上げた。お隣の男の袋からタオルを失敬して汗を拭う。ついでに小刀も血や脂を綺麗に拭き取っておく。

 ふむ。意外と切れ味のいい小刀だ。肉切り包丁? これは結構有り難いかも。そういえばこの小刀の柄にも、折れた剣の柄にあったような模様が彫り込んである。

 ジルキースが俺のことを隣国の誰かと勘違いしてたようだけど、この人がそうなんだろうか。男の顔をじっと見る。うむ、血色悪い。死んでる。


 背中周りの毛皮を剥がそうと小刀でサクサクと切っていく。ウチじゃ料理なんて一切したことなかったが、俺はこういうアウトドアに結構向いているのかもしれない。

 実際、ひき逃げされた飼い猫とかも埋葬したりとかしてたし。

 あのときはグロさと悲しさで黙々と穴掘ってたなー。

 俺は左手で毛皮を引っ張りつつ、右手で小刀を扱っていたのだが、左手がぬめってしまい、20センチほど浮いていた毛皮の本体を勢いよく頭から落としてしまった。

 頭が石にぶつかる派手な音がして、死んでいるにもかかわらず、俺は慌ててファイヤーウルフの頭をすくい上げた。


 ――と、右手に何か熱いモノが流れてくる感じがした。

 寄生虫か何かかと思い、俺は反射的に右手を跳ね上げさせたが、その際、何か紫色の光の帯のようなものがファイヤーウルフと右手との間に繋がっていたのが見えた。振り払うようにすると、紫色の光の帯はやがて溶けるようにして消えた。

 俺は思わず右手を見てぎょっとした。

 右手の中に、なにやら宝石のようなものがせり出していて、それが煌々と紫の光を放っていたのだ。

 やがて右手の光は消え、宝石のようなものは自動的にずずずっと右手の中に潜り込んでいった。


「なん、だったんだ? 今の。……ひょっとして、今のが【魂魄のオーブ】ってやつだったのか?」


 血と白いぬるぬるしたものに汚れた俺の手を見る。触ってみても何かが埋まっている堅い感じがしない。気のせいだったんだろうか。

 いや、そんなわけないだろう。たぶんあれが【魂魄のオーブ】だ。どこを探してもないと思ったら、自分の右手の平の中に埋め込まれていたとはな。青い鳥か!

 俺は恐る恐るファイヤーウルフの頭部に触れてみた。

 ググッと右手に重圧を感じ、何か熱いモノが再び流れ込んでくる感じがした。少し手のひらを浮かせてみると、そこから紫色の光が漏れた。これで間違いない。俺の右手の中に魂魄のオーブがあったんだ。


 俺は手を乗せたまま、しばらくそのまま待った。

 魂魄のオーブがファイヤーウルフから【魄】を吸い上げているのを感じる。じゅるじゅるといった生々しい感じではなく、もう少し清涼感があると言えばいいのだろうか、まあ、悪い感じはしない。むしろなんか落ち着く。くせになりそう。

 やがて【魄】を吸い尽くしたのだろうか、右手から重圧が抜けた。手をファイヤーウルフから離してみても紫の光が漏れたりはしなかった。

 ぢっと手を見る。

 俺はふと思い立って、「【鑑識オン】俺」調べてみることにした。


 思った通り、ステータス画面の欄に新しい項目が出来ていて、【魄回収率:6%】とあった。6%ってことは、残り94%で【魂】が作成されるってことなんだろうか。


「――よし。とりあえずやらなきゃいけないことはわかった。あのでかいファイヤーウルフも【魄】を回収してこよう」


 俺は急いで斜面を駆け上がり、毛皮をはぎ取られたあとのファイヤーウルフの前までやってきた。

 少し乾き始めたむき出しのお肉に俺は右手を添えた。

 しばらくそのまま待ったが、なにも反応がない。ちらりと右手の平を肉から離してみても光が覗くことはなかった。


「あれ~。おっかしいな。時間経っちゃったから、ダメってことなのかな?」


 俺は肉をぺちぺちと叩きながら、一周してみる。――と、半分吹き飛ばされた頭部に触れたとき、またあの感覚があった。

 しばらく頭部に手を当てていると、確かな重圧、そして【魄】を汲み上げ始める感覚があった。

 俺は小さくガッツポーズを決めた。


「つまり、頭部から【魄】を吸い取れるわけだな。んん? そうなると首を切り落とされた死体とか、やっぱり頭部に【魄】があるんだろうか……」


 機会があれば検証してみようと、我ながら黒い考えに少しあきれたりする。

 だいたい10秒くらいだろうか、右手の重圧がとれ、【魄】の汲み上げが完了する。

 さてさて、でかいファイヤーウルフちゃんはいったいどれくらいの【魄】がついたのでしょうかな。

 俺は鑑識スキルを使って再度ステータス画面を見る。

 【魄回収率:32%】


「うっし。ファイヤーウルフ(小)が6%で、でかいのが26%か。結構稼いだな。いい感じで3割突破ってところか。よし、この調子でガンガン――」


 ガンガン、どうするんだ?

 誰かが俺に問いかける。


「ガンガン……魔物を殺して……【魄】を集める……」


 俺は両手をぐっと握りしめ、吐き捨てるように呟いた。


「【魄】を集めて【魂】を作って、死体を操って、俺の代わりに魔物を殺してもらう」


 握りしめた両手を目の前で開く。よほど強く握りしめていたのだろう、手を開いたとき、手のひらは真っ白だった。だがすぐに血が通い出し、元の血色に戻る。

 左手にはファイヤーウルフに噛まれた痛みがまだ残っている気がする。

 そして右手には【魄】を吸い取った、あの何とも言えない充足感がまだ残っているような気がした。

 俺はパンと両手をたたき合わせ、柏手を打った。

 頬がわずかに緩むのを感じた。

 ……俺にまたもや悪魔的な戦略が浮かんだのだ。


 まあ、なにはともあれ早く町に向かわないといけない。まだ日は高いようだけど、日が沈むまでに町に着けるかどうかわからない。

 馬車で3、4時間といっても、人の足はそれよりも遅いのだから、急いだ方がいいのかもしれない。

 そんなことを思いながら小道に戻ろうとしていると、すぐ近くで草を踏みしめるような音がした。


「は――?」


 驚きよりも早く、その異常現象は始まっていた。

 小山ほどもあるファイヤーウルフの肉の塊が、いきなり溶け始めたのだ。ブクブクと音を立ててあっという間にどろどろのぐちゃぐちゃになり、あり得ない速度で地面の中に溶け込んでいき、痕跡も残らずに、文字通り「消えた」。

 俺は後ずさりの途中、草に足下を取られ尻餅をついた。でもその異常な光景からは目を離せずにいた。

 一瞬、ファイヤーウルフがゾンビ化して襲いかかってきたのかと思ったが、いきなりアブクを立てて溶けてしまうとは思っても見なかった。まるで溶解液でもかけたかのように骨ごと綺麗に残らずだ。

ファイヤーウルフの屍骸があった場所は、草が押しつぶされていて、まるで死体発見現場のようにくっきりとその形を表していた。


 俺は恐る恐るその場所に手を触れてみた。

 ぐっしょりと濡れてはいるが、血や体液のような液だまりではない。もっと別のなにかだ。

 ……その証拠に、臭いを嗅ごうと持ち上げた右手が、鼻に近づく頃にはもう乾いていたからだ。臭いはしない。アルコールのように気化してしまったのかもしれない。

俺は立ち上がると、作業中だったファイヤーウルフへの元に走った。

 途中何度も転びそうになったが、その都度地面に手をつき、よろめきながらも走った。運動不足から来る疲労がどっと押し寄せてくる。いったい今日で何度目の猛ダッシュだろうか。

 途中あまりに気分が悪くなり、げろげろとやってしまう。よく考えたら、出血がひどかった気がする。治癒魔法は傷は治せても失った血を戻すことは出来ないようだ。

沢に通じる斜面をよたよた駆け下りる。

 ようやく毛皮の解体現場まで戻ってくることができた。毛皮の前まで来ると、額から噴き出てくる汗がぽたぽたと落ちた。


「あはは、ははは、はは。まいったね、これは」


 俺はファイヤーウルフの毛皮を持ち上げる。まだ途中だった毛皮が綺麗に全部剥がされていた。

 コツン、コロコロ……と、なにかが毛皮の間に挟まっていたのか、白いモノがこぼれ落ちた。

 拾い上げてみると、それはファイヤーウルフの牙だった。左右2つのでかい犬歯が根本から引っこ抜かれたような綺麗な状態だった。

 たとえペンチがあったとしても、こうもうまく抜けるものだろうか。

 それにしても、


「中身が、無くなってる。……あんた、見てたんなら毛皮の中身を知らないかい?」


 俺は隣の死体に呼びかける。俺たちもうツーカーよ。ごめん嘘。

 仰向けの死体は、せっかく閉じてやった両目が半開きのまま、こちらを恨めしそうに見つめていた。


 俺は毛皮の内側を手で触れて確かめてみた。

 素人仕事だったので、だいぶ荒っぽくざくざくと切っていたはずの表面が、なめしたかのように綺麗に整っていた。余分な油脂や血のりなどは一切ない。

 剣で空いた穴が一致していなければ、まさか同一の毛皮だとは誰も思わないだろう。

 俺はじっと右手を見た。

 魂魄のオーブが埋め込まれた右手。これで【魄】を吸い取ったことが屍骸が溶けた原因なのだろうか。

 確かめる方法はひとつ。

 俺は半開きとなっている男の死体を見た。

 こいつも同じように【魄】を吸い取れば、屍骸が溶けた理由が確定する。なんせ、ファイヤーウルフよりも先に死んでいたのだからな。もしこの世界の法則が狂っていて、死後数分で体が溶け出すというものではない限り、魂魄のオーブの使用が溶けた原因になる。

 だとすると、なぜ毛皮や牙を残して溶けたりしたのだろうか?

 牙や骨だけが溶け残るなら理屈はわかるが、毛皮まで綺麗な状態で残るのは意味がわからない。

 あえて答えを出そうというのなら、ゲームとかで倒したモンスターが【落とした】状態にあたる、ドロップ素材ってことになるんだろうか。


「虎は死して皮を留め、人は死して名を残すってのを地でいく世界なのか?」


 いや、溶けた原因が魂魄のオーブにある以上、都合のいい物だけを溶け残らせたっていう現象は、スキルが自動的に働いたと考えた方がいいだろう。

 都合のいい物……? はて……。何か引っかかるな。

 何が都合がいいのか、初心者の俺にはさっぱりわからない。


「【鑑識オン】俺」


鑑識で自分のステータス画面を出す。次に一般スキル画面に移る。全ての項目にチェックが入っている。


【一般スキル】

・山菜知識

・薬草学

・採取

・調合

・裁縫

・野営

・料理

・罠設置

・暗視

・探知


 山菜知識、薬草学、採取……。

 そうか【採取】だ。たぶんこの【採取】スキルが働いたんだろう。

 俺はてっきり野草や木の実の収穫の仕方の知識をまとめたものとばかり思っていたが、おそらくは魂魄のオーブによって溶解する屍骸から、売れるもの使えるものを“取捨選択機能”としてまとめたスキルが【採取】になるのかもしれない。

 イザベラも言っていた、一般スキルは先人達の知恵で選ばれていると。

 とすると、【探知】とのコラボが望ましいのかもしれない。【探知】は素材となりそうなものを視界エリアから探し出すスキルだと思われる。

 屍骸から【魄】を抜き出す前に、まず【探知】で屍骸から素材情報を得ておいて、【採取】でいるものといらないものを自動で選り分ける。いらない部分は溶けて無くなり、素材となりそうなものは溶け残る訳か。

 うーん。複雑怪奇だ。

 何にせよ、死体が溶けるなら、今後毛皮を剥ぐようなことはしなくてもよくなったわけだ。

 謎もひとつ解けた感じで、ちゃんちゃんてところだ。


「じゃ、毛皮もうまく手に入れることが出来たし、そろそろ馬車を追って、町に向かおうと思うんだ」


 俺はファイヤーウルフの毛皮をくるくる巻きながら言う。


「あんたを埋葬するって言ったけど、ありゃ嘘だ。スコップがないし時間もない」


 俺は男に近づくと、男のウェーブがかった髪を少し切り、一房の遺髪を作った。

 男の胸元から布にくるまった黒い石杭を取り出して遺髪と一緒にまとめた。


「この世界の宗教がどうなのか知らないから、難しいことは言えないけど、安らかに眠ってくれ。あんたの【魄】は無駄にはしないよ」


 男に向かって両手を合わせ、南無阿弥陀仏と唱えた。


「…………ん」


 ネクロマンサー的には、


「南無妙法蓮華経~」


 の方が近いかな? いや、詳しくはわからないんだけど、さ。

 死ぬということを、『死ぬものでもなければ、死なないものでもないものに“変化する”』という考え方をするらしいから。


「【鑑識オン】」


 ホトケさまに手を合わせたついでに鑑識で調べておくことにした。


 ・カルシェル・シルバート <男・30歳>

 ・【ジョブ】 聖騎士 Lv22

 ・人族


 聖騎士様か、何かジョブだけ見ると、いつも立派な鎧を着ているイメージがあるけど。この人のは全身黒ずくめのかなり軽装だ。

 俺はこの人の名を覚えると、右手を額に置いた。目が隠れてちょうどいい。

 やがて、右手に重圧を感じ、熱いものが右手を通っていく感じがあった。

 だが、今回はそれだけではすまなかった。なにか、別の何かも入り込んできた。


 ――俺は誰かと組んで旅をしていた。

 ――どこに向かおうとしていたのかわからない。

 ――山道の途中でファイヤーウルフに出くわした。

 ――戦っている最中に、相棒が裏切った。

 ――相棒の笑い声。脇腹を押さえ、必死に逃げ出す俺。足がもつれる。

 ――自分の息がうるさい。視界が暗くなる。気がつけばファイヤーウルフに喉を――


「おおおおお、ぅぅわっ!!」


 目の前の視界が晴れ、俺は意識を取り戻すと、はじかれたように仰け反った。

 まるで脳みそをジャックされて拘束されたままグロ映像でも見せられた気分だった。

 なんせ“自分”が死ぬシーンを再現させられたのだ。

 ファイヤーウルフに何度も噛み付かれ、押し倒され、引きずられて、最後に腹を引き裂かれて死んだのだ。

 夢を見ているような感じだったが、実に生々しく、まるで俺が体験したかのような感じだった。……そういえば、ついさっき俺もファイヤーウルフに襲われたんだっけか。

 そりゃ既視感アリまくりだ。


「なあ、あんたさっきの――」


 呼びかけても応えないことがわかっていても、俺は自然に話しかけていた。

 だけど、そこまでで、男の体は一気に崩れはじめ、着ていた服を残し跡形もなく消えてしまった。

 ネクロマンサーは魂魄のオーブを使う際、相手の死に際の映像を体感しなければいけないのだろうか。

 ファイヤーウルフの時はなにも感じなかったところを見ると、『臨死体験』ならぬ『瀕死体験』を見せられるのは同じ人族に限られるのかもしれない。


 死んだ男の遺留品は、例の黒い石杭と遺髪とパンツとシャツ以外は袋に詰め持って行くことにした。男の服はなかなか丈夫そうで、高級そうなレザージャケットでサイズもちょうどよさそうだった。ただ残念なことにお腹の部分に食い破られたあとがあり、背中の腰の部分に一カ所穴が空いていた。針と糸が欲しいところだ。【裁縫】スキルもあることだし、繕えばまた着られるようになるだろうと思う。

 すでに吹き出していた男の血は溶ける対象外だったのか、レザージャケットは血で濡れていたが、もともと返り血を浴びても構わないように作られているのだろう、ぼろ布で拭うと目立たなくなった。


「鑑識オン」


 鑑識を使ってレザージャケットを見てみることにした。

 ・レザージャケット

 ・防具 <防御率:8(-1)>

腹部が破れているから補正が掛かったのか。ちなみに、ズボンの方は防御率4だった。それでも俺の今着ている服よりもずっと高い。

 安全を期すため、このまますっぽりと着替えてしまおうかとも思ったが、やめた。繕ってからだ。

 そういえば、他人の……というか、死体の服をよく着ようと思うよな、俺。

 服は上下たたんで靴と一緒に袋の中に入れた。 あとは下着だけだったが、これは埋めてしまおう。うむ。まだ正気だ。

 俺はお腹の部分が大きく破れたシャツをたたもうとして、何か堅いものが手に触れた。シャツを持ち上げて振ってみると、何かがぽろりと落ちた。

 それは弓矢の先っぽの矢尻だった。

 それがシャツの中から出てきたとすると、やはり『瀕死体験』であった通り、仲間だった男に射られて負傷したところをファイヤーウルフにとどめを刺されたのだろう。

 仲間の裏切りって言うのが、穏やかではない。

 俺はもう一度手を合わせた。


 俺は刃が刺さった木の根元に穴を掘ると、シャツとパンツにくるまった遺髪等々をそっと埋めた。もちろん『聖騎士の指輪』もそこに入れた。さすがにそれを手に入れることは憚られたからだ。別に宝石でもないし、それに何か、他人の人生に触れるようで怖かったからだ。

 墓標の代わりに剣の鞘を立てておいた。

 使える遺留品は生者のもの。

 そういうわけで俺は男の遺品である袋を背中に下げた。

 さて、町を目指そうと思い歩き始めたが、俺はふと思い出してファイヤーウルフのでかい方が丸裸でいた場所に戻った。少し探すと、かなり立派な『ファイヤーウルフの牙』が見つかった。

 俺はそれを袋に詰め込んで、馬車が向かっていった方へ歩き出した。

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