【序章:5】ネクロマンサー

「……どうかなされましたか?」


 少しの間、俺は呆としていたのか、砂時計の音ではっと我に返った。

 先を促さないので、イザベラが不審に思ったらしい。

 慌てて小玉を砂時計にはめ込む。


「あ……、いや、なんでも。今のネクロマンサ-の【死者を蘇らせる】ってのが、少し気に掛かっただけだから。新世界じゃ、治癒士以外にも蘇生魔法はあるのか?」

「いえ。新世界エレクザードにおいても、一度亡くなられた者を生き返らせる方法などありません」

「じゃあ、このネクロマンサ-のアビリティの【宿罪】っていうのはなんだ?」

「それについて、詳しくお知りになりたい場合は……」

「小玉をはめ込めって言うんだろ? ……いや、今はいいや。ただ、『死んだ人を生き返らせること』ができる世界なんじゃないかなって、思ったわけだ。新世界エレクザードってとこは」

「はい。【死んだ方を蘇らせること】は、ネクロマンサ-には可能です」

「おい、今無理だって……」

「はい。わたくしは【亡くなった方を生き返らせる】ことは無理といい、【亡くなった方を蘇らせる】ことは可能といいました。“生き返る”、と、“蘇る”は【新世界エレクザード】において【違う意味】となります」

「いや、また生き返るんなら同じ意味だろ?!」

「詳しい説明を聞きたいのであれば小玉をお願いします」

「あーもー」


 俺は小玉を引っ掴むと、ネクロマンサ-の【ジョブ】にはめ込んだ。

 小玉は赤い光を点灯させ、その下にあった文字を浮かび上がらせた。


【ネクロマンサ-】

・識別色:紫

・オーブスロット:魂魄のオーブ

・特性:腐臭耐性・疫病・死病・感染症耐性・精神汚染耐性・全ステータス微減

・短所:HP・MP以外の術者の肉体的成長が見込めない。

・アビリティ:宿罪

・基本スキル:教育


 なんか「うわぁ……」な【ジョブ】だな。

 確かに、これに比べたら【剣士】ジョブは盤石安定している。剣士ならソロでも行けそうな感じがするが、ネクロマンサ-は何というか、『どよぉ~~ん……』といった感じで華がない。

 例えるなら、【ジョブ】たちが、遠足でピクニック行ったとしよう。

 剣士君は治癒士ちゃんと魔法使いちゃんに挟まれて「あ~ん」とかお弁当の食べさせあっこしてるのに対し、ネクロマンサ-君は、独り公衆トイレで『便所飯』な感じだ。

 想像しただけで、泣けてくる。

 【腐臭耐性】がまた泣ける。


「【ネクロマンサー】の説明に入ります。ネクロマンサ-は、他の【ジョブ】に比べ【間接的な成長】で【ジョブレベル】を上げていくタイプになります。ネクロマンサーの【オーブスロット】は魂魄のオーブになります」

「こんぱくのオーブ?」

「……【概念】から申し上げますと、ネクロマンサーの世界では、生命には、『魂と魄』という二つの異なる存在があると考えられています。

『魂』は精神を支える気を、『魄』は肉体を支える気を指し、合わせて『魂魄』と言います。

 魂と魄は、あなた方の世界で言うところの【易】の思想と結びつき、魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰すと考えられおります。

 ――ついてきていますか? 大丈夫ですね? 続けますよ?

 三魂七魄という言葉がありまして。三魂は天魂(死後、天に向かう)、地魂(死後、地に向かう)、人魂(死後、墓場に残る)。そして、七魄は【喜び、怒り、哀しみ、懼れ、愛、惡しみ、欲望】からなっております。

 つまり、ネクロマンサーが【クグツ】として使う【死者】とは、『魂』が天に還ってしまった、『魄』のみの存在と言われております。


 さっぱりわからない。


「簡潔に申し上げますと、『生き返る』は亡くなる前の元の状態に戻ると思ってもらって構いません。ですが、『蘇る』では意味合いが違います。【魂魄】で言うところの、【魂】が抜けて【魄】だけになった状態で、そこにネクロマンサーが【魔力で造った偽りの魂】を入れることで、【魂魄】となり、この状態で生き返ったように見える姿を――『蘇る』と申します」

「……………………ふーん。なるほど。うん」


 わかったようなわからないような。


「続けます。ネクロマンサーの【オーブスロット】である魂魄のオーブは武器ではありません。魂魄のオーブは、死者の残滓である【魄】を集めることができるオーブなのです。

 たとえば、【剣士】はオーブスロットのついた武器で魔物を倒します。すると、剣は魔力を吸収すると同時に【魂】も同程度吸収していきますが、魄は吸い込めません。

 ……ですから、その死体には【魄】だけが残る。

 逆に、ネクロマンサーの魂魄のオーブは、その【魄】を吸い取ります。そして、ある程度の【魄】が溜まると、魂魄のオーブから【魂のオーブ】が採れます。

 そして、その【魂のオーブ】を新しい【死体】に使うと――【魂魄】が揃い、死者が蘇るといった、何だかややこしい手順を踏むのがネクロマンサーのやり方らしいのです

 蘇った者を【傀儡(かいらい)】もしくは【クグツ】と呼びます。

 続いて、【基本スキル】の【教育】を使い、蘇った自分の【クグツ】をしつける必要があります。つまり命令や約定、規範、行動制限など。

 そして、その【クグツ】に命令して倒した魔物の、約半分の経験値がネクロマンサーに入り、ようやく【ジョブレベル】が上がる流れになります」

「……結構長い道のりだ」

「ですが、それは最初だけで、魂魄のオーブであらゆる死体から【魄】を集め続け、【魂のオーブ】を量産すれば、ネクロマンサーの死体人口は増え続けます」


 やだな。

 なんかやだな。

 腐臭耐性が常に役に立ってるってやだな。

 やっぱね、ネクロマンサー君はクラスの嫌われ者だよきっと。体育で二人ひと組になりなさいって言われたら最終的に先生と組まされるんだ。


「ネクロマンサーの【クグツ】はパーティ扱いとはなりませんから、それこそ蘇らせた数だけ【クグツ】は増えていき、敵を倒したときに手に入る、残り半分の経験値はその【クグツ】に入り、【クグツ】のジョブレベルアップを行うことができます」

「【クグツ】ってのはジョブになるのか?」

「わかりやすく申しますと、亡くなられた方の転生先が【クグツ】であり、ジョブとしての扱いになります。ただ、生前身につけていた指輪があればそのジョブを兼任することができます。転生が絡むため、先ほどのジョブ選択画面にはでておりませんし、選ぶこともできません」

「蘇ったって言っても死者は死者だろう。病気でなくなった死者を蘇らせるなら、五体満足の【クグツ】になるだろうけど、魔物や殺し合いで死んだヤツはどうなるんだ? 【クグツ】にできるのか?」

「問題ありません。ただし、ジョブレベル次第になります。ネクロマンサーの【スキル】のほとんどが【クグツ】に関してのものですから、そして自らの属性次第では【リビングデッド】【スケルトン】や【死霊(レイス)】まで操ることができます」


 ……なんかひとりぼっちのネクロマンサー君が、友達の代わりにお人形集めて友達ごっこしている姿が目に映る……。


「ネクロマンサーについては、“墓荒らし”や“不吉”などと言われ、城や町では疎遠されがちですが、貧困街や疫病が流行りだした町ではスキル次第では重宝されるらしいのです」


 ふ、不憫すぎる。

 完全な日陰野郎ぢゃねーか。墓荒らしとか、目も当てられねぇ。


「ですが、【ネクロマンサー】全体の89%が【ネクロマンサー】でよかったと答えています」

「なにぃ!! それって、【剣士】の79%より多いじゃねぇか?! どういうことだ?」

「そうですね。まず、全ジョブ全体から見ても、【剣士】のジョブは人気があります。ですから、まず【ネクロマンサー】に比べて人口比が異なります。仮に100人にアンケートを採るのと、15人からアンケートを採るのでは、回答結果が同じ80%でも受け取り方が違うでしょう」

「まあ、そうだな……。ネクロマンサー人気なさそうだもんな」

「それに何より、目的達成率からしても【剣士】の方が圧倒的に高いですから」

「それでも剣士の方が低いというのは……」

「【剣士】といっても万能ではありません。治癒士・魔法使いのような魔法の習得は、数ある程しかありませんし、変にぶれていない分、攻撃が剣のみと単調です。まあ、これはその他大勢のジョブに言えることですが」

「隣の芝は青い、ってやつか」

「そうですね。それと負傷率でしょうか。目的達成時に、再びわたくしと再会するのですが、アタッカーとして最前線で活躍してきた方ですと、多くは戦闘によって大けがをなさった経験があるようです。当然、再びここに戻って来た以上、怪我を克服して目的達成された方なのですが、大やけどのあとや指先の欠損、耳や片目などの失明、いくつもの障害がその方の体に残っていました。それが【剣士】を選ばなければ良かった理由の1つになっているのでしょう」

「なら、ネクロマンサーはどうなんだ? 選ぶ人間もアレだが、選んでからの人生もアレのような気がするんだが」


 さあ、“アレ”に入る言葉を考えよう。


「【ネクロマンサー】を選ばれる方はあまりいらっしゃいませんが、選ばれた方でも多くが、未だこの場所に戻られていません」

「…………」

「ですが、【ネクロマンサー】を選ばれた方で、ある一定レベルのジョブレベルに達した方の多くは、老衰で亡くなっております」

「……老衰? なんで?」

「【ネクロマンサー】になられた方の傾向といたしまして、自分の目的が達成されると思いきや、わたくしからの目的を忘れ、やがて自分たちだけの集落を作り、そこに安住いたします」

「ゾンビ王国建国ですか……」


 マッドだ……。クレイジーすぎる……。

目的を見失っている気がする。

 あれ? でも、自分の目的を達成したって。


「ちなみにその自分の目的っていうのはなにさ」


「たとえば、『亡くなった妻との再会』」


 どきりとする。

 全身からぶわっと汗が噴き出す。


「亡くなった母親。父親。夫。兄、姉、妹、弟、祖父や祖母。その他、亡くなった方との再会」

「…………それ、どうやるの?」


 喉の奥が震え、かすれた声が出た。


「申し訳ありませんが、わたくしにはわかりません。ですが、【クグツ】としてではなく、※※※として――。……失礼いたしました。【規約】に触れたため――」

「これでいいんだろ?」


 俺は小玉をイザベラの前に差し出す。


「教えろよ」


 イザベラは無言でスロットの先を指さし、俺はそこにはめ込む。

 赤い光が灯り、ネクロマンサーの文字が紫の色に浮かび上がる。


「【規約解除】を確認いたしました。【ネクロマンサー】の上位スキルには【反魂】というスキルがあります。そこから派生するスキルには【霊薬作成】【反魂丹】【反魂香】、どれも亡くなった方に再会することができるスキルです。

 そして、【生前の情報】を用いた、【反魂丹】の作成、そして※※※※※※を用い――」

「またかよっ! ほらっ」


 俺は小玉をイザベラに突き出す。


「開くスロットは2つ。小玉も2つ必要です」

「っ――……。わかった。ほらもう一個」

「かしこまりました。では【錬金術師のジョブスロット】を開きます」

「錬金術師……?」

「はい。ネクロマンサーは【錬金術師】から派生したジョブですから」

「わかった。はめ込むぞ」

「では、ここと――、ここに」


 俺は、言われるまま小玉を連続してはめ込む。

 小玉は赤い光を灯し、【錬金術師】の名を浮かび上がらせ、続いてはめ込んだ小玉で、【錬金術師】の文字が銀色に塗り変わる。


【錬金術師】

・識別色:銀

・オーブスロット:カザルの書

・特性:知力中上昇・消費MP5%カット・体力小減・敏捷性小減

・短所:サポートに終始。HP・MP以外の術者の肉体的成長が見込めない。

・アビリティ:錬成

・基本スキル:設計図制作


「サポートに終始って……」


 なんか【貧弱なインテリ坊や】ってイメージが。


「【錬金術師】もまた【魔法使い】や【薬術士】からの派生ジョブですから、セカンドジョブ専用といった扱いになるのでしょうね。それでは……」


 イザベラは指を止め、こちらに向き直る。


「【ネクロマンサー】情報の続きと、【錬金術師】の情報、どちらを先にいたしますか?」

「ネクロマンサーを頼む」

「了解いたしました。【ネクロマンサー】には生前の情報を用いた、【反魂丹】の作成、そして錬金術師の上位スキルである【ホムンクルス】作成。この両方が合わさると、【まるで生き返ったかのような】姿で、【彼女】はあなたを驚かせるでしょう」


 恵子、と俺は思わず口にする。

 慌てて口をふさごうとしたが、口がないので俺の右手は空振りする。


「―――」

「奥様を亡くされたのですか?」

「そうだ」

「もう一度お会いしたいでしょう」

「そうだ」


 しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはイザベラだった。

 てっきり慰めの言葉でも出てくるのかと思ったが、違った。


「ある男が【選出者】に選ばれて、【魔法使い】のジョブに就きました。

 彼は賢く努力家ということもあり、数年のうちに【目的】を達成しました。

 わたくしの目の前に再び訪れた彼は、【薬術士】になりたいと言いました。

 理由を尋ねると、彼は『たくさんの魔物を焼き殺してきました。たくさんの種族を凍り漬けにしてしまいました。たくさんの人間を感電死させ、長い間、仲間だと思っていた人をばらばらに引き裂いてしまいました。これからは罪を償うために生きたいと思うのです』と言いました。

 わたくしは彼に、【治癒士】を勧めました。人を癒すならうってつけだと。

 ですが、彼は首を横に振り、『私はもう【救世主】に祭り上げられるのはいやなのです。私は【薬術士】として、薬を調合して、その作り方を教え、より多くの人を救いたい』と。

 彼はセカンドジョブに【薬術士】を就けると、再び新世界エレクザードに戻っていきました。

 それから長い年月が経ち、ここに戻って来た【選出者】づてに、彼が【サードジョブ】を派生させ、【錬金術師】になったと聞きました」

「そりゃたいしたものだな。つまり、それが錬金術師が【ジョブ】として産まれた、誕生秘話ってやつなのか?」


 イザベラは静かに目を閉じると、首を振った。


「彼は【サードジョブ】を身に就けた時点で、気が狂っていました。

 彼は、魔法使い時代にあまりに多くの命を奪った贖罪として、薬術士となりましたが、多くの命を助け、多くの命を救い、多くの命を育てているうちに、【命】そのものに魅入られてしまったのです。

 自らの行動を『創造主である神の恩寵を解き明かす行為』と位置づけ、【錬金術師】のスキルを次々と発現させ、『真理の探求』として【賢者の石】を造りあげました。

 『卑金属から貴金属を生み出すこと』から『千人の命を糧に、百人の“種族”を救う』ことへ。『百人の種から十の“個”』へ。やがて『十の個から一の“魂”』へ。

 彼がいったい何を考え、何処へ向かっていこうとしていたのかは、わかりかねますが、彼は最後に『ホムンクルス』の作成に成功し、死の間際に、それを【スキル】として安定させました。

 『ホムンクルス』とは【死なない身体】【魂の入れ物】を意味する――錬金術師が編み出した、人造人間なのです」

「……そいつは、馬鹿だな。命の大切さに気がついて、大好きな人が死んだら悲しいからって、【死なない人間】を造ろうとしてたなんて、馬鹿だ、滑稽だよ……」


 俺は不思議な共感に胸が詰まった。

 その男が何を知り、何を求めていたのか、俺にも理解できるとは思えない。

 新世界エレクザードでの暮らしが、どうだったのかまだ知らない俺には共感する資格すらないのかもしれないが。

 それでも、『ホムンクルス』に至った経緯はわかるような気がする。

 死んで欲しくない人がいたのだろう。


 間違っていただろうその方向性は、やがて、【ネクロマンサー】を派生させている。


 ピリリリ、ピリリリと砂時計が時の宣告をしてくる。

 俺は小玉をスロットに入れた。

 この砂時計の警告音は、しばしば俺を現実に呼び戻してくれる。


 だけど、その後のイザベラのレクチャーにも集中できず、残り全部を聞き終えるまでに、さらに4つの小玉を消費してしまっていた。

 残りのジョブに関しても、いくつか魅力的なものは感じたが、結局俺は悩んだ末に【ネクロマンサー】を選択した。


 ちなみに【侍】のアビリティは“連続斬り”。

 【海賊】に至っては、その【アビリティ】よりも【特性】である“酔い止め”が人気なのだとか。主に海での活動を得意とするために【セカンドジョブ】として選ばれることが多いが、そもそも海外進出を考えない【選出者】には見向きもされないとのこと。


【ネクロマンサー】のジョブ登録のために小玉を1つ使う。

 ジョブ設定画面から、ネクロマンサーを除いたジョブ全てが消えた。

 そのままスキャニング画面になり、俺は画面に右手を添えた。


【ネクロマンサ-】

・識別色:紫

・オーブスロット:魂魄のオーブ

・特性:腐臭耐性・疫病耐性・精神汚染耐性・全ステータス微減

・短所:HP・MP以外の術者の肉体的成長が見込めない。

・アビリティ:宿罪

・基本スキル:教育


改めて映し出された画面に、俺は目を向けた。

アビリティ:宿罪

 宿罪の意味は、確か『前世で犯した罪』って聞いたことがある。

 ネクロマンサーは、他のジョブの組み合わせから派生したものだから、はじめからあったものじゃない。それに他のジョブのアビリティは意味がわかりやすかったが、ネクロマンサーのだけは少し考えさせられた。


 イザベラは、俺が【ネクロマンサー】を選んだことについて何も言わなかった。

 何となくこっちの心情を察してくれたのだろうか。


【スキャニングが終了しました。『任田孝弘』様の【ネクロマンサー】の登録が完了しました。ありがとうございました】


 どうやらスキャニングが終わったようなので、俺は画面から手を下ろした。


「ジョブ登録が終わりましたので、こちらをお持ち下さい。“ネクロマンサーの指輪”になります」


 イザベラが、すっと差し出した手のひらの上には、紫色の石の入った指輪があった。

 それを、右手を伸ばして受け取る。

 腕が見えないのに手だけが自在に動くというのは、何度やっても慣れない感覚だ。

 ネクロマンサーの指輪は、特に特徴のない銀色のリングに、宝石ではないただの紫色の石がはまっている。

 石の大きさは2mm程度。少し遠くからでも紫色とわかるくらいだ。


「利き手の人差し指にはめてみて下さい」

「わかった」


 言われたとおり、右手の人差し指に指輪をはめる。ずいぶんと久しぶりの感覚だが、さすがに人差し指に指輪をはめたことはない。

 指輪はサイズが合っていたのか、すんなりと指に収まった。

 不思議なことに、拳を握ってみても違和感がない。


「いかがですか? サイズは合っていますか?」

「ああ、ちょうどいい感じだ。抜けないってこともなさそうだし。風呂入るときとか寝るときとかは外しても構わないんだろ?」

「いえ、外さないようにお願いします」


 イザベラには珍しく強い口調だ。


「外すとどうなるんだ?」

「ジョブが外れ【無職】の状態になります。スキル効果や使用中の魔法などがキャンセルされます。思いも寄らぬ事故に繋がりますので、不用意に外さないようお願いします」

「外したところで、死ぬ訳じゃないんだな。気をつけるよ」


 テレビとかの家電のコンセントを引き抜くようなものか。

 稼働中だったりした場合だと、故障に繋がりかねないな。


「あなたは【ネクロマンサー】のジョブに就いています。いずれは『クグツ』を操ることになるでしょう。そのような状態で指輪を外すことは『クグツ』との繋がりを絶ち切ってしまうことになります。【ネクロマンサー】との繋がりを絶たれた『クグツ』は暴走を始めます」

「暴走って、暴れ出すってことか?!」

「そうなります。暴走した『クグツ』を元に戻す【スキル】は存在いたしますが、それを習得していない状態で『クグツの暴走』に巻き込まれたら命を失うことに繋がりかねません」


 俺は想像する。そのときまで作業中だった『クグツさん』が急に停止したかと思うと、こちらに向け奇声を上げながら飛びかかってくるのだ。


「わ、わかった。外さない」

「また、『クグツ』は【ジョブLv】が上がるにつれ、使役できる数が増えていきますが、指輪を外すことにより、それらが一同に暴走を始めます。お気をつけ下さい」


 俺はさらに想像する。頑張って作業中の『クグツさんたち』が一瞬動きを止めたかと思うと、ぐるるるりんとこちらに向き直り、濁った目で微笑んだかと思うと、次の瞬間、一斉に襲いかかってくるのだ。


「指輪外す。ダメ、絶対!」

「ご理解頂けたようで幸いです」


 怖えー。超怖い。絶対むしゃむしゃ食べられちゃう。

 『マスター、マジ旨くねぇ?』『ワタとかマジやばいよ』『ちょっと、あたし脳みそもらうって言ったでしょ、返しなさいよ!』『私コラーゲンたっぷりのとこもらうから』

 らめぇ。最期の晩餐は仲良く、万事仲良く!


「指輪のリスクが高いのは、なにもネクロマンサーだけではありません。【魔物使い】や【精霊使い】、【召喚士】など、常にスキルの繋がりを要求されるジョブでは、指輪を外すと同時に、使役しているものとの繋がりが絶たれるため、ネクロマンサー以上に危険とされています」

「そっちのが危険なんだ……」


 まあ、暴走なんて言葉を聞いたら、こちらも怖くて外せないわけだけど。


「……そういえばさ、【選出者】以外にもジョブを身に就けることができるわけだろ、新世界の人間は」

「そうですね。適正の儀という慣習がありまして、【適正】とはまさに【属性】の事になります。ジョブに必要な属性を所持しているか、相対する属性をもっていないかを調べるものです。町の子供たちは15歳に達すると、成人として扱われます。そして、儀式を受けたあと、適正と思われるジョブと指輪が贈られます」

「あ、やっぱり新世界の人たちも指輪つけるんだ」

「はい。ですが、魔物と戦うことのない町の中の住人にとって、指輪はただの慣習に過ぎません。ここのように、【選出者】であれば、もともと適正がなくても好きなジョブに就けるというわけではありません。多くは兵士として町を守る仕事に就いています」

「そういうのがあるんだ」


 就職で言うところの、中小企業? いやいやよく言って公務員か。


「または、訓練を受けた訓練生か、自警団、行商人くらいです。町に住む人にとってジョブに就くのは大人として扱われるための『通過儀礼』のようなもので、ほとんどの人間は戦いを知らずに生きていくことでしょう。

 それに、ジョブとはまるで別に、『一般職』があり、大工やパン職人、教師、酒場の店主や百姓など、こちらはあなた方の世界と同じかと思われます」

「なるほど。それなら安心した」


 まあ、ジョブ選択画面にあったような戦士やらバーサーカーやらのジョブばっかりだったら、生活水準が室町時代にまで落ちてしまっている気がする。

 それか世紀末。修羅の国。

 まさに一国総戦闘員。


「それでは次に【一般スキル】の選択項目に移ります」

「あとひとつ、ついでに質問にいいか?」

「かまいません。何でしょう」

「ネクロマンサーは、【選出者】以外にもいるのか?」

「ございます。ですが、人族ではあまりございません。代々ネクロマンサーのジョブが受け継がれている家系がひっそりとあったり、地方の小部族が儀式として使っていたりぐらいでしょうか。もともとは闇の魔族の専売特許と言われていたくらいですし、人族にはなじみが薄いのは確かのようです」

「なるほど、わかった」


 ネクロマンサーの数は少ないらしいという話は聞いていたが、【選出者】だけのことかと思っていた。あらためてイザベラから言われると、異質なジョブなのだと実感する。


「それでは次に【一般スキル】の選択項目に移ります。一般スキルは他のジョブと共通しているスキルがございますが、それぞれの活動スタイルに合わせて、独自のスキルを有しています」


 イザベラはそう言うと、画面を操作し、スキル一覧を出した。



【必須スキル】

・鑑識

・暗幕

・記憶

・語学

・解読

・覚醒


【一般スキル】

・料理

・山菜知識

・薬草学

・採取

・調合

・裁縫

・野営

・罠設置

・暗視

・探知


【感情スキル】

・平常心


そしてそれを一読すると、大きく息を吸い込んだ。


「どうみても、ぼっちスキルじゃねぇかかああああああ!!?」


 気がつけば、俺は絶叫していた。







(以下、補足説明)


 上の6つのスキルが、【必須スキル】とされているもので、“鑑識”は相手や自分の状況を客観的に識ることのできる便利なスキルで、これがないと【ジョブLv】が上がっても小玉を操作できないらしい。

 “暗幕”は逆に、同じ【選出者】から個人情報を盗み取られないように情報をブロックするためのものらしい。

 “記憶”は見たもの知ったもの感じたもの、体験した者全てを記憶させることができるスキルだという。これは自己崩壊を防ぐための措置ということらしい。つまり夢オチにして狂ってしまわないように、との配慮なんだとか。夢と現実との境目をつけさせるためにあるらしい。

 “語学”と“解読”はこの世界の言語と文字を理解できるようになるスキルだ。ただ、すべての言語や文字がわかるようになる訳じゃないため、遠出するならLvをあげておく必要があるらしい。

 そして最後に“覚醒”。これはネクロマンサーの適性を自動的に最高にしてくれるスキルで、簡単に言えば指輪との親和性を深めてくれる効果があるらしい。

 以上が必須スキルの説明になる。

 ああ、ちなみに“語学”と“解読”は転生した人間には不要のスキルなため、代わりに【転生ボーナス】として2つの特別なスキルがつくらしい。


 一般スキルについては、見ての通りで説明はいらないと思う。

 初めて見たときは「ぼっちスキルかぁぁぁ!!」と叫んでしまったが、ネクロマンサーの一般スキルの内容は、【選出者】のネクロマンサーが決めることができるらしい。

 つまりどういうことかというと、『目的を果たして戻って来た、先輩ネクロマンサーたちが、イザベラと一緒に、後輩のために選んでくれたお勧めスキル』ということになる。

 先人にならえ、ということらしい。

 一般スキルの数は今後小玉の操作次第で増えていくらしいが、初期の段階では10個までらしい。

 ちなみに【剣士】とかのはどんなだと聞いてみたら、【酒豪】【礼法】【防臭】と、あちらも大変だ。


 そして【感情スキル】。

 【平常心】。……これは狼狽・気の動転予防。つまり『パニック防止』になっている。

 【勇気】。……ここぞというとき頑張らなきゃいけない人用。

 【冷静】。……錯乱防止・鎮静効果。落ち着いて考えることができる。

 【冷徹】。……生きてくために殺さなきゃいけない状況の人用。女性初心者に必須。

 まだ他にも【正気】。【忍耐】。【饒舌】。【幸福】などなど。

 ちなみに【幸福】は多幸感。……【自殺防止】。


 【感情スキル】はストレスを和らげる“カンフル剤”的なスキルだ。

 イザベラが言うには、規約改正後導入された必須スキルなのだそうだ。でもそうまでして、俺たちがこの場所になんの用があるって言うんだろう。

 用があるのはイザベラたちなんだから、本人が来ればいいのだと思う。

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