第27話 山田の秘密2
「井上の予言。これを退けたのは伊集院明人、君だけだ」
山田はこぼれ落ちた涙を拭いもせず続けた。
その声は必死そのものだった。
「ボクは死は怖くない……だけど誇りを失うのが怖い。あんな無様に死ぬなんて……」
震える肩。
山田の細身の体が小刻みに揺れていた。
「山田……」
山田の肩に触れようとした瞬間、明人はあることに気づいた。
背中を冷たい汗が流れていく。
予言には死因は書かれていない。
名前と死亡日時だけなのだ。
「山田……『無様に死ぬ』だって? なぜ知っている? 井上の予言には死因はないはずだ!」
山田はうつむき、何も答えない。
「予言者は他にもいるんだな?」
明人は必死だった。
もし予言者が存在すればジェーンが生存し、山田が予定よりも早く登場したこの世界の未来がわかるかもしれないのだ。
「……ああ。彼女によるとボクは今まで何十回も失敗しているらしい」
山田が重い口を開いた。
やはり予言者は存在した。
幸いなことに山田側の人間だ。
味方だ!
しかもループの存在を知っている。
手がかりだ。
核心を何も知らない後藤やすでに死亡している井上ではない。
何年も待った生きた手がかりなのだ。
心の中で喜ぶ明人。
そして忘れていたことに気づいた。
震える手、死の恐怖を必死に我慢する山田の姿に。
俺はバカ野郎だ。
何をやっている。
この期に及んでまで俺は心のどこかで山田をゲームのキャラだとでも思っているのか? ここはゲームの世界のように見える別の世界だ。
その証拠にこの世界はシナリオに存在しない明人の行動を許容している。
つまり彼女もゲームのキャラなどではないのだ。
明人は己を恥じた。
明人は山田に抱きついた。
それは決意の表れだった。
「俺がお前を守る。お前を死なせはしない。絶対にだ!」
明人の言葉は半分は自分に言い聞かせたものである。
だが山田は真意に気づくことなく、顔を真っ赤にしながら額を明人の胸に寄せていた。
「伊集院。信じていいんだな……。世界で唯一予言を壊した男を」
「……ああ」
山田の匂いがした。
なぜか心地よく溺れてしまうかのような匂い。
明人の胸が高鳴る。
自然と見つめ合う二人。
山田の心臓の鼓動が聞こえてくる。
潤んだ山田の目。
顔を真っ赤にしながら二人の顔が近づいていく。
その瞬間だった。
どんッ!
くの字に曲がった刃物が明人の後方から顔の横を通り、壁に突き刺さった。
それはグルカナイフであった。
投げたのは黒いオーラを発するお子様。
それはにっこり笑うジェーンだった。
「明人ぉッ。今のミッションは何かな?」
にこにこにこにこにこにこにこにこ。
こめかみに青筋を立てながらも貼り付いたような笑みを浮かべている。
「アメリカ次期大統領令嬢。ジェーン様の護衛であります!!!」
明人は直立不動で答える。
「ふーん。黒髪美少女に抱きつかれるのも護衛の役目なんだ♪ アハッ♪ 鼻の下伸ばしちゃって♪」
笑顔が怖い。
ジェ-ンの暗黒のオーラを受け、明人は一気に冷静になっていた。
そしてその時だった。
それは着信音。
スマートホンのニュースアプリが号外を知らせたのだ。
明人とジェーンはすぐに携帯を取りだし、山田は手でごしごしと涙を拭うと携帯を開く。
『アメリカ大統領が病気を理由に辞任。後任はダン・ジョンソン副大統領』
とうとうネットではニュース速報が流れてしまった。
山田は一気にエージェントの顔になり、ジェーンの表情もエージェントのそれに変化する。
一人明人だけが矛先が変ったとばかりに小さくガッツポーズを取ると、ジェーンの冷たい声が聞こえてきた。
「明人。オシオキは後でね」
そう言いながらジェーンはなぜか撃つと明人に当たるマグナムをちらつかせた。
明人の受難は続く。
◇
「ふははははははは!」
「ぎゃあああああッ! 無理! 曲がれない! 地面スレスレだから! 無理だから!」
「飯塚! もっと身を乗り出しなさい! 次は曲がれませんわ!」
飯塚と田中はサイドカーのせいでコーナリング性能が著しく劣った陸王をスタントマンまがいの動きでムリヤリ曲げていた。
身を乗り出し道路スレスレまで頭を曲げる。
ここで落ちたら陸王にはねられてしまう。
運転をするド○キャス仮面は一人余裕でどこかに電話をしていた。
道交法を守るつもりはないらしい。
「うむ。デルタが動いたか。こちらもそろそろ動こう。
いま神と書いて○ガって言ったよな。
田中麗華は心の中だけでツッコミを入れた。
ドリキャ○仮面はせ○た三四郎を壁紙にしたスマホを懐にしまう。
「げいかじゃなくて、○リキャス仮面様。何が起こってますの?」
田中が聞いた。
さすが忍者だけある。
飯塚よりはいくらか余裕を残しているのだ。
「フフフフフフフ。予言を破壊するための下準備だ。二人ともロイヤルガーデンパレスに向かうぞ!」
そう格好良く言ったつもりのドリ○ャス仮面。
田中も飯塚も追求する気力など残っていなかった。
だが、数分走ったところで事態は変わる。
いつの間にか何台ものベ○ツが併走していた。
あっという間に前後左右を挟まれ囲まれる。
「……やはり来たか」
○リキャス仮面はにやりと笑った。
「我が最後の弟子、田中麗華、飯塚亮よ! 後は頼むぞ!」
そう言うとドリキ○ス仮面が○ンツに向かって飛んだ。
陸王を残したままで。
「ぎゃああああああああッ!!!」
飯塚が慌ててハンドルを握る。
その瞬間、後方で爆発音が響いた。
生身の人間のはずなのに何かをしたらしい。
どんッと言う音がして、今度は右側のベンツの屋根がひしゃげた。
ド○キャス仮面が上から降ってきたのだ。
「ワシに構うな! 行け!」
そう言いながら屋根に何度も拳を打ち込み、○ンツの屋根を破壊していく。
ベン○の中から悲鳴が上がった。
「飯塚! ツッコみたい気持ちはわかりますけど行きますわよ!」
飯塚にはこのときすでにツッコミを入れる気力はなかった。
なぜなら……
「会長! 僕……バイクの運転わからない……」
運転席から田中の方を振り向いた飯塚の目はレイプ目だった。
後に田中麗華はそう周りに語ったという。
「ぎゃあああああああああああああああああああああッ!」
二人の悲鳴が響いた。
◇
ホワイトハウス
副大統領ダン・ジョンソンが高官達と打ち合わせをしていた。
ダンと彼らは見知った仲である。
無能で有名だった大統領は職務のほとんどをダンに押しつけていた。
またダン本人も従順に職務をこなし、暴露することもなかった。
そのせいか、本来であれば大統領が自ら指名し任命した高官たちも、ダンの下で働くことに抵抗がなかった。
「首尾はどうだね?」
「ダン。とりあえず情報をリークした。もうネットではトップニュースだ。新聞社からも問い合わせが来ている。でもいいのか? あんたの娘を囮にするなんて……折角会えたんだろ?」
補佐官が聞いた。
普段のダンなら絶対にしない手だ。
「これは娘の発案だ。それに世界最強の護衛がいる。やつは・・・・・・あんのクソ野郎は死んでも娘を裏切らない」
鬼のような顔でダンは答えた。
「だが、全てが終わったらデルタ呼ぶぞ! グリマーの野郎を拉致ってCIA式の拷問にかけてくれるわ!」
「お、おい・・・・・・落ち着けダン!」
こめかみに青筋を立てながら鬼の表情をするダン。
補佐官があきれ果てていると、執務室に軍人と思われる男が入ってきた。
将軍に耳打ちする。
「何かね?」
「フリーネットに犯人グループからの伝言が掲載されました。IPはウクライナのもの。おそらく偽装のために踏み台にされたのでしょう。内容は『大統領の娘とグリマーを渡せ。さもなければニューヨークと埼玉に仕掛けた爆弾を爆発させる』とのことです。ニューヨークはわかりますが埼玉とは?」
「今、ジェーンは日本の埼玉県にいる。野郎・・・・・・俺たちを試してやがる!」
ダンはにやりと笑った。
それは空元気だった。
だが、高官達には強いアメリカの復活を思わせるほど剛毅な男の姿に映った。
「記者を呼べ。一世一代の名演説をぶちかましてやるぜ!!!」
ダンはまたもや不安でいっぱいの胸の内を空元気で隠し通した。
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