第26話 山田の秘密1

 山田と明人は二人で廊下にいた。

 二人とも説明会や会議には出席していなかった。

 それは仕方のない事である。

 山田は公安のエージェントではあるが山田家という特殊な立場だ。

 明人に関しては公安や警察もどう評価していいかわからない。

 ゆえに彼らを持て余した治安組織は正式な対策会議のメンバーとしてではなく、ジェーンの友人として作戦に参加させることにしたのだ。


 明人の携帯が鳴った。

 画面には『ダン』と表示してある。

 ジェーンの父親にしてアメリカ合衆国副大統領である。

 明人は嫌な予感がしながらも恐る恐る電話に出る。

 電話からひどい南部訛りが聞こえてきた。


「……このチ○カス野郎」


 地獄から響いてくるかのような重低音が響いた。


「ダン?」


「俺のベイビーちゃんをもてあそびやがって!!! ゴラァッ!」


「いやそれだけはない」


 きっぱりと明人がそう言うと一瞬の間を置いてダンが怒鳴る。


「てめえコラァッ! ウチの娘の何が気にくわねえ!!! ゴラァッ! カス! 殺すぞ!」


 じゃあなんて答えればいいんだよ。

 そう明人は思った。


「ジェーンはなあ……『ダディ。明人がね……』って毎日毎日妄想日記を俺に送って来るんだ! わかるかこの気持ち!!! 俺を心配させないように小さな胸を痛めながらメール作る娘の気持ちが!!!」


 さすが親である。

 妄想日記呼ばわりだ。

 娘の嘘を見抜いている。

 明人は素直に感心した。


「昨日もな『明人とキスしちゃった』ってメールが送られてきたんだぞ! あの子はいつもそうやってハードル上げて自分を追い込むんだ! 貴様もなぜキスしてやらんのだ!!! このイ○ポ野郎が!!! ……まあキスしたら地の果てまで追いこんでお前を殺すけどな」


「どちらにせよ死ぬんかい!!!」


 暴走するダン。

 親によって親しい友人の痛い行動が暴露される。

 来年には黒歴史になってしまうというのに。

 止めなくてはならない。

 明人は主に己の保身のため止めることにした。


「それにな!」


「もうやめたげて!!!」


 それ以上聞いたらジェーンに殺される。

 「ホントやめて……」と明人の口から悲痛な叫びが出た。

 明人は必死だった。

 黒歴史を知ったことがジェーンに知れたら、報復で隠したエロ本のタイトルまですべて暴かれてしまう。

 明人の必死な声を聞いたダンは小さく唸り、明るい声で本題に入ることにした。


「明人。とうとう俺も大統領になっちまう。プランBだ。打ち合わせ通りにやるぞ。アホどもに地獄を見せるぞ! がはははは!」


「ああ。了解だ。がはははは!」


 邪魔するものは打ち倒すという、似たような精神構造の二人が声を上げて笑った。



 ダンとの会話が終わる。

 山田がアキトを見ていた。

 山田は明人の情報を整理した。


 伊集院明人。

 田中の記録では伊集院明人は南方の武術の使い手とされている。

 そこから明人の師ライアンも同じ流派であろうと推測される。

 山田と初めて会ったときの明人は、一見すると南方の武術で用いられるナイフの動きだった。

 だが山田は気づいた。

 理合。剣術においての目標までの過程。それが山田流に似ている事に。

 数百年にわたり処刑を任された歴史がある山田一門。

 その剣の特徴は人体の破壊を極限まで追求したものである。

 そして明人と山田流との人体破壊という結論への理合の共通性。

 考えられるのは同門。

 山田と明人は同じ流派に違いないのだ。

 だが当主たる山田は伊集院明人の存在を知らない。

 それにあまりにも異質すぎる。

 まるで数百年も前に分派したかのように。

 武術一つをとっても伊集院明人には謎だらけなのだ。


 彼の人格の変化も大いに謎である。

 記録にある伊集院明人は6歳の頃に異常な性格を危惧した両親に連れられ空手道場へ入門。

 一回で飽きて行かなくなった。

 その後、激怒した父親に剣道や柔道の道場に次々と放り込まれるが、生来の気質から反発。

 全ての道場で問題行動を起こし、その全てから出入り禁止にされた。

 その後、父親への反発から家出。

 その二時間後に中学生の仲間とコンビニ強盗を働き強盗傷害の現行犯で警察へ。

 伊集院明人7歳の出来事であった。

 正に性根の腐りきった人間である。

 最悪なのは自分が有名企業の社長の子息であるという立場を最大限利用し全てを揉み消してきたことである。

 彼を止めるものは誰もいなかったのだ。

 その邪悪な存在がある日突然変化を起こす。

 記録によるとスクーターを盗んだ伊集院明人は彼を追う警察のパトカーと衝突。

 数日間の昏睡状態のあとそこにいたのは正に別人だった。

 己の自慢話ばかりが飛び出す饒舌な口は重くなり、攻撃的で粘着質だったその性格は、悪以外には穏やかかつ寛大になった。 

 丸くなったというレベルではない。

 全くの別人になってしまったのだ。

 山田は明人の資料にある2枚の写真を思い出した。


 中学時代の伊集院明人の姿。

 肩までかかる金髪。

 王子様然とした整った顔。

 何も信じないと言わんばかりの狼のような目。

 冷酷さを際立たせるかのような眉。

 不敵な笑み。

 凶悪な印象の着こなし。

 足の先まで自分を演出するかのような靴。

 そこまでやりながらと普通はだらしなく見えるが、伊集院明人はそれでもなお気品というものを身につけていた。

 言うなれば悪の貴公子。

 だが、山田の目をもってすれば戦闘の素人であることは写真からでも一目瞭然であった。

 山田なら一瞬で絶命させることができるだろう。


 それが数ヶ月後に大きく変化する。

 

 髪を切るのが億劫なのか、のばしっぱなしにした黒が混じる金色の頭髪。

 穏やかというよりも、意味もなくほんわかとした草食動物のような目。

 美形なのにまるで日曜日のサラリーマンのような台無し感あふれる姿。

 ゲームセンターのプライズゲームの景品と思われる安っぽい腕時計。

 秋葉原で購入したと思われる痛Tシャツ。

 カジュアル衣料品ブランドの980円のデニム。

 スーパーで売っているような激安スニーカー。

 何冊もの本が入ったアニメショップのビニール袋。

 リュックサックにアニメのポスターを差した姿。

 マジックテープの財布。

 気品とか何かを説く以前の問題。

 いろいろと終わっている。

 言うなれば……おまわりさんコイツです。

 だが不思議なことにこの時の写真での立ち姿。

 一切の力みを感じさせないリラックスした姿。

 それでいながらも全く隙というものがない。

 山田の目には生まれながらの戦士に見えた。


 どこかの組織に洗脳され訓練でも受けたのだろうか?

 それが山田の感想だった。

 本人を見た今でも二枚の写真が同一人物のものとは思えない。 

 そこまで考えると山田は明人を見た。

 標準的な身長に最大限の戦闘能力を詰め込んだ体。

 坊主頭にこそなってるが写真と同じような金髪。どうやら地毛のようだ。

 今の明人は中学時代とも違うように感じられる。

 そう。まるで戦士の風格とでもいうような気が感じられる。

 目的を持って戦っている人間の目だ。

 戦士としての誇りを得たからこそ中学時代のようなだらしなさが消えたに違いない。


 実は山田のこの推測は間違っていた。

 明人はただ単に事件解決のために運動性重視の服装にしただけであった。

 明人は足の先から手の先に至るまで戦闘態勢を整えている。

 学生服にもケブラー繊維を裏地に入れる改造をしているのほどなのである。

 つまり常在戦場を旨とする戦士の風格があるわけではなく、学校を戦場とみなして気を張っているだけなのだ。

 山田が勝手に納得していると視線に気づいた明人が声をかけた。


「どうした?」


 実はこのとき明人も山田のことを考えていた。

 予言のことを山田に話すべきか否か。

 明人にはそれが問題だった。

 予言では今から半年後に山田は死ぬ。

 死因は彼女の意思を奪った薬の過剰服薬オーバードーズだ。

 これはゲーム内では直接言及されていない情報である。

 明人はもちろん彼女をそのような惨めな姿にするつもりはない。

 全力で守るつもりだ。

 それに今は本来の出現日時より数ヶ月も前だ。

 まだタイムリミットまで時間がある。

 情報を与えれば生存確率は跳ね上がる可能性が強い。

 これは生死にの問題だ。

 余人を交えず話し合わなければならない。

 それが誠意だ。

 この機会を逃せばいつ話せる機会が来るのかわからない。

 作戦前だが仕方がない。

 それに山田は公安屈指の剣豪だ。

 精神も強靱に違いない。

 話してしまおう。

 明人はそう結論を下した。


「山田、話がある。俺の秘密の話だ」


「ほう? なんだ?」


 山田は期待を込めて聞いた。

 ちょうど考えていた話題だったのだ。


「ローマが隠している井上の予言を知っているか?」


 その瞬間山田がビクッとした。


「……ああ。存在は知っている」


「そこに山田の名前がある」


「なんて? 君と結婚でもしているのかな?」


 山田はまるで誤魔化すかのように軽口を叩いた。

 その声はなぜか震えていた。

 明人は不審に思いながらもはっきり言った。


「……半年後に君は殺される」


 明人の言葉を聞いた山田の顔色が変った。

 きゅっと唇を噛み何かを決心したかのような顔をした。

 そして山田は明人に向かって無理に笑顔を作ると、静かに感情を抑えて明人に言った。


「……知っている。だからボクは君の前に現れた」


 山田の瞳からひとしずくの涙がこぼれ落ちた。

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