第25話 ナードは罵倒されたい 2
取調室。
「自白したかね?」
副長官が明人に言った。
「いえまだです。自分が何をしてしまったかも知らないんでしょうね」
「仕方ない。私が話しそう」
副長官が取調室に入っていく。
「やあ、レミー特別捜査官」
「あの野郎を出せ! 俺はハメられただけだ! クソッ、あのサイコ野郎! 俺の事をオモチャみたいに壊しやがって」
男が激高する。
そんな男の姿を見ても副長官の心には何も残らなかった。
「レミー。事態は君が思っているよりずっと深刻だ。君には副大統領への暗殺の容疑がかけられている」
「副大統領? なんの話だ!」
「これは君のナイフだね。レネゲードV2。ミリタリー系のナイフメーカーの品だね。刀身は狭くて薄く、そして鋭利でいながらも打ち負けない重量がある。これなら刃を横に寝かせなくても肋骨の隙間から心臓を一突きできるだろうな。それとも後ろから腎臓を狙うのかね?」
「ち、違う! 俺は護身用に持っていただけだ」
「護身? 暗殺用のダガーナイフで護身? バカ言っちゃいかんよ。良いことを教えてやろう。君らが狙っている分析官だが……副大統領の娘だ」
「おい! 何を言って!」
「君には国家反逆罪及びテロ防止法での嫌疑がかかっている」
「お、おい! 冗談はやめろ! なんで国家反逆罪で……」
「冗談? 大まじめだよ。君はロシアの勢力と共謀して副大統領とその家族を暗殺しようとした。一歩間違えば戦争だぞ!!!」
「違う! 俺はただ……隠蔽しようと……」
とうとう男は自白しはじめた。
「隠蔽? それで少女に対する第一級殺人(謀殺)の計画だと? バカな男だ。それだけでも何十年も刑務所暮らしだ」
「……おい取引しよう。俺の知っていることは何でも話す! なあ? 頼むよ!」
その後、レミーは全てを自白した。
だがその内容はナード二人が暴いた陰謀と何ら変わることはなかった。
空港の騒ぎのどさくさにジェーンを暗殺するつもりだった。
容疑はそこにいた一般人の少年に被ってもらうつもりだった
一般人の少年とは明人の事である。
つまり空港の事件とはなんの関係もないのだ。
副長官は頭を抱えた。
犯人は誰だ?
誰なのだ?
そしてある人物の登場で事件は解決に動き出す。
副長官の携帯が鳴った。
電話番号を見ると自分の携帯の番号である。
不思議に思いながらも通話ボタンを押し電話を取る。
「はぁーい。電子の妖精ジェーンちゃんでーす。 悩めるピ○ードハゲに朗報です」
それは相変わらず酷い表現だった。
どうやら副大統領のお嬢様が電話にハッキングをかけたようだ。
「ジェーン嬢。あのねスター○レックはやめてくださいませんか。かなり本気で」
「るせークソハゲ! ガタガタ言ってねえで今すぐ私のパソコン持ってこい! 全部デブとガリがチャットで密告したぞ! あークッソ! 全員ぶっ殺してやる!」
あのナードども!
ジェーンの前に俺がぶっ殺してやる!
副長官は静かに激怒していた。
◇
「ジェーンたん。 ささ、神聖にて高潔なるPC様でゴザル」
「おしおし。じゃあ死ね」
「ははー♪」
「ジェーンたん。ジェーンたん。ボクにはボクには!」
「便器でもナメてろデブ」
「ひゃっはー!!! 罵倒キターッ!!!」
二人が喜んでいる。
一見するとジェーンは楽しそうに見えるが、明人にはこのノリに辟易しているのが手に取るようにわかった。
無駄にストレスを溜めている原因はこれかと明人は納得した。
明人と同じ事を考えたのだろう。
同じく副大統領も苦い顔をしていた。
「FBI副長官。後でサシで話し合おう。ビルの裏に来い」
「私が責任を持ってあいつらぶっ殺しておきますので、どうか殴らないでください(懇願)」
二人の間に異様な緊張感が生まれていたが、そんなことどうでもいいと明人はジェーンに話しかけた。
「で、どうするんだジェーン」
「くっふふー。アタシの特技は画像解析と暗号解読。おまけにエシュロンに裏口埋めておいたから傍受し放題なんだよー!」
「それはいいのか?」
「えー。いいんじゃない。お父さん! いいよねー?」
「なんだか良くわからんが勿論だベイビーちゃん!」
最高の笑顔で答える副大統領。
「よし許可出た!」
「この国は大丈夫なのか?」
不安になる明人だった。
そこからのジェーンは素早かった。
使い捨てのプログラムツールを即興で作りデータベースから情報を引き出す。
空港で捕まえた殺し屋の写真があった。
目と鼻と口、それに耳の形が一致。
本人だ。
そして、空港の監視カメラの録画分を解析し目鼻口の位置、そして耳の形が同じ人間を割り出していく。
それを元にリアルでの人間関係を探っていく。
「全てのネットワークのアクセス権を得た私から逃げられると思うなよ!」
人間関係を元に目をつけた全てのサーバーのデーモンを支配下に置き、痕跡も残さずデータパケットを迂回させる。
さらにサーバーに裏口を作りストローで吸うかのように記録されたデータを吸い出していく。
なあに全てを吸い出す必要は無い。
解析すらも相手のサーバーにさせればいい。
こうして解析が終わり手がかりと判断されたデータはエシュロンを通り、データベースに複製が蓄積されていく。
その情報のため池を即興で作ったロボットプログラムが仕分けしていった。
情報は一つ一つは役に立たないモノだった。
だがそれをつなぎ合わせることで真実が徐々に浮き彫りになっていった。
半日も経ったころだろうか。
いきなりジェーンが笑い出した。
「見ぃつけたー!」
ジェーンは「うけけけけけけッ!」という女子にあるまじき邪悪な笑い声を上げる。
「明人ぉ。今、ロシアとアメリカが戦争になったら喜ぶのはだーれだ?」
「連邦からの独立派?」
「だよねー。タイミング見計らってアメリカ側についちゃえばいいんだし。あとは後ろからボコにするだけのお仕事です」
「核戦争になったら」
「あいつらそこまで考えてねえよ! ほいプリントアウト。こりゃ元連邦の特殊部隊の人だね」
紙に写っていたのは短髪の男だった。
「すぐにロシアに知らせろ!」
副大統領ダン・ジョンソンが命じた。
「お父さん! まだまだ! 全部説明し終わってない!」
「え? なんだいベイビー!」
「第一の事件。それはコイツが黒幕。んで、それとは別の事件が進行中」
「え?」
「第二の事件。それはロシアのウェブサイトにクロコダイルのレシピ流してるバカがいる」
「っちょ、ちょっと待てベイビー! FBIがクロコダイルの情報を流してる。それは公式に否定された都市伝説だ」
「いやー証拠見つけちゃった。最初のクロコダイルのレシピはシベリアで発見された。その日付と同じファイルをフリーネットから発掘したんだけどそのデータがあったPCが問題なのよね。ファイルの痕跡があったのはこことクワンティコのサーバー」
「へ?」
「要するにクロコダイルを作ったヤツと作るのを命令したヤツがいる。さらにそれに乗っかってバスソルトもばらまいてるバカがいる。乗っかったバカが明人にへし折られたやつね」
「じゃあ、大本は誰だ?」
「いやさ、ウチらのセクションってちょっと特殊じゃん。クワンティコじゃないし。海外諜報も結構多いし。んでさーまとめた報告は直接偉い人に送るんだよねー。そん時にクロコダイルの情報掴んじゃったんだねー。私は意味わかってなかったんだけど。んで連中さ、アタシを殺して口封じしちゃえーって思ったみたい」
うけけけけとジェーンが笑った。
「おい! 待ってくれ!」
「犯人は諜報次官。仲間はクワンティコの連中。諜報次官は行政職だからこのビルの中にいるわ。はいこれ。アタシの情報を独立派に流したバカの三日前の通信ログ。私の個人情報を独立派とロシアマフィアにも送ってやんの。ばーかばーか!」
副長官が携帯を取りだし指示を出す。
「諜報次官を逮捕しろ!!!」
それを聞いてジェーンがにこっと笑うと急に空気が緩くなった。
これで事件は終わったのである。
「さーて糖分糖分ッと!」
「はいチェリーコーク」
「おう気が利くな! ……でもお前は便器の水でも飲んでろ!」
「ひゃっふー!!! ジェーンたん素敵!」
「あー! ホセ氏ズルイ!!!」
ダンのこめかみの血管がぴくぴくと脈打った。
相当ストレスを溜めているがわかる。
そこにシークレットサービスが電話を持ってやってくる。
「副大統領。国務長官殿が……」
ダンはこめかみの血管をぴくぴくさせながら受話器を取り応じる。
「うんなんだい?」
「おいダン! 逃げろ!!! お前の護衛に独立派のシンパがいる!」
一瞬ダンの目つきが変わった。
そのままシークレットサービスを見る。
一番遠くに待機していた一人と目が合ってしまった。
男はにやりと笑う。
男が拳銃を抜くのが見えた。
その瞬間、他のシークレットサービスたちはダンに駆け寄った。
ダンがジェーンの名を叫ぶ。
そんな中明人だけがジェーンに駆け寄り盾になった。
ジェーンを押し倒し自身は射線上で壁になる。
火薬が破裂する音が聞こえた。
明人の肩から血が噴き出す。
明人に押され倒れたジェーンは悲鳴を上げた。
それでもなお明人は倒れない。
両手を広げジェーンを庇う。
明人のその姿がジェーンの思考を冷静にした。
母から貰ったお守りを震える手で腰から抜く。
スミス&ウェッソンM29。
人間に使う銃ではない。
ハンドガン・ハンティングで大型獣を狩るための銃である。
倒れたままの姿勢で撃鉄を起こし引き金を引く。
実際に撃ったことなどない。
空港では出すこともできなかった。
今度はそれは許されない。
自分を守ると言った少年は約束を守った。
自分の盾になり今死のうとしているのだ。
今度は私が明人を守るのだ。
ジェーンは拳銃を両手でしっかり持って引き金を引く。
手榴弾が爆発したかのような衝撃が手から伝わってきた。
明人の脇腹が破裂する。
明人に当たってしまった。
ジェーンがそう考えた瞬間、シークレットサービスの男が悲鳴を上げ倒れた。
その時起こった事、まず44口径の銃弾が明人の脇腹の横を通り、肉をそぎ落としながらその方向を変えた。
スピードを落としながら銃弾は男の腿肉に突き刺さった。
筋肉をねじりながら腿の奥に突き進んでいく。
骨に当たり粉々に砕く。
そこで銃弾は突き進むのをやめたのだ。
「明人! 大丈夫!」
「グリマー! 大丈夫か!」
明人はどこか遠いところでその声を聞いたような気がした。
だがすぐに意識が闇に包まれ何も考えることができなくなった。
◇
病院で明人は目覚めた。
目覚めるとそれを見た看護婦が慌てて誰かを呼びに行った。
しばらく待つと二人組の男が入ってきた。
それは分析官のハッカーコンビだった。
「明人氏。お手柄だったねー」
「さすがサムライでゴザル」
二人はまるで昔からの友人のように話しかけてきた。
明人は麻酔のせいでカラカラだったのどをムリヤリ振るわせ絞り出すように聞いた。
「ジェーンは……? 今日は何日だ?」
「もう29日でゴザル」
「うん。ジェーンたんもジェーンパパも無事だよ」
「そうか……」
予言は外れた。
明人は運命を変えることができたのだ。
「そうそう、ジェーンたん外に来てるよ」
◇
ジェーンは鏡を見ながら前髪を弄っていた。
あれから大変だった。
あちこちから血を流した明人は病院に搬送。
肩の銃創も酷かったが、脇腹の肉はズタズタでもっと酷かった。
意識もずっとなかったが、つい先ほどようやく目を覚ましたらしい。
ジェーンの生活にも変化があった。
あれからお父さんはママに会いに行った。
泣きながら何度も謝っていた。
ママも泣いて喜んでいた。
ママが生きてられる最後の半年間は幸せなものになるに違いない。
ジェーンが副大統領の娘であることは完全に伏せられた。
今回の件はCIAのスーパースパイである伊集院明人とジェーン・ドゥーによる作戦として報告されることになった。
ジェーン・ドゥーとはジェーンの事である。
あくまでその存在を隠すために女性スパイのユニットとなってはいるが、実際はホセとロブそしてジェーンの元FBIチームである。
全員がCIAに転籍になったのだ。
ジェーンは鏡で目の下を確認した。
もう隈はなかった。
ストレスから解放された肌は年相応に綺麗になっていた。
ジェーンは頷いて自分に言い聞かせた。
生まれて初めて美容院に行った。
ちゃんとお風呂にも入った。
服も清潔で子供過ぎない少女らしい服装にした。
うん。自分は今までの人生で一番かわいい。
ジェーンはそう言い聞かせて意を決して病室に入った。
◇
明人は脇腹の傷を確認しようと服の脇腹を上げてみた。
傷は塞がれていて見えず消毒薬の臭いがした。
痛みから相当深い傷だろうと推測できた。
ホセが言うにはシークレットサービスの男は死ななかったらしい。
弾丸が明人に当たって角度を変えたおかげで、本来なら犯人の胴体に当たるはずの弾丸は、足に命中し同時に威力も弱めたのだ。
「10歳の女の子が人殺しをしなかったのなら安いもんか」
明人は独り言をつぶやいた。
「ちがうよ。明人氏。ジェーンたんは11歳になったよ」
「ジェーンたんはクリスマス生まれでゴザル」
二人の台詞に明人は笑った。
「あはは。いてててててててッ!」
痛みが走った。
だが笑いは止まらない。
全ては幸せな方に行ったのだ。
明人にはそれで充分だった。
「入るわよ」
苦しそうに笑う明人の耳に女の子の声が聞こえてきた。
ものすごい美少女だ。
あまりにも驚いて明人は思わず言ってしまった。
「え、誰?」
少女の顔が笑いながら鬼になっていく。
「え? え? え? え?」
「だから言っただろ。ジェーンたんは少し汚い方が良いんだって」
「そうでゴザルな」
「……てめえら」
「ん?」
「もう許さねえ!!! てめえらの汚ねえナッツを拳銃ですり潰してやる!!!」
泣きながら44口径の銃を少女が取り出した。
「え? マジでジェーン? っちょ! 待て! やめてええええええええ!」
明人の悲鳴が病室に響き渡った。
そして物語は2015年に戻る。
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