第24話 ナードは罵倒されたい 1
午前零時を知らせるアラームが鳴り、陽気なクリスマスソングがラジオから流れてきた。
2013年12月25日。
クリスマスが始まったのだ。
いつもの年なら明け方まで職員がパーティを開いているはずだ。
だがその姿は今年は見られない。
FBI本部は空港の事件のせいでピリピリとした緊張が支配していた。
FBI副長官室。
そこに男が駆け込んできた。
「副長官! ようやく野郎が吐きました!」
『あの野郎』とは明人が殴り倒した男である。
「生きているかね?」
「ええ。まあ電気ショックだけで吐いてくれたので無事です」
副長官は21世紀にもなって拷問かと少し気分が悪くなった。
だが仕方ない。
手段などは選んではいられない。
これは合衆国を狙ったテロなのだ。
そう考え弱った心に喝を入れた。
「どこの組織だ?」
「それがロシアンマフィアなんです」
「どういうことだ?」
「ジェーンが調べてた組織が殺し屋を雇ったようです」
まずいことになった。
副長官は焦った。
彼らはジェーンが副大統領の娘だとは知らないのだ。
もしロシアンマフィアが副大統領の娘を殺してしまったら……場合によってはロシアとの全面戦争に発展しかねない。
「もう証拠もクソも関係ない! 今すぐ潰せ! 判事には2332条(反テロ法)で令状を出させろ」
このとき副長官の脳裏にはいくつもの疑問が渦巻いていた。
彼女は分析官だ。
どんなに優秀であっても裏方に過ぎない。
それなのに命を狙われている。
彼女は何を知った?
なぜ狙われる?
分析官の個人情報を流したのは誰だ?
今すぐジェーンが何を掴んだのか調べなければならない。
それには分析官が必要だ。
彼女を裏切らない分析官が。
「分析官室の
「ええ。ジェーンとはよく喧嘩してますが、彼らはジェーンの味方のはずです」
「わかった。彼らにジェーンのファイルを分析させろ。最優先でだ」
「了解しました」
話が終わるとFBI副長官はジェーンの元へ向かった。
自分が直にジェーンから分析内容を直接聞き出さなければならない。
敵はこのビルにいる。
信用できる人間は少ない。
不安のあまりFBI副長官の心臓が強く高鳴った。
◇
FBI分析官、その中でも情報通信の分析を専門にしている部署で二人の男たちが一心不乱にキーボードを打っていた。
彼らはジェーンの代わりに仕事をしろという命令を受けていた。
彼ら低レベルの職員にはジェーンが副大統領の娘だとか、命が狙われているとかの情報は一切与えられていない。
それは警備しているFBI職員も同じで、誰も何も知らされていないという異常事態が続いていた。
そんな状況でも彼らはモチベーションを下げなかった。
なぜなら「がんばったら満足するまでジェーンが罵倒してくれる」という約束をしたからだ。
二人は言うだろう。「我々の業界ではご褒美です」と。
彼らは生まれて初めて限界を超えてみせると誓った。
「ねえねえロブ氏。ジェーンたんのこのファイルおかしくね?」
ヒスパニック系の男がアフリカ系アメリカ人の男に聞いた。
ヒスパニックの男は新スター○レックの副長のコスプレをし、ロブと呼ばれた男もまたバ○カン人のコスプレをしていた。
二人ともクリスマスパーティをする予定だったのだ。
「うん? なになにホセ氏。銀行口座の記録でゴザルか。振込先は……P2Pマネーの取引所……?」
それは近年急激に拡大した金融システムであった。
ネットを使い
銀行を通さず個人情報が漏れにくいためマフィアの資金洗浄に用いられる。
「資金洗浄かな?」
「うーむ。わからんでゴザル。ところでこれが何か?」
「あ、そうそう。それでこの取引なんだけど……」
ホセが取引所外でのP2Pマネーの動きを探る。
二つの口座アドレス間で取引が行われている。
取引毎にこの口座アドレスは変わるため、その監視は至難の業である。
「この振込先の口座って
「なぬ? それはおとり捜査でゴザルか?」
「うーん……ロブ氏。そっちでも調べてくれる?」
「承知した」
ロブはFBIのデータベースを調べはじめる。
目的はFBIのP2Pマネーの行き先。
最初はFBIのデータベースで検索。
アクセス権が足りず拒否される。
「ふむふむ。やっぱりダメでゴザル」
そう言いながら今度はオープンになっているFBIの口座番号を参照する。
そしてにやりと笑い。
独り言を言った。
「FBIがダメなら銀行にお邪魔するでゴザルか」
数分後。
鼻歌交じりに該当する口座の出納記録を手に入れる。
特定は簡単だった。
なにせP2Pマネー取引と額面が同じ出納があったのだ。
ロブはその口座から更に金が別の口座に移されたのを確認。
金が移された口座はとあるオンラインショップの口座として行政に登録されていた。
そのショップは外国の卸問屋から大量の品を買い付けていて、それらが今度はFBIに大量に納入されていたのである。
「ふむふむ。コデインとかの薬品にライターオイルにDIY用のシンナー、ガソリン? コンテナ単位で購入。こりゃなんでゴザルか?」
「……ロブ氏……それクロコダイルの材料じゃね?」
クロコダイル。
シベリアで生まれたと言われる麻薬である。
デソモルヒネを密造したものであるのだが、粗悪品のため体細胞に深刻な破壊をもたらす。
常習者の平均余命は二年から三年と言われるほど毒性が強い。
「なんでFBIがクロコダイルの材料を買ってるでゴザルか? 実験用?」
「実験用だったら鑑識が堂々と買うんじゃね? ……ロブ氏。俺も探ってみるわ」
ツッコミを入れながらも少し気になったホセも販売記録を確認する。
「アイボリーウェーブ? ゴールドラッシュ? なんじゃこりゃ?」
「ホセ氏……それバスソルト……」
「なんだ入浴剤か」
「違うでゴザル!!! そう言う名前の合成麻薬でゴザル!!!」
「ロブ氏……もしかしてFBIの誰かが麻薬の製造と販売してるとか……」
「で、ゴザルな……」
大量の金が動いている。
それでも誰も気がつかなかったのだ。
つまり犯人は複数。
そして分析官がそのことに気づいたことを察知できる人物まで一味にいるのだ。
「困ったでゴザルな」
「たぶん犯人はこのビルにいるよね?」
「映画だとこのあと、空港事件で大騒ぎになってるどさくさにジェーンたんを殺害するんでゴザルな」
「……ん?」
「……ん?」
二人は顔を見合わせた。
「「ジェーンたんが危ない!!!」」
二人は運動不足の体を引きずりながら走り出した。
◇
コツコツコツコツ。
廊下に革靴の音が響いた。
明人は部屋の前でシークレットサービスたちとその音を聞いていた。
ジェーンは部屋の中に避難させた。
FBI職員もシークレットサービスも空港の事件で無能な大統領に代わって副大統領が来ているのだと理解していた。
全てを知っているのはほんの一握りであった。
幸いなことにFBIの入り口は封鎖されピザ屋ですら入れない。
このままFBIにいれば死ぬことはないだろう。
「あー。皆さんこれ夜食です」
ホットドッグの包みを持った男が見えた。
「ありがとうごす」
凄まじく酷い発音で謝意を伝える。
男は人の良さそうな笑顔でホットドッグの包みを明人に渡す。
明人はそれを受け取ると日本人らしく頭をぺこりと下げて言った。
「ところでお前さん。どうしてそんなに殺気を出してるんだい?」
明人から訛りは消えていた。
男は一瞬で無表情になり懐からナイフを抜く。
そのまま明人の首を突き刺しに行く。
男はふいに目の前が真っ暗になったのに気づいた。
ホットドッグだった。
顔に投げつけられたのだ。
何がなんだかわからないうちに手が捕まれ引きずられた。
ナイフを持った手の元にある肘の関節からギリギリという音が聞こえて来た。
明人が肘を極めたのだ。
「誰の命令だ?」
冷たい声。
明人はもう一度警告する。
「誰の命令だ?」
男は頑として何も言わない。
明人は警告代わりに肘を締め上げる。
そしてもう一度警告する。
「誰の命令だ?」
男は首を振る。
その瞬間、炭酸ドリンクのペットボトルが爆発したような音が男の体の中に響いた。
男は完全に地面に組み伏せられていた。
そして肘は見たこともないような角度に折れ曲がっていた。
遅れてシークレットサービスたちが男を取り囲んだ。
明人は男のナイフを持った手の親指を上からムリヤリ握りつぶし、ナイフを持った手をこじ開けた。
握られていたナイフが落下しカランと音がした。
シークレットサービスがナイフを男の手が届かない方向へ蹴った。
「おいッ! 何があったんだ!!!」
明人たちの方へ男が走ってきた。
頭のはげ上がった男。
それはFBI副長官だった。
そして副長官の後に続きもう二人が飛び込んできた。
ロブとホセのコンビである。
ホセはゲフーゲフーといううめきながら激しい息切れを起こしていた。
比較的細身なロブが息を切らせながら言った。
「副長官!!! ジェーンたんが危ない!」
「ああ安心しろ。ロシアンマフィアはあと一時間で壊滅するよ。それにその裏切り者に手錠をすれば終わりだ」
副長官にロブが必死に反論した。
「違う! 違う! 違う! ジェーンたんの命を狙ってるFBIは複数です!!!」
副長官の顔色が一気に青くなった。
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