第22話 予言

 幸いなことに警察やFBI、それに救急はすぐに到着した。

 なぜかジェーン達はFBIの用意した装甲車両でFBI本部へ護送されていた。

 警察の部隊を運ぶための車両のため、座席の座り心地がすこぶる悪い。

 犯罪者の護送をするバスと同じくらいだろうか。

 明人は痛Tシャツの上にダウンジャケットを着て寒そうにしていた。

 ワシントンD.C.の厳しい冬を完全になめていたのだ。 


「なんで私が狙われてるのよ! ねえ!!!」


 ジェーンが明人に向かって金切り声を上げた。


「知らない方がいい」


 明人が激高する少女を前に努めて冷静にそう言った。

 確かに外国人のエージェントが呼ばれるような異常事態だ。

 知らない方がいいのは当然である。

 だが、ジェーンはその答えは気にくわない。

 10歳でFBI所属という時点で普通の生活など放棄している。

 今更何言ってるのこのバカ。

 全く相手を見ないで意見を言ってやがる。

 こういうヤツなんて言うんだっけ?

 あ、コミュ障だ。


「おいド金髪!!!」


 ジェーンは明人の本性をそう分析すると大声を上げた。

 こういうヤツには恫喝が一番効くのだ。


「四の五のガタガタぬかしてると今ここでズボン脱がせて下の毛の色確認すんぞ。ああコラァ?」


※伊集院明人の『被虐』が10上がった。


「顔を赤らめんなあああああッ! もじもじすんな! うっぜええええ!」


 ジェーンは怒鳴る。

 現在のジェーンだったら、さらに言葉責めにして様子を見る程度の余裕はあっただろう。

 だが、この時のジェーンには心の余裕などというモノはなかった。

 明人はヒステリックに騒ぐジェーンを前にして少し考えると諦めたように声を絞り出した。


「……タキオンだ」


「はあ? あるかないかわからない粒子ってやつ?」


「そうだ。2001年にXX大の実験室で井上准教授によってタキオンとダークマターが観測された。そしてそれは各国政府によって隠蔽された」


「タキオンって、ノーベル賞クラスの発見じゃない! なんで隠蔽してるのよ?!」


「そこから導き出された仮説が問題なんだ。詳しい理論は宇宙の構造モデルの修正が云々と聞いても全く理解できなかったが、その結論は『この宇宙は1999年7月に誕生し、2015年から先の未来に繋がっていない』」


「はあ? バカなの? 何その与太話。年寄りは存在しないとでも言うつもり」


「ああバカげてる。だからこの理論は当初誰にも相手にされなかった。研究室ですらね……ところがだ。カトリックだった准教授はいくつかの予言をローマ法王庁に送ったんだ」


「予言? タキオンからなんでオカルトになるのよ?」


「それはわからない。井上准教授が何を考えて何を見たのかは今となってはわからないんだ」


「なにそれ? だいたい予言なんてそんなに当たるもんでもないでしょ? バカじゃないの?」


「100%だ」


「は?」


「今まで外したものは一つとして存在しない。テロ、災害、事件全て言い当てている。それも具体的な内容の予言でだ……そこに……君の予言も存在……するんだ」


「なんだよ! 言えよ!」


「2013年12月25日。つまり明日、アメリカ合衆国副大統領ダン・ジョンソンの娘が殺害される」


「はあ? バカじゃないの? 独身だから人気者なのにダン・ジョンソンは大統領選になれなかった。誰もがそう思ってるじゃん。だいたい副大統領の娘の殺害のどこに私が関係するんだよ!」


「君はダン・ジョンソンの娘だ。3日前にFBI入局時に採取した君のDNAサンプルからダン・ジョンソンとの親子関係が証明された」


「……はあッ? あーはいはい。みんなで私を担いでるのね。その学者に文句言うから連絡先教えて!」


「無理だ」


「なんでよ!」


「井上准教授は最初の予言の的中直後に駅のホームから電車に飛び込んだ」


「……そう……って、ちょっと待って!!! 2001年時点でダン・ジョンソンが副大統領になることを予言してたってこと?!」


「ああそうだ……タキオン云々は別として100%的中する予言が存在する」


「……私、死ぬの?」


 ジェーンは今まで何度も死について考えたことがある。

 そのたびに形容しがたい不安に押しつぶされた。

 暗い闇の中にたった一人で永遠にいる姿や、自分というものが消えていくのを想像しては眠れないほどの恐怖を感じた。

 それなのにいきなり『明日死ぬ』と言われてもどうしていいかわからないのだ。

 もちろん、ジェーンはこんな与太話信じていない。

 信じていないのだ。

 ……でもどうしようもなく怖くなってしまったのだ。


「心配するな。俺は理不尽の専門家だ」


 その脳天気なもの言いにジェーンはかっとした。


「あんたさ! じゃあさ、相手が死神だったらどうするの?」


 八つ当たりだとジェーンはわかっていた。

 だが止まらない。

 不安を目の前の少年にぶつける以外のことなど考えられなかったのだ。


「殴る」


「へっ?」


「とりあえず殴る。立ち上がってきたらまた殴る。刃物持ってたら抜く前に殴る。銃持ってきたら撃つ前に殴る」


 ああなるほど。

 こいつボス戦でも『たたかう』を連打するタイプだ。

 ジェーンは納得した。

 ……でも、


「あははははは! ばーかばーか!」


 笑いがこみ上げてきた。

 相手は突き抜けたバカなのだ。

 もう笑うしかない。

 笑ってリラックスすると、ジェーンは自身以外のことも考えられる余裕が生まれた。

 するといくつかの疑問が浮かぶ。

 幸いなことに明人と名乗った少年はジェーンの苦手な意味も無く他人を威圧するタイプではないようだ。

 だからジェーンは直接疑問をぶつけてみることにした。


「ところでさ。アンタの依頼主って誰? さすがにCIAじゃオカルトには予算出ないだろうし」


「今回はローマ……法王庁? 先生の先生……大先生の命令で……」


 なぜか歯切れ悪く明人はそう言った。

 目は泳ぎ冷や汗を流している。


「なんでそこで不審者になるのよ」


「世界 デ 一番 怖 イ 人……」


「……まあいいわ」


 ジューンは明人のあまりの狼狽ぶりにそれ以上の追求をやめた。 



 FBI本部。

 ジェーンと明人を出迎えたのは完全武装したFBIやシークレットサービスだった。


「ジェーン嬢。こちらのミスで危険な目に遭わせてしまい申し訳ございません」


 副長官が頭を下げる。


「っちょ! 副長官やめてくださいよ!」


「いえ。内密に進めようとしたのが全ての間違いでした」


 その丁寧な言い方にジェーンは壁の存在を感じた。

 もう自分はFBIではないのだ。


「ジェーン嬢。お父上がお待ちです」


 最後まで副長官は慇懃な態度を崩さなかった。

 シークレットサービスに先導されてFBI本部ビルの中を明人とジェーンは進んでいく。

 ジェーンは処刑台に連行される囚人の気持ちだった。


「副大統領がお待ちです」


 素っ気ない口調でシークレットサービスの男が言った。

 ジェーンは明人のすそを掴んだ。

 明人がジェーンに手を差し出す。

 ジェーンはそれを見て顔を下にしながら手を取った。

 通された部屋には何人ものシークレットサービスがいた。

 そしてその中央には無骨そうな男。

 背が高く筋肉質の体。

 岩石のように彫りの深い顔。

 その心配を重ね、焦燥したような表情。

 あごには無精ひげが生えていた。


「ジェーンなのかい?」


 それはジェーンの想像より優しそうな声だった。

 ジェーンは今まで何度も頭の中で父親に会ったとき何を言うかを想像してきた。

 生きているかどうかもわからないのに。

 だが父親を目の前にすると何を言っていいかわからなかった。


「ああ、アリシアにそっくりだ。でも眉毛と目は俺にそっくりだ」


 それは褒めているのか?

 岩のような顔をした父親の発言に疑問がジェーンの頭に掠めた。


「あ、あ、あ、あの……お、お、お……」


 『お父さん』その言葉がなぜか口から出ない。


「おと……おと……う……」


「……すまない」


 ジェーンを男が抱きしめる。

 自分でも理解不能な感情の波がジェーンを襲った。

 感極まって涙をこぼす。

 明人は二人を見てシークレットサービスに向かいほほえむ。

 シークレットサービスは親指をあげた。

 明人はそれを見て静かに部屋を後にした。

 ラジオからは二人を祝福するかのように、神を讃えるゴスペルが流れていた。



 あれから数時間が経過した。

 FBIは空港の発砲事件で忙しそうにしていた。

 逆にシークレットサービスは暇そうだった。

 二人はあれからずっと話し合っていた。

 特にやることのない明人は部屋の外でスマートホンで『クリスマスなのに今日Xchしか予定ない奴wwwww』のスレッドを見ていた。

 村長達が「今日も村民との予定しかないぜ!」と半ばやけくそになりながら、『XXXXの森』のスクーリーンショットをアップロードしているのを見て、一番のクソゲーは人生なんだなと妙に納得していた。

 

「明人ぉー。何見てるの? ……って、うっわ! なにそのスレ! 暗ッ!」


 明人が声の方を振り向くとジェーンがいた。

 目を腫らしてはいたがその表情は憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。


「もういいのか?」


「うん。お、お父さんはシークレットサービスと打ち合わせしてる」


 『お父さん』という声はか細くそして気恥ずかしそうだった。


「ちゃんと話し合えたか?」


「うん……私のことお父さん知らなかったんだって。その頃ママは人に自慢できない仕事してたんだけどさ、妊娠したのわかってお父さんから逃げちゃったんだ……」


「そうか」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


「ところでさ、アンタなんでスパイなんてしてるの? 私とあまり変わらない年でしょ?」


「金」


「嘘つくな。アンタの服、全身で50ドルくらいでしょ」


「時計……」


「それクレーンゲームの景品でしょ? せいぜい5ドルね」


 洞察力が鋭い。

 明人は感心した。

 わずか10歳でFBI分析官をしているだけはある。


「あー……わかった。言うよ。俺はこれから殺される10人の女の子を救いたいんだ」


「どういうこと?」


「俺には別の人間の記憶があってさ……何もせず何も残さずに死んだ男の記憶だ。それによるとこれから10人の少女が殺害される。犯人の一人が今の俺だ」


 それから明人が語ったことはジェーンを驚愕させた。

 未来に起こる10人の少女の誘拐と殺人。

 その犯人が明人だと言うのだ。


「……それって予知とか前世とかのオカルト?」


「わからない。自分では前世の記憶だと思ってるが、他人を納得させられるような論理的な確証はない。自分かもしれないし自分以外の他人の記憶かもしれない。医学的に考えれば妄想の可能性が一番高い」


 後に後藤の存在によって、全ては妄想などではなく、前世の記憶である事が証明される。だがまだこの頃の明人は頭の片隅で自己の同一性を疑っていた。

 記憶にある前世の自分と今の自分が同一人物である証拠など、どこにもないのだ。

 幸いなことにライアンは信じてくれたが、反オカルトの人間に相談したら思春期に発症した脳の病気として病院送りにされるに違いない。

 前世の何もせず何も残さずに消えた男なら、それを恐れてすぐにあきらめただろう。

 だが今の明人は違った。

 確かに記憶というデータベースは前世から引き継いだものだ。

 だがそれだけが今の明人を構成するものではない。

 ゲーム内の明人でもない。

 少なくとも今の明人は悪ではない。

 両の拳。

 判断力。

 荒事への経験値。

 そして覚悟。

 記憶が戻った瞬間から始まった苦悩の日々が明人の意思を強くしていた。

 迷いはない。

 ふざけた運命を破壊するのだ。


「ふーん……新進気鋭のスパイはオカルトを解明しようとしていると」


「そうだ。それにはあの予言とかも関わっているかもしれない」


「どうするの」


「全てぶち壊す」


 ジェーンはクスクスと笑った。

 完全にいかれている。

 だけど目の前の少年は本気なのだ。

 妙な説得力があった。

 

「じゃあ最初にアタシを助けてよ。生き残ったら手伝ってあげる」


「何があっても君を守る」


「うん」


 それが二人の約束。

 そして物語は一旦現在に戻る。

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