第20話 山田わんこ2

 真鍋幸三。

 通称ダブルD。※意味など無い。


 三島を拉致監禁したチンピラの一人。

 先日、保護観察処分で彼だけが釈放された。

 他は全員逆送処分で刑事裁判を待つ身だというのにである。


 なぜ彼だけが釈放されたのか?

 それは伊集院明人が借用したバイク。

 ゼファーの持ち主が彼だったのだ。


 そしてこの日、真鍋のバイクが新品になって返却されるのだ。

 待ち望んでいたゼファーの返却。

 愛しい愛しいゼファーがやってくる。

 ゼファーを手に入れるまでのあの苦難の日々を思い出す。

 ゼファーを手に入れるために何人カツアゲしたか!

 どれほどヤクを売りさばいたか!

 心を躍らせていると家のチャイムが鳴った。


「ちゃーっすお届け物でーす」


 ああ、どれほど待っただろう。

 自分のゼファーが来たのだ。

 真鍋は期待を込めて家のドアを開ける。


 そこにあったのは排気量1801CC、重量430キロ、タンク容量22.7リットル、V型ツインエンジン搭載、「燃費? 知るかボケ!」と言わんばかりのゴツイ外観。

 BGMはステッペンウルフでお送りするイージーなライダーな例のアレだ。

 まさにビッグアメリカン!!!


 ……要するにハーレーである。

 しかも最高級CVO。

 お値段480万円也。


「あまり交渉しても仕方ないので元のより高めのでお願いします」


「高めですね♪」

 

 ほとんどの乗り物は(無免で)動かせるけど機種への思い入れが全くない明人。

 正直、前世で乗っていたカブしかわからない。

 そこに手数料目当ての強欲弁護士が相乗りし実現してしまったこの笠地蔵。

 だが、受け取る相手が悪かった。

 

「コ、コレジャナイ!! ボクのゼファああああああぁぁぁッ!!!」


 これ一台でゼファーが何台も買えることを知らない愚かな真鍋の叫び声が空に響いた。



 アフリカ某国。

 ……その上空。

 

「HAHAHA! いやー。うまくいったなー二次大戦時の輸送機が現役なんてラッキー! なーフランソワ」


「がーはっはっは!」


 アホ二人が楽しげに話していた。

 機内はNGO職員などの救助者で一杯だった。

 満員の飛行機の中で体育座りをしながら曇った目で数を数えている若者二人。

 顔は汚れ、髪も凄まじい様になっている。

 彼らは常人の一生分の冒険を終えたのだった。


「おっーし。今アメリカ軍に連絡取るから待ってろなー」


 ライアンは携帯を取り出しどこかに通信を始めた。

 二人はぼけっとしながらライアンを見ていた。

 だが様子がおかしい。

 最初は穏やかに会話していたライアンがどんどん早口になっていくのだ。

 通話を終了するとライアンは日本語で二人に話しかけた。


「くっそ予定が狂った! お前ら安全地帯に着いたらすぐに日本に帰って明人達を守れ!」


「な、何? 何があったんですか!」


「ああ……最悪だ。たった今、アメリカ大統領が病気を理由に辞任した。副大統領が大統領に昇格する。俺は今すぐホワイトハウスに行かなければならないから、俺が行くまで明人にくっついてるちびっ子を守れ。何が何でもだ!」


 いつもと違い真剣な顔のライアンがそこにいた。

 二人は本当にとてつもない事態が起きているのだと理解した。



 ぐきゅーぐりゅりゅりゅぐきゅー。


 大きな音が教室に響いた。

 誰かの腹の音だ。

 この場合、犯人は一人しかいない。

 だが、相手は堕落したとはいえプライドの高い公安のエリート。

 明人は藤巻を見習ってスルーしてやることにした。

 だが明人の思い通りには話は進まなかった。


「伊集院。なんだそのだらしのない腹の音は! 水でも飲んでこい! 先生、伊集院に水飲ませてきます!」


 図々しくも明人を糾弾するのは腹ぺこ豆柴。

 山田浅右衛門響子である。

 山田は明人の腕を掴み廊下に連れ出す。

 そのまませかせかと歩いて行き、突然立ち止まり明人の方を向いて一言。


「……おやつください」


 明人は非常食のス○ッカーズを大きく振りかぶり問答無用で叩きつけた。

 山田は真剣白刃捕りの要領でそれを難なくキャッチ。

 ※明人のフラストレーションが上がった。

 そんな明人をスルーして山田はチョコにかぶりつく。


「チョコとキャラメルそれにナッツだと……なんたる美味!!!」


 山田は初めてのスニッカー○に顔をだらしなく崩していた。

 ゲーム内のプライドの高い彼女はどこに消えたのだろうか?

 明人は直接疑問をぶつけてみる。


「今代の山田浅右衛門は誇り高い剣豪と聞いていたが?」


「伊集院。私の人生はだな……幼少から訓練に次ぐ訓練の繰り返しだった。それがこの街について初めて自由というものを得た。兵糧を得ようとふと立ち寄った商店。そこで出会ったカットよっ○ゃん。駄菓子を生まれて初めて食べた時に思った……もうどうでもいいやとな」


 すでに堕落していた。

 工作員なのに環境への適応ができていない。

 山田の育てられ方に致命的な問題がある。

 恐らく才能がある子を幼少から徹底的に管理し教育したのだろう。

 一切の遊びを教えないほどのレベルでだ。

 徹底的なまでの管理育成が生んだ弊害と言えるだろう。

 山田一門は真面目すぎるのだ。

 

 そしてその歪んだ真面目さで、お菓子や娯楽などの刺激から遠ざけすぎたためか、山田は快楽に免疫がない人間になってしまった。

 これは山田家に限った問題ではない。

 途上国のスパイやテロリストが先進国に潜り込んだ時、そこにあるのは生まれて初めての自由や情報の洪水である。

 ゆえに彼らはあっというまに堕落する。

 それは仕方の無いことである。


 そこまで考え、少しだけ明人は山田に同情した。

 明人の記憶の中の子供時代、それは山田と同じようなものだった。

 真面目で厳格な父親と、かなりエキセントリックな母親。

 彼らに挟まれ振り回されるうちに本来の伊集院明人の心は壊れ、その結果、ゲーム内の伊集院明人は反社会的行動を取ることになる。

 中学時代にスクーターを盗んでパトカーに跳ねられた事件がまさに代表例である。

 その事件がトドメとなり、明人は父親に見放された。

 前世の記憶を取り戻した今でも父親とはどう接して良いかわからない。

 母親とは……なるべく距離を取りたい。


 もちろん単純な比較はできないし、おそらく山田の方が壮絶な人生を歩んだに違いない。

 明人がスパイの世界に入ったのは少なくとも自分自身の意思である。

 

 だが、なんとなく。

 なんとなくだが共感したのだ。


 明人が嬉しそうにチョコを食べる山田を見ていると、山田が不思議そうな顔をして明人を見返していた。


「どうした伊集院? 殺されてもチョコは返さんぞ」


「いらんわ!」


 どこまで行っても山田は残念な女だった。

 なぜか少しほっとして、明人がクスリと笑うと携帯が揺れる振動が伝わって来た。

 電話だ。

 誰だろうかと明人は思いポケットから携帯を出し、誰から通話元を確認する。

 『先生(セガ)』という表示。

 それはライアンだった。

 そのまま明人は通話ボタンを押し耳に当てた。


「はい明人です。先生どうされたんですか?」


 その通話はいつものようにセガハードは世界一という無駄話から始まるはずだった。

 だが、ライアンの声はいつもと違い真面目なトーンだった。


「明人。大統領が病気を理由に辞職した。いや……恐らく毒だ。後任は副大統領だ。あとはわかるな?」


 その言葉を聞いた瞬間、明人は一瞬で戦闘モードに切り替わった。

 山田も明人を見て、子犬から猟犬へと変貌する。


「伊集院。何があった」


 明人は眼鏡を指押さえると額にしわを寄せて言った。


「アメリカ大統領が辞任して副大統領の昇格が決まった……ジェーンが危ない」


「なぜだ?」


「ジェーンは副大統領、ダン・ジョンソン上院議長の娘だ」


※アメリカでは副大統領は上院議長を兼務する


 山田がそんなバカなという顔で反論する。


「ボクが知る限りでは副大統領には家族はいないはずだが?」


「ああ。ジェーンがそれを知ったのは数年前。直後に俺と先生とジェーン、それにダンとで全てを闇に葬った」


「いいのか? 私は日本国のエージェントだぞ?」


「ああ、数日後には世界中に知れ渡る。多少早くても何も変わらない。それに大統領になったら公表して迎えに行く。それがダンと俺たちの約束だ」


「んー……」


 山田は何かを考えている。


「誰が狙ってる?」


「テロリストに犯罪者に宗教、反アメリカ勢力。……それにマフィアやギャング。アメリカの敵全部だ。すでに動いてるかもしれない」


 山田は渋い顔をしていた。

 だが突然に目を見開き言った。


「んー……行くぞ」


 何か結論が出たらしい。


「どこに?」


「ジェーンのとこ。ジェーンはボクにケーキくれるいいやつ。いなくなったら困る。……それに君は何かを隠してる。ボクはそれに興味がある」


 山田はこれまで誰かに命令された事をただこなしていく人生だった。

 このときも本来ならガイドライン上では上司に連絡を取って指示を仰ぐことになっている。

 だが、山田は誰にも相談せずに自分の意思でジェーンを保護する事に決めたのだ。


 凍てつくような殺気が明人に伝わってきた。

 それとともに山田の足音が消えていた。

 今の山田は人斬り浅右衛門。

 江戸時代。

 その長い歴史の中で一番多く人を殺したと言われる一門。

 その現在の当主は無表情のまま音を立てることなく歩んでいく。


 ゆるい学生生活を楽しんでいた明人と山田それにジェーン。

 その裏で明人達の運命を変える出来事が進行していた。

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