第19話 山田わんこ 1

 朝のホームルーム。

 内藤がけだるそうに連絡事項を述べている。

 あれから藤巻は病院に搬送。

 明人の心配をよそに藤巻の怪我は尻の打撲だけだった。

 結局、藤巻は念のために一日入院しただけですんだのだ。

 藤巻は「爆発するのが見えたから飛び降りた」と周囲に語っている。

 完全に人間業ではない。

 そう言えば後藤も体育教師を戦士に育てていた。

 これが後藤の言っていた「仲間を集めろ」ということなのかもしれない。

 転生者はこの世界の人間の人生に干渉できるのかもしれない。

 だとしたらこれは許されることなのだろうか?

 藤巻は、本来ならおそらく村田に殺害されていただろう。

 だからと言って藤巻の人生を変えてしまって良かったのだろうか?

 自分には彼の人生に対する責任が生じたのではないだろうか?

 明人は新たな悩みと不安が体の中で揺れるのを感じた。


 明人が考え事をしていると内藤の話が転校生の話題に変わった。


「えー。なんか裏でとてつもない圧力がかかってるとしか思えない展開だが転校生だ。それも女子二人」


 一人は明人の相棒。

 ジェーンである。


「ハーイ! ジェーン・キャンベルだよー♪」


 ジェーン・ドゥーではないようだ。

 よく考えれば本名が名無しの権兵衛ジェーン・ドゥーであるはずがない。

 だが今まであえてツッコミを入れなかったもっと大きい問題がある。


「先生。そいつ実年齢13さ……」


 ドンッ!

 物音とともに明人の机にジェーンの上腕ほどの大きさのナイフが突き刺さっていた。

 ナイフを投げた本人であるジェーンは笑顔のままだ。

 笑顔のままなのに怖い。

 明人の背筋に冷たいものが流れた。


「明人ぉー。女の子の年齢は触れちゃいけない話題だってわかってる?」


「殺さないでください(命乞い)」


 空恐ろしい圧力に明人はあっさり屈服した。


「よしよし。良い子ねー」


 ニコニコしながらジェーンは机に刺さったグルカ的なナイフを引き抜いた。


「えーキャンベル。怪我するから伊集院以外にはやるなよー」


「はーい」


(ひどい! 教師に見捨てられた!)


 明人はCIA式の折檻に怯え、助けを求めようと藤巻の方を向いた。

 藤巻は無言だった。

 いや一見すると無言に見えるが、闘気いわゆるオーラが見えるかのようだった。

 その藤巻が言葉を発っする。


「う゛ぃ、ヴィーナス……」


 藤巻はそう言うと一気にだらしのない笑顔に変わった。

 同時にクラスメイトの男子達が騒ぎ出す。


「ひゃっふー! 金髪幼女キタアァァァァァッ!」


「待てその子は番長の奴隷」


「るせえ! 俺はロリのためなら俺は何度でも立ち上がる!」


「男子ぃーッ! いい加減にしろよ! このロリコンどもめ! ねぇー、ジェーンちゃん。こんなバカども放っておいてゴスロリ着ない? メイド服着ない? スク水着ない? そんで写真撮らせてはぁはぁはぁはぁ……」


「誰かー警察呼べー!」


 なぜかクラスメイト達は誰もがグルカ的な巨大ナイフを一切の躊躇なく人様に向かって投げた事には触れない。

 そんな男子と女子の醜い喧嘩を横目見ながら、明人は藤巻の妹である霞に藤巻のだらしのない顔を密告することを決めた。

 もちろん八つ当たりだ。


「お前らぁいい加減にしろよ。二人目がいるんだからな」


 二人目は真面目そうな黒髪の少女。

 それはつい先ほど駄菓子を貪っていた人間と同一人物とは思えない姿だった。


「はじめまして。山田響子です。急な事情でこんな時期に転校になりました。みなさんよろしくお願いします」


 背筋を伸ばした美しい姿勢。

 それは教育の行き届いたお嬢様にしか見えなかった。

 つる屋での腹ぺこヨダレ女はどこに消えたのだろうか?

 誰だお前!

 明人は心の中で激しくツッコんだ。



 昼休み。


「おーい番長。ウルフ来たぞー」


 そう男子生徒が明人に言った。

 三島が来た。

 明人は歓喜した。

 三島とはあのあとから、ちゃんと話し合っていない。

 仲直りのチャンスだ。

 三島は顔を真っ赤にしながら目に涙を溜めていた。

 そんな三島に明人は必死に駆け寄る。


「三島!」


「い、伊集院……」


「「ごめん!」」


 同時に声を出し顔を見合わす二人。

 そして二人とも晴れやかに破顔した。


「伊集院。またお弁当作ったから……一緒に食べような。えへへ」


「お、おう。あはは」


 彼らを見て男女関係なく非モテ層は「憎しみで人が殺せれば良いのに」と思い、憎悪のこもった血の涙を流した。

 その中で藤巻だけは温かいまなざしで二人を見ていた。

 だが、そんな甘酸っぱい青春を邪魔する影が、二つ。

 一つはジェーン。


「ねえねえ。明人カップケーキ作ってきたんだ。一緒に食べよ。そこのお姉さんも一緒に」


 策士ジェーンは自分が悪者にならないように気をつけながら笑顔で邪魔をする。

 実にアメリカンな一瞬で食欲が失せる真っ青なカップケーキを手にしながら。


(奴らを邪魔するのは世界中の非モテの意思。いわゆる人類存続を賭けた一大プロジェクト! 全てのフラグをへし折ってくれるわ!!! つか明人を落とすのは私だ!)


 自分を棚に置いてジェーンは心の中で高笑いした。

 CIAはこのくらい図々しくなければパックスアメリカーナは為し得ないのだ。

 このまま押して押して押しまくって恋人関係を既成事実化してしまえば良い。

 なあに明人は口下手コミュ症。

 周りを固めてしまえば、なんとなく流されてしまうに違いない。


 だが、真っ黒な妄想で頭がいっぱいのジェーンの作戦に新しい不確定要素が乱入した。


 二つ目の影である。

 それは黒髪の少女。

 つまり山田がジェーンの真っ青なカップケーキを凝視している。

 山田はカップケーキを穴が開くほど見ながら優等生然とした態度で言った。


「こほんっ。クラスメイトの前でいちゃつくの感心しないな。君たち全員屋上に来たまえ」


(訳:カップケーキくだちゃい)


「まったく、お弁当などと……クラスメイトを騒がして!(勝手に三島の持ってきた弁当を開ける)あ、唐揚げ♪(小さな声で)」


(訳:からあげくだちゃい)


「あーこほんっ。ボクが君たちに学生らしい交際というものを教えてやる。とにかく直ちに屋上に上がるのだ!」


(訳:からあげからあげからあげからあげからあげからあげからあげからあげからあげからあげからあげからあげ)


 食べ物が欲しいだけの山田の見苦しい様。

(唐揚げとカップケーキを交互に凝視している)

 だが、この行動はクラスメイトの溜飲を下げた。

 そう、リア充がモテモテでむかつく。

 なぜか女どもが凶悪金髪眼鏡をちやほやしてる。

 憎しみでリア充どもを呪い殺せれば……

 これにはジェーンをも含まれているのだ。

 

 そこに山田という明人と関係のない人物が横やりを入れた。

 学生らしいという大義名分を背負ってだ。

 伊集院明人という悪魔を打ち倒す非モテの女神が今降臨したのだ。


「いいんちょう……」


 誰かがそう言った。


「委員長だ!」


「委員長じゃね?」


「委員長だよ!」


 実際この後、クラス委員とは別に、山田が名誉委員長という胡散臭い役職に選任されるのだが、それはまた別のお話である。



 屋上へつながる扉。

 安全のため普段は閉鎖されている。

 明人と女性陣、それに藤巻までもがそこにいた。

 屋上が閉鎖されていることを知らないのだろうか?

 藤巻が疑問に思っていると山田が軍隊的な命令口調で言った。


「伊集院。ピッキング!」


 なぜか山田に命令された明人は脊髄反射で持っていたヘアピンで扉を解錠した。

 戦場に何度も行ったせいか命令口調に弱いのだ。

 明人が扉を開けると青空が広がっていた。


「ふむ。ここでいいな」


 山田はどこからともなく調達してきたビニールシートを広げた。


「どうした? 座りたまえ」


 こうしてランチが始まった。

 ジェーンと三島が座りそれぞれお弁当を広げる。

 ジェーンはカップケーキの他にパンを持ってきていた。

 飲み物はゼロカロリーのコーラだ。

 アメリカ人の食生活とアイルランド料理には絶対にツッコミを入れないと明人は心に誓っている。

 だから華麗にスルーして山田の方を向いた。

 よく見ると朝買ったパンがない。

 そしてなぜか明人にむかってキラキラと何かを期待した視線を向けている。

 

「山田……焼きそばパンと生クリーム小倉サンドどうした?」


「食べたら宇宙の真理が見えそうになった」


 どうやら悟りを開きかけたらしい。

 そしてどうやらすでに胃袋の中らしい。


「あの大量の駄菓子は?」


「キャベツ○郎、わ○げチョコレート、ど○どん焼き、蒲焼○ん太郎……どれも良い仕事でござった」


 それら全てもすでに胃袋の中らしい。


「俺の焼きそばパン食べるか?」


「……もう食べた」


 明人は山田の言葉の意味を考えもせずにパンとジュースが入っているはずの袋に手を入れた。

 ……パンが消えていた。

 山田は明人から露骨に目をそらしている。

 明人がいろいろと諦めると、山田は新たなエモノにロックオンする。


「ところでCIAのジェーン・キャンベル。……カップケーキうまそうだな」


 ジェーンの腕に山田が手を乗せた。

 それは目をキラキラさせた「ちょうだい」のポーズだった。


「ケーキ欲しいの? 公安の山田浅右衛門さん」


「うむ♪」


 山田わんこの最高の笑顔。

 ジェーンはにやりと笑う。


「ほーれ取ってこい!」


 そう言うなりカップケーキを放り投げる。


「わふん!」


 宙を飛ぶカップケーキを全力で追いかけダイビングキャッチ。

 そのまま前回り受け身をして何事もなかったように立ち上がり。

 カップケーキを頬張る。


「おいしー♪」


 一見ほほえましい光景だがここでジェーンは後ろから圧力が加わるのを感じた。

 それはものとてつもない圧力だった。

 『ゴゴゴゴゴ』どころか『ドドドドドド』である。

 明人とともに修羅場を何度もくぐり抜けたジェーンに、なぜか感じる身の危険。

 ジェーンが振り向くと鬼が二人。


「「食べ物で遊ぶんじゃねえ」」


 心臓が震えるような重低音。

 藤巻と花梨の声だった。

 二人とも幼少から、藤巻父の部下だった水谷聡司に厳しくしつけられているのだ。

 そのせいか食べ物に関してはシビアである。

 これに関してだけは藤巻はロリでも容赦しない。


「「すいましぇん」」


 あっさり、腹ぺこ豆柴(山田)&腹黒トイプードル(ジェーン)は尻尾を丸めて謝罪した。


「ところでさ。CIAとか公安ってなんのこと?」


 怒られた二人が大人しくご飯を食べる中、花梨が疑問を口にした。

 先ほどから会話が変なのだ。

 どういう意味なのだろうと花梨はずっと疑問に思っていたのだ。


「教えたら唐揚げくれるでありますか?!」


 目を輝かせて山田が言った。


「うんいいよ。食べて食べて」


「ありがとう! からあげ♪ からあげ♪ えっとジェーンがCIA。ボクが公安。伊集院とサラマンダー藤巻は今のところフリー。でもすぐに公安に入る」


 べらべらとカタギの人には言ってはならないことを口走る山田。

 ジェーンもそうだが、情報漏洩とか個人情報とかという概念自体が彼女らには存在しないらしい。

 唐揚げで情報をダダ漏れにする山田を目の前にすると、明人はゲーム内で捜査情報を漏らしていた犯人が誰だかわかってしまったような気がした。


「え? どういうこと?」


 花梨が明人たちの正体を聞いても意味がわからなかった。

 常識から外れすぎていたのだ。


「伊集院明人は大統領も拳で黙らせる業界のスーパールーキー。サラマンダー藤巻もこないだの事件でボクらの業界では注目されてる。ジェーンは神の眼と呼ばれるCIAの秘蔵っ子。ここの生徒会長は江戸時代からのお庭番の家系。ボクは首切り浅右衛門を継いだ。みんなスパイ業界の人」


 花梨は困惑しぽかーんと口を開いたまま固まった。

 そんな花梨の弁当箱から山田はから唐揚げをひったくると更に続けた。


「ボクはその中でも伊集院明人の近頃の動きを調査するために来た。伊集院のためだけにCIAも米軍も動いている。おまけに公安の忍者達まで動いている。君は何を探っている?」


 唐揚げを囓りながら山田は軽いノリでそう言った。

 明人はあくまで真面目に答える。


「この街で起こってる連続拉致監禁事件だ」


 山田はふーんと言ったように対して興味もなさそうな風に返す。

 明人の答えを疑っているのだ。


「まあいいや。スパイが本当のことを言うわけないしね。それとボクはもう一つ目的があってね。公安の偉い人が言うのだ。君を公安に引き入れるために君と子供を作ってしまえ、その後は任せろ、とな」


「なッ!」


「……だがな伊集院、子供って具体的にどうやって作るのだ?」


 小首をかしげる山田。

 その爆弾発言を聞いて赤面するジェーン。

 更に固まる花梨。

 藤巻は聞かなかったことにするようだ。

 無駄に紳士だ。

 それにしても誰も教えてやらなかったのか。

 問いを投げかけられた明人もどう答えればいいかわからない。

 そこまで壊滅的に知識がないとは思わなかったのだ。

 誰かこいつに高校生レベルの常識を教えてやってくれ!

 せめて中学生レベルでもいい!

 明人は天を仰いだ。


 このとき明人はあまりの山田の残念っぷりに失念していた。

 山田も明人の保護対象だということを。



 アフリカ。

 きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる。


「うーん。どこまで行ってもN6○のスー○ーマンより何も無いな! HAHAHA!」


 天下御免の無責任男が機嫌良く笑っていた。

 ハリウッド俳優のような精悍な顔なのに緩い表情の大男。

 ライアンである。

 きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる。

 キャタピラが軋む音がした。

 彼が乗っているのは戦車だった。


「いやさー明人いないの忘れててさー。俺さ戦車運転できないんだったわー。たまたまフランスの軍人がいて良かったなー」


 まるで人ごとのようにライアンは言った。

 明人の無駄な器用さは彼をフォローするためにできあがったものだったのだろう。


「もう戻れませんわ……」


「もう後戻りできない……」


 若者二人が戦車の上でうつむいていた。

 飯塚亮と田中麗華である。

 いろいろと酷い目に遭ったようで目に光がない。


「フランソワ。街にはいつ着く?」


 二人を無視してライアンは戦車を操縦する人物に話しかけた。

 フランス語だったせいか若い二人には全く聞き取れなかった。

 フランソワ。

 そう呼ばれたのは右目の瞼から頬にかけて傷のある屈強な男だった。


「おー。あと一時間くらいかのー。作戦はどうする?」


「適当に兵士殴って人質解放したら、テキトーな車奪ってズラかる。戦車もいいけど燃費がなー。俺運転できないし」


「がはははははははは! そりゃいい! 最高にシンプルだぜ!」


「お前ら二人も明人を見習えよー! 明人はアパッチもハリヤーもゼロ戦もスペースシャトルもいけるぞー。全部無免だけど」


 スペースシャトルに免許あるのか?

 二人には疑問をもつ元気もすでに無かった。

 この数日で伊集院明人のデタラメさはさんざん理解した。

 ライアンの無茶についてこれたのだ。

 彼もまた化け物だったのだ。


「お、街が見えて来た。お前らー。武器持てなー」


 ライアンの脳天気な声を聞いて、二人は深く深くため息をつくのであった。

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