第18話 山田編 プロローグ
埼玉り○なの通帳。
それを明人はジェーンから渡された。
何だろうと思っているとジェーンが言った。
「アンタの口座。銀行に移しといたから。バイク二台の弁償もアメリカ政府が用意した弁護士が全部やってくれるってさ」
面倒くさくなくて良かった。
そう思い通帳を開けると明人は驚きのあまり口をパクパクと動かした。
「あのジェーンさん……?」
「何?」
「桁が増えているのですが」
「あら奇遇ね。私のもよ」
すでにガ○プラが何個買えるとかそういうレベルではない数字が並んでいる。
う○い棒だと一生分は買えるだろう。
「税金とかは……」
「もともと表に出ない金よ。取られるとでも?」
ジェーンは笑顔を崩さない。
明人は背筋に寒いものを感じた。
おそらく怒っている。
それも激怒だ。
「えっとジェーンさん。私めが何かしましたか?」
「何も。せっかく同級生になって楽しいスクールライフを送れると思ったのに仕事が山積みで、まるでFBIの分析官やってた頃に逆戻りとかは全然怒ってないし」
「……ハイ」
思わず敬語になるような迫力だった。
明人はとりあえず逆らうのをやめた。
「こんなムカついたのはFBIにいた10歳の頃に19歳の同僚にディナーデートに誘われて一緒にFBIのビルを浮かれて出たら、その瞬間にエージェントに囲まれて彼が児童誘拐で逮捕された時以来だわ。あははははは!」
「ハイ。なんかスイマセン」
「正座」
「ハイ」
明人はいそいそと正座する。
その後明人は一時間にわたってお説教されたという。
◇
早朝。
明人は運転手の小沢を外で待たせて買い物に来ていた。
駄菓子とパンの店『つるや』。
駄菓子やパンだけではなく、鯛焼きやら、ぼったら(もんじゃ焼き)も出している謎の店だ。
そこでパンを購入しようとしたのだ。
店のドアを開け中に入る。
そこには先客がいた。
セーラー服でセミロングの女生徒。
太いベルトに刀を差し、大量の駄菓子をカゴに詰め込んでいる。
山田浅右衛門響子だ。
彼女は明人に気づくと器用に駄菓子が詰まったカゴを持ったまま腰の刀に手をかける。
「い、伊集院明人! キミがなぜ!?」
山田浅右衛門響子。
生真面目でお堅い委員長タイプ。
だがその実態は快楽に異常に弱い豆腐メンタルの天然(ボケ)娘。
おそらく少し買い食いをするつもりがハマってしまいやめられなくなったのだろう。
「な、なんだその顔は! ボクは決してだらしなく買い食いをしていたわけでは断じてないぞ!」
「あーいお嬢ちゃん。鯛焼き焼けたよー」
「わーい♪ おばちゃんありがとー♪」
山田は構えを解くこともなく殺気を放っている。
上機嫌な様子で鯛焼きをくわえながら。
「ふが! ふごふがあ(貴様! なに見てる!) げふッ!」
鯛焼きがのどにつまったらしい。
白目をむく山田を放っておく訳にもいかず、明人はお茶を冷蔵ケースから取り出し、おばちゃんにお金を払ってから山田に渡す。
「(ごくごくごくごくッ!)ぷはーッ! 死ぬかと思った! あ、おばちゃん鯛焼き5個追加! お持ち帰りで」
「そう言うと思って焼いといたよー」
「ありがとー♪」
まだ食うのか。
明人が呆れていると、山田は今手渡された手の中の鯛焼きの紙包みをじいっと見つめる。
次第に眼がキラキラと輝やいていく。
「やっぱ一つだけ味見……」
「まだ食うんか!」
思わずツッコミを入れてしまってから、明人は山田から凝視されていることに気づいた。
だが山田はツッコミを気にもとめずに明人からカゴに視線を移し、財布を取り出し中を確認する。
そして一瞬絶望的な顔をすると明人に話しかけた。
「伊集院明人。お菓子を買いすぎて昼ご飯を買えなくなってしまった! ボクはパンを所望する!」
山田は偉そうにそう言った。
彼女は幼い頃から武芸一筋に生きてきたサムライ少女なのだ。
そんな彼女は事件解決のためにロサンゼルスに配属される。
山田は設定によると仙人のような極端に刺激の少ない生活をしてきたらしい。
そのせいか、あっという間に奴隷にまで堕とされる残念な娘である。
後藤の組織を潰したせいなのだろうか?
残念さに磨きがかかっている。
「金は後で返す」
絶対に返ってこない。
明人は確信した。
返す金があったとしても全部ヨー○ルとかサ○ランボ餅とか糸ひ○飴とかの駄菓子に消えるに違いない。
ジャ○アンだ。
ヤツは無計画なジャイア○なのだ。
そんな明人を尻目におばちゃんと楽しそうに会話しながら代金の精算をする山田。
「まあお嬢ちゃんそんなにいっぱい買ってくれるのかい? じゃあココ○シガレットおまけね」
「わーい♪ ありがとー♪ あーごほんっ。伊集院、君もパンを買いたまえ(キリッ!)」
山田は白々くそう言うと仲間になりたそうな眼を明人に向けた。
明人は理不尽だと思いながらもリクエストを聞いてやる。
「何が欲しい?」
「えーっとこの焼きそばパンというやつ?」
そう言いながらも山田の視線は生クリーム小倉サンドに向けられている。
凝視している。
穴が開くほど見ている。
某トランペットが欲しい少年のようにだ。
明人は仕方なく確認する。
「焼きそばパンと生クリーム小倉サンドだな?」
「い、いやアレはだな少し興味があってだけでな。生クリームと餡子……どんな世界の扉が開いてしまうのだろうか?」
パン食べたら白目をむきながらダブルピースをするんじゃないか?
そんな考えが頭にかすめたが首を振ってその考えをどこかに吹き飛ばし、注文をすることにした。
「おばさん。焼きそばパン二つと生クリーム小倉サンド一つ」
「ぜ、全部……くれるのか?」
「焼きそばパン一つは俺のだからな」
山田は何かに納得したかのように頷くと明人の顔を凝視した。
「どうやら勘違いしてたようだ。君はいいヤツのようだな。これからもよろしく♪」
そう言う山田の目は輝いていた。
ヨダレをたらしながら。
どうやら食べ物を提供してくれる人間だと思われたようだ。
餌付けが成功してしまった。
明人を軽いめまいが襲ったが、とりあえず冷静にツッコむことにした。
「ヨダレふけ」
無邪気に喜ぶ山田を前に「もしかしてこれからずっとタカられるんじゃね?」と嫌な予感がする明人だった。
◇おまけ◇
藤巻伝説より数日前。
アフリカXX国。
首都空港内。
「フランス軍が撤退したってさ。反政府軍にこの空港も囲まれてるってさ。なにこのピ○ン@よりも絶望的なこの状況」
ハリウッド俳優のような男が、まるで人ごとのようにそう言った。
その男こそ明人の師匠ライアンである。
「ライアン先生! 私はこんなとこで死ぬために来たんじゃありませんわ!」
麗華が思わず怒鳴った。
ライアンとともにアフリカに渡った二人の男女。
その一人は田中麗華である。
「死なねえ死なねえって。まだ若干の余裕があるよ?」
「若干!!! うがああああああ!」
金切り声を上げる麗華。
そのやりとりを見ながらもう一人の男が口を開いた。
「先生。どうやって抜け出すんですか?」
それは飯塚亮であった。
学校から帰る途中、「ハイキング行かね?」と軽いノリでアフリカまで連れてこられたのだ。
「こういうときは戦車かっぱらってズラかるのが定石だな」
絶対違う。
麗華と飯塚はほぼ同時に心の中でツッコミを入れた。
二人のジト目に気がついて不満げなライアン。
ここは人生の先輩としてお説教してやらなければと張り切って注意する。
「ダメだぞ男は黙して背中で語るもんだ。明人だったらAKかショットガン渡すと覚悟決めて黙るからな。あ、そうそう明人に拳銃より大きな銃渡しちゃダメだぞ。明人はチェーンガン生身でぶっ放すバカだからな」
ノリが軽すぎて説教になっていなかった。
さらにライアンは続ける。
「えー。作戦を発表します。じゃかじゃーん! 適当な兵士を殴ります。んで武器奪います。それを繰り返してどんどん大きい武器にしていきます。国連とNGOの職員を助けたら飛行機か戦車奪って逃げます。名付けて『オペレーションわらしべ長者』」
「ふざけんなー!」
田中の叫び声が響いた。
こうして地獄のハイキングが始まったのだが、二人が詳細を語ることはなかったという。
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