第15話 藤巻伝説
明人と藤巻は信金のVIPルームにいた。
水谷霞救出の時にエンジンをムリヤリ動かすために配線を直結したバイク。
その弁償をしなければならないのだ。
持ち主は現在、三島(未成年者)への略取、誘拐罪で逮捕されているがそれとバイクの弁償は別問題である。
酒井が揉み消してくれると邪悪な笑顔で言っていたが、お金だけは払うつもりだ。
酒井のような人でなしに頼むと善良な警察屋さんに迷惑がかかるに違いないからだ。
とは言ってもさすがの明人も修理費満額を現金で持っている訳ではない。
預金を下ろさなければならないのだ。
だが明人の預金は、この世の闇がたっぷり詰まった暗黒仕様。
一人で銀行に行くのが躊躇われるレベルである。
そこで明人は藤巻にバイクの修理の件で相談するふりをして銀行についてきてもらうことにしたのだ。
話は少し遡る。
◇
ホームルームが終わり下校する生徒達。
明人は意を決して藤巻に話しかけた。
「藤巻……さん? 少しいいか?」
「『さん』はいらん。留年したことを実感するからな……で、なんだ伊集院?」
「人のバイクを壊してしまって修理したいんだが相談に乗ってもらえるか?」
藤巻は目をパチクリさせたあと、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ああいいよ。車種はなんだ?」
幸いなことに藤巻は面倒見が良い人間のようだ。
明人は安心した。
だから素直に聞くことにした。
「車種……あまり詳しくないんだ……あ、そうか。三島がわかると思う」
「前から聞きたかったが花梨とつきあってるのか?」
ストレートな藤巻の言葉に明人は動揺した。
少なくともまだ彼氏ではない。
泣かしてしまい、正式な仲直りもまだである。
「い、いやなそこが難しくてだな……あと一歩なのだが……」
動揺をする明人を見た藤巻がうんうんと頷いた。
「お前の苦労はわかるぞ……伊集院。花梨は派手でアグレッシブな顔なのに頭の中は少女漫画とか童話の世界の住民だからな」
「わかるのか?」
「ウルフとか言われてるが、その実態はキャンキャン吠えながら腹を出して尻尾を振るヨークシャーテリア。……だがヘタレだ」
それは非常にわかりやすい例えだった。
二人は同時に頷き、そしてため息をついた。
銀行の支店内のATM。
そこには明人と藤巻しかいなかった。
藤巻を後ろで待たせ、明人がATMを操作する。
キャッシュカードを入れ、暗証番号を入力。
すると突然けたたましくブザーが鳴り響いた。
「な、何しやがった!」
「いやなにもしてない!」
突然のブザーに焦りあたふたとする両名。
すると銀行内から何人もの行員がやって来た。
とうとう
明人がそう思いながら携帯に手を伸ばすと行員が深々と頭を下げた。
「伊集院明人様。こちらへどうぞ。理事長を呼んでおりますのでしばしお待ちください」
二人は顔を見合わせた。
◇
話はVIPルームに戻る。
二人は本店に連行され、理事長の待つVIPルームへ通された。
「いやー。どうもどうも伊集院会長のご子息様」
初手から失礼な態度全開で脂ぎった中年男が恐縮していた。
「えー。お父様に何度もこの口座の件でアポを取らせてもらおうとしてたんですがね。いつも『息子に任せてある』って仰って……相手にしてもらえないというわけなんです」
明人が横をちらりと見ると藤巻が面白くなさそうな顔をしていた。
どうやら面倒なことに巻き込んでしまったようだった。
「えー。普通に考えると億単位の口座を一介の高校生がお持ちな訳がありません。そこでピンときました! これはマネーロンダリングの口座だと。いえいえ! このことは口外いたしません! それよりお得に増やしませんか!」
確かに一介の高校生の持つような口座ではない。
そうとられても仕方ない胡散臭さである。
明人が妙に納得していると理事長がパンフレットを差し出した。
それに書かれていたのは物騒な文字。
大麻畑でつかまえて! 大麻ファンド!
人質ファンド。身代金で超高金利!
人身売買ファインディング! 驚くほどの利回り!
それらには物騒な言葉が並んでいた。
「これはなんでしょうか?」
相手を警戒させないためか明人は冷静にかつ何でもないようなそぶりでそう聞いた。
「お父様の表に出せない資金の投資のお誘いです。どうでしょう、一口乗ってみては?」
不自然な笑顔を浮かべた理事長を尻目に明人は藤巻の方を向き、機嫌の悪い表情をしている藤巻に頷いた。
藤巻も明人の本意はわからなかったが、とりあえず頷き返す。
それが芝居の始まりだった。
「
明人はわざとそう言った。
一介の学生が数千万単位の金の最終決定権を持っているはずがないからだ。
そして明人は携帯で電話をかける。
相手はもちろんジェーンだ。
「はいはーい。電子の妖精ジェーンちゃんだよー」
所沢通信基地。
本来スペシャルエージェントであるジェーンには関係のない施設である。
だが元々FBIの情報分析出身のジェーンは何かあるたびに便利に使われているのだ。
この日も明人がやらかした後始末をしていたのだ。
「ホワイトハウスさん。大麻とか人身売買とか人質とかへの投資に興味ありますか?」
電話口から明人の声が聞こえた。
なにやら様子がおかしい。
「アキト何言ってんの?」
呆れ声と同時にクラウドストレージの更新通知が入った。
ジェーンが中を見るとアップロードされたのは何枚もの写真だった。
そこには明人に渡されたパンフの写真が納められていた。
「……わかった。酒井さんにも連絡する?」
「ええ。よろしくお願いします」
通話が切れるとジェーンは緊急回線で上司に連絡する。
「ジェーンです。中東で拉致されたエージェントの手がかりを得ました。ええ例のアニカ・ハンセンの件です。エージェント明人からの情報です」
◇
明人がジェーンとの通話を終えると、明人たちの対面のソファに座った理事長がにこにことしながら明人を見つめていた。
「上の方の反応はどうですか?」
「上々です。口座の運用を任せる許可が出ました」
明人は適当なことを言うと、遠くでパトカーの音が聞こえたような気がした。
理事長の携帯が鳴る。
理事長が携帯に出るとみるみるうちに青くなっていく。
「そ、そんなバカな! なぜだ! なぜ露見した!」
電話しながら明人の方を向く。
その瞬間、理事長の表情が何かを察したように豹変した。
理事長は慌てて懐から拳銃を取り出し明人の頭に突きつけた。
「お前……ただの金持ちのボンボンじゃないな!」
「CIAと埼玉県警のエージェント。これが一番わかりやすいかな」
正確には明人はどこにも属してはいない。
勝手に所有権を主張されているだけだ。
だが説明をするにはわかりやすいのだ。
「あの振り込みは全部本当……なのか……」
もちろん全てが本当である。
全てが真実だからこそ嘘に見えるのだ。
「撃て。遠慮はするな」
明人が挑発した。
圧力をかけることで相手が引き金を引くタイミングをコントロールしたかったのだ。
実際そのもくろみは成功した。
挑発に乗った理事長がトリガーにかけた指に力を入れた瞬間、明人の体が沈み、その足が拳銃を蹴り上げた。
銃声が響き、明人の鼻孔に硝煙のにおいが漂ってきた。
「っく!」
明人が起き上がるよりも早く理事長は明人ではなく藤巻に銃を向けた。
明人一人だったらどうにでもするだろう。
だが藤巻に銃を向けられては何もできない。
素直に両の手を上げる。
「動くな。こいつ撃つぞ!」
理事長は銃口を藤巻に向けたまま部屋を出ていった。
明人は藤巻が先ほどから黙ってるのに気づいた。
「おい藤巻! 撃たれたのか!?」
藤巻はぷるぷると震えていた。
恐怖からではないように見える。
明人は藤巻が手に持っていたパンフレットを横目でちらりと見た。
そこにあったのは……
奴隷ファンド ~小さい子が好きなあなたのために~
「おい伊集院……奴らは決してしてはならないことをした。地獄を見せねばならんと思わないか?」
それは地の底から響くような本能的な恐怖を刺激される声だった。
「ふ、藤巻……さん?」
「行くぞ明人。これは正義のためだ!」
そして一匹の狼が野に放たれた。
これが藤巻の伝説の始まりだった。
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