第14話 飯塚の人生も決まってしまった
「あの藤巻が復学だって?」
「だって火蜥蜴って藤巻のグループだろ?」
「いやさ、去年退学した村田が藤巻の名前を使ってただけらしいぞ」
「それでも怖いな……」
「絡まれたらどうしようか」
教室にひそひそ話が聞こえていた。
明人はどうでもいいとばかりに参考書を見ている。
実際のところ明人にはどうでもよかった。
会ったからわかるが、藤巻は人間関係に不器用なだけで、危険な人間ではない。
……はずだ。
学校に戻ってきても問題を起こすことはないだろう。
問題さえ起こさなければ噂も自然と消えるだろう。
明人が何かをする必要もない。
それよりも学業をどうにかしなければと思った。
学業、特に数学は前世の記憶があったため、当初は楽勝と言えるものであったのだが、中学で三平方の定理と証明が出た辺りから一気に雲行きが怪しくなった。
中学卒業まではなんとかトップクラスを維持したがこれからは難しいだろう。
努力しなければならない。
それに、ライアンの持ってくるアルバイトでは数学ができないと死ぬような場面に何度も遭遇した。
数字から複数の素数を見つけて暗号解析。
三回間違えると電流が流れて死亡……考えたやつマジでバカなの?
ジェーンいなかったら死んでたわ!
マニュアルモードでスペースシャトルの角度計算とかバカなの!
リアクション芸人でもやらんわ!
このまま行くといつか数学に殺される。
フィニッシュヒム! フェイタリティ!
やかましいわ!!!
明人は頭の中でセルフツッコミをしながら少しだけイラッとした。
「うわッ番長、殺す気満々だ!」
「巻き添えで死人出るぞ!」
「録画してうpするか……」
そんな明人を見て勝手なことを言いながら周囲は大騒ぎしていた。
当の本人の頭の中はくだらないことでいっぱいだというのに。
嫌なことを思い出したのと周りの喧騒のせいで集中力もどこかに散ってしまった。
ここでムリヤリ勉強してもはかどらないだろう。
そう明人は確信し、勉強するのをやめた。
時間を持て余した明人は飯塚の席の方に顔を向ける。
いつもだったら飯塚が話しかけてくれるところだ。
だが、今日の飯塚は様子がおかしかった。
ずっと窓の外を眺めている。
明人は困ってしまった。
平時の明人は口下手である。
戦闘中なら気の利いた台詞が次から次へと出てくるというのに、今は友人に声をかける方法すら見つからないのだ。
何か話題がないだろうかと考え辺りを見回す。
主のいない席が二つ見えた。
そのうちの一つはジェーンのものだろう。
ところがジェーンはまだ正式に編入してきていない。
後藤の件の処理や正式に日本に配置された分析官との打ち合わせがあるらしい。
明人は隣の席に目を移す。
そこも誰も座っていない。
どうやら休学していた藤巻が復学するらしい。
おそらく藤巻の席だろう。
三島たちも来ていない。
教頭こと後藤の件で職員室で事情聴取されているのだ。
吹けば飛ぶような私立がこれだけの騒ぎを起こしてもニュースにすらならない。
さまざまな隠蔽工作があるのだろう。
どちらも飯塚に話しかけるきっかけにはなりそうになかった。
結局、飯塚に話しかけるような話題を作ることもできず、数少ない友人たちもおらず、明人は時間を持て余すことになってしまった。
前世でもよくあることだったが、これは地味につらい。
うるさくて聞こえないはずの時計の秒針の音が聞こえるようだった。
人生の成功の秘訣は孤独に慣れること。
昔の偉い人がそう言ってたが、本当の孤独は時間まで無為に使うハメになることを明人は経験的に知っていた。
焦燥感とともに何かを思い出し胸に名状しがたい嫌なものがこみ上げてきた。
嫌な気分になりムリヤリに飯塚に話しかける話題を考える。
だが焦れば焦るほど何も浮かばなかった。
無表情でありながらも頭の中がごちゃごちゃになった。
そんな明人に救いの手が差し伸べられた。
それは男子生徒の興奮した声だった。
「お、藤巻だ! 藤巻が来たぞ!」
クラスが騒然とする。
教室のドアには藤巻の姿が見えた。
藤巻は教室を見回していた。
その藤巻と目が合った。
そのまま明人の方へやって来ると目の前に立った。
ごくりと息をのむクラスメイトたち。
明人と藤巻による容赦のない戦いを期待したのだ。
だが藤巻は周囲の期待に反した行動をした。
いきなり明人へ向かって頭を下げたのだ。
「伊集院、お前がいなければ妹を助けられなかった。……この借りは必ず返す」
「たいしたことじゃない」
明人はにっこり笑うと手を差し出した。
藤巻は差し出された手を握り返す。
それはクラスメイトたちにはあまりにも予想外な展開だった。
二人の握手にクラスメイトたちがざわついた。
「あの藤巻がすでに懐柔されてるだと……」
「番長マジで世界征服するつもりか!」
騒然とする教室。
そんな中一人の女生徒がつぶやいた。
「藤巻X番長だと……」
それを聞いた二人は喜怒哀楽のどれにも属しない微妙な表情をした。
◇
夕方の公園。
オレンジ色の夕日。
足下から伸びる影が寂しさを表しているようだった。
ベンチには一人の男。
飯塚亮である。
そんな時間まで飯塚亮は一人で悩んでいた。
恋人の斉藤みかんが拉致されたらしい。
飯塚はまたも守ることができなかった。
彼女を救ったのは伊集院明人なのだ。
ここまで事件が重なれば嫌でもわかる。
みかん達は何かの大きな事件に巻き込まれている。
それを伊集院明人は阻止しようとしているのだ。
彼は何かを知っているに違いない。
だがそれを聞いてどうする?
彼の手伝いができるとでも言うのか?
どう考えても自分は足手まといでしかない。
情けない。
考えても自分の無力感を痛感するだけだった。
「少年。リン○スを知っているかね?」
ベンチから立ち上がったところに突然声をかけられた。
飯塚が顔を上げるとそこには長身の外国人がいた。
ハリウッド俳優のような顔をした男。
筋骨隆々とした体格である。
そんな男は答えを返すこともできない飯塚に話を続けた。
「1989年にア○リの作った携帯ゲーム機だ。8ビット、16色グラフィック、当時では画期的な回転拡大縮小機能。左利き用に転換可能という画期的なユニバーサルデザイン。だが世界で250万台しか売れなかった。○ガのゲームギ○ですら1200万台も売れたというのに……」
何を言っているのかわからない。
15歳の飯塚にとっては生まれる前、それも生まれる10年前の出来事なのだ。
「高スペック機ゆえに重量はゲー○ギアの倍の700グラム。AA電池(単三)6本で稼働限界は3時間!!! ゲームをしながら筋トレまでできるマッチョ系ハードォッ!!! ……だがこの夢のハードをアタ○はたった4年で終了させてしまった……」
「えっと意味がよくわからないのですが……」
気弱な声で飯塚がそう言うと男は指を指し断言した。
「お前はリ○クスだ!!!」
「あの全く意味が……」
「お前は高スペックを生かし切れていない。ジャ○ー? 違うな! 貴様は○ンクスだ!」
「意味わかりませんから!」
「伊集院明人は低スペックだがあきらめない。そうあれはM○Xだ。初代MS○は8ビットの低スペックだがCOCOMの16ビットパソコン禁輸のせいで共産圏では子供の教育から宇宙開発にまで使用していたと言われる。まさに努力の結晶だ!!!」
実際は○SXは世界で400万台程度しか売れていないので、この例えは間違いである。
宇宙開発云々も噂に過ぎない。
明人なら即座にツッコミを入れていただろう。
残念なことに飯塚にはそれを見抜く知識はなかった。
だが伊集院明人を出されたことで、飯塚は男が何を言いたいかは理解できた。
論理を超えたところにある説得力がそこにはあったのだ。
「あ、あなたは何者なんですか!」
飯塚がなんとか声を絞り出すと男はにやっと笑い、手を差し出した。
「俺はライアン。伊集院明人の師匠だ」
「お前が大切なものを守りたいなら手を取れ。伊集院明人のいる世界へお前を連れて行ってやる」
飯塚は少し迷うと意を決したようにその手を取った。
「やります! みかんを守れるのなら!」
こうして飯塚亮も普通の人生から転げ落ちることになった。
そのことを知ってか知らずか飯塚の表情は晴れやかなものになっていた。
この先に待ち受ける試練など、この時は考えもしてなかった。
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