第16話 藤巻伝説2 ◇サラマンダー◇

「RPGだ! 逃げろ!」


 警官隊の悲鳴が上がる。

 殿しんがりだろうか。

 一人残った行員の持った武器からロケットが発射され爆発音が鳴り響く。

 パトカーが吹き飛び火花が上がった。

 警官や市民が逃げ回るその中を悠然と歩く男が二人。

 それは藤巻と明人だった。


「お前ら止まれ! 撃つぞ!」


 RPGを捨て拳銃を構える男性行員。

 だが藤巻はまるで男が存在しないかのように放置された白バイを引き起こしまたがった。

 明人も男を無視するかのように藤巻の後ろについて行った。


「おい! 無視してんのか!」


 男の怒鳴り声が響く中、藤巻が口を開いた。


「おっさん。こいつはリッターオーバー。重量270キロで100馬力。そんな豆鉄砲じゃ止められねえ。撃った次の瞬間にはテメエは挽肉だ」


 地の底から発せられたかのような恐ろしい声が響いた。

 男はその声に気圧された。

 その一瞬の隙を突いて、音もなく近づいた明人の拳が男の顔面にねじ込まれた。

 吹き飛ぶ男性行員を尻目に明人は藤巻に注意した。

 

「藤巻さん。俺は適当なの調達して後から追いかける。危ないと思ったら逃げろ。いいな!」


「危ない? だからどうした」


 藤巻は笑っていた。

 まるで悪魔のような表情で。



 日本の入り組んだ道路を器用にかつ無駄のない動きで走り抜けていく。

 久しぶりの追いかける立場。

 失敗はできないという緊張感。

 それに相反するかのように無駄な力みはなくリラックスしていた。

 そして集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。

 まるで五感全てがセンサーとして機能しているかのようだった。

 走っているとレースでの自分とマシンが一体になるあの感覚が蘇って来た。

 自分も含めた世界の全ての時間がゆっくりと流れ、一瞬の攻防で勝負が決まるあのモトクロスの世界での感覚。


 ここでようやく藤巻は兄との戦いの中で自己の中で生じた超能力の正体を感覚として理解した。

 超能力などではなかったのだ。


 ゾーン。

 ピークエクスペリエンス。

 またはフローと呼ばれる状態。

 スポーツなどで極限まで集中したときに脳が全てのタスクをスポーツの処理へ集中し、その処理に必要のない無駄な情報を遮断することによって脳の処理を一時的に引き上げる状態と言われている。

 一流の選手はこのゾーンを体感しているものが多いと言われている。


 元々藤巻がモトクロスのレースで培った力だったのだ。

 そして今、兄との戦いの時と同じように藤巻はゾーンへと入っていた。


 藤巻の脳は無駄な処理は遮断していた。

 だがその本能と経験からもう一つの能力を呼び起こすことを決断した。

 藤巻のモータースポーツ選手として鍛えられた空間把握能力。

 その空間把握能力と五感全ての神経を使い脳内で上空から見た映像を作り出す。

 その映像から車列の隙間をすり抜け、理事長を追跡していく。


 前方に白い悪趣味なベ○ツが見えた。

 Sクラス、スモークガラス、まさにヤクザ仕様。

 その後ろをパトカーが追っているのが見えた。

 突如パトカーが炎をあげながら吹き飛んだ。

 藤巻の主観的時間が止まる。

 無理にかわそうとすれば激突する。

 そう判断した藤巻は真っ直ぐ炎に突っ込んだ。



 ベ○ツの中にまでパトカーの耳障りなサイレンが響いてきた。


「クソッ! なぜだ! なぜだ!」


 信用金庫理事長が頭をかきむしる。

 金代組との共同事業である世界各国のテロや犯罪へのファインディング。

 それが全て露見してしまった。

 伊集院家の力を侮っていた。

 ただの没落華族ではなかったのだ。

 ちゃんと背後関係は洗ったはずだ。

 伊集院家も検非違使別当などの家系とも聞いていなかった。

 だから当然のようにあの不自然な金の動きがある口座をマネーロンダリングの口座だと思っていたのだ。

 まさかあれが警察の裏金の口座だなんて。

 完全に予想外だった。

(まだ若干の勘違いが存在している)

 もう自分は終わりだ。

 理事長は確信した。

 世界中のありとあらゆる組織に命を狙われる。

 警察も含めてだ。


 自身の破滅を自覚した理事長は金代組から提供された対戦車擲弾、RPGを箱から取り出した。

 パトカーを吹き飛ばしてやる。

 そう決心し、サンルーフから身を乗り出しRPGを構えた。


「平和ボケの警官どもが!」


 RPGを構える理事長の姿に取り乱すこともなく真っ直ぐ進んでくるパトカーにそう毒づくとRPGを発射した。

 後方噴射バックブラストの炎が発射の反動を相殺し、ロケットがパトカーへと突き進む。

 ロケットが着弾し炎を上げパトカーが吹き飛んだ。

 だがその炎から何者かが現れる。

 それは白バイ。

 だがその操縦者は学ランを着た男。

 それは伊集院の息子の横にいた少年だった。


「き、さ、まあああああああッ!」


 理事長はRPGを投げ捨て、拳銃を懐から出し、引き金を引いた。



 ゆっくりと拳銃のマズルフラッシュが見え弾が突き進んでくるのが見えた。

 それは額に命中する角度。

 藤巻は慎重に首を横へ倒す。

 頬を弾がかすめ皮膚を切り裂いた。

 痛みは感じない。

 それだけ集中していたのだ。

 頬から流れた血液が球状になり宙を漂うのを感じた。

 そして二発目。

 これは当たらない。

 微動だにせず直進する。

 三発目が体に当たる軌道だったのを確認すると最小限のハンドル操作でそれをかわす。

 ベ○ツに最高時速で負けている分を巧みな運転技術で徐々に追い詰めて行く。

 それに対してベ○ツは狭い日本の道では他の車が邪魔で最高時速には至ることができていなかった。

 鬼の形相でベ○ツを追いかける藤巻。

 それは、まるで炎を浴びることで強大になったかのようだった。

 それを見た理事長が声を漏らした。


「さ、サラマンダー……」


 後に伊集院明人の右腕として世界中の悪党子供の敵を恐怖に沈める男。

 『サラマンダー』藤巻隆二の中に眠っていた才能が開花したのである。

 

 藤巻は道路の先にあるもを見つけた。

 それはレッカー車。

 レッカー中だったらしく、ちょうどジャンプ台のようになっている。

 藤巻は躊躇せずにレッカー車の方へ向かう。

 モトクロスの選手である藤巻はジャンプは得意だ。

 ただ公道でしかも白バイでそれをするのは初めての経験だが。

 ジャンプの離陸寸前にアクセルをひねり加速状態を作り大空へ飛び立つ。

 バイクと一体となった藤巻が宙を舞う。


「喰らいやがれええええええぇッ!」


 理事長が空中で飛ぶバイク目がけて拳銃を発砲した。

 そのうち一発が命中し、ガソリンタンクに命中した。

 そのことを藤巻は気づかない。

 止められないと判断した理事長が車内に逃げ込む。

 重量270キロの鉄の塊が時速190キロに迫る勢いで速度で降り注ぐ。

 その衝撃は天井を破壊し、窓ガラスをぐしゃぐしゃに破壊した。


「くそッ! 喰らえ!」


 理事長は焦りでたらめに拳銃を撃った。

 それがガソリンの爆弾に火をつけたのだとも知らずに。

 一瞬の間を置き、バイクが爆発した。

 爆発で吹き飛ぶ藤巻。

 生身で吹き飛ばされ地面に激突する。

 ごろごろと転がるとバイクの破片が吹き注いだ。

 そして近くで起こった二度目の爆発。

 そこで藤巻は意識を手放した。



 理事長はよたよたと足を引きずりながら金代組の事務所が入っているビルを目指した。

 最初の爆発で外に放り出されたせいか、奇跡的に軽症ですんだ。

 もう金代組の事務所に逃げ込むしかない。

 殺されないためにありとあらゆる情報を与えて命乞いするつもりだった。


 組事務所の入り口のブザーを鳴らす。

 返事が返ってこない。

 何かあったのだろうか?

 ノブを回すとドアが開いた。

 中を見渡すと組員たちが仰向けに倒れている。


「君が最後ですか」


 美しいソプラノボイスだが感情を込めない声が聞こえた。

 声の主はセーラー服を着て、髪をセミロングにした女学生だった。

 腰には変わった形の太いベルト。

 そしてそこから剣が差されていた。


「ボクは山田浅右衛門響子。公安のエージェントです。そしてさよなら」


 そう言うと腰の日本刀に手をかけ一気に抜いた。

 それは理事長には全く見えなかった。

 高速の斬撃が理事長の首目がけて迫った。

 そして理事長の首に到達するというその時だった。

 二本のナイフが刀の軌道に現れた。

 それが日本刀を挟み込み、そのままはじき返す。

 山田浅右衛門の目の前に男がいた。

 学ラン。眼鏡。

 金髪を坊主頭にした男。

 それは伊集院明人だった。


「ボクの剣が防がれたのは初めてです。あなた誰ですか?」


「埼玉県警の伊集院明人だ」


 つい埼玉県警を名乗ってしまった。

 CIAにしておけば良かった。

 明人は少し後悔した。


「そいつには犯罪ファンドの全貌を吐いてもらわないと困る。殺すな」


「あのライアンの弟子ですね。わかりました。引きましょう」


 最初から殺すつもりはない。

 だが目の前の人物に恩を着せて貸しを作っておくのはいいことだろうと山田浅右衛門は判断した。


(手加減したといえどもあんなオモチャのようなナイフでボクの斬撃を止めた。噂よりも何倍も強い)


(ナイフで止めても腕どころか首まで持って行かれるイメージしかわかなかった……完全に手加減された)


 これが明人と長いつきあいになる山田浅右衛門との出会いだった。

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