第12話 THE 説明回

 あれから数日が経過した。

 次のイベントにはまだ数日ほどある。

 そんな中、明人は病院に来ていた。

 目を覚ました教頭が「伊集院明人以外とはしゃべらない」と言い張っているらしいのだ。


「おそらく動けないと思うけどね。何かあったらすぐに呼んでくれ。銃を持ってたとしても君より弱いけどね。まあ壁くらいにはなるだろ。あははははははは!」


 酒井が楽しそうに問題発言をしながら明人を案内する。

 病室に至る通路には何人もの警官が配置され、酒井に敬礼をしている。

 こんな人でなしの部下になるなんて可哀想に……

 明人は素直にそう思った。


「じゃあ頼むよ! あ、ヘリの件は米軍と一緒にもみ消しとくから安心してね♪」


「なんかすいません」


「あっはっはっはっは! 」


 酒井はカラカラと上機嫌に笑うと明人を病室へ送り出した。

 何かあっても酒井にだけは頼らない。

 明人は心に決めた。

 まじめに勤務している警官に迷惑がかかってしまうのだから。

 病室へ入ると声がした。


「やあ、俺の誘いに応じてくれてありがとう。このオタク野郎が!」


 それは教頭の声だった。

 あちこちの骨が折れているせいか、頭までベッドにベルトで固定され、うまくしゃべるとができないのかマイクが口元に置かれているという、無残な姿だった。

 その姿はまるで某連続殺人犯が全身を拘束されている姿のようにすら見えた。


「ああ、これかお前のせいでこの姿だ! てめえ菊池か? 鈴木か? 前田か? ああ? コラァッ!」


「誰のことだ?」


 明人には覚えがなかった。

 菊池、鈴木、前田?

 やはり全く覚えがない。


「とぼけてんじゃねえ! テメェも、らめ(略)のスタッフだろ! 俺だよ! 俺! BGM担当の後藤だ!」


 スタッフ?

 どういうことだ?

 疑問に思いながら明人は記憶を探る。


「らめ(略)のBGMはDJ小野崎じゃないのか?」


 その疑問を口にした瞬間、心電計が激しくエラー音を響かせる。


「テメェッ! 何言ってんだ! 小野崎のクソ野郎は俺たちを置き去りにして逃げやがっただろ!」


 口から泡を吹きながら教頭が怒鳴り散らす。

 心電計はずっとエラーを吐き続けていた。


「お前……もしかして記憶飛んでるのか? ああクッソ! 仕方ねえ……教えてやるよ」


 それは酷い話だった。

 その頃は後藤と呼ばれる男だった前世の教頭。

 その後藤がこの世界に来るまでの話である。

 後藤、菊池、鈴木、前田はゲームクリエイター専門学校の同級生だった。

 後藤は動画投稿サイトでいわゆるP、デジタル・オーディオ・ワークステーション(DAW)と音声合成ソフトで作曲した曲を動画投稿サイトにアップロードするアーティストの一人であった。

 ある日、後藤に動画投稿サイト経由で、ある仕事が舞い込んできたのだ。

 それは、らめ(略)のBGM制作のアシスタントの仕事だった。

 実績のある会社。

 スタッフはエロゲとしては一流。

 ゲーム専門学校と言えどゲーム業界に就職できる保証はない。

 一流スタッフの関わる仕事に後藤は喜んだ。

 そんな中、後藤はプロデューサーに呼び出された。


「人手が足りないから、友人を紹介してくれないか?」


 後藤はプロデューサーの期待に応えようと、『友達』ばかりか、『友達の友達』にまで声をかけた。

 こうして集まったのが同じ学校に在籍する10人。

 プログラマーの卵、CG投稿サイトで細々と活躍するイラストレーター、それと8人の自称シナリオライター。

 激しい役立たず感がするが所詮は雑用だ。

 修羅場の中で実地で教え込めば何とかなるはずだ。

 後藤は自分を納得させた。

 ところが、ここで事態は最悪の方向へと突き進む。


 10人の学生を連れて後藤がオフィスに着くとそこはもぬけの殻だった。

 パソコンすら存在しない、がらんどうのオフィス。

 それはまさしく夜逃げだった。

 後藤はすかさず関係各所に電話した。

 

「お前ら全員、会社の連帯保証になってるから」


 それはこのプロジェクトに出資したAV制作会社の社長の言葉だった。

 もちろん法律的には、メンバーのほとんどは未成年であるし、契約書があるわけでもないので、この理屈は通用しない。

 だが、彼らは年若く法律の知識などない。

 もちろんAV制作会社側も誰かに相談されるところまでは追い込まない。

 自分たちも後ろめたいことをしているという自覚はあるのだ。

 彼らの担当になったAV制作会社の社員は言った。


「納期までにゲームを作ってくれたら借金免除してやるよ」


 AV制作会社もスタッフの名前だけでゲームが売れるに違いないとタカをくくっていたのだ。

 そんな門外漢の適当な言葉にまんまと彼らは乗せられてしまった。


 こうして後藤を含む、11人の素人のデスマーチが始まったのだ。



 画面に表示されるのはエラーコード。

 ゲームエンジンすら作りかけだったのだ。

 イライラとした口調でプログラマーの前田がぼやく。


「なんでお前らゲーム学科でプログラムできないんだよ!」


 シナリオライターたちがむきになって反論する。


「シナリオ学科じゃ習わねえんだよ! だいたいプログラムとかやってられっかよ!」


「つうかエロシーンどうすんだよ! 俺童貞だぞ!」


「俺も!」


「俺もッス!」


「俺もでごわす!」


「俺は違うけどな……(ぼそッ)」


「お、俺はお前が死ぬまで殴るのをやめない!」


「まあ俺は処女でないのだがな。BL的に」


 ざわッ……。(全員が一斉に退く音)


「つかさ、AV見てそれを実況すりゃいいんじゃね?」


「ソレダ!!!」


「BGMどうすんだよ!」


「あー、やるよ! やりゃいいんだろ!」


 後藤はイライラとそう答え、歯ぎしりした。

 それは屈辱だった。

 クオリティなどどうでもいい。

 フリーのループ素材を適当につなげただけのやる気のない音楽の粗製乱造。

 納期に間に合わせるにはそれしかなかったのだ。


 プログラムの方も同様だった。

 すべてのコードをオープンソースからの盗用で作成。

 理解してないコードの乱用によるバグの連発。

 動けばいいというレベルの凄まじい化け物ができあがっていった。

 CG担当は過労死に突撃するかのごときスピードで、高クオリティのCGを書き上げていく。

(これが絵だけのゲームと呼ばれる原因である)

 一方役立たずと思われたシナリオライターたちも序盤だけで放置されたシナリオをなんとか完成させようとしていた。


 すべての作業が日程も決まらず並行して行われるという場当たり的な制作環境。

 リーダー不在で混乱する現場。

 仕様変更の嵐。

 その負担は一人しかいないプログラマーへ集中した。

 彼らはプロジェクトが失敗へと突き進んでいることすら気がついていなかった。


 そして事件は起きた。


「後藤! 前田はどこに行った!」


 怒号が響いた。

 朝からプログラマーの前田に電話がつながらない。

 制作途中で失踪したのだ。

 

「クッソ! ふざけんな! どうすんだよ!」


 後藤の叫び声が響く。

 誰もがプロジェクトの失敗を確信した中、シナリオライターの一人である菊池が恐る恐る提案した。


「もうさ。これで出荷しちゃえばいいんじゃね? エンディング適当にくっつけてさ後はパッチでなんとかして……」


 その場にいた全員が顔を見合わせ、そして情けない顔をして頷いた。



 ピーッピーッという電子音が規則正しく病室に鳴り響いていた。

 明人はため息をつく。

 なるほど、なぜあれほどのスタッフがとんでもないゲームを世に出したのかが理解できた。


「で、発売されたのはあのクソゲーだったのさ」


 教頭こと後藤は楽しそうにそう言った。

 いや楽しくなんてないのだろう。

 これは自虐なのだ。

 だが明人は教頭に同情している余裕などない。

 教頭からなんとか情報を聞き出さなければならないのだ。


「お前が制作陣の一人なら真相を知っているはずだ。誰が犯人なんだ?」


 明人は小細工など使わず直球で聞いた。

 教頭はにやりと笑う。


「いない。真相もない。結末の変化は飯塚が生き残るかどうかだけだ」


「なぜだ?」


「俺たちは納期に間に合わすためにシナリオを八分割にしてシナリオライターどもに好きに書かせたんだ。真相や背後、ましてや整合性なんか存在しないのさ」


「だが俺は初日にプレイヤーが知らない事件が裏で起こっているのを見た」


「そうだ。この世界はすべての事件にムリヤリ整合性を持たせようとしているのさ。俺たちが無駄に強いのもそのせいだ。お前も制作者ならわかるだろ?」


 どうにも話がかみ合わない。

 そもそも明人の戦闘力は努力の結晶である。

 何度も死にそうになって手に入れたものなのだ。

 この認識の差は理解に支障をきたす。

 そう判断した明人は真実を打ち明けることにした。


「いや違う。……俺は制作者じゃない。俺はこのゲームをプレイ中に死んだプレイヤーだ」


 それを聞いた後藤は目を丸くしていた。

 そして少しの間、ブツブツと独り言をつぶやいた。

 明人には頭の中を整理しているかのように見えた。

 一通り考え終わると後藤は明人を見据えた。

 

「なるほどな……今までにないイレギュラーだな。もしかするとこれが……おい、いいことを教えてやる。一年間女たちを守り切れ。俺たちは何度試してもそこには至っていない。まあ俺はとうにあきらめたがな」


「何度も?」


「ああ、何度もだ。俺たちが何もしなくても女どもは死ぬ。そして俺たちは斉藤みかんが死ぬたびに一年間が巻き戻るわけだ。もう百週はやっている。頭おかしくなりそうだぜ! いやもうおかしいのか」


 その台詞は明人の経験とは違う。

 明人は15年も前から伊集院明人であり、記憶が戻ったのも3年前ことなのだ。


「俺は伊集院明人を子供の頃から15年やっているが……?」


「お前本当にナニモンだ……?」


 後藤は興味深そうに明人を眺めた。

 明人には、その目にある種の期待が込められていたように見えた。

 だが後藤は自身の中でそれを打ち消すように鼻で笑ってから言った。


「まあいいや。もう一つだけ教えてやる。仲間を作れ。それがお前と女たちが生き残るただ一つの方法だ」


「なぜだ?」


「それは自分で確かめろ! ケケケケケケケッ!」


 笑う後藤を前に明人の脳裏に二人の男が浮かんだ。

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