第11話 教頭
「ジェーン……友達が拉致された……」
「それって前に明人が言ってた『殺される女の子』ってやつ?」
「ああ、俺が未来を変えたはずなんだ! でもストーリーが変化してる……三島は……三島は拉致されないはずなんだ!」
三島はプロローグで酷い目に会い、中盤で傷ついた姿で飯塚の前に現れる。
飯塚と助け合いほのかに恋が生まれようとした直後に……完全に壊され殺害される。
最低のイベントに突入するのだ。
だが、今回のように序盤で拉致されるはずがない。
それは田中もだ。
彼女は原作には名前すら出てこない。
どんな手を使っても助け出さなければならない。
だがどうやって?
明人にとっては彼女らはもはやゲームの登場人物ではないのだ。
誰もが大事な友人だ。
明人は歯軋りをしながら鬼のような顔になっていた。
「明人! しっかりして!」
突如、明人の胸倉が掴まれた。
「あんたはライアンの弟子よ! こんな時、ライアンだったらどうするか考えて!」
「じょ、情報の洗い直し」
「考えて明人。今ここで得た情報になにか鍵があるはず」
「……プリンターからダウンロードしたデータだ!」
ジェーンは端末からダウンロードしたデータを画像変換し端末に表示する。
「明人……あんたへのメッセージよ」
伊集院明人。
友人を帰して欲しくば地下の駅のホームへ来い。
明人はそれを見た後ジェーンの方を向いた。
鬼のような表情ではなかった。
「ジェーン。頼みがある。奴らが大人しく人質を帰してくれるとは限らない。だから……」
「彼女らの捜索ね。大丈夫。下調べはしてるから顔はわかる。……貸しだからね」
「……ありがとう」
「私さ。学校って行った事ないんだ。だから……一緒に学校行こ」
ジェーンはニコッと笑った。
「約束だ」
明人は優しくそう言った。
◇
地下に降りて駅を目指す。
薄暗い地下鉄の通路を進んでいくと光が見えてくる。
ホームだろう。
明人はホームに駆け上がる。
煌々と暗闇を照らす光の中で男がベンチに座っていた。
「みんなはどこだ?」
明人はゴミを見るかのような目でそう言った。
「ああ無事だよ。学校の俺の部屋の隠し扉の先にいる。なあ、らめ(略)のプレイヤーよ」
明人は戦慄した。
だが同時に納得した。
自分もここにいるのだ。
他のプレイヤーが存在しない道理はない。
「もうわかったみたいだね。君と同じだよ。埼玉にロサンゼルスがない世界からやって来た。君のように運命を変える努力はしなかったがね」
「何の話だ?」
明人はしらばっくれる事にした。
渡す情報は少なく、得る情報は多いほど有利だからだ。
「隠さなくていいさ。斉藤みかんとウルフのイベントの回避。それでわかったよ。あー秋山君と楽しみにしてたのにな」
明人の中で怒りが込み上げる。
だが表情には出さない。
「お前は……起こることを知っていて事態を変えようとしなかったのか?」
「いやー楽しい人生だった。お前にぶち壊されたけどな……伊集院。いや名も知らない俺らよ……悪は楽しいぞ!」
心の底から楽しそうな顔だった。
それを見た明人は眼鏡をクイッと上げた。
言葉は要らない。
あの顔に拳を叩き込めばいい。
「納得してない顔だな。それにしても傑作だ。エロゲやってたキモオタがいまさら正義の味方か?」
明人は無言を貫く。
かける言葉などない。
この世界が何だろうが関係ない。
明人は今を現実と信じるだけだ。
ただ己を貫くのみである。
明人は教頭を見た。
50歳程度に見えるが、もしかするともっと若いのかもしれない。
教頭からは、年齢を重ねた人間の深みというものが感じられない。
だが油断は禁物だ。
教頭は体育教師の秋山のようになんらかの特殊な戦闘法の使い手かもしれない。
明人は両手を広げ大きく構えた。
「中国武術か……?いいねえー。ヒーローっぽいじゃないか!」
そう言うと教頭は腰を落とした。
銃だ。
明人は真後ろを向き、銃を確認する前に腕を振り回しながら、頭を地面につけるほどに下げ体で円を描きながら跳躍する。
中国拳法において
回転をしながら空中を飛ぶ明人を銃弾が掠めた。
教頭の背後に着地した明人が攻撃しようとすると、教頭の姿が消えた。
回転しながら上体を地に伏せた教頭が、自分の後方に足払いを繰り出す。
それをバックステップでかわすと教頭が笑っていた。
「君さ、自分だけが特別だと思ってるのか?」
明人は自分を特別だとは思っていない。
ただ死より卑怯に生きるのが怖かっただけだ。
耳を貸す必要などない。
「俺の前世はくだらない人間だった。大声を出す強いものに怯え続けてさ。だからこの世界では好き放題生きるって決めたんだ」
教頭は銃を明人を向け至近距離から引き金を引く。
明人は引き金を引くよりも早く教頭の懐に飛び込み、教頭の腕を手で押し反らす。
「ふむ。動きが早くて銃では仕留められないか……」
そう言うと教頭は銃を手離した。
一瞬、腰だめになったと思うと懐に手を入れ一気に何かを引っ張り出す。
「知ってるかい? これはダガーナイフ。そう元の世界では発売禁止の武器だよ」
両手にダガーナイフを持った教頭。
教頭はダガーナイフの刃の腹に人差し指を当てている。
「ああ、これかい? こうすると人差し指を指した場所に刃の先が来るのさ。便利だろ?」
そう言いながら教頭はナイフを持ったまま明人を指差した。
ナイフの刃が明人の方を向いていた。
「さあやろう」
斜めに振り下ろされたナイフが明人を襲う。
明人は教頭の腕に手を滑り込ませて勢いを殺し、そのまま手を下に誘導する。
教頭がもう片方の手で明人を突き刺そうとする。
その手を押さえ、教頭の顔面の方へ押し出した。
「死ね!」
そのまま腕力でクロスした両手を明人の首目掛けてふり抜く。
明人は頭を下に下げナイフをくぐった。
そのまま明人は教頭の横っ腹目掛けてボディブローをねじ込もうとする。
同時に教頭も肘を明人の顔面へ目掛けてふりぬいた。
打撃は同時にお互いの体へ到達し、明人の顔は後ろにぶれ、教頭の体は九の字に曲がった。
「あははははははッ!楽しい!楽しいな!」
教頭は笑っていた。
明人はずれた眼鏡を片手で治す。
怪我や痛みなど気にも留めない。
「お前は過去の俺だ。卑怯で卑屈で弱い俺だ……」
明人が感情を込めずにそう言うとナイフが襲った。
腹を狙う横薙ぎの斬撃。
それをすんでのところでかわすと、もう片方の手で斜めの斬撃が明人を襲う。
明人は、満面の笑顔でナイフで斬りつけて来た、その腕に渾身のフックを放つ。
べきりという音がした。
「……最高だ!最高だ!最高だ!」
腕が折れたにも関わらず喜ぶ教頭。
完全に常軌を逸した目をしていた。
「あはははは! 面白い! 面白いぞ! 伊集院明人! ああ遊ぼう! 遊ぼうじゃないか! 一年間全ての女を守ってみろ! あはははははは!」
笑いながら折れていないほうの腕で何かを投げる。
爆音とまばゆい閃光。
光によって目の神経が異常をきたし真っ暗になったあと、徐々に光を取り戻す。
フラッシュグレネードかもしれない。
目を開けるとそこに教頭の姿はなかった。
明人は敵を逃した悔しさで地面を殴る。
タイルがばきりと割れる音がした。
◇
三島花梨は見知らぬ部屋で目を覚ました。
蛍光灯の明かりが照らしている。
周りを見回しても、窓すらなかった。
花梨の横には女の子たちが倒れていた。
生徒会長の田中に須藤杏子。
それと知らない子が二人。
顔を知らない女の子。
一年だろうか。
それとなぜか小学生までいる。
少し頭のもやが晴れ正常な思考が戻ってきた。
花梨はハッとすると自分の体を凝視した。
衣服に乱れはない。
ひどいことをされた形跡もない。
縛られてすらいなかった。
花梨はほっとした。
部屋に出口は見当たらない。
花梨は他人事のようにホラー映画でそういうのがあったなあと思った。
すると少し怖くなった。
するとなぜか明人の顔が頭に浮かんだ。
顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
会いたい。
昼間は急に悲しくなって逃げてしまったが、こんなことならちゃんと話を聞いてあげればよかった。
花梨は少しだけ悲しくなり、体育座りしながら膝に顔を埋めた。
どん、どん、どんっと壁を叩く音がした。
花梨は一瞬ビクッとすると勇気を振り絞って音の方に近づいた。
「三島! 無事か!」
「あー! 焦るな! 叩くな! 今開けるっての!」
明人だった。
それと昼間の女の子。
少しだけ悲しくなった。
電子音が響き壁が横にスライドした。
飛び込んできた明人。
その顔は真っ青になっていた。
「よかった!」
がばっと抱きしめられる。
恥ずかしい。
「し、し、し、心配なんていらない! ひ、ひ、ひ、一人でも大丈夫だ!」
と言いながらも安心したせいでボロボロと涙が出てくる。
そのまま明人の胸に顔を埋めた。
「ジェーン。みんなは?」
「寝てるだけ。それにしてもどうやったんだろ?こんなに大勢……」
ジェーンがそう言うと明人は携帯を取り出し花梨を抱いたまま、どこかに電話をかけた。
液晶のガラスが割れているのが怖い。
「ええ……お願いします……はい。ありがとうございます」
明人は異常ほど酷い発音の英語で喋っていた。
感情の一切こもらないその声が怖い。
どこに電話をかけているのだろうと不思議に思っていると、明人が携帯電話をジェーンに差し出してきた。
「電話代わってくれって」
電話に出ると自分とこの一番偉い人が電話に出た。
「だ、大統領!」
「ジェーン……君に国家の存亡がかかっている。というか俺の命がかかってる……エシュロンの全機能の使用許可を出すから明人をサポートしろ……いや助けてください……たーすーけーてー!!!」
ジェーンは口をパクパクさせながら明人の顔を見る。
爽やかな笑顔だった。
だがそれは半年前に間違えて後ろから銃で撃ったときよりも遥かに怖い顔だった。
◇
無人の雑居ビルに教頭はいた。
非常に楽しかった。
たまにはこういうイレギュラーもありだ。
まさか拳で腕をへし折られるとは!
楽しい。
楽しすぎる。
正義の味方ごっこだろうか。
中の人は誰だろうか?
今回の遊びは最高に楽しい。
今度は楽しい一年になりそうだ。
声をあげて笑った。
すると笑いを邪魔するように騒音が聞こえる。
バラバラバラ……
ヘリの音だろうか。
バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラッ!
どんどん近づいてくる。
窓から強い光が照射された。
光の先にあるのはヘリ。
その横からいわゆるガトリングガンをビルに向けた金髪坊主頭が見えた。
坊主の口角が上がる。
マズイ。
そう思った瞬間。
窓が吹っ飛んだ。
続いてテーブル、それに床が吹き飛ぶ。
無駄とわかっていながらも拳銃を撃って威嚇しながら出口へ逃げる。
すでにスクラップになった扉を乗り越え非常口を目指す。
聞いていない。
アイツは何者だ。
ゲームの伊集院明人はあんなヤツではなかった。
顔と金だけの男のはずだ。
あんな攻撃力が振り切れた男ではないはずだ!
例え中の人間が何者であろうとも伊集院明人という運命に縛られるはずだ。
物語を変えようとあがいても無駄なはずなのだ。
教頭も何百回も悲劇を変えようとして全てが徒労に終わったのだ。
それがそれが……!
後方で爆発が起こった。
吹き飛ばされてゴロゴロと転がるとヘリの音が聞こえた。
すでに非常口側に周って来ていたのだ。
「ちょ! ちょっと待て! 俺を殺したら情報を得られないぞ! わかってんのか!」
相手が何を考えているかわからず混乱しながら喚く。
さすがに殺されるのは嫌だった。
だから情報をくれてやる。
そう甘いことを思っていたのだ。
ガトリングガンを向けた男の眼鏡がきらりと光ったように思えた。
「貴様は三島を泣かせた」
感情のこもらない声が聞こえた
ヤツは本気だ。
そう思った瞬間、教頭は非常階段から外へ飛び出した。
非常階段が一斉射撃でスクラップになる様を眺めながら教頭は落下して行った。
◇
あのバカ。
完全に頭に血が上ってる
しかも周りにいる連中までバカなのだ。
拳銃を構えた黒い背広の集団。
日本のエージェントである忍者。
クールで優秀な日本のスパイと聞いていた。
ところがどうだ!
ヘリでの襲撃など明らかにムチャクチャなことをしているにも関わらず誰も止めない。
それどころか、「ヒャッハー! お嬢さんのカタキ!」とか「明人さん。殺っちゃってくだせえ!」とかの声が聞こえる。
だめだこいつら……とジェーンが頭を抱えていると悲鳴が聞こえた。
「ぎゃあああああああああッ!」
ガシャーンッという音とともに道路に駐車された自動車目掛けて何かが降ってきた。
人だ。
忍者達が銃を取り出し、壊れた車を囲む。
血まみれの男がむくりと起き上がり、そのままふらふらとした足取りで車を降りた。
ヘリからロープが降り何者かがスルスルと降下してきた。
それは伊集院明人だった。
着地した明人は眼鏡をクイッと上げる。
「貴様には色々聞きたいことがある。だが死ね」
教頭は震える手で拳銃を構える。
引き金の指に力を込めた瞬間、教頭の顔に下からの凄まじい風圧が当たった。
下を見ると打ち上げられた拳が迫ってくる。
拳は教頭のアゴにめり込み、衝撃が頭を打ちぬいた。
教頭は空中で回転し、そのまま頭から地面に激突した。
◇
「で、全身の骨へし折って尋問すらできなくしたと」
「ついかっとしてやった。でも後悔してない」
「ほう……明人はかっとするとヘリを持ち出すわけね」
ジェーンは心の底から呆れた声を出した。
仕方ないこういうヤツなのだ。
その証拠に反省の色は全く見られない。
「はいこれ」
ジェーンはUSBメモリを明人へ投げた。
「倉庫にあったサーバーの通信記録やらなんやら。『シナリオライター』って単語が何度も出てるわ。明人わかる?」
「いやわからん」
明人は嘘をついた。
いくつか思いついた。
シナリオライター。
普通に考えれば犯罪者のコードネームかもしれない。
もしかするとゲームのシナリオライターだろうか?
らめ(略)のシナリオライターかもしれない。
どちらにせよ後でゆっくり吐かせればいい。
明人が平静を装いながら腹の中で黒く笑ってるとジェーンはいぶかしむような表情をしていた。
「そうやって情報を隠されるのはムカつくわ。今度はちゃんと教えてもらうわよ!」
「すまない。日を改めてちゃんと説明する」
もうちゃんと言うべきなのかもしれない。
明人が決心をするとジェーンはニコッと笑った。
「あ、そうそう。言うの忘れてた。私に正式な命令が出たわ。明人を篭絡しろってさ!」
明人の背中に嫌な汗が流れた。
「ホントは今度の任務も一ヶ月限定だったんだけどね。大統領が明人手に入れるまで帰ってこなくていいって! エシュロンも使いたい放題! よろしくダーリン♪」
サンフランシスコ生まれの陽気なメリケン娘が向日葵のように明るく笑った。
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