第10話 リボルバー
明人は校門を抜けてゾンビのようにヨタヨタとした足取りで学校近くのファミレスへ向かう。
ジェーンに会うためだ。
彼女を下手にバーガー屋などに連れて行くと『こんなもん肉じゃねえ!』という全力で罵倒してくるので、甘味がある店にした。
普段青いケーキとか食べてる味覚オンチに気を使わなければならないのは大変遺憾である。
明人が店に入ると、立ち上がって手を振っているジェーンが見えた。
「あきとー! ケーキ! ケーキ!」
いきなりそれか!
明人は呆れながらジェーンの方へ近づいて行った。
明人が近づくとジェーンは腰を下ろした。
なぜかジェーンからごとりというやたら重量感のある音がした。
「……ジェーンさん。例のアレ持ってるでありますか?」
明人は席に着いて努めて冷静にふるまいながら聞いた。
『何言ってるの?』と言わんばかりの顔。
「ふえ? いつも持ってるよー!」
「どうやって空港突破したでありますか?」
「んー。基地に送って日本についてから受け取ったのー」
悪夢だ。
明人は思った。
このジェーンには過去三回殺されかかっている。
絶対にアレを出させてはならない。
「でねー明人。明人のPCの中の事件捜査のディレクトリとデータベース見たんだけどさー」
「今なんと?」
「うん。だからディレクトリとデータベースとWEBカメラ」
「今さりげなく増えたよな?」
「うーん。縞柄トランクスは似合わないと思うよー。あ、大丈夫。ヌードは一度しか見てないから。きゃーッ♪」
何を言っても無駄だ。
そもそもジェーンの魔の手から情報を守ろうというのが間違いなのだ。
「そんでねー。調べなおしたら、おかしいことに気づいちゃったんだー。藤堂組さ。実体ないよ」
「ちょっと待て。おかしいだろ? チンピラ潰したのに?」
「だから『おかしい』って言ってんのよ。末端は存在するけど、組長から幹部まで全員の記録が嘘。本当にあるのかな?」
「組長とかが週刊誌の取材を受けているだろ?」
「その男が組織のトップだって誰が証明するの? まっとうな会社じゃあるまいし」
ジェーンはポケットからUSBメモリを取り出し明人に差し出した。
「
ジェーンは無邪気にニコリと笑った。
◇
国道沿いの倉庫。
ジェーンはそこが敵のアジトだと主張する。
中に入ろうとすると声がした。
「腕力だけじゃダメだよ。まかせて」
それはジェーンだった。
ジェーンは折りたたみ式のモバイル端末をバッグから出してプログラムを動作させる。
「カメラ切って、電子キーをクラックして、警備会社に嘘動画流してーっと。うん完成」
「よし行くぞ!」
「ちょっと待ってー。あいつら文書をレーザー複合機で出力してやんの。バーカバーカ! はいはいメモリからダウンロードっと。できたー!」
中に入るとそこは数台のサーバーとオフィス複合機が置いてあるだけの空間だった。
「誰もいないようだが……」
「ちょっと待ってね。どれどれ監視カメラの記録を再生っと」
端末に人の姿が映し出される。
机を動かし床を持ち上げる。
しばしの間ゴソゴソと何かをしていたと思ったら、男は床の隙間にするすると入っていく。
明人は映像にあった場所の床をめくる。
すると跳ね上げ式扉。
いわゆるハッチが現れた。
「ジェーン!」
「うん。今開ける。……よかった警報システムはネットに繋がってる。そこから進入っと。たぶんこのデータがキーだから、これを複製して……よし!」
ハッチが開く。
暗い穴にははしごがかかっている。
二人は闇の中を降りて行った。
◇
「ここはなんだ?」
「うーんGPSによるとロサンゼルス高速鉄道の残骸みたいだね」
ロサンゼルス高速鉄道。
かつてロサンゼルス市(埼玉)と東京都内を結んだ地下鉄である。
これも明人の世界とは違い、治安悪化により閉鎖されたのだ。
線路が薄暗い闇に続いている。
「思ったより大掛かりな組織かもよ」
ジェーンが言った。
バッグから懐中電灯を出そうとするジェーン。
その腕を明人が掴んだ。
「何か来る」
闇の奥から何者かが明人たちに向かって駆けてきた。
明人に向かい何かを振り下ろす。
ナイフだ。
明人はそう判断し、かわしながら手を捕りにいく。
襲撃者のもう一つの手が明人に向けられているのが見えた。
首筋にチリチリとした感覚が走る。
嫌な予感がし膝の力を抜き後ろへ倒れこむ。
突然の閃光と爆発音が響く。
明人の頬を何かが掠めた。
拳銃か?
倒れた明人に先ほど銃を撃った方の手を突き出してくる。
明人は後方に転がりその勢いで起き上がる。
相手の武器はまだわからない。
起き上がった瞬間、襲撃者はすでに間合いを詰めていた。
明人に差し出す手から光がほとばしった。
明人は斜め前方に半歩入りベルトのバックルに両手の人差し指をかけた。
しゃりんという音がし何かがベルトのバックルから抜かれた。
そのまま明人は襲撃者の手を払いのける。
払いのけられたはずの襲撃者の手から鮮血がほとばしった。
明人のベルトには鎌形ナイフ、カランビットが二本仕込まれている。
刃渡りは数センチほどだが、その小ささゆえ相手は切られていることすら気がつかない。
まだ相手の武器はわからない。
一気に倒してしまおう。
手刀の先の刃を見せないように手を下に構えながら、近い間合いを維持する。
暗闇に目が慣れたのか襲撃者が拳を握りこちらに殴りかかるのが見えた。
明人は弾き飛ばさないように弱く早く触れていく。
明人の手が触れるたびに襲撃者の手がなます切りにされていく。
同時に襲撃者の武器を観察する。
それは異常な武器だった。
銃のついたメリケンサック。
その先にナイフがついている。
アパッチリボルバーと呼ばれる拳銃だった。
100年前の骨董品である。
それを襲撃者は使っていたのである。
なるほど案外厄介な武器だ。
こんな癖のある武器を使いこなす襲撃者は何者なのだろう。
明人が襲撃者の武器を見破った瞬間、それは起きた。
うなじの毛が全て逆立つ。
明人は地面に伏せた。
「明人ぉッ!」
ジェーンが自分の真正面に何かを構えていた。
それは往年の刑事ドラマで使われたクマ撃ち銃。
近年ではその数倍もの威力を持つ銃が発売されたせいで埋もれている印象はあるが、拳銃としては冗談のような威力を持つあの銃。
44マグナムで有名なM29。
決して人間に使っていいような銃ではない。
それをアイルランド系アメリカ人のロリガキが構えていたのだ。
大きな爆発音がし閃光がほとばしった。
珍しく当たったのだろうか。
襲撃者が吹っ飛んだ。
死んだだろうと思いながらも明人は駆け寄った。
懐中電灯を出し襲撃者の顔を見る。
「どうしてだ……」
それは体育の秋山だった。
呼吸で胸が上下している。
どうやら死んではいないようだ。
弾が頭の近くを掠めたのかのかもしれない。
意味がわからない。
明人は困惑した。
無駄に性欲旺盛な体育教師だ。
この男の役どころはずばり陵辱役。
嫌悪感を抱かせるためだけの存在のはずだ。
それがこの無駄な戦闘力。
これは原作になかったはずだ……いや、あったのかもしれない。
バッドエンドルートで飯塚の目の前でみかんが蹂躙されるイベントがあった。
そのとき、飯塚は秋山の強大な暴力の前に屈服した。
だがこんな100年前の拳銃を振り回すような描写はなかった。
掌から情報という名の砂がこぼれるような感覚。
それを味わいながら明人は考えた。
明人の知らない情報が多すぎる。
もう手段など選んでいる段階ではない。
後のことを考える余裕などない。
忍者でも警察でもいい。
全てのコネクションを使うべきだ。
明人はジェーンの方を見た。
それを見てジェーンは頷いた。
倉庫の入り口に戻り明人は電話をかける。
会長の田中へだ。
忍者だろうがなんだろうが使ってやる。
電話をかけ回線が繋がる。
「あ、伊集院か!」
なぜか内藤が出た。
「あれ? 先生? 間違えたかな?」
「いや、いいんだ! お前、確か三島と親しかったよな? 三島と田中それに須藤、あと斉藤もか! みんな家に帰っていないんだ!」
携帯電話からみしりという音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます