第8話 番外編 鬱ゲーゼロ
伊集院明人が13歳のときの話である。
明人はその日、商工会主催のアニメ環境コーディネーター資格受験のため埼玉県ロサンゼルス市に来ていた。
本当は秋葉原で受験したかったのだが抽選に落ちてしまったのだ。
埼玉県ロサンゼルス市。
川口市、蕨市、戸田市、鳩ヶ谷市の合併で生み出された人口100万人を超える政令指定都市。
明人の前世の世界では合併後の武南市という名前に全ての市が反発し計画は立ち消えになった。
ところが、らめ(略)では「じゃあロサンゼルス市でいいんじゃね?」という意見が通り合併は可決。
埼玉県ロサンゼルス市が誕生してしまった。
これに識者や良識派と呼ばれる市民が反発。
政府はこれを幸いとばかりに混乱に乗じて『いらない人間』をロサンゼルス市へ移住させた。
急増した人口。
慢性的に足らない雇用。
次々と犯罪に手を染める住民。
いまやロサンゼルス市は関東最大の犯罪都市に変貌を遂げていた。
だが明人はそのことは気にしない。
行きも帰りも小沢に送迎されるのだ。
犯罪に遭いようがない。
明人はその鬱陶しい髪をふわりとなびかせた。
試験であるから野暮ったい丸めがねを着用。
まるで伝説のロッカーのような姿になっていた。
(ワイルドさに欠けるため某海賊役で有名な俳優には似ていない)
ゲーム内での伊集院明人はたとえ人類が滅びようとも受験しないであろうアニメ環境コーディネーター。
それを受験するというその選択肢が全ての始まりだったのだ。
◇
二時間半の試験が始まった。
多肢選択式のマークシートと記述問題。
明人は次々と問題を埋めていく。
次の問題は記述式。
痛車の保管についてだ。
これは中学生の明人には難しい。
自動車に乗ったことはあるが運転したことがないのだ。
前世では原動機付自転車の免許は持っていたが、それでは自動車の情報としては不十分である。
明人は腕を組み考える。
協会の公式テキストではこの問題は書いてなかったのだ。
明人が考えていると爆発音が響いた。
「な、な、な、なんだ!」
それが明人が鬱ゲークラッシャーへ至る最初の一歩だった。
◇
なぜこんな間抜けな用語になっているのか。
それは警察特区として申請しやがったのだ。
ロサンゼルス市が。
時の政権はそれを面白がって採用。
全ての用語はハリウッド映画に準拠されている。
彼は同期と比べても断トツに早く出世した。
だから何でも出来るし、何でも叶う。
そう思っていたのだ。
だが現実は甘くなかった。
彼は今部下に銃を突きつけられていた。
彼らはSWAT。
名前を変えられてしまっているが要するに機動隊である。
ただしロサンゼルス市警(埼玉)専属である。
アニメ環境コーディネーター試験を使っての広報活動に来ていた酒井の部屋。
その入り口を彼ら爆破し進入。
警官を殴り倒し酒井に散弾銃を突きつけているのだ。
酒井は頭に銃を突きつけられたこの状況を理解できなかった。
一種採用を突破した自分に部下が銃を突きつけるはずがない。
この連中はいわば働きアリである。
俺のために働くだけのアリのはずなのだ。
「なぜだ……? なぜ国家に反逆する?」
酒井は問いかけた。
「お前はこの街の状況をわかっているのか?」
仕方がない。
都市計画は別のセクションの担当だ。
それを警察が言うのは筋違いだ。
それこそが縦割り行政なのだ。
「仲間が死んだ。なのに命令を下したお前はのうのうと生きている。それを何がアニメだ! バカじゃないのか!」
警察の広報活動に文句をつけても仕方がない。
上がやれといったのだからやるだけだ。
「下の階では試験を受けている連中がいる。だが、連中に人質の価値はない。それ位わかるだろう?」
一般人ではあるが所詮はオタクである。
死人が出たとしても、あとでアニメ・ゲームはバカになるなどのネガティブキャンペーンを繰り返せば揉み消せるだろう。
「知らねえよ! 俺達はメディアに今の現状を訴えられればそれでいいんだよ!」
完全に捨て鉢になっている。
このままでは交渉は無意味だ。
「お前ら……今止めたら黙っててやる。俺も優秀な駒が無くなると困るんでな。悪いようにはしない」
酒井はにやりと笑う。
酒井も汚い足の引っ張りあいに勝利した男である。
酒井の世界には自分の事しか考えないクズしかいなかった。
この程度の条件で裏切り者が出るだろうと考えていた。
だが酒井は知らなかった。
得とか損では計ることの出来ないものがあることを。
酒井の顔面に散弾銃が振り抜かれた。
酒井の顔面は吹っ飛び顔を抑えながら悶絶する。
「おいこのクズ野郎。てめえは本当のバカだな。俺達は仲間殺されて復讐するって言ってんだ」
数日前、機動隊は過激派のアジトを襲撃。
だがその過激派は自動小銃で武装していたのだ。
殉職者が続出し酒井の進退責任を問う騒ぎにまでなった。
もちろん酒井はその責任を部下に押し付け保身を図った。
あくまで酒井の世界では正しいことである。
だがSWAT隊員はそれを納得しなかった。
いや完全にキレたのである。
「お前の目の前で連中を殺す。そのときのお前の反応を全国に中継してやる」
男はどこまでも冷たくそう言い放った。
◇
試験会場は突然の爆発音にパニックに陥っていた。
ざわざわと受験生達は騒ぎ。
試験監もそれを止めようとはしなかった。
明人も不安になり隣の外国人に話しかける。
「あの爆発なんでしょうね?」
その外国人は振り向くと血走った目で明人を見つめた。
「……ない」
「へ?」
「ジェネ●スの問題がない!」
この外国人は何を言っているのだろう?
ジェネシ●とはメガドライ●の海外での名称である。
もうメガド●イブなど十数年も前に終わった機種ではないか。
そういえば、未だにブラジルなどでは現役と聞いたことがある。
だがそれもタブレット端末のゲームに置き換わっているはずだ。
出るはずがない。
「ソ●ンの問題がない……」
あるわけがない。
なんで伝説のクソゲーの問題が出るのだ。
「●天明王もウッド●トックもでませんからね」
「出ない……だと……」
「出ないです」
外国人は難しい顔をして問題を一瞥すると、また明人の方に顔を向けた。
「ライアンだ」
手を差し出す。
握手ということだろう。
「あ、伊集院明人です」
明人も遅れて手を握る。
これがライアンと明人の出会いだった。
「ところでなお前」
「はい」
「逃げないとたぶん死ぬぞ」
「え?」
壁が爆発音とともに砕け、破片がこちらにやって来るのが見えた。
明人はひぃッと叫ぶと机の下にもぐりこんだ。
壁の破片が机にぶつかる音が聞こえた。
「しかたねえな……」
ライアンの声が聞こえた。
その瞬間何者かに襟をつかまれ引きずられる。
ライアンだった。
「おい。無事か?」
「……残念ながら」
明人はそっけなく答えた。
「そうか」
残念ながらとは変なヤツだ。
そうライアンは思った。
「俺ね……俺が死ぬと10人の女の子の命が助かるんです」
「……それは予知とかの超能力か?」
「似たようなものです」
「信じられませんよね。すいません。つまらない話をしました」
「いや信じるよ」
ライアンは知っていた。
戦場の前線で堂々とカメラを構えているのに弾が当たらない戦場カメラマン。
勘で危機を回避する歴戦の兵士。
弓矢でヘリコプターを落とす最強の兵士。
人間を超える能力は珍しくはないのだ。
「それにしても厄介な……」
散弾銃を持った男達が部屋に入ってくる。
埼玉県警との文字があった場所にはガムテープが張られ、SWATと書かれている。
非常にやる気がない装備だ。
さぞ苦労したに違いない。
だがそれは関係ない。
敵なのだ。
そう思った瞬間ライアンの中で面白い遊びが浮かんだ。
ライアンは凶暴な笑みを浮かべた。
「おい。手を貸してやってもいいぞ」
「はい?」
「あいつらの注意を引け。生きて出られたらお前を女が助けられるような男にしてやる」
どうせ動けるはずがない。
ライアンはニヤニヤと笑う。
これはテストだ。
だが、もし満点を引き出せたのなら……
明人は首をひねり少しだけ考えると
「やります」
とだけ答えた。
◇
男達は酒井に銃を突きつけながら受験会場に現れた。
酒井は鼻血を流しながらこの理不尽に絶望していた。
すると何かがこちらに突進してくるのが見えた。
「うおおおおおおッ!」
だが遅い。
それは金髪眼鏡の少年だった。
酒井に銃を突きつけていた男が散弾銃持ち替え、振りかぶり顔面に振り下ろした。
無様に吹き飛ぶ少年。
その顔を男は踏み潰す。
「おい。お前バカか?」
蹴飛ばす。
少年はよろよろと這いながら足にしがみついた。
それを何度も何度も蹴飛ばす。
酒井は戦慄した。
なぜこの少年はこんなに必死なのだろうか?
何の得もないはずだ。
それでも少年は足に喰らいつき離そうとしない。
少年はうわごとのようにつぶやいた。
「……俺はあいつらを助けなければならない。……事件を解決しなければならないんだ」
男は少年の鬼気迫る雰囲気にのまれた。
少年は男の服を掴みながら立ち上がっていく。
男はひいっと声を出すと酒井を放り投げ、少年に散弾銃を向けた。
少年はそんなことを気にもせず拳を握り振り上げた。
男が引き金を引こうとした瞬間だった。
何かが散弾銃を横から掻っ攫った。
それはライアンだった。
「おい
「……俺の拳は……アイツらを救うためにある!」
ライアンはにやりと笑い。
明人は拳を振り下ろした。
ガツッという音がし男はよろめいた。
それでよかった。
満面の笑みを浮かべたライアンが拳を振り上げていたからだ。
◇
SWAT隊員たちが白目を剥いていた。
明人が注意を引いたその一瞬でライアンは全員を殴り倒したのだ。
それを酒井はただただ見つめていた。
そして思い出していた。
子供の頃の思いを。
ああそうか。
自分は正義の味方になるために警官になったのだ。
ずっとずっと忘れていた。
酒井は少年を見の方を見た。
正義の味方は存在したのだ。
まだ卵だが。
ライアンは楽しげだった。
ライアンは明人が動けないだろうと思っていた。
それがどうだ。
満点だ。
ヤツはテストに合格したのだ。
それだけ本気だったのだ。
約束を守ってやろう。
ああ、世界最強のエージェントにしてやる。
ライアンは心に誓った。
◇
「というわけでね。ボクは明人君に頭があがらないのさ」
埼玉県警本部長の酒井がそう言った。
あの事件の後、中本は酒井にディナーに誘われたのだ。
「冗談ですよね?」
中本が震える声で聞いた。
「いや。全て本当のことだよ」
「いやだっておかしいでしょ! そんな話聞いたことがないです!」
「うん。揉み消したからね。あれから出世なんてどうでもよくなっちゃってね。いやー嬉しかったなあ。一年半後に明人君の担当になった時は」
「担当?」
「ああ。滋賀県庁乗っ取り事件の解決後に無理言って彼を埼玉県警所属にさせてもらったんだ」
話がどんどん大きくなっている。
話としては与太話なのだが、本人のやったことを知ってる身としては真実と断言せざるを得ない。
「あ、あの滋賀県庁乗っ取り事件って?」
「いやねー。アメリカ政府に修学旅行断られちゃったんだ。明人君の学校。でね、直前だったもんで滋賀県しかホテル空いてなくてね。いやこれが傑作でね。あはははははは!」
酒井は上機嫌だった。
中本はただただ呆れていた。
「だからね。ボクは何があっても彼の事件解決に手を貸そうと思う。キミも手を貸してくれるよね?」
酒井は目だけが笑っていなかった。
それは恐ろしいまでの迫力だった。
中本には頷く以外の選択肢はなかった。
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