第5話 タイガーと呼ばれた男

 かつてタイガーと呼ばれた男がそこにいた。

 老いてなおその眼光は業物の刀のごとく鋭い。

 田中家。

 一見普通の苗字だが、その実態は戦国時代より続く忍の家系であり、かつて伝説の英国諜報員とともに世界を救ったこともある諜報員の名家である。


「麗華。なぜ、そなたはそのようなくだらぬことを調べるのだ?」


「その『くだらぬこと』にMI6の諜報員が動いておりますわ。それも殺人許可証持ち。ええ。あのライアンの弟子。戦車で国境を突破したバカの一人ですわ」


「ああ、その話は聞いている。宇宙まで行ったバカだな。ヤツそっくりだ」


「ええ。伊集院明人。所属は……MI6にNSAにCIA、SVRにSZRU、なぜか滋賀県庁と埼玉県警……各国の諜報機関や治安機関が『アキトはうちのエージェントだ』と主張しておりますわね」


「浅ましいことだ。とりあえずは公安うちには必要のない人物だな」


「日本の国家機関は全員野球の組織ですから」


「ククククク……違いない」


 老人は楽しそうに一瞬だけ目を細めたが、次の瞬間にはまた日本刀のごとき鋭い目つきに戻った。


「で、事件の犯人探しをなぜそなたは手伝うのだ?」


「伊集院明人を気に入ったからですわ。嘘をつける人間じゃありません」


「色ボケか?」


「いいえ。将来有望な諜報員である彼に恩を売っておいたほうが得ですわ。それに我々の一族が見守る学園での犯罪。しかも何年もそれに気がつかなかった……おかしいとおもいません?」


「だがどれも決定的ではない。それにわざわざ恩を着せる必要はあるまい。敵に回るかもしれんのだ。……麗華。お前らしくもない」


「でしょうね。私も変だと思います。ですが……彼を手伝わないと後悔するような気がしますわ」


「麗華……それは女の勘と言うやつか?」


 眼光は鋭さを増し麗華にとてつもなく凶暴なプレッシャーを叩きつける。

 だがそれにビクともせずに麗華はにやりと笑った。


「ええ。『女の勘』ですわ」


 麗華の答えを聞いた瞬間、圧力は嘘のように消え去り、老人は楽しそうに笑い出す。


「がはははははは! こりゃ傑作じゃ! 麗華がとうとう『女の勘』と言い出したか! そうかそうか。女の勘がそう言うのなら従うしかないのう! よし、今からお前はこの件に関しては当主代理として動くが良い。見事、事件を解決してみせい」


 老人は笑う。

 伝説のスパイと世界を救ったあの一番輝いていた頃を思い出したのだ。


「ありがとうございます。虎お爺様。進展があったらそのつど直接ご報告にあがりますわ」


「楽しみだのう。だがな麗華、これだけは覚えておけ。ヤツラのような古いスパイに惚れた女は不幸になる。必ずだ」


「だからぁ、そういうのじゃありません! もう行きますわ!」


「おっと忘れとった。麗華」


「なんですの? 虎お爺様」


「恐らくその男な。情報収集で殴りこみに行ってるぞ」


「……へ?」


「うむ。あのタイプのバカは殴り込みに行く。断言してもいい」


「あ、あ、あ、あのバカー!!!」


 そう叫ぶと麗華は駆け足で去っていった。

 老人はその背中を目を細めた優しい表情で見つめていた。



 家に帰りライアンとの稽古という名の苦行を終え、明人は自分の部屋に戻った。

 捜査ノート。

 明人が前世の記憶を書き溜めたノートだ。

 まず初日の鬱イベントをぶち壊した。

 

 今日の収穫は火蜥蜴サラマンダーの情報。

 明日殴りこむ予定だ。

 だが捜査ノートには火蜥蜴サラマンダーの情報はない。

 こういうときはいくつかの謎を検証しよう。

 そう明人は考え、付箋に『謎』と書かれているページに進む。

 謎の章には、さまざまな矛盾点などが書き連ねてある。

 その中の『監禁部屋』の欄を見る。

 ゲームにおいて監禁部屋はマンションだった。

 おそらく学校の近くだろう。

 その窓からは線路が見えていた。

 電車の車種から鉄道会社と路線を特定。

 駅までは当たりをつけている。

 そこはロイヤルガーデンパレス学園駅。

 そして火蜥蜴サラマンダーの情報。

 同じ駅である可能性は高い。

 ここで情報収集すれば何かつかめるかもしれない。

 明人は首をコキコキと鳴らす。

 手段は決めてある。

 適当なチンピラを捕まえて殴る。

 火蜥蜴の居場所を知っていればそれでいい。

 知らなかったら他のチンピラを捕まえる。

 それを繰り返せばいつかはたどり着くだろう。

 なあに街の大掃除だ。

 明人は完全に悪役そのもの思考を巡らしながら、グフフと笑う。

 

 そんな妄想遊びも長くは続かなかった。

 明人が一人、部屋で笑っていると、ふいにガチャリという音とともに明人の部屋のドアが開いたのだ。


「なあなあ明人。これから火蜥蜴のとこに遊びに行かね?」


 それはライアンだった。

 ライアンは明人を月に連れて行ったときの顔をしていた。



 ダスティエンジェル。

 繁華街の半地下にある会員制クラブ。

 実態は、いわゆる半グレと呼ばれているチンピラの溜まり場だった。

 人の生き血をすする寄生虫どもが楽しそうに笑っていた。


「でよ、あのバカ女どうするよ?」


 チンピラが指を指す方向、そこには縛られた少女がいた。

 髪の毛を茶色く染めた全体的に気の強そうな少女。

 少女は涙目になりながらも、身をよじりなんとか縄を解こうとしている。

 それをバカにしたような目で見ながらゲラゲラと男達は笑った。


「てめえ! 俺の事どうするつもりだ!」


「まずは花梨かりんちゃんが犯されるとこをネットで生中継。せいぜい叫べよ! そのほうが売れる。ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


 三島花梨みしまかりんはサブヒロインの一人である。

 三島花梨。

 通称ウルフ。

 二年。いわゆる不良。

 一匹狼の気質でツンデレ要員。

 物語中盤で斉藤みかんを探す飯塚を気に入り手を貸す人物。

 実はらめ(略)のオープニングで斉藤みかんのイベントの後に陵辱される人物である。

 ところが『オープニングは飛ばす派』の明人はそのことを知らないのだ。

 そのため完全にノーマークだった花梨に予定通り獣の手が迫ったのである。


 花梨は絶望に押し潰されそうになっていた。

 だが最後の勇気を振り絞った。

 涙など見せてやるか。

 花梨は自分自身に誓った。

 そんな涙目ながも気丈なかりんを見て、サディズムを刺激された一人のチンピラからげへへと下卑た笑いが漏れる。

 興奮し花梨に手を伸ばした男の耳に上の階から物音が聞こえた。


「っち、うるせえな!」


 しかたない。

 女はお預けだ。

 毒づきながらドアの方へ様子を見に行く。

 男がドアへ近づくと、いきなり鉄製のドアが回転しながら自分へ向かって飛んで来た。


「え?」


 人間は絶対的な危機を迎えると、脳が全ての処理を画像分析に回し、その結果スローモーションのように物が止まって見えるという。

 男は今まさに時が止まる瞬間を体験していた。

 ドアと同時に身長180センチもの大男が飛んでくるのが見えた。

 このクラブの用心棒バウンサーのボブである。

 ボブは口からよだれをたらしながら、ドアと同じく縦回転しながら向かってくる。

 男は避けようとする。

 だが体は動かない。

 脳の処理に体が追いつかないのだ。

 永遠の一瞬。

 男は自分が飛んでくるドアに押しつぶされるそのときまで恐怖を味わった。

 巨大なウーファーから発せられたかのような振動。

 男はドアに押しつぶされ一瞬で意識を消失。

 同時にゴミのように宙を飛んだボブが地面に突き刺さり地面が揺れた。

 男達は地面に転がるドアを見てから、一瞬遅れてそれが飛んで来た方向を見た。

 かつてドアあった場所に視線が集中する。

 そこに学生服の少年がいた。

 少年は眼鏡の真ん中を押さえ、指でくいっと上げる。

 そう彼は伊集院明人。

 全ての鬱フラグを壊す男がやって来たのだ。


「死刑囚に祈る時間をやろう。震えながら祈れ」


 金色の髪を坊主頭にした明人がつかつかと中へ歩いて行く。

 一瞬呆気に取られたチンピラたちもすぐに自分を取り戻し、明人に襲い掛かった。

 彼らもまた修羅場を潜って来たものたちなのだ。


「てめえざけんなオラァッ!」


 バタフライナイフを取り出したチンピラが襲い掛かる。

 明人はナイフの男の方を振り向きもせず、テーブルの上のワインボトルを手に取り、そして思いっきり投げつけた。

 瓶が破裂する音が響き瓶の破片と男の歯が宙に散らばり、悲鳴を上げることもできずナイフ男は昏倒した。


「寝てしまったか。どうやら疲れているようだな」


 惚けたセリフを言いながらマシェットを構える男のほうに無造作に詰め寄っていく。


「オラァ!」


 男はマシェットを振り下ろした。

 人を殺す覚悟などドロップアウトした時点でできている。

 一切のちゅうちょなどない。

 明人は避けるそぶりもなく、そのまま近づいてくる。

 ガツリという骨の割れる音がした。

 明人のではない。

 マシェットの男は違和感を抱き己の手の甲を見る。

 それはボールペンだった。

 100円ショップにて6本セットで売られている普通のボールペン。

 それが手の甲に突き刺さっていた。

 明人は一瞬で間合いを詰め、攻撃を弾くついでに隠し持っていたボールペンを突き刺したのだ。

 男はようやく少年との格の違いを理解した。


「あ、あ、あ、あ、あ……ごめんなさい……」


 いたずらをした子供のような命乞いが口から漏れた。


「子供は寝てろ」


 明人のフックがチンピラを吹き飛ばす。

 目の前で起こった惨劇を前に固まるチンピラたちに明人は突っ込んで行った。



 目の前で起こる惨劇を見ながら三島花梨は呟いた。


「王子様……」


 子供の頃に見た少女マンガ。

 そこに出てきた王子様役の男の子。

 ヒロインのピンチにいつも現れてくれる理想の男性。

 

 普通なら婦女子には見せられない惨劇。

 それが目の前で行われていた。

 悲鳴を上げながら逃げ回り命乞いをするチンピラ。

 飛び散る血しぶき。

 破壊される骨。

 だがそんな惨劇すらも花梨の乙女フィルターを通すと冒険活劇のごとく見えたのだ。

 

 明人と花梨以外に動くものがいなくなった店内。

 明人は花梨に近づく。

 そして、その辺に転がっているナイフを手に取りロープを切った。


「よくがんばったね」


 明人は優しく声をかけた。

 すぐに三島花梨だとわかった。

 あとで捜査ファイルを更新せねばならない。


「た、助けなんていらねーし!(王子様!褒めてもっと褒めて!)」


「今、警察を呼ぶ。それまでそこのおじさんが一緒にいてくれるよ」


「ひ、ひとりでも大丈夫だ! バカにすんな!(えー。いっちゃうのー?しょぼーん)」


「お兄さんだ! このバカ弟子!」


 いつの間にかそこには筋骨隆々とした体格の男が現れていた。


「つうかな火蜥蜴の情報欲しいのに全員口もきけないくらいに殴ってどうするよー。お前いつもやりすぎなんだよー」


「未熟者なので……ついうっかり。火蜥蜴の情報は次で聞き出しましょう」


 火蜥蜴という単語を聞いて花梨が反応した。


「え、火蜥蜴? モトクロスチームの?」


 花梨に視線が集まる。


「な、なんだよ!(も、もっと見て! 王子様!)」


「今モトクロスチームって……」


「チーム火蜥蜴の藤巻隆二だろ? 中学生のときはいいとこまで行ったらしいけど。あいつら学校の近くの工場にいるはずだよ」


「それだ! 案内してくれ!」


(わーいデートデート!)

 花梨の頭の中はピンク色の妄想で一杯になっていた。


 明人はライアンに警察への通報を頼むと花梨を連れて外に出た。

 外に出ると、表にはバイクが置いてあった。

 恐らく中で寝ているチンピラの持ち物だろう。

 それを明人はまるで、なんでもないことかのように、配線を引きずり出しバイクを直結。

 エンジンに火を入れる。


「乗ってくれ」


「う、運転できんのかよ!(やべかっこいい!)」


 表面上は不機嫌に、実際は上機嫌で明人の後ろに跨がる。


「スペースシャトルの運転なら得意だ」


「え?」


 ぐんッという加速をし、二人を乗せたバイクが工場へ向けて出発した。

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