第4話 いるさっ ここに二人な!!!

「飯塚。お前は斉藤みかんと校門で待ち合わせている。そうだな」


「ああそうだ。だからなんだ!」


「斉藤みかんが危ない」


 どのような手段を使っても彼らには幸せになってもらわなくてはならない。

 だからこそ、ここで飯塚と一緒にみかんを助けに行くのだ。

 決して明人一人でやってはならない。


 計画はいたってシンプルだ。

 斉藤みかんを襲っているバカを飯塚とともに半殺しにし、その後ゆっくり尋問をする。

 幸いなことに犯人はわかっている。

 三年の郷田と米川だ。

 ……それと彼らを金で懐柔した伊集院明人。

 明人以外の二人は三階の空き教室にいるはずだ。



 空き教室で斉藤みかんは誰かが助けに来るのを心の底から渇望していた。

 目の前には二人の男子生徒。

 下卑た薄笑いをしながら、ブレザーを脱がそうとしている。

 男二人の強い力で組み伏せられ抵抗できない。

 助けを呼ぼうにも口に布をかまされ声を上げることもできなかった。 

 これほどまでに無力感を感じたのは初めてだ。

 自分という人格全てを無視されて道具のように扱われるのがこれほど屈辱だとは知らなかった。

 

 いや、助けて!

 誰か助けて!

 亮ちゃん助けて!


 心の中で幼馴染の飯塚亮の名前を呼んだ。

 まだ好きって言ってない。

 それなのに。

 それなのに。


「ぎゃははは! 誰もこねえよ!」



「いるさっ ここに二人な!!!」



 その瞬間、ガシャーンという音とともに窓が吹き飛んだ。



「な、なんだ!」


 窓ガラスの破片から何かがむくりと起き上がった。


「当ててみろ。秋葉原へ招待してやるぜ」


 そう言うとそれは、一瞬でみかんたちの方へ近づき、みかんを押さえつけていた男の一人を吹き飛ばした。

 みかんは、それが蹴りだとわかるまでに数秒ほどかかった。

 蹴られた男子生徒はピクリとも動かない。


 窓から侵入した何か。

 それは人間だった。

 金髪で眼鏡をかけてた男子生徒。

 顔立ちが整っているのに野球部のような坊主頭。

 男子生徒が怒鳴った。


「飯塚!斉藤がいたぞ!」


 

 亮ちゃんが来た!



 みかんの心は喜びで溢れた。

 同時に自分を助けに来た男の子から目を離せない。

 誰なのだろうか。


「うらああああッ! てめえよくも米川を!」


 みかんを組み伏せていたもう一人の男子生徒がみかんを突き飛ばし、拳を振り上げ明人に殴りかかる。

 明人はそれをかわし、背後に回り後頭部の髪の毛を掴み壊れていないほうの窓へ放り投げた。

 顔から窓ガラスに突っ込んでいく郷田。

 ガラスの割れる音がし、窓があった部分には郷田の下半身が生えていた。

 

「みかん大丈夫!」


 飯塚がみかんに声を掛けた。

 みかんは飯塚の声を聞いただけで安堵のあまり涙が出そうになった。


「亮ちゃん怖かったよー」


 心の中では飯塚を安心させたいと思いながらも、身体が勝手にえずき、涙がこぼれる。

 飯塚はみかんを優しく抱きしめた。


「もう大丈夫だ……」


 抱き合う恋人どうしを尻目にもう一人の騎兵隊である明人は尋問を開始した。 


「おい起きろ」


 冷たい声でそう言うと明人は郷田の髪の毛をつかみ窓枠へ叩きつける。

 大きな音がし、郷田は豚のような声で鳴く。

 だが郷田もまだ負けてはいなかった。

 鼻血を出しながら朦朧とする意識でよろよろと明人に近づき、その胸倉を掴んだ。

 そしてそのまま頭突きをしようとした瞬間、信じられないほどの痛みが手に走った。

 指がありえない方向に曲がっているのが見えた。

 一瞬で明人は郷田の指を捕り、その関節を曲がらない方向へ捻りあげていたのだ。


「誰の命令だ?」


「あ、あ、あ、ぎゃああああッ!」


 ぎりぎりぎりと指をありえない方向へ捻る。

 余りの痛みに意識が覚醒する。

 

「もう一度聞く。誰の命令だ」


「さ、さ、さ、火蜥蜴サラマンダーの隆二だ! 誰でもいいからヤレる女を連れて来いって!」


 意外な答えだった。

 ゲームの中ではコイツらの直接の上司は教頭と体育教師の秋山のはずだ。

 だが嘘とは断言できない。

 明人の持っている情報は少なすぎるのだ。


「わかった。もし無駄足だったら……わかるな?」


 ぼきり。


「ぎゃあああああああああああああッ!」



 生徒会室。

 明人への事情聴取が始まった。

 二度目の今回はさすがにもみ消すことができずに担任の内藤も一緒だ。


「で、正義の味方さんは一日に二度も女子を救ったと」


「成り行きです。内藤先生」


「ほほう。お前は『成り行き』で一日に三人も病院送りにするのか?」


「必要とあれば」


 内藤がため息をついた。

 

 確かに目の前の少年に病院送りにされたバカどもには同情の余地はない。

 学校という場を安全にできなかった教師にも責任の一旦は存在する。

 なにより教育者の視点というフィルターを通した主観ですらもスカッとした。

 だが手段が悪すぎる。

 米川はアゴを砕かれしばらくは流動食の生活だろう。

 郷田も指の脱臼にガラスでの顔面の裂傷。

 鼻も折ったようだ。

 ここまでやっては明人を守ってやることが難しいだろう。

 それこそクビを賭けねばならない。

 

 どうしていいかわからずに唸る。

 すると生徒会長の田中が口を開いた。


「伊集院君。朝も言いましたけど目的はなんですの?」


 明人は嘆息した。

 まだ田中麗華が敵か味方かはわからない。

 だがここまでやってしまったのだ。

 隠してもすぐにばれるだろう。

 それだったら話してしまっても問題はないだろう。

 

「教頭と体育の秋山が人身売買に関わってます」


「お前はなにを言っている?」


「そんな報告は受けていませんわ!」


 やはり教師も忍者も把握はしていないようだ。

 自称忍者も脇が甘い。


「前年度に退学した鈴木茜。行方不明。同じく加藤涼香。行方不明。一昨年退学した宮崎……」


 すらすらと名前を述べていく。

 ロイヤルガーデンパレス学園への入学を回避できなかった時点で明人は方向を転換させ、過去10年間の退学者のその後を調査したのだ。


「退学者が出るのは避けられないだろ!」


「内藤先生。退学者が出るのは仕方がありません。ですがそのうちの半分以上が行方不明になるのは異常です」


 そして明人は自分のカバンから書類を取り出す。


「教頭と秋山の銀行口座の入金記録です。二人とも年に2回、1000万円の振込みがあります。相手は大刀商事。バックは藤堂組です」


 藤堂組。

 いわゆる暴力団だ。

 主なシノギは麻薬と賭博、それに風俗店経営。

 半グレのチンピラを上手く使い、業界のトップに躍り出ようとしていると言われている。


「お前どこでそれを!」


「秘密です」


 友好国同士がギクシャクするレベルの口が裂けても言えない方法である。


「それを警察に提出すればいいですわ!」


「すでに昨年の夏に提出しました。無視されましたがね」


 明人も出所不明の怪情報を信じてもらえるとは思っていなかったが、少しガッカリしたのは事実だ。

 内藤は渋い顔をして黙り、田中は携帯を取り出しどこかへ電話をかけた。


「虎お爺様。麗華でございます。大至急調べて欲しいことがありまして。……ええはい。終わり次第、伺います。……はい。よろしくお願いいたしますわ」


「内藤先生。こちらでも優先して調べますわ。それに伊集院明人」


「ああ」


「全面的に手を貸しますわ。だから明日まで大人しくしてること。わかりましたわね」


 夜は火蜥蜴サラマンダーを壊滅させる予定だったがまあいいだろう。

 明人はそう決断した。


「了解だ」


 二人のやり取りを睨みつけていた内藤が諦めたように口を開いた。


「おい伊集院……。はあぁー……仕方ない。協力してやる。お前を全力で守ってやるよ! あークソッ! クビなってもかまわないさ」


 一日に二件もの強姦未遂事件の発生という異常事態。

 その原因を示す明人の主張と証拠。

 そのどれもが妄想と切り捨てられるものではなかった。

 この男は常に堂々としている。

 自分の正当性を疑ってもいないのだ。

 いや正しいことをするための犠牲を恐れていないのだ。

 それに引き換え先ほどまでの自分はなんだ。

 なんて矮小な存在だろうか。

 これで動かなければ望んで教職に就いた意味などない。


「先生……」


 明人は声を詰まらせた。

 自然と涙が溢れてくる。

 前世も含めて初めてだった。

 こんなに真剣に自分の事を考えてくれる教師に会ったのは。

 もう相手が敵だとか味方だとか、騙すとか騙されるとかは、最早どうでもよかった。

 明人には、ただただ嬉しかった。


 その後明人はすぐに開放された。

 というよりもむしろ、顔を真っ赤にして「今のは忘れてください」とだけ、ぶっきら棒に告げて逃げ出したのだ。


「案外かわいいですわね。明人君って」


「いや意外だったな……外見と中身、それと行動のギャップが凄まじい」


 そう口にした二人はお互いの顔を見合わせる。

 すると二人は同時に噴き出した。


「うふふふふ。では失礼しますわ。彼のために情報を仕入れてきますわ」


「お疲れさん。アタシも知り合いの刑事のとこに行ってくる。伊集院の怪しい証拠だけじゃわからんからな……」


 本来、モブであるはずの女二人が明人を支援することを決断した。

 それにより物語はゲームでは存在しなかった新たなルートへ分岐した。

 だがまだ明人はそのことを知らない。 

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