第3話 番長より愛をこめて

(なぜこうなった)

 明人は内心焦っていた。

 生徒会室。

 そこに明人と杏子はいた。

(杏子はリムジンで着替えてもらった)


「杏子を助けてくれてたそうですわね。ありがとう」


 そう明人に微笑みながら語りかけるのは長い髪の和風美少女。

 生徒会長の田中麗華たなかれいかだ。

 

 先ほどから何もかもがおかしい。

 杏子も生徒会長も原作には存在しなかった。

 何が起こっているのだ。

 明人は困惑した。


「伊集院明人。元華族である伊集院家の長男。親子の仲は息子の秘密を知らない程度に薄い」


 その言葉に明人はごくりとツバを飲み込んだ。

 親の事を言われたからではない。

 秘密。

 その言葉に明人は背中に寒いものを感じたのだ。


「おっと口が過ぎましたわ。まあ確かに親御さんも伝説のスパイの弟子になってるとは思いませんわね」

「な、なぜそれを……」


 秘密とはそれだった。

 相手が諜報機関の関係者でもない限り知らないはずだ。


「かいちょーのおうちは忍者やってるんだって」


 胡散臭せえ。

 明人は心の中だけでそうツッコんだ。

 うふふと笑いながら会長が笑う。


「それにしても学園に本物のスパイが入学してくるとは驚きですわ」


「いやそれ先生と偉い人にからかわれただけだから」


「へー。明人くんって凄いんだー」


「そうねえ杏子。明人君はね、国境を盗んだ戦車で走り出したり、行き先もわからぬまま暗い宇宙の……」


「わーッ! わーッ! わーッ!」


 必死で大声を出す。

 会長は明人の苦手とするタイプに違いない。

 自分は情報を握っているのにこちらに渡す気などない相手だ。

 慌てる明人に会長は微笑んだ。


「もみ消しておきましたわ。喧嘩……やら入学式への不参加の件」


「それは『借りを作ったからね』という宣言か?」


「いいえ。ただ単に御礼ですわ。それに私が『面白い』と思う方向でもみ消しておきましたので」


 『面白い』に引っかかったが気にしたら負けに違いない。


「業界では有名な伊集院君がこの学校に来た理由。たいへん興味深いですわ」


「完全に私用だ」


 ぶっきらぼうに言い放つ。

 まだ田中が敵か味方かはわからない。

 うかつな事は言うべきではない。

 それに敵か味方かは、夕方にはわかるのだ。

 最初のエロイベント。

 それは斉藤みかんへの強姦。

 犯人は明人である。


 明人がその気がない以上、イベントが起こらない可能性もあるが、別の何ものかの犯行が起こる可能性も否定できない。

 このくだらない犯罪をぶっ潰して未来を開く。

 明人はそう誓った。


「とにかく目立つのはまずいのでこれで失礼する」


「目立つ? 伊集院明人。貴方はどこにいたとしても主演の俳優ですわ」


 その表現に少しだけイラついたので何も答えないことにした。

 

 明人はにこりと笑う田中たちに一礼し部屋を出て行った。


「杏子。彼が欲しいわ。あなたもそうでしょ」


「え?」


 杏子の顔がみるみるうちに真っ赤になる。


「そうじゃなくて生徒会にですわ。そちらは好きにしなさい」


 そう言うと生徒会長である田中麗華はにやりと笑った。



「失礼いたします」


 一礼し教室に入るとざわめきが起こった。

 眼鏡に金髪坊主の男子生徒。

 しかも堂々と入学式をサボタージュしたのだからこの反応は当然だろう。


「あいつ入学早々、三年を半殺しにしたらしいぞ」


「マジかよ! さっきの救急車それかよ!」


「なにそれ怖い!」


「そんな人と同じクラスなんて……」


 いや違った。

 すでに喧嘩の件が広がっていた。

 何が『もみ消しておく』だ。

 もう広がっているではないか。


「あー伊集院。自己紹介したまえ」


 美人だがやる気のなさそうな女性教師がそう言った。

(この世界では下っ端の悪役以外はほとんどが美形である)

 シラバスによると教師の名は内藤和江。

 担当は数学だ。


 明人の自己紹介が優先されるということは、すでに自己紹介は終わったということか。

 まことにタイミングが悪い。

 明人は頭をかくと言われたとおり自己紹介を始めた。


「伊集院明人だ。今朝がたのトラブルは大変申し訳なかった。えーっと、自己紹介だったな。趣味はアニメとゲーム。ゲームはいわゆるギャルゲーが好きだ。アニメもラブコメ物を中心に好きだ。音楽はアニソンしか聞かない。部活は漫研かパソコン部に入ろうと思っている」


(よし!)

 明人は心の中でガッツポーズ。

 勝利を確信したのだ。

 これで自分は暴力的なやつではなく無害なオタとして認識されたに違いない。

 キラキラとした生き物は近づいてこないだろう。

 堂々とオタクライフを過ごせるに違いない。


 実は明人がオタクをカミングアウトしたのには理由がある。

 中学時代の自己紹介では普通をアピールしてしまった。

 もちろん金髪の鬱陶しい長髪に思わず殴りたくなるキラキラ王子様フェイスでだ。

 その結果、リア充どもが角砂糖に群がるアリのように押し寄せて来たのだ。

 意味もなくファミレスやバーガー屋で駄弁るだけの日々。

 いつ勉強してるんだよお前ら。

 おそらくそのツッコミは入れたら負けなのだろう。

 会話の内容の方も流行の音楽にファッションにクラスメイトの悪口ばかり。

 コミュ力の極端に低い明人にとっては、苦痛でしかない。

 まだ、ライアンに無理矢理ロケットに押し込まれ、月面基地でテロリストと戦うほうがマシである。

 全てのフラグをバキバキにヘシ折り、しかも趣味に生きるためにもカミングアウトが必要だったのだ。

 だが現実は厳しいものである。

 クラスメートには三年生を病院送りにした人間が悪趣味な冗談を言ったようにしか感じられなかったのである。


「おい今のどういう意味よ?」


「オタク宣言とかありえないんですけど!」


「関わったら殺すって意味じゃね?」


「いまさら取り繕うとしても遅いだろが」


「これってオタをぶっ潰す宣言だよな……俺これからどうしよう……」


 クラスメイトが露骨な拒絶。

 それをみた明人は前世をフラッシュバックした。


 ここまで拒絶されたのは、久しぶりだ。

 あれはいつだっただろうか。

 ああそうだ。

 あれは前世の6歳のころだ。

 小学校入学直後に担任教師が俺を笑いものして、いじめのターゲットに誘導したな。

 そのせいで同じ幼稚園に通ってた順子ちゃんまでが俺に石をぶつけるようになって……

 あの楽しそうな顔は忘れない。

 人を信用できなくなったのはこれが原因か!

 親が抗議しても『やりすぎるなよ!』で終わり。

 教育委員会も全力で揉み消しに走りやがったな。

 中学になると暴力はエスカレート。

 腹パンとかローキックとかやりたい放題。

 俺を地面にバックドロップした時もゲラゲラ笑ってたな。

 そうそうサッカー部の三ノ輪な。

 体育でスパイク履いてラフプレイ顔面キック。

 ボール無視して俺に殺人スライディング。

 体育教師までゲラゲラ笑ってやがった!

 それに野球部の山岸!

 全裸土下座のあげくに股間の写真撮影ってなんだよ!

 あいつ絶対ホ●だ!

 ●モに違いない!

 しかもそれをA3にプリントしてきて学校中の掲示板に貼り付けるって何よ!

 しかもなぜか処分されたの俺な!

 バスケ部の田中もボールぶつけたり、得点版蹴りつけて威嚇したりお前は縄張り争いのときのサルか!

 気づいたら高校も行かず自宅警備をするハメに……

 クッソ!

 いつもテロリストが現れて全員撃ち殺されないかなって思ってたぜ。

 やっぱこの世界でも学校はクソだ!

 その辺の適当なヤクザ〆て銃器かっぱらって暴れるか!

 明人はガチガチと奥歯を鳴らしながら恐ろしい妄想をしていた。


「……ひィッ!」


 小さい悲鳴が聞こえた。

 それと同時にスパーンッ!っと後頭部に衝撃が走る。

 それは出欠簿だった。


「おい。伊集院! 殺気がダダ漏れだ! クラスメイトが怯えているぞ!」


 一見厳しい口調だが、優しい声でなだめるように注意された。

 それを聞いて明人は平静を取り戻した。

 クラスメイトの顔に恐怖が浮かんでいた。

 本当に殺気がダダ漏れだったらしい。


「失礼しました」


 明人は素直に謝罪した。

 明人は前世では素直さが足らなかったに違いないと分析している。

 だから今はどんな時でも誠実でいようと心に決めているのだ。


「うむ。素直でよろしい」


 内藤はそんな明人の頭をニコニコしながらワシワシと撫でる。

 明人も敵意は感じられないのでされるがままにした。

 金髪(地毛)眼鏡で殺し屋の眼光を持つ明人。

 そんな明人が完全にお子さま扱いされて無抵抗のまま。

 そのシュールな光景にクラスメイトからはクスクスと笑いが漏れる。

 これも悪意は感じられなかった。


 こうして担任の内藤の機転によって明人はギリギリの線でクラスに受け入れられたのだ。

 ……たぶん。


 自己紹介が終わり、学生生活の説明などを受けたあと、すぐに解散となった。

 明人はこの世界の主人公でありクラスメイトでもある飯塚亮の席に赴く。


「飯塚。用がある。来て欲しい」


 一瞬でクラス中がざわつく。


「おいおい! アイツ番長に目をつけられたぞ!」


「こりゃ完全に死んだな!」


「もしかして体育館裏で!(なぜか嬉しそう)」


「俺様眼鏡に美少年が!(目が輝いている)」


「す、素晴らしい学校でご、ゴザル(鼻血)」


 どうやら明人のあだ名は番長になったらしい。

 一瞬で表情が曇り死んだ魚のような目になる飯塚。


「いやアイツ等の言ってるようなことじゃない。斉藤みかんのことだ」


 飯塚はショックを受けたような顔になり、一転して怒りの表情を浮かべた。


「みかんに酷いことしたらお前を許さない」


「意見が一致したな。来い」


 そう言うと明人は有無も言わせず飯塚の襟を掴み引きずって行った。

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