第2話 紅の祝福
「ねぇカイア! 何を用意した?」
フレディが無邪気に笑いながら背にのしかかってきた。
「内緒だ」
「えー、けち!」
「それに、先に見るのはエウノミア様だ」
「ううう、そうだね」
苦笑しつつ、フレディの頭をなでてやる。
今日はエウノミア様の誕生日。大変おめでたい日だ。確か…10歳になられるのではないだろうか。マーサとジークが朝から忙しそうに、エウノミア様に内緒で誕生日会の準備をしている。
そして、驚くことに、なんと国王夫妻も離宮にやってくるらしい。いつもはエウノミア様と距離をとっているが、やはり自分たちの子ども。愛しいという気持ちは持っているのだろう。普段国王夫妻に持っている気持ちを改めなければならないな。
「マーサさん、何かお手伝いすることはありますか?」
「いいや、もう大丈夫。それよりエウノミア様をお連れしておくれ」
「はい、分かりました」
エウノミア様が勉強をしている部屋へと向かう。離宮とはいえ、敷地は広い。こんな広い空間に5人しかいないのはなかなかに気が引ける。外は衛兵が守っているが、彼らはきっと、何を、誰を守っているのか知らされていないだろう。この離宮に足を踏み入れることはない。
豪奢な扉の部屋の前に辿りつく。
静かにノックをし、入る旨を告げた。
「はぁい」
鈴の音のような、可愛らしい声が聞こえた。本当に可愛い。
「エウノミア様、失礼いたします。進み具合はいかがでしょうか」
「今日の分はもうすぐ終わるよ!」
「そうですか。では、ひと段落したら息抜きをしましょう」
告げると、エウノミア様は花がほころぶように微笑んだ。
「待っててね、すぐ終わらせるね!」
そう言ってせっせと問題に取り組んでいる姿は、大変可愛らしい。
そして、健気だとも思う。
エウノミア様が勉強をするのは、確かに自分の力を伸ばすためでもあるが、一番は国のためなのだという。
自分はきっと一生城には行けない、でも何か役立てることがあるかもしれない。国のために何か、できるのではないか。
そう考えているという。それはもしかしたら、自分を顧みてくれない両親に、振り向いてほしいからかもしれない。自分の居場所がほしいからかもしれない。だが、それでもやはり、健気だと思う。恨みもせず、憎みもせず、いつも心穏やかに、笑顔をたたえている。俺はそんなところが眩しく、そして同時に恐ろしくもあった。
この笑顔が崩れたとき、俺は支えることができるだろうか。
「カイア、終わったよ!」
「お疲れさまです。では、こちらへどうぞ」
エウノミア様を先導し、会場へとお連れする。場所は食堂だ。
「ここです」
「? お夕飯には早いよ?」
にこ、と微笑み、扉を開けた。
「「エウノミア様、誕生日おめでとうございます!」」
ジークとフレディの声が響き、花吹雪が舞う。
「え、え、え?!」
エウノミア様は驚いて目を見開いたが、すぐにそれはきらきらと輝く笑顔に変わった。
「わ、すごい、すごい!お部屋がかざってある!」
「へへー、俺と兄さんが頑張ったんだよ!」
「ありがとうフレディ!ジーク!」
「喜んでもらいたかったんで…」
ジークも照れくさそうに笑う。フレディはエウノミア様の手を引いて、テーブルへと導く。そこには、大きな誕生日ケーキが鎮座していた。
「すごーい!」
「母さんが作ったんだ!」
「マーサありがとう!」
「なぁに、こんなものお安い御用です!さぁ、エウノミアさま、蝋燭に火をつけますよ」
マーサが蝋燭に火を灯していく。10本目に火を灯し終わり、照明を落とす。
「「せーの、」」
ふー、とエウノミア様が一息で炎を消す。
「「おめでとうございます!!」」
溢れる笑顔。
あたたかい空気。
俺はまだどうしても、心からそこに加わることができない。
まるで絵画を見ているように、その光景はどこか遠いものに感じられた。
そういえば、国王夫妻はどうしたんだろう。
「エウノミア様、国王様と王妃様がこれを…」
マーサが、綺麗に装飾された大きな箱を取り出してきた。
「お父様とお母様が来たの?!」
「ええ。本当はエウノミア様に会いたがっていらっしゃったのですが、なにせお二人とも忙しい身ですから」
「大丈夫よ、マーサ。分かってる。本当は会いたかったけど、でも、いいの。だって、これ、ミアにくれたんでしょう?」
にこにこと笑いながら、プレゼントを抱きしめ、慌てて「あ、ミアじゃなくて、私、だね!」と訂正した。エウノミア様は時折ご自身を「ミア」と称するが、マーサには、「姫ですので、『私』と言えるようにしましょう」と教えられているらしい。
しかし、国王夫妻はせっかく来たというのに帰ってしまったのか。残念だ。
俺はそんなことを想いながら、小箱を取り出した。エウノミア様のそばに歩いていく。もうすでに3人はプレゼントを取り出していて、エウノミア様に見せていた。ちらりと見ると、セーターやぬいぐるみ、栞や花飾りのようだ。かぶっていないようで安心する。
「エウノミア様。俺からはこれを」
「わわ、カイアも!開けていい?」
「はい」
「髪のかざり!」
エウノミア様が光にかざすようにそれを掲げる。光が髪飾りについた石の輝きを際立たせる。海の色を映し出したような、鮮やかな蒼。
「おまじないがかけてあります。あなたを守るようにと」
「そうなんだね!ありがとう、カイア!」
優しい笑みを向けられ、自然と俺も笑顔を返していた。
「喜んでいただけてよかった」
この笑顔を曇らせるようなことがあってはならない。エウノミア様には、いつも笑顔でいてほしい。悲しい顔などさせたくない。いつまでも幸せな時が続けばいい。俺はただ、そう祈っていただけなんだ。
だが、その祈りが通じないことくらい、とうの昔に理解していた。
俺は、知っている。
どんなに祈っても、願っても、叶わないものが存在することを。
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