第1章

第1話 はじまりはじまり

 ここは離宮。エウノミア様はこの国の姫君であらせられる。

 そして現在読んでいらっしゃるのは、紅についての物語。この国、いや、この世界に住んでいる者なら必ず聞いたことのある伝承。紅はこの国で禁忌とされているものだ。色そのものが禁忌となっている。絵本に描かれていた通り、紅の一族はこの世を混沌に陥れようとした者たちであり、根絶やしにされた……はず、だった。しかし今も稀に紅の髪を持つ子どもが産まれてしまう。それが先祖の血によるものなのか、紅一族の呪いなのかは分からない。しかし、とにかく紅は不吉の象徴として蔑まれている。見つかれば石を投げつけられ、つるし上げられ、矢で射られ、火あぶりに処されてしまう。

「あっ、蝶々!綺麗だねぇ」

「はい、そうですね」

 エウノミア様が振り返る。その笑顔はまるで天使の如き。所作も愛らしいことこの上ない。陽に当てられきらきらと輝く髪を見て…ひっそりとため息を吐いた。

 エウノミア様は、紅だ。

 産まれたときの国王と王妃の衝撃は凄まじいものだったという。出産に立ち会った者たちには箝口令かんこうれいが敷かれ、エウノミア様は離宮でひっそりと暮らすこととなった。世間には、流産だと知らされた。王家に紅が産まれたとあっては、民の心に不安と疑心が生まれるのではないかと危惧したらしい。

 現在、第二子に弟君が産まれ、髪の色は国王と同じく金色だった。彼はエウノミア様の存在を知らない。これから先も、知ることはない。

「カイア、こっちを手伝っておくれよ」

「あ、はい!直ちに参ります」

ここでは仕事がいくらでもある。炊事洗濯家事掃除、なんでも自分たちで行う。この場所を知るものが極端に少ないせいだ。それほどまでに国王夫妻はエウノミア様を知られたくないということ。それが愛情からくるものなのか、嫌悪からくるものなのかは図りかねるが、少なくとも扱いに困っているのだろうということは理解できた。この間久々に離宮を訪ねてこられたときも、エウノミア様との距離感が普通のそれとは違っていた。どこかよそよそしく、明らかに目線が合っていなかった。 そんな両親を、エウノミア様はどのようにご覧になったのだろうか。そう考えると、苦しくなる。

「なぁにボサッと突っ立ってるんだい! 働かざる者は食うべからずだよ!」

「すいませんっ」

 ドサドサっと洗い終わった衣服が手渡される。いや、ちがう、これは放り投げられた、が正しい表現だと思う。ちなみに、とりこぼそうものなら大目玉をくらう。

 彼女はマーサ。ここの仕事をテキパキと素早くかつ的確にこなすことができる、ハウスキーパー。ふくよかな身体で、動きは大胆かつ繊細。笑うとできるえくぼが明朗さを際立たせている。まるで燦々さんさんと輝く太陽のような存在で、エウノミア様の乳母でもある。

「全く…もっとシャキシャキ動けないのかいっ!」

 ばしーん!と背を叩かれる。ちょっと痛い。でも、これは彼女なりの叱咤激励なんだと分かっている。痛いけど。

「母さん、カイアに当たっちゃ可哀想だよ」

「そうだー、可哀想だー!」

「あら、あんたたちカイアをかばうのかい」

 ジークとフレディがにこにこしながらこちらへと歩いてくる。二人はマーサの子どもだ。兄のジークはなかなか優秀で、手先も器用で何かと頼らせてもらっている。弟のフレディはまだまだ遊びたい盛りだろうに、健気に仕事を頑張っていて好感が持てる。

 3人はとてもあたたかくて、俺には眩しいほどだ。

 君たちは、俺の本当の正体を知っても、変わらずに接してくれるだろうか。

 いいや、無理だな。

 

 「魔王」なんかと仲良くしたいなんて人間が、存在するわけがない。

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