第十三話 女優攪乱(アクトレス・アツプセツト)

 彼の声が聞こえる。

「彩さん、もう少し近づいて頂けますか」

「こう――かしら、雄一君」

 私の足は少しだけ震える。

「もう少し。怖がらなくても大丈夫です」

「でも、初めてだと不安で」

 掌に汗をかいている気がする。

 そんなはずはないのに。

「すぐに慣れますから。さあ、もう少し前に」

「あ――開いた。中から奴狗奴狗どくどくあふれるように出てくるわ」

「そう、上手ですよ、彩さん」

 出呂出呂出呂出呂でろでろでろでろ――

「しかし、この音は何とかならないんですか」

「これはもう、慣れるしかないんです」

 私の生体装甲バイオ・アアマ政宗マサムネ』から出た触手が、湿った重い音を立てながら個蟲ゾイドを補給し始める。


 *


 時間を少し戻す。

「朝はいつも同じ時間に食事をしているんです」

 そんな話だったので、私は手始めにその時間にあわせて食堂に行くことにした。

 誰かを待ち伏せするというのは、中学生の本当に最初の頃に経験しただけである。

 女優として売れ出してからは、スキヤンダルの気配すら避けなければならないので、待ち伏せのような『危険なこと』はしていない。

(久し振りなので、何だか楽しい)

 朝の早い時間に起きてしまい、それからどきどきして落ち着かない。

 まるで遠足の日の子供だ。

 火炎系武装妖精フレイム・アアムド・ピクシイのノラに怪訝な顔をされてしまった。

 彼女の名前はイプセンの『人形の家』から取ったもので、他意はない。

御主人様マスタア、お顔が赤いようですが御加減でも悪いのですか?」

 さすがは私が選んだ妖精。

 気配りが細やかで実に優秀だが、ここは見て見ぬふりをするところだぞ。

 しかしながら、彼女に人間の常識は通じないし、こういう呼吸は時間をかけて仕込みたいので、

「大丈夫よ、貴方は優しくて助かるわ」

 誉めて育てる。

 ノラは満面の笑みを浮かべて言った。

「お茶の準備を致しますわね」

 簡単なキツチンのある部屋。

 お湯を沸かしてお茶を入れるぐらいのことはできる。

 加熱はノラの役目だ。金属製のケトルを四方八方から小さな炎で炙っているので、沸くのが速い。

(彼女の大きさはケトルとさほど変わらないけど、ポツトにどうやってお湯を入れるのだろう)

 と、疑問に思い見つめていたら、普通に握りの部分を持って軽々と持ち上げていた。

 見た目と違って、力はあるようだ。

 ほどなく、部屋の中に漂うダアジリン風の香り。

(しかし味はチヤイに近いけどね)

 まあ、この時間は香り優先でいこう。

 そのほうが、なんだか浮気浮気うきうきできるから。

 自分で自分を見つめてみる。大変調子が良い。

 たとえ演技であっても、本気と変わらないように事前にイメエジを調整する。

 これならば高校生をたぶらかすことぐらい容易だろう。


 *


 同日同時刻。

 御主人様はいきなり目を覚まして驚く。

「うわおっ――」

 当然だろう。私がすぐ目の前のところにいたからだ。

「すいません、すいません、別に何ということもないんですが、ちょうど顔の前にきたところで――」

「ああ、そうなんだ。こっちこそ驚かせてごめん」

「いえ、こちらこそすいません」

 お互いに何度も頭を下げ合ってから、

「タオルを準備しますね」

 そう言って私は備品を入れた棚のほうに移動する。

 昨日はここを整理するのにかなり時間がかかってしまった。

 前の武装妖精がいなくなってから、御主人様はかなりの期間、次の武装妖精を選ばなかったのだろう。

 部屋の中には物が散乱していて、棚にはほこりが積もっていた。

 それがこれまでの御主人様の心の中を現わしているようで、胸が少し痛くなる。

 取りあえずの片付けを終えるだけで、御主人様が寝ている時間の半分を費やしてしまった。

 お陰で、もう残り半分の時間でしかお顔を眺めていられなかった。残念。

 御主人様は寝ている間に、何度か眉をしかめていた。

 何か辛い夢でも見ているのだろうか。

 私たちも自我核の中で夢を見ることがある。

 あれと同じことだろうか。

 可哀想だな、何かできないかなと考えていたところで、いきなり目を覚まされてしまった。


 エリイの動悸はなかなか収まらない。

 

 *


 遠目に、食堂の建物前に立つ雄一の姿を見つける。

 控室の入口で従者ジウサと話をしているようだ。

 なんだか柔らかい顔をしている。

 私と一緒の時には緊張した顔をしている癖に。

 昨日、教授プロフヱサアと一緒の時もそうだった。

(よし、これは嫉妬の炎を掻き立てる場面だな)

 私は回廊コリドウの片隅に姿を隠す。

「あの、御主人様――」

「しっ、ちょっと黙っていて頂戴ね」

「……分かりました」

 私は脳内に教授と雄一の赤い従者の姿を思い浮かべ、盛大に嫉妬の炎を掻き立てる。

 来た来た、いい調子だ。

「おい」

 もう、私がいるのに何よ。他の子なんか見て笑わないでよっ、と。

「大丈夫か」

 こっちだけを見て頂戴。私が一番可愛いに決まっているんだから、とか。

「何をしているのだ」

 本当、何しているんだろうね――って、誰よ?

 振り向くと教授が立っている。ノラがその横で申し訳なさそうにしていた。

「何だかもぞもぞしているようだが、トイレなら食堂にあるぞ」


 *


 彩様は真っ赤な顔で、従者ジウサを控室に放り込むと食堂のトイレに向かって走っていった。

「相当我慢していたのかな」

 御主人様マスタアわたくしのほうを向いて言った。これは皮肉である。

「そのようですね」

 私も苦笑する。御主人様がそう考えていないことは重々承知している。

 彩様の後姿が見えた時点で、その先にある食堂には雄一様の姿が見えていた。

 それを見て彩様は身悶えしていた。

 御主人様が彩様に声をかけている間に、雄一様は姿を消していた。

 そこから導き出される結論は――

「実は男性恐怖症か? 昨日はそんなそぶりも見えなかったが」

「女優さんだから、表に出さなかったということでは。今はお独りでしたし」

「ああ、そうだった。女優だったな。そうかそうか」

 御主人様はそう言って納得したように笑う。

 そして私のほうを見て穏やかな顔で言った。

「それにしても、腕のあざが消えてよかったな、ミザアル」

「はい。もうすっかり。身体のほうもすっきり致しました」

「いろいろと気苦労をかけてすまないな、ミザアル」

「いえいえ、もう慣れましたから」


 二人はお互いに微笑みあうと、食堂のほうに向かう。

 長年連れ添った夫婦のような落ち着いた歩みだった。

 

 *

 

 私は動揺している。

 落ち着かなければ。

 先程のは、見事な不意打ちだった。

 私のミスだ。優等生の武装妖精アアマド・ピクシイでは、警告も出来なくて当然だった。

 それに、あの程度であたふたするようでは、私もまだまだだな。

 そんなことを考え、頭を振ってから、気分を切り替えるために顔を洗おうと試みる。

 鏡(と思われるもの)をのぞきこむと、自分の後ろに目を見開いた中学生が立っていた。

「あの、もしかして、安藤、彩、さん、ですかぁ?」

 やばい、自分の立場を忘れてた。


 *


 食堂で雄一と話をしていると、琴音が珍しく私のところに直行してきた。

教授プロフヱサア、教授、あのっ、聞きたいことがあるんですけどっ」

「一体どうした、その勢いは」

「あの、ここのトイレに安藤彩さんがいたんですけどっ、あれって本当に本当の本物ですか」

「本人に聞かなかったのか?」

「きっきっ、聞きましたって。本人ですか本当ですかって。で、本人ですって」

「じゃあ本人だろうよ」

「だって、この世界、魔法あるじゃないですかっ、だからまたなんか別な現象ということは」

「そんなものは聞いたことがないし、本人が自分で本人だって言っているのならば本人だ。私が信じられないのならば指導員に聞け」

「指導員って? まさか――」

「えっと、僕のことです」

「――何で」

 琴音さんの声に殺気が交じる。

「何で貴方のような無神経な男がAAの指導員なんかやっているんですか。今すぐ私と変わりなさい」

「指導員は変えられんよ。指導員本人が死なない限りな」

「じゃあ死になさい、今すぐ死になさい」


 *


 私は疲れていた。

 自分が有名人であることをすっかり失念していた。

 ここ数日、雄一と教授とボルザ人以外は殆ど会わなかっただけで、すっかり忘れていた。

 それに厨房の人は目も合わせてくれないし。

 それで、久し振りに中学生に熱狂されると辛い。

 しかもここは地球ガイアじゃないし。

 大きく溜息をつき、それから気を取り直してトイレを出る。

 すると向こう側から背の高い男性がやって来た。年齢は大学生ぐらい。

 私は身構える。

 目があった途端に男は微笑んだが、何事もなく通り過ぎた。

 しかし、私は身構え続ける。

(今の男、見覚えがあるのに誰だか思い出せない――)


 *


「ミザアルさん、こんにちは」

「あら、雄一様の従者になられた方ですね。お名前は登録済みですか」

「はい、エリイで登録しております」

「他の方もお決まりですか」

「はい、あ、火炎系から氷結系への伝達ですから、熱交換で一気にダウンロウドしますね」

「よろしくお願い致します」

 雄一の従者の名前と自己紹介が熱交換される。

「あ、私もお願いできますか。安藤彩様の従者で、ノラと申します」

「そういえば、先日お会いした時はお互いに名前がまだでしたね。火炎系同士なら赤外線のシンクロで」

「はい、相互認証で準備完了しています」


 *


 雄一が教授と話しているところに合流する。

「なんだかとても疲れた顔をしていませんか」

 と雄一に言われたので、

「今朝、早めに起きてしまったのよ」

 そう言いながら、見た目がコオヒイのソオダ水を飲む。

 どうしても見た目から離れられないものもあるのだ。

「相田さん、今日は私の訓練に付き合って頂けませんか」

「構いませんよ」

「有り難うございます。じゃあ朝食の後にでも」

 それでも目的は果たす。

 この程度のことなら別に大騒ぎするまでもなかった。

 なんだか、朝からテンシオン上げたのが全部無駄になった気がする。


 *


 昨日に引き続き、今日も午前中は王宮での会議に出席するという教授プロフヱサアと、食堂で別れる。

 別れ際に、

「まあ、あまり我慢はするなよ。昼には戻るから食堂でまた会おう」

 と言われたが、前半部分の意味が分からない。トイレの件で誤解されているのだろうか。

 控室に行ってみると、うちのノラと雄一の従者ジウサが親しげに話をしていた。

「御主人様」とノラ。

「御主人様ぁ」と雄一の従者。

 いずれも急ぎ飛んでくる。

 雄一の従者のほうが甘えた声に聞こえたのは、気のせいだろうか。

(まさか、着せ替え人形とか、そっちの趣味じゃないだろうな)

 と一瞬、ひるむが、教授とのこともあるから一応は正常ノオマルだろうと気を取り直す。

 危ない、危ない。なんだか今日は初手から調子が狂う。

 雄一もなんだか周囲を見回して、微苦微苦びくびくしているし。


 *


 回廊コリドウの陰から、二人の姿を視界に収めた琴音が雄一に向かって呪詛じゅその言葉を吐いている。


 *


 格納庫には身体の大きい黒人がいた。

「君、可愛いね。新しく来た子かい。雄一の知り合いなの」

 と、いきなり全力で食いついてくる。えさすらいらなかった。

 どうやら自分の生体装甲バイオ・アアマを整備していたらしい。

 彼の生体装甲を見上げて、

「ちょっと歪んでいませんか」

 と、正直な意見を述べたら固まってしまった。


 *


(どうしてひと目で分かった?)

 ワキウリは仰天する。


 *


 生体装甲に乗り込んで、個蟲ゾイドの補給を終えたところで、

「じゃあ、格納庫の外に出て動かしてみますか?」

 と雄一に言われる。

 なんとなく操作感には慣れてきたが、まだ自分の生体装甲を本格的に動かしたことはない。

「ぜひお願いするわ」

 と答える。

 そういえば雄一の生体装甲『神白狼ヂンパイロウ』が格納庫以外で動くところを見るのも初めてだ。

 物々しい格納庫の扉が開くと、外は見事な幻想世界である。

 城壁内との格差に頭がくらくらした。

 そういえば、最近の私は世界が狭くていけない。

 周囲を見回す。

 すると遠方に、何だかそこだけ巨大な肉食獣に食いちぎられたようなところがあった。

 世界観にそぐわない。

「あそこはどうして乱雑になっているのですか」

 そう雄一に質問してみたところ、彼は少しだけ堅い声で言った。

「あそこは、僕が転写直後に放り出された場所なんです」

 放り出された――意味が分からない。

「行ってみましょうか」

 雄一の『神白狼』が滑らかに動き出す。相変わらず華奢な装甲だ。

 私は『政宗マサムネ』の足を動かす。思ったより軽い。

「羽が生えたような」という表現を実体験すると、こうなりそうだ。

 前方を『神白狼』が無造作に歩いている。普段の雄一の姿と重なった。

 違和感がない。

 つまり、生体装甲には生体融合者パイロツトの普段の動きをそのまま反映させることが可能、ということだ。

「なんだか、大きさの割に動きに違和感がありませんね」

 そう尋ねてみる。

「そうですよね。意識しなくても自分の身体と全く同じ感覚で動くのだから、凄いですよね」

 やはり。私は試しに昔習っていたクラシツクバレエの動きを再現してみる。

 パ・ド・ブレ。足を交互に動かして入れ替える。

 シヤンジユマン。空中で足を入れ替えて着地。

 アツサンブレ。片足を横に出して、跳び上がり、足を入れ替えて着地。

 鎧のような装甲が邪魔をするが、それでもかなり可動域が広い。

「すごいですね」

 雄一が素直に感心した声をあげる。

(おっ、そこに喰い付いたか)

 ここで多少なりとも点を稼いでおこう。

 ストウニユウ。片足を横に出して軸足に絡ませ、回る。


 *


(でも、鎧武者が来留来留くるくる回る姿というのは、ちょっとなあ――)

 雄一は苦笑する。


 *


 草原が大きく抉り取られていた。

 草が生え始めていたが、その疎らさが当時の激しさを物語っている。

「ここの底辺部にいたのですか」

「はい」

 信じがたい。爆心地と言うべきか、隕石の落下地点と言うべきか。

 アメリカのアリゾナ州にある「バリンジヤア・クレエタア」に似ていないこともない。

(しかし、共有概念による「小書きの仮名と長音記号の迫害」の頑なさはどうしたものだろうか)

 関係のないことを考えながら、凄惨な爆心地を眺める。

 自然に疑問が湧いた。

(どうやって生還したのだろう)

 ここまでの攻撃を凌ぐのは容易ではない。

 と、ここでさらに重要な点に気づく。

「相田さん。生体装甲は兵器ですよね」

「はい、そうですが」

「武器はどうなっているのでしょうか。武装妖精アアマド・ピクシイ使役獣エンプロイメント・ビイストが助けてくれるのは分かりますが、自分で自分の身を守る方法がありません」

「ああ、そうですね。安藤さんは転写直後だから準備がまだでしたね。武器は各自で好きな物を調達するのが基本なんです。格納庫にも過去の品がありますが、大抵は時間をかけて作っているようですね」

「そうなんですか。じゃあ相田さんの『神白狼』は、何をお使いなのですか」

「それが――」

 あ、躊躇ためらった。声でわかる。

 男の子がこんな風に躊躇った時は、何か事情がある時だ。ここは押しどころだろう。

「見せて頂けませんか。私も自分の武器を考える参考にしたいので」

「それが――」

 なおも躊躇うか。これは何かあるな。

「いや、僕のはかなり特殊なものになるので、参考になるのかどうか――」

「それでもお願いできませんでしょうか」

 彩さんに懇願されて困る。(『政宗マサムネ』が両拳を握りしめて懇願する姿はあれだが)

 見せたいが、自在に出せるものではない。

 左手は攻撃性の象徴だから、この場では出ない。

 右手は性衝動の象徴だから、この場で出す方法がない。

 いや、ある。

 だが、しかし。

 それは、ちょっとどうかなあ――

「お願いします。私、見てみたいんです」

政宗マサムネ』、いや、彩さんに迫られる。

 これはもう出さないと収集がつかない。

「少しだけ待って頂けますか」

 僕は覚悟を決めて、視界の片隅にあるアイコンを反転表示する。


 *


「待て」と言われてから少し時間が経って――


神白狼ヂンパイロウ』の右手から幅の広い重厚な剣が飛び出した。


「お、お待たせして、すいません、でした」

 なんだか呼吸が荒くなっている。

 そんなに出すのが大変な武器なのか。

 そんなものが実戦で役に立つのかと疑問に思いつつ、無理をさせて申し訳なかったかなとも思いつつ、

「これ、触ってもいいでしょうか?」

 と尋ねる。

「あ、その。まあ、いいですよ」

 なんだか微妙に躊躇ちゅうちょされたのが引っかかるが、私は剣の表面を撫でてみた。

「はう――」

 雄一の変な声がする。剣も微妙に震えたような気がする。

「あの、大丈夫でしょうか」

「ごめんなさい、大丈夫です。剣ですから」

 それはそうだろう。見たままそのままだ。

 しかし、その割になんだか生っぽい。

 剣は、私の眼の前で徐々に引っ込んでいった。

 叱られた子犬のような尻込みの仕方だった。


 *


 その後、なんだか無口になってしまった雄一と格納庫に戻る。

 生体装甲バイオ・アアマに長時間搭乗してはいけない、と事前に教えてもらっていた。

 だから、そろそろ制限時間なのだろうかと考える。

 しかし、こんなに短くては戦闘に向くまい。何か他に事情があるのだろう。


 *


 昼食のために食堂に戻ると、教授プロフヱサアがいた。

「雄一、どうかしたのか」

 私たちが座るや否や、彼女はそう言う。

 雄一の顔色に早速気づくあたり、やはり侮れない。

「いえ、なんでもありません」

 と言いながら、彼の顔は真っ赤になっている。

「顔が赤いぞ、熱でもあるのか。生体融合者にしては珍しい現象だな」

「本当に大丈夫ですから。すみません。ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「いえ、その、本当にごめんなさい」

 赤い顔をしてひたすら謝る雄一の樣子を傍らで見ながら、私は今日のことをぼんやりと考えていた。

『神白狼』は最初のうち剣を出さなかった。

 いや、あの様子は「出せなかった」という方が正しい。

 それが、暫く待っていたら勢いよく出てきた。

 あの時、雄一の息は少しだけ荒かったような気がする。

 その時はそのままスルウしたが、よく考えるとおかしい。

 剣は生体装甲と直結していた。内蔵されていた。

 それを表に出すのに苦労していたのだから、剣が雄一の意思に従っているわけではないと判断できる。

 すると何に従っているのか? 本能か?

(そんな任意で発動できる本能なんてあったかしら)

 ある。

 あるが、どうやって発動させた? 刺激はどこから受けた?

 そこまで考えて、彩の脳裏には生体装甲の機能の一つが浮かんだ。


 外部記憶アウタア・メモリイ


 それと今現在の雄一の狼狽ぶりを重ねあわせてみる。

 すると答えは自然に一つになった。

(あの時、教授をオカズにしたんだ!)

 あまりの馬鹿馬鹿しさに、私の口から笑いが溢れる。

 それは、唖然とする教授と雄一の前で次第に激しくなった。

 身をよじっての大爆笑となり、そして――


 うわあ―――――ん


 最後に激しい泣き声となる。

(もう嫌、この二人の間に入るの!)

 やっていられない。

 邪魔をしている自分が惨めになる。

 自分はさんざん修正された画像で、性欲処理の対象にされてきた。

 自分の知らないうちに汚されていた。

 それを気にしていたら、女優なんかやっていられなかった。

 それなのに、ここに「自分の好きな子を使って雄々しくいきり立ち、そのことで自己嫌悪に陥って、彼女の前で後ろめたい気分になっている」、馬鹿で、阿呆で、間抜けで――健気な可愛い男の子がいる。


 しかし、その健気さの対象は自分ではない。


 そのことがとても惨めだった。

 私はその時、自分が女優であることをすっかり忘れて、感情のまま泣いていた。

 そして、何かが自分の中で溶けていくのを、おぼろげながら感じていた。

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