第十二話 絆(タイト・ロオプ)

 その日の夕方、僕と彩さんは二人だけで食堂に居た。

 人間居住区域ヒウマン・リビング・エリアでの出来事を忘れることができなかった。

 本来ならば、武装妖精アアマド・ピクシイ使役獣エンプロイメント・ビイストの命名に時間を割きたいところだったが、なかなかそんな気分に慣れない。

 それで、気は引けたものの従者たちを控室に残して、ここで頭を冷やしているところだった。


 そこに教授プロフヱサアがやって来た。


 想定外だった僕は一瞬ぎょっとする。

「おお、なんだか従者ジウサの控室が新しい顔で一杯だと思ったら、君たちが来ていたのか」

 教授はいつもの通りの平静さだった。

「あの、教授。紹介します。こちらは昨日転写トランスレイトされた安藤彩あんどうあやさんです」

「ようこそ、と言ってよいかどうか分からないがとりあえず、ようこそミツドランド王国へ」

「自分でもまだ複雑な心境ですが、今後とも宜しくお願い致します」

 そう言って、彩さんは教授を見つめる。

 教授は不思議そうな顔で彩さんを一瞥すると、軽く眉を上げて、僕の隣に腰を下ろした。

「雄一に連絡を取ろうと捜していたのだが、今日は格納庫に行かなかったのかね」

「ああ、『神白狼ヂンパイロウ』ですか。そういえば今日は乗ってません」

「そうか。だから行き違ったのだな。まったく不便な。まあ、新たな従者を登録したら、そのうち一人が伝達係コンシエルジユになってくれるから、これからは大丈夫だろうよ」

「これでは生体装甲バイオ・アアマが巨大携帯電話扱いですね。乗ってないと連絡が取れない」

「しかも自分が携帯されるほうな」

 そう言って僕と教授は笑った。


 この時、彩は全く別なことを考えていた。

(この「教授」と呼ばれている女性は、私の顔を見ても全く反応を示さなかった)

 これは「地球ガイア生まれならば、自分のことを誰もが知っていて当然」という意味ではない。

 客観的な事実として、平成年代の中高生に「安藤彩」として認識されなかった経験は殆どないのだ。

 雄一にしても、最初に会った時の彼の混乱は、私が「安藤彩」だという事実に起因していると思う。

 そして、これは決して自惚れではないはずだ。

 すると、教授は「平成生まれではない」ということだろうか。

 しかし、それだと雄一との雑談に出てきた内容に違和感がある。

 少なくとも「携帯電話」に反応できる世代は、平成生まれだ。

 私が女優として忘れ去られた後の年代、という可能性はあるか。

 あるかもしれない。

 しかし、それでも自分の顔が完全に忘れ去られてしまうとは思いたくない。

 昔の女優にこんな人がいたな、という認識ぐらい残っているだろう。

 希望的観測まで含むため蓋然性に乏しくなるが、残る可能性はひとつ。

(教授は何らかの理由で、この世界に来てから私の顔を忘れたことになる)


「控室の従者は数からして二人分だから、今日は二人で保管庫に行ったと判断したが」

「その通りです」

「しかも、どっちがどの従者を選んだのか一見しただけで大体分かった。実にお前らしいな」

「どういう意味ですか、なんだか皮肉のように聞こえますが」

「皮肉だ。なぜ自分から困難な道を進もうとする。特にあの黄色い武装妖精はどういうことかね」

「――その点については、僕も言い訳しません」

「だろうな」

 教授は溜息をつく。そして急に視線が柔らかくなった。

「まったく、実にお前らしいな」

「今度は褒められているような気がします」

「おう、そうだぞ。褒めたのだから喜べ」

「光栄です。有り難うございます。感謝しています」

「それでは過剰だ」

 

 この時点で、彩は「教授と雄一の関係」のうち、教授側の事情に気がついていた。

 そして、そのことに微妙に動揺した自分が、彩は不思議でならなかった。

 異世界で心細くなっているのだろうか。多分そうだろう。


「それにしても、さっきは何だか二人して浮かない顔をしていたが、どうした」

「それが――保管庫の帰りに良い機会だと思い、人間居住区域を横切って戻ってきたのです」

「何!」

 途端に教授が腰をあげる。

「それでは――見たのだな?」

「はい」

「そうか」

 教授は再び腰を下ろす。

 そして、大きく息を吐いた

「いつかは教えなければいけないとは思っていたのだがな。黙っていてすまなかった」

「いえ、よく考えれば分かることでした。それを見ない振りしていたのは自分です」

「しかし――それは大変だったな」

「大変というか何というか、衝撃は受けましたが、それからちょっと考え込んでしまって」

「何を考え始めたのだ」

 僕は話そうか話すまいか逡巡する。

 しかし、教授の穏やかな目に勇気づけられた。

「僕たちは、どうやったらこの世界で幸せになることができるのでしょうか」

「そいつは随分と大きく出たものだな」

 教授プロフヱサア保吊ポツリと言った。

 それは決して僕を揶揄した言い方ではない。

 教授も以前から同じことを考えていたらしい――そんなことが分かるような口ぶりだった。

「僕たちはこの世界の都合で一方的に転写されて、この世界に連れて来られてしまいました。それはもう起こってしまった事実なので、いまさら何を言っても仕方がありません。でも、それならば僕たちはこの世界でも幸せになれなければいけない。そうでしょう? でなければ勝手過ぎる。そうでないのなら――」

 教授の単鏡モノクルが、夕暮れの残照を反射して赤く輝く。

「そうでなければ――どうする?」

 僕は教授を見つめる。

「僕は、これ以上の不幸を生み出さないようにするため、転写トランスレイトを断固阻止しなければいけない」

「……それは危険思想だな」

 教授は淡々とした声で言った。

 それは言葉の内容と本人の思いが違っていることを示していた。

 しばらく前までの僕ならば、そんなことには気が付かなかったはずだ。

 教授と付き合っているうちに、そして今まで経験したことがないほどに一人の人と深く真剣に向き合っているうちに、自然と分かるようになってきた。

 彼女が表向きで言っていることややっていることと、裏で考えたり悩んだりしていることの間には、大きな格差ギヤツプがある。

(ギヤツプ……!)

 そこで、僕は気がついた。

(多分、教授ならば僕が今言ったようなことは既に検討済みのはずだ)

 その上でできることがあれば、おそらくは彼女のことだから黙って実行に移してきただろう。

 誰にも本心を知られずに、場合によっては相手を利用し、騙し、裏切ってまで、最終的な目的を達成するために、やれることをやろうとしてきたはずだ。

 人知れず、悩み、傷つき、悲しみ、疲れ果てながら。

 この間とうとう「酔って、泣いて、疲れて、寝て」しまった『亜里沙』こそ本来の姿だ。

 今目の前で穏やかな顔をしている『教授』は、仮の姿に過ぎない。

 そして、そのことを殆どの人は知らない。

 知っているのは、ミザアルと僕ぐらい。

 そして、計画遂行のためには、どうしても隠し通さなけれないけない。

 そして、誤解され、陰口を叩かれながら、それでも前に進まなければならない。

 そして、実際にこれまで長い時間をかけて進んできた。

 そして、そして、そして――

「おい、ちょっと待て。何か私が不味いことでも言ったか」

「ううん、そうじゃないんだ。そんなんじゃないんだ」

 僕の瞳から勝手に涙が溢れ出しただけなんだ。


 *


 目の前の出来事を見つめながら、彩は自分が次第に醒めていくことに気づく。

 まず、教授は嘘をついている。

 彼女は言葉で本心を殆ど明らかにしていない。

 そして、その事実に雄一は気づいて、それを黙って受け止めている。

 受け止められたことに教授が気づいている。

 気づかれていることに進一が気づいている。

 二人の間には言葉にならない共通認識があり、それが循環して見事に調和しているのだ。

 彩はそのことに羨望を覚えた。

 自分にもこんなに素直に見つめてくれる相手がいてくれたら、どんなに心強いかと思う。

 女優の世界は表裏一体、どちらも正、どちらも偽が当たり前の世界だった。

 賞賛と中傷の、どちらに傾くのかは運次第だった。

 その中で大人に混じって鍛えられていくうちに、彩はとても強くなった。

 そして目端も聞くようになった。


 ただ、もう進一のように開けっ放しで泣くことはできない。

 必ず泣いている自分を客観的に演出している自分がいる。

 そして、教授のように優しく包み込めなくなった。

 懐に入れた窮鳥は、自身の懐に刃を忍ばせているのが常だからだ。


 泣き続ける進一を苦笑しながらなだめる教授。多分、この関係は時に入れ替わるのだろう。

 そして彼と彼女は相互補完される。

 素晴らしい、理想的だ、そして――悔しい。

 なぜ自分ではないのか。

 自分にはいないのか。

 そう思う自分の右肩後方で、さらにその状況を客観視している自分がいる。

 そして彼女はこう言っていた。

(今回、自分がここにいることには、誰かが作ったシナリオが存在する)

 そう、あまりにも都合が良すぎるのだ。

 役者である私が選ばれたのは、教授の嘘を見破るためだろう。

 女優である私が選ばれたのは、教授の真意を確かめるためだろう。

 そして女である私が選ばれたのは、教授から奪うためだろう。

 それぞれの意図が、演じる側の私に正確に伝わってくる。

 非常に優れたシナリオだ。

 これを作成し、これを実行に移した黒幕は、非常に頭の良い――悪魔的な人物だ。

 そして、そのシナリオの甘美さに酔う自分がいる。

 進一がまだ認識していない点がある。

 それを撹乱するのが、私に任せられた役だ。


「急に泣いたりしてすいませんでした」

 僕はやっと落ち着いて、見た目コオヒイのソオダ水を一口飲む。

「今日はいろいろ大変だったな。細かいことは、落ち着いたらでいいから聞かせてくれ」

「分かりました。あ、そういえばひとつだけ簡単な報告があります」

「何だ」

「ヨルとフワの契約が継続しているそうです」

使役獣エンプロイメント・ビイストのか? ふうむ。ヨルというのは意識不明の攻撃系のほうだな。確かに契約解除は意思確認の上で、という条件だったから、そうかもしれないな。もう一方のフワは索敵系のほうか。近衛軍が強制連行したのだから、てっきり強制解除扱いになっているものと考えていた。今から申し立てるか?」

「いえ、このままにしておいて頂けますか。ヨルにはちゃんと本人の意思を聞きたいし、フワについては、戻ってくる可能性があるということですよね」

「契約が解除されていないということだから可能性は残る。死んでいる訳でもないからな。しかし、次の戦闘で困るのではないか」

「かもしれません。しかし、前回も二人は僕の楯になってしまって、実際の戦闘には参加していません」

「――分かった、お前の好きにしろ」

「有り難うございます。それから、ミザアルはもう大丈夫ですか」

「ああ、やっと元に戻ったようだ。今日は控室で待たせているから、お前の武装妖精アアマド・ピクシイたちとも仲良くやっているに違いない」

「そうですか。あの青い男なんか、結構頑固者ですよ」

「お前が選び、お前を選んだやつだろう。大丈夫だよ」


(あーあ、聞いていられない)

 彩は苦笑する。

(まったく、二人ともすっかり私の存在を忘れているわ)

 お互い、もう一方の相手のことを考えることので精一杯だ。

 雄一のことを心配しつつ、その意思を尊重する教授。

 自分の意思を貫きつつ、教授の配慮に感謝する雄一。

(この役を演じ切るのは大変だな)

 彩は逆に闘志を燃やした。困難な役回りは、むしろ昔から得意とするところだ。

 確かに、この二人の絆は命綱タイト・ロオプ並みの強靭さを持っている。

 互いに互いを思いあい、支えあう強さだ。

 しかし「タイト・ロオプ」には別な意味――「二人で危ない橋を渡る」もある。

 いずれか一方が墜ちれば、確実にもう一方も墜ちる。

 

 *


 再び、同日同時刻。

 王都の片隅にある居酒屋で男が二人、交渉に臨んでいた。

 周囲の喧騒が、二人の話が外に漏れることを妨げている。

 それでも念のため顔を寄せるようにして、頭まで布を被り、隙間から白い眼だけを覗かせた男が言った。

「確認しますが、成功したら俺の身分は保証して頂けるんですよね」

「くどい。そう何度も言っている」

 相手の男は商人の姿をしている。しかし、目の鋭さがその者の素性がそうではないことを物語っていた。

(こいつは二流だな)

 頭まで布で覆った男は内心で嘲る。

 見た目でそれと分かる工作員を、工作員とは呼ばない。裸の王様が相応しい。

「騙しはそちらのお得意でしょう? 俺としては口約束じゃなくて、確実な保証が欲しいのです。なにしろ今の生活をすべて切り捨てるわけですからね。俺の御先祖様は、裏切りと謀略の世界で何千年も生きてきたんですから、子孫である俺も慎重になろうというものです」

「……分かった、条件は書面に残して渡そう」

「そうこなくちゃ。で、実行はいつですか」

「二週間後の予定だ。それで準備が完了する」

「前の話通り、『訶梨帝母ハーリティー』は出るんでしょうね。俺はそれに一番期待している。前の前の戦闘で、俺は彼女に散々にやられましたからね。それで、俺の装甲はポンコツ寸前だ。じゃなきゃ、こんな危ない橋を渡ることにはならなかったのだから、彼女にはその償いをしてもらわなければね。それに、彼女が出るか出ないかで、賭け率が全然違う。出ないのなら、俺は降りるよ」

「必ず出る。本人に確認した」

「そいつは結構だ。それならば人生の賭けがいがある」

 布の下で男の目が光る。

「それじゃあ、もう一度確認を――」

「くどい」

「役割のほうだよ。短気だな、あんたは」

 気の短い工作員は、工作員とは呼ばない。単なる一般人だ。

「俺の役目は『神白狼ヂンパイロウ』をレイルガンの射線が集中する位置に誘い出すこと、そうだな」

「その通りだ」

「それにさえ成功したら、俺は役目を果たしたことになる、そういうことだな」

「その通りだ」

「会話には変化が必要だ。いつも同じじゃあ軍人だとばれるぜ」

「そうか――気をつけよう」

 しかし、商人風の男の眉間には皺が寄る。

 頭を覆った男は、やはり内心で苦笑いする。面には出さない。

(おいおい、死ぬのは俺の保証書を作ってからにしてくれよな)

 表情を隠せない工作員は、工作員とは呼ばない。既に死体と同じだ。


 *


 その日の夜。僕は四人の従者と話をして、名前を決めることにした。


 赤い癖毛の妖精は、小さめの顔に不釣り合いなほど、大きく目を開いて言った。

「名前は御主人様マスタアのお好きなように付けて頂ければ宜しいのですけれど、どうしても希望を言えと仰るのであれば」

「うん、希望を教えて。短いと助かるんだけどね」

「すると、アとかスとかですか」

「いや、そこまで極端じゃなくても」

「じゃあ、じゃあ――」

 お好きなように、と言った割にはのりのりな彼女に、僕は少しだけ微笑む。

 彼女はしばし俯いて考えていたが、

「でしたら、エリイとお呼び頂けると嬉しゅうございます」

 と、なんだかとても恥ずかしそうに答えた。

「何か理由でもあるの?」

「私が最初の御主人様に頂いた名前なんです。あ、で、でも、昔の御主人様を引きずっているようでいやだな、なんて思われるのでしたら、全然いいのです。本当に、全然構いません」

 顔を真っ赤にしながら言う彼女に、僕は心を癒される。

武装妖精アアマド・ピクシイにも忘れたくない記憶があるのだな)

「いいよ。じゃあ、君はエリイだ」

「――宜しいんですの?」

「うん、君が喜んでくれるのであれば」


 青いぼさぼさの髪をした男は、不精髭の伸びた顎を掻きながら言った。

「正直、名前に思い入れはない」

 と断言した。

「本当に。だっておかしな名前にするかもよ」

「……どんな名前だ」

「ゴエモン、とか」

「それのどこがおかしいのだ。確か昔、そのような名前があったが」

「あ、あったんだ。じゃあ、ムサシは?」

「あった」

「コジロウ」

「あった」

 どうやら、見た目通りの武人系名称は一通り経験したらしい。

「じゃあ、ミキはどう」

「なかった。それでかまわぬ」

 僕はほくそ笑む。

 女性っぽい名前と思われるかもしれないけど、実は「平手造酒ひらてみき」が元ネタだからね。


 前髪を目の上で真っ直ぐに揃えた黄色い女の子は、手に持った花を回しながら言った。

「……名前ですか」

「うん。そう」

「……特段ないです」

「じゃあ、僕が選んでもいいかな」

「……お願いします」

「お花の名前がいいと思うんだ」

 彼女の手が止まった。

「……黄色いお花ですか?」

「そうだね、それが似合いそうだね」

「……元気に咲くやつですか?」

「そうだね、とても元気なやつ」

「……けど、片隅で咲いていそうな?」

「そう――だね、じゃあ、タンポポしかないね」

「……有り難うございます」

 彼女、意外に押しが強いかもしれない。


 緑の長い髪をした女の子は――そういえば、喋れない。

 彼女の細い目を見つめながら、僕は尋ねる。

「うーん、君が望むような名前をつけたいんだけど、例えば筆談はできるのかな」

 彼女は首を横に振る。これは地球ガイアの日本人と同じく「否定」を現わす。

「それじゃあ、僕がいくつか候補を上げるから、その中から選ぶかい」

 彼女は首を縦に振る。これは地球ガイアの日本人と同じく「肯定」を現わす。 

「そうだな、例えばミドリ」

 見た目そのままのストレエト。彼女は首を横に振る。

「じゃあ、モエ」

 萌黄色から。彼女は首を横に振る。

「じゃあ、カオリ」

 土の香りから。彼女は首を横に振る。何だかもどかしそうな顔をしている。

 そこでまた、ぼくははたと気づいた。

「もしかして、カオル――君?」

 彼は首を縦に振る。


 全員の名前を付け終わると、案の定、僕は甘いものが欲しくなった。

 四人に声をかけてみたところ、エリイだけが僕についてくることになった。前回はエミ以外に適任がいなかったので気づかなかったが、基本的に御主人様に常時従う世話係コンシエルジユは一人というのが、暗黙の了解らしい。

 僕たちは食堂まで回廊を歩く。

「そういえば、妖精は何も食べないの?」

 僕はしばらくぶりに妖精と一緒に歩いていたので、疑問だったことを聞いてみた。

「あの、食べるとはどういうことを指すのでしょうか。飲むことと食べられるというのは分かりますが」

 さらりと怖いことを言うエリイ。

「ああ、概念すらないんだ。じゃあ、質問を変えるけど、どんなことをすると元気になるのかな」

「それでしたら、もちろん御主人様のために何かをする時ですわ。あんなことや、そんなことや、もうあれこれいろいろと。そういう風にできておりますから」

 やはり、さらりと怖いことを言うエリイ。

「あ、ただ、こんなことを聞いたことがあります。武装妖精の力を最大にする方法があると」

「へえ、どうすればいいのかな」

「それが、具体的な方法は分からないのです」


 *


 私は控室の片隅にうずくまる。

 御主人様は「部屋に閉じこもってばかりではいけない」と言って、今日も彼女たちが王都に外出したことを確認して、ここまで来る途中も周囲を念入りに見回しながら連れてきてくれた。

 彼女たちがいなければ、私の素性を知る者は一人しかいない。

 御主人様は必要な物資を手に入れたら、直ぐに戻ってくるという。

 その後、また部屋に戻ることになっていた。

 でも、やはり怖い。外に出るのが怖い。

 部屋の片隅で身体を出来るだけ縮めていると、控室の扉が開く。

 布を被っていたので外の声までは分からなかったが、

「……」

「はい。それはもう、いつまででもお待ちしますから。ご心配なく御主人様」

「……」

「いってらっしゃい」

 というやり取りの後、控室の扉が閉まった。

 残った赤い癖毛の武装妖精は、控室に据え付けられた椅子の一つに座る。

 なんだかとても嬉しそうで、幸せそうだった。

「素敵な御主人様でよかった」

 彼女からそんな独り言が漏れる。

 自分の境遇と比較して涙が流れた。

「そうだ。御主人様が聞きたいとおっしゃった歌を練習しなければ。あまり変な声じゃあ恥ずかしい」

 彼女は顔を赤らめて頬に手を当てる。

 そして、その口元から歌が流れ出して――


 その旋律に私の背筋が凍る。

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