第七話 葬送之唄(フユネラル・ソング)

 ミツドランド王国近衛騎士団の公式剣技スタンダアド・ソウド・スキルを起動。

 左腕と右腕を胸元で交叉させる――「大樹タイジユ」の構え。

 意識が、きりきりと上に巻き上げられるように集中してゆく。

戦闘状態バトル・モウドへの移行を完了)

 脳内に僕の声が他人事のように響いた。

「マリ、カネ、ジイ――指示待状態コマンド・モオドに移行!」

 瓦礫がれきの下からい出してきたばかりの三人に、僕は即座に命じた。

!」

「お、おう!」

 カネ及びジイは速やかに指示待状態に移行する。

 さすがにジイの酔いも一瞬にして醒めたようだ。

 マリだけが未だ逡巡していた。

「でもー、でもー」

「いいから移行しろ!」

「でもー、でもー、でもー、でもー、でもー」


 僕は黙って左腕の豪剣を、マリに向ける。


「ううう……!」

 マリは泣きながら、指示待状態に移行した。

 僕は、生まれて初めて他人の意思を蹂躙じゅうりんしたことに気づく。

 胸がちりりと痛んだが、その場の怒りのほうが勝った。

 悔恨は雑念として分離し、自己防壁の向こう側に追いやる。

 三人の移行完了を確認すると、僕は遥か向こうの敵陣を睨みつけた。

 さきほどの遠距離砲撃以降、第二波は未だ放たれていなかった。

 しかし、実戦投入する以上、単発ということはあるまい。

(ということは、連射出来ないということだ)

 そう判断すると、僕は駆け出した。

 身体は軽い。

 だが、足は地面にめり込む。

 後方に土が盛大に跳ね上がる。

 心には怒りが重く沈殿し、うねり、熱を発していた。

 マリ、カネ、ジイは僕の動きに従う。

 マリのしゃくり上げる声が聞こえていたが聞かない。


 断じて聞かない。


 僕が急速接近している事実を掴んで、敵陣が慌ただしくなる。

 奥深くに隠された何かを守るために、前衛が向かってきた。

 機動性重視型らしき生体装甲バイオ・アアマが三体。それでも僕よりはごつい。

 先頭を走っていた生体装甲が、剣を下に構えて振り上げる。

 僕は豪剣を、右上から左下にたたきつけるように振り下ろす。


 ぢん


 交わった途端に僕の剣は根元から粉々に砕け散り、同時に下腹部の群体コロニイが剥がれ落ちていた。

 右側から回り込む。これは想定の範囲内だ。

 その間に、僕の左腕、装甲の継ぎ目からは次の剣が顔を出した。

 今度の剣は外部角質アウタア・ケラチン化したものではない。

 装甲再生リ・ビルドによる再生のほうである。従って、強度は十分なはず。

 下腹部の群体も復帰。差し込まれる鈍い快楽。

 敵の生体装甲は、僕の剣が再生されていることに驚き、棒立ちになっている。

 僕はその腹部に、水平に剣を叩きつけた。


 神神神ぢぢぢん


 敵の黒い生体装甲は、

 バターを切り分けるように、

 若干のぬめりを手の内に感じさせながら、

 腹のところから上下に分割されていった。

 剣が進むとともに下腹部を走る快楽。

 そのまま吐く息とともに剣を振り抜く。

 横に断ち割られた生体装甲は上体を残して、下半身が前に進むような姿でたおれた。

 断面の中心部から血が吹き上がる。

 それを横目で見ながら、僕は無感覚に次の生体装甲を探した。

 朋輩があまりにも滑らかに断ち割られたことに衝撃を受けているらしい。

 次の獲物も棒立ちになっている。

 そこに、今度は上から剣を叩きつけた。


 神神神ぢぢぢん


 やはり、ぬるりとした手ごたえを残して、滑らかに縦に割られてゆく黒い生体装甲。

 繰り返しの快楽に「右腕」の豪剣も顔を出す。

 下まで剣が通ると、敵は斜めに食い違いながら倒れていった。

 その裂け目からあふれ出す血。

 これも一瞥した後、スルーして索敵。

 三体目の位置は少し離れているので、深追いせずに最初の目的物に焦点を絞る。

 騎士階級の一群の向こうに、金属の煌めきが垣間見えた。

「ジイ!」

おう!」

 概念結合した僕とジイは、金属の反射光があったと思われる方向の地面を「めくる」

 僕の足元から伸びる線は次第に熱を帯びて、最終的には溶けた岩の流れとなる。

 ジイはただの土石系武装妖精サンドロツク・アアムド・ピクシイではなかった。

 火炎系武装妖精フレイム・アアムド・ピクシイとの混血種コングロマリツト

 土石流ならぬ火砕流は、使役獣エンプロイメント・ビイストと騎士階級を押しのけながら進み、氷結系魔法アイス・マジカによる巨大な氷の壁に阻まれる。

 接点には膨大な水蒸気が立ち上った。

「マリ!」

「嫌ああああっ」

 彼女は泣き叫ぶが容赦はしない。

 既に指示待状態ではなく、戦闘時結合バトル・コネクトにある。

 能力を強制起動して、雷を水蒸気の雲に放射。

 複雑に乱反射した稲妻の威力は小さいが、広範囲に影響を及ぼす。

 索敵系の使役獣を中心に、数体が煙を上げた。

 内臓から焼けたに違いない。

 雷の余波は周囲の草花も焼き払ってゆく。

「嫌ああああっ」

 しかし、手加減しない。

 むしろ、さらに加える。

 能力を使うことに消極的だったマリには、膨大な蓄電がなされていた。

 彼女の悲鳴が流れる中、稲妻は荒れ狂う。

 堪らず、敵は土石系魔法サンドロツク・マジカにより電導性の低い土壁を生成するが、思う壺だ。

 あれではこちらの姿が見えない。

 機動性偏重の生体装甲である点を最大限に生かし、僕は土の壁を駆け上って跳躍する。

 敵の守備兵の頭上を飛び越して、その向こう側へと着地すると――


 そこには、長くて太い金属の棒を二本、セツトにしたものが十台分並んでいた。


 これがエミを瞬時に消し去った元凶だ。

「消えろおおおおっっつ――」

 僕はそう絶叫しながら両腕の剣を振り下ろす。


 神神ぢぢん


 左腕の豪剣は金属棒を絶つ。

 右腕の豪剣は粉々に砕け散り、装甲再生を開始する。

 下腹部を走る快楽と痛み。同時だったので群体も剥落しきれなかったらしい。

 主に痛みのお陰で、意識が鋭く研ぎ澄まされる。

 これで僕の豪剣は二本になった。


 *


 姫は王室専用の索敵型使役獣サアチ・エンプロイメント・ビイストを経由して、戦況を見る。

「不粋な姿だ。あれでは踊れまい」

 姫の形の良い唇から、不機嫌そうな侮蔑の声が漏れる。

「御意」

 横に直立不動していた、枯れ木のような老人が応じる。


 *


 小型で華奢な生体装甲。

 その左右の腕から、身幅の広い豪剣が飛び出している。

 アンバランスな姿に、敵の攻撃が一瞬だけ引いた。

 しかし、攻撃型使役獣バトル・エンプロイメント・ビイストがまず自分の使命に目覚める。

 咆哮。

 猫科の肉食動物のような獣が、六体だけ殺到する。

 それ以上殺到すると、自分達の攻撃の邪魔になるのだ。

 開いた口の中が赤い。

 僕は、両腕の剣を体の右側に水平に構え、胸の高さに保持すると腰を落とした。

 ミツドランド王国近衛騎士団の公式剣技――「サザナミ」の構え。

 ほぼ同時に六方から押し寄せる獣を引き付けると、無造作に三歩前に出る。

 これによって使役獣の間合いに差が出来るので、近い獣から順に近い剣でぐ。


 ぢんぢんぢんぢんぢんぢん


 連続する快楽。

 獣はいずれも断ち割られた姿になっていた。

 そのまま手近な金属棒を両腕で寸断。


 ぢん


 二台目が使用不能となる。

 武装妖精の魔法攻撃は殆どない。

 自軍の陣内、しかも新兵器が並んでいる場所だから手が出せないのだ。

 そのまま三台目を血祭りに上げる。


 ぢん


 手応えは堅めだが、痛みを感じるほどではない。

 これはこれで気持ちが良い。

 僕は溜息をつく。

 しかし、これでは加熱しすぎだ。痛いほど下腹部が強張っている。

「カネ!」

!」

 冷気を絞って刀身に当てる。

 背筋に震えが走り、右腕の剣が僅かに装甲に引き込まれる。

振尾尾尾尾ふおおおお!」


 *


 劉は、雄一が敵陣へ単独で侵攻するのを遠目で確認していた。

 戦闘開始寸前の奇襲により王国の東側城壁が崩壊してから、全域が乱戦状態に突入していた。

 これでは作法も礼儀もあったものではない。

 劉はまとわりついていた敵の使役獣二体を半月刀で断ち割る。

 中国人だから半月刀、と安易に納得されがちなのでしゃくなのだが、これが一番自分にとって使い易い武器であることは確かだった。

 彼は、自身の生体装甲『ロン』の踵を返す。

 それを見た琴音の生体装甲『白蓮ビヤクレン』が追随する。

『白蓮』は黒い装甲だが、搭乗者の琴音を見て劉が名づけたものだった。

 二体とも軽装甲の機動性重視である。足は速い。

 前方の敵陣内、雄一が切り込んだところは劉と琴音が進む方向からだと丘を挟んで向こう側になる。

 そのため状況がよく分からないのだが、派手な水蒸気に雷撃が続き、土壁が出現したかと思うと、その上を白い生体装甲が飛翔していく。

 二体は丘の上まで到達した。

 劉は戦いの現場を目の当たりにして驚愕する。

「何だ、これは――」

 雄一の白い生体装甲は、戦場の中心に屹立きつりつしていた。

 両腕から直接、身幅の広い肉厚の豪剣が「生えて」いるのが見える。

 そして、右側の剣だけが薄く煙を上げていた。

 表面を霜が覆っていることから、冷却したのだろう。

 周囲を騎士、生体装甲、武装妖精、使役獣が取り囲んでいたが、彼らが手を出せずにいるのは明らかだった。

 断ち割られた生体装甲が二体、同じく断ち割られた攻撃型使役獣が六体、戦場に無造作に放り出されたように転がっている。

 圧倒的な兵力差の痕跡だ。

 とても転写直後の少年の初陣、それも単騎での無茶な敵陣侵攻とは思えない。

 劉自身、初陣は足が震えて最初のうちは思うように動けなかったほどだ。

(一体何が起きているんだ――)

 雄一を助けるどころではない。

 下手に割り込むと、こちらがとばっちりを食いそうな雰囲気すらある。

 劉と琴音は、丘の上から状況を見守ることにした。


 *


 冷気が僕の背筋を抜けてゆく。

 右手の豪剣は再び刀身を露わにしていた。

 敵の陣営は、僕を取り囲んだ状態で動かない。

「来ないのであれば、行くまで!」

 僕は右腕を無造作に振った。

 金属棒が断ち切られる。

 澄んだ金属音が周囲に響き渡り、僕の下腹部に快感が響き渡る。


 快楽原理プレジヤ・プリンシパル――個蟲ゾイドによる生体融合者パイロツトへの報酬インセンチブ


 鼻から息が漏れる。

 ミツドランド王国近衛騎士団の公式剣技を起動。

 腰を沈め、左腕と右腕を大きく前後に開く――「疾風ハヤテ」の構え。

 駆ける。

 その進行方向にあるものをぐ。


 ぢん


 攻撃型使役獣を滑らかに絶つ手応えと共に、湧き上がる快感。

 その向こう側にいた騎士に狙いをつける。

 右腕で騎士の身体を、左腕で騎士を乗せた使役獣をほふると、さらに金属棒を切断。


 ぢんぢんぢん


 四基目が使用不可となった。

 下腹部に熱が籠る。隆起したものの内圧が高まる。


 *


 速すぎて目が追いつかない。

 いくら機動性重視とはいえ、非常識すぎる。

 劉の生体装甲『龍』も、ミツドランド王国軍は勿論、他国の侵略軍で合いまみえた生体装甲の中では、速さで劣ることはなかった。

 しかし、あれには勝てない。

 必死で雄一の姿を追う劉の頬に、次第に笑みが浮かんできた。


 *


 六基目の金属棒を破断すると、内圧は耐え難いほどに高まる。

(冷却するか?)

 敵の騎士と生体装甲は慌てふためいている。

 攻撃型使役獣だけが彼らの無慈悲な指示を受け、彼らの楯となるべく無意味な突撃を続けていた。

それを続けざまに切り捨てているために、冷却する暇が見つからない。

(このまま続けるとどうなる?)

 その問いの答えは、共有概念コモン・イデアに存在しない。

 沈黙。

 殺戮。

 鳴動。

 熱は背骨を経由して脳へと上がってゆく。

 限界が近い。

 僕の頭が白くなって――

 

 *


 劉は見た。

 右腕の豪剣、その先端が割れて白い液状のものが飛散する。

 それは地上に撒き散らされると、地中の個蟲を急速に取り込んだ。

 次第に姿を現してゆく、物凄い数のそれらは――


 白狼パイロウ

 

 頭部に白い角が生え、身体は個蟲のようにぬめる「狼」たち。


 *


 宿主から分離した「彼ら」は、個蟲にとっては生体融合者そのものではない。

 従って、通常の浸透率ペネトレイシオン・レヱトであれば、髪の毛が抜け落ちた程度のことでしかなかった。

 異物として排除されてお終いである。

 しかし、雄一と個蟲の浸透率では、別な意味を持つ。

 右腕の個蟲の一部が「彼ら」を宿主の一部と判断して、飛散する寸前に「彼ら」と同化する。

 地上に撒き散らされた後、その場にあった天然ものの個蟲と結合して「彼ら」を拡張、強化すべく、内部群体と外部角質を形成する。

 しかも「彼ら」は個々に、単純な本能を有していた。

 その本能の形は「狼」に近い。つまり――


 誰よりも速く駆けて、一番最初に潜り込め。


 放たれた白狼は甲高い咆哮ほうこうをあげると、潜り込む標的を求めて戦場を駆け出した。

 周囲は混乱のちまたと化す。

 白狼は人間の拳程度の大きさだったが、白い角が生えている。

 生体装甲に真っ直ぐに突入した『彼ら』は、黒い装甲で角を砕かれる。

 たが、それは装甲再生により即座に再生した。

 しかも、雄一の生体装甲から分離した者たちである。当然の如く、その白き角の強度は豪剣に等しい。

 二度目の突入はいかなる防御も無効であり、『彼ら』は尾を盛大に振りながら、生体装甲にめり込んでいった。

 それは装甲内の生体融合者に到達するまで止まない。

 他の『彼ら』は、武装妖精や使役獣に対しても、同じように潜り込もうとする。

 武装妖精はひとたまりもない。

 使役獣にしても、最初の突入は躱せても、二度目は無理だった。

 白狼が戦場を波のように拡大してゆく。

 その波は、劉と琴音のところまで届いた。

 先程から雄一に呼びかけていたが、応答がない。

 劉は琴音を背中に回して半月刀を構える。

 そこに二体の白狼が飛び込んできて――


 彼らの傍らを通り過ぎてゆく。


 どうやら、敵味方判定がなされているらしい。

 劉と琴音は息を吐いた。


 *


 僕は次第に意識を取り戻してゆく。

 しかし身体には依然として実感がなく、芯がない。漂っている気分だ。

 確か僕は戦場にいるはずである。

 このままでは危ないと思うが、身体が分離した状態で動かない。

 仕方なく周囲を見る。なんだか混乱していた。

 白くて小さな者が飛び交っている。敵は逃げ惑っている。

 白くて小さな者は、激しく尻尾を振りながら突入してゆく。


 激しく尻尾を振りながら。


 そこで急に意識が覚醒して身体の制御を取り戻す。

 左腕の剣はそのままだったが、右腕の剣は姿を消していた。

 僕のほうに向かってくる余裕のある者はいないらしい。

 敵味方判定による味方の識別信号は、至近距離に三つ。

 そして、変に静かだった。

 少し前までの喧騒が嘘のように消え去っている。僕の頭の中で声がした。

(戦闘状態解除)

 倦怠感が全身を襲う。

 長い時間動きすぎたせいだろう。

 お腹が空いていた。以前のような激しい飢餓感ではないのが救いだ。

 そこで改めて考える。

 変に静かだった。

 さっきまではもっと五月蝿かったような気が――


 僕はマリの反応があるほうを凝視する。


 戦闘状態が解除されたところで、指示待状態も解除されたのだろう。

 彼女は黄色いスモツクを着た幼児の姿で――


 カネに支えられて浮かんでいた。

 表情はうつろで、瞳には何も映っていない。


 僕はやっと「戦闘中の出来事」を最初から振り返る。

 エミの消失。

 マリの蹂躙。

 生体装甲の分断。

 吹き上がる鮮血。

 絶つ、割る、切る。

 騎士や使役獣や生体装甲の断面が見える。

 断面、生体装甲の断面。それは自分と同じ人体。

 喪失感、嫌悪感、恐怖感、罪悪感。

 僕の喉が鳴る。


 *


 劉は再び見た。

 混乱した戦場のど真ん中に屹立する白き生体装甲の、面皰マスクが上下に分かれて、下の部分が開く。

 皺だらけの皮膚を真っ直ぐ刃物で割いたような切れ目の中に、鋭い乱杭歯の並んだ「口」があり、それが開いて、

悪悪悪悪悪悪悪悪おおおおおおおお――」

 という叫び声が尾を引く。

 高く低く音程を変えながら、その慟哭どうこくは続き、葬送の唄は荒れ果てた野に棚引いた。

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