「12」


「さて、ね……」

 思わせぶりな態度だった。ここまで来たら、もう聞くしかない。

「悠宮梓の死亡推定時刻の、6時から6時10分の間、大川さんはこの学校のどこで、何をしていたんですか?」


 核心に、触れる。暖炉の中の宝石を取るために、手を伸ばすような気持ちだった。


「ふっ……。相当な決意を持ってその質問をしているみたいだね。わかるよ」

「で、どうなんですか?」

「君は相当な決意を持って質問をしている。その決意に相応しく、僕もそれ相応の回答をしよう」

「……お願いします」

「6時から6時10分だったよね。その時間、僕は職員室にいた」

 的外れな回答だった。

「……え? どこに……?」

「聞こえづらかったかな? これは失礼。職員室だ。この学校のね。1階にあるよ」

「な、何か証明するものはありますか!?」

 あってたまるか。そんな思いだった。

「あぁ、あるよ。3年の数学の先生とお話をしていたんだ。小路先生。女性の方だ。もっとはっきりしたことを言おうか。僕は、小路先生と話をしている時に、悠宮梓の悲鳴を聞いたんだ」

「えっ……?」

 世界の何かが変わった。そう白鳥は感じ取った。

「そうだよ。問題はそこだ。何で僕が容疑者から外されているか、森神はどうして不思議に思わなかったんだろうね。小路先生に話を聞かなかったのかな? まぁ、仕方ない、と言ってしまえばそれまでなんだけどね。そう、僕が容疑者から外されていた理由はたったひとつだ。悲鳴を聞いた瞬間、僕は職員室にいたからだ。つまり、僕に犯行は不可能、というわけだ。おわかり頂けたかな?」



「そ、そんな……馬鹿な……」

「さて、もう1回状況を整理しようか。悠宮梓の死亡推定時刻は6時~6時10分。事件が起こった日は夏休み直前の早帰り授業の日だったため、3時半に部活の無い生徒はほとんどが帰宅していた。残っている生徒は部活のある生徒、生徒会役員のみだったが、学校の決まりで5時半にほとんどみんなを家に帰した。ま、どうしても練習がしたくて学校に掛け合って特別に練習を許可された野球部員がいたそうだがそれは捨ておこう。そしてその生徒会役員は4時から6時まで会議をしていた……」

「か、会議ではありません! 引き継ぎ作業、です……」

「ん? あぁ、そうだっけ。と言ってもまぁ、その引き継ぎ作業から殺人を行うために抜け出せた人はいないんじゃないかな?」

「うっ…………」

 それは確かにその通りだった。グゥの音も出ないとはまさにこの時だった。


「おーい、大川ぁー」

「!?」

 その時、教室の扉が開き、誰かが入って来た。女性だった。

「あれ、天江じゃないか。どうしたんです?」

「やれやれ、先生に聞いてたが本当にいたとは。大川、あんた図書館で借りた本、返してないでしょ?」

 どうやら図書委員の人のようだった。

「あれ、僕が借りた本、期限切れてましたっけ? すみません」

 余裕そうに返事をする大川。

「昨日で切れてる。頼むよ大川ぁ。あんたの借りてる本、今人気があるやつなんだから。あんたみたいなのがいるからうちの学校、図書館で本借りるときは電話番号の記述が義務付けられてんのよ。図書委員から電話いかなかった?」

「これはこれは。失礼しました。以後気を付けます。電話なんてきてましたっけ。あんまり携帯見ないもので。すみません」

「で、この子誰? 見ない顔だね?」

「あぁ、他校の子ですよ。僕の親友のお弟子さんです」

「で、弟子……?」普通の学校生活を送っているうえで、“弟子”なんて言葉は出てこない。天江のこの反応は実に妥当だった。

「師匠さんは僕と同い年なんですが警察に働いている方の息子さんでね。今回の悠宮梓が殺された事件について、調べているようなんですよ。調べている、というかちょっとしたお手伝いらしいですが」

「こ、高校生が手伝っていいものなの……?」

「さぁ? まぁ、合法か非合法かで言ってしまえば完全に非合法かもしれませんが、まぁちょっぴり手伝う程度であれば法の神も眼を瞑ってくれるんじゃないでしょうか。僕はそこら辺のこと、よく知りませんが」


「ふーん……」

 あ、そうだ。と突然思いついたような顔をして、大川が

「そうだ。白鳥君。どうせなら彼女に聞いてみたらどうだい?」

「え……何をですか……?」

 突然話を振られて驚いてしまう。

「彼女は天江有希。図書委員のちょっとしたお手伝いをしてる傍ら、この学校の生徒会副会長という至極立派な肩書きをお持ちの方だ」

「……あんた、少し馬鹿にしてるでしょ?」

「いえいえ、まさかまさか」

「せ、生徒会……役員ですか……?」

 不意をつかれ、怪訝な声を出してしまった。

「んー? どうした、この子も将来は生徒会役員希望なのかな?」

「副会長……白鳥君は他学ですが、学年は僕らと一緒ですよ……」

「えっ、そうなの。なんだ、ついてっきり」

 明るいやり取りをしている傍ら、僕はすっかり緊張してしまった。そうだ、生徒会。この学校の生徒会役員は、あの日、学校にいたのだ……。



「で、私に何を聞くの? 何かあるんでしょ? 聞きたいこと」

 と、天江から話しを振られる。何を聞こう……何を聞こう……。

「あ、あの! あの日の生徒会の会議について、詳しく教えてもらってよろしいでしょうか!?」

これ以外思いつかなかった。他に聞くべきことがあるような気もしたが、多分これでいいだろう。

「じゃ、ちょっと僕は図書室に行こうかな。本を返してこなくちゃ」

 と言って、大川が立ちあがった。

「うん? 大川、私が返してくるわよ? そのためにここに来たんだし」

「いえいえ、構いませんよ副会長。それより、この子の話相手になってください。この子、迷子になっちゃってるんで、もう一人の方の保護者格の奴がこの部屋にもう少ししたら来るはずですので」

「あ、そう?」

「んじゃ、探偵のお弟子さん、しっかり話を聞くことだ。と言っても僕もすぐに戻ってくるけどね」

と言うと、大川は教室から出て行ってしまった。

「それじゃ、話をしましょうかね。えっと、こういうの何て言うんだっけ。証言、でいいのかな? で、あの日、7月29日の生徒会の会議について、だったよね? まだ覚えてるよー。あたしと会長が警察に呼ばれて色々聞かれたから、結構覚えてる。何も無かったらもう忘れてたかもしれないけどね」

「お、お願いします」

「フフッ、そんな緊張しなくていいって。うーんとね、あの日は午後4時ぴったりから生徒会室、この教室の隣のにある3―Hっていう教室で引き継ぎっていう作業をしていたんだ。この教室のすぐ隣ね。会議、とはまた違うよ。よく会議と間違う人がいるんだけどさ、私たちは別に何か議題があってそれについて語ったわけでも無いし。ただの資料整理と、2年生に対して今後のこの学校の課題、方針とかを簡単にプレゼンしただけ。まー、会議っていうんだったら会議でもいいんだけどね。でもほら、会議っていうと何かもっとこう、お堅いモノをイメージしちゃうじゃない?で もそこまでお堅い会議でもなくて結構ワイワイやってたのよ」

「じ、時間はどれくらい……?」

「んーとね、2時間ぐらいよ。梓君が悲鳴をあげて発見されたのが確か午後6時だった、て言ってたよね。その時まで私たちは生徒会室で引き継ぎやってたから。まぁ、死体が発見されて大騒ぎになっている内に解散になっちゃったんだけどね。私と会長は居残り命じられちゃったけど」

「その間に席を立った人や、廊下に出た人、とかはいませんでしたか?」

「うん、さっきも言ったけどね、結構みんなでワイワイやってる作業だから、2、3人ほどはいたよー」



「えっ、そ、それは誰ですか?」

 白鳥にとっては聞いたことのない話だった。白鳥が現時点で考えの範囲では、生徒会の役員達が今回の殺人事件において無実とされている根拠は、生徒会の役員達が会議の最中、部屋を一歩も出ていないからだと思っていたからだ。だからこの事実を聞いたとき、白鳥は新事実を発見したのだと意気込んでしまった。鏡が無いので自分の顔がわからないが、目を見開いて聞いてみた。その時、

「ユキさーん、あ、いたいた」

 また誰かが教室に入って来た。これまた女性だった。ツインテールの髪の、背の小さな子だった。



「ん? 朱莉(あかり)、どったの?」

「こんなところで何してるんですかー? なかなか帰って来ないから探しちゃいましたよぉー」

「あれ? 私が帰って来ないと何が不都合なことでもあった?」

「いえ、そういうことでもないんですが。急でも無いんだけど、今日一緒に帰れるか聞いて来てって咲(さ)夜(や)さんが言っていたので……」

「えっ、なんだそりゃ……。まぁいいや、ありがとう朱莉。もう少ししたら戻るから」

「わかりました……って、その子誰です? 他学の子?」

 朱莉、と呼ばれた女性は白鳥の方に珍しい、不思議なモノを見るような目つきを向ける。

「あー、うん。なんというか、ちょっと説明しづらいんだけど、とりあえず他学の子。なんかね、今回の事件について調べてるみたいよ」

 説明してくれるのは非常に嬉しいのだが、なんとも居づらくなってしまった。


「えっ、その子警察の関係者さんなんですか?」

 一歩身を引いたのがわかった。白鳥自体は別に警察関係者でも何でもないが、自分の今の正確な立ち位置をうまく説明できないでいた。説明するのも面倒くさいし。

「うー、私もどう説明していいのかわからないんだけどね。ま、大川が信用してるみたいだからあんまり心配してないけど」

「へぇー……あ、大川さんが雇った探偵、みたいなものですか?」

「い、いや、そこまではわからんけど……。まぁ、大川が事件を何としても解きたい気持ちもわかるけどね。あずにゃんと一番仲良かったワケだし」

 話がよくわからない方向へと盛り上がっている。この会話に入りづらいがなんとか無理矢理入らなければ。



「あ、すみません、よろしいですか……?」

「あ、ごめんなさいごめんなさい。、えぇっと、名前なんて言うんですか? あなた」

 話をすぐに止めてくれた。そして、名前を尋ねられた。

「し、白鳥、と申します」

「ま、、他にも色々と聞きたいことはあるんだけど、先に事件のことから話しをしちゃおうか。ちょうど朱莉もいるしね。朱莉もね、生徒会役員なのよ。あの日、生徒会の会議の引き継ぎに参加してたの」

「えっ……えっ、そうなんですか!?」

 これまた都合の良い展開に驚愕する。

「え、なんですか? もしかして生徒会役員の人って殺人事件について疑われてたりするんですか?」

 当たっているような外れているような。絶妙な距離感の疑問をぶつけられた。

「えっ、そうなの白鳥君!?」

 首を絞められそうな勢いで聞かれてしまう。なんて答えていいのか困ってしまう。

「いえ、疑われている訳ではないのですが、あの日に学校にいた人が少なかったので、数少ない貴重な人たちに話を聞いているんです」

当たり障りの無いことを言って納得させようと試みた。

「ま、まーまー。別にいいじゃないの疑われてても。やってないんだから証拠なんて出てこないわけだし。で、白鳥君。あたしたちは何を話せばいいんだっけ?」

 この天江さんという人が何でも好意的に受け取ってくれたので内心かなり助かっている。世の中の人が全員こんな人であったなら、警察の聞き込み調査ももう少し楽になるんだろうなと思った。

「え、えっと、あの時の生徒会の会議について、聞きたいことがありますので、質問に応えてもらえますか?」

「あの日の生徒会の……会議っていうか引き継ぎ作業だね。いいよ。まぁ、でも時間があるから、15分ぐらいしか付き合うことができないけど」

「も、もちろん大丈夫です。変に引き止めたりはしませんから。え、えっと、その会議、引き継ぎ作業は午後4時から始まったんですよね?」

「うん、それはほぼ間違いないね。以前、別の人にも聞かれた時にバッチリ思い出したから間違いない」

 別の人、がちょっぴり気になったが今はそこに突っ込まなくてもいいだろう。警察か、それに類する何かだろう、どうせ。



「で、会議中、抜け出した人、とかっていましたか?」

 ここが大事な部分だ。先ほど話が中断したこの話の先こそが、本番。

「えーっとね、うん、いたよー。さっきも言ったけど、3人ぐらいいたかな」と天江。

 抜け出した人が、いる。白鳥にとって、初めての情報だった。新たな容疑者がここで生まれるかもしれない。不謹慎な言い方かもしれないが、一種の希望のように感じられた。

「えっと、誰でしたっけ、あれ」

 朱莉は天江の方に目を向け、考える。

「えっと、美恵(みえ)と、野崎と、秋谷さんと、あと……あ、茜会長も出ましたね」

「茜……会長も……?」

 これもまた初耳だった。白鳥はてっきり、生徒会の会議ではほとんど外に出ていないものかと考えていたからだ。



「おっと、何を考えているかわかるよ少年。でもね、この4人にはあずにゃんを刺すのは不可能だったと思うよー」

 色々と考えていることを顔を見ただけで見抜かれたか、天江はそう言ってのけた。君がそう思っていたことはわかっていた、と言わんばかりに。

「ど、どうしてですか……?」

「えっと、まずね。最初に生徒会室を出たのは……美恵だったか。うん、あのね、確か道具が足りなかったんだよね。マジックペンだったかな。そんな感じの道具を色々と貸してもらいに職員室まで行ったの。行ったの、っていうか行ってもらったの」

「何時頃、でしたか?」

「あれは会議が始まってすぐぐらいだったかなぁ。ねぇ?」と隣にいる朱莉に話を振る。

「えぇ、そうでしたね。4時15分ぐらいでしたでしょうか」

 4時15分……。完全に守備範囲外だ。というか、問題外。

「何分ぐらい生徒会室を抜けたか……とかって覚えていますか?」

 まったく意味は無いと思うが掘り下げてみる。撃ってみても外れることは目に見えているが撃つのはタダだ。疲れもしない。だったら撃ってみた方が得だろう。

「10分……15分ぐらいだったかな……」


「あれ、結構かかりましたね。職員室まで遠いんですか?」

「いーや。職員室まではさすがにそこまではかからないよ。この学校は結構広いけど、1階の職員室まで5分もかからないよ。2,3分ぐらいかな? まぁ、行き帰りだけで10分15かかったわけじゃないよ。なんかね、マジックペンを借りようとしたら先生が探すの手間取っちゃったんだって。それで10分ぐらい職員室で足止め喰らっちゃったとか」

 マジックペンを探すために10分間足止め。……あり得ないことではない、のか……?

「うん、まぁこれは警察にも話したことで、多分警察も職員室にいる先生に確認を取ったはずだよ。間違いない」

 これで、一人容疑者という枠から外れた。そもそも4時台にしか生徒会室の外に出れないという時点で犯人である可能性は俄然低くなるのにその上廊下に出た目的がしっかりとあり、さらに証人もついている。疑う余地も隙間もない。

「えっと、それじゃあ次は……誰でしたっけ?」

「次は、えっと野崎だったかな」

「はい、確か野崎です。トイレに行ってた、とか言ってましたね。5分もしないで帰ってきました」

事務的な口調で朱莉が言う。事務的な口調故に、その言葉の重みがのしかかる。

「5分…………」

 4階から1階まで階段を降りて、人を刺し、さらに4階まで戻り何食わぬ顔で生徒会室に5分で舞い戻る。そんなことが果たして可能なのだろうか? それも、誰にも見られずに。確かにあの時間、生徒はほとんど学校には残っていなかった。しかし、教師はいたはずだ。生徒たちは一部を除いて生徒会役員しかこの学校には存在し得なかった。もし教師たちが1人でも廊下に出ていたら目撃する可能性はかなり高いはずだ。5分でそこまでするのは難しい。まったくありえないことではないかもしれないが、無理がある考えだ。容疑者からは外すのが無難かもしれない。

「で、次は……?」

「秋谷さんですね」

 もう完全に事務職のおばちゃんみたいになっている朱莉がそう告げる。

「秋谷……?あれ、秋谷って何してたっけかなぁ」

 何かを考え込む天江。



「秋谷さんもトイレだったような気がしますよ。野崎と違って10分……いや、そんなにかかってないか。5分以上、7分ぐらいかかりましたかねー。まぁ、普通のトイレよりはちょっとかかったな、程度ですね」

 7分……。難しい時間だと思った。裏庭で人を一人刺してダッシュで4階まで駆け上がり、息を整えて何も無かったと皆に思わせる。何事もなかったかのように。無理、ではないのか?7分。難しい数字だ。5分では無理だと切り捨てた。犯人はご丁寧にナイフも現場から持ち去っている。学校付近からはナイフは未だに見つかっていないと森神悟から聞いていた。だからつまり、もし仮に犯人が生徒会役員の一人だとするならば、ナイフを持ち去ったということになる。生徒会室まで。そしてそのまま家まで持ち帰ったことになる。しかし、それは可能なのだろうか? 朱莉、天江から話を聞く限り、それ以降は生徒会長である茜しか廊下にしか出ていなかったことになる。その後はもう誰も生徒会室から外には出ていない。つまり、その後は悠宮梓の死体が発見される、ということになる。その後、警察に通報され、簡単な事情聴取が行われた。その際犯人はナイフを持ち続けたことになる。その簡単な事情聴取の間すらナイフを持ち続ける。そんなことが可能なのか?いや、そこまで厳しい事情聴取ではなかったかもしれない。いや、まさか。森神悟から聞いた捜査の流れを思い出す。悠宮梓の死体が見つかった時、凶器のナイフについてはその日の内に捜索がされたが見つからなかったと言っていた。しかも生徒会役員については警察が到着したその時だけに至っては各人どんな行動をしていたのかわからなかった。つまりは、警察にとって容疑者の塊のような存在だったはずだ。つまり、簡易であれどうであれある程度の手荷物検査は行われたはずだ。犯人はその手荷物検査をくぐり抜けたということになる。学校内の凶器になり得るすべても警察のチェックが入ったとも聞いた。つまり、生徒会役員達は凶器を学校内に隠すことは出来なかった……!!


「あの、すみません。変な質問になってしまうのですが」

「おーおー、構わんよ。というかすでに今までの一連の質問もすでに変な質問だったからね」

 嫌味なのか純粋な言葉なのか判断に困る言葉だ。純粋な気持ちから出てきた言葉だと勝手に解釈する。

「あの、悠宮梓さんの死体が発見された直後の行動についてお尋ねしたいんですが」

「んー? それも構わんけど……。最後の大トリである我らが生徒会会長の茜さんの行動については聞かなくていいのかな?」

「あっ」

 と白鳥は思い出す。そうだ、最後の容疑者についての行動を聞くのを忘れていた。

「あ、申し訳ありません……。先に最後の、鳳茜会長についても聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「うんうん。もちろん構わんよ。と言っても、まぁ大して茜会長も前の3人と変わるわけでもないんだけどねー。茜会長は……5時ごろだったかな?」

「いえ、5時少し前でした。帰って来たのが、5時ちょうどです。5時のチャイムが鳴った時に会長がちょうど教室のドアを開けたのでよく覚えてます。私も覚えていましたし、章子も覚えてましたから間違いないと思います」

「あー、うん。そうだね。そういうことだ少年」

 と言ってきた。ということはつまり、何だ?やはり生徒会役員には犯行は不可能だと言うことになるのか? 正直、生徒会役員の中に犯人がいる、と半分ほど確信していた。生徒会室では1年に1度の大掛かりな会議が行われていたと聞いていたので誰も廊下には出ていないのかと思っていた。しかし、実際に現場の人間に話を聞いてみたら実はそこまで厳しい態度ではないということが判明した。ここに何かしらのトリックが隠れているのでは、と考えてしまった。しかし、そんな甘いことはあり得ない。あり得ないはずだ。彼女達は、生徒会役員達はあの日、学校にいた唯一の生徒達で、警察からも多かれ少なかれ事情聴取をされていたのだ……。その話を聞いて、シロだと考えたから彼女達は容疑者だと警察から断定されなかった。警察が一番初めに話を聞いて、誰も容疑者にしなかった。それはつまり、明らかに疑わしい、素人が捜査、聞き込みをして怪しい人物というのはいるはずがないのだ。それは至極当然で、当たり前のことじゃないか……。

「あ、そういえば」

「え?」

 迷宮の奥に閉じ込められてしまったか、と考えた白鳥に聞こえたのは朱莉の一声。何かを思い出したかのような声だった。ずっと考えていた昔に遊んだ子供の遊びの名前を思い出したかのような、そんな声。

「4人だけじゃないですね。もう1人いましたよ。廊下に出た人」

「え?」

 それは、遠い空の向こうに見えた希望のようなモノ。

「天江さんですよ、天江さん。1回外に出たじゃないですか。外、というより廊下ですが」

「えっ」

「えっ」

 白鳥と同時に天江もまた驚きを隠せないようでいた。

「え、廊下に……出たんですか?あ、天江さん?」

「えっと、ちょっと待って……朱莉……えぇと、あ、そういえば」

「外に出たんですね!?」と声を荒げて聞いてしまう。

「あ、うん。えっと、確かに出たっちゃ、出たんだけど……」

「うん?」

 何か歯切れが悪い。それに、白鳥も何かおかしい、違和感のようなものを鋭く感じ取っていた。大物を信じて網を水面に引き上げたら、稚魚しか獲れなかったような、あの感覚を奇麗に脳のどこかが感じていた。



「えっとね……、えぇと、自分じゃ説明しづらいんだけど……」

 と言うと、天江は朱莉を方をチラッと見た。視線に気づいた朱莉は慌てて喋り出す。

「あ、えっと、白鳥さん、でしたっけ。すみません、もしかしたら盛大な何かを期待されていたかもしれませんが、多分盛大な勘違い、思い違いだと思います。天江さんは廊下に出ただけです」

「え?」

 やはりだ。これは、違う。獲物はかかっていない。

「あー、えっとね、うん。簡単に説明するとね、私、家の母から電話が来たのよ」

「電話……ですか?」

「そ。朱莉とかとちょっと話をしてる時に電話が来ちゃったから1回廊下に出たのよ」

「ちなみに……何分ぐらいお話をされましたか?」

「5分~10分ぐらい……だったかな……」

「え、えっと、聞きづらいことなんですが、証人、のような人はいらっしゃいますか?」

 5~10分でももし証人がいなければ何かが変わる、かもしれないような。

「うん、いるよ。証人、っていうかね。私、廊下に出たんだけどドアを閉めなかったんだ」

「えっ……?」

 まったく想像していなかった答えに驚いてしまう。

「ド、ドアを閉めなかった、というのは……?」

「そのままの通りだよ。廊下と生徒会室を仕切る扉をうっかり私が閉め忘れちゃってね。というか電話をとるの急いでて忘れちゃったんだよ。だからつまり、」

「えっと、早い話が私、私ともう一人の子は電話している天江副会長の姿をずっと目撃してたってことです。窓のところでよっかかりながら電話しているのを見てたってことです。まぁ、こっち向いて電話してたわけでなく、外の方を向いていたわけですが。だから、えっと、大変言いにくいんですが、副会長が例えば、その、裏庭に行った、とかそういったことはあり得ないということです。そういえばこれを警察の人に話すのは忘れていたのですが……。ま、まぁ、白鳥さんに話せたからいいですかねっ」

 何か、自分に言い訳するような口調で言う朱莉。しかし、内心はそこまでマズいとは思っていないだろう。それもそうだ。実際に、大してマズくはないのだから。

 警察にとって、大切なのは生徒会室の外に出たかどうか、ではなく外に、裏庭に向かったかどうかにのみ焦点を置いていたのだと思う。実際にそこが大事なポイントだからだ。

 廊下に出て母親と会話をしたかどうか、なんていうのは些細な問題だ。蚊が二匹部屋に入っていた、と思っていたら実は一匹だった、程度の瑣末な問題だ。あまりにも瑣末。もっとくだいて言うのであれば、どうでもいい、という言葉にもなる。彼女がそのことを言わなくて良かった、と思うのも無理はない。忘れていたのも仕方ないと言えるだろう。


「時間は5時半ぐらいでしたっけ?」

 白鳥が色々と考えている間に朱莉が天江に確認する。

「えっとね、何時だったかな。結構後の方だった覚えはする。よく考えたら携帯を見てみればいいんじゃない。ちょっと待ってね」

 と言うと天江はポケットから携帯電話を取り出し、ボタンをいじる。

「おっと、5時32分だね。通話時間は6分ちょっとってなってる」

 と、その時、ガラッと扉を開ける音が聞こえた。音のした方に目を向けると、大川優誠の姿があった。


「あれ、お客さんが増えてるな。それも、新しいお客さんも生徒会役員ときたもんだ」

「おっと、おかえり大川」

「はいはい、ただいま帰りましたよ副会長様。で、話は終わりましたか?」

 自分の席に座り、足を組んで尋ねる大川。

「うん。答えられる質問にはとりあえず全部答えたよ。あとは、まぁ白鳥君次第だよ。私たちも、そろそろ図書室に戻りたいんだけど……」

「だ、そうだ。どうする? 白鳥君?」

「え、えぇ、特に無いと思います……」

 生徒会役員の一連の行動についてはすべて確認した。そして、すべての行動がほぼ確認できるものだった。疑う余地はどこにもなかった……。

「だ、そうだ。お引き留めしてすみませんでした、副会長」

「ううん、全然構わないよ。白鳥君、もし事件が解決したら教えてね」

 と悪戯っ子のような笑顔を白鳥の方に向けると、朱莉と共に教室から出て行った。


 朱莉と天江が教室から出て行くと、残るは白鳥と大川だけになった。

「何か、わかることはあったかい?」

 大川が静かに聞いた。

「正直言った話、あまり進展があったとは思えません……。事実の確認作業をしただけ、と言った印象が強いです」

「事実の確認作業、大いに結構じゃないか。自分の目で見ないと信じることができないもの、というのはこの世に多々ある。自分の足、自分の耳で確認することは大事だよ。で、犯行が行えそうな人物はいたかな?」

 と大川が訊いてきた。森神は大川を犯人だと信じて止まないそうだが、白鳥はその説をもう信じてはいなかった。残念ながら、大川は犯人ではありえない。生徒会役員も同じくだ。

「いえ、どうやら生徒会役員は犯人ではなさそうです。可能性は低いですが、やはり外部からの犯行の可能性は高そうです……」

 と述べると大川は薄い笑みを浮かべた。

「そうか。まぁ、この学校は確かにそれなりの警備態勢が敷いてあるが、穴がまったくないわけでもない。まったくの外部の第三者がこの学校に侵入し、偶然悠宮梓を殺してしまった。まぁ、無くもないだろうね。ところで、見てほしい画像があるんだが……」

 薄い笑みを浮かべたままそう尋ねてきた。

 しかし、白鳥の方に見てほしい画像に心当たりは何も無い。

「別に構いませんが……何でしょう?」

「これだ」

 と言うと、大川は白鳥の方に携帯電話を向けてきた。

 どうやら見てもらいたい画像は携帯電話に保存してあるらしい。


 その携帯には、裏庭で倒れている、悠宮梓の死体が映っていた。


「ッ!!!!!!!!!!!」

 思いもかけない映像を見てしまい、まるでコウモリが突然光を受けてしまったかのような声をあげてしまう。

「こ、これは……?」

「さて、なんだろうね?」

 すっとぼけるように言う大川がもはや自分と同じ大地に立つ人間であるとは思えなかった。

「君がおそらく、生徒会役員の方々を事情聴取してわかったことは、あの日、生徒会の役員に犯行は不可能だったという点だ。そして、僕にも不可能だった。なにせ、梓が悲鳴を上げたとき、僕は職員室にいたのだからね。僕は今時の警察の捜査なんて知らないから何とも言えんが、多分、詳細な死亡推定時刻はわかるんじゃないかな。6時から6時15分ぐらいだと。そしてその時間、僕は間違いなく職員室にいた。この事実もどうしようもなく、ひっくり返せない。では、その他の先生、生徒を犯人だとしようか? いや、もしかしたら外部か? それは難しい。そうだとしても、証拠は絶対に見つからないし、真相もわからない」

 慇懃そうに語っているように聴こえるが内心はどう考えているかさっぱりわからない。

「じゃあ、その写真はなんですか?」

「それを考えるのが君の役目だと思うね? さて、君にはそろそろお帰り願いたいが、最後にひとつ、アイツ……森神に言伝を頼みたい」

「言伝? なんですか」

 つっけんどんに言うと、

「おそらく、アイツはこの事件をどうしても解きたいんだろう。それはよくわかった。その気持ちはよくわかるし、僕も解けるものならこの事件の謎を解きたい。しかし、多分それは無理だろうからね」

「な、何がですか……?」

 言いたいことがイマイチ掴めず、語気を荒くしてそう聞いてしまう。

「もし、この事件を解くことができないと森神が思ったら……。こう言ってくれ。いや、ちょっと待って。君に尋ねてみようかな」

「な、何ですか……?」

「1m飛べるノミが、ここにいる。いるとする。そして、そのノミに50cmのフタを被せよう。すると、もちろんのことだが、ノミは50cmしか飛べない。そしてその後、しばらく後に、フタを取るんだ。そうすると、ノミは何m飛ぶか?」

白鳥にとっては聞いたことの無い問いだった。

「そりゃ、まぁ、1m……じゃないですか?」

「いや、答えはどうでもいいんだ。それを、森神に言ってくれ。森神にとって、大いなるヒントになるだろう。僕から唯一彼に送ることのできる、ささやかなヒントだ」

「ヒントって……」

 ヒントを与える。事件解決のヒントを与えることのできる存在。それはつまり、犯人ということではないのか。そう声を上げようとしたときだった。

「悪いが、もう君と僕の会話はこれっきりだ。後は、君の師匠と楽しく考えてくれ。ここの教室にいれば、森神はここに来るだろう。僕は先に失礼するよ」

 そう言うと、大川は立ちあがり、教室から出て行ってしまった。

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