「11」
●????年??月??日 森神と白鳥の捜査
白鳥は森神とはぐれてしまっていた。白鳥が催してしまったようなのでトイレに行って戻ってきたら、森神の姿が無かったのだ。しかし、まぁよくある話でもあった。それに、森神はこの学校で捜査していることはわかりきっていることだ。別に慌てることでも何でもない。2階から3階へ向かう。確か、森神が犯人だと疑っていた大川優誠のクラスは3‐G教室だったような覚えがある。もしかしたら森神もそこにいるのかもしれない。そう思った。
しかし、3‐G教室に森神の姿はなかった。しかし、別の人物がその教室にはいた。
大川優誠だった。
「おや、誰かと思えば、森神の弟子じゃないか。どうした、こんなところで」
何かの本を読んでいたようだ。一番奥の窓際、後ろから2番目というなかなか良いポジションだ。自分の席だろう。こちらに気付くと、本から目を離し、眼鏡をかけて体をこちらに向けてくれた。
「え、えっと、その。森神さんはいないかなって思いまして……」
「森神? いや、ここには来ていないよ。というか、ここ数十分は彼と会ってないな」
「そ、そうですか……」
なんてこった。ここ以外どこにいるっていうんだろう。職員室とか、図書館とかだろうか? 場所がわからない。
「現場でも見てるんじゃないか? 事件現場の裏庭だ。この教室から廊下に出てすぐ前の窓から見下ろすことができる」
「え、そ、そうなんですか?」
「あぁ、そうだ。この教室と、隣の3‐H教室、そして3‐F教室に面している窓からだけ、この階で唯一裏庭が見ることができる貴重な場所だ。変な造りになってるからな、うちの学校は。いや、この階だけじゃないな。二学期からは何やら学校で大移動が始まるらしくて1階から5階の裏庭に面している数少ない窓からは裏庭が見れないんだったかな。机やらロッカーやら、そんな道具が教室から出されて窓側にゴッチャリ積まれてるんだよ。見なかったかい?」
「い、いえ……」
この教室、3‐Gのすぐ隣にはあの日、生徒会の会議が開かれた3-Hの教室がある。その教室からすぐ出て事件現場である裏庭を見下ろせるなんてことをそもそも知らなかった。
「ふふ、色々なことを考えてそうな顔だ。何か面白そうなことを考えていると見える」
「え、いや、そんなッ」
その情報を聞いてから色々なことを考えていたが、それをあまり顔に出さないように努めた。しかし、残念ながら顔に出てしまったらしい。
「大丈夫だ、あまり顔には出ていないよ」
「えっ……」
どこまで読んでいるのか、と思った。この人はもしかして人の心が読める超能力でも使えるのではないか。
「気にするな。小さい頃からの癖なんだ。人が何を考えているのか、と自分が考えずにはいられない。そんな癖だ。変な癖だろう? まったく、自分でもずいぶんと酷い癖だなぁ、とは思ってるんだが……ハハ、これがね、どうしてもやめられないんだ。こびり付いてしまったカビのようにね。ちなみにこれはアイツ、森神は知らないことだ。アイツには秘密だ」
悪戯坊主のようなウインクをひとつ投げかけてきた。笑顔を添えて。
「さて、と。こちらの秘密をひとつ提供したついでにこちらからもひとつ、質問をさせてもらおうか」
と言うと、大川はかけていた眼鏡を一度外し、指で眉間を抑えた。目が痛いのだろうか。
「いや、別に僕は自分が好んでその情報を聞き出した訳ではないですよ」
別にこれといった意味はないがとりあえず反論してみる。
「はっはっは。いや、言い方が悪かったかな。許してくれ。別に答える必要はないよ。もちろん、答える義務もね。ただちょっと聞きたいことがあったから質問するだけだ。答えたくなかったら、答えなくてもいい」
「聞きましょう」
「どうして、君……白鳥君、だっけ? は、この部屋に森神がいると思ったのかな?」
「……」
一瞬、心臓が止まったかと思った。なぜこの男はこんな質問を突然してくるんだ。
考える。何かこの男の前で失言をしてしまったのだろうか?
い、いや、この男は人の心を読むことができる、いわば超能力的な力を備えている。
その能力を駆使して僕が何か、あらぬことを考えていると察知したのだろうか?
「……別に答える義務はないけどね、答えるつもりが果たしてないのか、答えるつもりがあるのか、だけでも答えてくれるとこちらとしては何かと嬉しいかな」
とのたまったのは大川だった。
「い、いや、別に……2階のトイレで迷子になってしまったので、もしかしたら森神さんは大川さんに会いに行ったのではないかと思いまして……」
悪くない回答だ、と心の中で白鳥は思った。これでこの場は凌げる、と。しかし、
「嘘だね」
一蹴された。
「えっ……?」
また空気の流れが動きを止めてしまった。
「残念ながら僕は、君に僕の教室の場所をただの1回も教えていないはずだ。いや、教えてはいるが僕の教室は3‐B教室だと教えているんだ。君には何も教えてはいない。僕の教室が3‐B教室であることすらをも教えていない。じゃあなぜ君は僕に会いに3‐Gの教室まで来たのだろう? 本当に僕に会いに来たのなら3‐Bの教室に行くはずだ。ちなみに、3‐Bの教室は2階にある」
「えっ……」
返答に窮してしまった。このことに対してはいくらでも言い訳はできるはずだ。しかし、言葉が出てこない。大川の言葉が持つ、言葉特有のオーラがあまりにも鋭すぎて自分如きの若輩者がそれに反撃することすら許されない。そんな空気だった。そんな空気のようなものを白鳥は感じた。
「ふふっ……」
と、突然そんな魑魅魍魎が飛び出しそうな雰囲気を大川が崩し、笑い始めた。蛇の胃袋からビックリ箱が飛び出して来たのを見たような笑いだった。
「いやいや、あまり親友の弟子をイジめるのはよそう。別にビビらせようと思ったわけじゃないんだ。3-Bの教室に案内した、とか何とかはまったくの嘘っぱちだ。根拠でもなんでもない。ただ、君の先ほどの言葉が嘘である、ことは僕にはわかる。それを言いたかっただけなんだ。嘘、なんだろ? いや、嘘という言い方は良くないな。実に良くない」
と言って、大川は一拍間を空けて、
「森神が僕のところに訪ねている、と君が思った理由。なんとなく会いに来た、と思っているわけじゃないね。もっと強い何か、がそこにあると君は思っている」
「………………………………」
唖然とした。自分の周りの空気が凍ってしまったのがわかる。いや、自分の周りの空気が凍っているわけではないのだ。凍っているのは、自分の身体のみだ。この男は、一体なんなのか。この男は、どうしてそこまで完璧に物事を見抜くことができるのか。不気味だった。この男が、自分と同じ人間であることにこれ以上ない、恐れを感じた。
「そんなにビビらないでも大丈夫だ。別に取って食おうとしてるわけじゃない」
と優しい声で大川が言っているがその一言は白鳥の耳に入ってきてはいなかった。どうする?ここで本当のことを言うか?いやしかし、そんなことを言ってしまってはいけないだろう。こちらの手の内を見せるだけじゃないか。そんなことをして一体誰の得になると言うのか。
ここまでが一般論。
しかし、この男は違うのだ。もしかしたらこちらが黙っていようがいまいが、もう何かを見抜いているかもしれない。いや、見抜いている。さすがにこちらが大川を悠宮梓殺しの犯人として疑っている、とまではわからないだろうが、こちらが森神に今こうして会いに来たのは何か他の理由が、“特別な理由”があることは見抜いている……。だったらバレるのは時間の問題かもしれない。
「疑ってるんだろ」
「えっ?」
ひんやりとした声が聞こえた。
「悠宮梓を、僕が殺したんだって、疑ってるんだろ? 君は。うーん、君は、というより、森神が」
「い、いえ、そんなことは……」
「だから君は、森神が僕に会いに来ていると思った。犯人である僕と、森神が会っていると。まぁ、こんなもんだろ」
「…………………………」
「まぁ僕は別に汚れを知らない純真無垢な一般市民ってわけじゃあない。警察からは何故か疑われていないようだが、立派な容疑者の一人なんだろうな、と自分で考えているよ。だから別に、この件について森神が僕を疑っているのはある意味当然だと思うね」
目の前にあるシャボン玉を割らないように発したような、そんな柔らかい声だった。悪質な皮肉を言っているようにも聞こえない。心の底からの声だ、と白鳥は思った。
「え、えっと…………」
「だから、君も。えっと、白鳥君だっけ?あまり僕を疑っていることに罪悪感を感じる必要もまったくないわけだ。今回殺された悠宮梓は君も知っての通り、僕と森神の親友だった人物だ。だから何としても真犯人を挙げたい彼の気持ちは痛いほどわかるよ。そのために、疑える人間に対しては疑ってかかる。論理は通っているね。僕がこれに対して怒る方が理不尽だよ」
そう言う大川の目は遠くを見つめていた。
「え、えっと、すみません……」
と白鳥は謝罪の言葉を口にした。
「謝る必要はない。人を疑うってのは面倒くさいことだってのもよくわかる。まぁ、御苦労さん、としか僕は言えないんだが」
「い、いえ、そんな……」
「ま、どうせだ。もう少ししたら森神はここに来るだろう。僕に本当に用事があるかもしれないし、もしかしたら君を捜しにここに来るかもしれない。その間、ここで待ってるといい」
「え、いいんですか?」
「下手に慣れない校舎をウロウロするよりかはよっぽど効率的だと思うね」とサラリと大川が言う。
「それに、暇だったら僕に何か質問したらいい。よっぽどのことが無い限り、答える努力をしよう。ちょっとした暇つぶしになる。あと、僕も君に質問したいことがあるしね」
なるほど、と白鳥は思った。先輩はどこで何をしているのかよくわからないがもうすぐここに来るのではないかと思った。根拠はうまく口に出して説明ができないが、なんとなく。だから暇つぶしに互いに質問するのは悪くない提案だと思った。
「えっと、じゃあ僕から質問していいですか?」
「ほう、見た目と違って随分とアクティブだね。構わないよ。どうぞ」
ゴクリ、と喉を鳴らす白鳥。そして、
「ほ、本当に、その、大川さんは梓さんのこと、殺してないんですよね……?」
「くっくっく、良い質問だ。実に良い質問だ。やはり、森上の弟子というのは一筋縄、まったくの純粋な人間では務まらないものなのかな」
「えっと……」
「あぁ、いいだろう。僕が悠宮梓を殺したか、殺してないか、だったね」
「はい……」
「さて、じゃ、状況を整理して見ようか」
「は、…………は?」
「悠宮梓がM高校の裏庭で死んでいるのが見つかったのが6時ほど。4時から確か生徒会室では会議が2時間ほど続いており、生徒会役員には犯行は不可能。そして、学校に残っている生徒は部活動で活動していた運動部員。ほとんどが帰途についていて残りは数えるほどしかいなかった。教師はほとんどが職員室にいた。さて、ほとんど自由に動けた人はいないわけだ」
「あなた……大川さんは、どこに?」
「僕は運動部員でも生徒会役員でもないのにも関わらず、何故かあの日、学校にいた」
「ど、どうして!?」
「いや、そんな。別に大した理由は無い。ついうっかり、忘れ物をしてしまったんだよ。学校にね。だから僕は忘れ物を学校に取りに戻った。ただそれだけだ」
「う、うっかり……ですって……?」
驚愕、という他無かった。
「あぁ、そうだ。人間とは怖いものでね。今までほぼ一度も忘れ物をしたことのない僕が、まさに運命のあの日に、忘れて物をしてしまったんだ……、学校に」
「な、何時頃……?何時頃、学校に戻ったんですか?」
「何時、か。あれは、そうだな……。ちょっと待ってくれ」
そう言うと、大川はポケットから携帯電話を取り出し、ボタンをカチカチと操作し出した。
「大川さんはauなんですか?」
「うん? あぁ、auだよ。Pi-201bだ。そろそろ機種変更しようと思ってるんだがね。――っとと、あの日何時頃に学校にいたかわかったよ。午後5時半頃に学校に戻った」
――5時半。悠宮梓の死亡推定時刻は6時から6時10分の間だった。
「どれくらい、学校にはいたんですか?」
大川は学校に忘れ物を取りに戻っただけだ。単純に考えて、本当に忘れ物を取りに戻っただけだったらものの数十分で用は済む。いや、数十分なんて要らない。十分も要らないはずだ。もし大川が十分程度しか学校にいなかったのなら、大川が学校を出た時刻は5時40分。多く見積もっても、5時50分。ギリギリであるが犯行時刻には引っかからない。そうすれば大川の容疑は晴れたも同然だ。
「45分ほどいたかな」
しかし、そんな希望的観測も一気に崩れ去ることになる。
「な、なんでですか……!?」
大川は悠宮梓と親友である話を森神から聞いていた。森神は悠宮梓を〝親友″として認めており、さらには一人の人間として尊敬しているとも言っていた。そんなことを言うのは白鳥が知る限り、初めてのことだった。カラーテレビを初めて見た昭和の人間のような驚きがあった。森神の洞察力、知識の深さ、知恵の柔軟さは白鳥の憧れだった。学内で一番の成績。いや、成績なんてどうでもいいことなのかもしれない。学外で、キャンプで、ゲームをしている時だって、彼の無駄のない深い知識、深い知恵はいつも白鳥を驚かせてくれた。白鳥の中で一番の存在だった。白鳥が最も尊敬しているのは森神だった。その森神が悠宮梓と大川優誠は親友だと公言し、悠宮梓は尊敬できる男とまで言わせたのだ。だから、心のどこかで大川は犯人ではないと思っていたのかもしれない。ただ少し、怪しいだけで。ほら、よくあるじゃないか。ミステリー小説で明らかに怪しい人物が登場する。その人物が最終的に犯人だろうか? いや、そんなことはない。絶対にコイツが犯人だと、思わせておいて実は違う奴が犯人だった、というのが大抵だ。白鳥の知る限りにおいて。だからこそ、今回の事件も似たようなものだと考えていた。いや、考えたかった。怪しすぎる人物は実は怪しくないのだと。そう信じたかった。しかし、ここまで来るとさすがにもう、白鳥も疑わざるを得なくなる。大川優誠が悠宮梓を殺した犯人なのではないかと。
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