「5」


●2010年7月31日 ――森神 悟――確信


 森神は、朝早くからM高校を訪れていた。やりたいことが明確に決まっていたわけではなかったが、やはりこの事件を解くには現場を見なくてはいけない、と考えたのだ。しかし、そこには先客がいた。思わぬ先客。いや、心のどこかでひっそりと思っていたのかもしれない。もしかしたら、この男もこの場所に訪れているのではないか、と。


「おや、こんな朝早くから奇遇だね、森神」


 M学園の校門前。そこに、大川優誠の姿があった。

「こんな日に、ここで大川に出くわすことになるなんて思ってもみなかったよ」と森神。

「どちらかと言うと、僕の方が意外だと思うにふさわしいと思うけどなぁ」

「ほう。それはまた、どうして?」

「冷静に考えればわかると思うけどねぇ。君は、ここの学校の生徒じゃあない。そんなこともわからない人じゃないだろう?」と大川。

「おやおや、それについては前に僕の今回事件についての姿勢を述べたはずだがね」

「あぁ、聞いたよ。確か、悠宮梓を殺した犯人を自らの手で見つける、とかなんとかだったっけかな?」半ば上ずったような声で、相手を小馬鹿にするような声で大川が言う。


「あぁ、そうだ。何かおかしいことでもあるかな?」

「身の程を弁えないのも大概にしておいた方がいいと思うけどなぁ」

もう大川は悪意を隠していない。敵意をむき出しにした声だ。

「ずいぶんと安い挑発だね?」

「気をつけた方がいい、とだけ言っておこうかな」

「おやおや、もしかするとそれは、脅迫、というやつかい?」軽い調子で森神が返事をする。しかし、その目は笑っていない。

「脅迫じゃないさ。〝忠告″だよ。君がどんなに時間をかけてこの事件を調べようとも、何もわからずに終わる。そう、何もわからずに。人間が永遠に宇宙の真理を知ることができないのと、まったく同じようにね」

「…………」

「ま、好きに校内を調べるがいいさ。僕は止めないし、協力もしよう。全面的にね。もしこの学校の教師に見つかっても、僕の名前を出してくれればいい。僕はこれでも、それなりに優秀な生徒で通ってるし、それなりに教師の信頼も得ている。大川優誠の友人で、大川に呼ばれてここに来ました、とでも言えばなんとかなるだろう。携帯電話で呼んでくれば、教師に口添えもしてやる。どうかな?」

「随分と協力的だね?」

「心優しい人間だからね」皮肉たっぷりの一言だった。

 そして、何とも言えぬ空気をその場に残し、森神は大川と別れた。


「あ、そうだ。もうひとついいかな、大川」

 こちらに背を向けて離れかけていた大川はこちらに振り返る。

「まだ用があったとは、驚きだな」無機質な声で大川が言う。

「すまんな。ただ、用件は簡潔に済む」

「聞こう」

「今はまだいないんだが、もう一人、僕の友人がこの学校を訪れると思う。そいつも学校に入れていいかな?」白鳥のことだ。

「……それは本当に、君の友人かな?」と怪訝そうな声で大川。

「あぁ、僕が心を置ける友人の一人だ」力強い声で森神が言う。

「……まぁ、いいだろう。念のため、その友人にも僕の名前を伝えておいた方がいい。お願いだから、余計なことはしないでくれよ。学校のモノを僕の友人である他校の生徒に壊されたことがわかった日には、僕の生活費がしたたか吹き飛ぶことになる」

したたかの使い方が変だぞ大川。

「あぁ、安心してくれ。余計なことはしない。ただ、犯人を見つけてしまうかもしれないけどね」と一言。

「…………」大川は一拍あけて、

「期待しよう」とだけ残し、その場を立ち去った。


「君には、辿り着けないよ、親友」

 大川のその一言は、誰にも聞こえない、シャボン玉のような言葉だった。

 もちろん、誰にも聞こえてはいない。誰の耳に入ることもなく、その声は静かに空気中に溶けた。

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