「3」


 第一章:問題編―Question


●2010年4月30日 ――追求者

 森神悟は、その事件をテレビのニュースで知った。被害者の生徒の名前はまだ公表されていない。まだ事件が起きたばかりだから情報が錯綜しているのだろうか。テレビ局側で情報が整理しきれていないだけかもしれない。夕食の和風キノコスパゲッティーを食べつつ目はテレビに向いている。そのニュースについて、非常に興味を持ったのだ。ヘリコプターから撮った映像かわからないが、どこぞの学校を空から撮っているようだ。その映像が今、テレビで流れている。どこかで見たことがある学校だ。ぼんやりと森神はそう思った。テレビのアナウンサーが、『事件が起きた場所は私立M学園』と言った。そうだ、私立M学園。悠宮梓と大川優誠が通っている高校ではなかったか。そうだ、間違いない。


 ――森神が最後に悠宮梓と大川優誠と会ったのは……確か春休みだった。森神は思い出す。


 どうして一緒に話をするようになったのか、その理由はもう忘れてしまった。気付いていたら、一番良く話す人達になっていて、その内に学校以外の場所でよく遊ぶようになった、だったか。最初は、というか最初から大川優誠と悠宮雫は仲が良かったように見えた。僕は好きではなかったが、この二人共、どうもミステリーが好きなようで、ミステリー小説を読み耽るだけでなく、実際にミステリー用具を買い漁っていた。ミステリーの魅力については、残念ながら理解できなかったが、ミステリー小説を読むだけでなく、実際に用具を買ってみて試して楽しむ、という姿勢については非常に理解ができた。実際に自分の眼で見てワクワクする、というのはいいものだ。それはわかる。科学の教科書を百回読みこむより、一回の実験の方が価値がある。僕の持論だった。

ミステリー作品の話には入って行けなかったが、その道具については色々といじらせてもらった記憶がある。指紋収集するためのアルミ粉。実際に指紋を採られたこともある。指紋の保存まではしなかった。というかそもそも、あの実験は成功したのかどうかも疑わしい。それに、ルミノール反応液、とかもあったか。ルミノール反応を消す魔法の洗剤、なんていう手品グッズみたいなものも集めていたみたいだったが。


 今現在、悠宮梓と大川優誠は同じ学校に通っているのだが、自分だけは別の高校に通っている。中学の時はこれほどまでの親友にはきっと出会えないだろうとまで思った仲だった。そして、それは今でも変わってはいない。春休みに会った時もとても元気そうだった。今彼らはどうしているだろう。そういえば来週からは夏休み始まる。去年は三人で都内をグルグルと回ったことを思い出した。理論的とは言えない、無駄な時間だった。息抜きは必要、それはもちろんわかっているが、その息抜きにしてはあまりにも無駄すぎた。しかし、まぁ楽しかった。悪くはなかった。不満点として、やはり息抜きとしては時間が長すぎたことが挙げられたが、まぁ終わったことをいつまでもグチグチ言っても意味はない。反省すべき点があるならば、それについて文句を言うのではなく、次同じことがあればそれに生かせばいい。それが効率的というものだ。

 さて、話が逸れてしまったが、彼らは大丈夫なのだろうか。今のテレビのアナウンサーの情報からすると、刺されて死んだのは私立高校の三年生の生徒らしい。森神はたしか三年生だ。いちいち考えるまでもなく、それはつまり、悠宮梓、大川優誠も三年生、ということになる。したがって悠宮梓、大川優誠はこの刺された被害者の関係者である可能性が非常に高い、ということだ。詳細なパーセンテージは明示できないが〝ある″、〝ない〟の二択で問われれば断然〝ある″だった。

 いや、それに加えてこの事件の被害者そのものもが親友二人のどちらか、の可能性すらあるのだ。

 

 連絡を取りたい。しかし、携帯電話による連絡ではこういった状況においてとても心もとない。直接会った方が確実だ。M高校は別に遠いわけではない。電車で一駅、または自転車で三十分ほどのお手軽な距離だ。今は深夜の二時。明日、正確に言えば今日だが、授業は今日もある。しかしM高校はあるだろうか? 殺人事件なんて自分が通っている高校で起きたことが無いし、高校の敷地内でそんなお手軽に殺人事件が起きるわけでもないので、果たして殺人事件が起きた翌日に高校で授業が行われるのか、なんてわからない。電話をかけてみたが、二人共携帯の電源が切れているようだった。メールも送信した。しかし返事は来ない。当り前と言ったら当り前であるが。

 しょうがない。玉砕覚悟で明日、M高校へ様子を見に行こう。もし学校が開いていなかったら悠宮梓、大川優誠の自宅まで行けばいいし、もし学校が行われていればその場で話を聞けばいい。メールの返事がくる可能性もあるがなんとなく、それはないような気がした。倫理的ではなく、なんとなくだ。



●2011年7月9日(土) ――森神 悟


 森神は私立M高校の正面口の前でじっと、人を待っていた。朝の8時から。そして、その待ち人を発見する。そろそろ夏も近づいていると言うのに、馬鹿みたいに暑そうで真っ黒なトレンチ・コートを着込んだ大川優誠だ。見てるこっちが暑くなる。

「おい、大川優誠!」

「えっ?」

 呼ばれた大川はまさに虚を突かれた、というような様子で身体を震わせた。そして首をあちらこちらに回し、声の発生源を探し始める。

「僕だよ、僕」

 もう一度、大きめな声をかける。


「も、森神じゃないか!」

 大川はかなり驚いた。こんなところで、こんなタイミングで旧知の友と出くわすなんて思ってもみなかったからだ。

「あぁ、久しぶりだな大川優誠」と森神。

「その他人をフルネームで呼ぶ癖、相変わらずだな」

 思わず笑みがこぼれてしまう。

「あぁ、すまんね。しかし、開き直るわけではないが僕が他の人をフルネームで呼ぶのは僕の親友であると認めている、ということだ。自分勝手で申し訳ないが気を悪くしないでくれ」

「大丈夫だ、慣れてる」

 と大川は笑顔で答える。

「この度は、君の高校でとんだ災難だったな」

「なんだ、やっぱり知ってるのか」と、大川。

「あぁ、もちろん。というか、その殺人事件を聞いて君たち二人がなんとなく心配になってね。名前は伏せられていたが、どうも殺されたのは君たちと同じ高校三年生っていうじゃないか。心配の一つや二つ、したくなる。それに、どうも父がこの殺人事件の担当らしくてね」

という森神の言葉を聞いて、大川の表情は次第に曇っていく。

「で、どうしたんだ? 悠宮梓はどうした? 今日は一緒じゃないのか?」

「……誰が殺されたのかは、知らないのか?」

「うん? あぁ。申し訳ないね。父がこの事件の捜査に関わっているといってもさすがに僕に捜査状況を教えてはくれないんだ。まぁ当たり前と言ってしまえば当たり前なんだがね。まだこの国の警察組織は終わっていない、と思えばなんというか、その、悪くない。僕の情報源は、一般ピープルと同じく、テレビからだ。新聞は父がいつも朝持って行ってしまっているから僕は見れないんだ。それに、ここでずっと待っていたから、今日はインターネットも見てはいない」

「……そうか」

 一瞬、大川は打ち明けようかどうか悩んだがここで隠していても仕方ない。どうせいずれかはわかることなんだ。そう思い、打ち明けることにした。

「殺された被害者は、梓だ。悠宮梓」

「えっ……」

 森神はまるで、ヒョウが壁から出てきたのを目撃してしまったかのような表情を浮かべた。

「どうして殺されたんだ? 梓が!?」驚きのあまり、周りの人目を忘れて大声を出してしまう。

「さすがに僕だってそれはわからない。それを調べるのは君の父親の仕事だと思う」

「た、たしかにそうだな……」ごもっともな一言に、同意するしかない。

「せっかくで申し訳ないが、今日は一旦ここで別れよう。本当なら茶のひとつでのしたいところだが、今日はそんな気分じゃない」

「そうだろうな」と森神。

「そういえば大川」

「なんだ森神」

「変な質問をして申し訳ないが、しっかり答えてくれ」

「……いいだろう」

「悠宮梓が殺されたとき、大川はどこにいたんだろう?」

「………………」

 いくばくかの沈黙。そして。

「あぁ、実はその時、学校にいたんだよ。学校に忘れ物をしたから、一回取りに戻ったんだ。どうしてそんなことを?」

 それだけを言い残し、大川は森神に背を向けて離れていった。その後ろ姿に森神は何も言えなかった。

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