「2」
●2011年7月29日(金) 私立M高校 裏庭 ――伝道者
こうして俺は、彼の死を見た。人の死を見るなんて、初めてだった。できればこれが、最後であって欲しい。そう願わずにはいられない。そして俺は、立ち上がる。本当はもう少し彼の死を悼んでいたかった。どうしてこうなってしまったのか。それを考える時間が、もう少しだけ欲しい。しかしこれ以上ここにいるのはあまりにも危険すぎる。ここから離れなければ。そして、事件の痕跡を、今すぐに消さなければ。この事件に自分が関わっていることは、何としても隠し通さねばならない――――。
●2011年7月29日(金) 私立M高校 裏庭 ――森神 猛
「こらひでえな……」
私立M高校の裏庭。少しばかり異様な空気に包まれている。草がボウボウに伸びた私立M高校の裏庭で、手がかりになるかどうかもわからない足跡を必死に捜している鑑識に、現場写真を撮っている鑑識もいる。しかし、これもピークは過ぎた方だ。数十分前はもっと人がいたのだ。もちろん、警察関係者だけではあるが。
「鑑識の報告によりますと、死体は複数回刺された跡があったそうです」
「複数回、ねぇ……怨恨って線が考えられるか」
都内でも一、二を争う名門進学校、私立M高校。学校の平均偏差値は七十五を越え、東京大学への合格数もピカイチ。その他、国立大学医学部の合格率、合格者も言わずもがなだ。そんな高校で人が死ぬような事件が起きてしまったのだ。
死体発見場所はここ、私立M高校の裏庭だ。校舎の陰にありながらも、校舎、及び敷地内の都合上、校舎の限られた場所からでないと校舎内からこの裏庭を見ることができない、いわゆる死角だ。大量の血痕も発見され、今のところこの場所が事件現場であると考えられている。まだ本格的な捜査はされていないので断定はできないが。
「被害者の氏名は『悠宮 梓』私立M高校の三年生、ですね……」
「ったく、やりきれんな……。未来も明るいはずの生徒が、学校で死んじまうなんてねぇ」
「えぇ、まったくです」
ベテラン警部、森神の相方、秋山が神妙に同意する。
「んで、凶器は見つかったのか?」
「いえ、凶器らしきものは見つかっていません」
「見つかってないだぁ? じゃあ、自殺の線は今のところ薄いってことか?」
「今のところ、はそうですね。学校の教師、もしくは学校の生徒がホシの可能性がありますので、学内に凶器が無いか調べているところです」
「成果は?」
「いえ、今のところは……」と、口を濁す。
凶器は未だに見つかっていない、ということらしい。渋い顔をして口を濁す秋山を見て察するしかない。あるにはあるのだ。ただ、見つかった凶器と傷口は、完全には合わない、という要らないオマケがついている。
「あー、なんだ。学校の生徒がホシの可能性があるって言ったが、今この時間に学校の生徒はいるのか?」
「あ、はい。部活動で残っている生徒もいれば、生徒会の会議があったらしく、それで残る生徒も何人かいたそうです。部活動の顧問もいれば、教師達もまだ帰らずにそれなりの人数が職員室にいたそうです」
悠宮梓の死体が発見されて警察に通報が入ったのは午後6時過ぎ、今は8時だ。もうしばらくすれば夏休みに突入すると言うのにこんな事件が起きてしまった。嫌な話だ。もちろん、夏休み前後で無ければ殺人が起きてもいい、なんていう話ではないが。
「第一発見者は?」
「はい。第一発見者は野球部の活動をしていた野球部員と、見回りをしていたこの学校の教師です。被害者の悲鳴を聞いて駆け付けたそうです」
「ふむ……」
なるほど、大体のデータ、外殻の部分は揃った。しかし、これだけでは何もわからない。正直言った話、見当もつかない。
「あ、そうそう。被害者には付き合っている女子学生がいたそうです」
「それはこの学校の生徒か?」
「はい、同じ学年の、同じクラスの生徒です。名前は『鳳 茜(おおとり あかね)』さん、ですね」
●2011年7月8日(金) 私立M高校 裏庭 ――悠宮 梓
「鳳茜って言います……。も、もし……よろしければ……わ、私と、付き合ってください!」
新学期も始まって一週間が過ぎた。突然こんな告白をされるだろうと一体誰が想像できただろうか? 今日の朝、目が覚めた時、こんな一日になるなんてまるで想像がつかなかった。
「え、えっと、いいの? なんというか、その、僕達まだ会って一週間ぐらいしか経ってないんだけど……」
梓はあたふたしながら答える。
新学期が始まり、三か月が過ぎた。クラス替えはかなり大規模なもので、二年から同じクラスの奴は五人程度しかいなかった。昔からの腐れ縁野郎、大川と同じクラスなのがなんとも救いだった。
「梓さん、でいいんですよね? 名前!」
「そ、そうだよ」
悠宮梓。それが僕の名前だった。絶対に誤解してる奴がいるであろうからここで説明すると、僕は男だ。名前が梓なのに男。名前だけならまだいざ知らず、生まれつき顔つきが中性的で、日本人とは思えないほどの色白。それに加えて眼鏡をかけている。果たして眼鏡が関係あるのかどうかは判断が難しいところではあるが、そんな身の上であるからして、よく女に間違えられることがしばしばだった。親友の大川曰く、「お前が格好いいか、可愛いか、と聞かれたら九:一の割合で可愛いと答える」とのことらしい。腹立たしい。そもそも男で“梓”なんて〝小野梓″ぐらいしか知らない。
そしてそんな僕は今、告白されている。告白された。放課後、学校の裏庭で。
普段は誰も立ち入らないし、学内から限られた場所からしか見えない絶好の位置取りだ。誰も見えないところで、女の子と二人っきり。嬉しい、嬉しくないを通り越してもう何かこう、爆発しそうな状態だ。穴があったら入りたい。そして誰かにその穴を埋めてほしい。
「い、一週間! 最初は一週間だけでいいです! も、もし一週間でダメでしたらふってくださって構いません!」
こちらが考えあぐねていると、あちらからガンガン来る。物理でゴリ押しされている気分だ。こちらに間をくれ、間を。
ちなみに、今僕を裏庭に呼び出し、僕に告白をしているこの子は『鳳 茜(おおとり あかね)』。三年生になってから同じクラスになった女の子で、生徒会の会長をしていらっしゃる。
僕が知っている茜さんは、真面目な委員長気質な人で、普段はとてつもなく大人しい、前髪は長い、背の小さな女の子、だったはずなのだが……。
めっさ喋る。かなり喋ってるよこの子。どういうことなの。
「……で、ど、どうでしょう……?」
どうでしょう、とか言われても。
しかし。
こんなに心の中で言い訳めいたことを言っている自分だが、別に悪い気分ではなかった。茜は正直な話、かなり可愛い。身長も一五0cm前後、と言ったところだ。髪もロングで梓のストライクゾーンバッチリだ。どんな審判でも腕を上げてストライク、と自信を持って宣言すること請け合いだ。
それに、そんな可愛い子が普段と違う顔を見せてくれている。その事実が梓の心を揺らした。それに、相手の方から『最初は一週間で!』と、クーリングオフ制度万全を保証してくれているのだ。一度も付き合ったことが無い梓にとって、渡りに船、と言った話だ。
「わ、わかった。じゃあとりあえず、一週間の間、よろしく」
プロポーズの返事としてこれはどうなんだろう。と答えた後に梓は反射的に考える。
「は、はい! よろしくお願いします! 梓! あ、あずにゃん!」
「い、いや、それはどうなの……」
そして2人は、付き合うことになった。
そして2週間後に悠宮梓はこの場所で、死ぬことになる。
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