悠久の風、感じる私の頬の肌 Dark of Mysteria

神宮由岐 - hyukkyyy

第1章 問題編 Question 「1」

―――――悠久の風、感じる私の頬の肌―――――

 Eternal Wind,Feels my white skin―


 序章:―Purologue


 ●2011年7月29日(金) 私立M高校 ――悠宮 梓


 刺されたことなんてなかった。だから、刺されたことによる痛みなんて、今まで生きてきた中で感じたことなんて無かった。あぁ……これが痛いってことなんだ。実感する。これが、痛い、ということなんだ。今まで色んな、あらゆる痛みを人生で味わってきた。しかし、今感じている痛みはあまりにも突き抜けていた。今まで感じてきた痛みがまるで幼い乳飲み児のような。そして今自分が感じている痛みはまるで、成熟した大人のような。


 自らの掌を見てみる。紅だった。赤々しいほど、紅だった。生命の色だった。思わず引きつった笑みがこぼれてしまうのは、どうしてだろう。人間は世にも恐ろしいことが目の前で起こったらひとまず笑って、現実逃避をする機能がついている、とどこかで聞いたことがあった気がするが、今の状態がまさにソレなのかもしれない。弦無き弓に羽抜け鳥とはよく言ったもので、腹部をナイフで一刺しされてしまった人間はそこら辺の動物にも劣る存在になってしまうのだ。ただ、ナイフで刺されただけなのに。こんなあっさりと無力化してしまうなんて。花は根に帰り、鳥は古巣に帰る。ではこれから死に行く人間は? 僕は? ただただ、このまま土に還らなくてはいけないのだろうか?


 ――神は、死んだ。


 そんな言葉をこの世に遺したのはどこの誰だっただろうか。

……フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。数瞬考えたのちに、答えを自分の頭の中で導き出す。確か、ドイツの人だったと思う。さすがにニーチェがどこの国の人だったか、は完全には覚えていなかった。

 僕の心の中に、神はいなかった。僕の心の中に元は神がいたのか、そもそも元から神はいなかったのか、それは今となってはわからない。わかるのは、今現在、この瞬間神はいなかった。それだけ。神は死に、僕の魂もまた、この世界からいなくなってしまいそうになった。激しい風が吹いている空間の中の、儚い蝋燭のように。もう終わる。青空が見える。ズキズキ、キリキリ、と。痛みの上から、気持ち悪さがこみ上げてくる。吐き気がする。木製の床の感触が冷たくて、気持ちいい。その冷たさだけが、今この瞬間の心のよりどころだった。


 ――どこからともなく、風が吹いた。

 なんとも無機質で、変な風だった。


 ――この世界に吹く風は、誰にも平等に吹いている。

 誰にも平等に吹くものであるし、地球が自転を続けている限り。地球が銀河の一員である限り、この風は永遠に、悠久に吹き続けるのだろう。いつまで吹き続けるのだろうか?そのことを僕はこれからずっと知ること、観測することは出来ないだろう。なぜかって?……そんなこと、聞いてくれるなよ。とある教室。僕は、ここで死ぬのか。学校で死ぬなんて、希有な体験じゃないか。そう思って、苦笑した。


 ――僕が頬の肌が感じる、悠久の風。それを感じながら、僕は死ぬ。死んでいく。

 ――どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 僕を刺した人物は、僕が心から信じてやまない人物だった。今も信じている。

 心から信じた人物に刺される、殺される。それもまた、希有な経験と言えるのではないだろうか。心から信じた人物に殺されるというのは一体どんな気持ちなのだろうか?それはまだわからない。だってまだ自分は、一度も殺されたことがないから。多分、もうすぐわかるだろう。そう思った。

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